メールマガジン

メールマガジン第326号

掲載日2009 年 11 月 16 日

メールマガジン第326号(11月16日)
皆さんこんにちは
住宅生産性の向上とは何か:対立する二つの合理化の途
これまで私がFTA時代を迎えることで工務店が取り組むべきテーマは「生産性の向上」でなければならないということを次の例題で訴えてきました。「1000万円の住宅を800万円で販売して、以前以上の利益を挙げる方法」として、「工期を半分に短縮する生産性向上に取り組むことが、唯一の有効な方法」であると説明をしてきました。

それに対して11月13日HICPM会議室で開催されたグローバル研修企画との合同セミナー後での参加者交流会で、三重県から参加された工務店社長で、かつて三井ホームの支店長をやっておられた方から、「大手住宅メーカーでは150平方メートル程度の住宅であれば60日くらいで十分建築できる程度の生産性を持っている」という話がありました。

これと同じようは話で、これまでもHICPMの会員であるフランチャイズの住宅を1ヶ月以内で建設する話や、普通の住宅でパネル化をすることや、バスユニットを採用することで工期を短縮できたという話も、基本的に共通する話です。全て生産性向上の取り組みであることは変わりません。住宅の生産性の高さで言えば、米国にはモーバイルホームといって、車のシャーシーの上に住宅を建築した住宅を建設現場に牽引車で牽引し、現場に設置したら設備関係を繋いだら、即日生活できるといった高い生産性の住宅もあります。

現場の職人とホームビルダーの分断をしなかったNAHBの取り組み
1960年米国の連邦政府の住宅都市省(HUD)が工場生産住宅の開発をOBT(突破作戦)と名付けて始めました。しかし、どれでは現場で住宅生産をするホームビルダーと建設労働者が食い上げになってしまうと判断して、全米ホームビルダー協会はCM技術によって向上に負けない生産性向上に取り組んだのです。そしてHUDとNAHBとの間の約30年の技術的競争は、1990年になって競争は勝負が付き、HUDは住宅のエネルギー対策(PATH)をすすめるためにNAHBに技術的な協力の和を求めてきたのです。

工場生産を取り入れることで現場での住宅生産性を高めることも出来ます。しかし、住宅生産自体は土地の加工産業で、土地から離して生産することは出来ません。米国のモーバイルホームのようにその殆どすべてを工場で造ることも出来ます。それでも住宅として土地に定着するようにする「住宅」として土地に定着する仕事は、建設現場に残ります。住宅をその構成部品に分解し、それらの殆どを工場で製造して、プラモデルのように建設現場で組み立てるのが、日本のハウスメーカーの住宅です。現場作業を工場政策に置き換え手、生産性を挙げることは、これらの取り組みを見るといろいろなやり方があることが分かります。

現場生産を工場に移すことは職人の切り捨てを支援する住宅ジャーナリズム
工場生産部門を多くすればするほど、現場生産部門が少なくなります。それは、現場での作業が少なくなることですから、工場政策に置き換えられた分だけ現場生産性は高くなりますが、それは現場の生産性を高めたからではなく、現場作業がなくなった分だけ、見かけの現場生産性が高くなったに過ぎません。現場の仕事がなくなった分だけ、現場の技能者は仕事がなくなり、現場での人で不足は一層厳しくなり、なるべく現場で仕事をしなくても良い方向に住宅生産が向かうという悪循環に向かうことになります。

わが国では、口先で地場の工務店と騒いでいる住宅新聞や住宅雑誌が、地場の工務店を護るとか、「地産地消」と地場産業に立場を護るような振りをしながら、同じ紙面で平気でプレカット、パネル化、現場採寸アルミ建具、ユニット風呂を推奨しているのです。日本の伝統木造といいながら、一体どこの「日本の伝統」だか分からないプレカットの木材を金物で固め、黒色のアルミサッシの住宅」がこれらの住宅雑誌や新聞を飾っています。

江戸時代の木造が完成したシステムに学べ
日光東照宮の造営には、「飛騨の匠」左甚五郎も参加して彫刻をやっていますが、江戸時代の日本の木造建築技術は、木造技術が最も熟成した時代といわれています。飛騨の大工が日光で仕事が出来たということは、建築の仕様や、仕口継ぎ手の詳細標準化され規格化され共通化されて、した小屋や現場での加工組み立て技能が問い何時されていました。
つまり、建築の設計施工の技術が全国的に規格化、標準化されそれが全国的に共通化されていました。そのため「旅職人といって、仕事のあるところならどこへでも渡り歩いてしっかりした仕事をすることが出来たのです。米国の熟練工(ジャーニーマン)と旅職人の語源は同じである。

