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HICPMメールマガジン第615号(2015.06.08)

掲載日2015 年 6 月 8 日

HICPMメールマガジン第615号(2015.06.08)
みなさんこんにちは

もう一度初心に帰って
今月(6月)27日、京都でHICPM近畿支部がホームビルダー研究会他6団体と協力して建設業経営の「新築着工頭数が減っていく時代を生き抜くための工務店経営」セミナーを開催することになり、たいへんワクワクした気持ちの高まりとともに、主催者の期待に応えるセミナーを実現できるようにしようというプレッシャーとが高まっています。
そこで、HICPMメールマガジン読者の皆様にも、このセミナーへのご参加をお勧めするとともに、ご一緒になってこのセミナーを成功に導くよう皆様の抱いていらっしゃる問題が的確にセミナーで議論されるよう、ご支援ご鞭撻をお願いしたいと思っています。
このセミナーはHICPM創設以来のHICPMの目的が、HICPM20周年を迎えた現在も、まだ日本社会に根を張っていないだけではなく、根腐れを起こしてか、日本社会の土壌に根を張れないで、枯れかかっています。そのため、もう一度HICPM創設時の初心に立ち返って、消費者本位の工務店が取り組む住宅運動展開をすることにあります。

住宅生産性向上運動
HICPMの運動とは、「住宅生産性研究会」の名称に掲げたとおり、住宅建設業者に生産性を向上させるための取り組みです。「なぜ、住宅生産性の向上なのか」という理由は、住宅建設業者、即ち、「工務店は、製造業者」で、「製造業者の経営は、生産性の向上」に尽きるからです。世界の住宅建設業者が、人類の発祥とともに取り組んできた「衣・食・住」の一角を占める住宅生産を、他産業に対し、より大きな工務店の建設業経営利益と、より大きな職人への労働賃金を支払え、先端産業の地位を維持できた理由は生産性の向上に努めるたゆまぬ努力をしてきたことに尽きます。私は米国の住宅産業の歴史を大げさに言えば半世紀近く追っかけてきて、この事実を確認してきました。住宅バブル崩壊後わずか8年で、米国の住宅産業は米国経済の牽引車に戻ってきました。

江戸時代の建設業経営とは
実は、日本の工務店が最も元気だった時代は江戸初期と言われ、徳川幕府が成立し、天下泰平の世の中が生まれ、戦争が収まったのに城郭が建設され、戦争で亡くった先祖の霊の供養のため社寺仏閣が建設され、人々が安心する生活ができる時代になった住宅は商業建築が盛んに建設された時代でした。住宅生産性を高めるため、標準化、規格化、単純化、共通化を進めるために置き本場建築物の寸法です。木造建築技術の基本となっている規矩術の完成は、この時代の建築需要の拡大を反映させて完成したと言われます。日本の数学や幾何学の水準の高さを西欧人が来て驚いたのも、規矩術の発達と関係していると言われています。学問は経済的利益を求めて発展するもので、江戸時代の元禄時代の経済の繁栄を担った一つの大きな条件は建設業の発展で、そのとき生まれた生産性向上の教訓が、「段取り8分の仕事2分」という考え方です。これこそ建築工事の生産性向上の原則です。

トヨタ方式
現在世界で最も大量の自動車生産を行っている会社がトヨタ自動車です。このトヨタの経営の原点は「トヨタ方式」と呼ばれる「ジャスト・イン・タイム」方式です。トヨタ方式は、日本が戦後朝鮮戦争の勃発と同時に「戦争の放棄」を定めた日本憲法を棚上げにして、米軍の兵站基地とされ、戦前の軍需産業の復興に取り組んだとき、トヨタ自動車をはじめ日本の自動車生産に関しては技術的蓄積が浅く、米分の兵站基地にふさわしくないと考えられました。そこで、経済同友会が中心になって設立しおた日本生産性本部の指導の下に米国の自動車生産システムのノウハウを米国の自動車産業挙げて日本の自動車産業にノウハウを公開する全面的協力で提供されました。米国の最先端の高生産技術を取り入れることで、ベルトコンベヤーの導入からOM(オペレーション・マネジメント)の技術まで、無償で取り入れることができて米国並みの自動車生産ができ、米国のキチする兵站基地の役割を果たすことができました。それは日本が米軍の兵站基地となって軍需物資をできるだけ早く、安く生産することが朝鮮戦争以降の米ソ対立時代の戦争に必要だったからです。

