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HICPMメールマガジン第516号(7月15日)

掲載日2013 年 7 月 16 日

HICPMメールマガジン第516号(2013年7月15日)
みなさんこんにちは

今回は、住宅デザイン教育をHICPMが進めてきた歴史経緯についてご説明しようと思います。
先週は2つのデザイン研修セミナーを実施しました。GKK研修企画と共催で「映像による世界の住宅デザイン研修」と、「東急ホームズ㈱社内住宅デザイン研修」です。
私自身は名古屋工業大学建築学科を卒業し一級建築士や技術士(都市計画・地域計画)の国家資格者で、住宅や住宅地の計画はしますが、建築設計家ではなく、HICPMもデザイン事務所ではなく意匠設計はしません。しかし、デザイン教育を実施する理由は、住宅デザインを人文科学として学ぶデザインのあり方を欧米の建築デザインの書籍に学び、理解し、人文科学的な方法(歴史文化との関係で空間造形とつくり、観賞するという視点)で住宅デザインの学習が重要と考えるからです。歴史文化に根差した建築デザインの学びが肝要です。当研究会の教育内容は、日米住宅産業交流と文献を通して米国の建築教育から学んだもの、米国社会で合理的に活用されているデザインを学んだものです。
HICPMが創立当時からデザイン教育に大きな関心を持って取り組んできた理由を以下にご説明したいと思います。

HICPMと『アメリカンハウススタイル』
HICPMとアメリカの住宅の関係は、1986年のプラザ合意後、前川春雄、(元)日銀総裁が輸入住宅を提唱し、それが中曽根首相の政策となり、国を挙げての政策となりました。中曽根内閣の近藤鉄雄経済企画庁長官が、私の書いた『日本の家、アメリカの家』を読み、「両国の住宅の違いをレクチャーしてくれ」といわれ、何回かに亘りレクチャーしました。
そこでHICPM創設の構想を説明したとき、「一緒にやらせてくれ」と言われました。
1995年、住宅生産性研究会(HICPM:Housing Institute of Complete Project Management)を創設し、初代理事長になってもらいました。
1996年1月、全米ホームビルダー協会(NAHB:National Association of Home Builders)と相互協力協定を締結しました。NPO法人法が制定されたので、2000年5月経済企画庁(現在、東京都)より、特定非営利活動法人(NPO)認可を得、NAHBのHBI(ホームビルダーインスティテュート)の役割を担う調査・教育研修機関を目指すことにしました。
国民が住宅を購入することで資産価値を高めるためには、しっかりしたデザインの住宅を、住宅購入者の年収の3倍以下で供給できることが基本条件であることを米国から学びました。そこで洋風住宅デザインの正しい教育と製造業としてのホームビルダーの生産性向上教育が基本と考え、正しいアメリカンハウススタイルの普及とNAHB刊CM(コンストラクションマネジメント)テキスト4冊の翻訳出版を中心に、住宅産業技術の日本への技術移転に取り組みました。

社会政策としての住宅問題との私の出会い
個人的なことになりますが、私は学生時代、チモシェンコの構造力学(ストラクチュラルダイナミックス)やフリィゲの曲面版構造(シェルストラクチュアー)などを勉強し、8次方程式を8元の有差方程式に置換して、コンピューターのない時代でしたから、タイガー手回し計算機を使い解析し、卒業論文にしました。約2年間の構造計算の作業のハードワークを経験し、建築構造計画や建築構造計算は私の手に負えない分野だと気付きました。
当時60年日米安保闘争の時代で、学生たちは毎日のように大学の芝生に集まり口角泡を飛ばし、日米安全保障条約の内容とその後に来る自由化の問題について議論する一方、毎晩遅くまで、資本主義の歴史とマルキシズムの理論(唯物弁証法)を勉強しました。
学生時代、フリードリッヒ・エンゲルスの多数の著書(『住宅問題』、『自然弁証法』、『英国における労働者階級の状態』、『フォイエルバッハ論』など)に出会い、やがてカール・マルクスの『資本論』の勉強を始めました。アーツ&クラフツのウイリアム・モリスやジョン・ラスキン、ガーデンシティのエベネザー・ハワードも社会主義運動家でマルクスやエンゲルスとの交流のあったことを書籍の中で学びました。その頃、西山夘三著『住宅問題』や上野洋著『日本の住宅政策』を読み、住宅政策を実施したいと考え、国家公務員試験を受験し、建設省住宅局に入省し官僚になりました。入省当時、住宅局には社会政策に関心を持つ人が多くいました。私は最初、社会政策として公営住宅と住宅地区改良事業を、やがて、経済成長に対応した都市計画と建築行政と住宅産業政策を10年近く取り組みました。

