メールマガジン

HICPMメールマガジン第482号

掲載日2012 年 11 月 19 日

メールマガジン第481号(11月19日)
皆さんこんにちは
GKK/HICPM高齢者福祉セミナー

11月16日、HICPM会議室でセミナーを開催しました。そのセミナーでは、先日のゴールドトラストの「高齢者者福祉調査のデンマークのツァー報告」と合わせ、米国とデンマークの高齢者政策を説明しました。米国の高齢者対策は需要者に不要対し、その経済的負担との関係で応えているという意味では、米国は、世界中でもっとも豊かな高齢者福祉サービスを提供しているといってよいと思います。
デンマークの高齢者福祉施設を見学した限りでは、その生活空間は人間の最低の要求に応えることのできる施設とサービスを提供するもので、米国の優れた高齢者施設のように優れたデザインや豪華な生活を楽しむ雰囲気はありません。

姑に感謝された3兄弟の嫁と日本の福祉
以前私の知人で、老母が介護を要するようになったとき、儒教(親に孝)思想にたって3人の子供達は交替で、母親の世話を自分の嫁さんにさせていました。母親は3人の兄弟の家での世話の仕方を比較し、いつも不満ばかり言っていました。3人の兄弟の嫁たちは、姑のお世話に我慢ができなくなって、ついに反旗を翻したのです。
そこで考えたのは、3人とも大銀行の管理職で経済的には十分ゆとりがあったので、高級な高齢者福祉施設に入所させ、その費用を3人で分担しました。
老母親は、王侯貴族でなくては味わえないような施設に入り、なんでも要求が満足できる施設の生活に大満足して、3人の嫁たちが来ると「お前たちのお蔭で、何不自由ない満足な生活を送れるようになった」と昔のことは忘れ、手のひらを返したように嫁たちに感謝をしていました。まさに高級ホテルか、高級な個室病院の生活です。しかしこのような高齢者の満足した高齢者福祉と考えられるものをデンマークで見つけることはできません。

デンマークの高齢者福祉
デンマークでは、国家が国民との契約において、「国民の納税の大きさに合わせて、何処まで国家が責任を持つべきか」ということを国会で決めます。そして「国家が高齢者福祉として取り組むべき原則は何か」ということを国民の共通認識として定めます。「Bed is Bad.」です。
この言葉は、日本の高齢者福祉施設で施設が高齢者を管理しやすいように「高齢者をベッドに縛り付け」、効率的な世話ができるように「吸収力の大きなオムツをさせる」福祉のように、「福祉事業者の経営しやすい利益中心の福祉政策」はだめだといっているのです。多様な心身の状況にある高齢者がそれぞれの生活ニーズを実現することができるような環境を国家が提供することでなければならない、という言葉を「寝たきりにするな(ベッド・イズ・バード)」という言葉で表わしたのです。

デンマークで言う「ノーマライゼイション」とは
その原則を別の言葉で言ったのが「ノーマライゼイション」です。
日本では福祉政策の対象として、その厳密な定義も明確にできないまま、健常者と非健常者とを区別し、非健常者に対し健常者が受ける生活利益と同じ生活を提供する環境づくりを「ノーマライゼイション」といっています。健常者と非健常者の線引きそのものがあいまいで、実際は不可能です。不可能な施策対象者の定義を前提にした政策で、一体、何をやったらよいのでしょう。
実際に、身体の不自由は年とともに進み、又は、障害は、疾病によって生まれます。不自由な状態で、すべての人達は、そこでいろいろな助けを借りて社会生活を送っています。デンマークの社会は、いろいろな障害を持っている人が障害を持ちながら社会生活を営むことができるようにすることを「ノーマライゼイション」といっています。施設や住宅、道具や機械の力を借りることや人びとの組織的対応で障害をもっている人が自立した生活することが重要で、その対応策は個人個人によって皆違います。

基本的人権の尊重は、自立した生き方の保障
全ての人が自立しようと努力し、社会が自立した生き方をしようと努力する人を支援しようと自然に感じ、行動を起こし、それを国家が基本的に下支えする国家をつくろうとしている国がデンマークでした。
米国でも自立した生き方をする人は尊敬され、自立した生き方をしようと努力してもできない人に支援の手を差し伸べ、人々はその生き方を尊重しています。そこまでは、デンマークも米国も、自立した生き方を勧めようとすることでは同じです。米国はその支援を国民の善意やボランテイア活動に大きく依存しているのに対し、デンマークは国家の責任として、国家公務員と同じ財源から給与をもらっている人が支援を要すると思う人に支援を与えます。

「自立」とは、本人が主体性を持って生きること
そ財政を使って支援をするとき、デンマークでは国家が支援を与える原則を明確にしています。その第一は、高齢者の過去からの生活環境が十分尊重され、その歴史文化を尊重して、生活環境として基本的人権を守るということです。第二は、全ての人は自立して生きたいという人間的は独立の欲望を満足させるべく、個人のもっている固有の能力を100%発揮して自立した生き方をできるようにすることです。そして第三は、自分の人生は自分が決める責任の原則です。
どのような力が残っているかを本人自身も自覚しているとは限りませんから、自立して生活するための複数の対応策に関し、本人自身が納得して最も良い解決策を選択できるようにすることが重要です。高齢者福祉に携わるものは、国家としてこの3原則を尊重することを義務付けているのです。

福祉産業の利益保護は、福祉政策ではない
日本では「自立」ということより、結果として「長生きさせた」とか、「沢山の高齢者の世話をした」とか「国が政策で定めた目標の達成」が重視され、その目標を達成するために、福祉産業がどのようにしてお金儲けができるかということを国家が先頭になって考えています。デンマークや米国で問題にされている人間の尊厳や自立は問題にされていません。厚生労働省もp国土交通省も皆高齢者を金儲けにする業者に補助金を配り、その業界に政治家のパーティ券を販売し、政治献金をさせ、高齢者対策をしているといいます。
みな政治家と官僚が政治資金と天下り先を確保するための自分たちの利益のために財政という国民の税金を迂回させて自分の懐を肥やしているだけです。
デンマークや米国の高齢者対策との対応で日本の状況を見ると、日本では政・官・業の利権が先行し、支援を受ける高齢者の顔もそのニーズも良く見えず、業者の儲けとの関係で問題になる箱物とサービスへの助成だけがギラギラと見えてきます。

「生」は「性」なり
このセミナーの質疑応答の中で、私が米国のプレリタイアメントコミュニティの基本コンセプトが「サファリをつくること」(男性と女性とが緊張した関係での生活を営むような機会とプログラムにより、活性のある個性を尊重した生活ができる)であることを紹介したことに対し、参加者の方から、「性の問題の重要性」の問題提起がありました。そこで、大工原秀子著の「老人の性」を紹介いたしました。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



コメント投稿




powerd by デジコム