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HICPMメールマガジン第581号(2014.10.13.)

掲載日2014 年 10 月 9 日

HICPMメールマガジン(MM)581号(2014年10月13日)

「オランダ、アメリカ、、日本の住宅比較」のうち、「アメリカの住宅3.」です。
セキュリティとの闘いの歴史

米国では犯罪に巻き込まれやすい住宅の市場価格は下落するため、防犯には昔から関心が高く、IT技術を使った防犯技術は第2次戦争直後から住宅地開発に取り込まれてきた。最近の日本では、スマートハウス(利口な住宅)や、ゲーティッドコミュニテイ(守衛に守られた住宅地)が、住宅の「差別化」戦略として盛んに売り出されている。米国ではスマートハウスの取り組みは半世紀前から実践され、ゲ―ティッドハウスも一般化してすでに四半世紀余経過している。日本でもIT技術の開発とともに無人化した防犯警備の手段としてIT技術が広く採り入れられているが、住宅会社は売り逃げであるから、これらの施設の導入効果について、まったく追跡調査はされていない。
スマートハウスやゲーティッドコミュニティは、いづれも犯罪予防効果がある程度の曖昧な認識を前提に、住宅の販売価格を引き上気のための「差別化」販売戦略として採用されている。日本の住宅会社はフローとして販売代金を手に入れ儲けを大きくすることだけで、販売後のことは全く考えていない。住宅政策は企業利潤追求を後押しするだけで、国民に大きな負担を強いることには無関心を貫き通してきた。
米国の住宅産業との基本的な違いは、米国ではストックとして住宅の資産価値を高め、住宅購入者が純資産(エクイテイ:市場取引価格から住宅ローン残高を差し引いた額)を高めることを目的に住宅経営を行ってきた。顧客から住宅による資産形成ができた高い評判(レピュテイション)を得ることで、紹介客が得られる。広告宣伝や営業経費を節減するためにも、評判(レピュテイション)を高めることを重要視した住宅地経営を行っている。評判(レピュテイション)の実績がディベロッパーやビルダーの信用を造り、企業の営業宣伝力となり、企業の将来的な経営力の基盤をつくっている。
日本のように「防犯警戒報知設備を付けたから、防犯対策はできているので安心」と「差別化」し、住宅に高額な価格付けすることでは、米国の住宅購入者は満足も安心もしない。米国では防犯施設が計画通り機能してくれる効果を問題にする。そこで実際の住宅でどのような実績を上げているかが、必ず問題にされる。米国社会ではっきりしていることは、セキュリテイ設備が整備されたことではなく、結果として、住宅地での防犯機能が如何に効果を発揮しているかが問題になる。住宅の市場取引では、防犯施設や設備がついているかではなく、実際の犯罪の頻度が問題にされる。

「レビットタウン」と「レビットハウス」
1940年代末から50年代にかけて、米国では第2次世界大戦中は社会全体が太平洋および大西洋を挟んだ大陸での戦争のため、住宅産業が休眠させられていた。それが戦後一挙に爆発的に拡大したため、その大量需要に応えるため、都市郊外に転出し、ハイウエーを利用して都市に通勤する「低密度な緑豊かな環境の住宅地」が開発された。豊かな環境を求めて人々は郊外住宅に居住し、それを当時アーバ二ズム(都市化)と呼んでいた。そのアーバ二ズムで開発された住宅は、よい環境の住宅を国民の購買力の範囲(年収の3倍又は月収な30%の家賃又はローン返済額)で供給する方法が求められた。

アーバ二ズムのニーズに応えて新しい住宅供給を提案し、実践した人が、ウイリアムレビットである。ニュージャージー州で戦前から工務店を営んでいたレビットは、戦後の巨大な住宅需要を前にして「私が住宅供給のGM(ジェネラルモーターズ)になる。」と言って開発した住宅地の開発手法が「レビットタウン」であった。この方法は、住宅地全体の建設を生産ラインにして、宅地造成から、住宅建設までの全ての住宅生産を、流れ作業にして、OMの技術を使って高い生産性を上げる方法である。
米国では世界と同様に、住宅は土地と一体の「住宅不動産」とされていて、日本のように土地と独立した不動産という考え方は存在しない。「土地と住宅を一体不可分の不動産」と考える欧米の住宅不動産の考え方を、理論通り実践した方法が、「レビットタウン」の建設方法である。土地利用が「住宅地」と定められた土地に、「住宅による加工をする」住宅のことを「レビットハウス」と呼んでいる。レビットタウンは都市計画上、基本計画(マスタープラン)で定められた「住宅地」と定められた土地利用計画に基づき土地を住宅加工すると考えている。レビットハウスは、土地の住宅地加工でつくられた住宅である。

