メールマガジン

メールマガジン第363号

掲載日2010 年 8 月 2 日

メールマガジン第363号(8月3日)
みなさんこんにちは
日本は「法治」国でしょうか。「呆痴」国でしょうか、「放置」国でしょうか。

英国と日本の都市計画法の関係
わが国の都市計画法は、英国の都市計画法農村計画法を手本にして作られ、英国の「計画許可(プランニングパーミッション)」が「開発許可」制度として採りいれられました。
1968年の都市計画法立法当時、建設省住宅局の都市局との折衝窓口課に籍をおいていた頃、日本の都市計画法は英国と同じように機能することになる、と信じたことを昨日のことのように思い出します。

法律を国家として守る国(英国)、守らない国(日本)
日本と英国との開発許可の現実がどのようになっているかについて、私は長年こだわってきました。今年、ロンドンで英国の計画許可の実際を見聞し、英国では都市計画法制定時の説明どおりの事務手続きが行われていると聞き、「さすが近代都市計画の本家」と、感激し、昔、英国の計画許可を日本の開発許可に取り入れたときの国会における政府委員の説明を思い出しました。
英国の状況にひきかえ、現実の日本の都市計画行政と建築基準法行政は、当時の竹内藤男都市局長や大塩洋一郎都市計画課長が政府委員として国会で答弁して、国会の議決で法律になった法律内容と全く違った法律施行になっています。
違反した行政機関による法律施行を、裁判所の判事達が、都市計画法が分らないためか、それとも行政に迎合してか、違反処分を追認し、裁判所対する国民の信託に背任していることに憤りを覚えます。

その極端な事例の裁判:渋谷区鶯谷マンション「La Tour DAIKANYAMA」の最終陳述が、7月28日午前11時、東京地方裁判所第522法廷で行なわれました。結審は9月1日(台風がやってくる210日)午後1時15分、525法廷でなされます。その行政事件訴訟の概要を紹介します。

「法律違反のデパート」建築物
東京都渋谷区鶯谷町で第2種住居専用地域(高さ制限12メートル、建ぺい率60%、容積率200%)の都市計画決定がされている地域に、高さ20メートルを越す8階建て超高額賃貸マンション(容積率500%、建ぺい率80%)、全139戸賃貸住宅家賃月額100万円―500万円が、ほぼ完成し、入居が迫っています。

経団連が「法律上できないので法律改正を要求」
このマンションでは、「開発工事(敷地の整備)が完了していない」時点で「建築計画内容どおりの敷地が、完了した」と指定確認検査機関がみなし、建築確認済み証が交付されました。そのことを渋谷区長が容認しています。
都市計画法が制定以来、経団連が自民党に「工事期間の短縮のため」「開発許可による開発行為と建築工事とを同時並行で進めるようにして欲しい」という法律改正要求を、執拗に何年も繰り返してきました。
しかし、開発許可どおりの開発をしないで建築工事が始められると、手戻り工事をしなければ都市施設の整備ができなくなるので、経団連の要求するような法律改正はできなかったという事実があります。この不可能であったことを、本件では、法律改正が行なわれなかったにも拘らず、本件で行なわれたのです。建築工事が敷地整備工事が完了する前に、建築計画上の敷地条件が計画どおりに完了していないにも拘らず、敷地は完成したとされて確認済証が不正に交付され、建築工事が着工され、開発行為と建築行為が同時並行的に進められてきました。

開発許可の基準に違反した開発計画
この住宅地の敷地がある場所は、第2種低層住居専用地域としての都市計画が決定されており、そこには低層低密度の住宅地としての既存住宅環境を守ることが都市計画決定されてきたところです。当然、この地域の発生交通量が少ないので、町全体が幅員4m未満の「2項道路」として造られた町です。
開発行為をするためには、既存の都市環境を侵害しないように、この開発敷地は、「幅員9メートル以上の道路に接していなければならない」ことが法律で決められています。しかし、そのような幅員の道路はなく、本来開発業者が、幅員9メートル以上の道路を造らない限り、既存の道路は新規開発による皺寄せを受けることになるため、開発を認めてはならないことになっています。

都市災害「耐震火災と水害」の危険
従前は25戸の戸建住宅が鬱蒼とした樹木に囲まれて建っていた住宅地です。この地域は都市災害にも、豪雨に対しても都市防災的な役割をになうところでもありました。
しかし、現在、開発敷地全体が巨大建築物の屋根と道路舗装で覆われることになったので、市街地豪雨時には、地価に浸透することはなく、一挙に流下するため、たちまち都市水害の危険が及ぶことが危惧されます。
それだけではなく、従前の6倍以上の住戸と10倍近い建築延べ面積の建築物が出現したために、発生交通量がそのさらに何倍も多くなることが予想されます。その巨大な交通量が幅員4m未満の「2項道路」を利用してこの住宅地にやってきます。そのようなわけですから、「抜け道マップ」を利用した「地域の道路環境を無視した交通」と同様に「地域の生活を侵害する交通」が急増することは、想像に難くありません。
その結果、大震火災時には交通事故が発生し、この地域全体が麻痺し、救急車の消防車も侵入不可能地域になります。

都市計画法上の手続き違反と実体違反
開発許可制度では、既存の都市環境に皺寄せをしないようにする条件下で、開発を認めてもよいとするもので、既存環境に皺寄せをして開発を進めることは禁止されています。既存の都市施設や公共施設が皺寄せを受けないか、どうかは、道路、河川、下水道、学校その他の公共施設の管理者と協議し、同意を得なければ、開発許可申請自体を受け付けてはならないという規定(都市計画法第32条)になっています。
しかし、本件では関連公共施設の管理者の開発許可の基準で明記してある事項に関する同意書は一切存在しないで開発許可が交付されています。
しかも、法律で定められた技術的基準にことごとく抵触し、道路幅員はもとより雨水調節地、土地利用規制にもことごとく抵触し、開発業者が不正利益を得ることが出来るように計画されています。

