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HICPMメールマガジン

掲載日2009 年 4 月 13 日

dscf4519メールマガジン第298号

特集 「HICPMホームページ」
目下、HICPMで取り組んでいる最大の課題は、ホームページの充実です。今回は、ホームページに対するHICPMの考え方を説明することにしました。

1.HICPMの原点に立ち返って
(1) 近藤初代理事長参加の経緯

HICPMは、近藤鉄雄氏を初代理事長としてこの会を創設して以来15年が経過します。近藤氏は、中曽根内閣の経済企画庁長官時代に「リ・ホ-ム」と言う新語を使って、リモデリングを推進することで頑張っていました。その頃、私の書いたアメリカの家・日本の家を読んで、「住宅の勉強をしたい」と言うことで、説明のために何度か近藤氏のところへ出かけました。当時、私たちは運動を進めるための団体を作る意思を決定し、近藤氏にも「参加意思」と「協力可能性」を相談したところ、賛同を得て、河本事務所での勉強会で住宅問題の説明を依頼されました。

近藤氏は大蔵省出身で、そこからカリフォルニア大学バークレー校に留学し、IMFでも働き、学究肌の代議士で、一緒にやっていける人と信じることが出来ました。そこで、住宅産業に対する実質的な経営及び技術問題は私が担当し、対外的な顔を近藤さんに担当してもらうと言う役割分担を確認し、近藤氏に理事長をやってもらうことにしました。当時、米国の経済は悪く、対日輸出を重視しており、NAHBもその中の建材製造産業は対日輸出を重視して日本にアプローチを強めていました。

(2) HICPMの運動方針の合意
HICPMの創立メンバーとして、現理事の千田(ペンシルベニア大学MBA・生産工学専攻)が住宅産業の将来的可能性を考えて参加してきました。一方、私は住宅行政の場で出来なかったことを、日本生産性本部が自動車産業にやったように、住宅産業において民間レベルで、米国からの技術移転としてやろうと考えておりました。その段階で、住宅生産の工業化を巡って、NAHBがHUD(住宅都市省)と対立し、NAHBが工務店の現場生産性を、工場での生産性をより高めるために、鍵となったNAHBの技術書(ジェリー・ハウスホルダー著「スケジューリング・フォー・ビルダーズ」)をNAHBから翻訳権を取得し、龍源社(故伊津野社長)から出版しテキストとしてセミナーを行なっていました。

当時の研究会のメンバー、近藤、千田、伊津野、井上、小金沢、飯田、中村、斉藤(その後参加)と私でした。皆で協議した結果、かつて日本生産性本部が取り組んだように、工務店自体が生産性向上のために、米国の生産管理(CM)技術を体系的に学ぶことが必要であるとの結論に至りました。そして、NAHBの住宅産業に関する知識の蓄積と、中小零細なホームビルダーを守りその生産性向上に努めてきた実績を評価し学ぶということをNAHBからの技術移転という形で進めることを決定しました。

(3)NAHBと相互協力協定を結んだ経緯
HICPMは近藤理事長が経済閣僚経験者でバークレー校修士、千田理事がペンシルベニア大のMBA、私が元建設本省上級官僚で、NAHBプレスの『「CPMのテキスト』を日本で翻訳出版しました。そのため米国関係者の信用を得ることが出来ました。一方、NAHBサイドでも、対日輸出促進と言う社会経済的要求とで、HICPMとNAHBとの相互協力協定が締結され、毎年NAHBビルダーズショウ最終日のレセプションにも招かれていました。
その後、HICPMは毎年NAHBインターナショナルビルダーズショウに参加して、その機会に米国の住宅産業の研修視察をグローバル研修企画(HICPM理事小林社長)と企画してきました。その間、NAHBと米国関係者を講師に招き、日本人向け工務店経営セミナーも現地で開催してきました。

