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HICPMメールマガジン第517号(平成25年7月22日)

掲載日2013 年 7 月 22 日

HICPMメールマガジン第517号(7月22日)
皆さんこんにちは

先月HICPM理事の谷口さんが金丸さんとご一緒に上京され、金丸氏の協力を得て創設された住宅建設会社・アービスホームの事業とその経過、HICPMの活動を通してのサステイナブルハウスホームプランシステムを活用した米国・カナダからの10余年の技術移転関係などを話し合いました。久しぶりの意見交換と、総括を通じて、HICPMの姿を鏡に映して見るような気がしました。

HICPM10余年、サステイナブルハウス事業の回顧
アービスホームは、輸入住宅が全国的に取り組まれた際、大阪ATC(アジア・トレード・センター)でのJETRO輸入住宅センターとHICPMセミナーに参加されたときが一つのきっかけでした。当時、HICPMはNAHB(全米ホームビルダー協会)と相互協力協定を締結した直後でした。
NAHBが最も関心を持って取り組み始めた「セキュリティの高い街づくり」として、TND(トラディショナル・ネイバーフッド・デベロップメント:伝統的近隣住区開発)は、大きな関心の的でした。
TNDは、住宅のセキュリティを高める手法として、資産形成を増進する米国の住宅政策の基本となる開発手法でした。米国は公的機関の介入を最小限にして、民間の自由な選択を尊重する国です。個人が自由を確保するためには、個人が経済的な富(資産)を持つことが必要です。そのためには、「国民が手にした最も高い買い物」である「住宅」の資産価値を、年とともに高めることが、国民が自由を確保する最大の方法であると考えています。「持ち家を持つことがアメリカンドリームの実現である。」という考え方は、個人が自由を確保することを意味していました。住宅の資産価値が年を追って上昇することは、地方税収基盤を安定化することであり、金融の担保価値を高めることにもなります。

米国の戦後のアーバニズム
米国は第2次世界大戦中、太平洋と大西洋の両面で戦闘をし、戦時中は戦争のために住宅建設が控えられていたので、戦後の米国では一挙に巨大の住宅需要が生まれました。それに対応するため、都市郊外にハイウエーを建設し、大きな住宅地がどんどん開発されました。これまでの都市の鬱陶しい人間関係をさっぱり切り落し、緑や自然の豊かな都市郊外の広い敷地の前庭で、家族水入らずで、毎週のようにピクニックを楽しめるマイホームが、多くのアメリカ人の憧れの生活になりました。
ハイウエーを使う郊外と都心の通勤で高速カーレースを楽しみながら、都心で働き、郊外の豊かな自然の中で他人から干渉されず、子育て中心の家族だけの生活は、新しい幸せな生活を提供してくれるものでした。同じようなライフスタイルを持った人びとが同じような行動をするわけですから、人びとはいつも多くの人と一緒に行動し、ある種の賑わいのある生活を営みながら、お互いに干渉をしない「高いプライバシーの守られた生活をしている」と考えていました。「高いプライバシー」は、無関心で没交渉の生活から得られるものではなく、相手に対して理解し、思いやりを持つことで守るものであることが、TNDの調査研究から分かってきました。

GM(ジェネラルモータース)に倣った住宅生産
このような時代要請に応えて、NAHB(全米ホームビルダー協会),米国農務省等の進める住宅政策が、ウイリアム・レビットが、「住宅生産のGM(ジェネラルモーターズ)になる。」と公言して、郊外住宅地開発と住宅生産を流れ作業工場に変えることを実現しました。
その結果、2×4工法を、床=壁=床=壁=小屋と段階ごとに造り上げる流れ作業(プラットフォーム工法)に改良し、それまでの「通し柱を使ったバルーン工法」に比べ、60%までコスト削減を実現し、品質の高い住宅を安い価格で供給ことに成功しました。
しかし、大量生産を図った機能と性能本位の住宅は、文化的な美しさを失っていました。そこで、戦前に米国で最初の既成窓(工場生産窓)の生産を始めたアンダーセン社の社長・ハンク・アンダーセンは、「住宅をデザイン的に美しく造らなければ豊かな文化生活はできない。」と考えました。美しい住宅のデザインを窓によってつくるために、『スクラップブック』というデザインブックを作り、戦後の住宅を美的に造ることに成功し、米国の新規供給住宅のデザインを窓のデザインにより革新的に変えました。その結果、アンダーセン社は全米の大手窓会社6社を集めたほどの窓生産を実現しました。

