メールマガジン

メールマガジン第315号

掲載日2009 年 8 月 24 日

メールマガジン第315回 (8月24日)
皆さん こんにちは
HICPMホームページをご覧になった方や書店の店頭で気付かれた方もあるかと思いますが、このたび、エックスナレッジ社から、HICPM理事の竹山さんと私で「建築史・建築デザインの潮流が分かる 『建築物・様式ビジュアルハンドブック』」を刊行しました。
この出版の目的は、二つあります。

建築業務に不可欠な建築学の基礎知識
第1は、工務店や設計事務所が、消費者の建築の嗜好や、見聞し感動したデザインとはどんなものかを建築設計者や住宅の営業マンに伝えるための翻訳事典のようなものが必要と考えたからです。「消費者がルネッサンス様式で建ててくれといっているのだけれど、どんな風に造ったらよいか」と言った疑問に対し、ルネッサンス様式の原点とも言うべき、「ヴィラ・カプラやクイーンズハウスといった事例の写真やスケッチ」を見ることで、デザインをイメージすることができます。

日本以外の諸外国の建築学(人文科学)では、建築の形態や意匠はそれぞれ歴史文化を担った建築の言葉で建築歴史を勉強し、設計者はそれらを使って建築主の想いを建築設計として纏めることが仕事であることを学びます。

しかし、日本の建築工学(工学)は、世界の建築学とは全く違っています。建築士の資格を持っていても、建築設計を欧米の建築家のような知識がないため、独善的に時代感覚を、「トレンドのデザイン」として設計します。しかし、多くの消費者は、「懐かしさを感じることの出来る住宅」を求めています。「懐かしさを与えるデザイン」とは、例外なくクラシックなデザインなのです。クラシックなデザインを作成するためには、その知識がなくては出来ません。本書は、建築デザインのアウトラインを実際の建築物の写真かスケッチで理解できるようにしています。

建築士と設計者の基礎知識
第2は、建築設計をする建築士や住宅営業をする人たちに必要とされている知識は、建築士試験として行なわれてきました。本書では、過去10年間の建築士試験において出題された建築設計用語と解説及び建築物の写真又はスケッチによって知ることができます。

本書では、建築士試験の大きな区分に従って日本と西洋との2編に分け、それぞれの中で歴史建築と近代・現代建築について検索できます。ここで解説されている程度の知識があれば、建築士試験では十分足りる情報ですから、本書に登場する用語及び建築物に関して、建築士であれば最低60%ぐらいの知識はなければなりません。また、建築設計をする人であれば、80%以上の用語及び建築物について知っていることを、建築士法は期待しています。
つまり、建築士という資格を持つ専門技術者に必要な知識が、この本の学習で確かなものになるはずです。HICPMでは、実際の建築デザインを構成する形態(フォルム)と意匠(オーナメント)の学習方法と本書の活用方法について、セミナーを計画中です。

建築本を扱う書店が少ないことから、本書はHICPMにおいても購入することができます。本研究会で本書をご購入頂いた方でご質問があるときは、著者のひとりである私が解説いたします。

次に、アイルランドの調査旅行報告をいたします。
アイルランドとはどんな国か
アイルランドは、ビクトリアン時代に英国の一部に併合されていましたが、その後、北アイルランドが分離独立し、コモンウエルズ(大英帝国連邦独立諸国連合)に留まっていましたが、1949年にはコモンウエルズからも離脱して、全く独立した国家を形成しました。しかし、アイルランド島にあるという地理的条件から、そこに生活する人達の歴史文化は、原住民、ケルト(ゲール)、バイキング、アングロ・サクソン(ノルマン、ブリテン、ウエールズ)など多くの民族が混合しています。

歴史的には、常に外部から支配され侵略されるといった厳しい環境の中で作られてきた歴史の国です。そのため、北アイルランドが英国の一部として残り、英国から独立した自由アイルランドが、その後アイルランドとなっても、民族的な共通意識は強く、アイルランド政府官公庁では、アイルランド島を一体的に紹介しているように、アイルランドとしての一体感も残っています。高い緯度であるにも拘らず、大西洋暖流の影響で緑が多く、気候は温暖でカナダのBC州とよく似ています。

北アイルランドを切り離してのアイルランドの独立は、カトリック教徒と英国教会の新教徒の対立が根底にあって、IRA(アイリッシュ・リパブリカン・アーミー)が、英国の国教会を利用した支配と差別に抵抗して独立を勝ち取った怒りが、英国に対する政治的な抵抗運動として始まり、やがては、破壊活動を含む報復活動をしてきたことは、世界的に良く知られています。現在では、IRAと英国政府間で妥協が成立し、政治的共存が成立しています。

