メールマガジン

メールマガジン第325号(11月9日)

掲載日2009 年 11 月 9 日

メールマガジン第325号
皆さんこんにちは
カレントトピックス:アグリカルチュラル・アーバニズムの調査研究

アグリカルチュラル・アーバニズムの研究に関して、農住センターと協力して実現する運びになりました。今年度に完了した住宅による資産形成のための「超長優良住宅地経営管理マニュアル」をさらに発展する取り組みとして計画していた調査研究開発が、突然,ハウジングアンドコミュニティ財団から、予算枠が廃止になり出来なくなったという通知を受け、別の途を探ってきました。しかし、国土交通省でこれまでの研究成果を評価して、昨年まで一緒の研究に関係してくれていた都市農地活用支援センターの方で行う調査研究の中に、こちらの準備していた調査研究を入れ込むことが出来ることになり喜んでいます。

この研究に関しましては、FTA時代の先進工業国が直面している基本問題で、やがて日本の都市住宅問題にとって避けて通ることの出来なくなる問題であることから、私としては、昨年までの9年間ハウジングアンドコミュニティ財団でやってきたと同じようなやり方で、この問題に関心を持ってくださる団体、企業20社くらいの参加を求めて、全5回程度の研究会を実施したいと考えており、また皆様にもご案内したいと思います。国庫では400万円程度の補助金をこの研究開発のために支出することになっていますので、その費用の半額程度200万円を参加者20者に負担していただいて、参加費用10万円(毎月1回)5回の研究会で補助金を受けて研究していることを実践できるかどうかという検討を行って、実践的事業に取り入れられる成果をまとめたらと考えています。

この調査研究としてHICPMが用意する作業は、国内外のアグリカルチュラル・アーバニズムの取り組みを、以下に日本の現在の業務に取り込むことができるかという視点に立って、これまで世界各国に出かけて調査したことを整理検討していきます。そして、日本の多様なアグリカルチュラル・アーバニズムとしての取り組みに取り入れることを提案していきたいと考えています。それとあわせて、HICPM近畿支部の猪谷さんが三重県名張で伊藤伝一さんの元で経験したことをもう一歩進めた「名張市の農村と堺市の勤労者とを繋ぐアグリカルチュラル・アーバニズム」という形で結実できないものかとして取り組み始めた課題を研究開発に取り入れて生きたいと考えています。

まだ、意向打診はまだ行ってはいませんが、兵庫県淡路市に於ける淡路市会議員竹中さんの町興しの話は、これまでHICPMの渋谷理事、竹山副理事長、猪谷理事と私の4者が、現地にも再三出かけて、間接的に淡路市の町おこしに関係し、そこでアグリカルチュラルアーバニズムを展開することに関しては、竹中さんとも気持ちの上では関連が取れていますので、できれば、淡路市でのアグリカルチュラルアーバニズむの事例研究の対象になるようなことが出来ないかを、これから打診しようとも思っています。

工務店生き残りをかけたCMへの関心
約30年近い紆余曲折を経て、やっとCM(コンストラクションマネジメント)を日本の工務店に伝える方法の具体的糸口が分かりかけてきたように思います。HICPMがまだ発足するといった検討もしていない頃から、わたくしは米国の住宅政策と住宅産業の動向を研究して「生産性」というキーワードこそ、日本の住宅産業に帰し怪異性の幸運の鍵をも取らすものと信じてきました。その最初のきっかけは、私が建設省住宅局建築指導課長補佐時代に、米国の大工3人が、建設省建築研究所内で延べ面積100平方メートルの住宅の構造部分を69マン・アワー(人・時間)で建築するという予告で始めた工事が72マン・アワー(人・時間)で完成し、5大紙が3面記事を4段抜きで「青い目をした大工の生産性」を驚きの目で書いたことに始まります。そのニュースを聞いたとき、私は、日本はプレハブ住宅という工場生産住宅で出来ることを人力で実現できることには驚きましたが、その生産性自体には驚きませんでした。

