メールマガジン

メールマガジン第351号

掲載日2010 年 5 月 17 日

メールマガジン第351号(5月17日)

皆さんこんにちは
「ミラノサローネとガーデンシテイ研修旅行報告会」のご案内
今週の火曜日、明日(5月18日)PM13:30-17:30、HICPM・グローバル研修企画の研修旅行「ミラノとロンドンのスライドショウ報告会」をHICPM会議室で開催します。
この研修旅行のテーマは「長期優良住宅を英国のガーデンシテイ及びガーデンサバーブでは、リースホールドによる住宅地経営として、どのようにして実現したか」というテーマです。参加費は資料(英国情報とサステイナブルコミュニテイ)ともで、HICPM会員3000円、一般は6000円です。ご興味ある方は、こちら(HICPM:TEL03-3230-4874にご連絡の上、どうぞご参加ください。

■ スイス個人旅行の報告
2010年4月27日から5月3日まで、シーズンオフの安いツアーに参加してスイス(5泊7日)へ行って来ました。
最初到着したチューリッヒは、10日前に列車の乗り換えで下車したところです。4月14日のアイスランドの火山エイヤ・フィヤットーラ・ヨークトル噴火で、北ヨーロッパの空港が離発着禁止措置をとり、4月15日から21日まで空港は閉鎖された際のことです
当時、ミラノ・サローネを見学し、ミラノに17日まで滞在し、飛行機が飛ばないため移動できず、それまでの宿を追い出されました。しかし、17日の宿は旅行社がミラノに用意してくれましたので、18日の早朝ミラノ中央駅からスイスのチューリッヒ乗り換えで、ベルギーのブラッセルに向かいました。その景色を、今度はバスの車窓から、避難民ではなく、観光客の気持ちで楽しみました。

■ 最初のスイス旅行、グリンデルワルトへ
チューリッヒ空港からグリンデルワルトまではバスで1時間半ほどの旅でした。車窓からは厳しく切立った高い岩山、その山裾に広がる緑の牧場、放牧されている牛たちの長閑な景色が続き、シャレーと呼ばれるスイスコテッジが立ち並び、ウッドレースを使ったバルコニーに特色があるスイスの景色を眺めました。
厳しい山岳風景と麓に広がる緑の丘陵に、小さな集落が形成され、切妻の破風やバルコニーの手摺子にウッドレースが使われ、森林豊かな山岳国家にきたと感じた。ホテルは高い岩肌の切り立った山岳に囲まれ、内部の部屋は結構広く、インテリアには「無垢の木材」が造作材と家具に使われ、スイスの宿という感じを演出していました。

■ ユングフラウ鉄道の観光
グリンデンワルトでの最初の朝、ホテルの窓の眼前に聳え立つユングフラウの岩肌には、残雪がピンクに光っていた。太陽が高くなると山頂のピンクの色は消え、真っ白な山肌に戻っていった。グリンデルワルトの駅からユングフラウ鉄道で、ユングフラウヨッホ(海抜3454メートル、ヨーロッパでケーブルカーが登ることのできる最高の高さ:Top of Europのスフィンクス展望台)に登った。そこからアルプスの白い山々(ユンブフラウ、メンヒ、アイガー、シルバーホルンなど)と、世界遺産のアレッチ氷河を眺望した。
グリンデルワルトから約2000メートル近くケーブルカーで登る間に、窓からの景色は、牧草地、家畜の見える丘陵、人々の住宅地、雪山へと変わっていった。
途中、クラインシャルデイックの駅からは長いトンネルが2つ続き、トンネルの中の停車駅は、横に刳り貫いた岩山の展望台が造られ、そこから一面に広がる白銀と切り立つ岩山の雪景色と、高山に囲まれた氷河が眺められた。そこでは5分間の写真撮影ができ、観光客が存分アルプスを楽しめるように計画されていた。ユングフラウ鉄道の終点のスフィンクス展望台には、あまりにも早く到着できたために、グリンデルワルトと2000メートルの高低差があることを感じさせない不思議な空間があった。同じ列車でクラインシャルデイック(2061メートル)戻り、散策後、グリンデルワルドに帰った。

