メールマガジン

メールマガジン第392号

掲載日2011 年 2 月 21 日

メールマガジン第292号(2月21日)
皆さんこんにちは
第1回HICPM月例セミナー
今年、第1回月例セミナーは、2名の会員を対象に実施しました。最初予定していたセミナーの内容は、当初参加申し込みされていた方向けに、用意していましたが、突如参加できなくなったので、当日の参加者の関心で、途中で説明内容を変更することにしました。今年も昨年同様、少人数によるセミナー形式となりますので、体系的なCMと街造りの学習と合わせて、日常の業務に関する質問や相談といった個人的なコンサルテイションの場として利用していただいたらよいとも思っています。

住宅関係者が自覚すべきこと
今回のセミナーで感じたことは、建築学科を卒業した建築士資格者のほとんどが、学問として都市計画や住宅地計画を体系化された知識として学んだ経験がないだけではなく、非常にあやふやな断片的な計画を規制するものとしてしか理解されていないことでした。
それは、日本の都市計画法や建築基準法という法律が都市計画及び住宅地計画の法律制度として、どのように使われるかという行政法上の知識も経験もなく、建築士試験のための勉強だけで、体系的な学習をしていないということです。住宅地開発に携わったといっても、法令関係は代願人の仕事まかせであったり、過去の建築設計の経験で得た知識を絶対的なものとして、規制(縛られるもの)としてしか理解していないことが分かりました。

行政法の正しい理解
行政に関する法律は、一般的な業務の円滑な実施を前提に作られているわけですから、法律の理解をする場合には。都市開発や住宅建設という業務の流れを考え、それが円滑に進むためにはどのように行政的なチェックを入れることが必要か、という視点で法律を読むこと、つまり、立法者の視点で法律を解釈すると、行政法が事業を妨害するのではなく、仕事をうまくするために作られているということが分かるはずです。
特に英国の都市農村計画法や、ドイツの都市計画法が、日本の都市計画法や建築基準法に形の上だけではなく、法律の条文としても採り入れられているため、立法関係者が気付かないことで英国やドイツの法令が、日本の都市・建築法に反映されている場合も多数あります。

行政法の正しい活用
法律を正しく解釈し、使っていくためには、その理解が必要になります。しかし、現実の都市計画法や建築基準法の行政運用の法律解釈は、「仏作って魂入れず」で、文言だけの解釈をして歪めていることがたくさんあります。特に小泉内閣の規制緩和としてなされたものの肝心なところは法律違反をして、都市・建築行政が開発業者に不正利益を幇助してきたものであることは、行政法の間違った活用として、大きな問題です。
私はこれまでも英国や米国やドイツの法律で、日本の都市建築行政に関係している部分に関しては説明をするようにしてきただけではなく、実際の住宅地開発に当たってそれらの法律をわが国で適用する場合にどのようにするかについて、実際の計画に採り入れるように指導してきました。
四日市の「泊山崎ガーデンテラス」や福岡の「荻の浦ガーデンサバーブ」にはその計画に英国や米国、ドイツの都市計画や住宅地計画のやり方を多数採り入れてきました。

土地の現物出資に関する所得税法の理解
さらに、今回のセミナーではリースホールドによる街造りの話に関心がある受講者であったことから、私が説明する土地管理会社設立に関する土地の現物出資の質問が提起されました。この件に関しては、これまでの私の検討の結果として、一般財団に対して寄付する方法が一つの面白い方法であることが分かってきましたので、その件に関しては、BM175号の「三種の神器」で紹介していますが、今回は株式会社で取り組む場合の質問が提起されました。「出資や寄付に対して、それを国税庁は贈与とみなして課税をする」という過去の事実だけが一人歩きして、質問依然に問題である所得税の考え方が正しくできていないことが分かりました。そこでこの問題はBM176号の読者の質問のページで取り上げることにしました。

専門知識と経験
住宅地計画や都市計画は、誰でもが毎日の生活するものとして、生活を経験し、誰でもが生活者として発言することができるという意味で、個人の経験から発言することのできる分野ということもできます。衣食住のすべてに関し、人びとは利用者として、選択権を握っている決定権者です。しかし、決定権者がこれら衣食住の生産者としての専門知識を持っているわけではありません。
住宅・都市産業に携わって仕事をする人は、専門知識を活用することなしには消費者に満足を与える仕事はできません。消費者の経験と知識で、生産者としての仕事ができるわけがありません。
以上に指摘したとおり住宅・都市・建築に関する専門的知識を持たないまま仕事をしている人が多過ぎます。住宅雑誌に登場している評論家や専門家、大学教授の肩書きをもった研究者の多くが、専門的知識を学ぶことなく、自らの経験や耳学問だけで、国民を騙すことで金儲けをしているといってよいと思います。それが日本の住宅と都市を消費者が資産を失うものにしている理由です。

