メールマガジン

メールマガジン第453号

掲載日2012 年 4 月 23 日

メールマガジンマガジン第453号(4月23日)
皆さんこんにちは

先週4月18日に、HICPM,GKK,ブリックプロダクツ東京、の共催で「ブリック研修ツァー」を横浜と東京を舞台に実施しました
新横浜駅近くに、女性単身者専用タウンハウス住宅地・スターホームによるプリマ新横浜壱番館、弐番館、参番館を見学しました。この住宅は、自分の個性を大切にしている女性の新しい住宅要求を満足させるデザインでした。事業的に成功している理由は顧客のニーズ(住宅支払い能力に応える価格、生活者のライフスタイルに応える舞台造り)にしっかり向かい合った住宅を供給しているということでした。この住宅は設計上非常に優れた点がありましたので以下に紹介します。

生活に必要な空間を、最小の材料と手間で実現
第一は、合理的な設計によりコストを最小限に抑えることに成功していました。住宅のコンセプトを空間のイメージで説明しますと以下のようになります。
各住戸一辺約4メートルの立方体の空間を2段に積んで並べたもので、1戸当たりの容積に対し、床、壁、天井という空間を囲う面積を最小にしたことです。その空間の中の床面積の約半分に、台所と洗濯物の干し場にもなるバスルーム等の空間の上階に、ロフト(中二階)天井高さ約1.5メートルを設けることで、ロフトを寝室とクローゼットとし、吹き抜けのある空間全体をリビングとして使うことができています。結果的に全体で床面積20平方メートルの住宅を30平方メートルの延べ面積の住宅として利用でき、その部屋面積は通常の30平方メートルの延べ面積の住宅の半分程度にしていることです。しかも、平面形は4出隅でできている単純は立方体であるため、たぶんこの種の空間では、最小量の材料と手まで造ることができている住宅です。

居住者の嗜好に会ったデザイン
第二は、外壁の約6割部分(1階住戸部分)にブリックプロダクツのスライスレンガを張り、住戸の中二階2階部分に各階ごとの同じ形の開口部を設けているため、気持ちの良いリズムを作り出していることです。1戸当たり二面しか化粧をする必要がないアタッチドハウスであるため、豪華なデザインであってもコスト総額は少なくなっています。
内部には白の漆喰の壁に黒のアイアンレースのデザインを取り入れ、ロマンティックな夢にも応えることの出来る空間を造っています。駐車場については、住宅の全面に計画する貧しい計画を止め、アイアンレースのフェンスを設け、「ゲーティッドコミュニティが演出するセキュリティが高く、特別に選ばれた人が住む館」というような、バッキンガム宮殿や赤坂離宮の生み出しているイメージを演出していることが、大きな成功の鍵となっていました。
この住宅の窓には、窓台と3方を額縁で囲われた開口部と、住宅の高級感が演出され、装飾の果たす役割の良さをはっきりと示していました。

デザインが担っている歴史文化の研究にもう一歩の検討を
この住宅には、いくつかの欠陥がありました。一つは玄関の位置が対称形ファサードをすこし壊していたことや、本物のレンガ建築の合理性にこだわったならば、中二階の開口部の形として縦長のリズムを徹底していないなど、本物のレンガ建築の歴史文化という点から見ると、「実際のレンガ建築ではやらないようなこと」もありました。また、設備配管や機器の外壁面は配置などが弱く、煉瓦壁と漆喰壁のバランスなど歴史的なレンガ建築とどこか違っています。デザインは歴史文化を伝承するもので、現代に造った住宅であっても歴史文化を担ったデザインを取り込むことによって、建築物が担う歴史文化を未来に伝承することができます。住宅は3次元の空間ですが、実はデザインにより歴史文化を伝承する時間軸の入った4次元の空間となります。居住者は、その歴史文化のデザインを楽しんでいるわけで、住宅専門業者はその計画する住宅の中に過去の豊な空間デザインを取り入れ、それを居住者が「自分の宝」と感じ大切に守ろうとする住宅として造ることが大切です。それが資産価値のある住宅を造る鍵を握っていることになります。

