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メールマガジン第305号(6月8日)

掲載日2009 年 6 月 8 日

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メールマガジン第305号(6月8日)

みなさん こんにちは
今回のテーマは、「行政不服申請と行政事件訴訟と弁護士」です。
私はこれまで少なくない数の行政事件に関係してきました。しかし、殆どの行政事件で敗北を重ねてきました。敗北したという事実は私の力不足に尽きるのですが、決して私の主張に間違いがあったわけではなく、行政事件に関係した判事と弁護士の不正や不当を打ち破れなかった私の力不足にありました。

私の行政事件等との経験
私の取り組んだ行政事件関係した行政法及びその関係法は、都市計画法、建築基準法、建築士法、建設業法、地方自治法、地方税法、補助金適正化法、民法、マンション建て替え円滑化法、区分所有法などがあります。その殆どの法律は、私が官僚であった時代に関係したことのあるもので、その中には直接立法作業に携わり、内閣法制局まで出掛けて審査を受けたものもあれば、施行を担当したり、訴訟で取り扱ったものもあります。

私もその行政の実務を担当し、「白を黒」と屁理屈をつけて、行政機関の歯車としてやってきた経験もあります。しかし、行政の中には、私では考えられないような悪質で「法律の規定とまったく逆なこと」に詭弁を弄して押し通すことが多数やられてきました。日本の行政と司法とのできレースでやられている不正も多数見てきました。そのほんの一部が社会問題となって新聞やTVを賑わせてきました。私は現役のときも、法治国としての適正な法の施行の重要性を意識し、厳正な法律遵守をしないといけないことを経験して来ました。

「行政事件訴訟と行政不服申請」とは
行政事件訴訟というものは、基本的に「国家と国民との社会契約」として締結された憲法で、「国家が国民に対して納税義務の反射的義務として保障した内容」を、具体的に定めた行政法を国家が遵守していないことを司法の場で争う事件です。行政事件訴訟になる以前に、行政内部に自制を求めて、行政のなした処分または不作為を再検討することを求めるものが行政不服審査です。そこで求めていることは、法治国における行政機関による法律の適正施行です。
行政不服審査請求をし、または、行政事件訴訟をする人に対して、「訴訟好き」「訴訟マニア」のように誹謗する人もいますが、そのようなことをいうことには裏があるのです。
行政法は国民生活には衣食住の全てにわたって、国民の生命財産や健康や文化を守るために専門的知識や経験により保護されなければなりません。国家は国民に代わって、専門的知識のある職員を雇い、法律で定めた行政組織と手続きを定めることで、憲法で定めた国民の権利を専門的知識経験で裏づけされた行政により守っているのです。

住民分断を図る不正業者
しかし、関係する仕事をする業者にとって、行政法規に従ってまじめにやっても適正利益しか手にすることはできません。不正な利益を手に入れようとする業者や、その上前をはねて政治献金を手にし、または、退職したときの就職や、目先のお金や供応などの誘惑を受け入れようとする人は、不正を犯すことで不正利益を手にする人からの分け前に与ろうとします。これらの不正利益を得る上に邪魔になる人が、「行政の不正を許せない」といって行政の不正幇助を問題にしている行政事件訴訟関係者です。

不正利益を求めている業者は、これまでの事件でも、行政事件に関係する人を切り崩し、補償料という名目で関係住民にお金を配り、政治家に献金をして、または、お金を支払うという約束をして、行政事件を行った人を『順法精神の高い人』とは言わず、事業の邪魔をする反社会的な人物と宣伝してきました。そして、事業の反対者は社会的に『特殊な人』(社会性がない、訴訟好き、権力につっかかる変わり者等)のレッテルを張り、差別し、地域から浮き上がらせるようにしてきました。

「行政事件で何を争うか」
これまでの行政事件で「国立マンション訴訟」がよく取り上げられ、『環境権』、『景観権』を争い、判決でこれらの権利があるという判決が出たと喜んでいる人がたくさんいます。憲法の基本的人権としていずれも当然のことで、判決にこれらの文字が登場しても何も不思議でなく、判事が原告団に面子を立てさせた『リップサービス』といってよいのです。判決で『判事が環境権や景観権があると認めて、敗訴させた理由』を考えてください。

これまでの訴訟弁護士は、行政事件を戦う行政法の専門知識がないために抽象的な環境権や景観権といった具体性の明確にならない言葉で争ってきました。これらの抽象的、観念的用語は、人によって定義する範囲が異なり、そのようなあいまいな定義を持ち出して行政事件の白黒の判断が戦えるはずはないのです。それが分からない筈はないということは、弁護士が原告に幻想を抱かせて騙して裁判を引きずらせたのです。

行政事件でまじめに環境権や景観権を争うとすれば、建築基準法及び都市計画法の実態規定のどの規定に違反しているから環境権や景観権の違反になるかということを論証できなければ行政事件訴訟ではありません。つまり、訴訟の文章で環境権とか景観権とか言っても、それは行政事件の争点にすることは無理です。行政法はそれらを物理的な具体性のある規定として定めてあることから、その規定に照らして争うことが必要なのです。

