メールマガジン

メールマガジン第402号

掲載日2011 年 5 月 2 日

メールマガジン第402号(5月2日)
皆さんこんにちは!

連休の前半はいかがお過ごしでしたか。4月29日には英国のウイリアム皇太子とキャサリンのご結婚式がウエストミンスター大聖堂で行われ、世界中が大いに沸いたと思います。30年前のチャールズ皇太子とダイアナのご結婚も世界がテレビの前で釘付けになったことを覚えています。
翌4月30日の世界フィギュアースケートでは、キムヨナや世界の強豪を破り安藤美姫が、金メダルを獲得し、国内は大いに沸きました。最終組の選手の演技は、どれをみても勝たせてやりたいと感じる良い演技でした。

連休旅行
私は、この連休に休養を兼ね、日光見学に鬼怒川に2泊3日で出かけました。鬼怒川を選んだ理由は、東日本大震災後、HICPMの事務所に鬼怒川の旅館の勧誘員が二度もやってきて、大震災後
顧客の減少で大変に悩んでいるということでした。地震と原発風評被害の社会勉強をかねて出かけることにしました。
想像と違って、連休に入っていたため、まずまずの客がきていたようでしたが、地元の人に話を聞くと、それ以前(前日まで)は火の消えたようになっていたそうです。街中を散策してみると、「廃墟に向かっている」町のような荒廃があちこちに見られました。乗用車がパンクした状態で閉鎖した店舗の前に止められ、それに蔦が絡んで何年も放置された状態でした。それだけでなく温泉地自身の衰退が進んでいたことは、町の維持管理のされ方を見て分かりました。

蘇る「地域文化破壊の経験」
今より30年ほど前、私が愛媛県庁で働いていたときの「道後温泉の衰退」と同じ衰退が鬼怒川でも起こっていることを発見しました。鬼怒川も道後温泉同様、むかしから温泉の開けたところですが、その歴史文化を放棄し金儲けに走った付けが回ってきていることを感じました。
多分その昔は、美しい渓谷の鬼怒川をはさんで、潤沢な温泉の湯に恵まれた温泉街が形成されていたに違いありません。しかし、高度経済成長時代に、多数の旅客を受け入れる団体客を相手に、昔からのひなびた宿屋や旅館は、中高層の鉄筋コンクリート造のホテルに建て替えられ、町は昔の面影を完全に失ってしまったに違いありません。団体客が大型バスでやってきてドンちゃん騒ぎをして帰っていくという客が大多数を占め、町の歴史文化、自然を楽しむという客はやってこなくなりました。
松山でも白石知事の時代には、「コンベンションシティをつくる」と、片っ端から昔ながらのひなびた旅館や湯治場を破壊し高層ホテルを建設していきました。そこには昔からの思い出も懐かしさも失われ、リピーターは激減しました。
県庁(知事)の指揮で松山には多くの団体や企業による大会が誘致され、ホテルは団体客の誘致で金儲けに成功したが、景気が悪くなって団体客が少なくなると、「道後温泉贔屓」は急激に減少していきました。

歴史に恥じる温泉地の街並み
鬼怒川の駅を降りると、だだっ広い駐車場と鉄筋コンクリート造の、できるだけ多くの客を収容することを目的にした見苦しい高層ホテルが町中に建てられている景色がみられます。いずれも安物のデザインのホテルで、総てモダンな機能主義デザインです。そこには歴史も文化も何も感じられない殺伐とした収容人数を稼ごうとしたホテルの景観が造られています。これらのホテルは、競って美しい鬼怒川の渓流を独占しようと河岸に林立し、鬼怒川の景観を見苦しいものに替えてしまっています。
この町は基本的に自動車で来る客を相手にしているためか、荒れ果てた道路が川を挟んだ両側に造られ、そこを自動車が我が物顔に走っています。たぶん昔は宿屋の並んだ風情を楽しめたであろうと想像できるのですが、車道が側道を圧迫し、そのほぼ半分はホテルの駐車場になっていました。その上、道路はホテルの駐車場で分断され、温泉街としての街並みは存在していないといってもよい状態になっています。道路には歩道が片側にありますが、駐車場に出入りする車優先の構造は、危険で、歩いていて少しも楽しいはずがありません。

ホテル駐車場でぶち切られた温泉街
当然、そのような街並みでは、店舗は成立しません。家族経営で何とかがんばっている店舗もありますが、むしろそれは例外で、街並みはホテルとホテルの駐車場により分断され、およそ温泉地の文化を楽しめるものになっていません。各ホテルとも客をホテルから出さないようにしようといろいろな娯楽施設を設けています。
ばかげたことですが、鬼怒川に来てそんなことで満足する人などいません。私が見る限り、鬼怒川を楽しみにきている客はゼロでしかなく、やってきている人は、日光、江戸村、リトルワールド、サル軍団などへ出かけるための宿泊場(足場)としての機能しかないように思えました。

