メールマガジン

メールマガジン第407号

掲載日2011 年 6 月 6 日

メールマガジン第407号(6月6日)
皆さんこんにちは
和風の住宅地
6月2日には、HICPMとグローバル研修企画による京都と近江八幡の住宅デザインツアーが実施されました。このツアーの目的は、京都で目下住宅地開発に取り組んでいる「さくらの丘」事業主に対し、この開発に関心を持っておられる巽さん(元京都大学教授)が、「和風をベースにした住宅地の開発をすることで京都らしさのある住宅地を造り出してはどうか」というアドバイスをされました。そこで、そのアドバイスを受けた事業主の要望に応え、HICPMとGKKとが竹山さん(京都橘大学教授)を講師に招き、現地ツアーを組むことになったものです。このツアーと同じコースでの現地見学ツアーは、かつて、竹山さん(HICPM副理事長)が長年取り組んでこられたサステイナブルな住宅デザイン研究の出版を記念し、皆で竹山さんの研究成果を現地で検証しようとしたものです。

サステイナブルな住宅デザイン
竹山さんの研究成果は、関西では和風デザインに対して住民の支持は意外に少なく、大多数は洋風デザインに偏った支持を与えていることを、「アンケート調査と面接聞き取り調査の結果」として明らかにしたものでした。京都の伝統的な住宅に住んでおられる人にとって、至極当然の見慣れた住宅に、特別意識的に「好き、嫌いの感情を表すことができないのではないか、という推測もできる」という竹山さんの感想もありました。私は竹山さんの調査に対し、もっと積極的に和風住宅を評価し、京都の伝統的な和風デザインの住宅に住んでいる方は、その「選択できる範囲の中で最もよいと考える選択をした」のであるから、「文句なしに、和風デザインを支持している」という結論を出しても良いと考えました。

京都の高級住宅地
しかし、京都を代表する昭和の初の区画整理による下鴨地区や上賀茂伝統建造物群保存地区の高所得者が居住している「優れたとされる高級住宅地」を見て、以前、現地を訪問したとき抱いていた期待と失望とを、同時に再度、経験することになりました。
その理由は、この地域に建てられた住宅は、一軒ずつ見ると、確かに高額な住宅であることが分ります。しかし、道路に面して、高い塀が取り囲み、その塀を切断して大きな間口の車庫があります。道路から見ることのできる住宅は、大きな和風住宅の瓦屋根か、鉄板葺の屋根と不調和なアルミ製の黒い色の窓で、和風住宅にふさわしい木製窓は例外的でした。壁面もばらばらで、隣戸間の空間も間隔が総てまちまちで不ぞろいの貧しい景観の原因となっていました。通りに立ってみたときの「街並み景観」として見るべきものは皆無といってよい状態です。それぞれの住宅所有者は、「隣家と違うことが、自分の住宅が優れたこと」と勘違いして住宅を建てているのです。その総てが日本で「工学部建築学科」を卒業し、建築士資格を持った人が設計したに違いないことは一見してわかります。(世界の建築教育は人文科学としてやられています。)

「差別化」という住宅
住宅を土地と独立した不動産と考え、近隣と違った目新しいデザインとすることを「差別化」した設計とし、「相手を不当に見下した設計」として、本来ならば恥ずかしく思わなければならないにもかかわらず、それを「優秀なデザイン」の勘違いし、建築主を騙して、自己主張をした設計をしているのです。
近江八幡にある昔のままの街並みは、長い時代にわたって人びとが大切に守ってきたというだけに、全体が一幅の絵画のような美しさを造っています。一戸一戸はそれぞれ隣戸とは違ったデザインをしていながら、街並み全体としては「多様性の統一」が図られています。それが作られた時代は、時代がゆっくりと流れていて、住宅を建築する人は、近隣の人から尊敬されるような街並みを造ろうと考え、歴史文化を大切にしました。また、工事をする大工や左官を始めすべての職人が、伝統の技術技能の粋を社会にお披露目するというような意識で、社会から尊敬される仕事をしました。総てが歴史文化という人文科学的な空間作りとして街づくりが実施され、関係者が尊重できる「歴史文化を造り、守る」という考え方で街並みが造られたのです。