レンガ倉庫が生き残った理由
この住宅を見学した後、妻木頼黄が設計したレンガ倉庫の転用商業施設横浜赤レンガ倉庫を見学しました。妻木は、西欧建築を基本的に正しく学びその歴史文化を伝えていることでは当時においても日本の最高の建築家でした。妻木はドイツのベックマン・エッケ建築事務所や米国の大学で建築を学び今の財務省付きの建築家でした。妻木は日本橋の設計者としても、横浜正金銀行(後の東京銀行)の設計者としても知られ、大連にはそれ(横浜正金銀行)と同じデザインの建築物があります。妻木は、その時代の建築設計家辰野金吾に邪魔されて、国会議事堂の設計を任されながら、実現に至らなかった悲劇の建築家です。何故レンガ倉庫がパリの中央駅から変身したオルセー美術館のように再生したのか。それは美しい建築物であったためでした。横浜港にできた倉庫建築物は、その用途としての機能を失ったとき、日本では一般的に壊されてきました。バブル時代や経済成長時代に壊されないで生き抜いた理由は、壊せない良さがあったからです。
このレンガ倉庫には西欧の歴史文化と日本の歴史文化があるため壊せなかったのです。それだけではなく、現代この建築を見る人にその歴史文化を伝え、倉庫とは別の建築用途になってもこの建築が担っている歴史文化を楽しませてくれているのです。
一方、辰野金吾はジョサイア・コンドルのもとでの日本国内で、ルネッサンス建築を国家のデザインとして推進した建築家で、レンが建築に関しては、赤レンガに白の石灰岩を補強のために帯状の縞目として取り入れたデザインの「辰野式」と名付けて日本各地に建築した東京大学総長を歴任した権力者でした。

バスセミナー
その後、昔、岡倉天心が住んでいた土地に建っている横浜市開港記念館と、レンガを地下の内装に利用した地下鉄駅の建築を見てから東京でのブリックセミナーの会場に向かいました。会場に向かうバスの中で、横浜から東京でのセミナー会場までのバス移動は、私の建築セミナーを聞いてもらいました。資産価値の生まれる住宅を造るためには、住宅地計画と住宅地経営を如何にしなければならないかというエベネッツァー・ハワード『ガバーデンシティ』であきらかにした理論と、それを現代で広く実践されているニューアーバニズムの理論と実践との関係で説明しました。その中で、特に現代との関係で重要なことは、国民の所得が先行き凋落しようとする中で、土地を販売の対象にしないリースホールドの技術と、住宅生産業者としてCM(コンストラクションマネジメント)の技術を如何に実践するかということをお話しました。

ブリックセミナーは二宮さん、笠井さんと大熊さんの経験とGKKの用意した世界の優れたブリック建築のスライドを私の解説で見てもらいました。アメリカンドリームの話と日経ホームビルダーに掲載された「荻浦ガーデンサバーブ」の抜き刷りの記事と「アメリカンハウススタイルの参考建築図」を資料として配布しましたので、多分後日参加者が見てくれると思います。その後、東京駅前の三菱レンガスクエアーのジョサイア・コンドル設計のビクトリアン様式(クイーンアン)の貸事務所建築の再建された建築(三菱地所が一旦取り壊したが、歴史文化空間の評価を事務所の価値として使えると考えて、再建された貸事務所建築)を見てから、同じく復興された辰野金吾設計の復興工事中の東京駅を見て、その外囲いに展示されているといる東京駅の歴史を見てから解散しました。
三菱1号館の再建や東京駅の大改装を通して、建築にとってもっとも大切なことは、機能や性能は建築物として使われる限り当然具備すべき効用であるが、建築物ないかされるために最も重要な要素が、建築物の担う歴史文化のデザインであることを物語っていることを学んでもらいことだと思いました。
(NPO法人 住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



コメント投稿




powerd by デジコム