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HICPMメールマガジン第583号(2014.10.24)

掲載日2014 年 11 月 1 日

HICPMメールマガジン(MM)583号(2014.10.24)
みなさんこんにちは
10月22日から29日まで米国にNAHBリモデラーショウを兼ねてラドバーン、ケントランズなど優れた住宅地を見学調査に出かけてきました。その報告はいずれするつもりです。今回はオランダ、アメリカ、日本住宅比較の内「アメリカの住宅5.」です。

20世紀のアメリカの住宅産業をつくった人びと
20世紀の幕が下されるに当たって、「20世紀のアメリカの住宅産業を築いた100人の偉人達」が、「ビルダー誌」上で関係者の投票で選考された。その詳しい選考の経緯に関しては、雑誌で目を通しただけで既に記憶から薄れてしまっている。しかし、100人の偉人のうちの50人の写真は手元にある。この選ばれた人たちを見ると、米国の住宅産業を支えている社会の広さや、住宅産業がいかに重要な役割を担ってきたかを知ることができる。日本でこれに相当する選考をしようとして、一体誰が選考されることになるのだろうか。今回ここに選考されたトップ6人とジミー・カータ―大統領について紹介することにした。ビルダー誌はホームビルダーを対象にする雑誌であるが、ここで選考された偉人たちの業績は、日本的に考える産業の一分野としての住宅産業ではなく、国民の生活の基盤である生活環境として、米国の政治上も最大の課題の一つに住宅産業が関係していることを感じることができる。

第1位:フランクリン・ルーズベルト大統領
1929年米国を襲った世界恐慌の傷跡は大きく、日本では、フーバーダムの建設、ルーズベルトの採用したニューディール政策など英国人経済学者ジョン・メイナード・ケインズによる財政主導による有効需要の創出により経済再建を実施したこととして広く伝えられてきた。日本では、無理矢理に雇用の機会をつくって、支払った賃金の全てをその日の生活に使い尽くす「二コヨン」(1日の日雇いの日当254円)の戦後の失業対策事業のモデル、即、ケイン経済学とも考えられていた時代もあった。
世界恐慌前は、年間約100万戸の新築住宅建設を誇っていた米国の新築住宅市場は、世界恐慌後一挙に9万戸に低下した。失業者が街にあふれ、自殺者や犯罪も増大した。多分、米国社会では住宅論事故の問題が社会的、経済的に最大の問題になっていた。当時の住宅ローンは融資期間5年間で融資率は50%であった。そのローン破綻は住宅を購入した人たちを直撃し大きな社会問題になることは必至であった。
ルーズベルトはまず住宅ローンの借受人(消費者)の救済を行った。融資率を50%から80%に引き上げ、融資期間を5年から15年に、やがて20年に延長した。そのことによって、住宅ローンを借りた人は、基本的に救われた。融資条件の緩和は、金融機関の負担転嫁である。金融機関は資本主義社会のダイナモである。ルーズベルトは金融機関の金庫に溜められた融資条件の緩和されたモーゲージに対し、FHA(連邦住宅庁)を設立し、モーゲージに対する政府の債務保証を実施した。そして政府の債務保証証券(MBS)を新たにFNMA(ファニーメイ)に全額買い取らせ、それを金融市場で流通させることにした。これが住宅金融の2次市場を形成させる始まりとなった。その結果、金融機関に金庫にあったモーゲージ債券は、MBSとして換金され、金融機関を救済することになった。この住宅政策は1934年NHA(全米住居法)による新しい住宅政策として実施されることになった。
ルーズベルトの偉大さは、米国の住宅産業が米国の国民にも経済にも大きな暗い影を投げかけていたとき、まず、国家の主権者である国民を救済し、次いで資本主義国家の屋台骨である金融機関を救済する政策の優先順位を尊重して国家危機を救済したことにあった。それ以上に重要なことは、住宅産業問題は多くの社会経済問題に一部ではなく、住宅問題そのものが大統領の取り組むべき政治の問題であり。その取り組むために米国の政治として全力で取り組まなければならない問題として大統領が住宅問題に真剣に取り組んだところに米国の国民主権の考え方が表れている。