弁護士の横着に便乗した判事の横暴
行政事件に関係する弁護士の多くは、行政法の知識や経験が極めて限られており、その知識自体は、殆ど素人同然です。しかし、司法官試験を通ったということで、刑事訴訟法や民事訴訟法、民法や刑法についての一般的な法律知識は持っています。社会に向けて『法律の専門家』であるとされ、どの法律でも分かると言う顔をしているだけです。

医師や建築士や学者や専門家といわれている人と同様で、基本的に専門知識は、幅の狭い領域に関して専門性が高いが、その学問領域すべてに及んでいないのです。しかし、多くの場合、金儲けのためにエリマキトカゲが虚勢を張るように、建築士資格者は、建築のすべての領域の専門家であるふりをしたり、医師は全ての病気が分かるかのように振舞い、その分野全体に専門家であるという虚勢を張って仕事を取ろうとします。卑しい弁護士も同じです。

多くの弁護士は、行政法の知識がないのに自分だけの貧しい行政法の知識で問題を処理しようとするため、法律の理論がわからないまま、行政官の書いた「不正を正当化する解説書」や、「間違った判例」を後生大事に信じて、それらが法律に違反していても所管庁官僚の書籍や判例であるから、それを法律以上の重要な『法律の現実的で、専門的解釈である』と間違った武装して、原告住民の法律に適合した要求を踏み潰してきた。判事も基本的には同じで、行政法に関する専門的知識が不足し、法律の分離解釈をせず、行政法学者や行政担当者の解説に依存してきました。

私利を最優先にする判事と弁護士
行政法学者の多くは行政OBで、行政の後ろ盾で学者の地位を得た者が殆どで、行政の審査会や審議会の委員をすることで行政のなした法律違反を正当化する御用学者です。また、行政官が書いた解説の多くは、行政としてやりたいことを書いており、法律で十分わかることを、法律どおりにやらせない屁理屈を法解釈として書いていることが多いのです。法律が国民のものであるならば、国民に理解できるものでなければならず、法文の文理による解釈こそ、最も尊重されなければならないにも拘らず、文理解釈は軽視されてきました。

行政法学者、行政官のいずれもが不正利益を得ようとしている業界の走狗で、行政法関係者に対抗する行政法知識を持たない判事は、行政事件の馴染みの客(被告は常に行政庁)の言いなりに、その主張を追認しておれば、裁判運営は順調に進行するため、実績を上げるためにも、判事は行政庁の言いなりの判決を書くことになります。弁護士もまた、民事事件を多く抱えた行政事件と同じ判事が担当することから、行政事件で判事に恭順の意を示すことで民事事件での判事の心象をよくすることを期待して、行政事件で判事の嫌う行政を追及は差し控え、依頼人の利益は二の次になります。

笑止千万な弁護士
私が関係した青葉台3丁目マンション事件で担当弁護士は、『戸谷の主張では勝てぬ』といって、私の法律に根拠のある主張をすべて排除しました。結果は敗訴したにも変わらず、『こちらの主張も何点か認められた』と自画自賛しました。原告が控訴を『戸谷の理屈でやってくれ』といったのに対して『それでは勝てない、私は降りる』といって控訴を打ち切らせたのです。その同じ弁護士は常盤台の行政不服審査でも、私の法律を根拠にした訴えをすべて排除して「却下の採決」を受け、『審査会の壁は厚い』といい、行政事件を希望した住民には弁護を引き受けないと脱落しました。

住民は行政事件訴訟で勝訴しても何一つ私的な利益を得るわけではありません。彼らは法治国としての法の適正施行が失われては『この世は闇になる』と危惧して、『一銭の儲けにもならぬ訴訟』を、弁護士に高い弁護料を支払って闘っているのです。その弁護士が「私は弁護士法に基づき、原告にはできるだけ安い費用でやっており、それに批判はするな」と原告に平気で言える神経こそ、弁護士の現状です。

弁護士は委任業務であるので、その業務に関し、依頼人の要求内容がどのような訴状となり、その訴えに対し審査会または裁判所がどのような採決または判決をしたのかを分かりやすく説明し、弁護士としては原告にその主張に誤りがなかったのか、最活や判決は受け入れるに足るものかを説明し、それで満足できないならば控訴することを原告が判断できる状況を説明する義務があります。しかし、行政法がよく分からない弁護士は、もっぱら業務報酬をもっともらしく取ることができるかという枠組みでしか考えず、努力をしないと弁護ができないとわかれば、中途で平気で『多忙』を理由に投げ出しているのです。

抗議の電話:私のメールマガジンに対し付与かいな感じを持った人もいるかと思います。その理由は説明するまでもありませんが、私の提起している問題の解決を望んでいるのでしたら、それを私に直接言う良いうにして欲しいと思います。情報を公開して、私の主張や事実に間違いがあれば訂正するにやぶさかではありません。


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