メールマガジン

メールマガジン第562号(平成26年6月2日)

掲載日2014 年 6 月 2 日

MM562(平成26年6月1日)
みなさんこんにちは
「オランダとベルギーの街並みと住宅」の学習研究報告,第5回として国王の誕生日を祝うフリーマーケットをとおして、「オランダの人々の日常生活と住宅」を調査した報告をお送りいたします。

国王の誕生日とフリーマーケット
国王の誕生日は、国家が先頭に立って,町全体にフリ-マーケット(蚤の市)を開くことを指導し、驚くほどにぎわって楽しむことで、国王の誕生日を祝うというものです。国民が楽しむことが、国王の喜ぶ祝賀行事であるという考え方です。すべての市民がなんらかの形でこの蚤の市に参加しているように思われました。誰でもが許可も登録もなく、費用を負担しないで「蚤の市(出店)」がたてられます。そこで、まったく普通の市民が家の中を整理して、見つかったものを持ち出して蚤の市を開いています。

はじめは、子供たちの成長の記念にととっておいたおもちゃや人形が、子供の成長とともにその量が増えすぎて整理がつかなくなったのであろう。そのように推察される「出店」が、子供たちを巻き込んで親たちが開いています。そこには会に集まる人もいますが、同世代の人たちが三々五々集まって、それらの品物を話題にした思い出話が、あちらこちらの出店で盛り上がっていました。「思い出市(いち)」のような感じさえします。その「蚤の市(出店)」で人々は思い出の品物を処分するより、知人や友人との懐かしい出会いや、予想していない出会いをきたいし、経験するようでした。、旧交を何年振りかで温める懐かしい出会い風景も多いようで、あちらこちらで思わぬ出会いを抱き合って懐かしんでいる風景に出会いました。

こんな風景を見ていると、良い人間関係をつくっている人は、なににもかえられない素敵な財産をもっているのだということが分かります。ライデン市全体に、市当局から「蚤の市」を開いてよいと決められたところは、どこでも、誰でもが、自由に好きな出店ができるもので、「蚤の市」の出展者もそこに集まる参加者も貧富には関係がありません。また、集まってくる人たちの目線も、何か懐かしい思い出にできる品物がないか、掘り出し物がないかという気持ちと、懐かしい出会いが起きるであろうという期待で集まっていることは同じです。例年同じところに出店する人もあれば、その時々に合わせて出店する人もあるようで、出店は一人や家族で開くこともあれば、友人や知人と開くこともあります。

運河の周りには、いろいろな出店が出て大賑わいです。立ち飲み屋、立ち食い屋、スナックやドライフルーツ屋、、花屋、野菜や、果物や、チーズや加工肉やの店も立ち、そこでニシンを丸呑みしている人もいれば、アイスクリームを食べている人もいます。その人だかりを格好のパフォーマンスの見せ場にして、得意の音楽を演奏している人やオルゴールを回している素人の大道芸人も、専門の大道芸人もいます。そこが楽しく感じられる最大の理由は、数百年かけて作られなレンガと木材を使った歴史文化の建築様式の街並みと、運河と緑ユタ生並木道という舞台装置が整っていることです。

ライデンの庶民生活と生活の楽しみ方
ライデンには大学の校舎も街中に散在し、それに合わせ多数の大学生も街中のあちこちで生活しています。ライデンは多様な職業、階層、所得の人々の生活が散在し、ミックストユースの都市空間をつくって多様な職業と人々の日常生活が営まれている都市です。多分、多くのライデン大学の学生たちもライデン市民としてフリーマーケット(蚤の市)の開かれている人ごみの中で、パフォーマンスを楽しんだり、集まり、雑談をしたり、飲み食いを楽しんでいるに違いありません。昔からの歴史を背負った大きなルネッサンス様式の石像建築で造られた市役所と運河を背景にした町並み景観を舞台にしたライデンの歴史文化景観が、街に歴史文化の集積した都市の豊かさを感じさせています。

