メールマガジン

メールマガジン第303号

掲載日2009 年 5 月 27 日

みなさん、こんにちは。

518日、19日と、HICPM前副理事長の故成瀬氏が懇意にしていた元京都大学木質化学研究所の野村隆哉氏とその同級生で林学関係の民間企業で活躍された二人、住宅建設に携わり年間30戸程度の住宅を建設している森山氏、ウッドミック誌編集長の高島氏と杉浦さん、かつて成瀬氏と共にサステイナブルハウスの開発に関わった山足氏、そして私が野村氏の元に集まりました。野村氏が取り組んでこられた燻煙乾燥技術、HICPMが開発してきたサステイナブルハウス、そして最近の「超長期優良住宅地開発マニュアル」をつなぐ事業として取り組む方向を議論するもので、「成瀬さんの夢の実現」として、ウッドミック誌の高島氏が構想して、実現したものでした。

結論的には、住宅と木材乾燥に関する双方の認識に隔たりがあることを見せ付けられ、双方が事前に期待したような事業へ向けての取り組みには、専門知識に対して双方が謙虚な態度を持って取り組むなど、何かしら仕組みを入れないとだめかなあと言う気がします。

住宅産業の関心は金儲けで、消費者の利益は問題にされない

私の認識は、木材関係者には、野村氏のような木質材料研究者はもとより、林産業界で工場長をしていた方や林産業関係者は、住宅産業とは強い関係を持った産業でありながら、全くと言ってよいほど彼等の住宅に関する知識や情報は限られており、日本の住宅は和風住宅が基本との考えを主張し、徒に洋風建築に反発するという歪んだ観念論に捉われていることでした。

私が、西洋の建築や建築理論を口にするだけで拒絶反応を示し、自分が知らないことを私が口にすることに対して、私が「衒学的」な発言をすると突っかかってきました。野村氏を含む4人は京都大学の卒業生で、その上、尊敬される社会的地位にある方々と聞いていましたので、分野の違う私とは、立場の違いや専門性の違いを越えて話し合いが出来ると思っていただけに、途中で投げ出しそうになりました。しかし、出掛けることを決意した限り、何らかの実りを挙げたいと考え、それなりの努力をしたつもりでした。

私は、住宅産業界にいる多くの人と話をしていると、同じような絶望感に囚われていました。住宅産業にいる人たちの多くは、どうやって売るか、売れ筋は何かという業者本位の話しかしません。住宅を買った人のことは殆ど話題にしません。既存住宅が資産価値を失っても全く問題にしません。町並みや文化資産としてデザインを考えるということも殆どありません。

住文化論は住宅産業関係者の関心外

洋風のデザインに拘るのは間違っていると主張する人に、和風のデザインを議論しようとしても和風様式についての知識さえ殆ど持っていないということです。洋風建築デザインに関しての無知から、本当は和風建築についての知識がないのに、和風をやらなければと言い張るように聞こえるのです。

そこで、非常に多くの様式をもつ和風建築の文化を議論するために、寝殿造り、書院造り、武家造り、住吉造り、権現造り、春日造り、和様、唐様、天竺様、数寄屋、近代建築、モダニズム建築などを持ち出してみましたが、それらが現代の人々の空間文化の要求とどのような関係を持っているかと言う観点で議論しても、どれも議論として深まりません。

それらには建築としてどのようなものがあり、その特色は何かといった議論を仕掛けても殆ど相手にされず、口にするだけで「衒学的」と思われるのです。和風建築は何かということも曖昧で、洋風住宅を否定するために和風としか言えない場合が多いのです。

私は、洋風建築について、デザインこそが住宅購入者の心をつかむ基本となるものですから、住宅産業関係者はデザインにもっと関心を持たなければいけないと思っています。そこで、人文科学の問題としてデザインを構造的に理解しようと考え、歴史文化に関する書籍を読むとともに、欧米に出掛けて実際に多くの建築を見てきました。

あまり大きな口は利けませんが、最近になりようやく西欧建築の全体像が何となく把握できるようになりました。ビルダーズマガジンにも書きましたが、ヨーロッパという空間は、古代ローマ時代にできた世界がベースであること、世界の文化は、合理主義(ヘレニズム)と癒し・救い(ヘブライズム)という2つの要素が、楕円の2つの中心となった螺旋版の上の組み合わせで作られていることが理解でき説明できることに確信を持ちました。