住宅生産性の成果を誰のために提供するのか
私自体は、その高い生産性自体に対して、日本のプレハブ住宅を育てる側に立っていましたので、速さ自体には驚きはしませんでした。米国から大工を連れてくることに関係したグループの一人で、日本ホームを創設しようという意図を持っていた松田妙子は、その父元衆議院議長松田竹千代であったという政治力を利用して、大蔵、通産、建設3省に影響を与えていました。自社の宣伝をかねて我が物顔に建設省に出入りし、住宅生産課松谷専門官や建築指導課救仁郷課長の応援をしてやると言わぬばかりのかなり高飛車な態度で、建設省職員にも命令口調で臨んでいました。米国の大工のデモンストレイションも建築研究所を使うことなどその一環であったようです。
当時、私は何とか工務店の体質改善をしなければと考えて、金子住宅生産課長らとその後「住宅建築業の手引き」(井上書院)として刊行した研究会を多くの大工、工務店と取り組んでいました。建設省に顔を出した松田妙子は、私を頭ごなしに教えてやるといった態度で、唐突に、「これからは2×4住宅にしなければいけない時代が来る」と言いました。そこで、私はすかさず「生産性が上がっても、その住宅会社だけが儲けるだけなら、私にはあまり関心がありません」といったところ、「住宅局の突っ張っている若造」と思ったのか、彼女は「生産性が上がればそれでよい」と言い捨てていってしまいました。それ以来、松田妙子とは、2×4のことで、全く話をしたことはありません。

3人の米国人大工の実演の衝撃
実は、米国の大工のデモンストレイションがあったとき、最も困っていたものが、カナダ政府・大使館でした。カナダ大使館は、米国カナダとの間に林産資源をめぐる争い(シングル戦争)から、カナダは米国以外の国に林産供給市場を拡大するということで、日本を中心に、ヨーロッパに2×4工法材料(デイメンション・ランバー)の営業を5年以上かけてやっていたのでした。しかし、日本では、ベイビー・スクエアー(小角材)以外は購入しないという厳しい対応の前に、日本への2×4材の営業は中止するといった決定をした直後に、米国大工のデモンストレイションが日本社会に大きな影響を与えることになったからです。
カナダ政府は、「鳶に油揚げを持っていかれる」危機感に脅かされて、大使館が年度末の3月までに使える海外出張旅費を取りまとめて建設省住宅局に持ち込んで、「日本政府からカナダに住宅と木材資源調査団を派遣してくれ」という依頼出張を持ちかけてきました。そこで建設省では農林省林野庁とも協議をし、林業試験所の木材部長、建設省建築研究所有機材料室長、住宅金融公庫指導課長と住宅局からは建築指導課長補佐の私の4人がカナダに2×4住宅と関係する林産物資を調査するために派遣されました。調査団は住宅局が中心であったので、私が調査内容を金子住宅生産課長と相談して決定しました。

カナダによる日本の2×4工法の井戸掘り人
カナダ政府は林産物資の輸出を中心に考えていたため、製材工場から加工木材(合板、修製材、トラスなど)の工場若菜だの西から東までの各州で見せることになっていました。私は、2×4工法による住宅生産が、工務店や大工など建設業に携わっている人びとを豊かに出来ているかに絞って、カナダの住宅産業を調査したいという希望を出して交渉しました。最終的に調査団は、カナダの建設労働者と話し合いをする機会を造ることは出来ませんでしたが、バンクーバー、カルガリー、トロント、オタワなどの各地では、調査団がホームビルダーと意見交換をする機会を準備してもらいました。
そこでは、カナダの住宅と共にその住宅生産に携わる人たちの声を直接聞くことが出来ました。そのときの驚きは、どの街のホームビルダー協会の幹部の方から共通に、ホームビルダーはどこの町でも最も信頼されているし、その所得も高く、また、住宅建設業に働く建設労働者の賃金は工場労働者に比べて30%以上高く、憧れの職業になっているということを聞きました。そのときの驚きが、私に2×4工法を日本で工務店のために普及しなければならない工法であると決心させることになりました。
私がその後米国やカナダの2×4工法について十分な知識を持っていなかったのですが、ともかく日本国内で一般的にやれるようするため、カナダ大使館と協力してモデル住宅の建設や、実験住宅の建設とカナダの栄光での実戦経験映画の上映をする一方で、2×4工法の技術基準「枠組壁工法の技術基準」を作成しました。そして、一般化した基準を追っかけて、米国やカナダの2×4工法のように、耐火建築物で5階建て程度の住宅までを一般的に建築できるようにしようと考えました。そこで、米国やカナダの建築法規に学ぶべく、5年間で5億円の調査研究費を総合研究開発プロジェクトとして、その後横浜市長になった高秀室長の支持を得て予算化しました。
その当時の様子は、全く気がついていませんでしたが、当時日経BP社から発行された「2×4工法のすべて」に日経新聞で私の取り組みを見ていた小牧記者が、「一介の役人が水を得た魚のように住宅産業界を牽引していた」ことを書いていました。それほど2×4工法は私を夢中にし、社会も住宅産業もそれに応えて動いていました。

