戸谷の言いたい放題

「産業から国民」本位の住宅都市政策

掲載日2015 年 11 月 6 日

「産業から国民」本位の住宅・都市政策
―「都市再生事業」という贋金づくりの経済学―

NPO法人住宅生産性研究会
理事長 戸谷 英世

はじめに:「聖域なき構造改革」

第1章    聖域を侵犯する住宅・マンション建て替え・都市再開発

住宅を取得することで貧困化する社会問題
本書で取り上げる第1の社会問題は、国民が住宅を取得することで資産を失っていることである。国土交通省の報告書(中古住宅流通ラウンドテーブル)の中で、政府もその事実を認めている。国民が住宅を取得して購入資産の半額を失う一方で、大手ハウスメーカーと住宅金融機関が住宅の価値と乖離した販売価格によって巨額の利益を挙げている。憲法第14条で「法の上での平等」が謳われ、国家の住宅政策が存在していながら、不等価交換による現象が起きていることは、日本国憲法が蹂躙されているためである。
日本以外の欧米諸国では土地と住宅とは不可分一体の不動産である。欧米では住宅不動産を居住者のニーズに応え健全に維持管理し、必要な修繕を繰り返すことで、既存住宅は現在その住宅を建設するが愛の推定再建設費と物価上昇以上に評価されるため、人々に恒久的な資産形成の手段となっている。住宅は社会的に高い需要の対象となり、欧米の不動産鑑定評価どおり、住宅不動産は物価上昇以上に上昇評価されてきた。
結果的に、欧米では住宅不動産は、恒久的に価値を増殖できる資産と扱われてきた。住宅不動産は国民の住生活ニーズに応える法定都市計画で定められた土地利用計画どおり利用され、住宅地の資産経営、担保価値を高める経営が住民自治で行われている結果、既存住宅の純資産額を上昇し、純資産金融を拡大し個人消費を促し、景気を改善に寄与している。そして、住宅の資産価値増は地方税収増に貢献し、国富の基本として国の経済基盤をつくってきた。さらに、住宅資産増は老後の生活に必要な家計収入の金融源(リバースモーゲージ)となり、国民の幸せな生活の基礎になっている。
一方、わが国では住宅資産を向上する住宅地経営管理システムがない上、不動産鑑定評価制度が欧米の不動産鑑定評価制度と全く同じ名称を使い、同じ用語を使いながら、社会科学的合理性を持たない制度であるため、適正取引に機能していない。日本では土地と住宅を独立した不動産と扱い、住環境を人文科学的環境と評価せず、減価償却という償却理論を不動産評価に不当に持ち込んだ非科学的な価値評価をしてきた。日本では実際の価値の二倍もの価格設定してきた新築住宅の不正に高額に操作した販売価格は、価格操作のできない中古住宅において暴露されることになった。その不正を隠蔽するため、政府及び大手ハウスメーカーは共謀して、減価償却理論を持ち込んだ不動産鑑定評価理論を使い、新築住宅と中古住宅の価格差の矛盾を繕ってきた。
減価償却論は不動産鑑定評価とは全く無関係の理論で、資本形成を支援する会計法および税法上の理論である。減価償却論により住宅不動産の価値を残存価値と定めたのが、日本にしか効力を持たない不動産鑑定評価制度である。その不動産鑑定評価制度は、建設業法で住宅の価値を定める見積方法と矛盾するものである。現在、住宅会社が行い、政府が容認している、広告・宣伝、営業・販売経費を新築住宅の価値構成要素と認めて回収する販売価格(又は、請負契約価格)の設定方法は、建設業法第20条違反である。
住宅の価値は経済学上、需給関係を反映した市場価格で表示される。個々の取引事例ごとの販売価格を平均した自然価格の構成を建設業法第20条で明記している。それは欧米の不動産鑑定評価制度の中の原価方式と呼ばれるもので、材料費と労務費の積み上げで求められる。日本の住宅市場では、サービス経費を、「差別化」により製造費用に隠蔽させた新築住宅価格と、市場の需給関係で決まる中古住宅の間で激しい価格下落の矛盾が発生している。「差別化」とは、住宅の提供する効用(デザイン、機能、性能)で顧客に高い満足を与えられれば、高い価格付けを正当化する理屈である。3つの効用は、いずれも価格で評価できないが、効用の満足を価格で評価できると欺罔することが住宅の「差別化」である。住宅不動産の価値の評価をする方法が不動産検定評価であり、建設業法第20条の見積である。新築住宅の高価格設定の欺罔が、中古住宅で暴露されることを隠蔽するため、産学官の護送船団は減価償却論を共同で持ち出してきたが、新中古の値崩れは説明できない。憲法第14条は、差別化により他人に損失を与えることを禁じている。
その矛盾を一層悪化させている制度が住宅の価値と切り離して実施されている住宅金融制度である。日本以外の世界の住宅金融は、住宅の価値に見合った担保(モーゲージ)による等価交換住宅金融である。モーゲージローンの国では金融機関が担保に押さえた住宅を差し押さえることで住宅ローン債務は相殺される。それに対し、日本の住宅金融では住宅販売価格の約3倍(住宅価値の約6倍)の担保を提出することを条件に、「差別化」された住宅販売価格の融資がなされ、融資対象である住宅の価値を担保にした等価交換金融は行われていない。日本の金融機関の住宅ローン担保は、融資対象の住宅を担保にするだけでは足りず、その敷地及び住宅を購入した個人信用(住宅販売価格以上の生命保険受取額)、言い換えれば住宅ローンを受けた人の融資額以上の生命保険を担保に行う不等価交換金融、という無限責任金融が行われている。それを信用金融(クレジットローン)と言い、融資は担保額の範囲内であればリスクなしで住宅の価値評価と無関係に融資が行え、住宅の価値と無関係な住宅価格設定や、住宅ローンが罷り通ることになる。
新築住宅価格として広告・宣伝、営業・販売経費を住宅の製造原価のように欺罔した販売価格で住宅を販売し、その販売価格の60%もの巨額な粗利を奪う大手ハウスメーカー住宅経営の問題と同時に、その大手ハウスメーカーが設定した住宅価格どおりの住宅ローンで、住宅金融会社が等価交換金融(モーゲージ)の約2.5倍もの金利をリスクを負わないで奪うことができる。住宅金融機関は住宅販売価格の約3倍の担保を押さえ、住宅販売価格どおりの住宅ローンを行ってきた。この大手ハウスメーカーと住宅金融機関による「差別化による不正利益」獲得営業は憲法第14条(法の上の平等)に違反している。
「価格は価値の現象形態」と経済学で定義するとおり、建設業法第20条には等価交換を定めた請負契約の額(住宅の価値を計測する見積方法)が記載されている。しかし、日本の現実の工事請負契約では建設業法が守られておらず、代わって、顧客に「差別化」による高額販売価格営業が横行している。大手ハウスメーカーは担保に押さえた資産額の範囲で、住宅生産原価に流通サービス(広告・宣伝、営業。販売)費用を混ぜ込んで、住宅価格として回収する。そこでは恣意的に市場価格を操作し、利潤を追求する販売価格を決めている。住宅産業による「差別化」とは、住宅の効用(デザイン、機能、性能)の違いを住宅の価値の大小であるかのように住宅購入者を欺罔する憲法第14条違反の価格設定の方法である。
住宅の効用(使用価値:意匠、機能、性能)とは、住宅購入者が住宅に求めている性質(使用価値)であるから、住宅購入者は住宅の効用が顧客ニーズを満足するか、どうかを判断し住宅を選択する。しかし、住宅の効用(使用価値)の大小は顧客ニーズの充足を決める。しかし、効用は住宅価格(経済価値)の大小として評価できる要素ではない。「差別化」による住宅販売は「住宅の効用の高さを住宅の経済価値の高さ」と欺罔する「差別」である。政府が旧住宅金融公庫時代にハウスメーカーの営業支援のため、「差別化」を「割増融資制度」として導入し、現在の「長期優良住宅制度」に繋がっている。しかし、「高品質住宅は高価格」と政府が認める価格設定には社会科学的合理性はない。
住宅が提供する効用を識別できることは消費者が住宅を選択するために必要である。しかし、「区別」を「識別できる物的な差異」以外の「価格」という「物的に識別する能力をもたない」経済的な価値の大小として「差別」することは、住宅の価値の欺罔になる。住宅の価値評価する販売価格は、住宅の経済価値を表すものでなければならない。日本では「差別化」により、経済的根拠を持たないで、住宅を高額で価格表示し販売することが罷り通っている。一方、売り出し期間中に売却できなかった未入居新築住宅(新中古)は、販売価格相当の価値がないため、新築住宅価格の約半額に下落しないと売れない。
問題を更に悪くしているのが、それに便乗した住宅金融機関である。住宅金融機関は旧住宅金融公庫が実施してきた不等価交換金融制度を踏襲したものである。日本の住宅金融は、融資対象住宅の等価交換価値相当分の額(モーゲージ)、即ち、欧米の金融機関が融資している金額(直接工事費)ではなく、その価値の2倍以上の融資を行ってきた。それは住宅購入者を支援するように見せ、購入者からは融資額の3倍相当(住宅の価値の6倍)の担保を押さえ、金融機関の資本家のリスクをなくし、融資利益を欧米の金融機関の等価交換融の2.5倍程度の販売価格相当の融資を実行してきた。その上、顧客にはハウスメーカーの定めた不等価交換販売価格に便乗し、住宅販売額相当の価値を有する住宅と錯誤させ、金融機関自身が欧米の金融機関の2.5倍の融資を行い、2.5倍の利益を上げてきた。その結果、日本の消費者は欧米の住宅の約2倍の価格で購入させられた上、欧米の住宅ローンの約2.5倍の金利を支払わされ「双子の不当損失」を負わされている。

富の再配分として行われた「聖域なき構造改革」
本書が取り上げる第2、第3の社会問題は、違法に行われた都市再生事業の社会問題で、小泉・竹中内閣の「聖域なき構造改革」による都市再生事業により発生した。バブル経済崩壊以降の長引く景気低迷を打破するため、政府によって「都市再生」という規制緩和政策が取り組まれた。「都市再生」とは、バブル崩壊で地価下落損失を回復する政策であった。その政策は都市インフラを改善せずに、土地利用計画で定める容積率と建物高さを緩和し、同じ土地で販売できる延べ面積を拡大し、土地販売総額をバブル崩壊前の状態に戻した。

都市再生事業とは、都市計画法及び建築基準法の改正及びその改正に基づく法定都市計画の改正と、都市計画法による開発許可及び例外許可、並びに、建築基準法による確認及び例外許可の行政処分である。

土地自体の都市基盤整備環境は都市再生により変化しないで、その土地の利用(収容空間の容量)が拡大された。その理屈は「贋金づくり」と同じ仕組みで、都市基盤はこれまでと同じで、土地利用計画だけを拡大する「贋土地づくり」である。規制緩和の結果、大都市では不良債権土地や規制緩和に便乗した土地に高層ビルやマンションが林立し、都市再生事業の実施でバブル崩壊による不良債権が一挙に解消された。凍結されていた不良債権土地は不良債権額に見合った以上の利用が可能になり、不良債権を抱えて苦しんでいた産業は一挙に救済され、規制緩和に便乗し大きな利益を挙げた。さらに規制緩和政策に便乗した開発により、企業は巨額の利益を手に入れ大きく成長し経済活動は活性化した。その結果、その間に東日本大震災に遭遇しながらも6年間に15%もの経済成長は拡大し、小泉・竹中内閣が説明していたとおり景気は浮揚した。
しかし、既存の都市環境に約4倍の容積が同じ都市空間に詰め込まれた結果、都市環境が一挙に悪化した。都市再生事業の陰で都市再生事業実施地区への人口増が進み、経済活動や生活ニーズの増大など発生交通量等都市施設への負荷は増大し、交通渋滞は拡大し、学校教育施設は不足し、仮設教室の建設や、学校区外へのスクールバスが運行された。既存の都市環境の不対応により生活環境の悪化が年を追って拡大した。大震火災でライフラインの機能のマヒが発生し、2次災害が発生する危険性は高くなっている。
日本の高度経済成長時代、向上からの廃液、排ガス、煤塵、騒音の垂れ流し、地下水のくみ上げが、無政府的に進行し公害が都市を死滅させる危険が進行した。そこで、公害規制が行われ、何十年もかけ環境が改善された。今回の規制緩和は、これまでの都市基盤のままで土地利用が緩和拡大された結果、交通渋滞やライフライン機能や都市施設の不足は量的に拡大し、質的に都市機能をマヒさせることになる。しかし、大都市では大震火災などにより、その矛盾は阪神大震災の例に見る通り、一挙に顕在化する危険性は高い。
都市再生事業は総合設計制度に象徴されるように、都市計画法と建築基準法の姉妹法の関係を破壊し、違法な規制緩和を容認したため、都市再生事業が行われた所では、都市環境を著しく悪化した。都市再生事業は、すでに国家権力が介在して決められた土地利用計画を、その変更によって国民に及ぼされる損害を明らかにせず、損失補償をしないで変更することは、憲法第29条第3項違反であった上、その違法な法定都市計画の変更に追い打ちをかけるような違法な開発許可や確認処分が行われた。その背景には都市再生の根本原因となる建築物の最高高さの撤廃と、容積率を平均4倍に拡大する法定都市計画の改正にあった。その行政処分で不利益を受けた国民が、その不利益となる行政処分を争う行政事件訴訟が広く全国で提訴された。国民の受ける不利益は、都市環境の悪化という「贋金使用の影響」のような間接的なものであるため、不利益の量的証明は困難である。
憲法第29条第2項に根拠に置く公共性が認められている法定都市計画を変更するにあたり、その変更が憲法第29条第3項、建築基準法第11条の規定に抵触して行われたからである。法定都市計画の変更が国民の一部に補償すべき損失が発生している。それにもかかわらず、国家による補償手続が行われず、また、既存の都市計画と調和をした開発許可違反が横行したためである。都市再生事業は土地を所有し、規制緩和を受けた人の利益になっても、既存の都市環境を享受していた人たちの利益を奪うことになった。
「聖域なき構造改革」の裏で発生した以下の二つ都市再生事業は、立法、行政、司法を巻き込んだ憲法違反を犯して行われた。「聖域なき構造改革」は、土地信用を基本にする日本の金融政策の弱点を衝き、土地を使った財政支出を伴わない「贋金づくり」の経済刺激策であった。贋金づくりの金融政策は江戸時代の田沼意次の政策同様、小泉・竹中内閣にとって大きな誘惑であった。その基本であった法定都市計画の改正は、政府が一旦定めた土地利用計画を国家補償なしで変更するものであった。それは都市計画決定の持つ計画高権の信頼性を失墜させ、都市経営の墓穴を掘る重大な間違いの政策であった。この規制緩和政策は、「目先の利益のために、将来の国民に大きな危険を背負い込ませる危険性の高い政策」で、それはマンション建て替え事業と都市再開発による都市再生事業である。

キャピタルゲイン目当てのマンション建て替え事業
平成14年マンション建て替え円滑化法(以下「円滑化法」という。)が制定され、マンション建て替えにより経済的な利益を求める人たちの絶対多数の賛成で、強制事業としてマンションが建て替えられるようになった。マンション建て替え事業は地価が建設時と比較して何倍にも高騰した潜在的価値増を経済的な資本価値増(キャピタルゲイン)を顕在化させることで取り組まれるものがほとんどであった。経済的利益が得られないが構造的に危険である理由で建て替え事業が取り組まれた例は、これまでに存在しない。実施された建て替え事業は、マンションが構造耐力的に危険であると欺罔する診断書を作成し、マンション建て替えを決定する構造耐力上の危険性を証明する証拠なしで捏造された診断書の結果を、裁判所が「建て替え推進の国の方針に迎合し、正当化し、事業を強行した」ものばかりであった。現在の耐震・耐久診断書の実体は、対象建築物の危険性を推測できても、危険を断定できるものではない。
円滑化法は景気刺激の大義名分のもとで、そのような無理な説明資料で危険性を欺罔しなくても、デフレ経済からの経済復興という憲法の枠組みを見直す国家的な要請の前で、経済的利益のための建て替えを実施できるようした法律である。私有財産権の保障に優先できる強制事業の根拠を定めた憲法第29条第2項の「聖域」を突破し、円滑化法第4条で「区分所有者の合意形成が整えばよい」と憲法の拡大解釈が行われた。憲法上明確な根拠をもたない強制事業に、憲法の拡大解釈で法的な根拠を与えた円滑化法第4条の施行は、「慎重を期すべきこと」が国会で議論され、「区分所有者の合意形成に関するマニュアル(以下「マニュアル」という。)が国土交通省により制定された。
規制緩和による建て替え事業成果を挙げることを急いだ国土交通省は、円滑化法の「マニュアル」を蹂躙し、円滑化法および建物区分所有法に違反し、建て替え事業の推進を「聖域なき構造改革」の成果として示すため、違法な事業を陣頭指揮した。その結果、建て替え事業者が巨額の利益を手に入れた一方で、反対者には懲罰的な犠牲が強いられた。その不当な損害に対し損害賠償事件が提訴され、既に、12年を経過した今も係争中である。

第2種低層住居専用地域での環境破壊の都市再開発事業
都市計画法と建築基準法は世界に例を見ない「姉妹法の関係」で結ばれた法律である。都市再生事業は「姉妹法の関係」で結ばれた2つの法律の関係を切り離し、それぞれが独立して存在している法律のようにその関係を無視した規制緩和を行った。その緩和規定を駆使し、塩漬けにされていた土地の容積率を総合設計制度及び「一団地の住宅施設」と第86条の緩和等の規制緩和等を構造的な官民癒着の違反事業として実施された。
都市再生事業による規制緩和の内容は法定都市計画を全面的に改訂し、その上に、法定開発限度の2.2倍の容積率、法定建築高さ限度の2倍の建物高さ、法定開発面積の1.7倍の建蔽率の建築物を実現する土地利用規制を違法に緩和した。その規制緩和により、土地を所有し規制緩和を取り入れた企業は、「同じ面積の土地を只で手に入れた以上の巨額な利益」を得た上、補助金を受け入れ、さらなる不正利益手に入れた。その一方で開発地の周辺住民は都市再生事業により奪い取られた利益の見返りとして、都市の過密化による環境悪化の不利益を被った。
法定都市計画を変更する場合、都市計画法施行者がその変更によりどのような権利内容の変更が起きるかを明らかにして、変更により不利益を受ける者には国家が補償しなければならない。都市再生事業による利益は景気浮揚になると説明されたが、都市再生事業を実施した結果、確かに規制緩和を受けた者は期待以上の利益を受けた。
しかし、その規制緩和の利益を受けたため、発生する反射的な損失補償の説明なしに法定都市計画が強行され、不利益被害が国民に及ぼされた。そのため、被害者は都市再生事業による直接、間接の被害が、「青天の霹靂」のように襲い掛った。その被害に動転した国民は行政庁に駆け込んだが、相談にも乗ってもらえ得なかった。取り敢えず行政不服審査請求を行ったが、行政は住民の立場を理解せず、行政事件訴訟として司法に訴えた。司法も行政同様、住民の訴えが違法であると反証をせずに、住民の訴えを却下し、事業を適法な事業であると容認した。行政事件訴訟で住民たちは法律に照らした正しい裁判を期待し、最高裁判所にまで上告した。しかし、本書で取り上げたとおり、住民の訴える「法律に照らして公正な裁き」は、裁判所から全く聞かれることはなかった。
本書で取り上げた「法定限度の2倍を超える違反建築物を適法とする」司法上の判決は確定したが、首都直下地震等が発生すれば、この違反建築物が関係し、交通は渋滞し、近隣に防火避難や救命救急施設に大きな危険を及ぼす恐れの高いと判断したため、住民は建築基準法第9条による取り壊しを求める行政事件訴訟を提起し、目下、係争中である。

第2章 3種類の重層した規制緩和の政策.

第1の規制緩和:
「聖域なき構造改革」(憲法拡大解釈)
小泉・竹中内閣が進めてきた憲法違反の「聖域なき構造改革」が多くの国民に批判されないで支持されてきた理由はなぜか。直接的にはバブル崩壊により経営を間違えた企業が大きな不良債権を抱えていた。その企業損失は、基本的に企業経営の失敗によって発生したものであるから、当初は各企業の経営責任者により解決されるべきとする主張が企業内にも、社会的にも強かった。しかし、経年するにつれ企業内の人事も変わり、責任者とその責任内容を追及することが困難になってきた。しかも、バブル崩壊による経済・金融政策の失敗の責任追及は、社会全体の経済との関係が広がるにつれ、国家的な政策、即ち、経済の良循環を引き起こす政策か、国家による直接的な企業救済、又は、行政上の規制緩和によるテコ入れをする政策以外に解決する方法は見当たらなくなって行った。
バブル経済崩壊後、税収が低迷し、その財政不足や、その元での総花的な景気刺激策が重なって国債が累積し、気が付いてみたらⅠ千兆円を超す規模に膨らんでいた。国民の預貯金や保険金の運用を理由に、国債を政府の政策で買わせることで、政府は対外的の肥大した国債は問題ではないと強がりを言ってきた。しかし、国債は国民に肩代わりさせることができる債務ではない。政府は自己増殖するようになった1千兆円を超す巨額な国債を抱え、財政赤字に悩む小泉内閣は、増税や、財政支援政策で企業の担税力を高め税収拡大を好転させる政策はとれず、さりとて企業責任の追及も行えない八方塞がりの状況に追い詰められていた。結果的に竹中金融大臣の取った政策は、赤字財政の歴史に学んだ単純明快な経済・金融理論、即ち、江戸時代から常套手段として利用された方法・徳政令を実践した。竹中平蔵の金融政策論は対症療法として、責任追及をしない企業救済を「贋金づくりの政策」都市再生事業で不良債権を帖消しにする規制緩和政策を採った。
戦後の日本が米軍の兵站基地となり軍需産業復興政策を受け入れて経済再建したと同様に、「自助努力ゼロで負債を帖消しにする」政策であった。規制緩和に依存する政府の他力本願の政策は、政府も企業も責任を負わないもので、国民に広く、長期に亘って負担を転嫁する政策であるため、政・産・官・財には受け容れ易いものであった。開発関係者の目先の利益中心に考え、未来に大きなしわ寄せを国民には知らせないで実施する「先楽、後憂」のスクラップ・アンド・ビルドの「フローの政策」であった。それは欧米の住宅・建築・都市の居住者が享受している法定都市計画を尊重し、住環境と住生活を守り、国全体が節約をし、適正な住宅と住宅地の修繕と維持管理を行い、将来の住宅資産価値を高める資産形成を重視する「ストックの政策」の対極にある政策であった。

「構造改革を求める社会経済的背景」
1985年の「プラザ合意」後、円高は1ドル240円台から130円台へ、最終的には70円台にまで円高は昂進した。日本企業はニューヨークのロックフェラービルをはじめ、多くの米国不動産を購入した。円高は輸入を促進し海外旅行を促した。日本銀行の澄田総裁及び三重野総裁は「日本が世界の3大経済中枢極になる」前提で、1990年までの世界経済の中で東京都心を世界的商業・業務集積とするため、5,000ヘクタールの商業・業務床需要に応えるビル建設用の地上げを実施するための金融緩和を行った。
そのときの不動産買い替え需要は都心から郊外へ、大都市から地方都市へ、やがて全国の過疎地域にまで玉突き現象で連鎖反応した。土地の信用膨張が株価を引き上げの連鎖を引き起こし、資産の上昇が株式と土地投資を促し、リゾート開発ブームとして全国的に拡大した。金融緩和は、土地が事実上過剰供給状態にあったにもかかわらず、土地担保金融の「担保にする更地の土地需要」まで土地の実需用として扱い、需給関係は需要過多となった。そのため、地価は天井知らずに高騰した。土地は投機により払底し、地価は土地購入者の支払い能力を逸脱して高騰し、日銀は地価の制御不能と判断し金融引き締めを行った。バブル経済は急ブレーキが掛けられ、資金が回らず、バブルは崩壊した。
バブル経済の崩壊で住宅積立分譲御三家(殖産、電建、太平)、輸入住宅(フロンビルホーム、三井物産インターナショナル)などの経営破綻と並んで、個人の住宅ローン破産やローン自殺が相次いだ。それを追っ掛け多くの中小住宅会社が破綻した。個人向け住宅ローンを主に取り扱う金融業者・住専(住宅金融専門会社)は破綻(1996年)し、山一證券と一体となった日本長期信用銀行が破綻(1998年)した。政府系の長銀、勧銀、日債銀の他多数の金融機関、証券会社、大企業の倒産は、米国の住宅バブルが崩壊した翌年のリーマンショック(2008年)に相当する金融大破綻を惹き起こした。
しかし、円高に踊った政府・日銀は政府の金融政策によりバブル経済を再生できると間違った判断をした。バブル経済自体が理解できていなかったため、住宅金融公庫を使って個人住宅融資を当面の元利繰り延べ償還を認めた「ゆとり償還」制度で住宅需要を刺激し、再び住宅需要が回復できると国民を犠牲にして景気刺激ができると、政府は国民生活不在の間違った判断に立ち住宅政策を推進した。
その施策は国民に返済不可能な過大な借金を背負わせ住宅購入をさせた結果、その住宅投資により景気刺激を行えなかっただけではなく、住宅ローン返済不能者を拡大させる結果になった。国民の住宅ローン返済不能事故が急拡大し、バブル崩壊の傷を一層拡大した。その結果、日本は世界中の例外の住宅金融の無限責任(クレジットローン)国であるため、住宅ローン自殺や個人破産が急増し、それに対応した生命保険会社の倒産が相次いだ。

