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HICPMメールマガジン第554号(平成26年4月20日)

掲載日2014 年 4 月 21 日

HICPMメールマガジン第554号(平成26年4月20日)
みなさんこんにちは

シューマッハ著『スモール・イズ・ビューティフル』
4月22日にHICPMでワシントン州における優れた住宅地経営のセミナーをすることにしました。ご関心をもたれた方も多く、私の方も参加者に米国の優れた住宅地経営の仕方をどのようにご説明しようかとこの1週間いろいろ考えてきました。私が以前読んだE・F・シューマッハ著『スモールイズビューテイフル』(人間中心の経済学)が気に懸かって仕方がないので、多分3度目ではないかと思いますが、もう一度読み返し始めました。私が学生時代にマルクスの『共産党宣言』や、エンゲルスの『自然弁証法』を読んだ時と同じように、すがすがしい知識の整理をされる心地よさを感じて読んでいます。

天然資源、農林産品、商品(労働生産品)、サービス
シューマッハは4種類の「もの」は、資本主義社会で「貨幣と交換できるため、同じ経済財である」と扱われることに疑問を呈している。4種類の「もの」とは、使えば枯渇する資源、再生産のサイクルで使えば消滅しない再生産資源、労働により価値が創造される商品、物流・広告・宣伝サービスのある。
私はマルクスやエンゲルスにはない視点をシューマッハの思考の中に見つけました。「緑の宇宙船」と言われて久しくなりますが、地球上の資源が有限であることに気付き、「人類にとり必要な経済学」とは何かを考えさせています。HICPMでCMの教育を20年実施し、「製造業」と「建設サービス業」の違いをマルクスの「労働価値説」を根拠に経営学の原点であると考えてきました。しかし、シューマッハは、その視点に加え、化石燃料のような採掘し枯渇させる有限資源や、農業や林業も、工業生産と違い、人類の将来に大きな汚点を造る経済活動を商品生産と同じに扱ってはいけないと言います。

スクラップ・アンド・ビルドの街づくりをしないこと
実は22日に実施するセミナーでも、有限な地球資源を使う都市開発において、土地、環境という有限な資源を利用する営みに対し、シューマッハの考え方を取り入れないとニューアーバニズムの考え方の街造りは出来ないという示唆を与えられました。土地という資源を使いながら、「住宅地を使い捨てにしないことを考えろ」とシューマッハは言っているように思えます。欧米の都市開発の中でも資源を使い果たした開発も決して少なくはありません。しかし、都市開発によって国民が手にした住宅資産は、国民にとって生涯かけて手に入れる資産であることが認識されて、主権在民の近代国家になってその個人資産の価値が経年的に向上することがなければならないと考えるようになってきました。

「スラム居住者のため」か「スラ無の影響を受ける人のため」のスラムクリアランスか
米国におけるスラムクリアランスに関しては、そのルーツはいろいろありました。スラムが貧困や犯罪を揺籃する場所であると考えられたときには、スラムの被害者になることを恐れた統治者の利益を守る視点からスラム対策が考えられました。エンゲルスの「住宅問題」を読んでいると、スラムで伝染病が発生すると、病原菌は金持ちか貧乏人かを分け隔てなく感染していくため、支配者階級はそれが自分たちに影響しないようにできる範囲で対策を考えました。時にはすべてを破壊打ち壊して、自分たちに影響なくしてしまえばスラム問題は解決したと考えました。スラムクリアランス(スラムの清掃)という言葉の発生事態、「物」対策として、「スラム」という「物をなくすること」が目的になっていました。

私自身スラムクリアランス事業を1966年から約5年間担当していました。当時理想とされていた事業が、1952年、ミズーリ州セントルイスでミノル・ヤマサキが設計したプルーイット・アイゴー団地で、11階建ての高層住宅33棟2870戸で構成されたスラムクリアランス事業として究極の解決策といわれました。スラムクリアランスした後にル・コルビジエの空間を実現した事業で、数々の賞を受賞しました。その住宅地としては立派な空間をもった団地を造ったわけですが、1972年にはこの住宅団地自体が、「貧困と犯罪を拡大再生産されるものである」と判断され、ダイナマイトで爆発させられました。あまりに衝撃的事件であったため、ホームページで何時でも確認できます。

「物造り」の喜びと、「人々の繫がり」の喜び
日本で私が担当した住宅地改良事業で、北海道・夕張、赤平、札幌・光星、東京・山谷、戸山、京都・三條、崇人、壬生、大阪・釜が崎、堺・協和町、神戸・新川、広島・福島、下関・竹崎、長崎・高島等で不良住宅を取壊し、その跡地に20,000戸弱の改良住宅を供給してきた。炭鉱住宅、兵舎、未解放部落、朝鮮人部落、ドヤ街、闇市、戦後の応急仮設住宅、衰退した市街地など、都市改造区画整理事業を共同事業、合併施工とした事業も行った。当時は物理的に既存のスラムを取り壊して新しい住宅を建設したのであるから、どの開発も驚くほど開発前と開発後の違いは大きかった。スラムに住んでいた子供達が明るい住宅にすむことになって希望を持ち、酒に入り浸っていた働く意欲を失っていた親父に、「友達を家に呼んできてよいか」といい、子どものために働き始めた親父に「お父さん」といってくれたといった家族の心のつながりの復活した感動の話を多くの事業担当者から聞いた。環境(物)が人の行動と意識を変え、希望を与え、人の行動と意識がコミュニテイを育てるエネルギーに変えていく。

