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HICPMメールマガジン第576号(平成26年9月8日)

掲載日2014 年 9 月 8 日

みなさんこんにちは

日本、オランダ、米国3加工の住宅問題比較のオランダ第3回です。

MM576号(平成26年9月8日)
オランダの生活と街並み環境の科学:ヒューマニティ


限られた土地の再有効利用を実施しているオランダ

日本の土地利用と比較して、オランダの一般市街地はもちろん新興住宅地においても、住宅の隣棟間空地、隙間に存在する管理のされていない空地を見つけることはできなかった。それほど細心の注意を払って土地の有効利用を行っているオランダには、国土の4分の1が海水面以下の国であるほどの土地の絶対不足がある。オランダは運河を築造し干拓を繰り返して生活する土地を開発してきた。風車を造り排水をし続けて生活できる地盤を手にすることができた国である。現在は電力を使って排水を行っているが、歴史的には風車によって水をくみ上げて、海水面下の土地を生活できる土地にして国である。
日本が東日本大震災で多くの土地が水面下に沈み、土地が不足するようになって困っているならば、何故、オランダの経験を活用する意見が提起されなかったのだろうか。それは日本の住宅地経営管理に関する関心が、人間の環境(ヒューマニテイ:人文)としての関心が非常に低いためである。オランダの住宅、建築、都市を考える基本は、人文科学(ヒューマニテイ)として豊かな生活空間をつくり管理してきた考え方の上にある。

日本が欧米のように、限られた利用可能な土地を、豊かな生活空間として利用することを人文科学として考える社会であれば、隣棟間空地の利用の放置を容認することはない。日本では利用可能土地が不足するのではなく、粗末に扱っている土地が多いだけである。
日本では住宅・建築・都市空間を工学(エンジニアリング)の問題として扱い、人文科学(ヒューマニティ)の問題として取り扱おうとしなかった。そのため、物理的に安全な空間を工学的につくろうとしたが、人びとにとって豊かな空間を高密度利用によりつくろうとはしていない。限られた土地を豊かに使う「コモン」を捻出し管理する知恵、これがオランダの持っている国土利用技術を理解する鍵を握っている。日本には住宅・都市空間を人文科学の問題として理解する基礎知識に欠如していた。

住宅、建築、都市問題は人文科学の問題
住宅、建築、都市空間をつくり管理するために、日本では都市空間全体の環境との関係で扱わず、建築環境を宅地造成した個別の敷地との関係で考える3次元の「物づくり」の考え方で空間として扱ってきた。一方、オランダ人は住宅、建築、都市を人々の歴史文化を育てる時間軸を加えた4次元空間の問題と理解して扱ってきた。海水面下の土地を「干拓と風車の技術」を駆使することで、恒久的に利用できる住宅、建築、都市をつくり、経営管理する人文科学の理解がその背後には存在する。オランダで住宅、建築、都市を学ぼうとすれば、ヒューマニティデパートメント(人文科学学部)で学ばなければならない。

エンジニアリング(工学部)で建設する技術は学ぶことになるが、人間生活にとって重要な住宅、建築、都市空間をつくり、維持管理、経営する上で必要な知識を学ぶことはできない。つくられる空間が、美しく、安全で衛生的で、高い利便性を維持することは、いずれも重要なことである。しかし、これ等の住宅、建築、都市が提供する効用(使用価値:デザイン、機能、性能)は、いずれもそれを利用する人間の生活文化との関係(人文)において、適正に効用を発揮することが重要なのである。

オランダでは、住宅、建築、都市空間を人間の生活文化との関係で取り組まなければならないという理解に立ち、その学問は人文科学(ヒューマニテイ)として取り組まれている。当然、住宅、建築、都市は物理的につくられ、構造的に安全で衛生的に、かつ、機能的に高い利便性を持つ施設としてつくられなければならない。そのため、住宅、建築、都市問題の解決には、工学(シビルエンジニアリング)や地理学(ジオグラフィフィー)等土地に関係する自然科学(ナチュラルサイエンス)や、その経済社会的関係を経済学(エコノミー)、経営学(マネジメント)、社会学(ソシオロジー)、法学(ロウ)などの社会科学(ソーシャルサイエンス)の広い学問体系の支持を受け、初めて優れた解決が導かれる。その中心になる学問は人類の歴史文化の集積として計画され、建設され、維持管理され経営されるためには、これ等の空間が人文科学(ヒューマニティ)空間として取り扱われなければならない。

