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メールマガジン第459号

掲載日2012 年 6 月 11 日

メールマガジン第459号
みなさんこんにちは

「日本の2×4工法」の秘話の紹介をします。日本の2×4工法は、英国、フランス、ドイツと同時期にカナダからの働きかけで取り組みながらも貧しい住宅と住宅地の担い手にしかなれないできた。現在の日本が、欧米のように社会的に大きな役割を担えていない理由は、工法自体の問題ではなく、日本の官僚が間違った住宅政策をしてきたためです。

カナダ大使館の「疑心暗鬼」から始まった日本の「2×4工法政府調査団」の派遣
カナダ政府の2×4工法用木材の対日輸出が見込みないと判断した矢先、米国から3人の大工が来日し2×4工法住宅のデモンストレーションを行いました。彼らは延べ面積100平方メートルの2×4工法の住宅のフレーミングを、69マン・アワー(人・時間)で実施すると予告し、建設省建築研究所構内で、新聞関係者や住宅関係者を集め「施工実験」を実施しました。
実際は72マン・アワーを要しましたが、その生産性の高さは当時の日本の工務店と比較し想像できないものでした。五大紙は、その結果を4-5段抜きの記事として取り上げ、今にも日本の全て住宅は米国の2×4工法に転換するかのような記事を掲載しました。一番あわてたのはカナダ大使館でした。カナダは足掛け7年、巨額の費用と時間を投じ、地味な2×4工法ランバーの売込みをしてきました。その林産物資のカナダからの輸出需要を、米国が「とんびが、油揚げをさらう」ように持っていかれると勘違いしたのです。

米国には無関係の日本人による「施工実験」
建築研究所を舞台に行われた「2×4工法の施工実験」は、米国政府や米国林産業からシステムとして2×4工法を導入したものではありませんでした。当時、米国の都市住宅開発省(HUD)は「工場で住宅を生産する」方式をOBT(オペレーソン・ブレーク・スルー:突破作戦)として鳴り物入りで推進していました。日本の住宅関係者はそれを学ぼうと米国(HUD)詣でを繰り返していたとき、偶然出くわした「道草」みたいな取り組みだったのです。米国(HUD)に出かけたついでに2×4の建設現場に立ち寄ったところ、生産性が高いことに驚き、米国の大工を連れてきて日本でデモンストレーションを「芸者遊び」の気持ち実施したものでした。
雑誌『こーむてん』を発刊者でJETROのS理事、木材新聞の記者U、T、工務店のK社長、日本ホームズのM社長らが集まり企画しました。それに建設省のK課長、明治大学のS教授らが、建築研究所で実施することで行政的に便乗し、国内の「米国住宅に関心を持っている工務店」関係者から「見学料」(施工実験実費)を集め、「米国の大工が日本でも米国内同様の現場生産性を挙げられる検証」したものでした。この実験プロジェクトの裏に米国政府や米国の林産業界との関係は、全くありませんでした。米国では工業化を進めようとするHUDとホームビルダーを守ろうとするNAHB(全米ホームビルダー協会)の対立で、日本の住宅産業に関心を向ける余裕はありませんでした。

水鳥の羽音に驚いたカナダ大使館
施工実験に対する新聞の取り上げ方が異常に高く、その上、直前まで米国、カナダとの間で屋根材(シングル)材をめぐる厳しい市場競争があり、カナダ大使館は日本での実験の裏には、米国政府または米国業界の作戦が隠されていると疑心暗鬼になっていました。1月末時点で米国の大工のでも事業が行われたため、カナダ大使館はその予算年度(4月から3月)の残り2ヶ月で使える出張旅費を集め、日本政府に対し、カナダ林産事情視察調査団(4人分)の派遣を要請しました。派遣要請は、カナダの林産業を日本に理解させることでした。当時、建設省も林野庁も2×4工法を真面目に検討する気持ちはなく、カナダ政府がそれほどカナダの事情を見てくれというのなら、見ておくことも悪くはないので、関係職員を派遣するという程度の認識でした。

2×4工法自体の実力が日本での2×4工法を推進
私は調査に取り組む限り、徹底して調査しようと考えました。2×4工法導入の判断には、2×4工法がカナダの国民にどのような住宅を提供し、工務店経営や職人の賃金にどのような経営環境を提供しているかを見たいと考え、調査内容を変更してもらいました。出張直前まで、建築基準法5次改正で避難・防耐火規定の改正を担当したため、2×4工法と防耐火の関係にも関心を持っていました。カナダでは1958年の建築法の改正で、「ファイアーコンパートメント(防火区画)の規定の導入し、それと引き換えにファイアーゾーニング(防火地域)の規定を削除していました。木造2×4工法と一体的に石膏ボードを使ったドライウォール工法で、「木造による耐火建築物」を実現できることが2×4工法の普及の最大の鍵を握っていました。このカナダの建築法の防火区画の採用が、米国の建築法に倣った建築基準法第5次改正の竪穴区画などの防火区画技術の始まりだったのです。

