メールマガジン

メールマガジン第424号

掲載日2011 年 10 月 3 日

メールマガジン第424号(10月3日)

皆さんこんにちは

アイダホ州からの住宅産業者

以前、ワシントン州の建材セミナーに出展業者としてアイダホ州から参加されたヘリテイジ・ランバー社のデニス社長が、ジャパンホームショウに出展するため来日されました。私に逢いたいとHICPMの事務所までやってこられました。彼は大変真面目な方で、東日本大震災以後、住民の気の毒な状態を自分の身内の問題と考え、何とか自分のやってきた仕事が復興のお役に立てないかという気持ちで検討されたそうです。やっと、新しいポリウレタンのサンドイッチパネルで、断熱性能と構造性能の優れた施工の容易なシステムを開発することができ、今回の復興住宅に焦点を絞って日本の住宅産業界に展示したのですが、ほとんど関心を持ってもらえず、失望して、私のところへやってこられました。


被災された人を中心に考えること

米国の方の住宅産業における取り組みを見ていて、いつも大変さわやかな感じを受けてきた理由を、今回も、再度確認することができました。その理由は、彼等は、今回の場合でも同様でしたが、東日本大震災で被害を受けた人のことを本当に真面目に考えていることです。被災者の立場にたって、どうやったら現在の苦しい立場から抜け出せるのか。

今、秋から冬を迎えようとしていて、お金もなく働く場所もない。将来の展望も持てない。震災後半年が経過しても、目に見えた政府の取組みはない。そのような中で、今、困っている人たちの支払い能力、活用できる力で、如何にして自分たちの住宅環境を造っていくか、という開拓者に近い考え方での提案を持ち込んできたのです。

私は、彼の提案をもとに、東日本大震災に対する米国の産業界のファクト・ファインディング・ミッションとの作業成果を、最終レポートによって説明し、米国にある知識、技術で日本が求めているものは何かを示し、私にできる支援をすることにしました。


日本の官僚や住宅産業者の考え方

米国に対応する日本の官僚や住宅産業者の考え方を分かりやすく説明すると、以下のようなものです。東日本大震災で大きな需要がうまれることになるので、それを如何にうまいビジネスに作り変えるか、そのためには、まず、それを被災者に購入させるわけには行かないから購入する者は政府ということになります。

そうすれば政府が競争によらず業界団体という複数の企業で構成する団体を介して特命工事とし、できるだけ高いプライスで政府に販売し、できるだけ低いコストで生産し、集約生産をし、集約的建設をする方法を考えます。そのためには、休耕田など農業振興地域で宅地化ができなくて困っている土地をこの機会に高い費用で賃貸し、または、買収させようとします。そこには需要者の思いやニーズは全く介入する余地はありません。

実際に、応急仮設事業の建設側の関係者は思わぬ高い利益のできる仕事が舞い降りてきて、人の不幸を利用して潤沢な利益の得られる仕事がえられ、「民主党様々」でむきょうそうで「濡れ手に粟」の事業に、笑いをこらえることに困っています。


国民の税負担と政官癒着の予算消化

米国に比較して日本の民主党政権は、「国難」といい、明治の志士のような意気込み災害復旧に臨むと口先で入っていますが、一体何をやるべきかの考えは全くありません。

政治家たちは、「まず、予算」といい、予算を決めたら、それを議員たちの力で自分に利益をもたらす業界にどのように配分し、議員自身への支持を如何に固めるかということに終始しています。

つまり、「東日本大震災に対してどのような取組みをしたらよいか」ということを基本的に考えようとはせず、「役人に各省の利権拡大の予算を決めさせ、それを自分の選挙地盤に配る」という仕事が政治家の仕事と勘違いしている議員ばかりです。

そして、その「事業財源は、税金で取る」ということを決めることが、「議員の仕事」と考えているのです。日本の財政は世界最大の赤字です。国債を発行することも、弱っている国民の税を重くしてはいけないのですが、巨額の税の徴収を提案し、それを少し削減することで国民の側に立っているというジェスチャーをしています。


政官による「国民の富を収奪する」国家機構

税収によってそれを復興財源にできるということになると、今度は、各省の分捕り合戦と、それに便乗した国会議員により、「我田引水」の予算配分が、政治及び行政の主要課題になります。

本来、国会でやるべきことは、国家の災害対策の基本を決めることです。財政があろうがなかろうが、まず憲法に基づいて、国家は被災者国民に最低限何をしなければならないかを国家の政治責任として明らかにし、その後、税源との関係で、政策の優先順位をまず決めなければなりません。