限られた空間利用の知恵としてのコモンの活用
運河・城郭都市として外敵から自らを守り、人びとの人間空間をつくり育ててきたオランダでは、その軍事防衛的にも、経済的にも限られた都市空間を有効に使うことに、歴史的に大きなエネルギーが割かれてきた。限られた土地を有効に使う方法として、まず、考えられたことは、適正に管理のされない土地利用を、社会的土地利用から排除することである。その次に考えられたことは、土地利用の時間空間的利用として共有利用を図るとともに、土地の共有利用を、時間を考えて棲み分け利用する方法である。子どもの利用する空間を、子どものいないときには大人が利用し、人々の生活空間として使わないときは、商業用、業務用、または、工業用のために、店舗や貨物の取り扱いに利用させる方法である。

市民の土地は、国家が公物管理権を許認可の事務処理を通して行うものではない。市民の自治による管理による利用である。国王がその誕生日に国民が喜こぶことこそ国王の喜びであると言って、国民に自由に蚤の市を開いてよい場所を広く指定・公開し、国民が自主的にそれを管理している。オランダの多くの中世都市にみられるマルクト広場はその代表的なもので、その利用方法は、蚤の市やその他の多くの路上商店などの現代の都市空間の利用方法に応用されている。運河の上にステージをつくってそこで音楽演奏をし、その観客席をつくり、レストランを営業させて都市生活を楽しむ景色は、オランダの国王の誕生日を祝う蚤の市の、創意工夫を凝らした自治管理のされた土地利用が国中で見られた。
「オランダ人はケチだ」と言い、ダッチアカウント(割り勘)の語源を講釈する人がいる。オランダ人は合理主義であってもケチではない。限られた土地を驚くほど豊かに使っていることを知れば、日本人はオランダに謙虚に学ばないといけないと気付くはずである。オランダは近世の人文学者として最も優れたエラスムスを生んだ国である。日本人は、住宅・建築・都市に関する知識経験を、人間を大切にする国オランダから学ぶことは沢山ある。

国王の誕生日の蚤の市(フリーマーケット)
国王の誕生日は、国家が先頭に立って,町全体に蚤の市(フリ-マーケット)を開くことを指導し、驚くほどにぎわって全国民が楽しむことで、国王の誕生日を祝うことが行われている。国民が楽しむことが、国王の喜ぶ祝賀行事であるという考え方である。すべての市民がなんらかの形でこの蚤の市に参加している。誰でもが許可も登録もなく、費用を負担しないで蚤の市(出店)が立てられる。そこで、まったく普通の市民が家の中を整理して、見つかった不用品を持ち出して蚤の市を開いている。
中高年の人たちは子供たちの成長の記念にととっておいた玩具や人形など思い出の品物が、子供の成長とともに量が増えすぎ、整理がつかなくなっている。その整理品の出店が、子供たちを巻き込んで親たちが開いている。そこには同世代の人たちが三々五々集まり、出品物を話題にした思い出話があちこちの出店で盛り上がっている。「思い出市(いち)」の感じさえする。蚤の市で人々は品物を販売するより、知人や友人との懐かしい出会いや予想していない出会いを期待し、経験している。旧交を何年振りかで温める懐かしい出会い風景も多く、蚤の市を忘れて、思わぬ出会いを抱き合って懐かしんでいた。

こんな風景を見ていると、良い人間関係をつくっていることは、何にも代えられない素敵な財産をもつことであることが分かる。ライデン市全体の道路等コモンを市当局が蚤の市を開いてよいと決め、そこでは誰でもが、自由に出店ができる広大な面積が狭い市域に出現する。蚤の市の出展者もそこに集まる参加者も貧富には関係がない。集まってくる人たちの目線も、何か懐かしい思い出にできる品物がないか、掘り出し物がないかという気持ちと、懐かしい出会いが起きるという期待で集まっている。例年同じところに出店する人もあれば、その時々に合わせて出店する人もあり、出店も、一人、家族、友人や知人と様々である。

