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HICPMメールマガジン第527号(併催25年9月30日)

掲載日2013 年 9 月 30 日

HICPMメールマガジン第527号(併催25年9月30日)
みなさんこんにちは

現在アベノミックスとして安倍内閣が進めようとしている経済政策の中の大きな柱が、小泉・竹中政権時代に実施された都市再生事業と呼ばれた規制緩和による経済政策を踏襲するものです。民主党政権時代にも継続されてきた「都市再生事業という規制緩和」政策が、安倍政権で再度強化されようとしています。都市再生による規制緩和は国民を幸せにする政策ではなく、産業の不良債権を良債権にする「贋金(土地)造り」の錬金術であったことを、今回は説明します。

操作されている日本の地価
住友不動産、森ビル、長谷川工務店、東京建物、大手ゼネコンなど大きな土地を支配する不動産会社は、バブル時代には高い地価の土地信用を利用し、金融機関から潤沢な資金を得、事業を拡大しました。地価がバブル経済の崩壊で下落し、土地担保金融は担保割れを起こし、大きな不良債権を生むことになりました。しかし、バブル崩壊後、国民の購買力が低下した中で、不動産事業を展開するための最大の障害が購買力に見合わない高地価でした。バブル経済が崩壊しても金融機関にとって金融担保の地価の下落は困ります。そこでローン返済ができなくても利子が支払われていれば、帳簿上、担保の地価が高価格で維持された担保金融とみなし、不良債権ではなくなります。市場で処分できないこのような土地が、「不毛の20年」の原因として企業経営を圧迫していました。

市場地価はハードランディング
バブル崩壊後、地価は下落し、地価を市場取引価格にすれば、下落地価を前提に経済活動は再生します。それはハードランディングと言われ、自由主義社会の市場原理に経済を任せる方法です。経済を再生するために最も合理的な方法です。しかし、既存の利権を維持し、そこで旧勢力が利権を維持するためには、経済崩壊時点で清算をせず、清算を後延ばしにする方法が採られてきました。実質は不良債権であっても、下落した市場地価で清算しない限り、会計法上は不良債権にはなりません。それを側面から支えている制度が不動産鑑定制度です。この制度は市場での不動産価格を鑑定評価するという虚構の上で、隠れ蓑として不動産金融を守ってきた制度です。日本には地価公示制度がありますが、それを支えている不動産鑑定制度が、土地建物を独立した不動産とする間違った前提に立ち、政府と金融機関の意向を反映して操作される非科学的な評価制度です。不良債権をつくらないために地価を高くする操作が、企業経営を苦しくし自縄自縛に陥らせてきたのです。

不動産業界の彼岸:不良債権の良債権化
不動産販売を妨害するものは金融機関の意向を受けた高額の地価を支えてきた不動産鑑定評価制度でした。事業拡大を支えた金融緩和の原因(担保)となった高い地価は、土地担保の金融債権をバブル崩壊後に不良債権にしないために高地価の維持を支援してきました。一方、高地価では土地は不動産市場で売却できず、売却出来ない土地を保有し続けることが企業活動凍結の原因をつくってきました。不良債権の関係者は不良債権を顕在化させないために、帳簿上高額の地価に凍結された土地が経営を圧迫し、長引く経済不況の原因をつくってきました。バブル経済崩壊後も金融機関の融資は帳簿上の「土地担保金融」に拘泥してきました。高地価が金融を担保していますから、地価の下落があってはならないことになります。そこで購買能力の下落した住宅購入者に、地価を下げないで土地を売却し、土地の処分益総額を高めるためには、同じ土地を高層高密度に開発する容積拡大と高さの撤廃を措いては実現不可能です。小泉・竹中政権が実施した規制緩和は、不良債権関係者の要求に応え、容積率の緩和と高さ制限を撤廃して、「贋土地造り」をすることでした。

小泉・竹中の「贋土地づくり」
小泉内閣が取り組んだ都市再生の本質は、バブル時代の高い地価で評価された土地を、バブル崩壊後の低い土地購買能力になった不動産市場で、バブル時代の高い地価の時代の不動産(土地代)総額での販売するために土地利用規制を緩和する方法です。言い換えれば、土地単価が下落した状態で、土地販売総額を、「高い地価で販売したときと同額以上の販売額にする」錬金術です。その手法は価値(金)の裏付けを欠いだ貨幣や国債と同様に、裏付けの土地(金)は同じで土地(貨幣)の流通量を増大する方法です。竹中平蔵金融大臣の経済学は一貫して「贋金造り」の経済学なのです。不動産の場合、平面的に限られた都市空間はその上下に利用することで無限に空間の量を拡大することができます。それが竹中平蔵による不動産の「贋土地造り」のメカニズムです。都市再生の結果、日本経済は経済統計上、神武景気や岩戸景気以上の経済発展をしたとされていますが、帳簿上の好景気であって、利益の多くは実質の不良債権の穴埋めに消え、不良債権関連企業は大きな赤字を大きな黒字に変えましたが、一般国民には実質的な好景気の反映はほとんどありませんでした。