日本での2×4工法のオープン化
2×4工法はカナダ国民に優れた性能(デザイン、機能、性能)住宅を供給していました。中でも、その生産性の高さがホームビルダーに高い利益と、大工、ドライウォーラー、プラマーなど全ての建設職人に「工場労働者に比べて3割以上も高い賃金」を提供していました。カナダでの2×4工法の果たしている役割を見て、是が非でも2×4工法を日本に導入しなければならないと考えました。
わずか3週間程度のカナダ旅行では詳細まで理解できませんが、既に日本では中村合板、永大産業、坂巻商店、日東工営、日本ホームズなどの住宅会社が米国やカナダの2×4工法を一部取り入れ、建設大臣の「特認工法」として間違った工法を展開していました。
これを放置しておくと住宅産業界に混乱すると判断し、政府としては理解できる範囲の2×4工法の一般基準を作成し、その後、本格的な調査検討をし、耐火構造などの基準を改正しようと考えました。その合意を住宅局内で取りまとめ、最初の2×4工法の基準{枠組壁工法の技術基準」を「建築基準法第38条に基づく基準」として纏めました。K課長を「建設基準の告示名」の命名者になってもらうことで基準の制定を促進しました。K課長は事前に準備した「プラットフォーム工法」といった北米で使われていた名前はすべて排除し、「この工法は、S君が枠材を組んで耐力壁を造る工法であるといっているので、枠組壁工法とせよ」と指示し、技術基準告示名称が決まりました。省内で持ち回りで建設大臣の決裁を得て告示を公布しました。

そのころ、私は菊竹清訓と黒川紀章の建築士法上の業務停止処分をめぐりK課長と対立し、住宅局から大臣官房に追い出されました。配置換えをされた大臣官房技術調査室では総合開発プロジェクトの予算を扱っていました。そこで2×4工法を北米並みの建築基準にするため、総額5億円5年間の開発研究を予算化し、米国やカナダ同様の木造耐火基準とすべく、その後、事務次官となったT室長(元横浜市長)の理解を得て予算計上しました。予算計上出来た理由はカナダで見た2×4工法の衝撃が、私を介してT室長を動かし、建設省会計課、大蔵省を納得させ、実際に北米の2×4工法の可能性を知った日本の関係者に影響したためでした。

国民の利益より業界と官僚の利益
その後の2×4工法の国内での展開は、それまでの取り組みを蹂躙した全く別のものでした。政治家になった元住宅局M局長は、郊外での建売重視のMホームと癒着した利権保護のための政策を取りました。カナダ大使館とカナダ林産業業審議会(COFI)をうまく操り、カナダに全額費用負担をさせたキャラバン事業(日本の各地で2×4工法の普及事業を起こし、関係者をカナダに派遣する事業)を進めるとともに、Mホーム社長を永代会長とする裏約束の下に日本ツーバイフォー建築協会を設立し、日本における2×4工法の健全な発展を妨害しました。
Mホームはその後、政治家に転出したMの資金集め団体となり、見返りにMホーム社長は建築審議会委員を勤めるなど、2×4工法はMホームの利益と一体に進められました。
戸建住宅中心に2×4工法を進めたいとするMホームの要求に迎合し、都心部で2×4工法で耐火建築物を造れるように売れる技術調査室で予算計上した研究開発を妨害しました。そのために利用された御用学者が鉄筋コンクリート研究者Kです。Mはセメント業界の御用学者で、2×4工法を知らないKを2×4工法の研究委員長に据え、彼らと一緒になって、2×4工法の合理性を国民の住生活に提供する妨害をしました。
Kは、「2×4工法は、北米では耐火建築であるかもしれないが、所詮、都市に火災荷重を増やすことに変わりがない。だから、日本では耐火建築にはできない」と非科学的なことをいい、鉄筋コンクリート構造が排他独占的に維持してきた耐火建築物の牙城に木造2×4工法の参入を妨害しました。Kは、建築関係者が2×4工法とドライウォール工法によるものは耐火建築物であることを認めた後も、「2×4工法の住宅は、それが耐火建築物と認められても防火地域には建てさせてはならない」と主張し、M局長のMホームの利益擁護と相俟って、自己矛盾を犯した現行法が作られました。その証拠が建築基準法に醜い痕跡を残しています。それほど、Kは2×4工法による耐火建築物を妨害し、セメント業界の利権を守るという非道な義理を果たした御用学者でした。