自動車生産のメッカが破産へ
ホームページで「レビットタウン」、「レビットハウス」業績を調べると当時のことが分かります。レビットが住宅生産を全米で最先端の製造業GMに倣って流れ作業の生産技術を導入したモデルの会社が倒産し、そのホームタウンであるデトロイト市は先週、自治体として倒産しました。
産業構造が重厚長大型産業から軽薄短小型産業に変化し、英国のリバプール、米国のボルチモア、日本の北九州のような大重化学工業地帯が衰退しました。しかしながら、自動車産業のような、現代でも先進工業国で大きな生産を誇っている産業を抱えたデトロイト市が倒産しました。現在の工業生産国の抱える問題の複雑さを改めて考えさせられます。
GMが米国を代表する企業であった当時開発された「高い需要に支えられた憧れの住宅地」・レビットタウンは、「資産価値を確実に高めることができる」と考えられていました。しかし、この郊外住宅地は開発当初から外部からの賊に狙われるセキュリティに弱い町であることが、犯罪発生によって証明されていました。郊外住宅居住者は同じ行動パターンをとっていましたから、居住者はいつも人が沢山行き来しているコミュニティであると勘違いさせられていました。丁度、手鏡を見ると、そこに自分が映っていますが、逆に、手鏡を見ていないときには鏡には何も映っていません。レビットタウンは、時間によって、人影が全く見られない時間が続く住宅地でした。

TNDが実現したセキュリティの高い街
私自身レビットタウンを訪問した際、人っ子一人いない豊かな環境の住宅地には番犬だけがうろうろしているのを見て驚きました。犯罪者に自由に犯罪してくださいと言わぬばかりの住宅地です。
そこで、1950年代にはNAHBがHUD(住宅都市開発省)と協力して、IT技術を住宅に取り込んだスマートハウスの研究と実践に取り組みました。しかし、スマートハウスは「ホームアローン」の映画のように、賊はITのプログラムを知ってしまえば、それ以上に悪知恵を働かせて、犯罪は一向に減りませんでした。そこで新しく考えられた対策はゲーティッドコミュニテイでした。住宅地を塀で囲い出入り口にはゲートを設け、そこで入門規制をします。人的な入門規制には人件費が掛かるので、警備員に変えてITによる入門規制をすれば、犯罪者は入門車の跡をつければ容易に入門できます。そのため、ゲートでの入門規制はほとんど機能しなくなります。結局、スマートハウスもゲーティッドコミュニテイも、セキュリティーにほとんど効力がないことが明らかになりました。
セキュリティーに不安がある住宅は住宅市場で高い評価は受けられません。つまり、資産形成できる住宅ではなくなってしまいます。そこでセキュリティーを高める方法として、実際にセキュリティーの高いコミュニティから帰納法的に対策を見つけることにした。その結論がTNDでした。