バブル経済の崩壊
事実上のバブル崩壊は1990年代にはじまっていたが、政府のバブル崩壊の認識とその債権整理が本格的に始まったのは、「ゆとり償還」金融の失敗が判明し、長銀の破綻した1998年から後であった。バブル経済が崩壊をしたにもかかわらず、企業も政府も損失と債務の実態が把握できず、破産清算方法も明確にならず対策も採られなかった。金融機関の倒産危機への対応は政治や金融政策として取りざたされても、国民の住宅ローン破産は、住宅政策の失敗が原因であったにも拘らず、国民の自己責任の問題とされ、救済政策の歯牙にもかけられなかった。
地価が平均して4分の1程度に下落したにもかかわらず、金融機関も開発業者も、株式の持ち合いをしている企業間では債務清算により倒産することを恐れ、実際の地価が下落しても帳簿上の地価を下落させず、担保価値は維持されている扱いをする粉飾で、破産を回避してきた。会社内部や同族で損失を隠蔽し解決を先延ばしにした。その際、融資を受けてきた金融機関には地価が下落していないと見なした会計帳簿上の粉飾操作をする代わりに、借り入れた金融機関には借り入れ資金の利息を支払い続けることを条件に、金融機関としては不良債権としない扱いが行われた。それらの土地取得のために融資され、土地買収に使われた資金は購入地価での土地活用はできず、その額面価格以上で売却し損失を出すことは経営破綻に繋がり、不動産処分は不可能であった。
それらの土地は経済的に利用できず、換金する途はなく事実上凍結された。その結果、地価下落した土地所有者は、地価がバブル時代のように再び高騰するまで、金利を払い続け、土地を保有し続けなければならなかった。そして、粉飾による企業救済は、金融機関に金利の支払いをエンドレスに続ける銀行救済優先策であった。粉飾土地を抱える企業は、累積する金利負担のため、売れない土地を保有した企業は急激に経営を悪化させ、賃金を切り下げ、経済全体をデフレ化させ、政府に究極の救済を求めるようになって行った。

企業経営の失敗と政治的問題解決へ
企業経営悪化の問題は日本全体の経済活動の足を引っ張り、非正規雇用労働者を中心にする企業経営の常態化を拡大し、長期に亘る経済不況の原因になっていった。バブル崩壊後の不良債権問題は企業経営の失敗の責任追及や不良債権を含む粉飾資産の問題として、バブル経済崩壊直後は、企業責任を追及すべきとする与論が厳しかった。しかし、責任を負うべき企業もその経営責任者も絶対数が多過ぎ、さらに、企業の損失額も大き過ぎた。そのうえ、経営改善や経営責任回避のための人事異動も相次ぎ、いつの間にか経営責任の追及は議論できなくなった。それに代わり、国の経済活動全体がバブル崩壊後低迷し、雇用構造と労賃構造が崩壊し、国民の消費は冷え、景気が落ち込み、国債依存の景気刺激策と金融緩和が実施され、長期ゼロ金利が続きデフレ経済が深刻化していった。
しかし、この財政金融政策によっては投資が誘発されず、国内の経済政策が不在の状態で円安が進行し、深刻なデフレ化が進み、経済成長は低迷し、GDPは中国に追い抜かれた。経済活動が停滞するに伴い、いつの間にか企業の責任追及の世論は消され、景気浮揚と経営破綻に瀕している企業救済が政治問題になって行った。私企業の経営問題から国家としての経済対策や景気刺激対策として取り上げられ、バブルに踊った企業の経営責任問題は、当面の猶予のできない取り組むべき景気刺激問題にすり替えられた。経済界全体がバブル崩壊による損失を国家権力で解決することを望むようになり、企業の内部矛盾は国家の経済政策という外部矛盾に置き換えられた。経済環境改善の要求は形振り構わぬ緊急の政府の景気刺激策として、産業界全体の共通する経済対策要求として規制緩和に対する解決に置き替えられていった。
その結論として登場した対策が小泉・竹中政権における「聖域なき構造改革」としての都市再生事業である。ここで注目すべき言葉は、「聖域」である。この言葉は十分な説明がないまま、突然、小泉・竹中内閣から飛び出した。当時、政府は聖域の説明を求められ、郵政民営化や道路公団の特別会計など政権政党の派閥利害や官僚機構との利権のような追及の差し控えられていた問題であるとの説明もなされていた。しかし、いずれもこれまで政府関係者の説明の中の「聖域」侵犯の問題とする説明になるものはなかった。

聖域の侵犯
「聖域」の言葉をよく調べてみると、そこに政府の本音が露骨に表れていた。小泉・竹中内閣が実際に侵犯した「聖域」とは日本国憲法であった。日本国憲法は自由主義経済の富の分配の基本を定めている最高法規である。憲法は、国民が総意に基づいて決定した全ての国民が合意した絶対に侵してはならない富の分配を決める「聖域」である。憲法は国民の総意で変更可能な聖域である。しかし、「聖域なき構造改革」は、「聖域」の蹂躙を憲法改正しないで、立法、行政、司法により実力行使しようとするものである。つまり、「聖域なき構造改革」は憲法違反を前提にした構造改革であるから穏やかではない。
本論で取り扱う三つの事件は、結果的に日本が民主的法治国ではない事実を暴露している。その根拠は日本国の立法、行政、司法の三権が、日本憲法上かつては「不可能」とされていた規制が「聖域なき構造改革」の名の下で侵犯が可能にされ、かつては認められなかった法律施行が、経済環境の変化を理由に「開発許可の手引き」(東京都)、「総合設計制度の準則」(国土交通省)等の行政指導により適法な行政事務として行われてきたことである。
規制緩和と言われてきたものは、表(おもて)では、憲法や法律の拡大解釈を適法と言い、裏(うら)では、政府が率先して憲法違反の行政を繰り返し、企業利益の拡大を図る違法な処分を容認し、不正を幇助し、国民の利益を侵害してきた。「聖域なき構造改革」は、憲法第9条の「集団的自衛権」の閣議決定同様、第1の事件では、憲法第14条(法の上の平等)で禁止している「差別化」による詐欺行為、第2及び第3の事件では、憲法第25条(健康で文化的な環境)、第29条(私有財産の保障)で定めている「公共性」の濫用等、企業・政府にとって都合のよい憲法拡大解釈、即ち、憲法違反による行政の実施であった。

第2の規制緩和:
「贋金づくり」(贋土地づくり)
大判、小判の純金の含有量を操作することで通貨量を増やして、それによって財政力を高めようとする金融政策は江戸幕府の財政危機により、苦し紛れに何度か行われてきた。古代の金貨に人が噛んだ歯跡がある理由は、硬貨の硬さで金貨への混ぜものを確かめたからであった。現在は金本位制ではないので、流通する通貨の量をそれに見合う資産価値の保有との関係で貨幣の信用力を維持することが管理通貨制度の基本ある。金本位制でなくても管理通貨制度による通貨の価値の維持が国家の経済の安定の基本である。
日本の場合は土地本位制と言われているとおり土地の信用力に依存し、土地信用金融で経済を展開してきた。そのため、土地管理がしっかり行われていなければならないが、日本の土地管理は極めて杜撰で、国家及び地方政府として都市信用の対象となる土地の賦存量の把握さえ満足にできていない。それがバブル崩壊で事実上凍結された土地購入資金の利払いで企業精鋭を苦しくした事実が生まれたが、その対象となった土地が社会的に明確にされることはなかった。凍結された土地の賦存量や、その場所すら社会的に明確にされず、土地担保金融政策が合理的に行えるはずはない。不良な土地担保金融の実態を白日にさらすことはついに行われなかった。いやしくも国家の助成を行うならば、助成すべき事情を国民に開示することは当然のことであった。バブル崩壊後の経済政策が行えなかった理由こそ、土地担保金融の実体が不明瞭で、国民に開示できなかった理由があったからである。バブル経済は地価と株価とが相乗効果で経済過熱を日本銀行が容認し金融緩和を実施し日本経済を活性化させていた。ところが、日本銀行が金融政策でバブル経済を制御できなくなり、土地担保金融の問題を明らかにせず、融資内容の良悪を検討せず、一挙に金融引き締め、企業経営が一挙にブレーキが掛けられ、経済活動はパニックに陥った。
バブル崩壊で債務の清算処理(ハードランディング)をしたわけではなかったので、債務は粉飾され、企業経営の問題を先送りする形で財務処理はされなかった。債務処理を曖昧にしてきた後遺症が20年以上継続し、回復できない地価を回復させないとバブル崩壊の傷は癒えない。そのようなバブル崩壊後の債務状態に対し、政府の規制緩和政策は、不良債権の原因や責任を全く問わず、地価が戻らなくても、下落した土地の売却益総額を地価下落前の大きさにすればよいという竹中金融大臣の考え方で規制緩和が実施された。その経済・金融政策が中心に据えた「聖域なき構造改革」が都市再生事業である。
都市再生事業は、容積率と建築物の高さ規制を緩和し、バブル時代の土地の売上高になるように土地の販売量を拡大できれば経済損失問題は解決できる。地価は経済理論上、土地利用計画と不可分一体で、土地利用の拡大に合せた都市基盤整備(純金量)がなくて開発(通貨発行)を行えば、当面の土地売却益は通貨量だけ増える。その意味で小泉・竹中内閣が行った「都市再生事業」は土地本位制国家と言われる日本国の土地利用における「贋金づくり」政策で、都市基盤整備が伴わなかった分は都市の機能障害になる。
小泉・竹中内閣がバブル崩壊で大きな不良債権を抱えた政府自身及び企業救済をするために使った手口は、都市基盤(含有させる金の量)は変えないで、容積率(貨幣額面)と建築物の高さだけを高め、土地売却益を吊りあげる政策、「贋金つくりとその行使」に集約できる。土地信用崩壊が原因で地価下落が発生した分の地価下落分の損失を、竹中平蔵は土地利用計画の改正を使った錬金術で「贋金決済したらよい」とした。
竹中平蔵の金融政策とはまさに都市再生事業は土地を使った「贋金づくり」である。その「贋金づくり」の手段は都市再生事業と言われる都市計画法、建築基準法等の改正、法定都市計画の改正及び都市計画法による開発許可、「一団地の住宅施設」と総合設計制度の濫用、都市計画法と建築基準法の「姉妹法の関係」の切り離し、並びに、円滑化法の制定及び建築物の区分所有法の関連改正と、それに合わせた許認可処分である。
「贋金づくり」の執行者は、都市計画行政および建築行政とそれ等の違法な贋金造りと贋金行使を行った法定都市計画の変更した都市計画法の施行者、開発許可及び建築確認の行政処分権者である。規制緩和の行政処分によって得た利益の分配は、都市環境を破壊するから、不当に行われると不利益を受けた国民が行政事件訴訟として争うことになる。司法は法律を拡大解釈し、行政処分を追認することにより「贋金の行使」を正当化した。その「贋金づくり」の実際は国民の生活環境の悪化という形をとる。

法定都市計画の緩和改正と容積の拡大
バブル経済により地価は高騰し、やがて下落した。その落差の大きさは土地の立地条件や利用方法により大きな差異がある。しかし、大雑把に見るとバブル膨張時の土地担保総額とバブル崩壊後の担保地価総額の差は全国平均して4倍程度と考えてよい。つまり、融資の担保土地の評価がバブル最盛時の概ね4分のⅠになった訳であるから、担保価値評価額の縮小分は融資を受けた企業の損失となる。その損失を隠蔽・回避しようと地価評価を粉飾し会計処理をした。粉飾価格での利払いで損失が顕在化することを隠蔽し、当面の経営破綻を回避したが、累積赤字は増加し続けた。土地は粉飾価格では利用できないので凍結され、粉飾地価評価に基づく累積利払いは、企業経営の首を絞め企業活動を圧迫した。その企業経営悪化の集積は、日本の景気全体をデフレ状態に悪化させた。損失を第3者に転嫁することは公正でないし、個別の企業で実施できるほど簡単な問題ではない。
日本では政府関係機関及び大企業はバブル時代の都市開発の責任を果たさず、すべての損失からの企業救済を国家の政策に求めてきた。竹中平蔵の考え方は、下落した市場の需給関係で決められる地価を、政府の経済・金融政策での操作により回復しようと景気刺激財政・金融策で試みたが悉く失敗した。日本は土地信用に依存し、財政出動で経済運営をしてきた国である。日本の1,000兆円の累積国債は、景気回復のための小出しの財政出動の総決算とも言える。竹中平蔵の金融政策は土地を利用した「贋金づくり」政策であった。そこで、「禁じ手」とされていた法定都市計画の変更を持ち出した。
「禁じ手」とは、同じ土地を4倍以上に使えるように法定都市計画を変更する政策であった。そうすれば土地の売上総額は、地価が下落した状態でもバブル崩壊前の地価総額だけの売り上げを可能にし、借入資金を回収できる。その結果、下落していた地価も土地利用を4倍に拡大し利益を生ませることで、結果的に地価自体も回復する。竹中平蔵の経済理論は単純で分かり易い憲法第29条第3項、建築基準法第11条に違反する禁じ手で、過去に政府は国民に気付かれないように行っていたが、やってはならない方法である。
しかし、経済不況の打開はこっそり行えるような規模ではなかった。小泉・竹中内閣の都市再生法で示された贋金づくりでは、政府は産業界と学識経験者で構成する「聖域なき構造改革」を掲げた総合規制改革会議(議長、宮内義彦オリックス㈱会長、委員、河野栄子㈱リクルート会長、森稔森ビル㈱社長ら不動産業関係者と並んで、八田達夫、神田秀樹東京大学教授ら4名の公私立大学の御用学者)を使い、憲法に挑戦する理論を組み立てた。総合規制改革会議の結論にそれを政治に反映させることには、その政策により都市再生地近隣が被る不利益に対する憲法第29条第3項に関する検討が全くなされなかったので、都市再生事業は憲法違反であって、正当性は認められない。

法定都市計画と「計画高権」:将来に責任を持つ「ストック」の都市計画
法定都市計画どおりに土地利用をするためには、土地利用を都市計画決定どおり行えるような土地基盤の整備が必要である。日本はかつて都市のスプロールを経験し、後追いの都市基盤施設整備は非常に不経済となる苦い経験をした。都市のスプロールは日本にとって猶予できない事態と政府は判断し、1968年英国の都市農村計画法に倣って都市計画法が制定され、市街化区域と市街化調整区域の線引き制度と開発許可制度が導入された。都市が土地利用計画どおりの機能を発揮するためには、法定都市計画で定められた土地利用計画に見合った都市のインフラ整備がなければならない。
法定都市計画は都市計画法で定めた手続きに従い、土地利用計画と一体的に都市施設整備計画を立て、その計画の実現を国家権力で担保することで、憲法第25条で定める健康で文化的な住宅・建築・都市環境をつくることになる。都市計画区域内の土地は同じ更地であっても原野とは違って、法定都市計画により土地利用が裏付けられて地価に見合った地盤の整備が実現される。法定都市計画は都市の到達目標を示す基本計画で、一旦決定した限り、未来永劫に亘って、その計画に拘って都市の資産形成を行う国家が担保する計画である。それが開発行為を規制する開発許可制度である。
欧米の都市計画は都市計画決定により国家がその計画の実現を担保し、それに違反する計画は許可しない。法定都市計画は国家が都市計画法に基づき土地利用計画を決定し、その実現を国家権力が担保するものである。一旦決定した法定都市計画は余程なことがない限り変更してはいけない。法定都市計画が安定しなければ土地利用は安定せず、不動産を所有する国民の国家に対する信用も揺れる。「恒産無ければ恒心無し」で、土地利用が安定しなければ国民の心が落ち着きを失い国家の統治が揺らぐことになる。
通貨の価値は金本位制であれば金の価値で決まり、現行の日本国の通貨の価値は、その通貨を担保している国家の金融政策と金融資産の量で通貨の管理内容が決まる。同様に、土地の価値は都市計画で決められた法定土地利用計画とそれに対応する都市施設計画等によって決められる。私有財産制を国の基本に置く日本では憲法第29条第1項で国家による私有財産の保障を定めている。それを憲法第25条で定めた健康で文化的な環境を造り維持するために、憲法第25条を根拠に都市計画法が制定されている。
都市計画区域内の土地は移動することができず、私的に所有されその土地利用は近隣地区の土地利用と不可分な関係で影響しあっている。その土地の上下の都市空間は法定都市計画により私的に排他独占的に利用できる部分と社会的に利用される部分とに分けられる。そして、法定都市計画に沿って都市基盤整備も土地利用計画と整合性をとって整備される。よって、私的に所有される土地であっても都市計画法及び建築基準法で土地所有者が排他独占的に利用を認められた空間以外は社会的な利用が都市計画法により保障されている。国民の所有する都市計画区域内の土地に関し、それを法定都市計画通り利用する場合には、憲法第29条条第2項を根拠に国家がその土地利用を実現できるように守り、土地所有者は法定都市計画通り使うことができる。
そのため、法定都市計画に定められた内容は、国家権力が私有財産に関し、強制権を行使して法定都市計画を実現することができるように定めている。国家権力によって法定都市計画を実現する権力を「計画高権」と呼んでいる。「計画高権」により法定都市計画で定められた土地利用計画以外の土地利用は許可されないため、その土地利用計画が計画段階であっても、実現した後においても法定都市計画通りの土地利用は国家が保障してくれている。よって、国民は安心して法定都市計画に照らした土地利用計画を実現できる。

国家権力が決定した私有財産権の変更
法定都市計画で定められた土地利用計画に基づいて建築物を造る仕事は土地の加工で、宅地造成同様、土地利用計画(用途、形態、高さ、建蔽、容積等)に合わせた加工である。建築物という土地と独立した不動産をつくることではない。「建築行為」は社会科学的には、「開発行為」と同様、建築物は土地の加工形態の一部に吸収されることになる。日本における土地と建築物の扱いは、世界の不動産法規で定めるように一体の不動産と扱うのとはと違う。まず民法第87条で土地と建築物とはそれぞれ独立した不動産とみなし、都市計画法と建築基準法がそれぞれ土地と建築物とを独立した不動産として扱っている。日本では地震売買による矛盾が生まれ、その矛盾解決が建物保護法であった。
現行の都市計画法は、英国の都市農村計画法を下敷きにして原案が作成された。そこでは英国の計画許可同様、法定都市計画を決定することで土地利用が決定された。現行法の開発行為及び建築行為は土地利用計画に合わせた土地を加工したもので、建築行為それ自体は開発行為と独立して行われても、建築不動産は土地と一体不可分の不動産で社会科学的に建築物を土地と分離できない。法定土地利用計画を変更することは憲法第29条第2項に定める国民の私有財産に影響を与えるため基本的に認められない。しかし、憲法第29条第3項に基づき既存の土地の権利者に法定都市計画として定められた土地利用計画を変更する合理的理由があり、かつ、変更に伴う損失を補償した場合には、都市計画法に定められた手続きに基づき変更を行うことができる。
その理由は、一旦、都市計画決定した法定都市計画は、国民が合意し将来にわたって実現する計画高権で担保された計画であると都市計画法で定められているからである。法定都市計画は基本的に変更しないことを前提で、法定都市計画を作成し都市が造られてきた。都市計画区域内の土地の権利者は法定都市計画を前提に土地利用計画を立てている。社会経済の環境変化により土地利用計画を変更しなければならない場合も発生する。その場合には、土地利用計画の変更も行われるが、いずれの場合にも都市計画区域に居住する市民の合意形成が大前提である。都市の基本計画のもとで部分的な地区レベルの詳細土地利用計画の変更は、スポットゾーニングや地区詳細計画など部分的修正が公聴会と変更計画の縦覧等の権利者の合意で行われる。
しかし、小泉・竹中内閣の都市再生事業関係が実施されたような法定都市計画の変更は、土地利用により生まれる富の分配を変更することである。法定都市計画の変更は、限られた都市の資源をバブル崩壊で損失を被った土地を所有する者に利益を供与することを狙った地殻変動みたいなもので、利益を得た者がいる半面、損失を被る者が生まれる。その社会経済的影響は甚大である。そのためこのような法定都市計画で定められた土地利用計画の変更が住民の合意形成なしで安易に行われることをしてはならない。
法定都市計画を変更すれば、関係権利者に利害得失が発生する。その場合、発生した損失に対し、国家が損失補償をするべきことを憲法第29条第3項で定めている。その実定法上の規定は建築基準法第11条である。一旦決定された法定都市計画としての土地利用計画は国家権力が実現を担保することを決定し、それ以外の土地利用を制限している。そのため、法定都市計画を変更することは余程の事情がない限り許されない。
それを行うときは国家による損失補償の問題が発生するので、国は国民に法定都市計画の変更する公共性の理由と変更による利害得失の発生内容を説明し、それらの損失補償等に関し、関係権利者に説明責任を果たし、その合意形成をする対応が求められる。今回の都市再生事業の場合にも都市計画法による計画変更、計画の縦覧、公聴会といった手続きが行われた。しかし、それらの行政事務を実施する場合、都市計画の変更が憲法第29条第3項に該当するものであるかどうかの検討そのものがなされていない。法律上の型式が踏まれても、法律が求めている実態調査が行われ、国民への影響が明らかにされなければ、国民は判断ができない。都市計画法の法律事務手続きでその内容が分かる人は皆無である。

小泉・竹中内閣の「都市再生事業」
小泉・竹中内閣が「聖域なき構造改革」として実施した都市再生事業として実施された法定都市計画の変更は、都市計画法と建築基準法を改正し、土地を巡る利害関係の変更であるので、関係権利者に利害の変動を説明し納得を得なければならない。しかし、土地所有者の権利にいかなる変化が発生するかの説明をしないで、法定都市計画をルーティン事務のように安易に扱い、憲法第29条の規定をすべて蹂躙し改正した。
つまり、「贋金づくり」を例に説明すれば、それまで流通していた貨幣額面の4倍もの貨幣を、全体の金の含有量(都市施設整備の水準)を変えないで発行し、通貨の額面通りの債務の弁済に充てさせたことになる。贋金は貨幣額面では4倍増になったから既存の巨額債務の弁済はできた。しかし、その通貨は市場に流通されることで実際の金の含有量の不足した通貨で決済した国民は債務を削減できたが、その通貨を受け取った国民は贋金を使おうとする場合、金の含有量が減った分だけの実損を被ることになる。
実際の都市再生事業で行われたことで説明すると、道路、公園、下水道等都市施設の整備計画が法定都市計画の改正前の状態で、法定都市計画のみを実質4倍に緩和改正した結果、都市施設等に関しては、法定都市計画改正前の状態で土地利用のみが改正された。その結果、これまでの4倍程度の容積率とした土地利用計画に改正された。その結果、改正前の法定都市計画の4倍ものマンション建設が許可されたことにより、既存の学校教育施設が不足した。そこで教育委員会はマンション居住者の子弟のために学校の区域内に仮設教室を造らなければならない事態が発生した。それでもなお義務教育施設が不足したため、学校区外にスクールバスを運行させた。
都市計画法上、このような場合は都市計画法第33条に該当しないため、開発許可(第29条)を行ってはならない。しかし、聖域を犯した規制緩和であるから、法律の立法段階だけではなく、行政運用でも行政機関は命令されていなくても、規制緩和の国家の方針に沿って法律違反を犯して規制緩和を行い、学校教育施設が未整備な条件で開発許可がなされ、マンションが建設されたが、入居者には学校が用意されていなかった。
都市計画法では開発許可制度があって、開発許可申請内容がその都市の都市基盤の整備水準(開発許可の要件)に適合していないときは、開発許可をしてはならない。正しい開発許可行政であれば、開発申請者に必要な都市基盤整備を行わせるか、又は、それが整備されるまで開発許可を行ってはならない。しかし、「聖域なき構造改革」の行政処分は、開発行為が開発許可の条件を満たさなくても、国の経済政策の前で当面の企業の期待している利益を優先させ、そこで生まれた矛盾は後送りで許可がされてきた。規制緩和の利益を与えることが目的になり、開発の許可を与えたため開発業者は学校教育施設を整備する義務を免れ、その負担はその地方公共団体と地域住民に不利益が転嫁された。開発業者は都市再生事業により公共的負担なしで企業利益の拡大を行うことになった。