■ 世界遺産ベルン(スイスの首都)観光
ベルンはスイスの首都で、旧市街地全体がアール川の蛇行で切り離された半島状の地形にあり、地形を見るかぎり、ベルンの町は要塞として造られたようだ。アール河を横断し旧市街地に入る橋からの眺めによっても判断出来た。ベルンは世界遺産に登録され、郵便関係の国際機関もある。ベルンの観光は、旧市街地を近くの公園から遠望し、その後バスで市外地の周辺を回り、ベルンの中心地に入った。旧市街地全体が、あたかも盆栽を見るようにきめ細かい調和を取って作りこまれたことを感じさせてくれた。大伽藍を始め、多数の教会の塔が町全体に散在して建設され、豊かな調和した中層建築によるスカイラインを作っていた。
旧市街地を包み込むように流れる広い川幅のアール河とその岸辺に並ぶ大樹が、広場や噴水などと結びつき、町全体の趣を高めていた。
塔の高さが100メートルを超す大聖堂を中心に、アーケードのある商業・業務地が張り巡らされ、街並みと官公庁が有機的に繫がり、そこで働く人々の住宅や公園や噴水が街のあちこちに造られ、美しい都市を造っていた。
町の中心にある12世紀ごろ作られたという時計台は、定時になると多数のからくり人形が役割分担して面白く時を告げていた。その精巧な技術を驚きの目で見守った。

■ 世界遺産にふさわしい都市
ベルンの街を構成する建築物は、基本的に砂岩を使った石造建築で、すべての建築物の高さは5-6階以下に制限され、前面道路からの後退規制(セットバック)が守られ、かつ、すべての建築物が審美的に吟味された歴史様式建築として建築されていた。
都市の文化性の高さは、「都市を構成する建築物が、それぞれ誇りを持って建築されていること」をおいてなない。特に都市景観は建築物の形態と意匠が鍵を握る原則を尊重し、安易な建築物の増築を禁止していた。
経済の成長とともに建築物の床需要の拡大に対して、都市景観を変化させない対策として、政府の所有する図書館、中央銀行の所有する金庫、街の商業・業務ビルのすべてで、地下の利用増築のより建築床需要に対応していた。
市民が自分の都市に誇りを持ち、再開発は基本的に禁止され、町が美しく維持管理され、世界遺産の名にふさわしい都市経営をうかがわせた。中心市街地にはアーケードのある建築物が連続して造られ、ショッピングを楽しむことができる。さらに、アール河畔のボートの係留場に面した公園や散策路は、都市の3方にアール河の優れた眺望がある場所に多数設けられ、多くのベルビュー(眺望のよい)レストランやバーが立ち並び、市民の憩いの場所を作っている。カジノも町の中心にあり、権威のたる高級エンターテインメントである。

■ 熊を蘇らせたベルンの町
ベルンでは、都市の紋章である熊は、この都市名を付けるに当たって、当地の支配者が最初に狩りをした動物の名前にしたことがその起源だといわれている。今では森林は開発され熊の住める環境はなく、野生の熊はいなくなった。しかし、そこに熊を自然に近い形で生息させようと、熊を都市の中心のアーレ河に面した広く自然豊かな動物園として造り、熊たちに国民の愛情が降り注がれる環境として飼育し始めた。この熊たちがアール河の広い土手の斜面とアール側を自分の王国とばかりに飛びはね、泳いだりする様子を見に、各地から観光バスを連ねてやってきていた。
ガイドの説明によると、国民が音楽鑑賞や舞台鑑賞といった文化的催し物を数千円程度の非常に安い費用で享受できるうらやましい国である。
スイスでは、犬にも乗車券があって、人間並みの扱いをしている。動物を大事にする人間性のある高い熟成社会を感じた。

■ ワイン生産をする世界遺産に指定された小さな村
グリンデルワルドからスイスワインの生産地区、世界遺産ラヴォー地区に出かけた。あたり一体に小規模のぶどう畑が広がり、昔ながらの小規模経営のぶどう酒生産者がぶどう農場の経営と一体的に小規模のぶどう酒生産している。その中の一軒の農家でぶどう酒製造業者のワインの貯蔵庫とお店を見学した。そこにはワインの大樽が20近く置かれた貯蔵庫に案内され、試飲をしながらワイン作りの話を聞いた。ワインを醸造する大きな樽はオークで造られた年代物で、樽にはそれらが造られた時代のいろいろ絵が描かれ、ワインを造りながらいろいろな物語をしながらワインを造っていたことが伝わってきた。「ぶどうの出来」がワインの質を決めているということや、「ワインをブレンドすること」で熟成した味を作れるということも説明された。
ワイン樽を見学してから、この家の裏手に作られているコンサーバトリー(温室)のレストランで、4種類の赤と白のワインを試飲した。裏庭につくられたコンサーバトリー(温室)からは、その先に広がるぶどう園が見渡せる。その裏庭は、前面道路から見られるこの家のファサードとはまったく違った美しいリアファサード(裏側の庭から見た景観)を眺めて散策し、ワインを楽しめるレストランの庭園になっていた。