レビットハウスはそれまでのバルーン工法(軸組み工法)ではなく、耐水性構造合板と製材(ディメンジョンランバー)を組み合わせて、現場の流れ作業に従って、平板(ダイアフラム)を組み合わせてつくる極めて構造安全性の高い高次不整定構造の建築物である。しかも、建設工程に従って、基礎の上に土台を取り付け、そこから1階の床版、1階の壁版、2階の床版、2階の壁版、屋根版を後戻りせず、ステップ・バイ・ステップで組み立てる流れ作業を実現する工法で、プラットフォーム工法と呼ばれた。。

この床版、壁版のいずれもが、2インチ厚さの5種類の製材(ディメンジョンランバー)と4フィート×8フィートの耐水性構造合板とを標準化、規格化、単純化、共通化した材料によってつくられ平板(ダイアフラム)である。使用されている構造用耐水合板は、戦時中ロジスティックス(軍事物資を戦場への輸送)の要、仮設道路づくりに使われた鉄板の代用品であった。鉄板に代わって開発された合板は、終戦とともに消費先を失い価格も下落していた。プラットフォーム工法は合板需要にとっては救世主のように生まれた新規需要である。極めて高い生産性を実現することになったため、同じ品質の住宅をそれ以前のバルーン工法と比較して半額のコストでできたといわれる。

「ホームアローン」の世界
レビットハウスは、戦時中政府の指示で鉄板の代用品として開発した合板の開発を行った米国農務省森林研究所と全米ホームビルダー協会が、レビットに協力して開発した住宅生産工法であった。非常に高い構造耐力を持つ住宅が、非常に安い価格で供給できることになったため、米国におけるハイウエー開発と一体的に開発されたレビットタウンは、非常に優れた環境の住宅を極めて合理的な価格で販売したため、燎原の火のように全米に広がった。中高所得の都市居住者が、それまで米国社会には存在しなかったような低密度の優れた環境に移住することになった。その結果、都心からは郊外移住する経済的能力のない人だけを置き去りにしてアーバ二ズムが急速に進んだ。そのため、都心部には貧困者と犯罪者とが取り残され空洞化し、ドーナツ現象と呼ばれる社会構造が生まれることになった。

低密度で偏った勤労者階層で構成された新しい郊外社会は、高齢者などのように地域に定住する人びとが著しく少ない時間的な「ゴーストタウン」を生み出した。長期休暇などで住宅を留守にするときはもとより、通常の生活においてもプライバシーを重視し、隣戸間の距離は大きく、近隣で留守の世話をするような密度で人々は生活をしていなかった。そのため、「ホームアローン」の映画に見られるような現象が頻発するようになった。その対策として生まれた防犯対策が、スマートハウスであり、やがては、スマートハウスと併用してゲーティッドコミュニテイが開発されることになった。
しかし、問題はスマートハウスやゲーティッドコミュニテイの効果である。結論から言えば、その後、何度も実施された防犯調査の結果によれば、スマートハウスにしてもゲーティッドコミュニテイにしても、それを実施していないコミュニテイと比較して、顕著な優位性は認められなかった。その結果、いずれの技術は防犯対策としては顕著な効果は挙げられなかったため、スマートハウスは防犯予防策になると考えられ、温熱環境管理の技術と一緒に利用された。ゲーティッドコミュニテイに関しては、コミュニテイの豪華さや格式を表現するうえで役に立っていると判断され、その後も利用は拡大されている。

ラドバーン開発と「三種の神器」
米国社会に限らず何処の社会でも、セキュリテイが悪い住宅地に対する住宅需要は高まらない。住宅に対する関心は、自分の年収の3倍以上もする高額な住宅で、自分にとって大切な財産である。その財産はいざというときに、経済的に自分を救ってくれることがなくてはならないと多くの米国人は考えている。住宅所有者の自治による住宅地経営が始まったのは、1928年にニュージャージー州フェアローンカウンテイで開発されたラドバーン開発である。

この開発では、住宅を購入した人たちに依りHOA(ホームオーナーズアソシエイション:住宅地経営管理協会)が設立され、住宅地環境管理に関するハードなルールと住宅地生活に関するソフトなルールを決め、その2つのルールの遵守をCC&RS(カベナント・コンディションズ・アンド・レストリクションズ:強制力を持つ民事契約約款)で経営管理する方法として、「ハードなルール」と「ソフトなルール」と「HOA」との「三種の神器」による住宅資産の維持向上を図る方法が確立された。「三種の神器」による住宅地経営は、