運河の周りには、いろいろな出店が出て大賑わいである。立ち飲み屋、立ち食い屋、スナックやドライフルーツ屋、花屋、野菜や、果物や、チーズや加工肉やの店も立ち、そこでニシンを丸呑みしている人もいれば、アイスクリームを食べている人もいる。その人だかりを格好のパフォーマンスの見せ場にして、得意の音楽を演奏している人やオルゴールを回している素人の大道芸人も、専門の大道芸人もいる。そこが楽しく感じられる最大の理由は、数百年かけて作られたレンガと木材を使った歴史文化の建築様式の街並みと、運河と緑豊かな並木道という舞台装置が整っていることである。

ライデンの庶民生活と生活の楽しみ方
ライデンには大学の校舎も街中に散在し、それに合わせ多数の大学生も街中のあちこちで生活している。ライデンは多様な職業、階層、所得の人々の生活が散在し、ミックストユース(多様なライフステージの人が混じり合って住む)の都市空間をつくり、多様な職業と人々の日常生活が営まれている都市である。多分、多くのライデン大学の学生たちもライデン市民として蚤の市の開かれている人ごみの中で、パフォーマンスを楽しんだり、集まり、雑談をしたり、飲み食いを楽しんでいるに違いない。昔からの歴史を背負った大きなルネッサンス様式の石造建築で造られた市役所と運河を背景にした町並み景観を舞台にしたライデンの歴史文化景観が、街に歴史文化の集積した都市の豊かさを感じさせている。

蚤の市に繰り出して家族4人で出店している店を覗いていたら、出展者は娘のライデン大学時代のオランダ人の友達で学生結婚した人たちでした。娘も偶然の出会いに驚き、話は学生時代からその後の生活へとお互いの関心は移っていきエンドレスになりそうでした。出店していた夫婦は2人の子供に恵まれ、いずれも小学生になっていた。その後もライデンでの生活を学生時代の生活の延長のように楽しみ、学生気分で住み続けている人たちでした。オランダは結婚も離婚も自由な国であるが、夫婦である限り、いつもお互いが魅力を感じあうことがなければ結婚生活自体が不自然であると考えている。離婚して友達関係を続けているケースも例外ではない。この2人は緊張関係を維持し新婚の雰囲気を楽しんでいた。
彼らはもちろん、多くの市民も子供連れで蚤の市に参加し、家族ぐるみで楽しんでいる人は多く、年中行事の一部として毎年のように蚤の市に参加している。このようなライデンの中心市街地と目と鼻のところに社会住宅団地が普通の市街と一体となってつくられていた。社会住宅団地も、普通の町と全く変わることなく蚤の市が立ち、一般の蚤の市と同じように人だかりがしていた。

ライデンの社会住宅地でのリモデリング
ライデンの中心街に500戸程度もあると思われる大きな社会住宅団地があった。この社会住宅団地の脇の道路にも、蚤の市の出店を行ってよい場所が市当局から指定され、大いに賑わっていた。私が近くを通った社会住宅団地は、一般市街地と連続的し形成され、そこには特別な団地境界はない。日本の公営住宅のような味気のないデザインとは違い、住宅の種類も標準的な設計を使っているがいくつもの種類があり、性能と機能本位のデザインではなく、ライデンの歴史文化を感じさせる人文科学的デザインである。すべての住宅は2階建ての連続住宅でレンガ造であるが、個性的なデザインである。
町並み景観に注意して歩いていたところ、その社会住宅団地は計画的に入居者を仮住まいさせ、開口部周りとともに住戸全体の内部が新しくリモでリングする工事をしていた。リモデリングの事業規模も大きく、社会住宅団地全体を対象にしていた。その住宅地に入り込んで調べてみたところ、社会住宅団地全体を経営管理する住宅協会が計画的なリモでリングの途中であった。多分、そのリモでリング工事は最近のエネルギー保存政策に共通する内容で、開口部周りの額縁部分を含む断熱修繕工事に合わせ全面的に計画改修していた。その工事を計画的に迅速に実施するため、居住者は工事期間中、一時仮居住させ、空き家状態にしてリモデリング工事を実施していた。リモデリング工事の生産性を高めるために、CM(コンストラクションマネジメント)の理論に従い、スケジューリング通り工事を行っていた。