フリーマーケットに繰り出して家族4人で出店している店をのぞいていたら、その出展者は娘のライデン大学時代のオランダ人の友達で、2人は学生結婚した人たちでした。娘も偶然の出会いを驚いて、話は学生時代から、その後の生活へとお互いの関心は移っていき、エンドレスにになりそうでした。出店していた2人は2人の子供に恵まれ、いずれも小学生になっていました。その後もライデンでの生活が学生時代の生活の延長のように楽しいと、学生気分で住み続けている人たちでした。オランダは結婚も離婚も自由な国で、その代わり、夫婦である限り、いつもお互いが魅力を感じあうことがなければ結婚生活を維持すること自体が不自然であると考え、離婚して友達関係を続けているケースも例外ではありません。この2人はその緊張関係を維持し、まだ新婚の雰囲気で「蚤の市」を楽しんでいました。

彼らはもちろんですが、多くの市民も子供連れで蚤の市に参加し、家族ぐるみで楽しんでいる人は多く、彼らは、年中行事の一部として、毎年のように蚤の市に参加しているという話をしていました。このようなライデンの中心市街地と目と鼻のところにも、「社会住宅』の住宅団地が普通の市街と一体となってつくられていました。「社会住宅」の立っているところにも、普通の町と全く変わることなく蚤の市が立って、一般の町の蚤の市と同じように人だかりがしていました。また、国王の誕生祝賀である訳ですから、フリーマーケットを行うことは、ライデンだけではなくオランダ中に広がっているのです。

ライデンの社会住宅地でのリモでリング
ライデンの中心街に500戸程度もあると思われる大きな「社会住宅」が立っている住宅団地があります。この「社会住宅」が立っている近くの道路にも、フリーマーケット(蚤の市)の出店を行ってよい場所が市当局から指定されていて、大いに賑わっていました。私が近くを通った「社会住宅」団地は、一般市街地と連続的につくられていて、特別の境界が作られていません。住宅の種類も標準的な設計を使っているようでしたが、いくつもの種類がって、日本の公営住宅のように、味気のない公共住宅をを連想させるものではありません。性能本位の機能主義デザインではなく、ライデンの歴史文化を感じさせる人文科学的デザインのものばかりです。すべての住宅は2階建ての連続住宅でレンガ造です。

町並み景観に注意して歩いていたところ、その「社会住宅」は計画的に入居者を仮住まいさせ、開口部周りとともに住戸全体の内部が新しくリモでリングする工事をしていました。リモデリングの事業規模も大きく、「社会住宅」団地全体を対象にしていたので、その住宅地に入り込んで調べてみました。すると、予想した通り、「社会住宅」団地全体を経営管理する住宅協会が、その管理住宅を計画的に、順次リモでリングしていることがわかりました。多分、そのリモでリング工事は最近のエネルギー保存政策に共通する内容で、開口部周りの額縁部分を含む断熱修繕工事に合わせ、全住宅を全面的に計画改修する工事でした。その工事を計画的に迅速に実施するために、居住者は工事期間中は一時どこかに仮り住居させ、空き家の状態て工事を実施しているようでした。リモデリング工事の生産性を高めるために、CM(コンストラクションマネジメント)の理論に従って、スケジューリング通り工事を行っていることが推察されました。

外観を見る限り、レンガ造建築であるため、経年劣化はまったく見られず、むしろ、経年して住宅地全体が落ち着きと味わいが深まり、熟成した感じでした。外観を見る限り、特段リモでリングする必要はないようにも見えましたが、やはりエネルギー保存の政策は全ヨーロッパ共通の課題でもあり、リモデリングの大きな理由になっていると思いました。この住宅自体が既に25年以上前からたっていることは、娘がライデンに住み始める以前からあった住宅で、私自身、以前この住宅地の周りを何度も通り覚えていました。しかし、この住宅を「社会住宅」とは知らず、結構よくできた街並景観をみて、民間住宅会社の供給したアタッチトハウスの市街地住宅と思って見ていました。

社会住宅地の街なみ景観のデザイン
当時この連続住宅のデザインは既存のライデンの街並みとは少し違い、住棟全体は左右対称につくり、その住棟の両端の住宅をコーナーロット(角地)にある住宅として、3面ファサードを意識して少し派手な目立つデザインを計画していました。多分、町並み景観を意識して、少し自己主張をした垢抜けた連続住宅が標準設計として準備され、それを使って建設しているように見えました。今回、これらの住宅が「社会住宅」であるという説明を聞くまでは、ライデン市の経済発展により、人口も増え、住宅需要も急上昇していたので、新興の民間住宅業者による住宅開発のように思い込んでいました。