TNDに魅せられたサステイナブル・ハウス・ホーム・プラン・システム
TNDは1920年代末までに造られた徒歩による優れた街は、お互いの物理的距離間が近くできています。そのため、人間関係をよく維持するためには、生活している人たちがお互いを尊重しあい、相手の立場や感情を尊重しあう生活をすることになります。居住者のつながりの高い環境では、隙がなく、賊が入り込む余地が少なくなり、結果的にセキュリティの高い街を造ることができていました。
1980年、シーサイド(フロリダ)において始めてTNDの街づくりが取り組まれ、全米で高く評価されました。その後、ケントランドやハーバーランドなど、全米に広く取り組まれることになりました。HICPMはサステイナブルハウスの建設を米国の経験に学ぶ限り、日本でもTNDによって進めなければならないと考え、HICPM会員を中心にTNDによる街づくりに取り組み始めました。その開発は、住宅生産のコストカットをレビットハウスの原点に立ち返り、米国及びカナダの経験を取り入れた「サステイナブル・ハウス・ホーム・プラン・システム」として進めることにしました。

ローランド地方、TNDの魅力
谷口さんはHICPMの勧めに対応し、米国区東海岸のローランド地方(アイオンやニューポイント、ハーバーシャムなど)を訪問し、大変感動されました。地元の宮崎でTNDによる開発を、サステイナブルハウスを使って実施したい意向を示されました。
そこで、帰国後、TNDによるサステイナブルハウスをカナダのトレードワークスと協力し、宮崎のニッポ(日本土地舗装)の区画整理開発地「東宮花の森グラチア」で実践しました。この開発は、TNDの考え方に立ち、ランドスケーピングとアースカラーによるカラースキーム、幅員6メートルの道路境界線から、4mのセットバック(ファサード壁面後退)とリビングポーチと草花の咲き乱れるガーデニングによるアウトドアーリビングを取り入れました。
そこに標準化、規格化、単純化共通化を徹底させたサステイナブルハウスを建設し、生産性向上を計り、CMの実践事業として取り組んだものでした。当初は1戸の住宅建設に3ヶ月以上掛かっていた事業が、最終的には1ヶ月を切って建設できるようになりました。会社の粗利も、当初5%程度であったものが、やがて30%を超える程度に向上していました。まさに、CMによる生産性が向上した結果でした。現在、谷口さんはビッグフットの事業に取り組んでおられますが、そこにはかつてサステイナブルハウスの取り組みにおいて高い生産性の追及をした経験が生きているのだと思ました。この開発地は現在でも模範にできる国内で最も優れた住宅地計画の一つです。

原点に立ち返った「ワンデイCMセミナー」
谷口さんの二人の息子さんは、アービスホームで営業と工事施工の分野で働いていらっしゃいます。そこで、私から「是非CMの勉強をさせてあげてください」とお話しをしました。暫くしてから、谷口さんからお電話があり「息子が上京の予定があり、その間、1日暇があるので、CM教育をしてくれないか」と打診がありました。そこで、先日7月18日「ワンデイ(一日)CMセミナー」を実施しました。息子の谷口さんは大学で建築学科を卒業後、アービスホームで工事関係の仕事をされ、かつて、HICPMのCMセミナーを受講されたこともありました。
今回アービスホームのこれまでの仕事を私なりに総括し、アービスホームの視点からのCMセミナーを行いました。セミナーは日本の建築教育(エンジニアリング一辺倒)と欧米の建築教育(人文科学中心で、住宅産業では、社会科学と自然科学に関しては別の学部卒業生と協力して対応している。)の違いと、米国の住宅産業の取り組みがどのように住宅購入者の利益を増すことに重視をしているかを説明しました。
谷口さんは日本の建築工学を履修しておられるので、米国の建築教育で何を教育しているかという日本との違いを、建築デザイン教育に絞って説明しました。その後、セミナーは丸一日かけ、NAHBのテキストを使い建設業経営管理技術として共通に学ぶ内容です。このセミナーは谷口さん父子がこれからの仕事に取り組むきっかけになることを願って実施されました。谷口さんは企業は人を育てることがなくてはならないことをよくご存知です。
教育の成果はこれまでの谷口さんの経験と、息子さんのセミナーの結果から、「どれだけCMがアービスにとって有効な技術であるか」を考え、CMに取り組むことにより決まることと思っています。
(NPO法人住宅生産生研究会理事長 戸谷英世)



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