「贋金づくり」と「贋土地づくり」の違い
「贋金づくり」とは、金貨に銀などの混ぜ物を混入させて、形状は同じでも金の含入量を減らす不法貨幣です。一方、「贋土地づくり」は、土地に定められている法定都市計画の土地利用に逸脱し、建蔽率、容積率、建築物の高さを緩和し、又は、開発許可の基準に違反して、供給する土地開発のことです。規制緩和の名の下に都市計画法又は建築基準法に違反し、緩和さて開発された土地は、既存の近隣土地に法律を緩和することによる不利益を与えることになります。小泉・竹中内閣による規制緩和は、法定都市計画どおりの土地利用を、特定行政庁が建築基準法に基づき行う「姉妹法の関係」を破壊した脱法の開発です。特に、規制緩和の目玉とされた建築基準法第59条の2を根拠にした「総合設計制度」の場合、特定行政庁が法定都市計画違反の容積率や建築物の高さ撤廃を認める違法な土地利用を許可しました。また、都市計画法第4条で定義している「開発行為」を「開発許可の手引き」(行政指導)で違法な解説を付け、都市計画法で定めた開発許可の多くを「開発許可不要」としました。都市計画法と建築基準法の「姉妹法の関係」が破壊され、都市基盤が未整備な土地に建築が許可され、大都市のスカイラインを変えた超高層建築物が建てられました。

都市計画による形態規制の理論とその歴史
古代ローマ時代から、「土地の権利はその上下に及ぶ」と法で定められたと同様に、日本国民法で私有財産権が規定され、それを憲法第29条で保障しています。古代ローマの時代は土地の上下の利用を無限に行おうとしても、それを実現する技術がありませんでした。しかし、産業革命以降、富の集中と空間利用技術が開発されるようになると、地下空間も上空空間も開発が技術的に進めることが可能になりました。すると高い建築物が立つことで都市の眺望や景観が悪くなり、また、地下空間の開発により地下水位が下がり、都市環境を破壊するようになりました。特にヨーロッパの都市では、昔は、塵や汚物を道路に投棄する習慣になっていて、投棄する前に、屎尿の場合には、「水に気をつけろ」と警告し、塵の場合にも「塵に注意」という警告を発すればそれでよいことになっていました。その塵や屎尿は、雨や風、など自然のメカニズムにより清掃されることになっていました。ヨーロッパの街につくられたパッサージュ(ガレリアとも呼ばれるアーケードのある歩行者専用通路)が造られた理由も、道路を利用しないで快適に都市内移動が求められたためです。

道路斜線制限などの建築規制の始まり
産業革命で都市化が進み投棄物量が急増し、かつ、高い建築物が建て詰まっていきますと、建築物のため太陽の光が塞がれ、道路に投棄された廃棄物が腐敗し、臭気を発するだけではなく不衛生となり伝染病発生原因になりました。エンゲルスが『住宅問題』にも記述しているように、「伝染病は、金持ちも貧乏人も区別することなく伝染するため、不衛生対策は金持ちたちが自分たちを守るために取り組まなければならない問題」になりました。その中での共通の認識は、土地の所有権(2次元空間)は、敷地境界ごとに個人が排他独占的に支配できるものですが、都市空間(3次元空間)は、衛生、眺望、光、風、水、音、動植物など森羅万象総て都市空間を社会的に利用していることが認識されました。そこで都市空間利用に関しては、社会共通の利益(公共性)のため、道路面への太陽光や自然採光や通風を確実にする社会的利用のルールを建築規制として定め、そのルールの範囲で土地所有者が排他独占的に利用できる私有財産権の範囲を明確にすることになりました。

都市計画及び建築規制の理由を無視した「規制緩和」
大正時代内務省が森鴎外らと「ドイツの環境衛生問題が、都市計画法(バオ・ゲゼッツ)と建築法(バオ・オルドヌング)によりできていること」を学ぶため、内務省からドイツに派遣されました。その調査の結果が、市街地建築物法の原型となった「大阪府建築取締規則」に取り入れられました。欧米の都市計画法は、基本的に以上のような「土地の私的所有と都市空間の社会的利用」という矛盾を調和する方法として、都市もマスタープランとそれに基づく建築設計指針を国家の強制権によって具体化することになっています。日本の都市計画法及び建築基準法も、基本的に欧米に倣ってつくられています。しかし、小泉・竹中内閣の規制緩和に追従した官僚は、その理論はもとより歴史や技術を全く理解していないか、または、知っていたとしても、自らの昇進のため知らぬ振りして小泉・竹中の規制緩和の指示に盲従し、法律を違法に改正し、違法に行政指導を行いました。その結果、都市建築行政は、「仏造って、魂入れず」の違法状態がと都市の混乱が齎されています。