江戸時代は、経済成長はゼロの低成長時代でした。人口も増えない時代で建築需要も大きくはありませんでした。職人たちは、仕事をし続けられなければ死んでしまうほど厳しい環境にありました。限られた工事期間に建築を仕上げるということで少ない手間賃でも、無駄な働きをしないで、生活に足る労賃総額にしなければなりませんでした。現場生産性が非常に重視されていたのです。そのときに「段取り8分に仕事2分」という言葉や、「土方殺すに刃物はいらぬ、雨の3日も降ればいい」といった米国のCMの考え方と同じ考え方が仕事のうえで、また、川柳の中にも使われていました。

現場の職人切捨てを図る工務店経営
今日本で工務店がプレカット、パネル化、ユニット化というようの現場生産を縮小する方向で、建設現場の職人たちを切り捨てて、自分たちだけが生き残ろうとしています。住宅雑誌や住宅新聞は、その購読者である工務店経営者に迎合して、その経営を支えてきた大工など現場労働者などの生産労働者を切り捨てることを指示してきました。それは工務店経営者の多くが、昔のように、大工・棟梁からの出身者ではなく、ハウスメーカーの営業担当者からの出身者たちで、住宅生産技能体系全体を知らず、下請業者を叩きあわせ、職人を使い捨てする消耗品と考えている人たちによって構成されるようになったからです。

工務店経営者たちは、その仕事は営業で、「顧客を捕まえてくる仕事」であると信じている勘違いをしている人が過半数を占めています。これらの経営者たちは、下請けや職人に対して、「俺が彼らに仕事を作って養ってやっている」と勘違いしています。それらの経営者に、「建築主はなぜ工務店にお金を支払ってくれていますか」と尋ねてみるとよい。
「次の2つの選択のうちのどちらですか?」;
① 工務店が下請け業者にお金を配ってくれるから、建築主がお金を支払ってくれる。  ② 建築の生産現場で建築主に約束したとおりの工事が確かに出来上がっているので、下 請け業者の労働に対して、建築主はその労働制下に対して工事代金を支払ってくれる。

以上の疑問の回答をした人に継ぎの質問に答えてもらってください。
① 元請業者が下請け業者を養っている。
② 下請け業者が元請業者を養っている。
国土交通省が考える「建設サービス業」としての建設業であるならば、「元請業者が下請け業者に養われている扶養者」だったのです。すくなくとも、日本のような建設業を「建設サービス業」と考え、欧米のように「不動産製造業」と考えていない国では、それ以外に回答はありません。日本とは違って、米国のホームビルダーは次のように答えます。

米国のホームビルダー経営の本質
建設現場で仕事をするため、土地を調達し、そこへ住宅建設に必要な材料と建設労働者を調達することは積算業者にお願いすれば、工事に必要な資材と労務送料の積算は可能です。
工程計画に関しても、日本でCPMの教育をやっている能力開発大学校にM教授やY教授や、かつて、私と一緒にHICPM理事でCPMを担当してもらったこともあるI元理事やS元理事に指導しているマキントッシュやマイクロソフトのCPMのプログラムを使ったら、積算も工程計画も出来て材料や労務も調達することは出来ます。しかし、連中は結果では、計画どおりの工事は出来ず、これまで大きな失敗を繰り返してきました。

CMの技術がなくても、設計図書があれば見積もりはできます。見積もりに合わせて労働者や建材を調達することは出来ます。現場に計画通りの材料や労務を持ち込むことが出来ても、それらを使って工程管理計画を作成しても、下請け業者の能力を正しく理解し、工事を指揮しなければ、立案した工程管理計画通りに仕事を進めることは出来ません。1980年代のわが国各地で取り組まれた輸入住宅の取り組みは皆同じ誤りを繰り返しました。

日本の輸入住宅の最大の失敗例:SVビレジ
その代表事例がSVビレジでした、住宅金融公庫のMが中心になって進めた輸入住宅は、米国の技術を日本に移転するものではありませんでした。住宅の設計は、米国の大学を卒業したが、米国での2×4工法の知識・経験がなく、日本の建築士の資格も米国の建築家の資格もない設計者Nを、「米国の有名建築家の下で働いたから」といって、あたかも「米国の2×4工法設計の専門技術者」であるかのように宣伝し、その周囲に社会から疎外されていた野武士集団を形成して、その虚像を使って輸入住宅を金融公庫が進めたのです。
住宅金融公庫と一体となって進めたSVビレッジでは、建築主である神戸市住宅供給公社が2かける工法の住宅では、再起できないほどの失敗を与えてしまいました。その上、住宅金融公庫のMが、日本での建設業登録もなく、施工管理者の資格もなく、米国での建設現場のスーパーバイザーの経験もない知人Sを、神戸市供給公社の現場監督(米国の現場のスーパーバイザー)の役割を担わせるように推薦し、工事の指揮を取らせました。