住宅産業も社会情勢とともに大きく変化し、この間多くの団体や企業が、「方丈記」の物語のように生まれては、消えていきました。HICPMでは、「住宅産業を政治的な力に結集しよう」と考えていた近藤氏とは、私がこだわる「かつての日本生産性本部の住宅産業版として、工務店の生産性向上を重視し、政治的な方向には走らない」とする路線の対立が表面化し、一緒にはやれないことが分かりました。
そこで、近藤氏とは進む方向を異にして、戸谷、千田、小金沢、飯田の4人が運動方向が同じということで、事務所も現在の住所に移し、新たに活動をはじめました。新たにその趣旨を支持して、大阪の故成瀬さんが参加されています。大阪では、私の『アメリカの住宅生産』(住まいの図書館)の「栞」を執筆してくださった故中筋氏(都住創)の応援を得て、関西支部を創設しました。

2.消費者の利益を中心にする工務店の支援
(1)故成瀬副理事長との出会い

成瀬氏と私は、工務店が実力を付けるためには、どうしても「工務店が消費者の支持を受けるような住宅を、消費者の家計支出の範囲で購入できる、資産価値の落ちない住宅の供給を措いて他ない」と言うことで共通していました。成瀬氏とは、私が大阪府庁で建築部参事と言う役職にいた当時からの付き合いでした。

私が大阪府に赴任した当時、大阪府は「建設省からの人事は要らない」ということで、建設省からも、「ひどい目にあうことが分かっている大阪へは誰も行きたくない」といい、建設省では、「上司の言いなりにならなくて、扱いに困っていた私ならサンドバックになってもらっても、それは望むところであり、建設本省の人事権が失われてもダメモトである」ということで、有無を言わさぬ形で、私が派遣されました。

その頃、大阪府庁では、岸知事から辞令交付があるという日に登庁したところ、建築部のある別館の1階から6階まで、全てのエレベーターホールには、建設省人事に反対して、「戸谷は大阪府に来るな」という張り紙がしてあり、建築部長のところに挨拶に出向くと、「労組との合意が着くまでは、席は(部屋も机も椅子も)用意できない」ということなので、部長に了解を取り、部屋の隅にある受付けの椅子を使って業務をするという1週間でした。
成瀬氏とは仕事の関係はなく、私が大阪府で激しく闘いながらも、結構、面白くやっていることから、興味を持ってくれたようで、住宅設計を一緒に議論すると言う関係でした。

成瀬氏とは、その後『アメリカの住宅地開発』共著(学芸出版社)を出版したことからも説明できるとおり、米国の住宅地を数十ヶ所一緒に回り、その間激しい議論をし、日本の住宅産業に一緒に学んだことをどのように紹介し、消費者の幸せになるような住宅を供給するかを検討しました。その中で「TND(伝統的近隣住区開発)と言う住宅の資産価値が高まる環境づくりと一体になった住宅建設をしなしなければならない」という結論に達しました。

(2)サステイナブルハウスへの挑戦
サステイナブルハウスの取り組みは成瀬氏との議論の成果というべきです。1970年当時、私は2×4工法を日本に導入する仕事を推進し、「枠組壁工法の技術基準」を建設大臣告示原案をまとめただけではなく、米国の同工法の歴史を調べ、「レビットハウス」こそ、まず日本で実践すべきことであると言う意見を持っていました。それを全面的に尊重した成瀬氏は、自宅の別棟の建設でそれを実践し、その有効性を確かめてくれました。成瀬氏の確信は、次に1999年名古屋国際木工機械展でサンピアホーム(上地木材)の協力を得て、常滑市で建設した最初のサステイナブルハウスへと続きました。

サステイナブルハウスは、茨城県牛久市のウイングホーム(元HICPM理事、坂東社長)が、牛久で、130平方メートルの高気密高断熱構造で、AC付き住宅を1000万円で供給し、それは「日経アーキテクチャー」誌でも取り上げられて、社会的に話題になりました。

サステイナブルハウスはその後、滋賀県、千葉県、兵庫県、北海道、岐阜県、愛知県、宮崎県、埼玉県、岡山県、大分県、大阪府、神奈川県、山形県、長野県などで取り組まれています。しかし、その多くは、サステイナブルハウスホームプランで住宅を建設した、ということでサステイナブルハウスが工務店の生産性を高めるための基本演習課題であることが理解されていませんでした。現在でもサステイナブルハウスを正しい形で取り組んでいる工務店もあります。その経験を如何に発展させていくかが課題です。

