メールマガジン

メールマガジン第322号

掲載日2009 年 10 月 20 日

メールマガジン第322号
みなさんこんにちは

10月17日から19日まで大阪での関西住宅会議での角橋徹也さんの「オランダの社会住宅」の出版報告会と名張での「グリーン・ツーリズム、アグリカルチュラル・アーバニズム準備検討会」と「HICPM関西地区理事・監事CM研究会(仮称)」の3つの会議に出席してきました。このうちオランダに関しては其のとき購入した書籍を目下検討中ですので、それを終わった段階で紹介します。来月のBMでは、私のオランダ報告を掲載しますので、いずれも楽しみにしてください。

「グリーン・ツーリズムとアグリカルチュウラルアーバニズム準備検討会の概要
研究会の時代背景(その1)

今回は、まず、アグリカルチュラル・アーバニズムとグリーン・ツーリズムを日本で考えなければならに時代背景について報告します。
第1:アグリカルチュラル・アーバニズム
オランダで提唱されたアグリカルチュラル・アーバニズムは、先進工業国の将来における食糧問題と都市の形の問題とを一体的に考える運動として、世界の工業先進国共通の問題として取り組まれるようになっています。それは、発展途上国の賃金水準の向上に対し、職の改善が進み、発展途上国から先進工業国への食糧輸出は先行き困難になるという時代の流れに沿って、先進工業国の国民総てが、食糧問題として農業のとの接点を持つという前提に立てば、「都市と農業」を一体不可分の関係で計画するということになります。

FTAの時代の資本の基本構造
日本政府は、日本に金融資本及び産業資本の要求に応えた、安い労働力を活用して大きな利潤を上げる金融資本や産業資本の活動を容易にして、安い労働力のある地域への資本投下と、そこでの利潤を、国境を越えて利潤を日本に還流させるためには、国境による為替、貿易、関税の障壁を取り払うことが必要だと考え、関係国家間の為替、貿易、関税に関する障壁を解除又は緩和する国家間の協定(自由貿易協定)を結ぶ方向に移行しています。

FTAの時代のお金の動き
それは、日本の金融資本にとっても、産業資本にとっても、国民平均年収500万円の高賃金国日本の労働者を使用していては、国際競争力に勝てないため、金融資本にとってもその投資先として、日本の平均年収の50分の1から20分の1の安い労働力のある発展途上国の労働者を使って、生産や業務をする労働者を使う企業に投資しようとしているからです。そこで設けたお金を日本に持ち帰らないと日本の資本家の利益として手に入れられませんから、お金の移動を制限しないようにする必要があります。

帝国主義時代との違い
昔に言われた言葉でいいますと、先進資本主義国が、「発展途上国の安い労働力を使って利潤を得る」という「搾取」をしている「帝国主義的段階の国家間支配」のことなのですが、何故か、「搾取」をされているはずの発展途上国でも、資本とかがあることは、それだけ雇用機会が増え、労働賃金が上がることですから、「歓迎」しているのです。基本的な違いは、国家の主権が国民に移った国と、国家の主権が帝国主義国家(植民地支配国)に抑えられているかの違いです。国家の主権の重要性なのです。

植民地と国家主権の違い
これは、発展途上国側の国家の主権において、発展途上国の安い労働力を使って揚げられた利潤の主たる部分は、発展途上国の利益としてその国民に還元され、国民にも雇用機会の拡大として所得の向上が図られるためで、「帝国主義の時代のように、先進工業国国家が、国家権力を行使して、発展途上国における産業資本や金融資本を支配して、発展途上国で低賃金労働によって生み出された利潤を基本的に先進工業国が持ち去ってしまう」という構造ではないからです。

安保条約と日米自由貿易協定の時代
今年か、来年かに日米間のFTA(自由貿易協定)が締結されようとしています。日米安全保障条約では、日米同盟という軍事同盟を前提にした相互の役割分担ということで、日本は憲法第9条で国家を「米軍の核」の下で護ってもらう代わりに、米国の石油と農産物資を購入することで米国経済の支援をする。その結果、炭鉱の閉産と農業構造改善政策を受け容れてきたわけですがが、現在の米国の経済危機の中で、大農業国としてこれまで例外扱いをしてきた「米」の自由化を含む農産物資の自由化の圧力が、日米間のFTAとして、日本の産業資本及び金融資本の米国での活動と引き換えにやられようとしているのです。

