メールマガジン

HICPMメールマガジン第610号(2015.05.11)

掲載日2015 年 5 月 11 日

HICPMメールマガジン第609号(2015・05.11)
皆さんこんにちは

皆さんはこのゴールデンウイークをいかがお過ごしでしたでしょうか。
私の金婚旅行
私は結婚50周年を迎えることで唐代の中国の訳経僧玄奘(げんじょう、602‐ 664年)も訪問した中央アジアのサマルカンドのあるウズベキスタンに観光旅行に行ってきました。玄奘の尊称は法師、三蔵で、鳩摩羅什と共に二大訳聖、あるいは真諦と不空金剛を含めて四大訳経家とも呼ばれています。玄奘は629年に陸路でインドに向かい、巡礼や仏教研究を行って645年に経典657部や仏像などを持って帰還し、翻訳作業で従来の誤りを正し、法相宗の開祖となりました。また、インドへの旅を地誌『大唐西域記』として著し、これが後に伝奇小説『西遊記』の基ともなりました。
今回の私の金婚旅行は、決して孫悟空や猪八戒に遭えることを期待したわけでもなければ、玄奘三蔵の遺跡を見ようとして出かけたわけではありません。中央アジアをほとんど知らなかったので、何となし行ってみたかっただけという単純な関心を満たそうとした旅行でした。タシケントの観光地で購入した『ウズベキスタンの歴史的建造物』という案内所の中に以下のような紹介文章を発見し、これこそHICPMが会員の皆さんに海外ツアーをお勧めしている住宅・建築・都市は、「人文科学の考え方」だと思い、ここに紹介することにしました。

『ウズベキスタンの歴史的建造物』(お父さんを偲び、本書をささげる)
我々は祖先に創造された世界に生きています。この世界は祖先に造られた都会などから成り立っています。我々はこの都会に住んでいます。さらに、住んでいる都会を住み易くするのに頑張っています。次の世代も幸せな生活ができるように努力を惜しみません。それ故に我々が住んでいる都会に過去の名残が見つけられます。神社、記念碑、宮殿、城により過去と結び付けられます。歴史的な建築物や遺跡のおかげでタイムトラベルできます。つまり、通常の時間から、過去に移動することができます。過去の雰囲気が感じられます。昔、民族はお互いに遠く離れていました。
現在は、情報、技術、交通機関、軍事技術の開発は世界の国々を一つの単位として統合させられています。我々は共通の歴史的な運命に置かれています。それ故に、お互いに理解し合うこと、多民族の文化を尊重することは大事なことです。
この本にはウズベキスタンの一番有名な建築物が掲載されています。読者の心に建築物の素晴らしい姿の記憶が残り、敬愛の気持ちを持ってくださることを願っています。同様に「これらの建築物を見て、読者が心に美しさの恍惚感覚えることが、歴史の持っている貴重な贈り物をおおくりすることであるのです。何時でも人々は、その贈り物を心に与える潤いとして必要とするに違いありません。それ故に誰でもがこの貴重な歴史文化の贈り物を手に入れたい。」と考えるようになるといわれています。(アレクセイ・アラポフ)

ウズベキスタンという国と日本
私自身、これまで自分との関係でウズベキスタンという国のことを考えたことがありませんでした。しかし、ウズベキスタンの人たちは日本のことをよく知っているだけではなく、子どもたちは日本語で挨拶をしてくれ、とても懐かしい気持ちを伝えて呉れました。40年ほど前にインドネシアで生活していたことのような感じを受けました。イスラム教の人が多数を占めていますが、いわゆるアラブや中近東のイスラム国とは違い、もっと自由なイスラム国です。その点でもインドネシアによく似ています。資料を見るとウズベキスタンへの海外からの援助のうち、日本からの援助は、この5年間では、2番目になっていました。(私がインドネシアにいたときの日本の対外援助の最大国がインドネシアでした。)
そこには第2次世界大戦後日本軍人がソ連軍により強制連行され、強制労働に従事させられ、この地で死亡した76人の遺体が埋葬されていました。強制労働で働いた日本人が建設したナヴォイ・オペラ。バレー劇場が、首都タケシントの中央に建てられています。そして日本人墓地が市街地の東北部に造られています。ウズベキスタンは当時ソ連に支配されており、日本軍人の強制労働の責任は全くありません。この地で過酷な労働と貧しい食事と医療と住宅で苦しんだことを思うてソ連の仕打ちには許せないという思いが募ってきました。

歴史からの連想
先の引用からこの地で感じることのできる歴史文化軸を加えた都市は、次のような歴史に思いをはせることになりました。それはガイドの説明にも何度も登場する歴史的事実との関係です。紀元前300年台にマケドニアのアレキサンドル大王がサマルカンドを訪問したとき、訪問し、「聞きしに勝る美しい都市」であり、12世紀にはモンゴルのチンギスハーンにより徹底的に破壊された国であるということです。その破壊された都市をそれ以前の都市以上に立派に復興した人がアムール・ティムール大王でした。アムール・チムール欧の大きな銅像はウズベキスタンの大都市に3つあると言われ、その総てを刊行してきました。タシケント市の都心にあるティムール博物館を背に立って右手を高く掲げている騎乗姿のアムール・ティムールは、歴史上の大王として、以下に彼がこの国で高い評価を受けているかを容易に理解させてくれます。

4次元の空間
日本では、住宅・建築・都市空間は、物づくりの3次元空間と考えられているのに対し、日本以外の国ではそこの歴史・形活・文化という歴史軸が加わった4次元の空間であると捉えて扱っています。過去があって現在があり、その現在の上に未来があり、それらは連続した空間であるという見方が世界の住宅・建築・都市に対する見方です。そのような見方を人文科学的な見方と言います。中国や韓国が政治的に「歴史的認識を問題にするのに対して日本の海部首相は慰安婦や強制連行のことを指摘されたとき、「私が手を下したわけではありませんので追究されても答えようがありません。」と答えて、世界だけではなく、日本国民を驚かせたことがありました。最近も安倍首相が、戦時中の日本北が行った問題は、既に賠償をし、謝罪も済ませ過去の問題になっている。何度謝罪をすればよいというのかと開き直って、ドイツのアンゲラ・メルケル首相に「相手が納得するまで努力することが必要である」という相手の立場になった態度をするようにいさめられたようですが、安倍首相自身はドイツ語とその通訳が理由ではなく、メルケル首相の言葉は理解できなかったようでした。以前国際連盟の事務次長であった新渡戸稲造が、「私は忘れることはできないが、許すことはできる」という有名な言葉を残しましたが、戦争被害者は、その過去の仕打ちを忘れることはできないのです。ただ、加害者は、被疑者から許してもらえるかどうかが問われているのです。メルケル首相は新渡戸稲造と同じことを安倍首相に自由主義国の元日独伊軍事同盟を結んだ同盟国の旧友として助言してくれたのでした。
住宅・建築・都市空間には、歴史の記憶が残り、それを現代に生きて伝えているのです。戦争責任だけではなく、間も・現代・未来は連続しており、私たちはその総てを現代の自分たちの問題として捉え、大切に扱っていかなければならないのです。人文科学的な物の見方が世界の住たき・建築・都市の見方であることを改めて認識することの重要性を感じた旅行でした。次回から何回かに分けてウズベキスタンの見聞したお話をHICPMのメールマガジンとしてお送りすることにします。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



コメント投稿




powerd by デジコム