都市計画の歴史に逆行した規制緩和
1968年都市化の浪が都市環境を破壊しかかったとき、建設省は、あわてて英国の都市計画法(タウン・アンド・ルーラル・プランニング・アクト)に倣って都市計画法を制定し、同法で最も重要な役割を果たしていた計画許可(プランニング・パーミッション)制度を開発許可制度として制定しました。それにも拘わらず、小泉・竹中内閣の行った規制緩和とは、都市計画法に決められたことに逆行し、高さ制限の撤廃、容積率の緩和という日本国民法で決められた古代ローマ時代に逆戻りした規制緩和でした。小泉・竹中内閣は、都市計画法による規制緩和は、「開発許可制度」としてまとめた成果を骨抜きにし、都市の秩序を無政府的に破壊した利益追求を認めるものでした。バブル崩壊で不良債権を抱えた金融機関、不動産業者らに地価下落で失った資産価値をそっくりそのままどころか、法定都市計画の何倍にも水増しした不正幇助の政策が規制緩和だったのです。

「都市計画法」と「建築基準法」の「姉妹法」の関係
都市は人びとが安全で健康で文化的に生活でき、かつ、機能的にも性能的にも人々の経済活動を支え、耐震火災があっても、人命・財産に大きな被害が及ぶことのない環境でなければなりません。そのための都市の土地利用計画が都市計画として、住民の総意を反映させ、法定都市計画(マスタープラン)として都市計画決定されてきました。都市計画法の規制緩和は法定都市計画を破壊するものです。都市計画のマスタープランを具体的に建築で実現するルールが建築基準法で決められてきました。世界中の殆どの国で都市計画法がつくられ、その法律の中で土地利用計画と建築規制が、「一の法律」で実施されてきました。日本のように都市計画法と建築基準法という2つの法律で都市計画行政を実施している例はありません。しかし、日本では2つの法律を「姉妹法」の関係と呼んで、法律上明文規定は置かれていませんが、暗黙裡の規定(インプライド・クローズ)として、両法は都市計画理論に基づいて造られている理論どおり施行する法体系になっています。

都市計画不秩序の崩壊により発生する問題
小泉内閣が行った規制緩和の基本は、「姉妹法」にある都市計画法と建築基準法の健全な都市を形成するための両法の有機的な関係、即ち、「開発許可を行い都市基盤の整備すべき土地で、開発許可を受けていない場合には、建築行為は許可しない」とする「姉妹法」の関係を崩壊させたことです。法律の条文等の文言は基本的に変えないで、違法な行政指導で開発許可を受けるべき土地に開発許可申請をしないでもよいとする「行政の手引」を作成して、開発許可を受けなくても良いとし、道路、公園下水道などの未整備な地域に高層高密なマンションを建設させたことです。幅員4メートル未満の細街路(「2項道路」)でつくられている日本の低層・低密度の都市で、道路斜線制限と絶対高さ制限を行うことで太陽が差し込みや、風が通り抜ける都市環境をつくっています。この制限は伝染病が蔓延した都市の衛生を確保するための規制でした。「2項道路」は、低層・低密度な市街地の道路です。そこに規制緩和により、高層高密度な建築物が建てられれば、大震火災に遭遇したときに、阪神大震災で経験したとおり多数の人身事故や物損は避けられなくなります。

法律をすり抜けさせる目的の小泉・竹中内閣の規制緩和
敷地面積500メートル以上の土地は開発許可を受けなければならないと都市計画法に定められている理由は、日本の都市は都市施設整備水準が低いので、安全確認のため、建築計画が敷地の開発許可の基準に適合しているかの審査を受け、開発許可を受けてから建築せよと規定しているのです。それなのに、「開発許可申請をすれば、許可基準に抵触することが明確であるため、安全のために行うべき工事を目こぼしさせるための「開発許可申請免除」をさせる違法な規制緩和が実施されています。違法な開発を幇助する口実として、「都市秩序に必要な規制」を取り払ったのです。開発許可の審査を受けなくてもよいという扱いは、行政法上違法な「不作為」の扱いで、それを規制緩和として実施したものが、小泉・竹中内閣の都市再生の本質だったのです。それらの規制緩和による開発は、周辺住民に大きな不安を与えました。そして開発許可権者である東京都知事を相手に行政不服審査法による審査請求や、行政事件訴訟法による行政事件訴訟が多数提起されました。
(NPO法人 住宅生産生研究会 理事長 戸谷英世)



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