建築学という学問領域とは
このような都市、建築の学問は、日本以外の世界では、人文科学という分野の学問として学び、研究されてきました。今回の研修でも、安藤忠雄や高松伸や磯崎新の建築を見学しましたが、いづれの建築もブーイングのみで、参加者の共感を得ることはできませんでした。いずれも建築家たちが、その設計時点での自分の喜怒哀楽を、感情的に表現する建築物でしたが、それらの建築は、歴史文化に根ざした言葉のない建築でした。動物にも感情はありますから、感情表現はします。しかし、動物には言葉はありません。そのため、歴史を作ることも、担うことも出来ません。
安藤や高松や磯崎の建築は、基本的に、「動物の感情表現と同じ」といってよいと思います。これらの建築家は、前衛建築家を宣言し、時代に先頭になって叫び、国民の時代的共感を得ました。流行歌と同じようにです。しかし、時代背景が変化すると、何故そのような喜怒哀楽表現をし続けなければならないか解釈に苦しみます。その建築物は、取壊さない限りじゃ社会にとって時代間隔と調和しない「親父ギャグ」と同じしらけた建築物として、景観の目障わりとなり、反面教師として遺ることになります。

ワルシャワの都市復興のデザイン
かつて、ワルシャワが、ヒットラードイツに破壊されたとき、ワルシャワの人たちは、ドイツに破壊されたあの歴史文化空間こそ、ワルシャワの人たちが「わが街」と感じることのできる町であると考えました。そして、完全に破壊された旧市街地に、現代に調達できる材料と技術を駆使して、かってのワルシャワの都市が存在していたとおりの街並み空間を再生しました。日本では、そのような都市は、「昔をまねたテーマパークであって歴史の街ではない」といい、文化財にはなりません。しかし、ユネスコは、再建されたワルシャワの旧市街地を歴史保存地区として認定し、歴史文化財としました。
工学部建築学科の考える日本での建築は、自然科学つまり「物造り(唯物論)」の建築です。そこで問題になるのは物理的な古さでしか文化財を考えません。日本の建築教育ではデザイン(形や意匠が担っている歴史文化)の「意味」を、建築物が担っていることを学んではいないのです。街並みは単なる建築物の集合ではありません。都市計画や街並み計画は、モザイク画のように全体としての芸術です。個々の住宅や建築物はモザイクの石です。優れたモザイク画は、しっかりした下絵のとおり、モザイク職人がその技能を駆使してモザイクの石を加工し、所定の位置に収めることを通して、計画通り出来上がるのです。

「モザイク画」と「モザイクの石」
個々のモザイクの石を下絵で計画されたとおりに植え込み、そのモザイクの石が繫がり合い、相乗効果を発揮し、立派なモザイク画ができます。どれだけ立派なモザイクの石でも、下絵と違って近隣のモザイクの石といたずらな対立をしているような場合には、お互いの石は競合しあって、お互いを傷つけ、貧しいモザイク画にしてしまいます。都市計画や街造りにおけるマスタープランとアーキテクチュラルガイドラインは、モザイク画の下絵に相当する街づくりのハードなルールです。優れた町は、モザイク画の下絵をしっかり作るとともに、それを大切にしなければ計画通りの町にはなりません。

現地研修の重要な視点
現地の街並みや建築物を見るとき、私たちは3次元の空間を見ることになりますが、本当に見なければならないのは4次元の空間です。4次元とは、立方体の現実の空間に加えて「時間」というもう一つの軸を入れてみることです。造られた当時はどうであり、それがどのように盛衰しているのかを学び、その盛衰の必然的な理由を考えることです。歴史を調べ、過去から現在をつなぐことができます。実物から、その間の時代に生きた人たちがその空間をどのように評価し、育て、又は壊してきたかということを学ぶことが大切です。ニューアーバニズムで計画された多くの住宅地を何度も診ることを通して、生産者の取り組みを学ぶことができました。街づくりのしくみは、町を1回訪問したから分るわけではありません。訪問によって分ることは、その時点の空間デザインや利用だけです。
住宅産業に携わる人は、住宅地を開発し、それを経営管理する生産者の立場で技術、経験、評価を学ぶことをしなければならないのです。そのためには優れた住宅地は何度も訪問し調査し、表からは見えない技術やノウハウを学ばなければならないと思います。成功と失敗のいずれもが仕事をする人には重要な情報を提供してくれます。
(NPO法人住宅生産性研究会理事長 戸谷英世)



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