住宅地には5メートル程度の狭い幅員の車道をはさんで、両側に幅員1.5メートル程度の自転車道があり、その両側の隣には、幅員1.5メートル程度の歩道があります。歩道と自転車道の間か、車道と自転車道の間には、並木と一緒に植栽の植えられているところもありますが、それらを含めると、道路全体の幅員は、12メートル程度もある帯状の「緑道」になっていました。この道路には、パリの大改造計画で、シャンゼリゼ大通りの計画、即ち、街路樹を含め都市を公園に変えるジョルジュ・オースマンの近代都市計画の考え方が全体の計画に一貫して通っていると思いました。

1980年、世界の街づくりに衝撃を与えたTNDを最初に実施した米国のシーサイド(フロリダ)を訪問したとき、その事業主から、「この開発の道路計画はおーすマンの考え方を踏襲したものです」という説明を聞き、オースマンの近代都市づくりの影響をあらためて人したことを思い出します。欧米の都市計画関係者は帰属にしか持つことができなかった公園「ガーデン」を、市民の日常的生活空間に開放したオースマンの「パリ改造計画」が「近代都市計画」の基本に置かれていることを、その後も大切に守ってきました。

レンガ造による連続住宅のデザイン
各住宅はレンガ外壁の2階建ての連続住宅で、歩道から少し50センチメートル程度セットバックして建てられていました。そのセットバック部分が連続住宅の前庭(歩道からの緩衝緑地)になっていて、そこにに植物が植えられていました。その前庭に面して幅員3メートル近いサイドウォークがあり、自動車道との間には、街路樹とその間を埋める形で背丈の高い草花が咲き乱れていました。連続住宅のファサードは、各住宅ごとに、その住宅の中央部分には、パーラー(応接間・居間)の大きな嵌め殺し窓があり、その両側に居室の窓が対称形に作られ、その隣に玄関ドアが作られていました。その建築物のファサードは、ナチなみ景観を考えて作られていました。

隣り合う住宅の玄関の間には藤が植えられたりつる草が茂らされたりし、隣り合い住宅が相互に干渉しないように計画されていました。玄関ドアは隣りあって造られているため、住宅の外壁部分は2住宅分が連続した1つの外壁を形成しています。そのため、連続する2戸分の外壁全体が区画なく作られ、1戸の外壁のように勘違いさせられます。ドア間の壁は2戸分住宅のレンガの外壁面は30メートル近い長さとなるうえ、2戸の住宅であるとする壁の教会は意識的に分からなく造られていました。

そのため、外部からこの住宅を見る人には、2戸分が1戸の住宅であるかのような大きさと錯覚するような感じにさせられてしました。外部から境界がわからなく設計をすることは、、大きな住宅であると感じさせる効果とともに、、その住宅が留守ではないことを感じさせる防犯上の効果もあるのです。隣等間に無意味な空間を残すことは、街並み景観上好ましくないだけではなく都市の防犯上好ましくないということは、ヨーロッパのどこの町でもきかっる説明です。

皆が歩きたくなる街並みは、住みたくなる街並
赤レンガ住宅と緑豊かな植栽がどこまでもつづくこの街並みは、基本的に低層高密度住宅地ではあっても、人口密度自体は中高層の街並みと同様に高めることができながら、土地に対する高い帰属性のある街並みをつくります。中層住宅地と違い、自動車の速度もゆっくりで、通りも少なく、通りの道路も、歩道、自転車道と狭い車道で構成され、通り全体がヒューマンスケールで、地区住民の管理下に置かれている感じがします。両側の住宅からも見守られているになっています。そのため、この街並みを散策すること自体に魅力を感じるように造られていました。