日本の住宅産業と米国とカナダの住宅
日本経済が発展するようになると、米国政府が進めるOBT(突破作戦:モーバイルホームやモジュラーホームの住宅生産の工場生産)住宅産業の影響を受け、住宅生産工業化が住宅政策の中心になってきました。その中で米国政府と敵対したNAHBが現場で進めた2×4工法が着目されました。さらに、米国人大工によるデモ事業が社会問題となったため、カナダ政府はカナダの木材市場が米国に支配されるのではないかと慌て、日本政府にカナダの2×4工法の導入と林産物輸入問題が持ち掛けてきました。
日本政府は2×4工法の日本への導入を検討するために、私を中心に4人の政府住宅調査団をカナダに約1ヶ月派遣しました。当時、工務店は経営も悪く、職人の後継者は得られなかったので、その再生のための官民関係者による私的な研究会を開催していましたので、そこでの検討課題をカナダで調査しようと考えました。
研究会の成果は『住宅建築業の手引き』(井上書院)から発行され、隠れたベストセラーになりました。カナダでの調査は2×4工法がカナダの国民とホームビルダーやカーペンターに利益をもたらしているかを確かめることでした。調査により2×4工法の高い生産性が住宅産業関係者はもとより、カナダ国民の住宅資産形成に大きな役割を担っているだけではなく、豊かな国民の生活環境づくりに寄与していることが分かりました。帰国後、私は官僚の立場を生かし、現在の2×4工法技術基準を建築基準法体系に取り入れ、建設大臣告示にまとめ、国内での自由に取り組めるようにオープン化しました。その頃の様子は日経新聞社から『2×4工法のすべて』が発刊され、今でも当時の臨場感が伝わってきます。

ジョン・ミルンズ・ベーカー『アメリカンハウススタイル』
カナダ政府・CMHCとの交流の中でカナダの住宅デザインの美しさに感動し、住宅デザインの導入の必要性を感じました。平成元年にエ-・ビー・シー開発㈱から輸入住宅・輸入建材の仕事のため役員に迎えられ、そこでSV(シアトル・バンクーバー)ヴィレッジの建材輸入から始まり、神戸インターナショナル・ハウジング・フェアー(KIHF)を担当しました。KIHFでは米国ミスーンパートナーのボーマン氏とカナダ・クオードランドのジョン・マッケイ氏二人の優秀な建築家の協力を得て、9棟12戸のモデルホームを建設しました。NAHBとの関係も深まり米国に何度も出掛けるうちに、体系的に米国の住宅デザインを日本に技術移転する必要性を感じました。多数の書店や図書館を訪問しデザインの本を買い集め、読みましたが、そこで発見した最も優れた本がジョン・ミルンズ・ベーカー著『アメリカンハウススタイル』でした。この本はデザインを人文科学的に分かり易く解説しており、翻訳出版をすることにしました。ベーカー氏は、フランク・ロイド・ライトに心酔しタリヤセンまでライトを追っかけて行った人です。彼は、宇治平等院鳳凰堂(寝殿造り)の2分の1模型をシカゴのコロンビア博覧会で建築・展示され、それがプレーリー様式のデザインの基本に影響した話や、吉村順三の松風荘(書院造)が、ロックフェラーの肝いりで、ニューヨークのMOMAの中庭に建設され、その後半世紀後の日本の輸入住宅のオープンプランニングに影響を与えた話をお聞きしました。
ベーカー氏の日米住宅デザインの交流の話を聞き、一層、本書を勉強することが、的確に欧米の住宅デザインを勉強する途と考え、本書の概要をHICPMのビルダーズマガジンや輸入住宅雑誌で紹介するほか、多数の解説書も発行してきました。