外観を見る限り、レンガ造建築であるため経年劣化はまったく見られず、むしろ、経年して住宅地全体が落ち着きと味わいが深まり、住宅地として熟成した感じである。外観を見る限り、特段リモでリングする必要はないようにも見えたが、エネルギー保存政策は全ヨーロッパ共通の課題でもあり、資産価値を高めることがリモデリングの大きな理由になっていた。結構よくできた社会住宅団地の街並景観をみて、民間住宅会社の供給したアタッチトハウスの市街地住宅と誤解して観察していた。

社会住宅地の街なみ景観のデザイン
当時この連続住宅のデザインは既存のライデンの街並みとは違い、住棟全体を左右対称につくりその住棟の両端の住宅をコーナーロットにある住宅として、3面ファサードを意識して少し派手な目立つデザインにしていた。町並み景観を意識し自己主張をした垢抜けた連続住宅が標準設計として準備され、それを使っていた。今回、これらの住宅が社会住宅である説明を聞くまでは、ライデン市の経済発展で人口も増え住宅需要も急上昇していたので、新興の民間住宅業者による住宅開発と勘違いしていた。

住宅地には5m程度の狭い幅員の車道を挟んで、両側に幅員1.5m程度の自転車道があり、その両側の隣には、幅員1.5m程度の歩道がある。歩道と自転車道の間か、車道と自転車道の間には、並木と一緒に植栽の植え、それらを含めると道路全体の幅員は、12m程度の帯状の「緑道」になっていた。この道路には、パリの大改造計画で、シャンゼリゼ大通りの計画、即ち、街路樹を含め都市を公園に変えるジョルジュ・オースマンの近代都市計画の考え方が全体の計画に一貫して通っていた。

1980年、世界の街づくりに衝撃を与えたTNDを最初に実施した米国のシーサイド(フロリダ)を訪問したとき、事業主から、「開発の道路計画はオースマンの考え方を踏襲した」説明を聞き、オースマンの近代都市づくりの影響の大きさを思い出した。欧米の都市計画関係者は貴族しか持つことができなかった公園を、市民の日常的生活空間に開放したオースマンのパリ改造計画が、近代都市計画の基本に置かれ、その後も大切に守られてきた。ライデンの運河と並木道で造られた空間はそれ自体公園である。

レンガ造による連続住宅のデザイン
この社会住宅はレンガ外壁の2階建ての連続住宅で、歩道から少し1m程度セットバックして建てられていた。そのセットバック部分が連続住宅の前庭の緩衝緑地になっていて、そこに植物が植えられていた。前庭に面して幅員3m近いサイドウォークがあり、自動車道との間には街路樹とその間を埋める形で背丈の高い草花が咲き乱れていた。連続住宅のファサードは住宅ごとに中央部分にパーラー(応接間・居間)の大きな嵌め殺し窓があり、両側に居室の窓が対称形につくられ、その隣に玄関ドアがつくられていた。その建築物のファサードは、街並み景観を考えてつくられていた。隣り合う住宅の玄関の間には藤やつる草が繁り、隣り合い住宅が相互に干渉しないように計画されていた。

玄関ドアは隣りあっているため住宅の外壁部分は2住宅分が連続した1つの外壁を形成していた。そのため、連続する2戸分の外壁全体が区画なくつくられ、1戸の外壁のように勘違いさせられた。ドア間の壁は2戸分住宅のレンガの外壁面は30m近い長さとなるうえ、2戸の住宅であるとする壁の教会は意識的に分からなく造られていた。そのため、外部からこの住宅を見る人には、2戸分が1戸の住宅のような大きさに錯覚した。外部から住宅の境界がわからなく設計をすることで、大住宅と感じさせる効果があり、住宅が留守ではないと感じさせる防犯効果もある。隣等間に無意味な空間を残すことは、街並み景観上好ましくないだけではなく都市の防犯上好ましくないことは、欧州のどこの街でも聞かされる説明である。