フランク・ロイド・ライトが住宅地は民主主義の実現の場であるといったように、個々人の生き方を尊重し合うことのできるコミュニテイであることが判明した。個々人を尊重し合う社会では、その隙間に賊が入り込むすきがないため、結果的にセキュリテイの高いコミュニテイがつくられていることが分かった。

住民主権の住宅地経営管理技法
この方法が、その後現在までの住宅地経営管理の基本となっている。ここで重要なことは、このルールを守らなった人にはイエローカード(罰金)が科せられ、罰金を支払わなかった人に対してはレッドカード(退場)が突き付けられる。レッドカードは住宅所有者の先取特権を差し押さえる権利である。その罰則の執行に当たっては、裁判による判決を必要とするが、裁判上の判断の基準は、CC&RSに依っている。その執行はHOAが行うが、実際の執行はHOAと契約を締結した専門の住宅管理会社で、デベロッパーがその分身として管理会社をつくることが基本である。
スマートハウスやゲーティッドコミュニテイによる住宅地において、それ以外の住宅地と比較して顕著なセキュリテイの高さが認められなくなったため、セキュリテイ対策の開発方法が全く分からなくなってしまっていた。しかし、米国内はセキュリティの高いコミュニテイが現実に沢山あり、住宅に施錠をしなくても賊に襲われる心配のない所もある。そこで、それらのセキュリテイの高いコミュニテイを調査し、そこから帰納的な方法でセキュリテイの高いコミュニテイの作り方を導き出そうということになった。

その結果分かったことは、1920年代というT型フォードが登場する以前の歩行者による生活が中心であった当時までに開発された「良い住宅地」がその後も優れた住宅地として防犯性能が高く、資産価値が維持向上していることが判明した。その1920年代以前の「良い住宅」と評価された住宅地に共通していることは、居住者相互がお互いに知り合いの関係で、「相手の嫌がることはしない、相手の喜ぶことをする」相手を知ったうえで相手を尊重する関係が生まれ育っている住宅地であることが分かった。

DPZによるシーサイドでのTND開発
そこでの問題を調査研究し街づくりに実践していたDPZ(アンドレス・ドゥアーニーとエリザベス・プラター・ザイバーグ夫妻)が中心になって米国の東南部で試行錯誤的な住宅地開発に取り組んできた。1980年になってフロリダ州のガルフ湾に面した白砂の美しいシーサイドで、当時マイアミを中心に活動していたDPZの取り組みに共感して、シーサイド開発を依頼することになった。

シーサイド開発は、開発業者デービスがフランスのミッテラン大統領が新しい労働環境と一体になったリゾート開発として自由時間都市を開発していた時代的背景の中で、デービスは米国のリゾート地で豊かな生活を送りたいというニーズに応えて、DPZが米国の東南部の調査で発見したTNDの計画論を実践した。シーサイドの計画は住宅・建築・都市に関する専門誌で扱われるよりずっと前に、ワシントンポストなど一般紙がこれからの米国民が住みたい街として大きな特集を何度むくんだことでも知られている。デービス自身、「私はシーサイドに関しアドバタイズメント(広告宣伝)は一切しないが、PR(パブリックリレーション)としての情報をジャーナリズムに流してきた。シーサイドの計画がトピカル(社会が求めている課題に応えている話題性)であれば、黙っていても広がっていく。」と言っていた通り、広告宣伝費ゼロで全米の関心を引き付けることに成功した。

英国のアーバンヴィレッジ運動を提唱しているチャールズ皇太子も当地を訪問し、それをBBC放送で「ヴィジョン・オブ・ブリティン」の3日間の連続放送の中で高く評価している。その後チャールズ皇太子は、英国のコーンウォールにプリンス・オブ・ウェールズ所有のパウンドベリーにおいて、シーサイドの建築家レオン・クリエをチーフアーキテクトとして招聘し、160ヘクタール規模のアーバンヴィレッジ計画を実践している。

ジョージタウンと同じコンセプトのケントランズ
TND計画は、米国内では犯罪発生率を抑えることができ資産価値が維持向上できる住宅地開発技法であると評価され短期間に全米に広く拡大することになった。一般住宅地として取り組まれた代表的な開発がケントランズである。この開発はワシントンDCに隣接するメリーランドに位置し、ワシントンDCの中心部から45分程度で到達できる時間距離にある。ワシントンDCは米国の中心であるとともに世界の政治経済文化の中心地であって、ワシントンに集まる世界的活動をしている人たちが交流するところでもある。