「素敵な住宅地」と「衰退している住宅地」の違い
住宅の床面積が45平方メートルしかなかった当時の改良住宅は殆どが取り壊されてしまっているかもしれない。しかし、まだ、私が関係した日本のスラムクリアランスを実施してから半世紀弱しかたっていない。私の人生にとって非常に大きな経験となっている改良事業をその後訪問する機会はないし、いまだ訪問する目的もない。その事業が居住者の生活をどれだけ楽しいものにしてきたかを知りたい。現在世界の多くの住宅地を訪問し感じることは、世界の多くの都市では半世紀前どころか、100年経過した住宅でも憧れの地として住み継がれている。フライブルクに出かけたとき、案内の村上さんが「スラム化している古い住宅ですが、参考になるかもしれませんので見ませんか。」といわれ見学した。私にはとても素敵な住宅に思われた。そこで、「素敵な住宅地に思えますが調べてくれませんか」と頼んだ。後日、その住宅地は1920年ごろ英国のガーデンシテイの影響を受けて建てられたドイツで最初のガルテンシュタットで、床面積は70㎡程度であるが、当地でも人気の住宅地であることが分かった。

「わが家」「わが街」とは、どんな街か
私が住宅地を見るとき、そこに住んでいる人たちが満足して住んでいるか、自分自身もそこに住みたいか、という視点で住宅を見るとよいと思っている。その住宅を「わが家」と思い、「わが街」と思い生活している人たちにとっては、その住宅や住環境を大切な宝と思っているから大切に扱っている。
居住者がその街を大切に扱い、皆に見てもらって誇りに思える住宅は、見ただけでわかるものである。日本人はスクラップ・アンド・ビルドを繰り返した文化風土に生活してきたため、新しい住宅がいいものだという歪んだ固定観念にとらわれている。しかも、住んでいる人たちがそれぞれの個性を生かして住んでいる生活の違いが見られる住宅は、居住者の多様性が生かされている。フライブルクの住宅にはクラインガルテンが付いていて、その使い方が個性的で、それぞれに長い歴史が見られる。お金を掛けないでもエコロジカルなシステムを生活の中で自然の中で学び、自然の感動を感じ、農業を営み自分の生活費の節約にもなり、居住者がそれぞれのライフスタイルの違いを尊重しあう街はみなにとっての宝である。正確環境の改善は、「もの」のスクラップ・アンド・ビルドではなく、そこに生活する人たちの生活が良循環に向かう環境のリハビリテイションが、都市を資産価値あるものに高めて行く。

居住者が自分の宝と考えることのできる「4次元の街づくり」
都市や住宅地は私たちが眼にすることのできる3次元(縦、横、高さ)の立体空間であるため、都市や住宅を設計するとき、3次元空間をすることだと思いがちである。しかし、欧米では、住宅地の計画段階から、土地の持つ歴史文化とそこに生活を始める人たちの担ってきた歴史文化を結びつけたストーリーを実現する計画を受け入れて、人びとが生活を始め、都市が熟成する団塊を経過して、将来に向けて4次元空間として都市や住宅地を設計してきた。4次元とは、私たちが実際に目で見られる3次元空間に、もう一次元歴史時間が加わった空間である。その空間に、かつてその地に営まれていた生活空間から、未来に造られるかもしれない空間に向けて繫がっていく空間である。未来空間そのものは未来の時空間であるから、これから創造するほかない、しかし、過去の空間は、実際に過去にはあった空間である。過去から現在までの歴史文化の延長線上に未来を展望する街づくりである。提供する過去の歴史文化情報如何によって、居住者の客観的に共通理解の空間として理解することができる。現在提供することのできる情報として過去の空間に関する情報をいかに豊かに提供することができるかによって、4次元空間は豊かに計画することができる。シューマッハが示唆していることは、居住者が自分たちにとって「宝」と感じることのできる破壊しなくて良い空間をいかに造るかということである。

国土交通省の「米国の住宅産業」に対する誤解
国土交通省が「中古住宅市場活性化ラウンドテーブル平成25年度報告書」(国土交通省住宅局)が手元にある。米国の既存住宅市場が国民の資産価値を高めるに大きく貢献していることを日本でも学びたいと考えていることがこの報告書にうかがわれる。しかし、米国の現在の資産が経年的に高まっている理由が全く誤解されていて、米国で話題になっている検査(インスペクション)や不動産鑑定評価(アプレイザル)といった断片的な言葉を勝手な解釈で「実質的経過年数(イフェクティブエイジ)」で繋ぎ合わせただけのひどいもので、その米国で使われている用語の定義が全く理解されていない粗末なものである。この報告書作成の関係者全体に共通の理解はない。日本には米国の不動産取引に関する技術自体が学問として正しく紹介されておらず、用語の定義の学問的裏づけのない用語で組み立てた報告書がその内容を読む人に伝えることはできない。そこで登場する原価率は全く観念論的な勝手な説明用語で、観念論的な説明に利用することができたとしても、実践的なものではない。経済的な合理性がないこの報告書は全く社会的に効力を持つものではなく、およそ批判の対象にできるものではない。4月22日のセミナーでも参加者の関心があれば、踏み込んでその欠陥と有害性を明らかにしたい。不動産取引は取引対象になる不動産の価値評価(アプレイザル)とその取引する人の資格(タイトル)を確認する(エスクロウ)を正しく実施する経済理論と実践の裏付けがなくては健全な取引きは不可能である。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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