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HICPMメールマガジン第510号(6月10日)

掲載日2013 年 6 月 10 日

HICPMメールマガジン第510号(6月10日)
皆さんこんにちは

国民の生活が現在においても国家権力によって脅かされていることは、国家権力により隠蔽され続けている。本メールで取り上げる米国の例は、警察は警察官が事実上治安を守ることが逸脱して犯罪検挙成果主義に偏り、マッチポンプ式の犯罪者をでっちあげ、容易に検挙する仕組みを作ってきた。その比較で取り上げた日本の例は、政治と官僚は国民の税金を迂回させ自己の利益に誘導するため、業界に規制緩和の利益を与え、さらに補助金と公権力を行使させてきた。田中角栄の列島改造から小泉純一郎の都市再生まで、民間の利益拡大のため、事業に公共性の大義を与え、強制権と高容積率を付与し、事業に各種の口実を設け補助金を供与してきた。官僚はこの補助金は民間事業の利益誘導補助金であることを知っているので、それを政治と官僚の利益になるようにキックバックさせてきた。

日米の「公権力による冤罪的」都市再開発事業
先々週、スラム再生のドキュメンタリー「ダドリー通り(破壊された街の再生の物語)」(東洋書店):ボストン中心のスラム街再生物語:原著名「ストリート・オブ・ホープ」の再開発事業を読んだ。ダドリー通りの再開発事業では、事業地区がスラムであるので、「貧困な黒人は、犯罪者予備軍である」とする警察の予見に基づく差別捜査で、警察は罪を犯していない学生にボコボコに暴力を加え、拘置所に連行した。警察が起こした犯罪は、誰も暴くことはできず、闇に葬られている。一方、先週日本最大規模のマンション建て替え事業では、東京高等裁判所から東京都知事(東京都知事が処分し、法改正により権限が多摩市長に移譲)の円滑化違反を容認する控訴審判決が出された。小泉内閣は景気浮揚・都市再生事業の一環としてマンション建て替え円滑化法(以下「円滑化法」という。)を制定した。都知事は円滑化法、建物区分所有法、補助金適正化法等に違反した諏訪組合の建て替え事業を容認する処分を行い、違反を幇助し、80歳の老人を真夏日の続く8月初旬、仮住宅も用意せず、裁判所の執行吏を使いマンションから叩き出し、10日間も野宿をさせた。東京裁判所は控訴審性を無視し、事実調べも審理もせず、行政の違法処分を追認した。

警察官を狂わせる成果主義
米国民は「警察権で安全な社会を実現してほしい」と願い、黒人・貧困地区居住者を先験的に差別し取締りの対象とすることに暗黙裡に支持を与えてきた。警察は黒人を弾圧する口実に駐車場違反を手掛りに、警察の不法行為に対する抗議や抵抗を、「警察権の侵害」という理屈で、どんどん犯罪を累積させ、ジャンバルジャンのように、「警察権が正義を守る」独善的な理屈で、貧困地区の黒人を犯罪者にでっち上げていく。一旦、犯罪者リストアップされた人間は、それ以降必ず拘束の対象とされ、前歴と併せ簡単に犯罪者にされ、社会から脱落させていく。警察が犯罪者をでっちあげ、犯罪者になるよう追い詰め、犯罪検挙率を高め、警察の成果を高めてきた。交通規制の「ネズミ捕り」と同じやり方である。

「公共性」を口実に法律違反を官僚が幇助
一方、東京高等裁判所は行政法の知識が行政庁に比べ弱く、裁判所にとって「行政庁(被告)は司法の馴染の客」であるので、行政庁の言いなりに「違反を容認する判決」を出した。小泉内閣以降の都市再生という「不動産業者の利益及び建て替え事業で利益を受ける多数の居住者の利益を拡大」するため、現状の生活守りたい高齢者を切り捨てる円滑化法を制定させた。住民は円滑化法に違反した事実に基づき、多摩市長を、「法律に違反し、強制権を付与した組合認可は法律違反である」と訴えた。裁判所は控訴人の訴えを審理しないで、「行政庁の成した認可処分は正しい」と多摩市長の言いなりの判決を下した。判決の中で、円滑化法で強制権を付与する第4条基本方針の内容を解説した国土交通省が定めた「合意形成を実現するためのマニュアル」を、「マニュアルは、単なる指針に過ぎず、それに拘束されない」という法律蹂躙の説明を加え、行政庁の処分を正当化した。

「円滑化法4条を解説した国土交通省のマニュアルに拘束されないでよい」理屈はない
行政法は中央官庁が政府立法として上程し、国会で議決され法律になる。国会審議の過程で、円滑化法第4条の内容を国土交通省に解説させたマニュアルは、法律と同じ扱いをされなければならない。しかし、行政は、国会の審議と法律を無視し、官民癒着で進めている景気刺激策に迎合し、円滑化法の付与する強制権の根拠として定めた第4条基本方針を具体的に国土交通省が「マニュアル」を蹂躙した違法を容認した。その行政処分に裁判官が迎合し、「マニュアルには縛られない」と判断し、違反を容認した。官民癒着の法律違反で国民の基本的人権を蹂躙している建て替え事業は、裁判所で法衣を着て「法の番人」の顔をしていて法律を蹂躙し、国民の基本的人権を蹂躙し、強制権の濫用と国民の税の不正交付を容認し、犯罪を幇助しているから、米国における警察権の暴走以上に危険である。