第2位:フランク・ロイド・ライト
フランク・ロイド・ライトと肩を並べられる建築家は米国には多数いると言われるが、ライトの偉大さは、中世のラファエロ、ミケランジョロやダビンチのようにその建築家・哲学者としての思想の偉大さにあったと言われている。ライトの思想は、「住宅・建築・都市の計画の4原則」で明らかにしている通り、それらの空間は基本的の土地を加工してつくられる空間であるから、以下の4原則を示した。
第1原則:土地はそれ自体の地理・地形があるとともに、自然の気候と並んで、土地自身が育んできた動植物や人義とが営んできた歴史文化の歴史的集積を尊重して加工しなければいけない。
第2原則:土地の加工に利用される材料工法が歴史文化を伝承するものであるから、土地の加工に使われる材料や工法によって、そこで行われる加工作業はその性格を大きく変化させることになる。そのため、土地の加工に使われる材料と工法の選択は生み出す空間の性格に関係するので慎重に選ぶべきこと。
第3原則:住宅・建築・都市はそれを利用する人の要求に応えることがなければならないので、優れた靴に足を合わせるのではなくて、足に合わせて靴をつくらなければいけないことを指摘した。
第4原則:総括的なまとめとして、住宅・建築・都市はそれぞれ異質な人たちの要求によってつくられるものであるが、孤立して存在するものではなく、社会的に存在するものであるから、お互いの違いを尊重し合ってつくらなければならない。お互いの違いを尊重し合うことが民主主義の実現なのである。
ライトの主張は、土地が育んできた歴史文化をしっかり認識し、その歴史文化と土地が保有している地形、自然気候、自然景観という個性を生かさなければその土地に建築物加工する意味がないと主張した。その上でライトは依頼主の経済的負担に対応できるデザインの供給する方法として、工業生産をすることで量産によるコストカットのシステムをアールデコのデザインで建築に採り入れている。常に時代を超えて多くの人々の支持する歴史文化を、現代の生産技術を駆使して実現しようとした。ライトの設計の基本には、経済的な条件を基本に据え、それを利用する人の要求を重視し、その造られる土地の性格を生かすということで時空間を越えて多くの人たちに普遍的に支持されるデザインのつくられ方を示している。それは「物づくり」の技術ではなく、人間に豊かさを感じることのできる人間の文化科学事業(ヒューマニティ-ズ)という視点である。

第3位:ヘンリー・フォード
米国社会を経済活動とそれに対応した人々の移動という観点でみると、1920年に大衆を相手にしたT型フォードが登場し、燎原の火のように拡大した販売により、米国人の足を徒歩から自動車に変えた。そして、都市の構造自体を時間距離の空間に変えたことで、人びとの住生活をそれまでと全く違った空間に変えることになった。欧米では、土地と住宅は一体不可分の住宅不動産として法的にも扱われている。土地利用を人間の歩行を基本とする距離から、自動車の移動速度を基本とする時間距離に変えることによって、都市の空間利用は抜本的に変えられた。人びとが自動車の利用によって、より広い移動空間をその住生活空間の対象として選択できるようになった。それだけではなく、より広い生活空間をより少ない経済負担で手に入れることができるようになったのは自動車の開発によってである。
また、ヘンリー・フォードによって開発された自動車生産システムは、フォードシステムとよばれ、その後、GM(ジェネラルモーターズ)を育てたOM(オペレーション・マネジメント)の生産管理技術の発展を促した。その後、その工場生産管理技術は工場住宅生産方式(OBT:オペレーション・ブレーク・スルー、住宅の工場生産技術)製作に展開され、モーバイルホームやモジュラホームを生み出すことになった。やがて、米国の建設現場の住宅生産管理技術レービット・ハウスやレービット・タウンの技術に発展し、やがて、CM(コンストラクションマネジメント)技術にも間接的ではあるが、大きな影響を及ぼすことになった。

第4位:J・C・二コㇽズ
アメリカンドゥリームと言えば、「自分の住宅を手に入れることである」と米国では考えられてきた。その理由は米国の社会では、現実に立派な住宅地で住宅を取得すると、確実のその住宅は値上がりし、個人の資産形成に寄与することになるからである。それは、購入した住宅が年を追って資産価値を高めることは、必ずしも一般的ではなかった。立派な住宅を建設しても、その住宅地経営管理が正しく行われなければ、期待したとおりの資産形成ができたわけではなかった。しかし、個人にとってその年収の3倍以上をかけて購入する住宅であるから、同じように巨額なお金を住宅に投資するならば、その住宅の資産価値が高まってほしいと考えていた。
西欧から米国に渡ってきた人たちは、英国ではリースホールド(土地の上土権に対し住宅加工を行う住宅不動産)に依って住宅地全体が一人の人格の下に置かれた住宅地においては資産価値が上昇できる管理が行われていることを知って、リースホールドによる資産形成のできる住宅地経営が取り組まれた。ニューヨークのフォレストヒルズはその代表的な事例である。住宅の資産価値を維持向上させる方法は、マスタープランとアーキテクチュラルガイドライインというハードな住宅地開発ルールを作り、ルールを守った住宅地の運営することである。この方法で資産価値の維持向上できる住宅地を開発した人がカントリークラブ(カンザスシテイ)で住宅地開発を行ったJ・C・ニコㇽズである。
その方法は住宅の道路壁面を道路幅員と同じ距離だけセットバックし、道路に面する住宅のファサードをアーキテクチュラルガイドラインに従って建築し、住宅地の内部には人々が寛げる公園を持った住宅地として造り運営することである。そこには人種差別条項も含まれていたが、ニコㇽズの「資産形成ができる住宅地開発」は全米の住宅地開発をする人たちに影響を与えるとともに、カンザスシテイの新規供給住宅の10%がニコㇽズの開発に係るもので占められていた。
ニューヨークシティコーポレイションがニュージャージー州のラドバーンで開発した計画にはニコㇽズに計画への参加が求められ、法律家チャールズ・アッシャーとともにフリーホールド(土地も住宅と一体に所有する)による資産形成のできる住宅地開発が取り組まれることになった。自動車が生活の足になって登場したことで、歩車道道分離のハードな住宅地計画と並んで、ハードな生活空間をソフトな生活ルールで、HOA(住宅所有者が1票の参政権を持つ住宅地経営主体)が経営するという新しい住宅地経営のシステムを開発した。これが現在の米国の住宅所有者が主体性を持って住宅の資産価値を維持向上するフリーホールドによる住宅地経営システムである。

