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メールマガジン第546号(平成26年2月10日)

掲載日2014 年 2 月 10 日

HICPMメールマガジン第546号(平成26年2月10日)

皆さんこんにちは

NAHB・IBSとアメリカの住宅産業調査から昨日返ってきました。今年のショウは昨年の3倍近くの広がりと多くの人たちが参加し、米国の住宅産業政策がうまく展開していることを確認できました。そのツアーで訪問したオレゴン州のTNDは雪の中での見学でしたが、小規模で驚くような計画でした。報告会も予定していますのでご参加ください。

アベノミックスで再登場の
都市計画法の法理と規制緩和(その5)MM546
―官僚支配による護送船団方式のからくり―

都市計画法と建築基準法の関係(姉妹法)
都市計画法とはどのような目的で造られた法律であるかということが国民にとって分かり難いものになっています。その理由は、都市計画を学校教育で正しく教育できる教師がいなく、教育をしていないことがあります。その上、立法府である国会議員たちの法定都市計画に対する取り組みや、都市計画法を施行している行政府や地方公共団体の都市計画行政職員の都市計画法の知識や行政水準の低さにあります。さらには、小泉・竹中内閣による規制緩和の結果、行政庁の処分を問題にした市民が行政事件訴訟を提起し、司法の場で争った行政処分の審理及び判決を通してみると、裁判所判事の都市計画法と建築基準法(ここでは、「第1章、第3章及び第6勝第86条」を言う。以下同じ)の関係の基本的前提及び法律構成と条文内容が極めて曖昧にしか理解できていないことに原因があります。問題の小泉・竹中内閣の理解は、都市計画法と建築基準法をそれぞれ独立した法律として切り離しばらばらに規制緩和の対象とし、両法が不可分の関係にあることが理解されていません。欧米ではこの2法は一つの都市計画法として作られていますが、日本では法律制定の歴史的経緯を反映し、二つの法律に分かれているだけで、2法は一体不可分の関係で施行されなければなりません。小泉規制緩和後、開発許可を受けるべきマンション事業が開発許可を要しないとして建築を認めた結果、マンション建築後、居住者のための義務教育の学校が不足したり、道路幅員が不足し、道路が渋滞が起きる事故が多数発生しています。

明治時代の最大の政治課題は、「不平等条約の改正」をすることでした。「民法もない日本を対等な国として条約改正に応じることはできない」と蔑まれました。日本は欧米と同じ文明水準にあると主張するために、明治天皇は洋服を正式な礼服として着用し、鹿鳴館で欧米に倣った舞踏会を行い、銀座や築地にレンガ建築を建設し、天皇の玄関(東京駅)、資本主義社会の象徴(日本銀行)、国家の立法府(国会議事堂)を、欧米に比肩できるルネサンス様式の建築を建てました。フランス革命以来、西欧ではフランスと英国が最も近代化が進んだ国とされ、日本の法律や陸・海軍は、いずれも英国フランスをモデルにし、近代化が取り組まれました。近代法治国の体裁を作るために、フランスのソルボンヌ大学法学部主任教授ギュスターフ・エミール・ボアソナードを招聘し、民法を中心に法制度の整備を依頼しました。英国やフランスをモデルにした近代国家を目指した日本は、首都東京の都市計画(市区改正)に取り組みました。しかし、岩倉具視の遣欧米使節団の調査で日本のモデルは英国やフランスではなく、ビスマルクのプロシャであるとされ、国家のモデルは転換され、フランス型都市計画がドイツ型に変更され、ビスマルクの顧問エッケやベックマンがドイツから招聘されました。

大正8年、都市施設整備を中心におくフランスの都市計画と市街地の建築物整備を重視するドイツの都市計画の2つの都市計画が、都市施設を中心に、都市施設の整備と土地利用計画を定める「都市計画法」と法定都市計画に合わせた建築物の設計指針を建築規制として定めた「市街地建築物法」とが制定されました。この二つの法律で都市計画を具体化する方法は、第2次世界大戦まで警察行政として実施されていた市街地建築物法が廃止され、戦後それに代わって建築基準法がGHQの支配下の1950年制定され全国適用となりました。しかし、建築基準法はそれまで市街地建築物法を基本的に踏襲し、それまでの都市計画法との関係を維持して制定されました。その後、1968年、高度成長による都市のスプロール化を押えるために、都新市計画法が英国の都市計画法に倣って新規に立法され、その条文では建築基準法を飲み込む内容となり、建設省内は紛糾しました。しかし、都市局は住宅局の建築基準法の既得権を全面的に認め、都市計画法は直接建築行政を行わないことにし、都市計画法に登場する建築物はすべて「予定建築物」とされ、姉妹法の関係は維持されました。そこで維持された姉妹法の関係とは、都市計画は基本的に都市の将来にあるべき都市空間利用を関係住民の意向を反映して都市計画決定して定め、法定都市計画どおりの建築を建築基準法によって強制的に実現するものです。