皆が歩きたくなる街並みは、住みたくなる街並
赤レンガ住宅と緑豊かな植栽がつづく街並みは、低層高密度住宅地ではあっても人口密度自体は中高層の街並みに高めることができ、土地に対する高い帰属性のある街並みがつくられる。中層住宅地と違い、自動車の速度もゆっくりで交通量も少なく、歩道、自転車道と狭い車道で構成され、通り全体がヒューマンスケールで地区住民の管理下に置かれている。道路は両側の住宅からも見守られている。

そのため、街並み散策すること自体に魅力を感じるように造られていた。コンパクトにつくられたライデンの街並みは市街地の広がりがさほど大きくないため、人々の中心となる交通手段は自転車である。通勤、通学には一般的な通勤手段として自転車が使われている。オランダでは自動車や歩行者より自転車の通行を最優先に考え、専用自転車道路が整備されている。そのうえ、交通上の優先も自転車に与えられており、自転車道での歩行者と自転車事故は自転車に優先走行を認めている。そのため、オランダの自転車道は歩行者にとって世界一危険だともいわれ、自転車道を不注意に歩いていると、娘からよく注意された。

住宅地計画における住宅地計画の重点は、皆が街並みを評価し積極的に通ってくれる住宅地を計画することである。持ち家でも借家でも、いずれも町並み景観が街づくりの基本要素である。持ち家の場合は所有者がその取引を通じて資産形成を考え、当然、街並み計画には大きな関心が払われる。社会住宅では持ち家ほど市場取引は意識されず、NPO法人によって経営されるが、持ち家も社会住宅も同じ市街地住宅として、街並み景観のデザインの構成要素として考えられている。セキュリティーの高い街をつくるためには、皆が歩きたくなる街並みをつくることで、その実現のために、社会住宅もデザイン上の制約を受けている。魅力がなく、人通りの少ない街は危険な街である。

社会住宅団地の街並みデザイン
オランダの都市計画としては、安全で人々が往来することを楽しいと感じるような街並み景観を造ることに重点を置いている。今回、社会住宅で作られた街並みを検討分析し、あらためて認識できた。最初にこの社会住宅団地を歩いてから20年を経過し、今回、この住宅が社会住宅であることを知ったが、景観として地域に根を下ろしている住宅であることを再認識した。この社会住宅が建設された時代は、英国のサッチャー首相が、オランダなど北ヨーロッパの社会住宅もモデルにした時代である。社会住宅自体が街並み景観や、生活者の満足度から見ても、モデルになるに足りる良さを持っていた。

そのような優れた住宅でなければサッチャー首相が国の基本的な住宅政策に取り入れようとするはずはない。この時代の社会住宅は、現在も維持されている通り、社会的に高い評価を受けていた。英国の場合、ニュータウン建設は街造りそのものを国家の都市づくりの事業として取り組んだわけで、そこでの街並み空間が文化的であることは政治を左右する検討課題になる。これは英国だけの問題ではなく、欧州すべての国で問題になる。欧州では、住環境の貧しさは魂に対する暴力であると言われている。

住宅全体がライデン市の市街地景観を落ち着いた豊かなものにする手段として社会住宅に街並み景観造りを行わせていた。改めて日本の公共住宅の排他的・閉鎖的な計画に対する考え方の違いを考えさせられた。ライデン市の社会住宅は、住宅政策上のカテゴリーとしての政策上の問題とともに、ライデン市の都市づくりという2つの要素を調和させていた。社会住宅によって町を往来する人たちに公園を散策するような美しい緑豊かな街並み景観を造っている住宅政策・都市政策が社会住宅で実践されていることに、街造りの歴史を大切にするオランダの取り組みに、改めて感心させられた。

(NPO法人 住宅生産性研究会理事長 戸谷 英世)



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