また、コンパクトにつくられたライデンの街並みは、市街地の広がりがさほど大きくないため、人々の中心となる交通手段は自転車になっています。子供たちの通学には自転車が使われ、大人たちの通勤にも自転車が最も一般的です。そのためオランダでは自動車や歩行者より自転車の通行を最優先に考え、専用自転車道路が整備されています。そのうえ交通上の優先も自転車に与えられており、自転車道での歩行者と自転車事故は自転車に優先走行を認めています。そのため、「オランダの自転車道は歩行者にとって世界一危険だ」といわれ、自転車道を不注意に歩いていると、よく注意されました。

住宅地計画における住宅地計画の重点は、「皆が街並みを評価し、積極的に通ってくれる住宅地」を計画することです。持ち家であろうが、借家であろうが、いずれも町並み景観が街づくりの基本要素です。持ち家の場合は所有者がその取引を通じて資産形成を考えますから、当然、その街並み計画には大きな関心が払われています。「社会住宅」では持ち家ほど市場取引は意識されず、NPO法人によって経営されていますが、オランダでは持ち家も「社会住宅」も同じ市街地住宅として、街並み景観のデザインの構成要素として考えられています。セキュリテイの高い街をつくるためには、皆が歩きたくなる街並みをつくるため「社会住宅」もデザイン上の制約を受けているのです。魅力がなく、人通りの少ない街は危険な街です。

「社会住宅地」の街並みデザイン
オランダの都市計画としては、安全で、人々が往来することを楽しいと感じるような街並み景観を造ろことに重点を置いているといわれています。そのことを、今回、「社会住宅」で作られた街並みを検討分析し、あらためて認識することができました。最初にこの「社会住宅」団地を歩いてから20年を経過し、はじめて、この住宅が「社会住宅」であることを知りましたが、外部からの景観として地域に根を下ろしている住宅であることを再認識しました。この「社会住宅」が建設された時代は、英国のサッチャー首相が、オランダなど北ヨーロッパの社会住宅もモデルにした時代です。社会住宅自体が街並み景観からしても、生活する人たちの満足度から見ても、モデルになるに足りる良さを持っていました。

そのような優れた住宅でなければサッチャー首相が国の基本的な住宅政策に取り入れようとするはずはありません。ライデンのこの住宅地がサッチャー首相が見学したかどうかは知りません。しかし、この時代の社会住宅は、現在も維持されている通り、社会的に高い評価を受けていました。英国の場合ニュータウン建設は、街造りそのものを国家の都市づくりの事業として取り組んでいたわけですから、そこで提供される街並み空間が文化的であるかどうかは政治を左右する検討課題になるからです。これは英国だけの問題ではなく、欧米のすべての国で問題にすることです。

住宅全体がライデン市の市街地景観を落ち着いた豊かなものにする手段として社会住宅に街並み景観造りを行わせていたことをが分かりました。改めて日本の公共住宅の排他的・閉鎖的な計画に対する考え方の違いを考えさせられました。ライデン市の「社会住宅」は、住宅政策上のカテゴリーとしての政策上の問題とともに、ライデン市の都市づくりという2つの要素を調和させています。「社会住宅」によって、この町を往来する人たちに「公園を散策するような美しい緑豊かな街並み景観」を造っている住宅政策・都市政策が社会住宅で実践されていることに、街造りの歴史を大切にするオランダの取り組みに、改めて感心させられました。

海岸のリゾート町カットワイク(KATWIJK)
このライデンに隣接して海浜リゾートがつくられていて、そこにはリゾートを日常的に楽しみたがっているライデンへの通勤者が住んでいます。そこの様子を見学するためにライデン市民にとっての海浜リゾートといわれるカットワイクにまで、車で20分の位置にあるところに足を延ばしてみました。行政区域はライデン市ではありませんが、ライデン市の生活圏で、そこに住んでいる人も大ライデン都市圏に住んでいる意識です。
ライデン市の郊外の北海に面するカットワイクの町は、海浜のリゾート地で所得の高い人たちの住宅が海浜に面して立ち並んでいました。海岸に面する眺望の良いところには、すべての敷地に高級住宅やマンションが立ち並んでいました。その住宅の裏側にも住宅地が形成されていました。まだ、初夏といっても肌寒い時期であるにもかかわらず、多くの人が眺望の良いバルコニーやリビングポーチにテーブルといすを持ち出して、眺望のよさを楽しむ生活をしていました。