(3)HICPM近畿支部の再発足
2005年5月に、成瀬副理事長が急逝され、HICPMの近畿支部は事実上休眠状態になりました。何とか関西でのHICPMの活動を継続したいと願っていたときに、猪谷氏が健康住宅及び耐震診断の仕事と一体的に関西支部の仕事をしてもよいということで、近畿支部の再発足となりました。

そこには、近畿職業能力開発大学校の田島氏、夢現設計室の前野氏、神戸ガーデンハウスの岩本氏ら近畿支部の理事皆さんの協力と、新たに京都橘大学教授の竹山氏が参加がありました。近畿支部は故成瀬副理事長時代にHICPMのデザインを主として担っていただいた経緯もあり、竹山氏には副理事長として就任してもらい、前野氏と岩本氏の3人が中心になってHICPMホームプランを、サステイナブルハウスの発展形として検討することにしました。

近畿支部の強化と合わせて、東京南町田での「マークスプリング」事業で、日本で最初の本格的なサステイナブルコミュニティの計画に大きな成果を実現された渋谷氏のHICPM理事就任があり、工務店のための住宅デザイン教育の強化に取り組むことになりました。

3.超長期住宅地経営管理マニュアル
(1)サステイナブルハウスからサステイナブルコミュニティへ

滋賀県でのサステイナブルハウスプロジェクトでは、サステイナブルハウスをサステイナブルコミュニティという町づくりの広がりとして取り組むことを、カナダの協力を得て進めましたが、実験住宅段階でストップしてしまいました。しかし、その経験は、その後の米国の住宅産業や、英国のガーデンシティを実際に訪問した宮崎県アービスホーム(HICPM理事、谷口社長)、ロッキー住宅(HICPM監事、大熊社長)、神戸ガーデンハウス(HICPM理事、岩本社長)、西日本ホーム(HICPM理事、高倉社長)らが、資産形成を実現する住宅町造りとして取り組みました。

2006年から始まった住生活基本法時代はFTA(自由貿易協定)の時代で、所得は右肩下がりの時代に入っています。その中で国民が住宅により幸せになるためには、住宅の資産価値が維持向上し、「いざと言うとき」に、その住宅が住宅所有者を経済的に支えることができなければなりません。
そのためには、資産形成に貢献できる住宅と住宅環境の経営管理を重視することを措いてありません。HICPMはこの問題に関し、(財)ハウジングアンドコミュニテイ財団(東京、長谷川工務店内)と協力し、平成12年から8年間英国・米国の住宅地経営の経験を日本に活かす方法を研究してきました。

(2)資産形成の実現に向けて
特に、平成20年度の調査研究では国土交通省住宅局住宅生産課から「超長期優良住宅地経営管理マニュアル」として、これからの日本の工務店が住宅地開発で「確実に住宅の資産価値を高めることの出来る手法」を開発するようにという要請を受けました。
そこで、HICPM会員で、(財)ハウジングアンドコミュニテイ財団の住宅資産形成研究会の参画企業であったアサヒグローバル株式会社(久保川社長)と工藤建設株式会社(工藤社長)の協力を得て、2007年度までの研究成果を活用してそれぞれの住宅地経営管理に当てはめる取り組みをしました。

これら2つの住宅地開発自体は、目下建設工事中ですが、朝日新聞と日経新聞では、その計画段階の内容を評価して、それぞれ3段記事で紹介しています。

(3)サステイナブルハウスをHICPMホームプランシステムへ
HICPMでは、これまで進めてきた「サステイナブルハウス」を「HICPMホームプランシステム」として発展させ、工務店が消費者の資産形成となる優れたデザインの住宅を選択(注文)できる「注文住宅」として、主体性を持って消費者の嗜好に合うデザインで、しかも家計支出できる範囲で、十分な性能を持った住宅を注文できるシステムとして、9月末を目標にまとめ作業に入っています。

また、2008年度のHICPMの2会員の協力を得てまとめることができた「超長期優良住宅地経営管理マニュアル」を多くの工務店に利用して頂き、「消費者の利益を守る」工務店を支援していきたいと思っています。

上記2つの重点事業は、工務店自身自らが厳しく学習することでなければなりません。「顧客を集めることにエネルギーを使っても」それはお金と時間の浪費でしかなく、消費者の利益にはなりません。工務店が「住宅による資産形成をする技術を向上させる」ことこそ、消費者の利益なのです。工務店が消費者の要求に応えようとするならば、対応できる知識や技術を持たなければなりません。日常時な研鑽が必要です。