その優先順位は、主権在民の基本に立って、憲法で国家が国民に約束した社会契約として被災者の人権を守ることが具体的に明らかにされなければなりません。被災者が望んでいることは、同情されることでも恵みを求めていることでもありません。自らの力を最大限生かして復興事業に取り組むことに尽きます。

仮設住宅を地元の優良企業という政界紐付き業者に配分することではないのです。今、失業している人たちに自分たちの居住する住環境を造る仕事を作り出すことにより、居住環境と彼等自身の生活基盤の安定とを一体的にすることです。地元にある小さなエネルギー(材料や労務)のベクトルを、復興という基本的方向にどのように揃えていくか、組み込んでいくかを、政治家は考えるべきです。しかし、現実の政治と官僚支配による行政は、自分等に利益をもたらす業界に仕事を配分し、自分らの利益へ導くことに集中しています。


政官癒着は国民の利益を奪うこと

震災復興事業という大きな枠組みを作り、その枠の中で党利、議員利益、官僚利益を考え、そのすべてを震災復興事業等いう「見せかけの袋」に入れているとしかいえません。被災者の望んでいることをまず明らかにしてはどうでしょう。それを実際に進めるために、どのような支援が必要かを検討してはどうでしょうか。

政治家や役人たちが、考える対策のほとんど全ては、これまでに政官業が護送船団方式でやってきた関係者の利益拡大の方法しか浮かんでこないのです。お金がなくても、民間の知恵でやりたいとするものに対して金融支援をし、都市の基本インフラ整備であれば、行政が先行して整備したらよいだけのことです。政治家や御用学者や官僚が勝手に考えることは多くの場合、無駄な投資になることは、これまでの事業で証明済みです。


政治家の知的水準、行政の行政水準

政治家は、「国難」といい、行政は、「被災者保護」といい、「行政が面倒を見る」と無責任な実体のない大口を叩いてきました。そして「お金がなければ出来ない」といい、「お金は国民に負担させる」といいます。そして、「お金がなければ何もできない」と考えているのです。「お金がなければ、何もできない。」という前提で政治家や行政官が議論しているところにすべての問題があると思います。それが、政策の優先順位が決められない最大の原因です。お金があってもなくてもやらなければならないことがあります。それをやるためにお金の使い方を考え、お金がなくても、やらなければならないことをやる方法を考えるときに知恵が生まれるのです。

現在の政治家や行政官を見ていると、脳みそに「ス」がたっているか、拘束状態になって活動停止になっているとしか思われません。二つ目には「パブコメ(パブリックコメント)を待って決める」という具合に、粗末な官僚と御用学者の頭脳で作った枠組みの中に大衆の意見を創意工夫による意見としてあつめ、結果的には官僚と御用学者の考えを大衆の意見として纏めただけの貧しい政策だけが、予算を浪費しているだけだと思います。小さな政府にして、政府が何もしないほうがよい国になるのではと思います。


耐震偽装危険と瑕疵保証責任保険制度

耐震偽装事件が建築基準法と建築士法の大改正で幕を閉じたとき、政府は、「建築基準法どおりの認可を受けた建築物において、このような耐震偽装事故は起きません」といいました。その口の根も乾かぬうちに、瑕疵保証責任保険制度を制定し、耐震偽装事件同様の「全面的な建て替えをしなければならない瑕疵の発生」を前提にした多大の保険金を強制的に集める行政を始めました。

本来ならば、耐震偽装事件の解決は、建築主事や指定確認検査機関が確認し、検査済み証を交付した建築物にあのような事故が発生したわけですから、国家賠償補償の対象にされなければならない問題でした。国家は自己責任を回避し、責任を瑕疵補償問題に転嫁したのです。私には信じられない問題のすり替えが白昼公然と行われ他と言うことです。

建築基準法行政は、「これまで同様違反をやって不正利益を得ようとする不正業者を、指定確認検査機関が幇助して、その瑕疵保証責任負担を、瑕疵を起こすことなない業者に義務付けた保険金で賄おう」とし、または、保険金として巨額のお金を集め、瑕疵がなく「保険給付しないお金で、官僚OBの骨を拾っている」現状を、一体、国民は、どう見ているのでしょうか。この耐震偽装事件の顛末を見ると、国がどのような方法で国民の利益を奪い官僚の利益本位に行政をやっていることを見ることができます。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷英世)



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