仕事より個人生活を優先する日常生活
持ち家を持つか、それとも社会住宅を選択するかという選択は、多くのオランダ人がいつも天秤棒にかけていることといわれています。国の政策として豊かな個人生活を実現するために、家計費で負担できるような家賃補助を行う「社会住宅」が供給されていますから、一般的に持家を購入して高い住宅ローンに苦しむより、社会住宅にすんでょうが日常生活としてはゆとりのある生活ができるという選択肢を選べる事実がオランダ社会にあります。

そのため持ち家を持っている人は、結構厳しいローン負担をし、さらに、重い固定資産税負担をしているため、「社会住宅」居住者に対し、「政府は甘すぎる」、と批判をしています。「社会住宅」を選択するのと同じように、人々のライフスタイルの選択肢の一つとして、このカットワイクのリゾート住宅居住があります。
「毎日の生活をリゾートライフができる」という選択をする人の多くは、仕事人間ではなく、自分のライフスタイルを優先する人たちです。オランダ人は仕事を疎かにしているのではなく、仕事を人生の目的にしていない人が多いのです。「自分自身の生活を豊かにするための収入さえ得られれば、それ以上に収入を上げる必要はない」という「自由時間都市」の考え方です。

自由時間都市の実践、
カットワイクの地は地理的に海岸のリゾート地という条件ではあつても、「朝、目覚めたときから海を眺め、潮の音を聞き、時間の余裕さえあれば、海にボートやヨットで海で出かけること」ができるよう、海浜で過ごす時間を最大にすることのできるライフスタイルをとっているのです。ライデン市中心まで通勤時間距離にあることもあって、ライデンへの通勤者にも居住する定住用の住宅地にもなっていました。ライデン市に生活することができるライフスタイルとして北海の自然を費用をかけないで楽しめる住宅地という選択です。

ライデンの市街地を離れれば、そこは広々とした牧草地帯です。そこから少し足を伸ばせば、荒海の北海です。このような自然を楽しむ生活ができるのであるなら、仕事をしてお金を多く手にするより、お金を使わなくて豊かな自然を享受するに越したことはない。お金は生活するに必要なだけ得られれば、あとは自分の時間を自分の思ったように使いたいという考え方が広く行き届いています。

この考え方は1980年代にフランスのミッテラン大統領が「自由時間都市」として構想し、全ヨーロッパがその考え方を支持し、EC結成当時1年間の労働時間が2、100時間であったものを1,800時間に短縮し、しくし、そこで生み出した時間を自分と家族のために使うという政策です。そして労働時間は1600時間台にまで短縮されました。現在はヨーロッパは経済不況が拡大し、労働時間は拡大傾向にあります。

オランダ人は毎日の生活を楽しむことを重視して、毎日をリゾートの棚惜しめる場所をその居住場所を選んでいると感じました。生活を楽しむために所得を得るという生活中心のオランダ人の生活の考え方がわかる住宅地のように思えました。この考え方は欧米では広く支持を集めています。日本でもバブル経済の時代リゾート開発が大きく取り上げられましたが、その時のリゾート開発の取り組みは、リゾートを楽しむという立場より、リゾート開発事業で金もうけをしようという事情の立場からでした。

チュウリップの町キュウーケンホフ
カットワイクからライデンへの帰路にキューケンホフ公園の近くの満開のチューリップ畑を見学しました。キュウーヘンホフの周辺には無数の広いチューリップ畑が作られていました。これらのチューリップ畑は、観光目的に開放しているようには思えませんでしたが、多くの人たちが自家用車であちこちのチューリップ畑を訪問し、写真を撮影していました。入場料も取っていませんでしたし、特段の監視もありませんでしたが多数の車が押し寄せていました。市民たちは自分の畑のようにチューリップ畑を自由に入り込んで写真を撮影したりしていました。あっちこっちの色とりどりの驚くほどたくさんの形や色や模様のある花が咲き乱れるチューリップ畑を楽しみながら帰路に着きました。

次回はオランダの首都「アムステルダム」を紹介します。
(NPO法人 住宅生産性研究会理事長 戸谷 英世)



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