産業と金融優先し、「健康と農業」を犠牲
輸入牛肉問題、遺伝子組み換え農産物の問題と農薬使用輸入農産物の問題とが、日本国民の健康を脅かしているのですが、日本政府は、基本的に産業資本と金融資本の利益重視をすることが国民の基本的経済基盤を護ることであると説明して、輸出産業重視の政策、金融資本保護の政策のために、結果的に、国民の生活は犠牲にされてきました、産業構造的にいいますと、農業を犠牲にすることで産業・金融資本を支援する政策が、戦後60年続けられてきたのです。そして、その成りの果ては、産業資本と金融資本を護ることを続けていますが、産業資本や金融資本は、日本国民の雇用を切り捨てて、発展途上国や、先進国の安い労働力を雇用することをして利益を上げようとして、既に高い賃金水準に上がった日本国民を労働者として雇おうとはしていません。

建設労働者の環境
しかも、これまでの経済成長の過程で、労働者の賃金を上げるために労働者の労働生産性を挙げるのではなく、工場製品の採用による生産性を向上するという政策を取ってきたため、日本人の建設労働者に関して言えば、米国の建設労働者の2.5分の1つまり40%程度の労働生産性しか上げられないでいます。そこに製造業等他産業からの失業者が乱入することになったため、建設労働は安い労賃をさらに叩き合わせられる状態になり、末端産業が崩壊しかかっています。

ソ連崩壊時の経験
かつて、ソ連が崩壊し、ルーブル通貨の価値が実質消滅したとき、日本では多くの識者やジャーナリストが、ロシアでは、膨大な人たちが収入の資産も失うことになるので、社会膣受自体が崩壊し、餓死者な何百万人も発生するといった予測が伝えられました。しかし、現実のロシアでは、日本の識者たちの予測は外れ、餓死者も社会的混乱も起こらなかった。私はその秘密が知りたくてロシアに出かけて、当時貨幣経済から農業経済に逃げ込むことで、「貨幣がなくても生延びる」ことが出来たことを実際に目撃しました。それ以来、日本の近未来に取り組みのヒントこそ、ここにあると感じ、何度もそれを訴えてきました。

目先しか見ない「勝ち組理論」
日本では、「勝ち組と負け組み」といういやな言葉があり、その「何れに選別されるか」ということを問題にすることを「経営戦略」と得意げに言ってきた人たちが沢山います。そして、勝ち組になったと思った人が一夜で負け組みになっているという現実が沢山表れています。日本全体として賃金レベルが多分20-30年以内に、FTA政策により。低賃金国と平準化することにより、年収250万円から300万円に向かいます。「俺はIT産業だ」といっても、ロシアやインドやパキスタンに行けば分かるとおり、先進国の人たちに負けない数学や、物理学、化学の知識を持った人材が沢山いて、先進国の人たちの5分の1とか6分の1の賃金で働いています。

失業者の拡大と低賃金化の時代
日本全体に失業者が急激に増え、現在5%を超え、年末には6%を超える勢いだとも言われています。やがて10%という時代になれば、今勝ち組と言われている企業自体が、「日本で店仕舞をしなければならなくなる」か、「残ったとしても、賃金カットを余儀なくされる」ことは必至です。「椅子取りゲーム」のような熾烈な雇用獲得競争が、現職と新規採用との間で、賃金という同じ土俵での奪い合い始まっています。現に卒業生に雇用の場がなく、フリーターが増えているだけではなく、中高齢者のリストラや計画企業倒産もあり、企業は生き残りを掛けてこれまでの高賃金の労働者の首切りに踏み切っています。公務員だけは、民主党になっても、官僚に頼らないといけないた弱腰のため、表では一応「天下り制限」と口にしていますが、裏では定年制の延長として、官僚を手なずけることで、政権運営をやらなければと考えています。

ソ連崩壊後の社会に学ぶこと
人びとはソ連崩壊のときにロシアで起こってように、FTAの時代に生き残る手段として、「貨幣経済から脱落しても生きられる方法」を本能的に見つけ出そうとしています。それが農業です。お金がなくても農地で根菜や野菜やお米など、最低限生き残ることの出来るものを手に入れることを確保しようという動きです。「農業では飯は食えない」といって農業を始める人を「馬鹿」呼ばわりする人もいます。確かに、今の農業の取り組みは、それを市場で換金して、所得を補うためではありません。絶対的の所得が減ったときに生きていくためなのです。必要な現金収入を輸入農産物と競争したり、本格的な農業傾斜と競争して、素人の農業で得られるということはないと思います。戦後食べるものが手に入らなくて開墾をした経験のある「私たちの年代以上の人」(70歳代以上)は分かると思います。

