メールマガジン

メールマガジン第349号

掲載日2010 年 5 月 4 日

メールマガジン第349号

皆さんこんにちは
10日前に立ち寄ったスイス訪問
2010年4月27日から5月3日の5泊7日のスイス旅行について報告いたします。最初到着したチューリッヒは10日前に列車を乗り換えるため、この地に足を下ろしたところです。
4月14日のアイスランドの火山エイヤ・フィヤットーラ・ヨークトル噴火で、北ヨーロッパの空港が、離発着禁止措置をとり、4月15日から21日まで空港は閉鎖されました。そのため、当時ミラノサローネを見学し、17日まで滞在していたのですが、飛行機が飛ばないため、それまでの宿を追い出されました。17日の仮の宿は旅行社によりミラノで用意してもらい、18日の早朝ミラノ中央駅からスイスのチューリッヒに向かいました。そして、チューリッヒで乗り換えベルギーのブラッセルに向かいました。今日から10日前に同じチューリッヒにいたのですが、窓から眺めた最初のチューリッヒを、今度はバスの車窓から同じ景色を10日前の避難民の気持ちとは全く違う観光客の気持ちで楽しむことができました。

最初のチューリッヒでのバス旅行
チューリッヒ空港からグリンデルワルトまでは、バスで1時間半ほどの旅でした。車窓からの景色の特色は、高い厳しい姿をした切立った岩山と、その山裾に緑の牧場が広がり、そこに放牧されている牛たちの長閑な景色が続いていました。バスから見える建築物の前面には、シャレーと呼ばれるスイスコテッジのデザインを継承したウッドレースを使ったバルコニーが特色あるスイスの景色を作っているように感じられました。厳しい山岳風景とそのふもとにひろがる緑の丘陵に、小さな集落が形成され、その建築には切り妻の破風やバルコニーの手摺子にウッドレースが使われていることで、森林豊かな山岳国家にきたという印象を受けます。
街を囲んで切り立って高い岩肌の切り立った山岳が囲み、スイスという私の先入観にぴったりの景観を見ることができました。ホテルはなんとなしに田舎っぽい裏寂れた感じですが、部屋は結構広く、インテリアには「無垢の木材」が造作材と家具に使われていて、スイスの宿という感じを演出しています。ホテルは、街中にありました。少しスチームの暖房は今日の気候が暖かくなったという理由で切れていました。

ユングフラオ鉄道の観光
グリンデンワルトでの最初の朝は、6時15分モーニングコールを受けて窓を開けて、目前に聳え立つアルプスの岩肌に残る残雪が桃色に光っていましたが、太陽が高くなると桃色に光は消え、真っ白な山肌になっていました。8時にホテルを出て、5分足らずのところにあるグリンデルワルトの駅まで歩きました。そこから、ユングフラウヨッホ(海抜3454メートル)ヨーロッパでケーブルカーが登ることのできる最高の高さのスフィンクス展望台にユングフラウ鉄道で登りました。そこからアルプスの白い山々(ユンブフラウ、メンヒ、アイガー、シルバーホルンなどの山々と、世界遺産のアレッチ氷河を眺望しました。
グリンデルワルトから約2000メートル近くケーブルカーで登る間に、窓から見える景色は牧草地と家畜の見える丘陵と、そこに生活する人々の住宅地から、雪山へと大きく変化していきました。途中、クラインシャルデイックの駅からは、長いトンネルが2つ続き、その停車した2つの駅はいずれもトンネルの中にありました。そこでは、岩山の中に屋外の景色を調合できる展望台が夫々3箇所つくられていました。そこではいずれも、それぞれ5分間の写真撮影タイムの停車がとられて、観光局が存分アルプスを楽しめるようになっていました。
そこからは、もはや人々の生活するのどかな村の景色は見ることはできず、一面白銀と切り立つ岩山の雪景色で、一面の開く銀の高山に囲まれた氷河が、ひとつの景色として見られるということも驚きでした。短時間でスフィンクス展望台に立って見渡すことのできた別世界を見て、あまりにも早く到着できたために、そこに2000メートルの高低差があることを感じさせない不思議な空間がありました。