大きな仕事を行うためには人間関係が重要である。それは好き嫌いではなく、仕事の上で関係しなければならない人との間では、信頼関係を築くことが不可欠である。フォーマルな会議だけで仕事が進むわけではない。自宅に招きお互いに相手を知ることで、相手を正しく知って大きな仕事をすることができる。そのような関係をつくるために、ワシントンDCで活動をする人はワシントンDCから1時間以内のところに接客できるような自宅を持つことが多い。J・F・ケネディが住んでいたジョージタウンや同様にワシントンDCで働く人たちが多数生活する隣のバージニア州のアレキザンドリアは、そのような住宅地として開発されている。

ケントランズはかねてからワシントンDCの郊外住宅地としてスプロール開発が進んでいた。しかし、ケントランズの所有者は、その地に活で済んでいたケントさんの遺志を引き継いで、ケントさんが生活していた当時の自然環境を守る土地に塩用と考えて、ワシントンDCからのスプロール開発には応じないでいた。そこには『サイレントスプリング』の著者レーチェル・カーソンの自然環境を守る研究所などが立地していた。しかし、TND開発が米国社会で大きな関心をもたれるようになって、米国人が建国時代の誇りをもって生活することができる開発であればケントさんの意思を踏みにじることにはならないとして、その子孫がTND開発に応じることになった。

ケントランズは開発に当っての住宅地の基本イメージづくりのヴィジョニングとして、米国の植民地時代の首都があったウイリアムズバーグの領事の邸宅(マンション)とケントさんの農業用倉庫(バーン)のイメージを基本に据え、使用する材料も、屋根材はシェーク、サイディングも無垢のシ-ダー材を使うなどのこだわりを貫き、そこでもDPZが全体のTNDによる計画を取りまとめた。基本的にはケントさんがこの量子を近郷の農民たちに開放し、池や丘陵で楽しませた環境をそのまま引き継ぐコンセプトで、のどかな時代の景観が守られている。
歩道が中心の交通計画で、各住宅にサービスする車道はすべてバックアレーとして住宅の裏手からアプローチするように作られている。そしてすべての車庫は、あたかも人が生活する小屋のように小さな切妻のコテッジ風のデザインでつくられた。

ケントランズ開発は世界の政治、経済、学問研究、芸能などに関係する世界規模で活躍する人たちで、ジョージタウンやアレキザンドリアのようなところに住居を持ちたいと希望している人たちにとっての第3の選択肢としての候補地となっている。ケントランズはシングルファミリーハウス(戸建て住宅と連続住宅)による住宅地と共同住宅による住宅地から構成され、そこには大きなショッピングセンターが造られている。

いつも人々で賑わう熟成した街:アクティブ・リタイアメント・コミュニティ
そのショッピングセンターに連続してアクテイブリタイアメントコミュニテイを中層階に持つ併存共同住宅街が造られている。中産階級の高齢者がこの地区に居住することで、違階部分に広がる商店街は元気なお金持ちの人たちが楽しんで生活をする賑わいの街が造られている。ケントランズが開発された当時、ショピングセンターに出店している店舗も、商業施設建築物自体もまばらで寂しい感じがあった。しかし、ケントランズに隣接してレイクランズが開発され、さらに同じTNDの考え方で多くの住宅地開発が進むと、それらの開発はケントランズの魅力を利用して開発されたこともあって、今ではケントランズの10倍以上の広大な市場を背景にした住宅地の中核的な商業施設として、本物のジョージタウンに匹敵する充実したショッピングセンターに成熟している。

この住宅地も米国の2007年のサブプライムローンの破綻に始まる住宅バブルが崩壊したとき、大きな影響を受けたが、驚くように早く回復し、バブルによる影響はなかったかのように多くの人たちが入居を希望した住宅購入希望者はウエイティングリストの名を連ねていると言われている。ケントランズは、学校教育施設や社会福祉施設やコミュニテイ施設が充実し、ショッピングセンターは遠くから買い物客が集まってくるようなこの地域の中核的な住宅地に成長し続けている。そのためケントランズは多くの人たちにとってあこがれの住宅地であるため、一旦ここで住宅を取得した人は、手放したがらず、投資物件として高い賃貸料を取って賃貸住宅として維持する人も多い。このように住宅が常時売り手市場を維持継続できることは、その住宅地経営が適正に行われているためでもある。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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