行政の2人の大先輩の訃報
わが国の住宅生産の近代化政策を1960年代に牽引した官僚が澤田光英(登場人物は、以下敬称略)です。その部下で、澤田の指示された分野を忠実に実施に移した官僚が救仁郷斉です。二人とも住宅局長を経験したあと、日本住宅公団又は住宅都市整備公団総裁を経験し、退官後は財団法人に本建築センター理事長に就任し、その後、澤田は株式会社に本建築センター代表取締役社長、救仁郷は社団法人建築行政協会会長といずれの建築職の官僚として最高の地位を極めた人たちです。
この二人の最近の訃報は、高度経済成長時代の中の住宅産業興隆時代という一時代の終りを象徴するものであり、その直接の指導、指揮命令下で、行政を担当した私としては、深く哀悼の意を表するものです。

住宅生産近代化政策時代
お二人には、建設省入省当時から、澤田には私の入省当時には日本住宅公団に出向されていたので、建設省の不燃都市に向けての取り組みをしていた社団法人不燃建築協会の仕事を介して、また澤田が救仁郷、牛見章、松谷倉一郎らを指揮して進めていた住宅生産近代化の推進の関係業務で毎月のように指導を受け、救仁郷とは同じ住宅局住宅建設課で住宅生産近代化事業を取り組む関係で、指導を受けた関係にありました。
澤田と救仁郷は、現在の日本のプレハブ住宅の生みの親、育ての親といっても過言ではありません。特に60年安保以後、自由化政策は炭鉱の閉山と農業構造改善という名の農業の破壊により、失業者が農村から都市に流入し、市街地の土地と住宅は払底し、住宅価格は高騰しました。失業者の都市集中を背景に10年間に亘り10%以上高度成長をした時代は、住宅問題は戦時下の時代家賃統制令を継続せざるを得ないほど悪化していました。
私が1962年入省後、5年が経過し係長になり、結婚し子どもが生まれても、公務員住宅にも入れず、「6畳一間、1間の押入れ、半間の台所流し、共同便所の木賃アパート」に、給与の4分の一の家賃を払って生活していた時代です。建設省の公務員の多くは、「役得」といって、公団、公社、地方公共団体の監督権限を背景に、事務官が不正な方法で公務員住宅の入居を支配していました。現在の人たちには想像もつかないほど都市に生活する人たちは住宅に困っていた時代です。
住宅局では、公団、公社、公共団体に対し監督官庁の権限と補助金交付権限を濫用し、公共住宅に裏から入居していた時代でした。それを象徴する例は、私が住宅地区改良法の施行を担当した当時、東京都改良住宅の担当者から直接聞かされた話ですが、不正入居者は、私の前任者の部下で、澤田、救仁郷同様、住宅局長、公団副総裁、日本建築センター理事長経験者で、東京都建築審査会長になった人です。彼は補助金交付権限を濫用し、改良地区居住者名簿に自分の名前を登載させ、公営住宅に不正入居していたということです。
このような時代であったため、如何に品質の良い住宅を、安く、大量に供給することができるかという問題が住宅局の課題でした。当時、米国では都市住宅開発省(HUD:Housing and Urban Development Department)が工場で住宅を生産する政策(OBT:Operation Break Through)を取り組むことになり、日本政府もそれに倣うことになりました。それが澤田の推進した住宅生産近代化政策でした。

政策の結果の総括
約半世紀にわたる住宅生産近代化政策は、住宅建設計画法との関係で公共住宅により住宅需要を保障する方法で、軍需産業同様、税金を使って、住宅メーカーに損失が生まれることのない育成策が推進された官営住宅産業育成策です。その結果、世界に例を見ない巨大な住宅メーカーを育て上げ、現代見るとおりの日本の住宅産業を創りあげました。
その住宅産業は多くの官僚OBを雇用し、住宅産業界の力を拡大するための国会議員を官僚OBを支援して登院させてきました。
しかし、消費者は、例外なく住宅を購入した消費者を重い住宅ローンの支払いに生涯縛り付けられた挙句、住宅の資産価値が失われるため、不幸になり、その住宅は26年で寿命を失う貧しいものでした。
澤田、救仁郷が進めた住宅生産近代化政策と、その中で私自身がこの二人の行政の大先輩との関係で多くの行政のやり方を学び、権限の行使の仕方の指導を受け、人事的に取り扱われた断片的な個人史が、今、私の頭の中を走馬灯のように駆け巡っています。この総括を近日中にメールマガジン特別号で読者の皆様に配信したいと考えています。

住宅政策と住宅産業史
私自身、学生時代を含めると住宅・都市問題と関係をもってから、ちょうど50年を超えます。官僚から出発し、インドネシア政府、公団、地方公共団体(愛媛県、大阪府)、大学及び専門学校、外郭団体、民間企業、現職(欧米証左研究と業界指導)など広い分野に携わり、多分私でなければ書けない住宅政策、住宅産業政策など将来の住宅政策、産業政策を考えるために歴史として纏めておくことが必要と考えました。既に、その概史を不正確ではあるが取りまとめた。しかし、それを利用してもらうためには不十分であるので、目下少しずつ見直し、修正してHICPMのホームページにメールマガジン特別号「住宅政策と住宅産業」として記載を始めました。あまり関心のない方には送付すると迷惑になると考えて、目下、HICPMホームページに掲載するにとどめています。未だ、現在掲載しているのは、はしがき程度ですが、関心のある方はご覧ください。
(住宅生産研究会理事長 戸谷英世)


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