世界遺産ベルン(スイスの首都)観光

ベルンはスイスの首都である都市で、郵便関係の国際機関もある歴史のある都市です。そのベルンの旧市街地全体が世界遺産の登録を受けているということで、観光ガイド月の見学が行われました。ガイドとは、旧市街地を遠望できる公園で待ち合わせることになりました。その公園は旧市街地とアール川で切り離されたところにあり、まず旧市街地を公園から遠望しました。
ベルンの旧市街地の観光は、バスで市外地の周辺を回ってから、ベルンの中心地に停まり、そこでガイド名案内で中心市街地の観光をしました。旧市街地はアール河が「つ」の字の蛇行する半島状のところに作られていました。地形を見るかぎり、ベルンの町の生い立ちの最初は、たぶん昔の要塞としてこの地形を生かして造られたようでした。
そこに形成された旧市街地は、それを一望することの出来るアール河を横断して旧市街地に入ることの出来る橋からの眺めによっても判断することが出来ました。旧市街地全体が、あたかも盆栽を見るように、都市全体が吟味しながら作られていったきめ細かい調和を感じさせてくれます。
大伽藍を始め多数の教会の塔が町全体に散在して建設され、豊かな調和したスカイラインを作っていました。そして、旧市街地を包み込むように流れる広い川幅のアール河とその岸辺に並ぶ大樹が、広場や噴水などと結びつき、町全体の趣を高めていました。
伽藍の塔の高さが100メートルを超す大聖堂を中心に、アーケードのある商業・業務地が張り巡らされ、その街並みと官公庁とが有機的につながり、そこに働く人々の住宅や、公園や噴水が街のあちこちに造られていて、美しい都市を造っていました。
町の中心にある12世紀ごろ作られたというカラクリ時計には多数の人形が役割分担して面白く時を告げるというものでした。午後5時を告げるときにあたり、その精巧な技術を驚きの目で見守ることになりました。

世界遺産にふさわしい都市
街を構成する建築物は、基本的に砂岩を使った石造建築ですが、すべての建築物の高さは5-6階以下に制限され、前面道路からの後退規制(セットバック)がまもられ、かつ、すべての建築物が審美的に吟味されたしっかりした歴史様式建築として建築されていました。都市の文化性の高さは、それを構成する建築物が、それぞれ誇りを持って建築されていることをおいてなないということを感じさせてくれました。
特に都市景観を守るためには、都市に立つ建築物の形態と意匠の重要性が鍵を握っているという原則を尊重し、安易な建築物の増築を禁止することがやられています。経済の成長とともに建築物の床需要が拡大していることに対して、都市景観を変化させないための対策として、政府の所有する図書館、中央銀行の所有する金庫、街の商業・業務ビルのすべてにおいて、地下の利用を図る増築で建築床需要に対応していました。建築物の建て替えなどの再開発は、基本的に禁止されているだけではなく、町がとても美しく維持管理されているところに、市民が自分の年に誇りを持ち、世界遺産の名にふさわしい都市経営をしていることを窺わせることを見ることができました。
中心市街地にはアーケードのある建築物がれんたんして作られ、人々はショッピングを楽しむことができるようになっています。さらに、レマン湖湖畔のヨットの係留場に面した公園は、都市の3方にアール河の優れた眺望があることから、多数、設けられていました。そこには公園や散策路が作られ、多くのベルビュー(眺望のよい)レストランやバーが立ち並び、市民の憩いの場所を作っています。カジノも待ちの中心にありますが、権威のたる高級エンターテインメントのカシノで、日本のパチンコ屋といった大衆娯楽ではないようです。
都市全体が世界遺産の指定を受けている都市として、かって、ベルギーのブルージュを2度ほど訪問したことがあります。ブルージュはヨーロッパの北の玄関であった反映の真最中に河床が上がり、交易船が大きくなり、そのため再興の反映をした都市が突然死するという事態になったのです。そのよさをブルージュの人びとが誇りに思い、守ってきたのとよく似ていることをこのベルンの町でも感じました。