第3の規制緩和:
内閣主導の利権集団向け規制緩和
政治家が何かの政治判断をする場合、社会的世論形成が取り組まれる。法律に基づく住宅審議会、建築審議会、都市計画審議会の他に、私的な審議会、諮問委員会を通して多数の意見が取り纏められ、それを世論として立法や制度が作られてきた。政府には最初に実施したい政策があり、それを政策に乗せるために審議会の意見が社会的に尊重すべき意見として取り上げられる。審議会には企業利益の代表者、労働界の利益代表者、学識経験者、その他の国民の意見の代表者など、社会的知名度の高い人物が、利害関係者の人数分布を考えて人選がなされる。現実には政府の官僚と政権政党との間で答申に期待される意見の人選が行われ、登場する委員に政産学官に利権のつながりができ護送船団が結成される。民間企業も学者も立法、行政、司法の三権に深い関係をもち、その利権を巡って厳しい凌ぎ合いをする。規制緩和の殆どは、企業利権の拡大策の検討である。このように立法、行政および司法に影響を与える審査会の委員の立候補及び選考方法に、国民の選良により審査を含め、主権在民の考え方は反映されておらず、政府の恣意的判断で行われてきた。

「憲法で保障する公共の利益」と「国民の利益に優先する護送船団の利益」
立法、行政、司法の三権は行政主導で政産官学の護送船団の構成員の利益を優先し、未組織の主権者・国民の利益を尊重していない。そのため、行政判断が企業の利益のため行政処分が違法であると国民が行政事件訴訟で争うが、司法は行政追従の判断しか下さない。
戦後の貧しかった時代の反動で、日本では戦後、朝鮮戦争勃発以来、軍需産業の復興という経済的利益の拡大を社会的正義として三権が支持してきた。その総決算が、経済的利益を十分条件として行う規制緩和・「聖域なき構造改革」なのである。政治家が経済主義の政策を推進し、その意見を行政が受け入れ、司法により行政処分や行政指導が正当化され、経済中心主義の開発が政府の主宰する審議会で進められてきた。自由主義経済社会では経済的利益を求める自由は、基本的に尊重されてきた。組織化されない弱小な権利も、日本国憲法で保障された基本的人権を守る権利も尊重されなければならない。国民の利害の対立の主張の間に立ち国民合意による法治国の基本法に立ち返り、三権は憲法の規定どおり相互に補い合って機能することがなければならない。

(1)    立法の問題
「聖域なき構造改革」の下での立法は、政府立法として行われてきた。政府立法は内閣法制局の手でそれぞれの法律案の憲法への適合審査を前提に、国会で法案が審議された。小泉・竹中内閣の場合、「デフレ経済からの脱却」の経済目標を実現するために「聖域なき構造改革」が国家の目標に掲げられた。同様に、安倍内閣の集団自衛権の問題に関し、安倍内閣はその意図する立法を合憲にするため、総理大臣の意図に沿って憲法解釈をする法制局長官の人事異動が行われた。集団的自衛権の問題を過去の憲法解釈ではなく、政府の新しい憲法解釈により、法制局長官ではなく閣議決定として行った。
マンション建て替え事業においては「多数の権利者の利益のために個人を犠牲にすること」は、「憲法第29条上できない」と政府が過去に再三明言してきた。憲法を変更しないで、憲法の拡大解釈を変更して「できる」としたことは、「聖域」である日本国憲法の侵犯である。小泉・竹中内閣による都市再生法の制定は、憲法第29条の解釈で過去にはできないと政府自身が公言したことを「聖域なき構造改革」によりできることにした。
しかし、この円滑化法が施行されていても、憲法違反の法律である事実は全く変わらない。そのため、国民が円滑化法による不利益を受けた場合は、同法が憲法違反であることを理由に闘うことができるし、闘わない限り国民の基本的人権が守られない。憲法違反であるかどうかは、政府が決めることでもなければ法律家が決めることでもない。憲法上、最高裁判所が最終的な判断を下し、国民はその判決に服従しなければならない。しかし、最高裁判所判決が間違っていると国民が信じる限り、あらゆる機会にその判決を覆す努力をすることは誰にも妨害されない。憲法解釈は裁判所の判断に従うことになっても、憲法は国民が憲法に照らして判断することであって、誰からも強制されることではない。

(2)    行政の問題
法律違反の行政処分は行ってはならないし、実体法上許可してはならない。しかし、行政機関が違法な行政処分を行った場合、国民はそれを行政事件化できる。行政庁の処分が法律違反を犯したときは、不利益を受けた国民から処分庁の上級機関に行政不服審査法に基づく不服審査請求が行われる。違反した行政処分の中には、処分の根拠法が憲法に違反している場合と、処分が根拠法に違反してなされる場合とがある。本書で取り上げたマンション建て替え事件は、根拠法である円滑化法が憲法違反で、かつ、円滑化法に基づく行政処分が根拠法に違反してなされた事件である。
行政不服審査請求を受けて処分庁の上級機関から裁決が行われるが、基本的に行政機関内部での内在的な制約として自己規制されるものである。しかし、行政機関内部では違法な行政指導をはじめ、法律違反を組織的に犯しているため、組織防衛のため行政処分の不服申請は却下されることが多い。一般的に下級の処分庁は上級の処分庁の指導に従って行政を行っているため、不服審査請求を行っても、上級処分庁はそれを認めず却下される。
行政事件とされるものの多くは、法律に違反した行政処分が原因である。行政が天下り人事等の行政利権を拡大するため、私企業の利益を不正に拡大し、政・官・産の組織ぐるみの護送船団による不正利益を手に入れようとすることも多い。今回マンション建て替え事業の場合、行政が指導権を握り、故意に国庫補助金等の不正交付を組織的に行い、建て替え業者の不正利益を守っている癒着の場合、行政内部の審査で是正されることはない。

(3)    司法の問題
国民が行政処分を行政法に照らして間違っていると判断したときには、国民は処分庁を被告として司法に行政処分の違反是正を求め行政事件訴訟を提訴する。しかし、日本では司法の行政法に関する専門知識は非常に低いだけではなく、行政法には行政処分以外にそれを補佐する行政指導、行政実例などが複雑に絡んで施行され、行政処分のからくりの全貌が司法には解明できず、行政処分の法律違反を解明できないことが多い。
その上、行政法の解説書はその運用を追認する形で行政官によって書かれているため、裁判官は法律の施行が実体と乖離しないようとの言い訳で、行政官の法律解説に従うことになる。行政官が司法官より行政法の実際を知り指導的な立場にある。そのうえ、最高裁判所長官の任命権が内閣総理大臣に握られ、憲法問題のような大きな問題ほど、日本の司法は基本的に行政追従の判決しか出せない状況に置かれている。
かつて、60年日米安全保障条約改定直前に東京地方裁判所から最高裁判所に飛躍上告された砂川判決の例に示されているとおり、ここで取り上げた事件も基本的に原告が訴えている問題に裁判官はほとんど説明責任のある判決理由を書けず、行政庁の判断を追認するために右往左往するだけであった。砂川事件で行政に迎合せず、独立国として日本国憲法に照らして素直に判断し、納得のいく判決を下した伊達裁判官は更迭された。

司法および行政が違法処分に胡坐をかく「公定力」と裁判の現実
司法および行政は違法な行政処分を正当化するため、行政庁及び裁判所は再三にわたり「公定力」を持ち出す。「公定力」とは、文字通り、「公権力が定めた不正処分を維持させる公権力」のことで、行政権、司法権のいずれの権力であっても、一旦効力を発揮した法的効力は、法律に違反していても公権力としての効力を維持するとするものである。
「公定力」とは「行政行為や行政処分が違法であっても,または、違法であることが分かっても、それが取り消されるまで有効とみなす」違法な過去の行政処分又は司法処分を言う。「公定力」に関しては、その適用領域も担当行政官や裁判官の恣意的判断で左右され、法律上明確な根拠をもたないし、違法な処分に法律上の合法性など持てるはずがない。「違法な行政処分の既得権」である。違法な行政処分に法的正当性の維持を「法秩序の維持」という口実で、違反是正を遡及させない行政官又は司法官の公権力行使である。「公定力」を定めた法律もなければ、法律上の定義はない。民法上の時効に相当する違法な行政処分の慣行的な効力である。過去の違法処分の法律上の根拠は存在しないことを主張する国民の訴えに対し、「国家権力は悪をなさない」と民主国家では考えられない国家観を振り回し、違法処分是正の不遡及は、「確定した法秩序の安定を脅かす」理由に、民主的の法律の施行を妨害している。
「公定力」は、既に効力を発生した違法な行政処分の効力を有効にするもので、既になされた違法な処分を覆すと連鎖的な処分の是正が必要になり法秩序が混乱する。そこで、それに引き続く行政処分が行われた場合には、それ以前の行政処分は違法であっても、効力を維持させる考え方である。違法な行政処分の追及を打ち切ることで、法秩序を守るためと説明される。しかし、「違法な処分を前提に法秩序を守る」という矛盾した論理はない。
そのような考え方自体が法治国の基盤を不安定にする。そのような違法な行政処分の是正を妨害する。「公定力」を隠れ蓑にする思想が行政及び司法の違法な処分の既成事実づくり、国家権力の違法処分の濫用、司法と行政による「違法な立法」を事実上許している。

行政従属の司法・三権分立が実現できない構造
日本の行政および司法には「公定力」のような傲慢で非民主的な国家観があり、行政事件訴訟において国民が勝訴できる可能性は「ラクダが針の穴を通るより難しい」と言われている。行政訴訟事件で被告である行政庁の判断が常に正しくて、原告である国民の判断が常に間違っていることは有り得ない。国民(原告)の行政法知識が被告(行政庁)と比較し知識が劣っていない。裁判官が行政権に偏った判決を下している理由は司法が行政判断に追従しているからである。行政事件の判決文を見ればわかるとおり、法律上の根拠を示さず行政庁の処分でよいとする民事仲裁裁定のような判決がほとんどである。原告の訴えに説明責任をもたない裁判所の見解を記述した上で、被告(行政庁)の違法な処分でも許されると裁判所の見解が記述される。法律を根拠にしない恣意的な意見を裁判長の見解として記載されてきた。刑法や行政法事件にあって、正確な事実認識の下に法律の文理に照らし判断することが憲法で定められた裁判官の職能である。
本書では三つの大きな事件を取り扱ったが、実はこの本では取り上げなかった行政事件訴訟で私が原告となり、又は住民が原告になった訴訟を専門家として支援した行政事件訴訟は50件を超え、100件近くになる。そしてその裁判の結果として司法がなした判決は悉く「住民敗訴」であった。住民が行政法を根拠に訴えたもので、その根拠は決して複雑なものではなく、小学生でもわかる当たり前の行政法違反である。憲法第32条に定める国民の裁判を受ける権利は、行政処分が当該行政法に違反していると国民が訴えた場合、司法は国民の訴えが行政法に照らして間違っていると証明すること無しに、住民敗訴の判決は出せない。しかし、「聖域なく構造改革」行政事件訴訟に関する訴訟で、原告の訴えの根拠にした行政法に住民が違反としたとする判決は皆無に等しい。判決は「被告の処分でよい」と行政処分の追認するものばかりで、住民の訴えに応えていない。これは国家の経済救済を行う「聖域なく構造改革」で立法、行政が従ったことに司法も従わされたためで、砂川判決同様、「統治行政権」により司法が行政に従属するとされているためである。

第1部:内閣が積極的に牽引した法律違反の3つの事件

第1章日本の住宅産業の体質形成:戦後の住宅政策

法治国の3権が犯した法律違反
本書で取り上げた以下の三つの事件は、いずれも内閣が憲法違反を積極的に犯し、政府全体が一丸となって企業利益の拡大した結果、国民生活が痛めつけられた事件である。
第1の事件:(大手ハウスメーカーと金融機関による個人住宅資産の詐取)
憲法第14条で定められている「法の上の平等」の規定に違反した価格を容認した事件で
ある。大手ハウスメーカーが「差別化」による販売営業で、消費者を洗脳するシステムを
使い、住宅販売を建設業法で規定する請負契約工事額の2倍もの価格で販売し、住宅金融
機関もまた、その住宅販売価格の3倍の担保を押さえ、住宅の価値の2.5倍の販売価格
相当の融資を行い、消費者に住宅販売価格の約半額以上の損害を与えることになった。

第2の事件:(マンション建て替え事業による居住者利益の収奪)
憲法第29条「私有財産権の保障」の規定に違反したマンション建て替え円滑化法(以下、「円滑化法」という。)による事件である。この事件は円滑化法に違反し不正に強制事業を実施する権限を建て替え組合に付与した結果、経済的社会的に過去には起こり得なかった問題が発生した。国家の重要施策として国土交通省官僚が指導した円滑化法違反の建て替え事業に不正に補助金が交付され、短期間の法律の手続きを蹂躙し強制権を有する組合が不正に認可され実施された結果、この事業に反対した区分所有者は巨額な損失を被った。

第3の事件:(違法な都市再生事業により都市環境の破壊)
憲法第25条及び第29条を根拠に国家が実現を担保した都市計画決定をして計画高権を
付与した私有財産権を、国家補償をしないで法定都市計画の変更を行い、開発許可及び建
築確認処分を違法に行い国民の私有財産権を蹂躙した事件である。「聖域なき構造改革」を
口実に企業と行政とが結託し、法定都市計画の変更と合わせ、開発許可及び建築確認で違法なトリックを使った許認可を行い、法律上不可能な規制緩和を行い、巨額な利益を企業に供与し、その一方で企業は都市環境を破壊し大震火災に脆弱な街を造った。

主権在民の法治国家
これらの三つの事件に示されているとおり、日本社会では国家が政治的意図をもって、民間企業利益の拡大を図る方法を規制緩和の名のもとに実施してきた。「聖域なき構造改革」の名の下で、経済的発展のために聖域である日本国憲法を蹂躙した立法・行政を行い、企業に巨額な不正利益を供与する一方で、規制緩和の結果生まれた不利益を平和な暮しを願う国民にしわ寄せし、国民を不幸に追いやることに司法が幇助してきた。
行政処分が企業利益の拡大を中心に行われ、国民一般に主権在民の行政は行われず、多数の国民は危険な環境に置かれ、国民の生活は犠牲になっている。そこで国民は行政処分に抗議し、行政不服審査請求や行政事件訴訟として日常茶飯事的に提起されている。しかし、憲法違反の立法がなされ、行政も司法も国民の立場に立ち行政事件に取り組む気配はない。
日本では国民の多くは三権分立が機能する法治国家と信じ、違法な行政処分は司法の場で是正されるものとの期待を込め、司法を信じ、行政事件を提訴してきた。しかし、司法は行政に追随し、行政の法律違反の処分を容認し、逆に、行政の違反処分を幇助する判決が相次ぎ、行政法に照らし説明責任の果たされない判決を行ってきた。

護送船団の利益
一部の産業の利益を拡大し支援する行政権の行使は、護送船団による官民癒着の構造的な腐敗体質を形成し、もはや猶予できない状態になっている。日本国憲法では立法、行政、司法の三権が分立し相互にチェックすることが定められ、それに従った組織が存在している。しかし、三権は憲法に定められたとおり機能していないため、基本的人権を保障する日本国憲法が定めた法治国の実体は担保されていない。日本は自由民主主義を掲げる資本主義国であるから、力の強い者はその望む利益を追求する自由は保障されている。その一方で力の弱い者には、最低限の生活権の保障をすることが定められている。
しかし、ここで扱う三つの事件はいずれも、政府が日本国憲法(聖域)を内閣法制局長官の憲法審査権を使って拡大解釈し、憲法違反の立法を許し、その上で行政が企業の利益のための規制緩和をし、司法が法律違反の行政処分を幇助する方法で立法、行政、司法判断を下した結果、国民は巨額な損失を受けることになった。いずれの事件でも、政府がそれぞれの事業で法律に違反して実施されることに直接関与し、行政権が違法に民間業者の不正な利益を拡大する処分を行い、また、行政は地方公共団体の税収増を図る目的に与し、法律違反を積極的に牽引してきた。行政処分の不正は司法の場に持ち込まれたが、司法は行政による法律の拡大解釈を容認するとともに、「公定力」という不正な行政処分の既成事実化を容認し、行政が行った不正処分を司法が法律上正当化してきた。
その結果、国民に違法な行政処分の結果から反射的に生まれた不利益が及んでいる。企業利益を拡大する行政処分により、行政は巨額な利益を企業に与える一方、企業はその得た利益に比較すればほんの僅かな税を納付するだけで、当然の権利のように不正利益を企業のものにしている。一方、企業に大きな利益を奪われた結果、国民には反射的な不利益が及んでいる。事件に関係した行政官や司法官は不利益を受けた国民に、それらの処分を「適法な行政処分」であると説明し、国民に及ぼされる大きな不利益を甘受させ、現在だけではなく、将来に亘って国民を苦しめ続けることになる。
ここで取り上げた三つの事件は、いずれも産業界の利益を優先し、憲法で定めた国民の命と財産と生活を保障する最低限の権利を、国家(行政権)が侵害してきた事件である。都市再生事業は産業の経営判断の失敗で生まれたバブル経済崩壊で生まれた損失を、政府に肩代わりさせようとした要求に応え、小泉・竹中内閣が行った規制緩和政策である。これらの事件は、政策実現のため、「聖域なき構造改革」として憲法違反の立法を行い、行政法違反の行政処分を行い、補助金を不正に交付し、違法な処分を司法が容認し、三権が挙って内閣の意向に従って憲法違反(拡大解釈)を繰り返した結果生まれた。

弱肉強食の政策か、富と権利の平等化政策か
都市再生事業は国民の生活改善のために行われた訳ではない。企業がバブル経済下での経営に失敗し、その結果被った損失を解消させるために行われた政策であった。政府は、国民には企業利益の拡大が景気の改善に役立つと規制緩和政策の公共性を主張し、環境が悪化しても、それは「国民の受忍の範囲である」と説明した。裁判所は政府の都市再生の考え方に追従し、都市再生事業で被害をうける住民の行政事件訴訟に対し、住民が訴える処分の違法性に、それを容認する説明責任を果さない判決を出しただけで、住民を敗訴にし続けてきた。
規制緩和政策の基本問題は政府が掲げた「聖域なき構造改革」の法律上の正当性に集約される。規制が企業利益の拡大を妨害したと政府が考えてきた「聖域なき」(聖域無視)政策とは、「日本国憲法の蹂躙」政策である。また、「構造改革」は、国民間の社会的富の分配を憲法で定めた「富と権利の分配構造」の変更である。規制緩和の目的の経済再建は、経済的強者による自由な活動を認める規制緩和で、開発周辺地域住民に不利益が及ぶ環境破壊の開発事業の実現である。自由主義国の「経済活動の自由」と「基本的人権の保障」のバランスを定めている最高法規が日本国憲法である。政府が経済開発の実現を図る上で邪魔になった「聖域(日本国憲法)」の侵犯を行った規制緩和は、平等権を定めた憲法第14条、健康的文化環境の保障を定めた第25条と私有財産の保障を定めた第29条である。憲法第25条を受け、都市計画法及び建築基準法が健康で文化的環境を保障し、また、憲法第29条を受け、私有財産権の保障が定められている。
政府による「聖域侵犯」は今回初めて行われたわけではない。日本国憲法制定以後、以下の4つの基本政策が採られたとき、日本国憲法は日本を取り巻く環境変化に対応するため「統治行為論」により、憲法第9条の拡大解釈でという形で「聖域侵犯」を許してきた。統治行為論とは、“国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為は、裁判所の法律判断が可能でも、司法審査の対象外とする理論で、統治上の矛盾容認論で、「日米安全保障条約と日本国憲法の矛盾」や1、000兆円の増殖する国債依存構造改善の闘いとしての「聖域なき構造改革論」容認の理論である。

(1)    朝鮮戦争の勃発(1949年)後、日本が占領軍の兵站基地とされ、戦前の軍需産業の復興をするために日本国憲法に違反した政策転換がされたとき、
(2)    サンフランシスコ条約(1952年)が締結され、それに対応して日米安全保障条約と日米地位協定が締結され、米軍の兵站基地が継続されたとき、
(3)    砂川裁判(1959年)で最高裁判所が日本国憲法と日米同盟の矛盾を容認し、日本国憲法が基地に及ばないとし、日米安全保障条約の改定の地ならしをしたとき、
(4)バブル経済が崩壊し、多数の企業が地価の粉飾会計処理で経営悪化し、それを救済するため税収増の道も断たれ、赤字国債累積額が返済不能の規模に拡大した。

「統治行為論」を根拠にした主要な聖域侵犯事例
この後も政府は「統治行為論」を口実に憲法の拡大解釈を行ってきた。「聖域なき構造改革」は、瀕死の財政状態の日本経済再生という「高度な政治性」と説明されてきた。政府は社会経済情勢に沿う政治的な緊急避難対策として、憲法の拡大解釈を正当化してきたが、憲法解釈は理由の如何を問わず、憲法立法時の解釈を変更してはならない。憲法を守れないならば憲法自体を改正すべきである。憲法解釈で矛盾を隠蔽した結果、日本国憲法は実定法ではなくなり、実体が担保されない国家の「理想」に祭り上げられた。
日本国憲法は現実的に実定法を「拘束」する国家の最高法規と扱われず、政府の政策を正当化し、弾力的に適法とする拡大解釈がされてきた。社会的に話題の条文が、現在の安全保障法制で議論になっている憲法第9条(戦争の放棄)である。憲法第9条の拡大解釈は、国家としての重大な政治・経済的判断の基本とするべき憲法規定を尊重せず、政府の都合の良い方(安倍内閣の閣僚答弁「在日米軍の兵站活動は戦争放棄に抵触しない」)に、政治・社会・経済的環境変化を理由に拡大解釈されてきた。
日米同盟優先の結果、第9条(戦争の放棄)には、それと矛盾しない憲法解釈が準備されたと同様に、本書で問題にする聖域は、憲法第14条(法の上の平等)、第25条(健康で文化的な環境)、第29条(私有財産権の保障)で、そのいずれも経済優先の政策、「聖域なき構造改革」の対象とされ、それぞれ実施すべき改革(実定法)が日本国憲法の改正に先立つ憲法の拡大解釈により立法され運用され、司法解釈されてきたてきた。
そして、政府の実施する政治改革等を正当化する憲法の拡大解釈が政府内部で準備された。これまで内閣法制局による憲法の拡大解釈の内容とその理由説明は、国会での国会議員による追及も少なく、政府の憲法拡大解釈を正当化する一方的な見解表明がほとんどで、国民への真摯な態度での納得できる説明はなされて来なかった。「聖域なき構造改革」の「構造改革」とは、日本国憲法で定めている国民の「弱者と強者の間の均衡」を図るための憲法上の構造改革を正当化する拡大解釈である。憲法条文は、国民の間の富と権利義務関係の構造を決めている。それらの構造を、憲法改正をせずに、憲法解釈の変更を根拠に都市再生の立法をし、都市再生事業により利益を上げようとした企業により多くの利益が上げられるよう規制を緩和した。その結果、企業に大きな利益がもたらされた一方で、一般国民には不利益が及ぶことになった。