ハウスメーカーの利益にならぬタウンハウスを潰した官僚
国民の利益のために新しい技術を取り入れる前向きな取り組みの後ろには、御用学者が利権がらみで不正を正当化する理屈を口にしています。「なぜ、欧米でやれることが日本で実施できないのか」、という疑問に彼等は全く答えられません。タウンハウスの技術は、「差別化を売り物にする」ハウスメーカーにとって、住宅環境を作る事業は住宅地開発自体に手間が係り、簡単に売り逃げすることの出来ません。開発の責任を追及される事業であるため人事も時間も必要です。地価の高い都市域での事業を前提とするタウンハウスは、全国一律で住宅販売をするハウスメーカーの住宅販売の脅威になりかけていました。タウンハウスをまともに批判する口実は全く存在しません。そこで、ハウスメーカーは「官民の役割分担論」を持ち出し、「公団・公社は宅地供給を行い、住宅供給は民間に任せろ」という圧力を政府に掛け、公団、公社がタウンハウス事業からの撤退を強要しました。その先頭に立って実行したのが住宅公団のK理事でした。彼は公団内部でも、区画整理地に無政府的にハウスメーカーの「差別化と、手離れのよい販売」を支援し、その競争相手となる住宅環境を創るタウンハウスの事業を邪魔してきました。「土地は公団、建物はハウスメーカー」が供給するという「共同分譲方式」による「差別化政策」を支持しました。さらに、既成住宅地では、既存の住環境に配慮しない「建て替えによるスクラップアンドビルド」を繰り返す事業を支持し、ハウスメーカーが利益を上げることを重視しました。

御用学者・研究者と腐った官僚の癒着
2×4工法に係る事業では、K住宅局長は日本住宅公団理事時代を通じ、一貫して米国の技術を理解しようとせず、N事業協同組合の利益を守る立場をとり続けてきました。ハウスメーカーと自ら強いパイプを持つほか、木造住宅の破壊実験で業者と深い利害関係を持つことで学者の権威を維持してきたS教授を介して業界の利益を代弁してきました。
欧米の構造理論を学ぼうとはせず、過去に建設大臣の許認可を与えた実験を利用して自己主張するS教授や弟子のA教授の科学的合理性のない構造理論を行政権を隠れ蓑に維持してきました。北米で当然の技術を、官僚と御用学者が日本建築センターの構造審査を介し妨害しました。学会、国土交通省の権威を隠れ蓑にして、勝手な耐力壁偏重理論を譲らず、「無理を通せば道理引っ込む」の諺どおり、2×4工法のダイアフラム構造理論を歪めてきました。そのため、北米であれば可能な構造計画が悉くゆがめられ、国民に大きな不利益を与えてきました。御用学者一般がやってきたように、「自分が考える構造理論どおり地震力が働く地震国」と言わんばかりに、国民に間違った構造理論を押し付け、行政権を背景に権威を濫用しました。
東京大学に籍を置いたS教授がカナダのUBC客員教授の肩書きで勝手な理論を構造審査で行っていたので、カナダのフォリンテックを訪問した際、UBCでS教授と交流があった教授に、何がS教授のUBCでの研究テーマと研究内容を尋ねました。すると即座に、「SさんはUBCの客員教授ではなく、彼の名誉のためにも、彼の研究のことは何も言えない」と言いました。「ただし、彼はテニスが特別うまかった」と答え、それで話は打ち切られました。S教授は日本の2×4工法の行政と癒着した御用学者として、国民に2×4工法の利益が及ぶことでK局長ともども妨害してきたのです。

住宅産業を汚染した東電原発と同様の「官僚と御用学者が潤ってきた構造」
鉄筋コンクリート業界が海岸を埋め尽くしてきたテトラポット、戦後、電柱のため植林した唐松を排斥して都市の見苦しい景観を形成してきたコンクリート電柱、国土を網の目のように結んだ鉄筋コンクリート道路網、コンクリート護岸の河川や港湾、コンクリートトンネル、コンクリート擁壁で造られた宅地造成、コンクリート擁壁で作られた水田や圃場整備など公共事業の物造りで「東電の原発並み」の利権で政治家と御用学者を縛ってきました。
工学部の研究はセメント業界が支配し、工学博士はセメント研究が中心になっています。耐震工学研究者やその材料研究者は、スポンサーに都合の良い研究成果を学問的真実として権威付け、業界の走狗になってきました。学位論文や学会ではセメント業界が最大のスポンサーでした。今回の原発関係御用学者同様、象徴的御用学者が東京大学セメント材料学者Kです。木構造のS、Aはそれらと比べると赤子です。御用学者は己の利益のために間違った技術を行政に持ち込み、官僚と癒着し不正な利益を業界に与え国民の利益を妨害してきました。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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