米国の民主主義、日本の民主主義
ダドリー通りの再開発事業は、日本の「箱物の都市再生」とはまったく違った「人びとの生活の再生」ドキュメントであった。私は40年以上昔、建設省官僚として日本のスラムクリアンス法・住宅地区改良法を5年間施行した。当時米国の都市再開発を知ったとき、日本との違いに驚いた。即ち、未解放部落、在日朝鮮人の問題や、炭鉱住宅や戦後の応急住宅でもある「貧困を再生産し続けてきたスラム」に取り組んだ実感は、制度上は改良住宅の供給であるが、地区が求めているスラムクリアランス事業は、生活する人の生活改善の実現であった。今回「ダドリー通り」のスラムクリアランスの取り組みを読んで、住民自治の統治機構がつくられ、住民が自治として要求する環境を、ハードとソフトのルールとしてつくり、「三種の神器」による都市経営を取り入れることであると再認識した。靴(制度)に合せて、足(住民の要求)を慣らすのではなく、足に合った靴を作ることである。

日本の再開発は、政治と行政による「税金の私物化」
「ダドリー通り」に登場する国家権力・警察では、「スラムの居住者を犯罪者であるかのように、先入観を持って住民を弾圧している様子」も、国家権力の自己中心的な行過ぎた権力行使を正当化する権力の横暴が記述されている。米国では、犯罪対策の衝にある警察が、治安対策でスラム居住者に偏見を持って違法な警備をすることは、かつての日本のスラムでは常習的に起きていた。その段階ではスラムはまったく改善しなかった。京都の未開放部落改善は行政闘争「オールローマンス事件」として争われ、行政による差別が、「陽の目」を見ることで始まった。やがて、行政差別を問題化して行政闘争に火がつき、行政機能が麻痺した。部落改善は行政闘争で、政治と役人が権力と国民の税金を使っての裏取引により、資金を部落関係事業や業者に流すことが行われた。未解放部落出身の政治家リーダーへの台頭は、政治・行政を巻き込み、税金を未解放部落に分配を変えさせて実現された。

慰安婦問題と未開放部落問題
2年前私が娘に頼んでハワイ大学で未開放部落と在日朝鮮人問題に関する私の行政経験をハワイ大学で講義する機会を作ってもらった。そのとき、偶然にも直前にワシントンポストで自民党議員が、「野中広務のような被差別部落出身者を幹事長に据えてよいか」と言った記事を大きく掲載されたの。その影響もあり私の話も高い関心で多数聴講してくれた。橋下市長に対する米国の批判はみなさん日本のメディア報道のとおりである。未開放部落が大きな政治力を持つようになった背景には国庫補助金が政治家と役人の癒着構造の中で不正に垂れ流された結果である。未開放部落問題の取り組みと税金の支出が、政治家と官僚がその個人的利益のために、その場限りの責任逃れに違法に使われて良いはずはない。

政治家と官僚の「税金を私物化する手段」としての建て替え事業
マンション建て替え事業(日本)では、マンション建て替え事業が不正に行われていることを指摘して反対している老人を野宿させるという手段まで使って建て替え事業を推進している。その理由は、不正な巨額の利益の追求である。不正利益の追求のために、官僚が行政権を不正に行使し、国民を「建て替え事業反対者は、犯罪者」とみなして苦しめている。被害を受けた住民が、不正事実を司法の場に持ち出しても、司法も行政も反省せず、建て替え利益を追求する業者と区分所有者に不正利益を供与すること幇助している。経済対策という政治が行政・司法を縛る公共性の看板になり、違反まで容認している。
住宅行政を執行する権力で、住宅局長の地位に上った官僚が、建て替え業者に不正利益を供与し、その不正利益の一部を政治献金させ、政治家に官僚自身の昇進や、官僚の権益拡大の法律制度を整備する官僚指導の政治を進めてきた。具体的には、国庫補助金の交付条件に適合しない補助申請に対し、国庫補助金等適正化法違反を行うように東京都、多摩市、諏訪2丁住宅管理組合およびそのコンサルタントに教唆し、不正に補助金約18億円を交付し、違法な建て替え事業を実施させた。不正建て替え事業を行う奨励補助金である。事業に関係した業者の政治献金の行方を追及しても政治資金規正法が壁となる。

円滑化法違反事業に不正な国庫補助金
そのうえ、マンション建て替え円滑化法に違反した手続きを容認して、不正に諏訪2丁目建て替え組合に強制権を付与し、不正に補助金を交付し続けた。そして、マンション建て替え事業を白昼公然と行わせてきた。その違反を民事訴訟、行政訴訟を通して訴えてきたが、それを悉く司法が憲法で定める国民の裁判を受ける権利を蹂躙し、原告の求める審理を行わず、行政追従し、憲法違反を司法が率先して認めている。その様子を米国と比較すると、米国警察のように「黒人の貧乏人は、犯罪予備軍」という予断をもって暴力を使い住民を弾圧したのとは違い、司法は法衣を着て公正を装いながら、自己の地位の保全のために補助金を不正に政治家や官僚にキックバックしている行政に従属している。司法も行政も国民の主張を聞かず、不正を容認している。醜い司法・行政と、民度の貧しさが、国民を苦しめていることを「ダドリー通り」を読んで、改めて考えさせられた。
(特定非営利活動法人住宅生産生研究会 理事長 戸谷 英世)



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