『アメリカの家、日本の家』から『サステイナブルコミュニティの実現』までの展開
輸入住宅と同時に住宅(ハウス)と生活(ホーム)の関係を理解することができるように、SVヴィレッジやKIHFの経験を含め、日米住宅文化比較論を『アメリカの家、日本の家』(井上書院)にまとめました。この本がきっかけでHICPMの設立とNAHBとの協力協定が推進されました。その中で資産形成のできる住宅デザインの手引書をつくる要請を受け『分かりやすい輸入住宅のデザイン』(HICPM刊)をまとめました。この本には図面が全くないデザイン指導書ですので、購入者から返本を受けたこともありましたが、「お客さんに読んでもらうと営業がうまく行く」という話もありました。その後『アメリカの住宅生産』(住まいの図書館)、『アメリカの住宅地開発』(学芸出版・絶版)など発行しました。
これらの書籍を出版する中で、建築学を「工学(エンジニアリング)」として教育している国はなく、欧米の建築学は「豊かな生活空間のデザイン」を「人文科学(ヒューマニティ)」として研究教育していることを知りました。
人間の基本的人権を尊重するアイデンティティとしてデザインの重要性を理解しました。米国の書籍読み、現場を沢山見て回り、住宅産業関係者からその経験を聞き、それを日本で実践できるテキストにまとめる一方、米国に倣って「国民が住宅を取得することで資産を形成する」ための住宅地開発をHICPM会員が実践していく指導をしてきました。
HICPMの約20年の活動の中で、会員の事業成果を振り返ったとき、米国の経験が良く反映されていることが判りました。そこで取り組まれた成果を、『サステイナブルコミュニテイの実現』(HICPM刊)としてまとめました。HICPMのデザイン教育はこのような背景の下で実施されているもので、工務店にとっての指導テキストです。

輸入住宅促進時代の輸入住宅より甘い利益が得られる長期優良住宅時代
現在円安になってはいますが、輸入住宅が取り組まれた1986年ごろの1ドル130円と比べれば、1ドル100円でもさらに円高が進んでいるのですが、「輸入住宅」という名前は、1ドル75円の超円高時代になったときもほとんど問題にされませんでした。多くの人たちは日本の工務店の住宅産業者としての能力が低いことを棚に上げ、補助金を得て高い詐欺価格設定をすることで工務店の体力が強化されると勘違いし続けてきました。住宅は製造業であり、製造業者としてトヨタ、日産などの輸出産業が取り組んできたことは生産性の向上でした。米国のホームビルダーは製造業者として生産性を高めるため、CM技術を駆使して生産性を高めてきました。
しかし、工務店は政府の言いなりに「建設サービス業」であるといって性能表示制度による詐欺商売で高い価格設定をし、利潤を追求してきたのです。詐欺利益は大きいですから真面目にCMによる努力はあほらしくてできませんでした。政府の進める長期優良住宅は、下請けに丸投げの仕事で潤沢な補助金を手にし、政府外郭団体が住宅購入者から工務店を経由して、寄ってたかって手数料を巻き上げ、原価の2倍の価格設定をしてきました。そこには、原価の10%以上もの費用が、審査料等の官僚の天下り先と政治家への票のとりまとめ団体に資金を供給する事業を工務店の事業としてきました。住宅自体は価値が上がらないのに価格だけが高くなるという政策でした。米国並みの生産性に挙げれば工務店の期間当たりの利益も職人の賃金も、現在の2.5倍になるはずです。

ムック『輸入住宅スタイルブック』(ネコパブリッシング)
輸入住宅が影をひそめる社会にあって、しっかりした輸入住宅デザインにこだわってきたネコパブリッシングの発行する『輸入住宅スタイルブック』が8版を重ねて完売を続けてきたことは何を教えてくれているのでしょうか。この『輸入住宅のスタイルブック』は歴史文化を経て建築様式が形成されていくことを謙虚に学び、歴史を越えて人々に懐かしさを感じることのできるデザインとはないかという原点に立ち返り、住宅デザインを実際の建築事例を通して、読者に問いかけています。
米国の金融機関も政府も、クラシカルな住宅デザインに対しモーゲージを設定しローンを与え、政府はそのモーゲージに債務保証を与えてきました。工務店が中古住宅になっても値崩れのしない住宅を供給したいというニーズに応えるデザインを提供してきたことがこのムックの訴求ポイントだったのです。HICPMはこの本の発刊当時から支援してきました。同時に、HICPMの関係者にも、特別価格で販売してきました。これからも同様な支援を、出版社とHICPM会員の双方にして参りたいと考えています。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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