熊を蘇らせたベルンの
ベルンでは、都市の紋章である熊は、ベルンの都市名をつけるに当たって、統治の支配者が最初に借りをした動物の名前にしようとしたことが都市名の起源が熊だといわれています。今では森林は開発され熊の住める環境はなくなっていることから、野生の熊はいなくなった国です。しかし、そこに熊を自然に近い形で生息させようと、熊を都市の中心のアーレ河に面した広く自然豊かな動物園としてつくりました。そこの熊たちに国民の愛情が降り注がれるような環境として飼育し始めたといったゆとりを感じさせる国でした。この熊たちがアール河の広い土手の斜面とアール側を自分の王国とばかりに飛び歩いたり、泳いだりしている様子を各地からバスを連ねて見にやってきていました。
ガイドさんのお話では、国民が音楽鑑賞や舞台鑑賞といった文化的催し物を数千円程度の日本の2-3割程度の非常に安い費用で享受できることを喜んでいるのを見て、うらやましい国だと思わずにはいられませんでした。同じく、ガイドさんから聞かされたお話として、スイスでは、犬にも乗車券があって、人間並みの扱いをしていることに、高い社会の人間性のある熟成を感じ、ミナそのような社会にたいそう感激したようでした。

ワイン生産をする世界遺産に指定された小さな村
今日は朝からバス旅行です。グリンデルワルドからスイスワインの生産地区、世界遺産ラヴォー地区に出かけました。あたり一体に小さな規模のぶどう畑が広がっていて、そこでは昔ながらの小規模経営で、ぶどう酒生産者が武道農場の経営と一体的に小さな規模でぶどう酒を生産している地区です。その中の一軒の農家でぶどう酒製造業者のワインの貯蔵庫とお店を見学しました。そこではまず、ワインタルが20近く置かれている貯蔵庫で試飲をさせてもらってから、ワイン作りのお話を聞きました。ワインの醸造する大きなたるはオークで作られた年代ものもありましたが、そこにはいろいろ絵が書かれていて、ワインをつくりながらいろいろな物語を考えながらワインをつくっていることが伝わってきました年毎のワインの出来がワインの質を決めているということや、ワインをブレンドすることで熟成した味を作れるということも説明されました。
ワイン樽を見学してから、この家の裏手に作られているコンサーバトリー(温室)のレストランで、4種類の赤と白のワインを試飲してきました。裏庭につくられたコンサーバとリー(温室)からは、その先に広がるぶどう園が見渡せるだけではなく、その裏庭には、散策できる庭園にもなっていて、お客さんたちがワインを楽しめるレストランになっていました。そのためワインを飲む雰囲気としても素敵な環境できていました。

グリーンツーリズムに支えられたぶどう酒製造業
多分、多くの都市居住者たちは、このようなブドウ農家の豊かな自然を取り入れた環境の中で、ぶどう酒を飲むことを楽しみにやってくることを相手に商売をしているようでした。ヨーロッパで盛んに取り組まれているグリーンツーリズムがここにも生きているのだと思いました。
このブドウ農家は、自宅でエンドユーザー(最終消費者)に対してぶどう酒を販売するという消費者直売をすることで、小規模で豊かな経営が出来ているように思われました。
その住宅、兼、ぶどう酒工場、兼、ブドウ農園、兼、レストランの裏庭には、きれいな花が一杯咲き乱れた庭が作られていて、その外側にブドウ畑が広がってあるものを見学しました。この建築物も裏庭から美しく見ることが出来るように設計されていました。
前面道路から見られる建築物のファサードと名まったく違った裏庭からの景観を重視したリアーファサードが作られていました。裏庭から見るその住宅のリアーファサード(裏側の庭から見た景観)はとても美しいもので、グリーンツーリズムの一巻としてレストランに来た人も、その景観を楽しめるにちがいありません。
それだけではなく、きっとブドウ畑で仕事をしていても、この住宅は自分にとって誇りの建物に映るに違いありません。ぶどうはまだ小さくて6月ごろになると大きな弦を伸ばすということでした。毎日のようにブドウが育っていくことを楽しみにする豊かな農家の生活を見ることができました。