ストックに無関心な日本の住宅政策
住宅を取得することで国民の資産形成をすることが世界の経済政策の常識である。しかし、日本だけは住宅を購入することで国民が資産を失い、貧困化が進んでいる。住宅所有者は住宅を売却することで資産を失うことが怖くて住宅を売却できない。結果的に居住者が住宅に縛られ高齢化が進み、住宅地全体が高齢化する。やがて、その地域の店舗や子どもたちの利用する施設や学校、幼稚園が閉鎖され、廃止されていく。
働き盛りの子育て中の人たちが満ち溢れていた住宅地は、子どもの姿が見られず、閑散とし、高齢者中心の衰退した住環境に変質して行く。住宅価格は下落し、その中古住宅の取引には住宅ローンが行われず、資産を失わない限り買い替えができないため、居住者の移住する選択は、経済的・金融的に奪われ、資産価値の下落し続ける住宅に縛られ、苦しい老後の生活を迎えている。また、既存住宅地には多数の空き家が生まれ、その結果、地縁的なつながりが弱まりセキュリティの不安が高まっている。
住宅は社会的に供給過剰に陥っているが、相続税対策と大手住宅会社の生産力維持の経営策として、入居者がいなくてもワンルーム・マンションやアパートが建設され続けている。入居者募集など賃貸住宅の経営はマンション工事を行った大手ハウスメーカーの子会社に請負わせ、完成住宅に入居が進まないことは事業前に分かっていながら建設を先行させる。入居が進まないことに関し、社会経済環境の変化を理由に「家賃を切り下げないと入居者は埋まらない」と家賃を切り下げさせた。その結果、相続税対策の筈の土地活用が、約束どおりの家賃収入が得られず、年とともに資産全体を失う結果になっている。
その一方で、居住環境の危険な「脱法ハウス」や、かつては「ドヤ」と呼ばれた一時居住施設入居者が増大している。これらの居住用施設は住宅床面積に比較すると高家賃・過密居住を強いる不健康で危険性が高い居住施設である。そのため、これらの施設では建築災害事故死が発生する異常現象が続き、居住者の人権は蹂躙されている。これ等の住宅は住宅政策史的には、貧困を拡大再生産する高度経済成長期の「山谷(玉姫)・釜ヶ崎(飛田)、高橋(江東区)、桜本町(川崎)」のスラムの系譜に位置づけられる。政府は住宅行政の貧困を棚に上げ、これらの施設に「一時収容施設は、住宅ではないので、住宅行政で扱えない」と国土交通省による住宅行政は無責任を決め込んでいる。
地価が上昇しないにも拘らず、地価及び不動産の課税標準額が高止まりし、固定資産税、都市計画税の税負担が重く伸し掛かっている。世界中で日本だけが住宅所有者にとって資本収益率が物価上昇率を遙かに下回り、マイナスになっている。住宅資産を持つことが国民大衆の資産を減らし、税負担を増大させ、売却すれば巨額の損失が発生することで、住宅を所有している人たちの生活を苦しくしている。

現代の住宅政策の基盤となった朝鮮戦争の勃発による軍需産業の復興
占領政策から日米安全保障条約体制下での住宅政策の歴史研究の結果、現在の住宅政策の問題は朝鮮戦争の勃発を境に日本が米軍の兵站基地になり、戦前の軍需産業を復興する政策が採られ、上記(1)から(3)の憲法蹂躙が行われた政策と不可分の関係にあった。1949年の朝鮮戦争から1976年のベトナム戦争終了までの政府施策住宅の本質は、日本全体が米軍の対社会主義国家との戦闘を支援する兵站基地となり、軍需産業復興のための軍需産業向け労働者住宅(社宅)供給であった。現在、日本を兵站基地とする米軍による戦闘活動は終結し、軍需産業政策が一段落したが、米・ソ・中の戦闘状態は終了しておらず、安倍内閣による集団的自衛権の行使はその延長線上にある。現在、中国の覇権主義により極東の軍事的緊張は高まっており、日米安全保障条約により集団的自衛権の行使と米軍の極東軍事戦略に組み込まれた米軍の兵站基地であることと切り離せない。
・1950年、旧住宅金融公庫が創設され、産業労働者住宅に始まり、1955年に日本住宅公団が創設され、公団による地方自治の枠を超え、特定分譲住宅に至る産業労働者用住宅(社宅)が、日本の軍需産業復興を目的に行われた政府施策住宅の中心であった。
・1951年、公営住宅法が、英国の公営住宅政策をモデルに、主権在民の議員立法で、日本憲法第8章に新たに取り入れられた地方自治に立ち立法された。政府施策住宅は米軍の兵站基地の旧軍需産業復興のための応急住宅対策として拡大整備された。
・1955年、日本住宅公団が、地方自治と矛盾するようになった公営住宅の欠点を修正し、産業労働者住宅を供給するとともに、日米同盟を基礎に置き、日本の財政負担を管理する大蔵省が事業計画認可権限により新産業都市(軍需)に優先配分された。
・1960後半から1970後半まで、政府が民間住宅産業の育成を図った。政府施策住宅を使い、基本的に住宅産業需要を保障し、中でも住宅金融公庫が住宅会社の品質と販売価格を割り増し融資制度で事実上保証することで、企業の成長発展を支援した。
・1975年11月、ベトナム戦争終了後は、軍需産業向け住宅需要が消滅した。そのため供給は不要なり、既存の産業用労働者住宅のスクラップ・アンド・ビルドが始まった。それまでの政府施策住宅として供給された企業の需要(社宅)は消滅し、公共住宅は激減し、国民一般の住宅需要に変わり、産業労働者中心から一般労働者(国民)に変った。
・1977年、住宅政策は民需中心に変更され、高地価の影響を避けるため「建て替え」中心に置かれ、既存住宅の取り壊しを促進するために減価償却理論を持ち込んだ。住宅融資制度を変更し、高額な住宅をローン痛を減少させ生涯ローンで縛ることで購入させた。
軍需産業労働者は産業労働者になり、社宅から持ち家に住みかえた。大震災後の応急仮設住宅同様、軍需産業労働者用社宅は社会的使命を終え、スクラップの対象になった。

ベトナム戦争終了後の民需中心の住宅政策の転換
戦後の日本の住宅地開発を、国民生活の復興を基本にした欧米と比較すれば、ベトナム戦争終了までの政府施策住宅は軍需産業労働者住宅が住宅供給の中心で、国民の居住環境の向上・整備を目的にするサステイナブルな街造りをする目的で造られたものではなかった。日本の住宅政策は軍需産業復興から軍需産業拡大のための住宅不足に対応した住宅供給を図るもので、新産業都市や工業整備特別地区へ重点的に配分するものであった。その間、政府施策住宅は1962年から生産性向上が期待できない日本の大工・工務店による伝統的な住宅生産を放棄し、代わって、工業的生産方式による住宅産業政策に転換した。それは政府施策住宅需要により住宅産業を育成する政府主導の住宅政策が展開された。
1976年ベトナム戦争が終わり、軍需産業向け住宅需要がなくなったので、政府はそれまでの賃貸住宅を中心にした政府施策住宅に代わる政策として、純粋な民需拡大の政策に住宅政策の中心を置き、住宅生産工業化政策が住宅産業政策として推進された。工業化生産を担う政府施策住宅需要によって育てられた住宅産業が住宅供給を担うことになった。民需中心の住宅産業が1976年以降の持ち家として、「プレハブ住宅」と「住宅金融公庫の融資」の2つの政策が住宅産業政策の中心として展開されるようになった。
米国経済がベトナム戦争で大きく後退し、ドルの信用下落による経済の低迷する中で、日本は世界の3金融中枢の一角を担うとして、新たに首都東京圏に5、000haの商業業務床需要が生まれる日銀の予測に基づく金融緩和により、土地買収(地上げ)が全国的に拡大した。新全国総合開発計画による国土全域に道路網整備と相俟って、「国民総不動産屋」になったといわれたほど、土地、株式の相乗効果により、経済が急膨張した。
・1986年、「プラザ同意」により、円ドルの為替を1ドル240円から一挙に130円に急騰する円高により、海外の不動産投資が急拡大した。特に、土地信用膨張を背景に拡大したバブル経済とともに、住宅都市産業は土地信用金融を背景に、100年住宅が提唱され、融資期間の長期化と融資額の拡大を梃子に、不動産業の利益拡大を目的に住宅産業は拡大した。住宅都市産業はバブル経済に踊った挙句、住宅購入者の支払い能力を著しく逸脱した金融が行われた。そして土地信用膨張は株式投機と相乗効果を発揮し、不動産登記を煽り、バブル経済となり、日銀の制御できない所に向かった。その結果、日銀が急激な金融引き締めを行いバブル経済は崩壊させられた。

土地信用膨張の破綻(バブル崩壊)と、土地信用拡大政策(聖域なき構造改革)
政府はバブル経済の崩壊後の金融政策として、住宅金融公庫による「ゆとり償還」による住宅購入者の刺激策により金融引き締めショックを緩和する景気刺激策がとられた。しかし、それは購買能力の下落した国民に更なる債務を背負わせることになり、逆に、住宅購入者の自己破産や債務取立てによる自殺の急増を招き、ついに、大手住宅会社、住宅専門金融機関(住専)、政府系金融機関、生命保険会社が多数倒産する事故を起こす原因となり、バブル崩壊の傷跡を一層悪くすることになった。それらは不良資産を拡大する原因になり、その後4半世紀を超える経済停滞原因である不良債権形成の原因になった。
「日本のバブル経済は、日本銀行の金融緩和で発生し、金融引き締めで終息した。」
このことは分かっていたが、多くの企業が倒産し大きな債務の整理が進まなかった理由は、現在までバブル経済の崩壊と企業経営の関係とその責任関係が解明されず、首相、大蔵大臣、日銀総裁をはじめ、バブルをあおり生き延びた政治家、金融業者、官僚、企業の経営者で、責任を執った者がなかったことに示されている。4半世紀を超える長引くバブル経済崩壊の後遺症を経て、日本は土地信用喪失による不良債権の整理が進まず、長期に低迷するデフレ経済から抜け出すことが不可能な状態に置かれていた。
小泉・竹中内閣の下で金融、財政施策が4半世紀以上に亘って取り組まれたが、バブル崩壊後の累積国債とも言える残高が1,000兆円超である。国債は、財政出動と同意味の捉えることができるものである。財政出動を取組んでも景気は回復せず、不良債権問題は処理されなかった。住宅・都市産業に関係する日本中の企業の不良債権救済ができない限り、バブル崩壊後の景気の低迷からの離脱することは不可能と考えられた。1,000兆円超の国債を直接解消する方法はないが、その国債を長期間かけても解消できる企業の経済体質を作るため、小泉・竹中内閣はバブル経済崩壊で最も大きな損失を生み出した原因である土地信用の縮小を抜本的に改革する企業負債を帖消する徳政令として「贋金つくり」として考えた。
それは法定都市計画の改正と都市空間の高層高密度利用を都市再生事業として、土地利用計画の規制緩和と土地信用を膨張させる方法を実施するもので、「贋土地づくり」の政策として即効性を発揮した。住宅都市産業は土地信用膨張を背景に経済・金融政策で贋金使いによる経済成長を実現した。規制緩和は富の分配構造の変更であるから、都市再生事業は経済的利益を上げることができた企不良債権を優良化できた企業があった反面、そのしわ寄せとして都市環境の悪化を甘受させられた国民が多数現れた。

第2章 日本国憲法、日米安全保障条約と日本の経済復興政策

朝鮮戦争により変質をさせられた日本国憲法
日本は戦後70年目を迎えたがその間の住宅政策の変遷の歴史が国民共通の理解となっていない。それは住宅政策も同様で、経済政策中心で国民的視点が存在しないからである。以下に戦後の住宅政策とその政策に影響した歴史を、著者の実体験をもとに説明する。
日本の戦前の産業は軍需産業一色であったのに対し、戦後1946年には、国体維持と無条件降伏を基本とした戦後の占領政策として、日本国憲法が第1章(天皇)第2章(戦争の放棄)を2大基本原則として制定され、それに合せ、陸軍及び海軍の解体、軍需産業資本を壊滅させるための財閥解体、軍関係者の公職追放、高等文官制度の廃止、官僚機構の解体等、軍国主義と戦争関係国家組織及び関係産業を廃棄することになった。
戦前の日本の産業であった軍需産業は日本国憲法に従い、商工省の解体、軍需資本である財閥解体が決定され、軍および戦争関係者の公職追放が行われた。全国の軍需産業で働いていた労働者は失業し、日本経済は産業基盤自体を失いドン底に突き落された。そこへ海外から軍需産業で働いていた大量の労働者と軍人が引揚げてきた。しかし、国内には国内の失業者だけではなく、これらの海外からの引揚者の職はなかった。闇市が拡大し、米軍の持ち込んだ物資の横流しや、旧軍の保有していた秘匿物資が流通した。
国民は農民を除き食糧に欠乏し生活すること自体が困難であった。都市生活者は、河川や道路敷き、橋梁の下、公園や学校等の公有地にバラックを建て、兵舎、軍関係施設、客車やバス、壕に仮居住し、原野・山林・荒蕪地の開墾農業(芋・大豆・野菜・椎茸)と、山菜・野草や魚介類収集、鶏・ヤギ・ウサギ・豚の飼育をし、「筍生活」(衣類を食料との物々交換)と闇市場・闇(買い出し)商売で飢えを凌いだ。戦前の日本の農業は国内では自給を基本にし、当時、農村人口が60%を超え、国は農業経済に大きく依存し、国民を挙げて農地の開墾をし、飢えを凌ぐ最低限の食料を供給できたことが不幸中の幸いであった。

朝鮮戦争と日本国憲法
1949年勃発した朝鮮戦争は、ソ連と中国共産党が朝鮮民主主義共和国の後ろ盾になり、38度線の暫定政治境界線を越境して南下し始まった。米ソの代理戦争として米国は全面的な戦闘を迫られた。米国は朝鮮戦争が勃発したとき、米軍に取り太平洋を隔てた本国からの軍事物資の供給による戦争継続は不可能と判断された。そこで、米国の極東アジア戦略の兵站基地をフィリピンに担わせる検討をしたが、フィリピンには軍需産業基盤が未成熟で、米軍の朝鮮戦争の兵站基地にするには能力不足と判断した。
それに引き換え旧日本の軍需物資生産能力は高かったので、旧日本軍需産業を米軍の軍事物資生産・供給地として復興し、車両や船舶の生産を中心に重厚長大産業を発展させることになった。そこで財閥解体は中止され、戦前の軍需産業が復興されることになった。連合軍の占領政策は180度転換させられ、日本の兵站基地化政策は日本国憲法第2章「戦争の放棄」に矛盾したが、米軍には日本を兵站基地とする以外の選択肢はなかった。日本全土を米軍の極東戦略上の兵站基地に変え、軍需産業の復興をすることで米軍の戦争遂行する政策が決定された。そこで日本国憲法制定後進められてきた軍需産業資本である財閥解体は中止され、軍需産業は復興され、軍関係者の公職追放は解除された。国内に満ち溢れ、引揚で増大した軍需産業の失業者は軍需産業で雇用された。日本国憲法は実体法と扱われず、政治理念に骨抜きにされた。米軍の兵站基地として軍需物資を供給することは、日本国憲法第9条「戦争の放棄」に違反しないと内閣法制局は解釈した。このときの日本政府が作った牽強付会な解釈が、その後の憲法解釈を縛ることになった。
昭和51年サンフランシスコ平和条約により日本は独立し、連合軍の駐留は出来なくなったが、自由主義国が社会主義国の脅威に対抗するためには、日本が独立後も米軍の駐留と軍事物資の生産供給を続ける米軍の兵站基地であることが不可欠と考えられた。そこで独立した日本はサンフランシスコ平和条約締結日と同日付で自由主義圏の一員となり、連合軍に代わり米国の同盟国として米軍の駐留を受け入れることになった。日本は独立国として米国の占領政策を事実上継承した。それは事実上、米国に従属する同盟国になることで、米軍の駐留政策を日米安全保障条約と日米地位協定を締結して国際条約として認めた。その上で、米軍に軍事基地の提供と軍需物資の供給を引き続き行うことになった。米ソ対決は社会主義国家と自由主義国家の権力支配の対立であり、それは地球規模での国際間の基本的対立となり、自由主義圏に属する日本が、米ソ両陣営の対決の枠組みから独立して存在し続けることは不可能になっていた。
1951年日米安全保障条約を背景に、米国は日本国憲法上、戦争を放棄し軍隊を持てない日本を、ソ連および中国からの脅威から軍事上の安全を図る一方、日本は米軍の兵站基地の役割を担うことになった。国内では対米従属の軍国主義の台頭に対し、社会主義支持者の拡大と、労働運動が政府の対米従属政策の批判を強め、反米と社会主義に共鳴する人々が増大し始めた。そのため、連合軍は日本の国内の治安を守るため、連合軍司令長官マッカーサーの命令で、国鉄労働組合が中心となった日本産業別労働組合会議(産別会議)が指揮したゼネスト(2・1スト)の中止命令を公布した。
それに合せて、米軍は、下山事件、松川事件、三鷹事件等で日本産別会議の中核であった国労(日本国有鉄道労働者組合総連合)や東芝が関係した謀略事件関連で労働組合に対する弾圧が行われた。米国は日本政府に警察予備隊を創設させ、米軍の指揮下で叛乱や暴動を鎮圧する任務を負うように警察予備隊を米軍の指揮下に組織化した。その結果、警察予備隊の整備は米軍の兵站基地の一環として急速に進められ、米軍の極東軍事戦略上の巨大な軍需と併せて拡大した。警察予備隊は、その後、保安隊、自衛隊と軍隊に向け組織と装備を着実に最先端軍事技術に整備拡大し、航空機、車輌、船泊、機械、電機などの重厚長大型産業から軍需物資を調達し、日本の軍隊および軍需産業が急拡大された。

戦後の経済復興は軍需産業の復興
また、1946年、旧海軍消滅後、沿岸警備のため海上保安庁が設立され、1952年日米安全保障条約によりその一部は海上自衛隊となった。現在、自衛隊は防衛省の下、陸軍、海軍、空軍を備えた日本の軍隊に成長し、海上保安庁を含んで海洋国家日本の軍隊の装備は米軍の兵站基地として復興した国内の軍需産業に支えられ、現在では日本の軍隊は、陸・海・空軍のいずれも世界でも屈指の軍事力(装備、技術力)を備えている。
それが戦争を放棄した日本国憲法のもとで実現できた背景には、朝鮮戦争をきっかけに米軍の極東軍事戦略に従って戦前の軍事産業の再生を急ぎ、米軍への軍需物資を供給し、社会主義圏の侵略に対峙することが猶予のできない政治的判断がなされたからである。その現実を追認する警察予備隊が、保安隊、自衛隊と名称変更と共に軍隊に成長し、日本国憲法の下で適法と認められる憲法の拡大解釈をしなければならなくなった。
その政策は、連合軍が占領政策として実施してきた日本国憲法第9条「戦争の放棄」に沿った軍国主義の一掃の政策を事実上放棄し、基本的に憲法に矛盾する政策に転換したためであった。軍需産業の復興に転換したことに合わせ、旧軍需産業資本の財閥解体を中止し、逆転して、旧軍需産業を復興した軍需物資を全面的に米軍と日本政府が買い上げ、旧財閥資本の軍需産業に十分な企業利潤を保証し、旧軍需産業を育成する政策に転換した。
また、日本国内の終戦時の失業者はすべて旧軍需産業労働者であったため、軍需産業の復興は失業者に雇用の機会を提供となった。失業者がその技能を生かして働けた結果、軍需産業の復興は迅速の行われ、産業界からは勿論、引揚者を含む旧軍需産業の失業者や労働組合からも雇用機会の回復拡大と大歓迎された。軍需産業の復興は国内の労資双方から国民の生活が懸かり、後戻りさせられない政策として積極的に推進された。
占領軍は朝鮮戦争の勃発によって占領政策を180度転換せざるを得ないと判断したが、日本国に「戦争放棄」を掲げさせた日本国憲法を変更することは、国際的には不可能な立場に立たされることを意味していた。その妥協が、日本が米軍の兵站基地になることは、日本が直接戦闘するわけではないから戦争を放棄祖定めた日本国憲法に矛盾をしないという憲法解釈を行い、日本の軍事危機は米国が極東戦略の一環として守る筋書きを日米同盟により行うことで正当化した。そのため、国際的に独立国となった日本は、国家の主体的な判断として米国の同盟国になり、米軍の極東戦略を担う日米安全保障条約を締結したが、日本国憲法と日米安全保障条約との矛盾はそのまま放置された。

東京大学総長南原繁の訓示の意図
日本国憲法の制定にも関係した東京大学総長南原繁は、東大生の卒業式の式辞で卒業生に向かって「太った豚になるな、痩せたソクラテスになれ」と訓辞した。戦後復興が日本国憲法どおり実施されたら、国民は所得の途を失い極貧生活を味合されたに違いなかった。しかし、日本は自国の主体的な選択ではなく、米軍の兵站基地となって戦前の軍需産業を復興し経済的に豊かな生活を享受した。南原総長の訓示は軍需産業による経済復興に甘えず、戦争の反省を活かし、経済的に貧しくても日本国憲法に掲げた「軍国主義を排除し、民主主義を実現する志」を大切にせよと語りかけたものであった。
しかし、日本国憲法を蚊帳の外に置いて日本は米軍の兵站基地となり、戦争の反省を忘れ、経済的豊かさを求めて経済成長本位に進められた。この日本の戦後の経済復興の現実を、南原総長は慚愧に堪えぬ思いで見ておられたに相違ない。しかし、日本人全体が経済的利益の誘惑に負け、共産主義国・中国の鄧小平の資本主義的開放改革路線同様、日本国民も経済的利益を享受して大きく米軍の兵站基地となったことを積極的に受け入れた。「日本の平和憲法護持」を掲げる多くの識者たちは、戦後の朝鮮戦争で米軍の兵站基地に組み込まれ豊かさを手に入れた事実を忘れ、又は、「知らぬ、存ぜず」を決め込んで、平和憲法で経済成長ができたとする虚偽の説明を公言し、社会と自らを騙してきた。
日本の経済復興は日本政府が日本国憲法の枠内で行ったものではない。その逆で、日本国憲法に矛盾して、米国の極東戦略の中で日本が担わされた米軍の兵站基地として、戦前の日本の軍需産業を復興する戦争の遂行の結果として実現した経済復興であった。米軍への車両と船舶等軍需物資が主たる需要ではあるが、その陰に隠れて日本の軍隊が陸軍、海軍、空軍を「軍隊ではない軍隊」と国民に説明されて拡大充実された。軍需産業と経済産業との財政的な繋がりも防衛族と言われる政治家集団と産業界が結合し、国内の産・軍協力体制を拡大し、国際的な軍事勢力としても無視できない規模になってきた。
日本の戦後経済は平和憲法を掲げ、軍国主義と縁を切った国家運営・経済開発をしたことによって日本が発展・成長したわけではない。戦後の経済そのものが1949年朝鮮戦争の勃発とともに再生・発展し、現実にその後の日本の軍需産業は米軍の極東軍事戦略の一環に組み込まれ、1975年ベトナム戦争の終結までの四半世紀余の期間、軍需産業を基軸として軍隊を育て、軍需物資を米軍に売却し経済復興をしたのである。
日米同盟を前提にした産軍共同による経済成長があって、住宅政策が産業労働者住宅(社宅)を軸に整備された。日米同盟を前提に住宅予算が確保され、住宅建設業が育成され、住宅が軍需産業復興のための不可欠な役割を果たしてきた。米軍の兵站基地となる国土再建の行政の中で産業開発のために、住宅行政が日米同盟の政府事業中心に置かれ、さらに具体的施策として重厚長大型産業地域に「傾斜生産」と説明され、政府施策住宅を重点配分してきた。大蔵省が予算執行権を行使してきた背景に、当時、日米安全保障条約に関係する日米同盟の費用分担で決められた財政政策が採られていた。それが政府施策住宅の地域別配分に大蔵省が果たした役割であった。朝鮮戦争を契機に占領政策が180度転換したことを背景に、日米同盟を財政的に制御する役割が大蔵省に担わされた。
しかし、連合軍の占領政策の転換が、「戦争の放棄から戦争の遂行に」事実上転換され、公式には、占領政策に変更はない筋書きで進められた。軍需産業の復興を行ったが、「軍需」という用語は日本国憲法との関係で国内政策では一切使ってはならないとされた。国民向けには戦災復興であり、経済復興のための産業労働者向け住宅の供給と説明され、政府施策住宅中心の住宅政策が展開された。しかし、人々の生活を守るための住宅は政府施策住宅として行われたと説明されたが、実際上は、住宅施策は軍需産業復興の重要な役割を担い、米軍の極東軍事戦略の兵站基地としての役割直接的な役割を担ったのは住宅金融公庫及び日本住宅公団の産業用労働者住宅及び特定分譲住宅供給であった。
結果的に、住宅はわが国の軍需産業を復興させる鍵であり、連合軍は戦争放棄のための行政命令を片っ端から緩和し、廃止し、骨抜きにした。財閥解体や軍関係者の公職追放の中止は、その象徴的なものであった。国内の失業者は旧軍需産業の復興を希望し、自らの技能を生かし、生きるに必要な賃金が得られる占領政策の転換を国民も大歓迎した。軍需産業自体がこの間、急速な技術革新を遂げ、産業自体が高度化し、新しい技術革新を受け入れた労働需要を急拡大していた。高い賃金を得るために、優秀な人材が軍需(重厚長大型)産業で働く希望者が跡を絶たず、その需要に応えるためにも、その労働者達が住む良質の住宅が絶対量として不足し、企業社宅供給が最も直接の軍需産業復興対策であった。