二つの住宅地の造り方:「一敷地、一建築物」と「一団地の住宅施設」
現在の日本の都市計画法には、住宅地を造る方法として欧米と同様、二つの方法があります。一つは法定都市計画として土地利用のマスタープランを計画し、そのマスタープランに適合する敷地を整備するとともに、各建築物の敷地ごとに定められた建築設計指針に基づき、個別の建築物を建築する方法です。その建築設計指針の適用の仕方を「一敷地一建築物の原則」といいます。現在の日本の都市計画法のモデルとなった英国の都市計画法(タウン・アンド・ルーラル・プランニング・アクト:都市農村計画法)では、土地が基本であって、建築物は土地の加工の仕方の一種であると考えますから、敷地の造成工事は敷地の一部となるように、建築物は敷地の土地利用の一部に埋没すると考えています。この方法は現在の米国の都市計画法でも共通しています。英米法の国は判例を法律とするコモンロウ(慣習法)の国で、英国の判例は米国でもそのまま使えます。その方法として土地利用計画を法定都市計画として定め、その法定都市計画に従って個別の建築を実施するという方法を「サブディビジョン」と呼んでいます。日本の「一敷地一建築物」の規制と同じです。それに対し、住宅地全体を開発業者が最初から計画的に開発し、その住宅地を単位として都市経営する方法を、「計画的な住宅地経営」PUD( プランド・ユニット・デべロップメント)と呼んでいます。これは日本の旧都市計画法では「一団地の住宅経営」と呼ばれ、昭和68年、新都市計画法の施行に伴い、全体が都市施設であることを重視し、「一団地の住宅施設」という用語になっています。物理的に開発をするだけではなく、建設後の都市経営を行うという概念です。

前者、サブディビジョンコントロール(「一敷地、一建築物」による法規制)は、都市計画法第8条と建築基準法第3章の対応によって行われ、後者、PUD(「1団地の住宅施設」による法規制)は、都市計画法第11条第1項第8号と建築基準法第6章第86条により行われる別の開発システムです。現行の都市計画法における市街地の整備の方法として、都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域に2分し、市街化区域を既成市街地と市街地を積極的にする区域とし、一方、市街化調整区域を、開発をしない区域と市街化を計画的にする区域の2つに分けています。これは私有財産制の国では、土地の利用に関し、その利用をすべて計画的に拘束することはできないので、一定の区域は市街化調整区域として定めるが、開発計画の希望に対応して市街化区域に編入し、または、市街化区域として計画された区域も市街化調整区域に編入されます。市街化区域に編入されたところは道路、公園、下水等の都市施設を計画的に整備することになります。
サブディビジョンコントロール(都市計画法第8条)で都市を整備する場合は、法定都市計画(地域地区制度)を作成し、その法定都市計画の内容を開発計画の基準(都市計画法第33条)として定め、開発業者による予定建築物の建設を前提にした開発行為を審査し、開発行為を許可します。その開発許可に基づいて予定建築物の敷地が整備され、予定建築物の建築行為が建築基準法第3章に定められた建築設計指針に基づいて審査され、建築確認され実施されます。

一方、後者、PUD(「一団地の住宅施設」による法規制)は、都市計画法第11条第1項第8号に基づき「一団地の住宅施設」として都市計画決定をされなければ成りません。この「一団地の住宅施設」は、市街化区域ではなくても市街化調整区域においても、「一団地の住宅施設」の都市計画決定をすることで実施できます。この都市計画決定に対して、日本の場合は、建築規制を建築基準法で建築規制を実施するため、その根拠法として建築基準法第6章雑則、第86条が機能することになります。この第86条の適用は、基本的の「一団地の住宅施設」として計画したとおりの建築が建設できるような建築設計指針が定められることになります。市街化区域での開発の場合は、法定都市計画に準拠することもありますが、それに依らなくてもかまいません。「一団地の住宅施設」は、その住宅地全体を一つの都市施設として経営管理する主体が必要です。「一団地」という都市計画法の概念は、「計画された複数の予定建築物敷地を法人または個人により経営される一団の敷地のこと」を指します。英米では、HOA(ホーム・オーナーズ・アソシエイション)やトラストと呼ばれる住宅地の所有者を構成員とする団地の経営主体で、日本の民法第260条の2で定めている地縁共同体(GHQの指導)も、その経営主体となれます。日本でいう区分所有法を前提にした住宅団地もその経営主体にはいると考えられています。