スイスのチューリップフェスティバル
昼食はお魚料理を食べてから、レマン湖湖畔のモルジュという町に出かけ、そこでチューリップフェスティバルを見学しました。そこには色とりどりのチューリップが面白い図形を作って植え込まれ、多くの見学者を喜ばせていました。平日でしたが、多くの見学者があり、好天気に恵まれて、中でも高齢者や身障者の方々が介護者に連れられて見学している様子は、ほほえましい社会運動を見る思いでした。チューリップの色や形も驚くほど多く、これも人びとがチュウリップを改良又は改変して作り出した変種で、それがチューリップ見学者たちを喜ばせていました。チューリップがバブル経済の最初の経済破壊を演出したといわれるだけあって、チューリップフェスティバルはその名残を見せてくれていました。

ガソリン車の追放を実現したチェルマット
今日の見学はそれまでで、そこからチェルマットまで3時間近いバス旅行で沿道の景色を楽しみました。スイスの中でもチェルマットでは、市内へのガソリン車が乗り入れできないことになっていますので、私たちのバスも乗り入れすることは出来ず、途中から電車にのりかえてチェルマットにはいりました。
チェルマットの街の中には、いかにものんびりしたボックス形の電動自動車が走っていました。自動車の形まで四角いスピードのでなさそうな形にしなくてもいいように思えますが、この一見、古臭い形の自動車を持ち込むことで、住民の意識も高まっているように思えました。その徹底さには、地方分権の強さというか、住民の意識が政治を動かしている先進国らしさを感じました。
ホテル「シュロッスホテル」からマッターホルンが眺望できます。夕食後夜の待ったホルンを橋の上から見てきましたが、それはシェルエッと賭しての夕景です。明日はこのホテルから早朝移動して、朝焼けのマッターホルンを見る予定です。その後、ユングフラウの展望台に登って、(高地)に移動し、マッターホルンを見に出かけることになります。

木造建築文化の生かし方

今朝は5時30分に起床し、5時50分にマッターホルンに朝焼けにピンクの光が当たるのを見るために出かけました。期待通りマッターホルンの頂上部分がピンクに変わり、参加者は大変感激をしました。朝焼けのマッターホルンは数分で終わりました。
マッターホルンの朝の頂上がピンクに変わった珍しい姿を沢山写真にとってから、チェルマットの市街地を細い小道にまで入り込んで見学して回りました。昔からの住宅や創このような木造建築から、現代風に改良した伝統の木造建築と、さらに、現代の観光需要に対応する中層高容積のホテル建築で、鉄筋コンクリート造に伝統的な木造建築の詳細を取り入れた木造化粧建築が殆どで、沢山建てられたこれらの建築は、全くこれまでの木造建築の感覚を維持し不自然さを感じることなく見ることができました。
現代建築されている建築物の多くは、観光客やリゾート客を相手にしたホテルなどの中層の鉄筋コンクリート建築物が多くなっています。これらの建築物に、伝統的なスイスのシャーレ(山小屋)建築文化を担わせるために、かつての木造建築が担ってきた木造建築のディテールを取り入れることが積極的に実施されています。その結果、これらの新しく建築された鉄筋コンクリート造の街並みには、伝統的な木造ン建築詳細を採用しているため、伝統的な木造による街並みのデザインを壊すことはなく、街並み景観にスイスらしさを導入することに大きな成果をあたえることに成功しました。この木造の建築詳細を鉄筋コンクリート建築に取り入れる成果は、日本の街づくりにおいても、この経験を日本の事情に読み替えて実施すべき課題だと思いました。