日本の2×4工法の失敗
その後の事情は全く知らされていなかったのですが、私がインドネシアで3年間、住宅氏開発に取り組んで日本に帰ってそこで見た実際の2×4工法の取り組みは、私の期待を全く裏切るものになっていました。2×4工法の研究開発の座長となった、岸谷孝一らセメント学者たちは、2×4工法は、「所詮木造である2×4工法住宅は、都市計画法に火災荷重を持ち込むことになるので、市街地内部ではむしろ制限すべきである」と言って、コンクリートの牙城を脅かす研究として、中途で挫折させてしまったのです。そのため、私と一緒に予算作業をした高秀室長は、「建築屋に騙された」と感じ、研究開発は2年間で打ち切ってしまいました。岸谷達は、米国やカナダで2×4工法の実現する芽を摘んでしまいました。
それに代わって、三井ホームの営業を2×4建築協会と住宅金融公庫とを結んで進める取り組みが、松谷局長の後押しで、「カナダのキャラバン事業」として、全国の郊外開発中心に進められました。住宅金融公庫による2×4モデルタウンハウスという事業が、米国のPUD(計画的一団地開発)として、2×4工法で、簡易耐火建築物に準じる扱いをすることで融資額を高める事業が展開され、それが神戸住宅供給公社の「SVビレッジ」という形で一つの時代を築きました。2×4建築協会が、坪井東の三井ホームの事業発展となって、松谷局長のその後の政治活動基盤となったことは住宅関係者で知らない人はありません。そこには工務店の生産性を高めるという考えは全く消えていたのです。

「トップダウン」から「ボトムアップ」へ
私はインドネシアから帰国後も、2×4工法の生産性の高さを工務店及び建設労働者の賃金の向上に反映すべく、できる限りの努力をしましたが、国家権力を直接利用できる立場と、全くその力を奪われた立場とでは、やれることの違いを痛く感じることになりました。しかし、権力によらなくても、理屈に適ったことは、必ず成果を出すという確信の下に米国やカナダの住宅産業について執拗に追っかけ、その歴史を調べ、私の「生産性向上が住宅産業に不可欠である」確信は、ますます高まってきました。しかし、そのやり方は政策を広める「トップダウン」方式とは逆に、実例を作って、それを見て皆がまねるという「ボトムアップ」という方法に代えることしかないことが分かりました。

CPM/CPNの取り組み

建設省を退官してから、民間企業(ABC開発)で輸入住宅や輸入建材を取り扱う仕事に関係したことも、米国の住宅産業をより詳しく理解することになりました。その調査研究を通して、米国の状況をより詳しく知ることになりました。1990年に米国で全米ホームビルダー協会は、連邦政府HUDが進めた工場生産住宅政策(OBT)に対して、工務店の利益を護るために対決した歴史の中で、建設現場での工務店及び建設労働者の利益を護るための生産性向上運動が、現場を工場に買える技術として取り組まれました。
ポラリス潜水艦の操作技術として開発されたCPM/CPNを建設現場の生産管理技術に取り入れられたことを知ったとき、そのときのテキスト(ジェリー・ハウスホールだー著「スケジューリング・フォー・ビルダーズ」の翻訳に取り組むことにしました。それが龍源社から出版した「CPMのすべて」です。この名前は、「2×4工法のすべて」(日経、前掲載)に倣ったものです。この本は現在「住宅建設の工程管理」(住宅生産性研究会刊行)として、解説付きで販売されています。

HICPMのCMの取り組み
その後1993年にHICPMを設立しましたが、そのとき「住宅生産性研究会」と「生産性」という名をつけた理由もそこにありました。研究会の創設に当たっては生産工学を日本で学び、米国のペンシルベニア大学ウヲートンカレッジでMBAの資格を取った千田理事が参画しました。千田さんは米国の建設業経営管理額の全体系を詳しく調べ、「アメリカのコンストラクションマネジメント」という全米ホームビルダー協会から出版されている本を翻訳しました。この版の翻訳は、建築の専門的な用語も多く、私も監修という立場で事実上半分近く翻訳を手伝鵜ことになったため、私にとって大変勉強になりました。