第5位:ウイリアム・レービット
ウイリアム・レビットは、住宅不動産を最も合理的に生産するシステム「レビットタウン」と呼ばれる住宅地開発を、土地の開発行為(造成加工)から、土地を2×4工法(ウッド・プラットフォーム工法と呼ばれる木造平板ダイアフラム構造)で加工する「レビット・ハウス」と呼ばれるシステムで加工した住宅不動産の工業生産システムの開発者である。この開発は全米ホームビルダー協会(NAHB)と農務省森林総合研究所(フォレスト・ラボラトリー)の協力を得て実施された。
レビットの最も優れた業績は、第2次世界大戦中殆ど身体になっていた米国の住宅産業に、戦時中潜在化させられていた住宅需要が一挙に顕在化した社会情勢に対処して、住宅の大量供給を住宅の生産コストを引き下げて実現したことであった。レビット自身が、「私は住宅生産のGMになる」と公言して、戦争が終わって使い途を失っていた耐水性構造合板を活用し宅地開発から宅地の住宅加工までを一貫して合理的に計画し、高い生産性を背景に実現したことにある。その結果戸の生産工法が米国の住宅産業に掛けられた住宅の大量な需要を建設工事費をむしろ引き下げて実現できたことである。

第6位:ハンク・アンダーセン
ハンク・アンダーセンは、全米1、世界1の規模を誇る既成窓製造会社アンダーセンウインドウ社の創業者である。この窓会社は、最初に工業生産窓の生産を始めた企業で、それがきっかけになって工業製作窓の製造企画が全米で統一された。このアンダーセンウインドウ社も、第2次世界大戦中は鉄砲の弾薬を輸送する木製の箱を生産しなければならない時代を経験している。戦後になってレービット・ハウスやレービット・タウンが建設されるようになって、コストカットの要求を受けて住宅の形が単純化し、デザイン的に魅力を失っていった。それを見て、ハンク・アンダーセンは、住宅のデザインの重要性は、同じ規模の住宅に人びとが生活していて、文化的な潤いが得られるか、どうか、によって、生活の豊かさに大きな違いが生まれることを指摘した。住宅の構造を変化させてコストを掛けなくても、ファサードのデザイントして、窓をどのように計画するかによって住宅のデザインは大きく改善される。そのことを実際のデザインによって証明して見せた。
アンダーセンウインドウは「スクラップブック」という間度による住宅のデザインを比較した冊子を発行して、住宅に取り付ける窓のデザインによって、住宅のデザインが大きく生きるようになることを示した。このスクラップブックは、デザインが疎かになっていた第2次世界大戦後の住宅設計に大きな影響を与え、窓を使った優れたデザインの住宅が、スクラップブックを参考にしてたくさんつくられることになった。結果的に多くの消費者がアンダーセンウインドウを使うことを求め、アンダーセンウインドウの市場シェアーは、それ以下の5大窓メーカーの生産量を合算した以上に大きくなった。