グリーンツーリズムに支えられたぶどう酒製造業
多くの都市居住者たちは、このようなブドウ農家の豊かな自然を取り入れた環境の中で、ぶどう酒を飲むことを楽しみにくる人びとに商売をしていた。ヨーロッパで盛んに取り組みがなされているグリーンツーリズムがここにも生きていた。このブドウ農家は、自宅でエンドユーザー(最終消費者)に対してぶどう酒を販売するという消費者直売をすることで、小規模で豊かな経営が出来ている。その住宅、ぶどう酒工場、ブドウ農園、レストランの裏庭には、きれいな花が一杯咲き乱れた庭が作られ、ブドウ畑で仕事をしていても、この住宅は自分にとって誇りの建物に映るに違いない。その外側にブドウ畑が広がりグリーンツーリズムに来た人々も景観を楽しめるに違いない。「ぶどうはまだ小さいが6月ごろになると大きな蔓を伸ばす」、毎日ブドウの生育を楽しみにする豊かな農家の生活を見ることができた。

■ スイスのチューリップフェスティバル
ワイン工場見学をした後、レマン湖湖畔のモルジュという町に出かけ、そこでチューリップフェスティバルを見学した。色とりどりのチューリップが面白い図形に植え込まれ、多くの見学者を喜ばせていた。平日だったが多くの見学者があり、好天気に恵まれて、中でも高齢者や身障者が介護者に連れられて見学している様子は、成熟した社会を見る思いであった。
チューリップの色や形も驚くほど多く、これも人びとがチューリップを改良又は改変して作り出した変種で、それがチューリップ見学者たちを喜ばせていた。チューリップがバブル経済の最初の経済破壊を演出したといわれるだけあって、フェスティバルはその名残を感じさせた。

■ ガソリン車の追放を実現したチェルマット
見学後、チェルマットまで3時間近いバス旅行で沿道の景色を楽しんだ。スイスの中でもチェルマットでは、市内へのガソリン車が乗り入れできないので、観光バスも乗り入れすることは出来ず、途中から電車にのりかえてチェルマットにはいった。チェルマットの街の中には、いかにものんびりしたボックス形の電動自動車が走っていた。空気清浄を保っているわけである。自動車の形まで四角いスピードの出なそうな形に思えるが、この一見古臭い形の自動車を持ち込むことで、住民の意識も高まっているように思えた。その徹底さには、地方分権の強さというか、住民の意識が政治を動かしている先進国らしさを感じた。

■ マッターホルンの眺望
ホテル「シュロッスホテル」からはマッターホルンが眺望できる。夕食後夜のマッターホルンを橋の上から見たが、シェルエットとしての夕景である。翌日はこのホテルから早朝移動して、朝焼けのマッターホルンを見、その後、ユングフラウの展望台に登って、 高地に移動し、マッターホルンを見に出かけた。5時30分に起床し、町外れの眺望の良いところまででかけ、朝焼けに頂上がピンクに染まるマッターホルンに見に出かけた。期待通りマッターホルンの頂上部分がピンクに変わり、参加者は大変感激をした。

■ 木造建築文化の生かし方
チェルマットの市街地を細い小道にまで入り込んで建築物を見て回った。昔からの住宅や倉庫のような木造建築から、現代風に改良した伝統の木造建築、さらには、現代の観光需要に対応する中層高容積のホテル建築で、鉄筋コンクリート造に伝統的な木造建築の詳細を取り入れた木造化粧建築が殆どで、沢山建てられていた。これらの建築は、木造建築の感覚を維持し、不自然さを感じることはない。
現代建築の多くは、観光客やリゾート客を相手にしたホテルなど中層の鉄筋コンクリート建築物が多くなっている。これらの建築物に、伝統的なスイスのシャーレ(山小屋)が、かつての木造建築が担ってきた木造建築のディテールを取り入れられて、建築文化を担っている。
新しく建築された鉄筋コンクリート造の街並みには、伝統的な木造建築詳細を採用し、伝統的な木造による街並みのデザインを壊すことはなく、街並み景観にスイスらしさを導入することに大きな成果をあたえている。