そして建設工事が当初社会全体に説明していた予定工事費より50%以上も高くなったにも拘らず、工事の最後まで、当初説明した計画とおりに工事が出来たかのような「出来たはず」という説明を繰り返し、神戸市供給公社に損をしても、「計画が失敗したように見られる価格設定をするな」と脅して、原価割れした価格で住宅を販売しました。ちょうどバブル経済が始まろうとした時期でもあって、価格削減の結果であってもその実験の責任を追及することは社会的に起りませんでした。それをよいことに、その責任を一切明らかにせず、建材輸入業者であるABC開発に責任を押し付けようとした。
当時、私はABC開発の担当役員をしていたから内容はほぼ完全に分かっています。住宅金融公庫と設計事務所とが癒着し、2×4の専門知識がないままプロジェクトを指揮したことが失敗の原因でしたが、いまだにその総括がされていません。

「出来たはずの生産価格」を「実現できた生産価格」と偽った輸入住宅推進
その後のバブル経済に向かう中でSVビレジ推進者たちは、どこででも、SVビレジの当初予定計画どおり「できたはず」の説明を厚顔に繰り返し、その後のあらゆる輸入住宅に関係し、物としては設計図どおりの住宅を造ったが、雨漏り、腐れ、結露などのエンジニアリングの欠陥と、建築工事費で「足がでる」というプロジェクトを繰り返し、最後には輸入住宅でリゾート開発に取り組んだ会社を行き詰まらせて、事実上の倒産に追い込むことになりました。
この設計事務所が取り組んだ仕事の尻拭いを消費者に問題が転嫁しないようにする取り組みに、私自身3件関係して処理してきました。消費者に多数の苦痛を与えてきた建築家を自称する設計担当者Nを、金融公庫担当者Mが推薦の根回しをして、建設大臣表彰を与えていることに、日本のこれまでの輸入住宅の失敗物語が集約されています。

要するに、建設用土地も、建材も、建設労働者も計画通り建設現場に用意できても、そこで働く建設労働者の能力を把握し、それらを建設工事現場の工事環境を正しく理解して、計画通りに住宅生産に携わることの出来る環境を作り、その計画どおりの指示をし、お金と時間と品質の管理を正しくやれるCM技術を正しく行使できるスーパーバイザーがいなくては、土地と、建材と建設労働者が計画通り調達されても、契約書どおりの住宅を計画通りの費用で造ることはできません。ホームビルダーは建築主と請負契約をした設計図書どおりの住宅を、契約した工期どおりに、工事請負金額の中で実現できるから、建築主から工事請負代金を受け取る「生産者」の権利があり、それを建築主に要求できるのです。

現代日本の工務店の再生計画
わが国の工務店の経営を蘇らせるためには、現場での生産性を高めることで、現場生産に関係する工務店の期間利益と建設労働者の期間賃金を最大化する一体的な取り組みをしなければならないにも拘らず、工務店は職人を切り捨てる形で自分だけは生き残ろうとしているのです。
職人が工務店経営者になる道を切り捨てている今の工務店経営者事態に、大きな問題があることをしっかり見ることがなくてはいけません。住宅産業を大局的に眺める視点で考えることが必要だと考えます。それは個別の利益を追うのではなく、長期的に見た産業自体と矛盾しない枠組みの中で力を合わせ手、個々の企業努力をすることをしないと産業界全体として分裂し、衰退することになるのです。

私は、米国の住宅産業を勉強すればするほど、日本の近世江戸時代の木造建築が完成した「よき時代の住宅生産システム」がそのまま伝えられているのではないかと感じます。江戸時代の経済が停滞していた時代に日光造営だけでなく、大工や棟領たちは、社会的にも尊敬できる産業人として尊重されていました。その理由は、お互いに技術的な研鑽をし、その中には、現代の建設業者が全く忘れてしまった現場生産性の問題、住宅のデザインの美しさの問題、木造住宅の耐久性、耐震性の問題といった住宅産業に必要な技術研鑽をしていました。江戸時代に大工棟梁が事業の宣伝や、客集めのためにチラシを配ることは絶対にありません。その大工棟梁の誇り高い生き方自体に社会の尊敬が払われていたのです。

今年は、HICPMの新しい運動としても、工務店と現場の職人とが力を合わせて社会的な信頼を確立することが出来るよう日本の江戸時代と米国のホームビルダー経営の共通点を発見し、日本的な住宅産業の発展の道を考えて生きたいと考えています。
戸谷英世


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