住宅産業の議論を展開するとき、消費者がどのような文化を求めているかと言う歴史文化の問題を議論することが一番重要であると思います。しかし、歴史文化の議論を始めようとした瞬間から、拒絶反応が返ってきます。何も建築自体の形態や意匠を議論の対象にしなくても、生活文化の一般的な問題として文学、美術、音楽、演劇の話題が議論できると思うのですが。

住宅産業生産性問題は実践の知識ではなく、物知り知識

文化論は議論として展開できないことが分かったので、日本の住宅価格が高く、消費者の収入との乖離を縮める必要があると住宅の生産性を問題にしたところ、「私は品質を重視しているから坪単価60万円以下のものはやろうとは思わない。」という話で、CMの技術や知識がないためと思い説明し始めたところ、「CM方式」は知っていると言われ、初めから聞こうとはしないのです。少しでも話しのきっかけをと、午前3時半まで糸口を見つけようとしたのですが、最後は諦めました。

彼らが私に対してそのような対応しか出来なかった理由は、たぶん、私のことを、彼等が今まで付き合ってきた住宅産業関係者同様の人間だと思い、住宅産業を金儲けだけの手段と考えているからです。私が、消費者に資産価値が消滅する住宅を生涯借金漬けにして売り抜けてきた日本の護送産業詐欺集団と批判する住宅産業関係者のやってきたことには少しも批判せず、私の言っていることはそれと同じレベルとしか考えられない、これまで住宅産業人に混じって、素人であってもひとかどの議論をしてきたそういう人達だったのだと思いました。

日本の住宅価格は本当の価値を表さないで、売り手の売付け価格が住宅の価値と本当に信じているため、「あなたの造った住宅がそれだけ高く売れるのなら、その価値のある住宅を売値で買い戻したらどうですか。」と言った瞬間に、怒り始めたのです。人間と言う動物は自分の弱点を衝かれると怒り出すと言いますが、そんな形で議論は全く進行せず、米国のモーゲージの話をしても、知っていると言う姿勢を維持するだけでそれ以上の議論にはならず、住宅の価値はどうやって計測するのかと言った基本的な議論には入っては大変と言わぬばかりの対応で、実りのない会議では仕方がないということで会議は打ち切りになりました。

「サステイナブルな住宅・建築デザイン」視察ツアー(京都、近江八幡、五個荘)

竹山氏の著書は、住宅のデザインをどのように考えるかという消費者の住宅嗜好調査をベースに帰納法による調査結果をまとめたもので、住宅産業関係者が営業企画をする上に極めて興味あるものです。そこで、グローバル研修企画の小林氏も非常に乗り気で始めた研修企画でしたが、参加者は10名と少なく、ツアー営業という点では大変残念な数字でした。

私としても、竹山氏のこれまでの研究の集大成であるだけではなく、住宅産業向けの情報としては極めて興味深いもので、調査対象の住宅を見学しながら竹山氏からの説明と議論もできる大変大きな内容の研修会と思っていただけに、多くのビルダーに参加頂けなかったのは惜しいことだと思いました。しかし、参加された方の取り組みの姿勢が良く、研修ツアーとしてはこれまでにないような内容の濃いものだったと思います。

特に、昭和初めの和風住宅やボーリズの住宅など、現代に直結する時代の歴史性ある住宅を現代の視点で見ることができて、文明の変化に耐える住宅とは何か、なぜ歴史に耐え得る事ができたのかを考えることのできた視察だったと思います。人々にとって「宝」「わが家」と愛着が湧き大切に維持管理され他人からも羨ましがられる住宅は、市場では取り引きの対象にされ、魅力のない住宅は「粗大建設廃棄物」となるのです。

クラシックなデザインを取り入れた住宅は、多くの人達に「懐かしい」という共鳴を感じさせます。住宅は、単体として取り引きの対象になりますが、人々はその住宅だけを購入しているのではなく、その住宅を含む町並みも一緒に購入しているのです。町並みの一部としてそこに建つ住宅が相乗効果を発揮するには、住宅地として、また、町並みとして相乗効果が上げられるような集団としての建築設計指針を設けることが重要であることは、近江八幡の歴史町や五個荘の街を見て、皆が強く感じたことです。

 


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