全国で223万戸焼失した本土空爆
終戦を前に連合軍は、硫黄島戦(日本人死者2万人、連合軍死者6千人)、沖縄戦(日本人死者25万人、連合軍死者5千人)の経験から、その人的、物的損失を最小限にするため無条件降伏を日本に要求していた。しかし、連合軍総指令が要求する「日本軍の無抵抗・無血降伏」する日本の無条件降伏は、大本営(戦前の軍事最高統帥機関)からは受け入れられず、日本からは「国体の護持」(天皇制の維持)が要求された。
近衛文麿などの日記から、当時の大本営は、天皇制の護持が約束されるならば、降伏を受託する意思を固めていた。しかし、日本の無条件降伏の条件を日米で折衝する時間的な余地を失っていた。しかし、日米指導者の「阿吽の呼吸」というか、水面下の意見交換の結果、天皇制の維持と戦争の放棄を暗黙裡に了解し、ポッダム宣言が受け入れられた。そして無条件降伏調印後、米国本国政府(トルーマン大統領)の決定の下で、連合軍総指令マッカーサーは、日本に、第1章(天皇)と第2章(戦争の放棄)を基本骨格として日本国憲法を制定させることになった。
しかし、終戦直前の日本国内で「一億玉砕」が口にされた状況の下で、無血・無条件降伏(開城)を確実なものにするためには、連合軍は軍事力で日本に降伏を威圧する必要があるとされた。その方策として建築家アントニン・レーモンドが提案する「大都市火災を起こす大規模な空爆」を米国政府は受け入れた。アントニン・レーモンドは関東大震災のとき帝国ホテルの建設工事の責任者としてフランク・ロイド・ライトに代わり日本で生活し、関東大震災の被災現場の火災で発生した火災流が竜巻を越し、隅田川を飛び越えて被服廠跡を火の海にしたときの木造市街地火災を見聞していた。
この関東大震災時の火災に弱い木造市街地の経験を基に、日本の大都市への焼夷弾爆撃を提案した。この提案の基づき米軍はネバダで木造市街地モデルを建設し、焼夷弾爆撃実験を行い、爆撃実験の結果に基づき連合軍は日本の全国の木造市街地に焼夷弾とナパーム弾爆撃を、東京を含む軍需産業のある全国約200都市で実施し、軍需産業施設とともに総計で約223万戸(日本の全住宅の約2割、都市住宅の過半に相当する住宅)の住宅を空襲で焼失させた。大空襲の結果、軍需産業と同時にその労働者住宅も灰燼に帰した。
その結果、日本の産業復興をする上での都市住宅は絶対量が不足し、軍需産業向け労働者住宅の不足が米軍の兵站基地とする軍需産業復興の最大の障害になっていた。そこで軍需産業復興政策として産業労働者用住宅を大量に供給するため、連合軍は1950年、日本政府に住宅金融公庫を設立させ、軍需産業労働者向け住宅の供給を急がせた。既に占領政策として北海道と北九州の炭鉱では朝鮮人の帰国をさせないで炭鉱労働者として使役する連合軍の方針を実施していた。この石炭産業の復興のための住宅局炭住課で実施していた5万戸の新築住宅及び7万戸の既存住宅改良を住宅金融公庫への移管し、引き続き軍需産業に対する産業労働者用住宅の供給を住宅金融公庫の融資として開始した。
米軍の軍需産業の復興は日本の国家全体の経済復興政策としての対応が必要とされた。そのため、産業労働者住宅と並行しその後実施された公営住宅、公社住宅及び公団住宅等の政府施策住宅はいずれも基本的に軍需産業復興のための産業用労働者向け住宅供給が応急対応策として実施された。それぞれには次のような歴史的経緯があった。

英国に倣った建設官僚の住宅政策(公営住宅)
既に終戦前に英国が労働党内閣の下で公営住宅政策を掲げて政権を取ったことを内務省が知り、日本も戦後の国家の復興を考慮して、旧内務省技官は英国の住宅政策に倣い、英国政府の取り組んだ公営住宅政策を研究していたが、その検討は建設省に引き継がれていた。
1951年の公営住宅政策は、英国の公営住宅は日本国憲法第8章に新たに取り入れられた「地方自治」として地方公共団体が経営主体となり、その経営する公営住宅の建設費には、英国に倣い、国庫が補助金を支給する建設費補助として家賃軽減を行うものであった。占領軍は住宅局が英国の公営住宅政策に倣う考え方を取り入れたリースホールドによる公営住宅法を認め、住宅建設課で公営住宅法の整備を行うことを容認していた。しかし、公営住宅法は新憲法が主権在民の考え方に立ち国民の選良(代表者)が立法する形式を尊重し議員立法の形式で提案され、公営住宅は地方自治体の経営として始められた。公営住宅の供給は英国のニュータウン政策に倣い、リースホールドによる住宅地経営を取り入れ、土地と住宅を一体不可分の住宅不動産として供給され、家賃を決める方法が取られた。また、新しい住宅供給方法として千里ニュータウン開発やその後の「一団地の住宅施設」として開発されたが、実施できた事業は住宅の量的供給を行うための宅地開発事業と賃貸住宅の供給で、英国のようなニュータウン経営を行うものではなかった。
インドシナ戦争に向けて米軍の戦争が拡大し、それに対応して軍需産業の発展が急速に進み、産業の資本集積は高まり住宅需要が急増した。その結果、勤務地での住宅需要に対応する住宅供給はできず、労働者の常住地からの軍需産業がある就業地に遠距離通勤をする住宅需要となった。常住地と勤務地とが違う地方自治の行政境界を越えて通勤される職住関係は、地方自治の考え方の基本を揺るがすため、公営住宅制度では対応は難しいと判断された。1955年、鳩山内閣のときその矛盾を解決するために、事業主体として地方自治の枠を超え、4大都市圏単位に住宅供給をする日本住宅公団が設立された。日本住宅公団は、軍需産業の更なる発展に対応し企業用社宅として特定分譲住宅が新産業都市や工業特別整備地区に供給するとともに、大都市圏を単位に公営住宅で対応できない住宅供給を公団賃貸住宅として、大都市圏に団地形式の開発として一般賃地住宅を供給し、やがて、分譲住宅が供給された。
住宅政策として実施した公庫、公営、公団の三本の政府施策住宅は、日本全体が米軍の兵站基地として機能するために、戦前の軍需産業を復興するための応急住宅供給政策であった。当時の住宅政策は絶対量として不足する住宅の量的供給を目指すもので、その政策は「戸数主義」と揶揄された。それらの政府施策住宅を供給するために宅地供給を経済的に行うため、建築基準法に新たに取り入れられ、「一団地の住宅施設」を活用し、耐火建築物ではなく建築基準法第3章規定の適用除外を受ける耐火構造の住宅開発が行われた。

減価償却論の誕生
1959年の公営住宅法の改正は、建設省住宅局が公営住宅の収入超過者の取り扱いを問題にし、英国のレントリベート(収入に見合った家賃)制度の導入を意図したものであった。しかし、内閣法制局の反対で割増賃料制度という罰則制度となって制度化された。それを機に土地と住宅を一体の住宅不動産とする英国の公営住宅の考え方が、大蔵省主計局から民法第87条に規定する「土地と住宅は別の不動産」とする考え方に沿って、日本の民法第87条の扱いに揃えるように公営住宅の家賃算定方式の変更が指示された。占領軍が建設省住宅局の希望する英国の公営住宅に倣う希望に応えてリースホールドによる土地建物一体の住宅地経営を承認して始められた。しかし、公営住宅制度では、土地は恒久的に変化しない「物」とした結果、反対解釈として住宅(建築部分)は減価償却する「世界に例のない扱い」になり、公営住宅は英国のリースホールドとは違い、日本の既存の賃貸住宅(借家)経営による地方公共団体を家主とする賃貸住宅制度に整理された。
世界の不動産は土地と建築物は一体で土地に定められた土地利用計画どおり土地を建築加工し、修繕と維持管理を繰り返し恒久的に使われる扱いを受けている。建築物は土地と一体化し、宅地と同様に修繕と維持管理を行うことで宅地の品質を維持することになる。しかし、日本では建築物に関しては建築構造材料ごとに先験的に耐用年数(償却期間)が決められた。そして、住宅建築物は修繕や維持管理を行っても劣化し、その価値は償却資産の残存価値しかない扱いが行われている。建築物の償却資産扱いの始まりは、公営住宅の家賃改正を機に土地と住宅を別の不動産扱いを導入することになり、土地は地代相当額とし、建築物は減価償却費を基本とするようになった。

第3章 現代の大手ハウスメーカーのインキュベーター:政府施策住宅

「軍需産業政策の住宅政策」の軌道を走った「産業中心の住宅政策」
日本の戦後の住宅政策は量の充足が目的で、住宅による資産形成や、国民の住生活を豊かにする目的で住宅政策が展開された時代は一度もなかった。朝鮮戦争勃発以来、日本の住宅政策は米軍の兵站基地整備のための軍需産業の復興と拡大発展のため住宅供給が求められた。軍需産業の拡大に合わせて労働力を確保する労働者向け住宅供給は、ベトナム戦争が終息するまで4半世紀に亘り、日米同盟の日本政府の基本的分担として政府施策住宅が供給された。住宅は軍需産業復興のための緊急の量的住宅供給が社宅供給や公共賃貸住宅供給が目的とされ、個人資産形成の恒久的な住環境形成が目的ではなかった。
住宅産業の利益拡大、景気刺激、経済成長が現在でも住宅政策の目標であるが、そこに国民の資産形成の観点はない。戦後から現在までの住宅政策は、住宅供給は産業の求める量的な充足と、その後は、経済成長のための住宅産業活動であった。経済政策および産業政策としての住宅政策は当面する需要に応える「フローの住宅政策」として一貫している。そこでは欧米のように居住者が住宅に住んだ時点から住宅政策が開始される豊かな生活を営む生活者の視点や、住宅を保有し的確な修繕を繰り返し善良な維持管理することで保有する住宅の資産形成を図る欧米のような「ストックの住宅政策」は、戦後の住宅政策では全く実施されなかったし、住宅政策上も存在しなかった。
軍需産業労働者のための「戸数主義」と揶揄された住宅供給充足後の住宅政策は、ベトナム戦争終結後、「量から質へ」と目標が架け替えられたが、それは国民の住要求を満たすためではなく、軍需産業に代わり住宅産業が個人に住宅を販売するため、高額な融資の返済期間を長期にし、ローン痛を軽減し、国民に購入させる政策として実施したものであった。

賃貸集合住宅政策から個人住宅政策への転換
1976年以降の住宅政策は、それまでの社宅や公共賃貸住宅の「法人需要」に代わり、国民の「個人持ち家需要」に転換した。住宅産業振興そのものが住宅政策の目的になり、個人の住宅購買力を高める「金融政策」と「減税政策」とが住宅政策の中心に置かれた。融資期間を世界最長の35年に延長され、国民の生活を生涯ローン返済に縛ることで住宅産業需要を拡大した。住宅金融公庫のリスクを減らすため、融資担保にその敷地を押さえた上で、産業労働者向け住宅融資同様、借主に連帯保証人に付けさせた。本人及び連帯保証人に債務返済不能事故が発生した場合、返済責任の連鎖を引き起こされた。その結果、連帯保証人制度は個人住宅では継続できなくなった。そこで連帯保証人制度に代えて、融資額と同額以上の団体生命保険を最終信用担保とする金融に置き換えられた。
住宅金融公庫による金融政策は、所得と比較して高額な個人住宅を購入支援する政府の住宅政策に転換された。しかし、その実態はハウスメーカーの住宅販売を支援する住宅産業政策が目的となり、ハウスメーカーの価格設定どおりの「住宅の価値と乖離した融資」を行った。そのため、実際の住宅の価値は販売価格の半額程度であったが、住宅金融公庫が建築審査をし、金融審査をしたと勘違いさせた。そのため、「住宅の価値が販売価格どおりである」と住宅金融公庫が審査し、価格相当の価値を保証したと勘違いされ、高額販売を可能にした。また、中古住宅販売は新築住宅の高額販売の最大の競争相手となることから、新築住宅の高値販売市場を守るため、住宅金融公庫は中古住宅には融資を行わなかった。政府は住宅金融公庫の住宅風刺政策を通して、住宅産業支援政策の主役を担うことになった。住宅金融公庫は住宅会社の希望通りの利益を確保させる価格に見合った融資を実行するとともに、住宅金融公庫自体が価値を上回る販売価格に便乗し、住宅の価値の2倍の不等価交換金融に依る融資収益を獲得した。
住宅の価値を担保に融資をしている欧米の等価交換金融(モーゲージ)の場合、担保とする住宅の価値が融資額の限度となる。しかし、日本では価値の2倍の住宅価格を対象に融資をするため、融資額は価値の2倍である。結果的に日本の住宅金融機関の融資利益は欧米の金融機関の2倍になる。住宅金融公庫の融資の担保は、融資目的の住宅の他にその土地及びローン借受人の生命保険の全てを合わせた住宅価格の約3倍を融資の担保に押さえている。そのため、金融機関に取り住宅の価値の2倍の融資をしても融資リスクはない。住宅金融公庫は性能表示など「差別化」政策を支持する割増(政策)融資を行い、ハウスメーカーの「差別化」営業を支援し、融資額の増大を図り,住宅金融公庫自体の利益の拡大を図った。住宅金融公庫の住宅金融政策が現在にそのまま踏襲されている。
融資額の上限は融資担保の資産額で決められる。その結果、融資額の3倍の担保を取っているため、日本では住宅の価値と切り離した住宅価格設定を支援するローンを政策金融として住宅の資産価値と切り離した割増金融として行った。それが消費者のニーズに応える住宅は高額販売をしてよいという現在の「差別化」支援金融である。金融機関の融資審査として高額な担保確認審査をすれば、融資対象住宅の価値審査をしないで融資ができる。担保価値の範囲内であれば、融資額が大きくなるほど融資利益が上げられる。このように、住宅の価値に対応しない金融制度は、日本国憲法第14条(法の上の平等)違反である。

国民生活を対象としない住宅政策と住宅産業政策
また、戦後の政府施策住宅を調べると、それは基本的に軍需産業を育成するための産業復興応急住宅政策で、国民が豊かな生活を築くためのサステイナブル・コミュニテイ環境を実現し、資産価値を向上させる住宅ではなかった。政府施策住宅(公庫住宅、公営住宅、公団住宅)はその供給の経緯を調べると、国民のための歴史・生活・文化を育む恒久的住生活環境が造られたのではなく、産業・経済活動を維持するためのシェルターとして労働力を産業地域に繋ぎとめるための量的住宅供給でしかなかった。政府施策住宅は産業政策としての住宅建設量の目標は掲げられたが、生活する国民大衆の生活文化教育環境の改善や、住宅による資産形成のための政策は皆無であった。
政府は、1976年以降の住宅政策で「量から質へ」の住宅政策目標を掲げたが、それはベトナム戦争が終わり、軍需産業向け住宅需要が基本的になくなり、住宅産業界の需要確保のために、国民が需要者になるために造られたスローガンであった。消滅した法人住宅需要に代えて、国民に魅力を感じる新設住宅の目標を「住宅の質の向上」として掲げたものであった。社宅や公共賃貸住宅とは違って、国民が取得する持家(新築住宅)の規模を広げていけば、結果的に国民の住生活は豊かになる。
確かに所得倍増計画が成果を挙げ、国民の所得は向上しインフレが昂進して行ったが、住宅価格はそれ以上に遙かに高騰した。所得と住宅価格の差を埋める方法として、土地を購入しない「建て替え住宅政策」と、「住宅金融の方法」と「住宅減税」とが大きく変えられた。高額融資の返済を、ローン痛を感じないで返済できるよう、融資期間が長期に延長された。ハウスメーカーは住宅取得減税と住宅ローン減税、金融公庫の長期金融と割り増し融資、販売価格どおりの金融を説得材料の営業ツールに利用するとともに、新たに登場した住宅展示場販売を使った営業マンを人海戦術に利用した営業方法を活用し、政府の進める住宅生産工業化政策の中心を構成して市場拡大に躍り出した時代であった。
住宅の規模が大きくなれば住宅価格が高くなる。住宅価格は引き上げられれば国民に豊かな生活実現は見込めず、住居費負担額の上限を住宅政策目標にできない。国民の所得と乖離した住宅価格でも国民が取得できる政策として次の二つの政策が取り上げられた。

第一の政策:土地を購入しなくても住宅を取得できる「建て替え住宅政策」である。国民の住宅取得の考え方を「建て替え住宅」に転換させるためは、「既存の住宅を価値のないもの」と勘違いさせる「20年償却期限とする減価償却論」への方向転換が必要であった。
第二の政策:住宅会社の希望通りの額を融資し、融資金額が大きくなっても巨額な担保を取り、返済期間を延長し生涯ローン返済に縛っても返済額(ローン痛)を引き下げる住宅金融政策と、「ローン減税」を行い、住居費負担を所得に近づける減税政策であった。

住宅産業の利益の拡大のための持ち家の建て替え政策が住宅政策の中心に位置づけられ、「3世代住宅」「2世帯同居住宅」が政府として推奨する日本的伝統を尊重した家族関係を育てる住宅政策として政策の前面に登場することになった。建て替え事業を住宅政策の中心に取り上げる方策として最も重要なことは、政府が育ててきた工業化住宅を促進するため「取り壊される住宅には価値がない」と住宅所有者に信じ込ませることであった。
「建設後20年を経過した住宅の価値はゼロ」、「住宅は減価償却資産」が持ち込まれた。それと並行して、当時、経済成長は好調で所得が10年間に2倍増し、インフレが昂進した時代である。住宅ローン残高はインフレにより目減りし、過剰と思われたローン負担が、個人的な努力をしないで所得ベースの引き上げで、年を追って住居費負担は軽減されていった。住宅ローン負担が賃貸住宅の家賃負担と大差がなくなり、住宅需要は賃貸住宅から持ち家に移動した。政府は住宅産業需要を喚起するため、建て替え住宅を促進するために、気密・断熱、防耐火、耐震等の住宅性能の向上を住宅政策の中心に据えてきた。

戦後の政府施策住宅
戦後の新産業都市や工業特別整備地区に建設された政府施策住宅の多くは、軍需産業用労働者住宅供給の目的は失われ、震災復興仮設住宅がその政策目的を達成した後に取り壊されていくように、新産業都市や工業特別地区が軍需産業生産地としての役割は終わり、それまでに建設された政府施策住宅は取り壊されていった。住宅単体の効用は認められても、生活環境の豊かな住宅地経営の行われていない住宅地には人々を引き付ける生活文化が育たない。当初の住宅政策目標とした入居階層は存在せず、社会政策的に存続させる必要性は消えた住宅は、スクラップ・アンド・ビルドの政策対象とされ、取り壊されていった。その取り壊しを正当化する理屈として減価償却理論が持ち出された。
千里ニュータウンは英国のハーローニュータウンをモデルにした歴史的経緯をもって「物造り」として開発された。しかし、日本の住宅団地やニュータウンと呼ばれるものはいずれも物づくりとしては英国のニュータウンに倣って、「近隣住区論」を使って建設されながら、ニュータウン経営は行われず、住宅地の環境全体が計画通り活用されず、また、豊かな生活を実現する住宅地を目指して経営されたものは存在しなかった。
日本の大規模団地やニュータウンは大規模な宅地開発地であった。そこには日米安全保障条約に基づく米軍の兵站基地整備上の政府施策住宅を応急経済政策に従って住宅不足戸数を詰め込むベッドタウンが造られた。教育文化施設や医療福祉施設は一元的に計画されず、住宅地全体としての経営は行われず、施設は自治体の管理に移管されていった。
大規模住宅団地やニュータウンと呼ばれるものは、例外なく米軍の兵站基地として軍需物資を生産するための産業労働者用住宅(公庫)や特定分譲住宅(公団)の供給と並んで、企業社宅が供給されない労働者のために、公営住宅、公団住宅及び公社住宅のベッドタウンが建設された。全体が兵站基地機能を担うための日米安全保障条約で米軍が日本政府に求める軍需産業復興の労働者に雨露を凌ぐための住宅供給を第一目的とした政府施策住宅であった。そこでは英国のニュータウン経営のような住民の自治組織とニュータウン公社による住宅地経営は行われなかった。米軍の兵站基地は、戦前の軍需産業をはるかに上回る資本集積された軍需産業を支える日米同盟に基礎を置く経済産業政策に支えられ、公庫住宅、公営住宅、公団住宅がそれぞれ事業主体ごとに区分され、供給対象ごとに日米同盟に基づく兵站基地機能を形成する政府施策住宅として供給された。
それらを阪神大震災や東日本大震災後に建てられた震災復興応急仮設住宅と比較すると、住宅団地の計画から管理システムまでの全てが、震災対策で建てられた応急仮設住宅の計画から管理システムまで、基本的に同じで、欧米の生活環境重視の住宅地経営システムと異質な目先の需要に応える住宅供給であった。

「聖域」:日本国憲法
日本は民主主義を国是とし自由主義を掲げる資本主義国である。自由な経済活動を容認すれば、力の強い者は力の弱いものを押し退ける。力の強い者は政治、行政、金融、産業活動を結び合わせて護送船団を形成し、その望む利潤追求を容易に実現し、富を手に入れることができる。その結果、強者の利益追求により、弱者の基本的人権は強者の利益追求の反射的な不利益として、公害問題、労災、疾病、貧困問題、環境問題に遭遇した。そのような矛盾が起こらないよう国民の総意に基づき、国民の基本的人権を尊重するための合意形成が、国の最高法規・日本国憲法として作られた。しかし、その憲法解釈が第9条を蹂躙したと同様に、強者の利益追求には終わりはなく、憲法第14条(平等権)、第25条(生活権)、第29条(私有財産権)と企業利益を擁護する方向にエスカレートする憲法の拡大解釈がなされていった。細やかな国民の幸せを守るために公共性は使われなかった。