アイルランドの文化的背景
地中海でギリシャ文明が発達していた頃に、既にアイルランドには原住民が生活を始めていたという長い歴史があり、まだ分からないことの多い国です。それでも人々は自然との闘いで生き抜くために、自然との調和という文化を生み出し、それが日本と共通するアミニズム(八百万の神)の支配する「妖精の国」といわれる文化を作った理由とも言われています。

温暖な土地であったため、冬季になると凍土のために生活が出来なくなるノルウエーからバイキングがやってきて、略奪をしたり、交易をしたり、通婚をしたりして、ある地方ではバイキングが定住してアイルランド原住民化したところもあります。

フランスからオレンジ公がアングロ・サクソン征服のためにやってきたときに、カトリック教による布教支配が始まりますが、それ以前の5世紀に、既にアイルランドは、ウエールズからの影響としてキリスト教が伝播し、船とパトリックによるアミニズムを容認したキリスト教がアイルランドに形成されたといわれています。そのためアイルランドのキリスト教は、ヨーロッパ大陸のキリスト教と異なり、十字架に太陽の形を模った十字架(ハイクロス)が使われています。

その後、フランス北部に領地を持つノルマンディー公ウイリアムが、修道院を利用して英国を支配します(征服王)。そのときには既に、アイルランドには、既にアミニズムと一体となったキリスト教が広く普及していましたが、キリスト教としては英国と同じにはなりませんでした。

その後、ビクトリアン時代には、ヘンリー8世がローマ法王と離婚問題をめぐって対立し、ローマカトリックと関係を切り、英国国教会という新教を政治の手段に利用してきました。ビクトリアン時代になると、英国の支配化に入らされ、英国教会という新教を利用した英国のアイルランドの文化的支配が始められ、英国王朝は、その中心的な施設としてトリニティカレッジを創設しました。

現在はアイルランド自体をカトリック教徒が大多数を占め、この大学もカトリック教徒が多数在籍していますが、当初は国教徒を育てることを目的にした大学だったのです。このように見ていくと、アイルランド自体は、外部から脅かされてきた国であるにも拘らず、アイルランドの特性にこだわって個性を守ってきたことが、この国の魅力になっているといえます。

アイルランドとアメリカの関係

アイルランドはその周辺国との往来が盛んで、その様子は、学術的にもまだ解明されていないことが多いのです。近世になりジャガイモの生産が始まって、経済的な生活基盤が作られたのですが、そのジャガイモによってアイルランドを大きく変える事件がありました。

18世紀にアイルランドの食を支えてきたジャガイモが病害で生産できなくなったのです。その結果、大量のアイルランド人(国民の半数近く)が飢餓のため死亡したり、国外(主としてアメリカ)に移民せざるをえなくなりました。小さな女の子が監獄に入れば食事が得られるとして窃盗を働き、刑務所で重い懲役労働させられたことも伝えられています。

アメリカへの大量移民も決死の覚悟で取り組まれたもので、如何にジャガイモ生産が国家全体に大きな問題を投げ掛けたかが窺えます。殆どのアイルランド人は、アメリカに親戚を持っているという状態が現在まで続いています。J・F・ケネディだけではなく、米国の政治、経済、文化のあらゆる分野でアイルランド人は活躍しています。アイルランド人は、アメリカに対して非常に親近感を抱いており、同様にアメリカの多くのアイルランドからの移民たちは、今もアイルランドを母国と感じているようで、その関係は大変に緊密だと説明されていました。

理想と夢を追う国家
アイルランドの首都ダブリンでまず気が付いたことは、銅像の多さでした。いわゆる日本のようにその人物の業績を顕彰するための銅像ではなく、オコーネルに代表される銅像はアイルランドの独立のために尽力した人物のもので、彼等が追い求めた理想であるとか、結果としては敗北したが、アイルランド人は今もなお、この思いを訴えている精神性の高いものが殆どだと思いました。

その中にはオスカー・ワイルドや、バーナード・ショウ、ジェームス・ジョイスなどのノーベル文学賞受賞者を含む文化人も多く、アイルランド人として何を訴えようとしてきたのかという共感の気持ちが現れていると思いました。かつて、英国に併合したときにナポレオンを倒したネルソンは、栄光の英雄としてこのダブリンの中心通りにも、その像があったそうです。しかし、今は取り壊されてそこに120mの円錐形の平和の塔が建立されています。