都市計画法上、「一団地の住宅施設」と類似の概念は、「一団地の官公共施設」や「一団地の学校施設」がありますし、建築基準法では施行令第1条第2号の「用途不可分の敷地」がその同じ概念で作られています。民間の工場や旅館・ホテル、商業・業務施設を、一つの敷地内に1棟、または、複数棟として建設する場合も、同一敷地内に建設できることができます。この場合、団地内の個別の敷地は、建築基準法第43条に定める接道義務は負いません。一つの敷地に1棟の建築物にするか、複数の建築物にするかは、敷地の経営者の自由選択の問題だからです。しかし、一団地や一敷地として建設された建築物が、その経営主体が切り離されるときには、その建築物は「一敷地一建築物の原則」に適合しなければなりません。即ち、その建築敷地ごとに、接道義務が課せられることになります。「一団地の住宅施設」等として都市計画決定をされた場合には、それを止める場合には、その都市計画決定が必要になります。建築基準法を適用する場合にも、建築基準法第3章の規定の適用をするか、しないかは基本的な違いで、適用はこのいずれかにすることになります。

規制緩和の重点:総合設計制度
建築基準法改正における小泉・竹中内閣の規制緩和の最重点は、高さ制限の撤廃と容積率の緩和と並んで建築基準法第59条の2を根拠にする総合設計制度です。本来、第59条の2は、第56条の2という条文に設けられた1敷地と見なす範囲に「隣接する敷地間の容積移転」の条文から始まりました。「一敷地一建築物」原則の建築基準法第3章規定の適用において、隣接地が土地利用上、高さ及び容積を法定都市計画どおり使うことが出来ないとき、隣接地の環境改善のために同一敷地として協力すれば、隣接地で使うことの出来なかった高さ容積を使うことをしてもよいという考えです。この第56条の2の条文の容積移転の考え方は、隣接する敷地全体で一つの敷地とみなして、その「みなし敷地」が法定都市計画の基準に適合すればよいという考えが基礎にあります。その考えを発展させた条文が現在の第59条の2です。

この条文による緩和措置を「総合設計制度」と名付け、敷地内空地や歩道など環境条件に寄与する条件に、敷地に適用される容積率や高さの緩和を行いました。それらの敷地に法定都市計画で規定を逸脱して緩和できる準則が、小泉・竹中内閣時代に国土交通省から示され、それを上回る緩和が、東京都では行われました。建築基準法の規定そのものが、法定都市計画の実現を目的とするものですから、法定都市計画の前提である「一敷地一建築物」の原則を逸脱する総合設計制度を(準則)を適用することには法律上の根拠がありません。国土交通省が作成した準則そのものが「姉妹法」の原則の枠を超えた違法な行政指導指針です。行政の末端では法律より政令、政令より規則、規則より通達というように法律上のヒエラルキーの低い規定を重要視する傾向があります。これは直属の上部機関の締め付けが厳しいためです。法律には上下の構成があり、上位の法律に照らして下位の行政命令や準則は、正当性を吟味検討する必要があります。小泉・竹中内閣の強力な指示で、国土交通省が法律によらない準則を作成し、大幅な規制緩和を行った代表例が総合設計制度なのです。

東京都渋谷区鶯谷で住友不動産が渋谷区と共謀して実施した「ラ・トゥアー・ダイカンヤマ」は「一団地住宅施設」と「一敷地、一建築物」と「総合設計制度」を法律の構成を無視し、都合のよい条文を適用しました。建築物の高さ制限があるにも拘らず、予定建築物の地盤を一階分掘り下げ、地下居室の建築物にし、第2種住居専用地域の最高高さ規制12m.を、総合設計制度を持ち出し、建築物の実際高さを18m.以下にしたから適法であると言っています。全体が構造上、用途上、機能上一棟の建築物でありながら10棟の建築物と言います。法定容積率と高さの制限を蹂躙したこの事業は政治家(渋谷区長)、行政(渋谷区)と開発業者(住友不動産)が癒着して不正利益を追求したものです。開発許可を受ける前に建築工事が始まり、開発許可工事の完成実態が存在しないで工事完了公告が成された代表的な規制緩和事業です。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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