「公共性は公共事業を強制事業として行う根拠として使われたが、公共性があるとして造られた環境や国民の私有財産や生活環境を守るために公共性は使われてこなかった。」

日本国憲法は主権在民の原則に立ち、すべての国民は自由・平等の条件の下で、生活が行えるよう、住宅・都市生活環境、産業・労働・福祉、教育・文化等の関係行政法体系に適合した制度と組織を作り、国民が守るべき権利義務を具体的に定め、国家権力が国民の基本的人権の実現を担保している。日本国憲法として国民の総意によって決められた基本法に基づき、国民が守るべき具体的内容の実現を国家権力により担保することを定めた実定法が住宅・建築・都市関係法を含む行政法である。行政法で定められた国民の権利義務の限界や行政機関による許認可、並びに、行政指導及び行政運用の限界がどこにあるかの基本的判断は、日本国憲法及び個別の実体法に照らし、行政庁がそれぞれの行政事務において判断し法律が施行される。その行政判断や行政処分に疑義がある場合には、処分庁の上級機関に行政不服審査請求がなされる。そして、行政不服審査請求による上級行政庁の裁決に納得できないときは、司法に対し行政処分の是正を求め、行政裁判所に行政事件訴訟を提起し司法による判断がされる。
日本国憲法には改正規定があり、社会・経済・文化環境が変化し、憲法規定が適正に機能できないと判断されたときは憲法改正をすることができる。日本国憲法は国民総意で決められた日本国の最高法規であるから、それに違反し、又は、それを拡大解釈することは認められない。現行の日本国憲法は制定時から改正されていないので、拡大解釈は許されず、その解釈や判断は制定時の考え方に立ち返って行われなければならない。憲法で定められた国民の権利義務の関係が守られるように、内閣及び両院の法制局の法令審査や裁判における事件の審理をとおし適正な法律施行の監視監督がなされる。憲法の改正が必要な場合には、憲法に定められた手続きに従い改正をする。憲法改正をしない限り、何人も憲法を拡大解釈し、解釈変更をすることは認められない。憲法はすべての国民が遵守すべき聖域であるから、憲法改正を行わないで憲法解釈を変えてはいけない。
しかし、朝鮮戦争の勃発を機に憲法第9条が事実上蹂躙され、それを容認する拡大解釈され、それ以来、憲法の拡大解釈によって憲法違反の立法や行政が行われてきた。小泉・竹中内閣による「聖域なき構造改革」はその流れを汲むものである。バブル崩壊で経営的に追い詰められた企業を救済すると共に、長期に低迷する日本経済を復興するために、聖域(憲法)を逸脱し規制緩和を行い、企業救済と景気浮揚が行われた。国民の私有財産の保障(憲法第29条)に関する憲法の条文を変更して行ったものが「聖域なき構造改革」による規制緩和である。小泉・竹中内閣は世論を操作し、「聖域なき構造改革」が国民の支持が得られたと憲法を無視した規制緩和を実行した。不況からの脱出はすべての国民に経済的利益をもたらす規制緩和であると勘違いさせられ、経済的利益を得るためには、憲法を拡大解釈しても許されてもよいと全体主義的に世論が操作され、「聖域なき構造改革」として実施された。本書が扱う問題は、法秩序が国を挙げて蹂躙された結果である。
規制緩和の結果、大都市のスカイライン全体がはっきり変化させたほどバブル崩壊により失った地価を回復させた以上に土地利用規制を緩和し、企業利益を拡大させた。その結果、都市再生により日本経済はバブル経済に次ぐ高い経済成長を上げ、瀕死の状態の企業が経済的に甦らせ、その勢いを駆って日本経済全体が大きく成長した。しかし、「聖域なき構造改革」により生まれる不利益は、予想できたにもかかわらず、予め国民に説明されず、政府はそこで発生した問題に対処することはなかった。
規制緩和は江戸時代の「贋金」鋳造や徳政令のように、財政危機の政府は、財政負担をしないで規制緩和で企業に負債を棒引きにし、多大の利益を与えた。その陰で贋金を受け取った人たちは規制緩和の皺寄せを受けた。既存の都市施設に見合わない過大な開発が行われた結果、規制緩和により都市環境を悪化させられ、都市施設容量を超えて詰め込まれた都市は、教育施設や道路、電気、上下水道、ガス、通信等のライフラインの容量不足などを生み、大都市直下地震など大震火災時の2次災害の危険や国民生活環境の悪化になった。

住宅政策の軌道転換
戦後の政府施策住宅による工業化住宅振興により利潤追求本位の住宅産業が住宅金融公庫の支援を受けて成長し、それが政治家と官僚の利権と結びつき護送船団を形成した。軍需産業需要が終焉を迎えた新しい時代の住宅産業は、国民の住居費負担を配慮することが不可欠になった。国の住宅戸数の量的な充足がなされ、それまでに建設された政府施策住宅は、軍需産業の復興の政策目的を果たした。軍需産業自体も平和産業に転身し、産業構造自体も平和産業に変化し、産業労働者の持ち家・定住志向も高まっていった。
戦後の軍需産業の復興を担った世代の子供たちの世代が、新しい世帯を形成する時代になっていった。親の世代は産業労働者住宅(社宅)や公共賃貸住宅から、その多くは、「持地・持家」を取得し、地域に定住した人も多くなった。しかし、地価は急騰し、年を追って土地を購入することは困難になっていった。政府は土地供給との関係で新たな国民の持家政策目標を実現できないため、高騰した土地を購入しないで住宅を建設する建て替え需要を対象にした住宅政策に重点を移すことになった。土地を購入しないで既存住宅を取り壊し、そこに新築住宅を建設する需要、即ち、建て替えによる多世帯同居や、2世帯住宅居住をうけいれる2階建て中心の住宅政策の対象とすることが推奨された。
日本経済そのものが1960年に日米安全保障条約改定と一体的に組み替えられた日米同盟の経済政策(エネルギー政策と農業政策)の変更により、所得倍増計画が為替、関税、貿易の自由化政策と一体的に行われ、日本経済が都市政策大綱や列島改造論で示されたように構造的に大改造された。ガソリン税を道路財源として利用することで全国津々浦々にまで道路網計画が具体化され、全国総合開発が軌道に乗ることになった。また、炭鉱の閉山と農業構造改善で新たに供給された低賃金労働力を利用することで10年間にわたり、10%以上の経済成長が実現でき、国際競争力のある高品質低価格の商品が生産され、貿易は急拡大し、高度経済成長を実現した。GDPでは米国に次いで世界第2位の規模にまで拡大した。その間、米国はベトナム戦争終結まで巨額な戦費により経済は衰退し、ドル危機を迎え、ドルの対円為替レートの変更をするまでになった。その象徴的な国際的な円・ドル為替の大幅な変更合意が、1985年の「プラザ合意」である。「プラザ合意」を受け円高誘導が行われ、輸入住宅政策は円高差益を手に入れる取り組みから当期利益の追求に向かいバブル経済は急膨張した。やがて崩壊した。バブル経済崩壊で発生した土地担保金融に源を発する不良債権が、日本経済を「不毛の20年」から「四半世紀に及ぶ経済不況」に日本経済を引きずり込み、それまでの政府施策住宅を経済的に破綻させてしまった。

軍需産業労働者向け住宅から、地方創生向け住宅地開発へ、
バブル経済が崩壊して、公庫住宅、公営住宅、公団住宅の3種類の政府施策住宅を供給する「住宅建設計画法」による政府施策住宅主導の住宅政策が機能不全に陥り、2006年、それに代わって、「住生活基本法」による民間の住宅産業が中心になり、その住宅金融に対し政府が事実上債務保証をする事業(MBS住宅ローン債権の証券化)で民間ローンを支援する政策と、住宅の取得現在と住宅ローン減税により、国民の住居費負担を軽減する政策に転換した。民間住宅産業は「差別化」による住宅生産と営業販売を一元的に行う住宅サービス業に変質した。政府施策住宅の大雑把な時代区分は、次の5期に大別できる。
第1期、1945年終戦。1946年日本国憲法の制定。戦争の放棄に向けた占領政策。
1949年、朝鮮戦争の勃発から始まった日本が米軍の兵站基地となり、旧日本軍需産業の復興のための軍需産業用労働者向け住宅供給という政府施策住宅(公庫、公営、公団)による対米従属の日米安全保障条約の経済復興の時代であった。
1951年サンフランシスコ平和条約の締結。同日、日米安全保障条約の締結。
第2期、1960年、日米安全保障条約の改正により、日米同盟が経済的に対等の関係を迎え、炭鉱の閉山と農産物の自由化により生み出された失業者を大都市圏単位に日本住宅公団による特定分譲住宅と一般賃貸住宅で供給が拡大した時代あった。この時代に政府施策住宅需要を梃子に住宅産業を国家主導で形成して行った。
第3期、1976年、ベトナム戦争が終了し、日本が米軍の兵站基地の住宅供給義務が消滅し、建て替えによる「量から質へ」の時代であった。住宅産業が国民大衆を対象に利益追求できたようになり、国は住宅金融公庫の融資条件を大幅に緩和して、民間住宅産業が活動しやすい経営環境を整備する住宅政策に目標が変えられた。
第4期、1986年、「プラザ合意」後、日本が世界の金融中枢3極に1になると言われ、日銀が金融緩和し、地上げを行いその玉突き現象でバブル経済が膨張し、日本が減価償却論を駆使し、スクラップ・アンド・ビルド政策を採り、総不動産屋になったと言われた時期であった。やがてバブル経済が崩壊し不況が始まった。
第5期、2006年、政府施策住宅が住生活基本法に変わり、不良債権による長引く経済不況が続き、その不況を打破するために小泉。竹中内閣が取り組んだ「聖域なき構造改革」による規制緩和により損失を回復した都市再生の時代である。少子高齢化と人口減少が進み、中央・地方の財政破綻が進み、経済成長が失われ、雇用機会が減少し失業者が増大し、中央政府の指導力が失われた時代である。
これまでの政策は、政治・経済的な要求に応え、民間の住宅産業の経営を維持することが政策の中心で、居住者の生活や住宅資産の形成にまで配慮は及んでいなかった。政府は住宅建設業を「建設(製造)業」ではなく、「住宅サービス業」として流通業的経営を容認した。それは住宅会社が広告・宣伝、営業・販売に掛けた費用を回収する販売価格設定方法により、巨額な利益を上げる経営を容認してきた。その「住宅サービス業」を住宅産業の基軸に据え、高額の担保を背景に高額融資をすることで高額住宅販売を可能にする護送船団方式による「差別化」を、営業に取り入れた住宅政策を、「長期優良住宅」政策として日本の住宅産業体質をつくってきた。そして、バブル経済の崩壊で消滅した資産を回復する手段として小泉・竹中内閣の下で取り組まれた「聖域なき構造改革」による都市再生事業により、「贋金つくり」による規制緩和で、不良債権で経営を悪化させた民間資本は規制緩和により利益を追求が認められ、経済的に救済され景気は上昇した。

第4章:大手ハウスメーカーと銀行が巨額利益を収奪する住宅事業

国民が住宅を購入して資産を奪われる構造
政府が「中古住宅流通合理化ラウンドテーブル報告書」で明らかにした住宅政策の失敗の基本的認識は、「国民が住宅を購入すると例外なく購入額の半額以上の資産を失う事実」である。住宅を売却すると住宅所有者は資産を失うため、それが怖くて中古市場に自分の住宅を出せない。日本の中古市場が貧しい最大の理由は、中古市場は住宅の持主を貧しくするからである。そのため、中古住宅は売却損の発生を恐れて取引されず、居住者は同じ住宅に縛られたままで老齢化する。働き盛りの人たちが住まない魅力のない住宅地は、経年するとともに居住者は老齢化し、死亡し、空き家が増大する。都市衰退が進んでいる地域の義務教育施設は閉鎖され、商店街はシャッター街に変化し、住宅地は廃れ、老朽化し、セキュリティは低下し、住宅需要は激減し、住宅の取引価格(価値)が急落する。代表的事例が義務教育施設の閉鎖が進む日本最大の多摩ニュータウンである。
その理由を政府は、住宅は減価償却資産だからといい、住宅の資産価値下落は当然起きると、中古住宅価格の値崩れを必然的な現象のように説明をした。実際の因果関係の説明は逆である。中古住宅の価格は需要と供給による市場価格で決められる住宅の価値を表している。価格下落の原因は新築住宅市場で発売当時、価値の2倍以上の価格で販売されたためである。新築住宅の営業販売に使ってしまった費用を中古住宅の販売価格に加えることはできないからである。中古住宅価格は新築住宅価格から新築住宅販売で使ったサービス業経費分、即ち、販売価格の50%分の費用を値引きしないと売却できない。
その理由は新築住宅販売が憲法第14条(法の上の平等)「差別化の禁止」に違反し、建設業法第20条違反の実際の住宅の価値の2倍以上の販売価格を設定し、独占禁止法違反の価格操作により売却してきたからである。しかし、消費者が一旦購買した住宅だけではなく、ハウスメーカーが販売促進期間に売却できなかった新築住宅も「新築中古住宅」と呼ばれ、新築販売価格で販売できないのは、販売促進経費が掛けられない結果である。「住宅は減価償却資産」という政府説明には社会科学的な根拠はない。大手ハウスメーカーの住宅販売は「差別化」営業方法を使い、住宅の価格を価値相当であると欺罔した販売を、金融機関が幇助し、それを政府が容認してきたためである。
大手ハウスメーカーは住宅販売に当り、例外なく建設業法第19条および第20条に違反した請負工事費を決定した。そして、その内の直接工事費である住宅の経済価値が販売価格の約半分しかないことを承知で、直接工事費の中に住宅の広告・宣伝、営業・販売に掛けたサービス経費を混入させ、販売価格として回収してきた。直接工事費の2倍半の住宅販売価格を設定した「差別化」住宅販売方法とは次のような方法である。
大手ハウスメーカーが用意した設計システムの中で「差別化提案」の枠内で住宅購入者自身が優れた内容の住宅を、「主体的に選択した」と錯覚させる。そして、ハウスメーカーは住宅購入者が自分自身で「最良の住宅を選択した」と勘違いする洗脳販売をし、価格の半分以下の価値しかない住宅を「価格相当の価値がある」と信じ込ませる。その販売価格は工事請負価格の見積り内訳として詳細な項目に分け記載し、正確な見積による適正価格であると勘違いさせる。工事費見積りの内訳は詳細な項目に分けているが、工事費の内訳を全く説明できない欺罔を目的とした文書である。見積書には広告・宣伝、営業・販売に掛けたサービス経費を住宅の価値を構成する建築材料と建設労務費の内訳が分からないように隠蔽され、その総てを建設工事費であると欺罔し住宅の価格として回収する。顧客は住宅の販売価格が住宅の価値を表示していると信じ込まされてきた。
ハウスメーカーは顧客に無理強いや恐喝販売はしない。それをすれば顧客の反発し、「差別化」が恐喝や詐欺とみなされ、刑法上の犯罪対象とされる危険が高くなる。ハウスメーカーは設計図書から請負工事費見積りまでを作成する。成約直前まで営業行為が進んだ見込み客のうち実際に成約まで進む顧客は10%程度でしかない。成約まで進まない見込み客からは設計等の費用は一銭も取らない。設計から見積りまでの作業は無償のサービスであると説明し、いかなる費用も取らない。実際に掛った設計業務や見積り業務はいずれも無償のサービスでできる業務ではない。だからそれらに要した費用は、結果的には実際に契約まで進んだ顧客全員が請負工事費として負担することになる。お金に色がついていないから、設計や見積り業務費用の名目での費用は徴収されず、すべて直接工事費に混ぜ込まれ工事費の一部として建設業法違反の方法で徴収されている。

金融機関による便乗利益の収奪
住宅金融機関は、ハウスメーカー中心に進められてきた住宅販売の「差別化」販売に便乗し不当な利益を上げている。金融機関は販売価格の約3倍(建設業法上の住宅価格の約6倍)の担保を押さえ、ハウスメーカーが決めた住宅販売価格とおりの住宅ローンを提供する。そのため、住宅会社が住宅の価値の2倍の住宅価格を設定したとおりの不等価交換金融を行っている。ハウスメーカーの決めた販売価格に合った融資をすることで、金融機関は自ら融資をさせる上での「融資拡大努力」なしに、住宅価値相当額の融資から得られる金利の約2倍の金融利益を得てきた。それでいて住宅金融機関は顧客の購買能力を支援している体裁を執っている。金融機関は融資努力を何もしないで、欧米の住宅金融機関の融資額の2倍の融資を行い、住宅の価値の約2倍の住宅ローン金利を自動的に収奪している。日本の住宅金融機関の融資は住宅の価値を評価して融資をしているわけではない。金融機関にとって、押さえた担保の評価額以下の融資であれば金融機関にはリスクはない。日本の住宅金融機関は融資対象の住宅の価値を審査しないで、多額の融資をする。その結果、融資対象住宅の価値相当の融資をするよりも、金融機関にはモーゲージ(等価交換金融)の場合の2倍もの利益が大きくなる。
ハウスメーカーと住宅金融業はいずれもわが国で最大の営業利益を計上している最優良経営産業である。その巨額な利益は、住宅購入者に契約上の請負工事額を、建設業法違反の見積りを行うことにより、不正に利益を得ている。建設業法で定めている工事見積額は、直接工事費(材料費と建設労務費として支払われる額+20%の関連諸経費)である。ハウスメーカーの住宅販売価格は直接工事費の1.5倍の額としたものを建設業法どおりの請負契約であると欺罔することで、住宅の価値の1.5倍の工事利益(粗利)と住宅の価値に見合った融資の2.5倍の融資利益(金利総額)を得ている。
欧米の住宅取引では請負工事契約の場合はもとより、住宅ローン申請を行う場合も、日本の建設業法で定めている材料と労務費の数量と単価を明確にした住宅の価値(原価公開)で説明する。米国では不動産鑑定評価と同一のコストアプローチ(原価方式)に基づく工事見積書が添付されていなければ、工事請負契約書も住宅ローン申請書も有効な契約とはみなされない。その理由は、工事請負契約書及び住宅ローン申請書も、その契約は公平な取引が前提となり、建設される住宅の価値に見合った工事代金の支払い及び住宅ローンによる等価交換でなければならないからである。不動産鑑定評価制度で定めたコストアプローチと呼ばれる住宅の建設に必要な材料と建設労務を区別し、その数量と単価を明確にした見積書を添付しなければ住宅の価値の証明にはならない。日本のように広告・宣伝、営業・販売経費が住宅販売価格の半分以上を占める販売価格を、すべて材料と労務費であると欺罔した見積書では生産原価が分からなく、住宅の価値を正しく表示しているものとはいえず、相手を欺罔する文書は、(詐欺行為)とされる。
建設工事費は「材工一式」の複合単価で見積もられるが、「材工一式」見積りは欧米でも略算方式として使われても、正確な工事費見積りではない。それにサービス業として掛った経費を隠蔽して見積書に使うことは見積額の欺罔で刑法上および民法上の詐欺とされる。広告・宣伝、営業・販売経費は「材工一式」に混ぜ込むことは建設業法違反である。ハウスメーカーの見積書は、建設業法違反を犯し、住宅の価値を欺罔した販売価格である。
住宅の効用(デザイン、機能、性能)は、価格で評価できないにも拘らず、住宅の価値の高さ(価格)と欺罔し、住宅販売価格を高額に引き上げる方法が「差別化」である。住宅の効用は、デザイン、機能、性能ごとに「区別」できても、住宅の経済的な価値の大きさとして「差別」することはできない。
効用の区別(品質)を販売価格に対応させ、その「区別」を、価格の大小とする「差別化」には社会科学的に合理性はない。「差別化」による不等価交換で使われた請負工事費や、住宅販売価格は憲法第14条に定める「法の上の平等」に違反する。それらは、住宅購入者に不利益を与える民法上・刑法上に定められた「詐欺行為」としての販売価格である。「差別化」とは、単なる住宅の意匠、機能、性能という「効用(性格)の違い」を「区別」する目的ではなく、「住宅の経済的価値」の大小(優劣)の違いのように「差別」することで、その営業は欺罔により利益を得る方法(詐欺)である。
「差別化」することで住宅販売価格を高くすることは、社会科学的に合理性がないため、需要と供給で取引価格が決定される中古住宅市場(自由市場)で「差別化」営業は一般的に機能しない。新築住宅販売は広告宣伝にマスメディアを使い、営業マンの人海戦術で市場を支配した独占禁止法に抵触する住宅市場価格操作するもので、公正な自由市場価格ではない。その結果、新築住宅を購入した国民は、その住宅を中古住宅市場で売却すれば、例外なく、新築住宅価格に含まれていた広告・宣伝、営業・販売経費を中古住宅に転嫁できず、新築住宅価格からサービス経費を差し引いた新築価格の半額でしか販売できない。
政府は、販売価格の下落理由を「住宅は減価償却資産」と非科学的で、世界で通用しない不動産鑑定評価制度を持ち出して欺罔を隠蔽する説明をし、新築住宅の「差別化」による詐欺商売を幇助・隠蔽してきた。欧米の資本主義国で自由経済国家において、「差別化」で価格操作が行われ、その不正を隠蔽するために、既存住宅が減価償却する説明をする国は皆無であり、減価償却理論が適用される国も存在しない。

第5章:マンション建て替え業者の利益中心のマンション建て替え事業

強制事業ができる条件(公共性)
小泉・竹中内閣の「聖域なき構造改革」による都市計画法及び建築基準法改正と法定都市計画の改正、並びに、円滑化法及び建築物の区分所有法の改正等による都市再生事業の代表例の一つが、東京都多摩市諏訪2丁目住宅管理組合(以下「諏訪組合」と言う。)の旧日本住宅公団分譲住宅団地(640戸の建設後40年程度の鉄筋コンクリート造中層5階建て)の建て替え事業が円滑化法および建物区分所有法に反して行われた。諏訪組合の建て替え事業では二人の組合員が、その事業が法律違反で進められている理由で事業に賛成せず、地区外に強制的に追い出された。その区分所有者の財産として補償されるべき額は、法律上、1世帯当たり少な目に見積もって、2,886万円である。しかし、この事業では国土交通省の行政指導の下で不正な方法で行われ、建て替え事業に反対した区分所有者は、その損失補償額の過半の1,779万円が諏訪組合により「事業を妨害した懲罰」として収奪され、1,117万円しか供託されなかった。
この建て替え工事業者東京建物㈱は「聖域なき構造改革」により法定都市計画が改正され、これまでの開発容積率を4倍に使い、さらに、巨額な優良補助金を得た上で、土地評価を操作し諏訪組合員の資産を欺罔して32億円を詐取した。その上、事業全体としては東京建物(株)が手にした純利益は、建築物による利益以外で総額が推定約2,145億円(土地代1,117万円×3倍売却×640世帯+32億円+国庫補助金40億円)に及ぶ。その一方で、建て替え事業に反対した者は、建て替え事業の妨害者として差別的扱いを受け、マンションから叩き出されて2人の区分所有者には正当な補償額の38.7%、供託金1,117万円しか供託されず、さらに修繕積立金111万円を返戻されず、再起困難な損失を被った。この不当な事業が国土交通省により指導され行政事件訴訟が提訴されたが、司法は違法な行政処分を追認し住民の損失は回復されなかった。
マンションの建て替えを行うためには、強制的にマンション管理組合員全員を取り込まない限り実施できないので、建て替え事業者に強制権を与えるために作られた法律が円滑化法である。憲法第29条は私有財産権の保障として、個人の利益のために他人を犠牲にはできない。そのため、現行法の下ではマンション建て替え事業は一人の反対があっても実施できない。しかし、憲法第29条第2項ではその事業に「公共の利益」が認められる場合には、例外として強制的に建て替え事業ができることを認めている。

マンション建て替えに強制権が認められた最初の例
昭和58年には阪神大震災もあり、マンションが構造耐力的に危険で猶予できない場合が発生し、そのような場合には強制事業として建て替えを実施する途が開かれた。そして、マンションが構造的に危険である条件が強制事業を実施できる緊急性という公共性の根拠とされた。そのため、実際上は構造的に危険でないマンションまで構造安全診断書で危険診断を捏造し強制建て替え事業に持ち込む事例が多発した。ここで「捏造」をした理由は、耐震診断や構造体の劣化診断では構造安全上の状況診断に過ぎず、構造体自体の自然科学的危険診断はできない。それにも拘わらず、危険判断を捏造したから建て替えを強制できた。構造的に危険であるから取り壊さなければならない判断をこの診断方法では導けない。耐震診断により危険判断ができる根拠は存在しない。建て替え事業は潜在地価を顕在化でき、経済的利益を追求できるため事業化される。潜在地価を顕在化できる条件(キャピタルゲイン)が無くて建て替えが行われることはない。「構造上の危険」は、診断人が依頼に応じ強制建て替えに持ち込む口実に行う診断に過ぎない。
日本全体がバブル経済崩壊で地価下落の後遺症に悩まされていた。建て替えを実施することで潜在地価を顕在化し利益を上げる方法が取られてきた。強制事業として行うための口実が必要であった。そこでマンションの構造耐力の劣化を口実に構造危険性を診断書で捏造し、それを根拠に建て替え事業に公共性の根拠を与え実施してきた。その方法には無理があった。無理な方法を使わないで単刀直入に、専ら経済的利益の追求を理由に、建て替えできるようにしたのが「聖域なき構造改革」による円滑化法の立法であった。円滑化法は政治・社会・経済的環境の変化を理由にして、構造耐力上危険等無理な説明の捏造作業を外し、経済的利益を求める目的のために立法された。円滑化法による公共性は、その「十分条件としての経済的利益」であり、「必要条件としての第4条の基本方針(区分所有者による合意形成)」であることを条件とした。経済的理由を背景に絶対過半数により強制権の行使を認める公共性の理屈は、過去の日本国憲法第29条第2項の解釈では認めていなかった。小泉・竹中の経済対策を具体化する憲法の拡大解釈であった。