4.HICPMホームページの活用
(1)HICPMで可能な支援

HICPMは創立以来現在までの15年間基本的なことは全く変更していません。住宅供給という仕事は人類の発生とともに始まった仕事で、住宅産業として取り組むべきことは、基本的にそんなに変わいません。
HICPMがサステイナブルハウスの取り組みを始めたときの「サステイナブルハウスの4原則は、時代を超えて住宅に共通して求められることです。この原則を社会経済的環境に合わせ、如何に応用するかという意味で、時代の社会経済環境をしっかり見据えなければなりません。

HICPM機関誌「BUILDERS MAGAZINE」では、各時代ごとの関心を取り上げています。個人的にも「ビルダーズマガジン」は、現代の問題を検討し、これからの取り組みをするための基本資料でもあるわけです。
これまで各時代ごとの解決を、欧米の経験や自分が学んできた約半世紀の住宅・都市・建築問題との経験に基づく解決の方策として扱ってきていますから、そこで検討された問題、解決方法を、現代への読み替えとして活用できるからです。

(2)HICPMホームページ
HICPMでは、工務店が経営改善の学習をしてもらうには、継続的な教育、情報提供など継続性が重要であると考え、会員として継続的に情報を供給する方法をとってきました。しかし、経済状況が悪化すると、まず、小さな支出の切り落としから始まり、直接利益と繋がらないものは切り取ることになります。

HICPMの会員であることでは、「雑誌が送られてくる程度で、利益はない」と考えてしまいます。「雑誌が来ても、記事も読まず活用していなければ、本研究会にいることで何の利益もありません」。しかし、HICPMの会員であることは、「法治国の法律のようなものです。会員がHICPMを利用しようとして活用すれば、必ず会費の何十倍、何百倍の価値を生み出します。しかし、使わなければ何の利益も得られません。

HICPMの提供する知恵、知識、技術は、主としてNAHBが生み育ててきたものと、世界の住宅産業や住宅政策で取り組んできた成果とから成り立っています。それ以外にHICPM独自で発明したものなど特にありません。それはHICPMからの出版物、雑誌や活動を通して、それらを求めている人に届けられるからです。

しかし、住宅に関する情報を求める方の中には、何を聞いてよいか分からないと言う人もいるはずですし、HICPMがどんなことをやってくれるかが分からないと思います。それらの方に、これまで私たちがやってきたことを現在の立場で明らかにすれば、もっとHICPMの成果は活用できるはずです。

その手段として使えるものが、「HICPMホームページ」であることに気づいたのです。お金を払わなくても、気楽に「知識探し」ができます。ホームページの全てをかぎまわってもらって、思う存分、「知識や技術の渇き」を癒してもらおうということです。
ホームページは、一つの材料として日ごろ個人的に活用し大変重宝しているので、今回は、工務店の皆様にも、いつでも「ビルダーズマガジン」を検索し、誰でもが活用できるように情報提供をすることだと思いました。

(3)座右の資料:HICPMホームページとビルダーズマガジン
そこで最新号から、順次古い時代へと遡りながら、「各号で取り扱っている記事の現代的意味を紹介する」と言うことを始めました。一般に出回っている雑誌は、賞味期限が大変短く、「読み捨ての雑誌」ばかりです。しかもそれに対し、ある住宅雑誌記者は、「雑誌はその時代の関心を掲載するもので、読み捨てでよい」、といっています。

「HICPMのビルダーズマガジンは雑誌ではない」と批判されました。ビルダーズマガジンは、「古くならない雑誌」であり、工務店が困ったときいつでもサポートできる情報誌であると自負しています。今回HICPMホームページを作るために再度雑誌を読み返していますが、現代の建設業にとっていずれの記事も大いに参考になると確信しています。読者にもHICPMホームページのビルダーズマガジンのバックナンバーを追いかけて欲しいと思っています。


(4)メールマガジンはこれまでどおり

HICPMはこれまでどおり、「メールマガジン」を通してカレント・トピックスを配信していきます。また、読者からの声を大事に取り上げていきますので、質問、疑問、相談、意見等がありましたら是非お寄せください。


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