■ スイスアルプスの景観と気象の変化
アルプスの3大名峰のひとつであるマッターホルンは標高3,150メートルあり、ゴルナーグラートの展望台から眺望することができた。天候は快晴で、マッターホルン同様モンタローザをはじめ四周に頂上に雪を頂いた素晴しい山々を見渡すことができた。
多くのスキーヤーが春の雪スキーを楽しんでいた。アルプスの天候は変わり易いということで、マッターホルン観光後、大急ぎで標高3,899メートルにあるマッターホルン・グレイシア・パラダイスのあるクラインマッターホルンの登山口に出かけた。グレイシアパラダイスをみるためロープウエイを乗り継いででかけた。
展望台のあるアルプスの頂上はガスが出始め、これまで私たちが数日間に見たアルプスとは違って、風も強く、ガスが視界を塞ぎ、危険な天候になり、眺望も全く悪くなっていた。スキーヤーたちもこの天候の変化に敏感に反応し困っていた。
最初マッターホルンに登頂したウインパーは、登頂計画を立案後、4年の失敗を経験してから後に8人で挑戦し、登頂に成功した。しかし、登頂した7人のうち4名が帰山の途中に、滑落事故で死亡したという話を聞かされた。今日の気候の変化を見ると、十分想像できることだった。

■ スイスの登山鉄道のたび
早めにホテルに帰り、マッターホルンが眺望できるバルコニーで寛いだ。少し前までバルコニーからみられたマッターホルンは雲の中に隠れ、雨雲によって裾野だけしか見られなかった。
翌朝も曇って前日まで見られたマッターホルンの頂上は雲に隠れていた。
チェルマットの街は、ガソリン自動車乗り入れを禁止していたことから、駅まで歩き、そこから列車に乗った。チェルマットから、マッターホルン鉄道からクールまで4時間30分の列車の旅であった。クールの駅からの列車の中ではランチボックスが配られ、それを賞味しながらの汽車旅行である。真っ赤な大きなランチボックスの中には、赤ワイン、チーズ、パン、サラミ、バター、ミルクチョコレート、ヨーグルトなどのスイスならではの乳製品が一杯詰まっていた。登山列車で、世界一遅い急行列車を自慢にするユングフラウ鉄道では、急斜面にあったことを説明する斜めに受け板の作られた「登山列車用グラス」が配られた。
列車からの景色は、そのグラスにあらわされたような険しい急斜面で出来た山岳風景と、麓に広がる牧草地と酪農村落風景であった。

■ 世界一遅い急行列車の事故
列車のたびは、景色をゆっくり楽しめたが、乗り換え予定駅のクールの数駅前に列車が電気事故により車両が使えなくなり、「世界でもっとも遅い」ことをうたい文句にしていたマッターホルン急行は、ついに予定時間に予定駅につくことをあきらめ、代行の列車に乗り継ぎ、クールについた。しかし、乗り継ぎに時間がかかり過ぎ、あやうく、予定した氷河鉄道ベルニナ線への乗り継ぎができなくなるところであった。しかし、今日は天候が悪く山頂は雲に覆われアルプスの3大、名峰ベルニナアルプスを見られなかった。

■ 高級山岳リゾート地・サンモリッツ
ベルニナ観光を終えたところにバスが迎えに来ていて、そこからサンモリッツまでバスで移動した。1日乗り物の中で過ごしたが、天気には恵まれず、曇天で、期待したアルプスの眺望を満喫できなかった。
サンモリッツの街並みは、高級なホテルも林立し、街の中央にある湖からの景色は大変豪華でした。サンモリッツは保養観光地ということでヨーロッパ最高のブティック店が立ち並び、パリやロサンジェルスでショッピングをするような街になっている。私たちの宿泊したホテルは、ステファニーという名の高級ホテルであった。

都市経営の重要さを示す好事例
これで今回のスイス旅行の報告はお終いにする。今回の旅行の中で、ベルンの町は、市民全員が都市景観の守り手として、たゆまぬ都市経営に参画することで、世界遺産にシテイされる町を作ることができるという好事例で大きな成果があったと感じている。
ベルンは優れた都市を人びとの主体的な取り組みで実現しているお勧めしたい「都市経営により資産形成に成功している町」なのです。


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