憲法の拡大解釈で穴をあけた「聖域なき構造改革」
マンション建て替え事業を経済的利益実現のため実施する「聖域なき構造改革」は、憲法第29条第2項の公共性の理由に付加される規制緩和として実施された。この新しい「経済的利益」の実現理由を公共性に取り入れるための規制緩和が、憲法の拡大解釈として行われ、新しい公共性の理屈に採り入れられ、円滑化法が新規立法された。小泉・竹中内閣が行った「聖域なき構造改革」はこれまでの政府が「憲法上実施できない」と説明してきたことを、経済不況の解消を掲げて正面突破した政策である。円滑化法は過去の憲法第29条の公共性にはなかった条件を持ち出した。
この憲法の拡大解釈の実績を足掛かりに、安倍内閣は「武装した軍隊の国外派遣」を許す憲法第9条の解釈を、経済的利益による世論の操作で行うことは望めず、「閣議決定」をすることで実施した。憲法の拡大解釈や解釈変更が世論操作と法制局長官の法律解釈によって可能であると小泉・竹中内閣が行った。それを安倍内閣は閣議決定で行った。このような方法が横行すれば、内閣法制局長官の憲法解釈や閣議決定が憲法の規定に優先することになり、憲法は日本の最高法規ではなくなる。
「聖域なき構造改革」による憲法の拡大解釈を、小泉・竹中内閣は「徳政令」と同じ経済的利益の実現を国民への「餌」に、バブル経済崩壊で抱えた不良債権解消を求める世論操作をし、憲法に抵触する規制緩和を可能にした。安倍内閣の行う憲法第9条問題の規制緩和は、世論形成が困難なため、「閣議決定で、憲法の拡大解釈をする」新しい憲法違反を正当化する方策をつくった。閣議決定は閣僚の合意を明らかに政府立法提案の条件になっていても、立法ではない。安倍内閣は閣議決定によってはできない憲法改正を、憲法の拡大解釈の閣議決定によって実施した。内閣法制局長官の法律判断は憲法解釈としての職権による判断であるから閣議に縛られる訳ではない。その任命権者が内閣総理大臣であれば、任命権者の意向に従うことになり、基本的に中立ではありえない。安倍内閣は閣議決定をしたことで憲法の拡大解釈を正当化しているが、憲法判断権限には及ばない閣議決定が、日本の最高法規憲法の上にあることになれば、政府の行いたいことは憲法に違反して何でもできる。それは民主主義を破壊する大政翼賛会と同じ全体主義の萌芽である。

「公共性の内容を定めたマニュアル」
円滑化法の施行に強制権を付与する憲法第29条第2項に定める「公共性」の根拠として、同法第4条「基本方針」の施行を立法趣旨と齟齬を生じさせないように、法の運用の詳細が定められた。それが、国土交通省の定めた「マンション建て替えの合意形成に関するマニュアル」(以下「マニュアル」という。)である。マニュアルについて円滑化法立法時は「マニュアルは法律内容を解説したもので、法律そのものの内容を具体的に解説したものとして厳格に扱う」と国会で政府委員(三沢住宅局長)が答弁していた。マニュアルは円滑化法の施行が憲法の規定を蹂躙しないよう、公共性を実現する建て替え事業が行われるよう、その事務手続きを14段階に詳細に分解し、各段階に住宅管理組合が建て替え事業を進める上の合意形成の手続きを、詳細に規定し解説した。しかし、政府は「聖域なき構造改革」として行った円滑化法を、憲法を拡大解釈して「適法」としたため、国土交通省の円滑化法の施行(行政)は、法律をさらにエスカレートし、「毒食えば皿まで」と言わぬばかりに、「マニュアルは単なる指針で、法律ではないから厳密に従わなくてもよい」(国土交通省住宅局住宅整備室長井上俊之)とマニュアルを蹂躙した指導を行った。
そして円滑化法違反で固めた行政指導で優良建築物等整備事業補助金(以下「優良補助金」という。)事業費ベースで約40億円(国費27億円)を、円滑化法違反で国庫補助金等適正化法に違反して諏訪組合に交付し、不正事な建て替え事業を幇助し建て替え事業を違法に実施した。優良補助金の申請条件はマニュアルに定められた「建て替え推進決議」である。その決議は組合員自身が建て替え事業の専門のコンサルタントを雇って作成した組合独自の建て替え事業の検討結果に基づき組合員全員を強制参加させ、詳細な建て替え事業計画を作成する事業を実施するための組合としての意思決定である。
しかし、諏訪組合はその検討業務作業とその業務作業に基づく組合員の合意形成のための手続き「建て替え推進決議」を全く行なっていない。諏訪組合総会では組合員の単なる意向表明として、マニュアルとは無関係の「建て替え推進決議」という名称の諏訪組合総会決議を行った。それは住宅局の優良補助金交付担当責任者井上室長から「建て替え推進決議」という名称の文書の鏡(表紙)が添付されていれば、マニュアルで定めた手続きを経なくても国庫補助金を交付するという違法な指導が行われたからである。
井上室長は旭化成ホームズ㈱が「江戸川アパート建て替え事業」を実施し、NHK・TVで評価されていたことから建て替え事業計画を作成するコンサルタントとして諏訪組合に雇用させ、将来的は諏訪組合の建て替え事業者として暗黙裡に認め、諏訪組合へのマニュアルを蹂躙し違法な建て替え事業を急がせる指導を行わせた。諏訪組合は、井上室長の意を戴した旭化成ホームズ㈱の指導で優良補助金を不正受給し、補助金を利用し建て替え反対者を切り崩し、円滑化法及び平成14年建物区分所有法に違反し一括建て替え事業計画書の作成を実施した。
しかし、井上室長の命を受け諏訪組合を指導していたコンサルタント旭化成ホームズ㈱は、補助金申請条件に違反し補助金を申請するよう多摩市を指導し、諏訪組合に交付された補助金をコンサルタントとして委託費用を受給し、組合員の意向を反映した組合員の合意形成の結果となるべき「建て替え計画」を作成するために使わなかった。「建て替え決議」は組合員の合意形成された「建て替え事業計画」に基づいて決議を行うことになっていたが、組合員の40%が補助金を受けて作成した「建て替え事業計画」に反対した。結果的に、区分所有者の80%の賛成が得られず、事業計画は反故にされた。不正に使われた建て替え事業計画作成費のための約5億円の国庫補助金は国庫に返還されず、多摩市長と諏訪組合と旭化成ホームズ㈱が国庫補助金を不正に着服・横領したことになる。円滑化法上は、その段階で建て替え事業は放棄されなければならなかった。

円滑化法違反の事業推進:事業者選考コンペ
それでも諏訪組合は建て替え事業計画が存在しない状態で、諏訪組合は井上室長の指導により事業を強行した。組合員の合意した事業計画がない状態で、円滑化法には規定の存在しない「建設業者を提案競技(コンペ)で建て替え業者を選考する方法」がとられた。円滑化法の公共性の法律理論は、第4条の基本方針で定めた合意形成である。建て替え事業の合意形成がなされていない第4条違反の事業に合意形成がされていない事業計画を提案する業者の中から施工業者を選考する提案競技(コンペ)は公共性の根拠とされた円滑化法第4条に根拠を持たない円滑化法違反の手段である。
建て替え業者を違法な方法で選考する任意の組織が、高見沢首都大学東京教授を座長に諏訪組合、多摩市、旭化成ホームズ㈱、東京建物㈱及び複数のコンサルタントで違法に構成された。この組織は円滑化法上の根拠のない建て替え事業者選考委員会である。そしてその謀議で東京建物㈱を建て替え事業者に内定し、その謀議の結果に沿って組合員全員の投票で建て替え業者を選考することになった。その総てが円滑化法第4条違反である。その謀議の中で東京建物㈱を選考できるようにする提案条件が準備された。
区分所有者である組合員の最大の関心事は「二度の引越料の負担」の削減であった。その費用を東京建物㈱が負担しないで提供できる不正な組合員を欺罔する手段が採られた。それは組合員の所有する土地評価を23%減額操作して生み出した資金を「1世帯当たり500万円の移転補償費」の70%(350万円)に充当し、当初からこの事業で共通に用意すべきとされた150万円と合算し500万円を支給する条件であった。
権利変換するマンションに関し、旭化成ホームズ㈱が建て替え事業者として内定したその約2年程度以前になるが、旭化成ホームズ㈱は「マンションの買取り価格は、概ね1戸当たり1,500万円」と説明していた。しかし、そのマンションの買取り価格の一部を移転補償費とし取り崩すため、土地代の評価額が減額された。東京建物㈱から公表されたマンション買い取り価格は1,117万円にされた。マンション買取り価格の減額分は、移転補償費に組み替えられた。組合員は区分所有者の不動産の一部を欺罔により移転補償費に詐取されたことになる。
既に東京建物㈱は組合員に、「現状のマンション床面積と同じ広さの新築マンションを追加の費用負担なしで引き渡す」と提案していたから、土地代の評価に関し、土地の減額評価は権利変換には関係しないので組合員は気付かない。その上、建て替えで新築マンションを得られるため、土地評価は権利変換上、直接問題にはならず、仮にそれに気付かれたとしても、土地の評価減は結果的に移転補償費となり組合員に供与されることになるから、組合員にとっては「損・得なしになる」、と建て替え業者選考競技委員会内部では多摩市長、諏訪組合と東京建物㈱の共同謀議者の間では説明されていた。

見せ金に使われた「1戸当たり500万円」の移転補償費
組合員は想定外の高額な移転補償条件を受け入れ、東京建物㈱を建て替え業者として選考し、諏訪組合総会で決定した。円滑化法上、組合員の合意形成された建て替え事業計画が存在しないで建て替え業者の選考が行われること自体、円滑化法に定めのない違法な方法である。そこで、組合員の財産を勝手に評価替えして捻出した資金を移転補償金として充当し、その「500万円の補償金」で組合員を惹きつけ、東京建物㈱は建て替え業者として選考された。東京建物㈱は、建て替え業者として選考された後、「リーマンショックにより会社の経営が悪化したので移転補償金の支給はできなくなった。若し、移転補償費一世帯当り、500万円を組合員が要求するならば、東京建物㈱は建て替え業者の立場を放棄する」と組合員に一方的に脅しの通告してきた。
それは、「組合員を建て替え工事という2階に上げた状態で、その梯子を外す」と同じことを意味していた。その通告に対し、建て替え推進派の組合理事会は東京建物㈱に「移転補償金の支払い不履行を申し出のとおり了解するから、建て替え業者として留まることを慰留する」という予め用意された「猿芝居」の口上を、組合員の前で東京建物㈱に回答した。そして、諏訪組合総会を蚊帳の外に置いた状態で建て替え業者として担当することを再確認した。その結果、東京建物㈱は移転補償金「一世帯当たり500万円×640世帯」、合計32億円をこの「約束反故の通告」をするだけで詐取・横領で「濡れ手に粟」するとともに、それ以降の事業を建て替え業者の利益中心に進めることになった。
建て替え業者を選考競技で決定したこと自体が円滑化法違反であるが、諏訪組合総会で決めなければならないことを、総会議決なしに決められたものは、当然、無効である。32億円は、もともと組合員の財産で、それを支払わないことにする権利は東京建物㈱にはない。組合員の土地評価を帳簿上で操作し詐取・横領したものであって、もともと32億円は東京建物㈱の財産ではない。しかし、東京建物㈱は諏訪組合との民事上の取引として、組合員が32億円の権利放棄をしたとして32億円の詐取を正当化してしまった。
しかし、東京建物㈱と諏訪組合はその勢いを駆り、井上室長の指導を受けた諏訪組合は「建て替え決議」の総会決定を急いだ。強制建て替え事業を実施するためには、施行者が円滑化法による建て替え組合としての東京都知事の認可を必要としていた。その組合の認可条件には「建て替え決議」が必要とされていた。「建て替え決議」は建物区分所有法第62条に定められた「建て替え決議」である。円滑化法の制定で、建物区分所有法がマニュアルで定めた「建て替え決議」の用語の定義どおりに関連改正された。
そして、円滑化法第12条で定められている強制事業を実施することのできる建て替え組合の認可申請条件に必要な「建て替え決議」は、組合員の合意形成としてまとめられた「建て替え事業計画」に対する区分所有者の5分の4以上の賛成で「建て替え決議」を行うことになった。しかし、「建て替え決議」の対象にすべき「建て替え事業計画」は、既に組合員の40%程度の反対で「使えない」と判断し、反故にされていた。そのため、「建て替え決議」対象の決議内容が存在しなくなっていたため、平成14年建物区分所有法による「建て替え決議」を実施すること自体が不可能になっていた。

「建て替え決議」の欺罔
そこで井上室長が教唆し実施された方法は、円滑化法が制定される以前に存在し、既に廃止されていた昭和58年建物区分所有法を持ち出し、それを根拠に名称だけの「建て替え決議」を組合総会で行い、それでもって平成14年建物区所有法による「建て替え決議」と欺罔する方法であった。昭和58年建物区分所有法による「建て替え決議」は、平成14年建物区分所有法による「建て替え決議」と条文の文言も、用語も同じ「建て替え決議」である。諏訪組合にとって組合員の合意形成された事業計画が存在しないため、平成14年建物区分所有法による「建て替え決議」は不可能になった。
井上室長が指示した昭和58年建物区分所有法に基づく「建て替え決議」を行うことは、円滑化法上は無意味なことである。しかし、井上室長はその法律上は無意味な決議を、平成14年建物区分所有法に依る合法的な「建て替え決議」であると諏訪組合員を欺罔し、総会決議を実施させた。その上で、円滑化法と本来無関係な昭和58年建物区分所有法による「建て替え決議」を、円滑化法第12条で定める建て替え組合認可申請条件を満たした「建て替え決議」と欺罔させた。そして、円滑化法第9条に基づく強制権を有する建て替え事業組合の東京都知事の認可申請が、円滑化法の認可条件に違反して、「建て替え決議」を欺罔した文書を添付して行われた。
建て替え事業組合の認可申請条件は、円滑化法第12条に「建て替え決議」と明記されていて、それは円滑化法のマニュアルで説明され、関連改正された平成14年建物区分所有法で定めた「建て替え決議」であることは当然である。諏訪組合はその「建て替え決議」を昭和58年建物区分所有法の「建て替え決議」を使って欺罔し、多摩市長はそれを知っていて申請書に副審をつけ東京都知事に申請書を送付した。東京都知事も組合認可申請書に添付された「建て替え決議」は贋物であることを知る立場にあり、また、知っていて東京都は申請書を受理した。第12条で規定している「建て替え決議」は、マニュアルで定められた「建て替え決議」、即ち、円滑化法制定に伴い関連改正された平成14年建物区分所有法以外には存在しない。東京都知事はその欺罔を知っていて、「知らぬ、存ぜぬ」で責任回避できると考え、公文書偽造で組合認可を行った犯罪者であり、多摩市長はその幇助者である。すべて井上室長の狡猾な知能犯による犯罪である。

事業反対者を事業妨害者とする報復差別
円滑化法違反で進められていた本事業にたいし「日本は法治国であるから法律違反の事業は実施させない」と当初、組合員の約4割の250世帯が反対していた。しかし、違法な建て替え事業が強引に推進された結果、組合員はこの建て替え事業は説明通り実施されると感じるようになっていった。旭化成ホームズ㈱をコンサルタントとして利用した諏訪組合は、事業反対者の名誉棄損を行い、又は、村8分の脅しを取り入れて切り崩していった。建て替え反対を諏訪組合から誹謗された住民の中にはそのストレスで外出できず、発病し、団地から退去した。名誉棄損訴訟も東京地方裁判所八王子支部に提訴されたが、裁判では事実調べもされず、諏訪組合の言いなりの審理に終始し、訴えは却下された。
建て替え事業に反対すれば、最終的には1、117万円の保証金しか得られないと説明された時点で、マンション買い取り価格より約300万円近い安い価格になることが明確になり、売却損を避けるため、建て替え反対区分所有者は市場でのマンションの売却に走った。マンションを売却すれば区分所有者としての権利を自動的に失う。その結果、建て替え反対者から短期間に脱落して行った。それでも最後に残った2人の居住者(老人)は諏訪組合に対し、必死に事業が違法に行わないように訴えた。諏訪組合は建て替え反対者を、「建て替え事業の妨害者」とみなし、懲罰的に全組合員に返戻すべき修繕積立金一世帯当たり111万円を返戻しなかった。その不当な扱いに対する民事訴訟で、東京地方裁判所、東京高等裁判所は法律的説明責任を果たしていない違法な判決で、悉く、修繕積立金の諏訪組合による詐取横領を円滑化法および建物区分所有法上適法であると容認した。
マンション建て替え反対者であった人たちに対応を尋ねたところ、諏訪組合から「建て替え事業に賛成」の意思表示を文書で要求され、それに応じた組合員は、修繕積立金111万円の返戻は受けられた。最後まで建て替え事業に反対した私の娘を含む3人には、懲罰的な措置として111万円の修繕積立金は違法に返戻されず、諏訪組合に詐取されてしまった。マニュアルを蹂躙した扱いを円滑化法の行政庁多摩市長は修繕積立金の詐取の不正是正要求を、裁判所の判決を理由に却下した。また、マンションを自主売却せず、強制収容された二人の建物部分の買取り補償金は、マンションの価値を全く認めない「ゼロ円」とした上で、マンション取り壊し費用、1戸当たり80万円を土地代から天引きした1,117万円であった。その結果、2人の反対者への補償額は1,117万円で、法律上補償すべき2,886万円から1,759万円も損失を負わせることになった。
自宅を建て替えるときの取り壊す自宅は誰も補償をしてくれない。しかし、他人が建て替えるとき、自宅が巻き添いに遭って壊されるとき、建て替えをする他人が自宅を取り壊しながら、その損失補償額を支払わないで取り上げた上、「取り壊し費用まで負担せよ」と要求してきたのが、円滑化法に違反して進められた諏訪組合の建て替え事件である。この事件では、「建て替え事業をする上で邪魔になるマンションはすべて取り壊されるべき建設廃棄物であるから、それらに損失補償する必要はない。」という諏訪組合の無法で非常識なやり方を、東京地方裁判所立川支部は、円滑化法に違反して全面的に承認した。裁判官は「聖域なき構造改革」に盲従し、井上室長の指導で東京都及び多摩市が進めている事実により、円滑化法通りの建て替え事業が行われているとみなし、円滑化法違反を審査しなかった。東京地方裁判所立川支部は、諏訪組合の行った犯罪の幇助を行った。
建て替え事業の犠牲者への損失補償額は犠牲となる住宅の推定再建築費を補償し、犠牲者にそれまでの生活と同等の生活ができるようにすることは当然である。他人を犠牲にする場合は、犠牲者に対して損失補償されなければならない。憲法第29条第3項の規定でもある。しかし、円滑化法の施行者であった東京都知事、多摩市長は、違法を承知で諏訪組合の言いなりの事業を容認した。東京地方裁判所立川支部は、諏訪組合の事業が円滑化法及び同法に基づくマニュアルに違法に行われている指摘を全く審査せず、適法な事業を前提に、多摩市および東京都が認可してきた事業には瑕疵がないとして強制事業の手続きを認めた。そして諏訪組合の言いなりに民事保全法を根拠に強制事業を執行した。

行政追認の司法権の横暴
被告住民は、マンションの所有権移転及び明け渡しを前提に進めている建て替え事業が、円滑化法に定められた手続きを踏んでいない事実を説明し、民事保全法によるマンション明け渡しや所有権移転要求の前提となっている手続き自体が違法である事実を法廷で訴え、諏訪組合のマンション明け渡しと所有権移転の訴えの却下を要求した。しかし、東京地方裁判所立川支部の裁判長は職権で被告の法廷での意見陳述する機会を「諏訪組合の訴えが正しいと裁判長は認めているので、被告の陳述を聞く必要がない」と発言し、被告の異議申し立ての機会を奪い、被告の提出した準備書面での訴え内容を審査せず、審議打ち切りを宣言し、被告の反論を却下し、諏訪組合の提訴を全面的に認めた。
裁判所は円滑化法による民事保全法の債権者(諏訪組合)の要求を全面的に認め、逆に、債務者(被告)である二人の区分所有者を、あたかも民事債務不履行者の不正な居座り(不法占用)と同様の犯罪者とみなす対応で臨んだ。裁判官は民事保全法の被告・区分所有者に法廷で「諏訪組合の要求を認めなさい」と再三命令し脅迫した。裁判長のあまりの暴挙に、被告からの裁判長の忌避要求が提出され、審理は1カ月近く中断されたが、「裁判長忌避の理由はない」とされ、原告要求を全面的に追認する判決を行った。
勝訴した諏訪組合は追い打ちをかけ、判決通り、明け渡しの強制執行の実施を申し立てた。強制明け渡し判決を執行するに当り、原告諏訪組合の言いなりの強制執行を裁判所の執達吏を派遣し、実力行使で行った。裁判所はマンション明け渡しの準備期間を一週間しか与えず、強制執行猶予の申し立てを無視し、マンションの損失補償額の4割以下の供託金を供託しただけで、二人の区分所有者には仮入居用住宅を提供せず自宅マンションから実力行使で叩き出した。事業に反対しマンションから強制的に叩き出された居住者の一人(当時、83歳)は8月11日からの猛暑日の最盛期に10日間、宿泊する場所を失い、一人はホテルに避難し、もう一人は自家用車と公衆便所を使って野宿を余儀なくされた。
被害者は健康を損なったが誰にも救済を求めることができなかった。裁判所の対応への抗議する余地を与えず、強制代執行により個人資産は、ごみ同然にダンボールに詰め込まれ諏訪組合が借りた倉庫に投げ込まれた。使用していた住宅設備や家財道具は損失補償もされず整理も出来ず倉庫に投げ込まれ、最終的には廃棄せざるを得なかった。マンションは空き家になり取り壊され諏訪組合は建て替え事業を進めた。被害者が賃貸住宅を探し入居できたのは叩き出されてから2カ月以上経過してからで、2人の受けた被害は諏訪組合から、「建て替え事業妨害者」と差別され、損害を被りながら組合員の誰からも問題にもされなかった。現在その損害賠償請求訴訟を提訴し係争中である。
また、その後、10年間行政事件訴訟を闘い続けた二人の居住者は修繕積立金が諏訪組合に詐取されたため、諏訪組合を相手にした民事訴訟と併せて多摩市を相手にした円滑化法に基づく行政事件訴訟を提起して争った。2人の組合員には資金的な余裕もないため弁護士を雇うことができず、裁判被害者支援団体と裁判所に説明された「法テラス」に相談に出掛けた。しかし、「法テラス」は2人に「供託金がある」ことを理由に経済的支援を与えなかった。二人の区分所有者は将来の生活不安があり、行政事件で白、黒ははっきりする裁判であるので、弁護士を雇わない本人訴訟で争うことにした。
私が行政法には一定の知識と訴訟経験もあったので2人の被害者に全面的に協力することにした。しかし、いずれの裁判でも東京地裁、東京高等裁判所の2審で原告の訴えに対する事実調べを要求したが裁判長からは全く受け入れられず、諏訪組合の円滑化法違反の事業を説明したが、まともな審査もなく、納得いく判決理由もなく却下の判決であった。