第17位:ジミー・カータ―大統領
住宅を持つことのできない人たちのために、自らハンマーを振ってボランタリー活動を通して住宅建設に身を投じている元大統領は、米国人の国民から尊敬の対象になっている。ジミー・カーター自身、在任中、米国が主宰するハビタット事業として、カリフォルニア州サンディエゴ郊外のランチョ・ベルナルドにおいて、「米国とメキシコの国境に生まれた奇跡(ミラクル。オブ・ザ・ボーダー)」と名付けた博覧会を開催した。それは米国の産業構造が重厚長大産業から、軽薄短小産業構造に転換しようとした時代を象徴する住宅地開発を支援した。カリフォルニア州内のアーバインや、カスタ・デル・ソルなどと同様に、軽薄短小のIT企業の成長に対応した新しい都市造りが取り組まれた。それらは、産業の立地条件を先行させて街づくりを行うのではなく、人びとにとって豊かさを感じることのできる住宅地を産業開発と並行して開発すれば、企業も労働者に高い満足を提供するという考え方で開発された。その考え方を都市計画理論として優れた住宅地を造れば、近くに企業が立地する要になるというその後ピーターカルソープが「サステイナブルコミュニティ」の理論で取りまとめた方向での街づくりが、1970年代末には、試行錯誤的に取り組まれていた。ジミー・カーターはその当時、新しい人間生活環境として最も進んでいたランチョベルナルドをハビタット会場にした。ジミー・カーターは米国の歴代の大統領の中でも異色な社会派の大統領である。
ジミー・カーターは、国民にとって住宅が個人の所得に比較して大きな負担をしないと取得できないものであるが、住宅を取得することで人びとの経済的基盤がつくられ、安定した生活を送ることができるため、住宅政策は国民に安心を与える上で重要な政策であると考えてきた。そして住宅ローンを組んで住宅を買うことができない貧困な人たちにも住宅を自力建設をして持つことができれば、その住宅は居住者が手を掛けていくと同時に住宅地全体が熟成することで都市が立つにつれて資産が形成されていくことになる。このような考え方に立ってカーター元大統領は住宅の自主建設運動を進める旗頭に立っている。

「ルール・アンド・アーティクル」とホーム・プラン・システム
英国と米国は英米法の国と言われているように、それぞれの慣習法(コモンどー:控訴審裁判所の判例)は両国で有効とされている。その法体系には米国が英国の植民地であった歴史がある。16世紀ロンドン大火があり、その復興をレンガや石などの組積造建築で行い、不燃都市を建築しようという取り組みが英国で実施されたときの標準化建築生産技術をまとめたものが、「ルール・アンド・アーティクル」と呼ばれる組積造建築の標準工法・積算見積書である。ロンドン復興が終わりかけていたとき、フィラデルフィアの都市開発に取り組んでいたペンシルベニア州の創設者であるウイリアム・ペンは英国に渡り、「緑の台地で建築を建てよう」大工、石工、レンガ工に呼びかけて、多数の職人を集めフィラデルフィアの街をつくったと伝えられている。建築家がいなくても「ルール・アンド・アーティクル」があったのでフィラデルフィアはつくられたと言われるほど標準化、規格化、単純化、共通化が進んでいたと言われる。その歴史と同じ流れが、「アダムのホームプラン」としてつくられ利用されたものが、その後の米国社会にホーム・プラン・システムとして広がっていく土壌をつくった。
人びとが歴史に遡って国民の支持が得られると判断された住宅は、未来に亘って国民が支持してくれるという考え方は、ルネッサンス建築が古代ローマ時代にビトルビュウスが設計し、中世にアンドレアパラディオが復興し、それがルネッサンス時代に再度社会を席巻したことを見て、確信に変わり、それが米国におけるクラシックなデザインで設計された住宅のホーム・プラン・システムにと繋がっている。
同様のことが、住宅地開発の技術の中にも行われている。英国でエベネザー・ハワードが開発したガーデンシテイの技術は、米国でJ・C・ニコㇽズらによって実践され、ラドバーン開発の計画論として使われ、その中からC・A・ペレーによる近隣住区理論(ネイバーフッド・ユニット)の理論が、戦後のニュウータウンの理論に採り入れられ、それが米国の住宅地開発に採り入れられ、そのなかでPUD(プランド・ユニット・デベロップメント)の技術が生まれると言った相互作用を繰り返してきた。1980年に米国で開発されたTNDは、英国のアーバンヴィレッジ運動に採り入れられている。そのような相互作用が行われるためには、計画理論自体の合理性がなければならない。
その中で最も分かり易い例が米国で広く使われているホーム・プラン・システムである。このシステムには英国からの長い歴史があるが、直接的には1934年のルーズベルト大統領によるNHA(全米住居法)による住宅政策と直接的に関係している。FHAが金融機関の保有しているモーゲージに対して債務保証を行う条件として、クラシックなデザインでつくられた住宅以外は対象にしなかったことがある。それは、FHAが最終的にモーゲージの債権回収をしようとしたとき、その住宅が市場で債権額以上で売却できなければ損失を追うことになる。そこでモーゲージの対象になっている住宅が既存住宅市場で売却できる条件が問題になり、クラシック様式であるということが条件になったという。その理屈は実際の既存住宅の取引によってしか説明することはできない。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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