アイルランド人は、毎日これらの人物の銅像を都市の目抜き通りで見て、現代のアイルランド文化の土壌となっていることを確認することで、忘れっぽい人間の記憶をよみがえらせているのです。ワシントンのリンカーンメモリアル同様に、米国人だけでなく世界の人々に、理想を実現にすることの生き方の大切さを語ってくれるような感じで、多くの銅像は観光客の私にも多くの大切なメッセージを送ってくれたように感じました。

アイルランド人のライフスタイル
ダブリンの町にはトリニティカレッジ、ダブリン城、セント・パトリックチャーチ、クライストチャーチなどの歴史的建造物を囲み美術館、博物館、国会議事堂などと並んで町の至る通りにはパブが並んでいます。ひとつの店の中をパブとカフェに区切っているバーの多くで生演奏があり、私が泊まったホテルの1階でも生演奏とショウをやっているバーがあり、アイルランド人も観光客も一緒になって賑やかに音楽や踊りを楽しんでいました。

アイルランドは、濃いグリーン、レッド、ブルーなどはっきりとバーだと分かるデザインの玄関ファサードが多く、町中がバーで埋まっているようにさえ見えます。屋根と窓先にはこぼれるほどの花が咲き乱れているそんな街並みを注意して見ると、ビューティサロンもバーと同じようなデザインなのです。

アイリッシュバーのメニューにはどんなものがあり、客はどんなものを注文するのか興味津々で見ていましたら、アイリッシュシチュー、アイリッシュコーヒー、アイリッシュクリーム、アイリッシュウイスキーなどアイリッシュと付くものか、ギネスビアが多いようでした。ギネスビアはアルコール分が少なく健康に良いということで、身体の弱い人に医師も勧めているという話も聞きました。やはり寒い国のため、お酒をコーヒーに入れたり、ミルクと混ぜたりといったものが多いようです。

都市の文化環境とはどういうことか
都市の全体像を掴むために、ダブリンではオープンバスの上階から街並み解説を聞きながら一周1時間半のコースを2日に亘り3回も回って見学しました。またゴールウエイでも、オープンバスでの地元の案内者の解説付き中心市街地ツアーに参加しました。現地ガイドの気を利かせた説明も、アイルランド語が理解できないという障害から、肝心のおちにも笑うに笑えないことが再三でした。

「落語のおち」の分からない不消化な気分で終わりましたが、私と同じように理解できていないようなフランス人、スペイン人、イタリア人、ドイツ人など非英語圏の人が多数参加していることに気付きました。

あちこちを廻って、大学などの教育機関は全て無料であるだけではなく、美術館や博物館など公共的施設への入場料も無料であることが分かりました。このように、国民は豊かな文化を全て無料で享受できるという社会のあり方が、日本で取り組むべき課題であるような気がします。

西欧人のアイルランド観光
ダブリンでもゴールウエイでも、沢山の非アイルランド西欧人が観光に来ていました。彼らの関心の多くは歴史と文化で、アイルランドらしさを探しているように思われました。

同じキリスト教国であっても、アミニズムと結びついたキリスト教国ということで、セント・パトリックに関係した「ケルズの書」と呼ばれる細密画の模様を多数取り入れたマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4福音書の写本(AD9世紀から15世紀)、キリスト教の聖書でありながら、アミニズムの模様の図案が驚くほど細密に描かれている聖書に不思議に多くの人が感動していました。それは、アミニズム社会に通じる、アイルランドの人々の心に受け入れられる聖書だったのです。

トリニティカレッジの中にある「ケルズの書」展示館には、手のひらくらいの写本のページを、人間の身長くらいの大きさに引き伸ばしてその細密模様が見られるように展示してありましたが、実物はお米に文字を書くほどの細かい作業がされたものでした。トリニティカレッジは、世界的にも古い時代の著名な図書の蔵書としては、この大学の右に出るものはないと説明されています。

この大学自体が、英国がアイルランドを併合して、国教会の力をアイルランドに広げるための英国支配に必要な教育機関として莫大なお金をかけてつくられたようです。「ケルズの書」はその中心的なもので、海外からの観光客が群がっていました。文化の違いを発見することで、人々は自分自身を知ることができ、その違いに大きな興味をもつことになるのです。観光のおもしろさ、楽しさは、まさに地理、歴史に根ざした文化の発見に、同じ人間でありながら興味が高まることだと思いました。

世界最大の規模を誇る都市公園と動物園を持つダブリンや、廃墟となった寺院、防衛上の城壁、厳しい自然と闘って築かれた文化を知ることで、アイルランドの長い歴史を慮り興味を高めることが出来ると思いました。
戸谷 英世


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