安宿顔負けの「おもてなしの作法」
宿泊したホテルは玄関では多数の従業員が「いらっしゃいませ」の歓迎を声高に叫び、来客と分かると荷物を持って案内しようとします。
しかし、その部屋に入るとその隅には、いつでも寝られるように布団が、「敷布団と掛け布団を丸めて」置かれていました。初めは前の客の布団が片付けられていなかったとおもったのですが、よく見るとそうでもありません。
いずれにしろ和室の旅館で、最初に迎えた客室に布団が丸めてある様子には、怒りを越えてあほらしくなってしまいました。いわゆる安宿ではありません。経営が苦しいから経費削減をしなければという気持ちは分ります。しかし、客のもてなしの基本が狂っているように思えました。
私は放っておける問題ではないと考え、従業員を呼んで理由を聞きました。要するに経営が苦しくて人を雇えないので、お客さんにセルフサービスでお客に布団を敷くことをすることにした、しかし、お客の手間を省くように、ワンハンドで布団を敷けるようにしたというのです。こんなことを鬼怒川でやっている旅館などないでしょう、と反省を求めたところ、多くのホテルで人手不足で同じことを始めるようになっているという答えが返ってきました。

洋風浴衣と和風ベッド
私の中学時代の修学旅行で京都に出かけた当時、女子中学生の親たちは競ってネグリジェを子供達に持たせてやりました、女子中学生たちはネグリジェを着て京都の町中をキャッキャッと歩いていました。批判する人もいましたが「洋風浴衣を着て街中を歩いて何が悪い」という見解が引率教諭の反論でした。
ついそんなことを思い出したのは、鬼怒川の旅館の人たちは「ホテルのベッドと布団とはいずれも寝具であるから、客間に出しておいて何が悪い。」と開き直っているように思えたからです。
私は、「寝るのなら我が家でも寝ることができるし、飯を食うことも我が家の方が自分の嗜好にあって、おいしいものが食べられるかもしれない。それなのに、なぜ鬼怒川まで来て、高いホテルに泊まろうとしたかわかりますか」と従業員に聞きました。
鬼怒川のホテルの経営が苦しくなって、利益をあげなければならないという経営者の気持ちは分かります。しかし、乞食のように人様の慈悲を乞うならば分からないことではありません。しかし、人様にサービスを売ってその対価を手に入れようとする「生業(なりわい)」をするのならば、まず、顧客に「どのようなサ-ビスを売っているか」を考えなければいけません。約束したサービスを提供したならば、顧客はその対価を支払ってくれます。経営が苦しくなったから、代金は据え置き、出費を減らしてサービスを低下させるということは契約違反です、というようなことをいろいろ指摘し、私の言ったことを支配人にちゃんと伝えて置くようにと言いつけました。

支配人に話したこと
「お客さんが高い旅館代を払ってやってくる理由を考えてみたこがありますか、鬼怒川をめざしてやってくる客にとっては、非日常的な空間を楽しみたいと、きているわけで、自分の住宅と同じ時間を過ごすために来ている訳ではないのです。私が支払っているホテル代相当のもてなしを期待してきているとき、それがえられなければ、契約違反であり、結局、あなた自身がこのホテルの評判を引き下げることになっているのです。誇りのもてない卑しいホテル営業なら止めたほうがよいのです。あなたも苦しいだけで、お客も面白くない。鬼怒川中があなたのような経営をしているから、街を歩いても面白くありません。
ホテルの隣の公共の道路に腐って利用できない大きな材木を使ったベンチがあるのは知っていますね。あんな壊れたものを何ヶ月も放置しているほど、鬼怒川全体が腐っているのです。市もホテルも皆そのベンチのように腐っている。経営が苦しくても皆が同じ方向を向いてできることを骨惜しみせずにやったら、町はもっと活気が生まれるはずです。」といろいろ私の思っていることを話しました。

ホテル業も住宅産業も町造りも目先の利益に忙しい
話しながら日本の住宅産業や町造りに対し、私が考えていることで、いつも口にしていることと同じことを言っていることに気付き、住宅や都市産業に起こっている同じモラルの欠如がホテル業でも起きていると思いました。
自分だけは楽(らく)して金儲けをしようと考えたり、けちをして客に分らないように支出を抑えようと目先の利益を手にすることばかりに関心が向いています。
セルフサービスを導入するのであればその分安くするか、それとも食事においてそれに変わるサービスを提供するとか顧客に対して納得の行くサービスがあれば、震災で経営が苦しくなったことに対する理解は得られるはずです。
かく言う私自身、この時期だから、連休の慰安旅行も少しでも震災や原発の影響を受けているところに支援になればと思って出かけているのですから、同じような人もいるはずです。
今回の経験によって、私自身もう一度住宅産業に取り組む姿勢をしっかりしなければと考えた次第です。顧客「エンドユーザー」の利益を中心に考え、自分でできることを明確にして、相手との約束をしっかり履行するとき、相手も、自分自身も満足できる取引「等価交換」ができるのです。
「相手の求めている要求に的確に応えるとき、結果として自らの労に報いる満足、充実感、報酬が与えられると言うことをいつも心に留めておくことが重要なことだと思いました。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷英世)

PS:今月後半に「サスティナブルコミュニティの実現」というの「資産価値実現の理論と実践」の冊子(48ページ、オールカラー図版にすべて解説がつけられています。:定価1500円)HICPM会員が取り組んだ実績をもとに、「サステイナブルコミュニティ研究会」がとりまとめた冊子で、これまでの「三種の神器実現の理論と実践例のわかりやすく説明したものです。


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