私のコンストラクションマネジメントの知識
たまたま私の息子が、米国のCMを学びたいといって、筑波大学を卒業してから日本の建築設計事務所で働いていましたが、それを中断してワシントン州立大学のCM(コンストラクション・マネジメント学部に入り、その後カリフォルニアのDPR社でコンストラクションマネジャーとして働くことになりました。そこで、私自身、これまでの全米ホームビルダー協会のCMテキスト(3冊)の翻訳作業に加えて、間接的に息子の仕事を通して米国でのCM業務を聞くことで、CMの現実を知ることになりました。
その間、日本で全米ホームビルダー協会のテキストを使ったCMセミナーを、HICPMの事業として10年近く実施してきましたが、限られた時間と、レベルの、ばらばらの受講者を相手にするセミナーは、情報の一方的な投げ掛けに終わってしまい、それに食いついてくる一部の工務店に対しても満足な教育を与えられませんでした。また、日本の重層下請けの建設産業の構造が、生産を管理することに関心が向かず、粗利を取ることに関心が集中していました。

CMこそ工務店の生き残る究極の技術
しかし、社会経済の状態が厳しくなるにつれ、工務店の方から、「どうも、CMをやらなければ救い道はないのではないか」という対応が現れ始めています。それは、「消費者の購買力の低下により、同じ住宅をより安価に販売しなければならない環境に直面して、「工務店がその利益を削らず、建設労働者にその賃金を削らずに住宅を販売するために、CMが唯一の有効な手段である」ことに気がつくようになったことにあります。
米国は日本の2.5倍の生産性を誇っている結果、仮に1戸当たりの粗利総額が同じであっても、期間あたりの粗利総額は、日本の2.5倍あります。同様なことは、建設労働者にあっても、請負金額の中の賃金比率が同じでも、期間粗利の賃金総額は日本の2.5倍あるからです。

住宅産業化意図しての生産性向上
米国のようにホームビルダーが高い生産性を実現できるようにするためには、個別の工務店だけの努力だけではなく、ホームビルダー協会のような団体の努力、政府を含んだ住宅産業全体としての材料や施行方法、使用、デイテールシートなどの標準化、規格化、単純化、共通化といった総合的な取り組みが必要となります。日本の自動車産業は、60年代以来、GMに倣い、それを半世紀以上追いかけ、自己改良をし、やっと追い越すことが出来ましたが、その道は決して甘いものではありませんでした。住宅産業におけるCMの合理性の実現は自動車産業が歩んだと同じ険しい道のりであることに変わりはありません。「学問には王道はない」と同様、そこには近道はなく、その道を乗り越えなければ米国のレベルに到達することは出来ないのです。

二つの生産性向上方法、工場生産性か、現場生産性か
住宅生産性を上げることなしには、工務店の将来はありません。しかし、最近のようにパネル化、プレカット化といった工業化を推進することで現場生産性を高めることは生産性を高めるという結果を齎すことはできますが、それは現場労働を向上に置き換えることで、本当の現場での生産性を与えるのではありません。現場労働者の労働生産性を挙げることがなければ、現場に働く労働者に良い賃金を支払うことは出来ません。工務店の多くは自らの利益を高めることに全精力を投入し、現場で働く労働者に賃金を高めることを殆ど考えていません。米国ではよい住宅を建設するためには建設労働者に高い賃金を支払えるように労働者の仕事をやりやすく、標準化、規格化、単純化、共通化に取り組んでいます。

CMを勉強したい工務店に学習機会の提供
工務店が考えなければならないことは、建築主は、「工務店が下請け業者に仕事を分配するから請負代金を支払ってくれる」のではなく、「下請け業者が実際に住宅を建設して言ってくれるから請負代金を支払ってくれる」という現実をしっかりと見届けなくてはいけません。工務店は下請け業者の湯用家族みたいなものだという事実をしっかり見極めなければならない。そうすれば、下請け業者に働きやすい環境を作ることが、如何に大切であるかに気付くはずです。それこそ生産性が高い労働環境であるのです。
このようなわけで、これからもう一度CM教育を毎月位階は実施し、「誰でもCMについて勉強したい人には教育をしていこう」と考えています。今年中に具体的なやり方を纏めて来年1月からCM講座の新装オープンということにしたいと考えています。
戸谷英世


トラックバックURL:


コメント投稿




powerd by デジコム