開発許可処分と開発審査
開発許可制度が都市計画法に設けられたときに、開発許可の処分庁の判断には間違いが発生することが予想されるので、処分庁の上級機関として開発審査会が新たに制度化され、そこで行政機関としての最終的判断をすることになりました。本件でも上記のような違反の塊のような開発計画を、処分庁が開発業者の言いなりに許可したので、その違反を住民が、都市計画法第50条に基づき、不服審査請求を行ないました。
本来開発審査会の目的は都市計画行政の最終的判断をする機関として、処分が法律に照らして適正になされているかどうかを判断しなければならないのに、それを全くせず、審査請求をした住民には「原告適格がない」と言って訴えを却下しました。開発許可処分に違反がなければ、処分による不利益が発生しないため、審査請求人となる原告適格は全く生じません。しかし東京都開発審査会は、業者の違反を幇助するために違反を隠してしまいました。

権限のない澁谷区長は処分
都市計画法では東京都の開発許可は、東京都知事以外はしてはならない、と定めてあります。その例外として都市計画法第29条では、政令市など「指定都市等の長」に限って東京都知事と同じ開発許可をすることができると規定してあります。そこに規定してない渋谷区のような特別区長に、開発許可権限のないことは法律上明確です。
東京都は地方自治法第252条の17の2を根拠にした東京都知事の行う行政事務の一部を特別区にさせることができるという条例を制定しています。この条例で規定していることは、地方自治法の規定どおり、は東京都知事の名前と公印を使って行う事務を渋谷区の職員にやらせることができるという条例であって、東京都知事の行政権限を渋谷区長に移譲しても良いという条例ではありません。要するに、澁谷区長は都市計画法上の権限のない行政庁であって、その処分自体が法律違反であるのです。

東京都開発審査会の実体
都市は、都市機能や安全衛生が整っていれば豊かな都市生活を提供できるわけではありません。その都市に愛着が持てるためには都市の歴史文化の集積に対し、それを自分達のものと感じることが必要になります。この鶯谷では、東京都でも例外的に巨大な旧石器時代から弥生時代までの住居遺跡が発見されたところです。しかし開発業者にとっては遺跡が発見されたことが迷惑至極とばかりに、形だけ掘り出して、すぐに発掘した遺跡を埋設し、今回のマンションの地下に埋め込んでしまいました。
都市住民は、その都市の歴史文化を知り、それに誇りをもつことで都市を大切にしようという帰属意識が生まれるのです。その歴史遺産を毀損したことに関して、開発許可の基準に環境を尊重する規定が明記されているので、審査請求人が規定違反であることを開発審査会で陳述しました。すると審査会長が審査請求人の発言を遮って、「本件審査請求に関係のない発言はしないで下さい」と言ったのです。審査会長が東京都行政OBであって、行政を正当化する形だけの「茶番」審査会をやって、法律の適正施行など全く考えていません。

司法とは何をやるところか
多くの人たちは、「裁判所は法律施行の番人」として、法治国の法施行を守っていると信じています。そこで、東京都建築審査会の不当な行政処分の扱いを3権分立の立場で、法律に照らして是正してくれると信じて行政事件訴訟を起こしてきました。
しかし、これまで行政事件訴訟で勝訴することは、「らくだが針の穴を通るより難しい」といわれてきました。
その理由は、司法を担当する裁判官に行政法の知識に全く疎い(貧弱である)ことがあげられます。それに加え、裁判に関係する原告弁護士が、行政法知識が貧しい上、謙虚に学ぼうとはせず、原告の依頼に応える専門家としての仕事をして来なかったことが上げられます。
その上これらの弁護士たちは、馴染みの客である裁判官に媚び、原告の訴えたい法律違反の主張を理論的にする努力をせず、裁判官にとって書き易い判決に協力し、弁護士費用を手にすることしか考えていない場合が多いのです。メールマガジン第361号ではその一部の話を紹介しました。

このような腐った法曹界の体たらくを良いことにして、裁判官はその権限に属さない恣意的な判断を裁判の審査に持ち込み、公然と違反業者の不正利益幇助をしてきました。
今回の鶯谷の裁判では、原告自身がしっかりして、ご高齢であるにも拘らず、自身の生活を賭けて問題に取り組まれた上、弁護士の方が真面目に法律の文理に真摯に対応してくれ、原告の不利益を法律を根拠に訴え、原告の闘いに全力を尽くしました。

敵は本能寺
裁判においては、原告と被告の争いを、裁判官が法律に照らしてどちらの主張が正しいかを裁くものであると学校では教えられてきました。しかし、日本の裁判官は、江戸時代の大岡越前の守のスタイルを表面だけ模倣して、「自分の判断を絶対とする」絶対的権力者と勘違いし、違法の判断で裁判結果を左右してきました。そのため、多くの裁判の控訴審では、原告と被告の争いではなく、住民である原告対「被告と裁判所」の戦いか、ややもすると被告不在で、原告と栽判所の闘いになっています。
多くの弁護士同様裁判官達は自らの立身を中心に考えており、最高裁判所の政治的な判断に迎合する判決を出してきました。
この戦いは民主主義実現のための闘いであり、国民に情報を公開し、国民の正しい理解を喚起することによってしか是正し得ない問題であるともいえます。  戸谷 英世


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