「戦争の放棄」を放棄させた朝鮮戦争
朝鮮戦争は、1946年日本国憲法で定めた「戦争の放棄」という占領政策の基本に真っ向から対立矛盾する形で占領軍自体が方向転換を迫られたほどの大事件でした。日本の戦前までの産業は軍需産業一色でした。新憲法の発布は、「日本の既存の産業を死滅させる宣言であった」と言ってよいと思います。朝鮮戦争の勃発で、日本が米軍の兵站基地にさせられたことは、まさに日本の産業、それは軍需産業と言ってよいと思いますが、そこの復活に向け「神風が吹いた」と言ってよいのです。憲法と矛盾した軍需産業を発展させたことで日本経済が甦ったのでした。終戦直前、日本は米君の空爆により230万戸の住宅が焼失し、朝鮮戦争後の戦前の軍需産業を復活させるうえで、最大の障害となったものが軍需産業に働く労働者の住宅がないということだったのです。その軍需産業が働き出すための鍵は軍需産業労働者用住宅の供給でした。そのため1950年住宅金融公庫が設立され「産業労働者向け住宅(社宅)」の供給が日本戦後の住宅政策としてはじめられました。
一方軍需物資の中でその輸送を担う予想車輛、船舶の生産が最も重要であると考えられ、その生産性の古城が取り組まれました。米国がその自動車生産のノウハウを生産工場を日本の自動車産業に全面的に無償で開放し技術を提供したことで、日本の自動車産業が一挙に成長したのでした。いま日本では日産やトヨタの快進撃を見て、日本人が優秀だから、日本人の創意工夫だと勘違いし、その全てが軍需と無関係に日本の自動車産業を発展させた『平和憲法のおかげだ』等といった「世迷言」を口にする知識人や政治家が多数います。

歴史認識の重要性と出版
私はHICPMが取り組んできた住宅生産性運動が店開きをして15年経過し、輸入住宅ブームが去るとともに、「閑古鳥」も泣かない状態が数年続きました。米国の住宅経営管理技術の日本への移転というHICPMの目的が達成どころが出発の著にも就けない原因を研究するために、もう一度、HICPM創設の初心に帰って、日本の住宅産業の歴史の調査研究を始まました。約3年かけて行い、最近やっと研究成果に目鼻が付き、目下まとめの段階に入っています。その調査研究の成果は何とか書籍にして、広く会員の皆さんだけではなくわが国の住宅産業関係者に知ってもらわなければならないと思い出版の取り組みをしてきました。しかし、出版業界は電子産業に押され、全くその基盤が壊され、自費出版などであれば細々と出版ができても、一般的にはほとんど不可能な状態になっています。HICPMも以前は毎年のように最低1冊以上の単行本を出版してきましたが、この5年間は出版原稿を求めても出版できない状態が続いてきました。しかし、その厳しい障壁を乗り越えても住宅産ぎゅかいの生産性を高めるためには、その障害となっている問題とその解決策を明らかにした書籍を出版をしなければと考えてきました。

厳しい出版業界の中で出版の実現へ
今回住宅生産性の問題を住宅産業関係者に正しく理解させるためには、日本の住宅産業の戦後史の正しい認識が無くては不可能であると考えました。そこで調査研究した成果は出版させなければ伝えることができないと考え、出版に拘り、出版社にそのお願いをしてきました。出版社に必ず儲かる本をつくるためには、読者の関心にこたえ、かつ、読者の負担できる安い価格で読みやすい内容の本でなければなりません。既にまとめた調査研究の内容をその目標に合わせてすでに何度も書き直してきましたので、これまでの書籍政策の作業量であれば10冊分以上の作業をしてきました。しかし、訴えたいことは書けても、読み手の視点からは非常に不十分で、何度書き直しても思い通りにまとまらず、苦しんでいます。出版は少ない費用で実現させようとするため、内容が住宅産業界の人の知りたい情報とその解決策がしめされ、薄い単行本ですが活用できるようということを目指して、現在、2冊の別な内容を扱う本として纏めることにしています。出版社もこちらの考え方を了解され、出版の可能性は、ほぼ確定段階にありますが、書店の負担の軽減のため出版助成を住宅財団に申請し、出版を実現しようとしています。

調査研究の成果を住宅産業界へ還元
日本の住宅産業が現在の生産性の向上に関心を持たない状況になっていることには歴史的な背景があるのです。朝鮮戦争がきっかけとなって日本が実践した日本の住宅政策と住宅産業の結果が、現在の日本の住宅産業体質を作ってきたことを理解することが日本の住宅産業としての改善に必要だと思います。住宅の生産性向上が工務店経営完全の基本であることが分からないと経営改善を行うことはできないからです。住宅産業に携わっておられるかとのほとんどが間違った認識に縛られているために、世界のホームビルダーと同じ認識が持てず、日本の住宅産業はタイタニック号のように危険な海の中違沈んで行っているのです。その中で工務店は右往左往させられているのです。今は生産性向上という救命具を付けて沈没する日本の腐敗した住宅産業から脱出しなければいけないのです。その住宅産業に対する認識をするためには、客観的に日本の産業の歴史と現状を理解しなければならない。その歴史認識を正しくしてもらうために調査研究の成果を還元しようと考えているのです。

6月27日のセミナー
冒頭に記載しました京都で6月27日に開催されるセミナーでは、米国の状況の紹介ではなく、日本の住宅生産の歴史を踏まえて考えた結論として、江戸時代に現在の日本の木構造が確立したと言われている時代とまったくおなじ木構造を担うホームビルダーが北米の中核的産業として国家経済を発展させ、ホームビルダー(工務店)や大工や建設業職人が社会の中の高い賃金を得る労働者として台頭してきたことを考えてみる必要があると思います。これからの長い取り組みの始まりです。
「NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷英世」



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