失業者と農業
先進工業国ではワークシェアリングをはじめ、労働時間の短縮、フレックス時間就労など、国民に必要最小限化け計支出に対応する必要な現金収入を得られる機会の保障をする政策を実現することが求められています。最低限の生活保護に変わる最低限の労働保証とともに、国民の総てにその生活環境に適う農業労働として、都心のマンションでのプランター栽培や屋上農業から、郊外での本格農業まで、多様な農業の実施の取り組みが都市計画と一体で取り組まれることがアグリカルチュラル・アーバニズムです。

第2:グリーン・ツーリズム

人々が豊かな生活をするためには、自分自身が主体性を持って自分自身の生活を作っていく積極的な取り組みが必要です。そのためには自分の時間がなくてはなりません。自分に時間を確保するためには、賃労働という「自分の時間を換金する」ことで失う時間を、労働時間を少なくすることで回復しなければなりません。しかし、自由な時間をどのように使うかという目的なしに時間を占いでいても、その時間はためておくわけには生きません。人びとは、「自分は何か」という基本的人権の原点を知ることによって自分を知ることが出来ます。それは、自分たちが育ち、生活している土地の担っている歴史や文化の中で、どのように育てられてきたかというルーツを知ることでもあるのです。土地との関係で歴史文化を追っかけるたびがグリーン・ツーリズムの原点です。

経済的に基盤の出来ている人のニーズ
しかし、ここで私が説明していることは今日のことではなく、近未来のことです。しかも、総てが同じ条件ではありません。所得の高い人が全くなくなるわけではありませんし、所得が比較的安定している都市居住者や、年金生活者で、生活に必要な最低限の所得はこれまで蓄積していたり、これから貰えるという展望の持てる人も沢山います。しかし、戦後60年の都市化の中で都市に生活し、所得を高めることが幸せを手に入れることが出来ると考えて生きてきた人が、新しい経済の停滞した時代に直面して、もう一度「豊かな生活とは何だったのだろうか」と考える人が増えています。

自由時間都市の取り組みの経験

1980年代の欧米では、「豊かな生活は、人人が自分の希望生活を創造することで、そのためには労働時間を減らしても自由な時間を持つべきである」とする自由時間の運動は広く取り組まれました。以前、年間2100時間の労働時間を1800時間にする運動は、やがて1600時間に迫るほどになりました。労働時間が減少すれば、当然賃金は減っていきます。しかし、お金を掛けなくても、自由な時間で豊かな生活を営む方法は沢山あります。

グリーン・ツーリズムの経験
その中で大きな選択の対象になった営みがガーデニングであったり、農業であったのです。趣味の園芸から、有機農業まで健康を重視する運動は、それ自体の社会的な意味もあって大きな広がりを持っています。その中で非常に興味の持てる取り組みとしてドイツでのグリーン・ツーリズムがあります。グリーン・ツーリズムは、基本的の誇りに持てる農村の歴史文化を都市の人に享受出来る様にすることで、それを農村のビジネスにするものです。その取り組みには、その農村の持つ歴史文化の調査権強雨とそれがその農村といかに強いつながりを持ち、農村居住者自身にとってもそれを享受することを自らの生活を豊かにするものにすることが。この取り組みの大前提になっています。グリーン・ツーリズムを日本では人寄せ観光みたいに考えている卑しさがありますが、ドイツのグリーン・ツーリズムは、農村文化の再発見なのです。

都市と農村のつながり
都市生活者の大多数は、農村からやってきた人であり、都市生活者といわれる人たちも、農村生活と深い関係を持っています。日本の歴史を知ることで自分が分かります。それは日本の農村文化を知ることでもあるのです。歴史文化をたどることは、日本の自然環境の理解を前提にして、そこで産み育てられた政治、経済を土台にした歴史文化としての農村の歴史文化を知ることでもあるのです。それがグリーン・ツーリズムの背景です。
名張は日本の歴史上で大きな物語のある地域で、ここではグリーン・ツーリズムの資源があります。そこで、ここでの実践的な事例を作っていければと考えたわけです。
次回以降に続きを検討します
戸谷英世


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