スイスアルプスの景観と気象の変化
本日はまず午前中は、アルプスの3大名峰といわれるマッターホルンを標高3,150メートルのゴルナーグラートの展望台から眺望することでした。天候は快晴で、マッターホルン同様モンタローザをはじめ、四周に見られる頂上に雪をいただいたすばらしい景色を見ることができました。多くのスキーヤーたちが春雪スキーを楽しんでいました。アルプスの天候は変わりやすいということも聞いていましたので、マッターホルン観光を終わったら、大急ぎで、早速標高3,899メートルにあるマッターホルングレイシアパラダイスのあるクラインマッターホルンの登山口にある展望台に、グレイシアパラダイスをみるためにロープウエイを乗り継いででかけました。
展望台のあるアルプスの頂上はガスが出始め、これまで私たちがここ数日間に見たアルプスとは違って、風も強く、ガスが視界を塞ぎ、危険な天候になり、眺望も全く悪くなってしまいました。スキーヤーたちもこの天候の変化に敏感に反応し困っていました。
最初マッターホルンに登頂したウインパーは、登頂計画を立案後、4年の失敗を経験してから後に8人で挑戦し、登頂に成功しました。しかし、登頂した7人のうち4名が帰山の途中に、滑落事故で死亡したという話しを聞かされました。今日の気候の変化を見ると、十分創造できることだと感じました。私たちは、快晴の華やかなアルプスとともに厳しいアルプスも経験できてよかったと思っています。

今日は朝から曇っていまして、昨日まで見られたマッターホルンの頂上は雲に隠れていました。チェルマットの街は、ガソリン自動車乗り入れを禁止していることから、私たちのバスも、まず、駅まで歩き、そこから列車に乗ることになりました。チェルマットから、マッターホルン鉄道からクールまで4時間30分の列車の旅でした。クールの駅からの列車の中ではランチボックスが配られ、それを賞味しながらの汽車旅行ということになりました。
赤い大きなランチボックスの中には、赤ワイン、チーズ、パン、サラミ、バター、ミルクチョコレート、ヨーグルトなどのスイスならではの乳製品が一杯詰まっていました。
登山列車で、世界一遅い急行列車を自慢にするユングフラウ鉄道は、急斜面にあったことを説明する斜めに受け板の作られた「登山列車用グラス」が配られました。列車からの景色は、いずれもそのグラスにあらわされたような険しい急斜面で出来た山岳風景と、その麓に広がる牧草地と酪農村落風景と、観光地が見えました。

世界最遅い急行列車の事故
世界最遅急行列車のたびは、景色をゆっくり楽しめるものでしたが、乗り換え予定駅のクールの数駅前に列車が電気事故により車両が使えなくなりました。世界でもっとも遅いことをうたい文句にしていたマッターホルン急行は、ついに予定時間に予定駅につくことをあきらめることになりました。そこで代行の列車に乗り継ぎ、クールにつきました。しかし、乗り継ぎに時間がかかり過ぎ、あやうく、予定した氷河鉄道への乗り次ができなくなるところでした。
氷河鉄道ベルニナ線に乗り継ぎました。しかし、今日は天候が悪く山頂は雲に覆われアルプスの3大、名峰ベルニナアルプスを見ることはできませんでした。
ベルニナ観光を終えたところにバスが迎えに来ていましたので、そこからサンモリッツまでバスで買えることができました。1日乗り物の中で過ごしたたわけですが、天気には恵まれず、曇天で、期待したアルプスの眺望を満喫することはできませんでした。しかし、これまでの天候が良過ぎたことから、かえって、今日の曇天はこれまでの観光が幸運に恵まれ過ぎていたことを感じさせるものとなったと思います。
サンモリッツの街並みは、高級ブテイックが立ち並び、いかにも高級リゾート地という街並みになっていました。高級なホテルも林立し、街の中央にある湖からの景色は大変豪華なものでした。


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