理解のできない裁判所の決定と円滑化法による供託金
二人の区分所有者が所有していたマンションの強制買い取り補償の民事訴訟では、東京地方裁判所立川支部はマニュアルに違反した国の指導どおり、マンションは建て替え事業で取り壊すから取り壊すマンションは補償をせず無償とされ、さらに、マンション取り壊し費用をマンション所有者に負担させる、諏訪組合の主張を全面的に認めた。
そして、憲法第29条第3項違反の非常識な補償金の供託を適法である判決を行った。それを控訴した東京高等裁判所では、突然、裁判長は被控訴人(諏訪組合)に対し「原審の原告としてこの訴えを取り下げるように」と命令に近い強い口調で教唆した。被控訴人(諏訪組合)が裁判長の教唆に驚き理解できない状態で同意したとき、裁判長は、控訴人に同意を強要し、控訴人が訳も分からず頷くと、裁判長は間髪を置かず「原審の訴え自体がなくなったので控訴審自体不存在になった」と信じられない判断を示し、控訴審自体を踏みつぶし裁判の幕引きを宣言した。被控訴人の代理人弁護士も2人の控訴人も狐につままれた状態で訳も掛らず呆然と座っていると、裁判長は「裁判は終わった。控訴人はさっさと退席しなさい」と野良犬でも追い出すように二人に控訴人に命令をした。
その経緯を説明すると次の通りである。原審では原告(諏訪組合)は民事保全法により二人の組合員の強制的な所有権移転を求めて提訴した。しかし、マンション明け渡しと強制執行が所有権移転の民事訴訟事件に先行しマンションは所有権移転がない状態で取り壊されてしまっていた。その代執行自体、所有権移転がない状態でなされたもので違法であると控訴審で係争中であった。東京地方裁判所立川支部のやり方は司法権による国民の権利の侵害を法的根拠なしに実力行使する法治国として理解できないものであった。
明け渡しを強行された二人のマンション所有者は建て替えに賛成せず、強制建て替え事業でマンションを奪われたわけであるから、マンション自体は既に取り壊されていたが、控訴審では「所有権が維持されているマンションの損失補償をするのは当然である」と損失補償要求をした。しかし、東京高等裁判所裁判長は控訴審において控訴人の申請を無視し、東京地方裁判所立川支部を救済するために、裁判を終結させることを考えた。既にマンションは取り壊されているのだから、取り壊す以前に諏訪組合が民事保全法の原告として起こしていた明け渡しと所有権移転を求める訴えは、原告・被控訴人(諏訪組合)の訴え自体を取り下げさせれば、控訴審自体も消滅すると裁判長は考えた。裁判長は被控訴人(諏訪組合)が原審訴えを取り下げさせれば審理しない扱いができると判断した。そうすれば下級審東京地方裁判所立川支部の決定を正当化し、諏訪組合と下級審の判決を問題にしないで済ませ、立川支部を救済できると裁判長は判断した。
このマンション取り壊し損害賠償請求訴訟は修繕積立金の返戻事件同様、被害者となった区分所有者は法律に根拠のある要求を行ったものであった。円滑化法を解説したマニュアルには二人の要求通りの補償をすべきことが明記されている。それだけではなく、国土交通省所管の「公共事業の施行に伴う損失補償基準要綱」(閣議決定)にも明記されている。それらの法律上および論理上の根拠に基づき補償要求をしたものであった。
この控訴審では私は控訴人の資格を有せず弁護士資格を持っていないので代理人になれず、傍聴席にいて成り行きを見守っていた。裁判長の不当な指示に対し、法廷の指揮自体が不当であると感じ、裁判長の指示に従わないように控訴人に伝えられず、裁判長の不当な指示に仕切られてしまった。そのような事態のため、控訴人に傍聴席の私の意見を求めるよう予め指示しておけばよかったが、後の祭りであった。

八方ふさがりの裁判闘争
この民事訴訟や行政事件訴訟の要求と並行して、原告は国庫補助金申請条件違反による補助金の詐取、違法な建て替え組合認可、違法なマンション所有権移転と明け渡しの強制執行、修繕積立金の諏訪組合による返戻詐欺に関し、行政事件訴訟を提起するとともに刑事告訴を行った。しかし、いずれの行政事件訴訟に対しても、裁判所は円滑化法に違反した諏訪組合の扱いを容認した多摩市長及び東京都知事の違法な処分を、司法として改めて追認するものばかりであった。司法は訴えを起こした国民の意見を聞こうとはせず、行政処分を変更することのできない既成事実のように全面的に支持した。
原告は法律の番人である裁判所に「法律通りの判決」を期待していたが、その期待は悉く裏切られた。裁判では事実調べは行われず、判決は円滑化法及び円滑化法を説明したマニュアルに違反する決議を決議すべき事組合員が合意した事業が存在しないでいて、「建て替え決議」の名称のみの決議をしたものであった。決議はマニュアル通り行われていないと説明しても、裁判長はその説明を無視した。多摩市長の承認を得ているから、その決議はマニュアルに適合したもので、正当な決議であると追認する判決ばかりが続いた。2人の組合員とそれを支援してきた私は万策尽き、無力感に襲われた。
刑事告訴に関しては、私達からの告訴を受け、東京検察庁立川支部の検察官から事情聴取を求める通知があった。しかし、検察官は「多摩市長は政治家であり、その判断は個人的なものと断定することは難しい上、渡辺市長は次期市長選挙には立候補しないと言っているので、被告訴人から取り下げれば、旭化成ホームズ㈱社長は起訴できる可能性が高まる」と、おかしな誘導を行ってきた。この事件が法律違反で進められてきた事業あることさえ明らかになればと考え、告訴人は検討の結果、検察官の誘いに乗ることにした。
しかし、結果は被告訴人全員を取り逃がすことになってしまった。補助金を交付した多摩市長を被控訴人から外し補助金を受け取った旭化成ホームズ㈱だけの犯罪として告訴すること自体に、「相手方があって行える補助金の贈収賄(授受)で、片方だけを告訴する」論理矛盾が生まれる。検察官は告訴人を騙し、被告訴人の逃亡を幇助するとは考えてもみなかったが、冷静に考えてみると検察庁は行政の不正幇助を一貫して行ってきた。わずかな可能性を求めて検察審査会に審査請求を行ったが、歯牙にもかけぬ回答が送られてきた。

最後の挑戦と無念の事故死
司法は、諏訪組合の円滑化を蹂躙して進めている建て替え事業を追認する行政処分を悉く追認し原告敗訴の判決が続いた。三権分立の国家で、裁判所は行政が犯した法律違反の判決を容認する」疑問が原告の脳裏を何時も駆け巡った。その疑問に対し、弁護士で有力参議院議員を含む多数の法曹界の関係者に意見を求めた。返って来た意見は、司法及び法曹界には「弁護士を使わない訴訟は認めるべきでない意見が強く、弁護士を使わない本人訴訟に敗訴の原因がある」と「司法と法曹界の癒着」を理由にする意見が圧倒的に多かった。これまでの訴訟をとおして、その意見は侮れないことを実感した。
私自身官僚であった当時から弁護士との関係が多く、多数の弁護士と関係してきた。そこで知ったことは、弁護士は訴訟手続きには長けていても、行政法の知識、経験、能力は驚くほど貧しく、行政の実態と過去の歴史的経緯の知識が不足している。そのため、暗黙裡の行政事務が分からず、行政法の文理解釈ができず、行政官の書いた解説を頼りにしなければ弁護事務もできない弁護士が圧倒的に多数であることを見てきた。そのため、行政実務に詳しい専門家なしで、弁護士がその業務を遂行できない事実を多数経験してきた。それが、この事件を本人訴訟で闘ってきた一つの理由であった。
私はこの10年間、「聖域なき構造改革」以降、この事件以外でも多数の住民を支援し、多数の行政不服審査請求を行い、弁護士と協力し行政事件訴訟を行ってきた。敗訴の判決をたくさん受けてはきたが、どの判決からも敗訴とされなければならない説明責任を果たす判決は受けたことがない。敗訴の判決の全てにおいて法律に照らして納得のある根拠を示した判決を受けてない。しかし、これまでの裁判は行政側の肩を持つ「民事仲裁裁定のような扱い」で敗訴にされてきたものばかりであった。
しかし、最後の争いとしては、二人の老人にとって安くはない弁護費用と裁判費用を2人が手にしたわずかな供託金1,117万円から捻出することに二人の同意を得て、民事訴訟経験の豊かな弁護士を雇い、訴訟を行う手続きにたどり着くことができた。それまでの以下の3項目を確認し、新たに行う損害補償の民事訴訟事件の訴状を取りまとめた。

(1)住宅局井上室長の指導を受けた諏訪組合の違法な建て替え事業
(2)東京都及び多摩市の円滑化法違反に建て替え事業の違法な施行
(3)行政処分の不当を争った裁判所の度重なる法的根拠を持たぬ判決

その後、最後の訴訟に関しては、それ以前に弁護士参加以前に準備した訴状を、弁護士が新たに重点を損害賠償部分に絞って訴状を取りまとめ、民事訴訟で争うことになった。
しかし、命を賭けた最後の訴訟公判日の当日、原告の一人は裁判所に出廷しなかった。
その理由は数週間経ってから判明した。10余年間の不当なマンション建て替え事業で苦しめられた原告老人(当時81歳)は損失補償を求める訴訟の公判日の前日、これまでの裁判のストレスが原因で心筋梗塞による突然の孤独死に見舞われた。気丈な一人住まいで耳は遠くなり補聴器を使いながら、この10年間、打ち合わせと裁判には必ず参加していた。次回集会日を決めることで足り自宅への連絡する必要がなく、今回のような事故発生に対する非常時の準備がなく全く連絡が取れなかった。突然死の報を受け驚愕させられたが、それ以上に本人の無念さには想像に絶するものがある。
10年以上にわたる訴訟は本人たちが「刑事事件における冤罪の犠牲者と同じ」と憤り、法治国の正義の実現と歯を食いしばって法廷闘争を継続してきた。二人の気高い生き方を顕彰する意味でその名前を本書に記すことにした。二人は、諏訪2丁目住宅管理組合の組合員であった目下係争中の坂元克郎さんと逝去された伊藤綾子さんである。
その一方で、違法に建て替え事業を強行したマンション建て替え業者東京建物㈱は、国庫補助金と法定都市計画の改正により、推計で数千億円を上る巨額な利益を得た。円滑化法、建物区分所有法及び補助金適正化法に違反し、国庫補助金を交付して違反マンションを推進した官僚井上俊之は住宅局長にまで昇進した。

第6章:澁谷区長が推進した都市計画法と建築基準法違反の再開発事業

「1の建築物」か「10の建築物か」
東京都渋谷区長は小泉・竹中内閣が推進した「聖域なき構造改革」の政策に便乗し、憲法第29条第3項に違反した法定都市計画を変更し、都市再生事業を実施することで巨額な利益が生まれる開発環境を整備した。さらに、渋谷区長は事業主住友不動産㈱の実施する都市再生事業で、指定確認検査機関・都市居住センター及び日建設計㈱と共謀し、法定都市計画で定められた建蔽率、容積率、建築物の高さの制限に関する再開発事業計画において、規制緩和のすべての利益を違法に享受できるように計画した。架空の敷地、架空の地盤面、架空の高さの計画にトリックを使い、虚偽の開発行為の計画による開発許可及び虚偽の建築行為の計画による確認申請を渋谷区及び指定確認検査機関・都市居住センターと事前に謀議を行い、法律違反を前提に開発許可及び確認申請をしていた。
開発許可及び確認の申請内容は都市計画法及び建築基準法の施行の前提になる「一敷地、一建築物」の原則及び都市計画法に定められた開発許可の基準に違反し、完成した建築物は建築基準法に定められた土地利用規制に違反し、建築物の絶対高さ制限の約2倍、建蔽率の法定制限60%を敷地一杯の100%で法定限度の約1.7倍、法定容積率制限200%を無視した440%で、法定限度の約2.2倍逸脱する開発であった。事業主は、「姉妹法の関係」を蹂躙し、都市計画法第8条及び第11条(一団地の住宅施設)、第29条(開発許可)、第33条(開発許可の基準)、第37条(建築の禁止)、建築基準法第3章(地域地区、一敷地一建築物)第55条(第2種低層住居専用地域の高さ)、第56条(建築物の各部分の高さ)、第59条の2(総合設計制度)、第86条(一団地の住宅施設)に違反し、実際に建設された建築物は第2種低層住居専用地域に建築規制の2.2倍の容積率、2倍の建築物最高高さをもった巨大な1棟の複合建築物を建設した。
完成した建築物は、用途上、機能上、構造上、「一の複合建築物」であるが、それを開発許可及び確認申請上は10棟の共同住宅が10の敷地に建設される架空の条件で開発許可および建築確認申請をした。そこには架空の地盤面の設定と違法な開発許可、都市計画決定を受けないで建築基準法第86条の規定を適用する「一団地住宅施設」により、建築基準法第3章規定を違法に適用除外とした。そして、開発道路やその開発道路を跨ぐ敷地までを一敷地に算入することを前提に、容積を欺罔した。その上で法律上第86条の規定で適用できない「一団地」を「一敷地」とみなし、第59条の2による総合設計制度による容積率と建築物高さの緩和を受ける許可申請を行い、都市居住センターの確認を受けた。

総合設計制度と一団地の住宅施設
中でも、規制緩和の目玉とされた総合設計制度の根拠条文である第59条の2の適用は「一敷地、一建築物」の前提を逸脱し、「10敷地、10建築物」に総合設計制度を違法に適用した。即ち、「一団地の住宅施設」と見なして建築基準法第86条を適用した土地(一団地)を、法律上の根拠もなしに「一敷地」と見なし、建築基準法第59条の2を適用し、都市再生事業として実施された規制緩和を、牽強付会な法律解釈を持ち込んで規制緩和を全てに適用し、容積率と建物高さの緩和を取り入れて建築物を計画した。
規制緩和を受けられることを前提にして、その理屈を後付けで構築する開発計画であり、開発許可と建築確認の許認可庁とが謀議を前提に、規制緩和の理屈をまとめ作成し、開発許可及び建築確認の処分庁との協議なしには作成できない事業計画であった。事業主住友不動産㈱は、緩和条件に適合するように計画内容の説明を組み立てた。敷地の扱い、建物高さ、地盤面、地階・地上階の呼称などを「違法な計画を、適法である」と欺罔したものであった。
基本的な問題は、最初から「建築物の用途上、機能上、構造耐力上、一棟の共同駐車場付きマンション」として、法定容積率の2.2倍の違反建築物を計画しながら、「10棟のマンション建築」と架空の敷地と地盤面の虚構(フィクション)を作り、確認申請と開発許可申請を行った。地盤面不存在で、澁谷区長からの開発許可の完了公告がなされ、指定確認検査機関都市居住センターによる確認済み証と工事検査済み証が交付された。10棟のマンションとして計画された建築物は、当初より建築用途上、構造耐力上、機能上一棟の建築物として計画され、10棟の建築物とした開発許可も確認申請も申請通りの計画の実体が存在しない。開発許可及び確認申請自体が、いずれも実際に建築しようとしたもの(現存の違反建築物)とは違った建築物(架空の建築物)であった。そのことは、実際に完成した現存の建築物を見れば明白で、全く議論の余地はない。
地盤面にトリック(騙し)を駆使した理由は、土地の高層高密開発を実現する「贋金(土地)使い」のためで、土地を法定都市計画の2.2倍にも利用し、地価総額として実際の地価の2.2倍に活用することで巨額の不正利益を手に入れたことは、緩和内容を見れば明白である。規制緩和の対象は建築物の建蔽率、容積率と建築物高さである。
法定都市計画では建蔽率制限(60%)容積率(200%)と建築物高さ(12m)があるにもかかわらず、敷地境界を曖昧に拡張するとともに敷地一杯に複合建築マンションを建てた。住友不動産㈱は第86条の「一団地の住宅施設」の緩和規定を恣意的に使うことで「一団地」敷地面積を「一敷地」面積に欺罔した。開発許可申請及び確認申請書上で地盤面が同じであるように申請書上の平仄をあわせているが、そこで共通する地盤面は開発許可においても建築確認においても実在しないトリックの地盤面である。
開発以前の土地の地盤面を開発行為で築造したフィクション(虚構)を作り、実際には造っていない地盤面で、フィクションに基づく完了届を行い、渋谷区はその完了公告を行っている。確認申請はそのフィクションの地盤面を前提に確認申請の設計図が作られているが、その地盤面自体が確認申請時点で存在しない。それであるにも拘らず、確認申請に対し確認済み証が交付されている。
また、確認申請書では10棟のマンションで囲われた開発行為で造られたとされる中庭はフィクションの地盤面で共同駐車場の屋上である。地上階で建築面積に含まれるにもかかわらず、地盤(空地)である扱いをし、建物屋上部の中庭を空地扱いにし、建築面積に算入していない。そして、共同駐車場屋上に建設されている10塔(棟)のマンションがその屋上部分が開発許可で造られた地盤面であるとするトリックを作った。
そのトリックは「開発許可と建築確認は地盤面が同じになる」ように平仄を合わせ申請した。実在しないトリックの地盤面を造り、その上に10塔(棟)のマンションが建築されたトリックを作り、開発許可と確認申請の平仄を合わせた。10塔(棟)のマンションは共同駐車場の屋上面に接する面の床面積を建築面積とし、あたかもトリックで造った地盤面上に、マンションの基準階を建築面積とした10塔(棟)の独立したマンションが建築された。そして、10の建築物は「一敷地一建築物」の条件の建蔽率、容積率規定に適合しているフィクションを作って確認申請されている。
そのトリックの上で、建築基準法第86条による特定行政庁渋谷区長が「一団地の扱い」の許可を受け確認申請を行った。この特定行政庁の認可により、先の10の敷地の10の建築物の開発道路及び開発道路を挟む反対側にある土地もすべて一体の敷地面積として扱われることになった。さらに、全体は建築基準法第59条の2による総合設計制度による高さと容積率の規制緩和が受けられる法律解釈で加えられた。規制緩和のすべてが合法的に受けられる「妄想を、実在の計画」のようにでっち上げたものである。

開発して変化しない平均地盤面
この開発では開発前に存在した既存の敷地は、法定都市計画では第2種住居専用地域が指定され、最高高さは12mまでしか建てられない。そこで、地盤面を切り下げる開発行為を行いながら、開発地の平均地盤面は再開発前の地盤面は変更しないと説明した。しかし、実際に計画されたマンションは高さ24mである。高さ24mのマンションを、高さ12mで日照、最高、通風の得られるマンションとするために、地盤面の高さ自体を8.18m切り下げながら、地盤面自体は変化しないという法律違反の扱いをした。
そのため、建築基準法上では「地階ではない階」を「地階」と欺罔する表示をし、地上階を地階利用していると虚偽の説明を主張した。平均地盤面の欺罔を開発許可及び確認申請でトリックの地盤面を使って行った。即ち、実際に行った開発行為と違う開発許可申請書及び建築確認申請書を作成し、地盤面が実際に作られたように本質を分からなく欺罔した。その開発許可と建築確認申請書に対し、実在したことのない地盤面に対し、渋谷区長は開発許可を与え、完了公告を行い、指定確認検査機関・都市居住センターは確認済み証と工事検査済み証を交付している。
トリックの地盤面を使っても建築物の高さの上限を4m超過する部分は、総合設計制度による規制緩和を受ける計画であった。しかし、この計画に第59条の2は総合設計制度の適用できないので高さ緩和は受けられず、トリックの地盤面が認められても、高さは4m超過した違反建築である。建築主・住友不動産㈱は法律違反を犯して規制緩和を受けることを目的に、設計者日建設計㈱と協議し、渋谷区、指定確認検査機関・都市居住センターに違反を容認させる謀議をした。
つまり、渋谷区長はこの共犯者なのである。司法は裁判によってその違反を幇助した。都市計画法と建築基準法に跨る規制緩和を、法律に違反して行う申請書作成は許認可権者の審査が不可欠で、建築主単独で出来る作業ではない。

「制限解除」という都市計画違反の許可違反
開発許可が終わらない敷地で建築物を建てることは都市計画法上禁止されている。その都市計画法の規定に違反し、開発許可中に予定建築物の建築禁止を定めた都市計画法第37条に違反し、同じ第37条第1項ただし書きの例外許可の対象を違法にこじつけた解釈で、予定建築物である本体の建築物の工事を開発許可権者(渋谷区長)の「制限解除」の許可を受けて始めた。開発許可で築造した開発道路が敷地とみなされることは、都市計画法及び建築基準法上あり得ないが、澁谷区長は特定行政庁権限で86条を根拠に、開発道路及びその周囲の敷地を敷地と見なした。
東京都による法律違反の規制緩和の「制限解除」により、予定建築物の違反建築許可が行われた。さらに、都市計画決定を受けていない「一団地の住宅施設」に適用不可能な特定行政庁渋谷区長の第86条の建築許可処分がなされ、許可処分を根拠に開発道路及び開発道路を跨ぐ敷地も一体の敷地とみなされ、建蔽率及び容積率が適法とされ確認が行われた。その結果、建築工事が着工され、開発許可申請された工事は完成することなく、架空の完成工事完了届と完了公告が都市計画法に違反して出された。
建築確認申請書とそれに対応した建築確認済証が交付されたが、開発許可でつくられた筈の地盤面自体がトリックで計画された架空の地盤面であって、存在しないでいて確認済み証が下りている。確認時点の建築物の地盤面は存在しないので、確認済み証が違法である証拠になっている。
この事業には実際に建築された1棟の共同駐車付きマンション建築物は存在するが、確認申請書に記載されている10棟の建築物も、それに対応する開発許可で築造される筈の敷地も、実際に築造されず、完了報告されたが、実際上は開発許可により築造する予定の地盤面は存在しなかった。
建築物の高さ関係の審査、検査を惑わすように、地上階と地階の階数表示とあわせ3種類の地盤面があり、さらに、高さを混乱させる平均地盤面を「開発行為に無関係に開発前と変わらない高さに設定すること」で申請内容を複雑にした。住友不動産㈱が実施したことは、法定限度の2倍以上の開発空間を「贋金(土地)」を建設し、適法な開発の場合の2倍以上の利益を着服したことであった。

違法な開発許可と違法な確認
この都市再生事業は開発許可及び確認申請段階から開発審査会、建築審査会に対し、開発許可及び確認済み証の交付が都市計画法及び建築基準法違反であることを住民たちが指摘し、行政不服審査請求が提出された。しかし、開発審査会及び建築審査会でも審査請求人が求める審査請求の内容審査をしないまま、行政処分を追認するためだけの審理が形式的に行われ、却下の裁決がなされた。その結果、いずれも開発許可及び建築確認に関し、行政事件訴訟が東京地方裁判所に提訴された。しかし、いずれも行政処分を追認するだけで、処分を違法とする訴えは、司法により訴えを否定する根拠も明らかにしないままで却下された。ここで行われた裁判は原告の訴えを法律にたらして審理するものではなく、行政庁の処分を容認するための通過儀礼のようなものでしかなかった。
住民たちは開発許可及び建築確認に対する東京地方裁判所の判決には納得できず、東京高等裁判所に控訴されたが、控訴の訴えが間違っていないにも拘らず、東京地方裁判所の判決と同じで理由で却下された。そこで最高裁判所に上告されたが、最高裁判所では事実関係は下級審で審査され、憲法問題が争点ではないから最高裁判所で扱う問題ではないとの理由で却下された。要するに、都市計画法及び建築基準法違違反内容が明白な事件を6裁判所で審査しても、行政処分は違反ではないという結論であった。
しかし、現存するラ・フォーレ・代官山は、違反の事実を目視によっても十分確認できる違反建築物である。6裁判長の判決は、違反建築物が違法な行政処分によって造られた疑問に全く答えていない。行政事件訴訟は行政法に照らして処分が正しいか、間違っているかを判断するものである。しかし、判決のとおり、裁判長は行政事件としてまともな審理を行わず、民事仲裁裁定と同じ方法で問題を処理している。
判決文書には、原告の訴えと被告行政庁の回答は正確にまとめられた後に、裁判所の見解が示されている。しかし、裁判所の見解は原告の訴えに対し法律を根拠に否定することはなく、被告行政庁の回答を容認する判決であった。控訴審は事実関係の審査をせず、下級審の判断を追認するものである。その訴えが法律上間違っているとも適法であるとも言わず、国民の裁判を受ける権利を蹂躙し、説明責任を果たしていない判決であった。
原告・控訴人が行政法を根拠に、被告・被控訴人の違法を法廷で説明しているが、裁判所は控訴人の訴えをまともな審理せず、控訴人の訴えが間違っていると指摘せず、控訴人の訴えには無視を決め込み、「被告行政庁の処分でよい」とする判決を下している。

実在しない開発許可により架空に造った建築確認の地盤面
開発業者はマンション開発を実施するために、事前に処分庁である渋谷区長に法律違反を追及されたときの弁明のための想定問答を繰り返し、理論武装を十分行ったに違いない。法律上の緩和を得るためトリックを使い、法律に違反した架空の地盤をつくり、床面積の算定方法、地階の位置決定及び建築物の高さの算定基準に適合する違法な事実を隠蔽するための地盤面を次の4種類つくり、開発許可、確認申請に登場する地盤面を欺罔し、許認可権者はその欺罔を事前に謀議を受け、幇助を約束しその通り実行した。

(1)開発許可で築造した実際の地盤面:開発許可及び確認で無視されている地盤面で、「1の複合建築物の建築された地盤面
(2)建築物の高さの計測をする開発前の土地利用の地盤面;地階部分を建築面積から除外するために地盤面で、法律上の地盤面にはなりえない地盤面(3)と同じ。
(3)開発許可で築造することにして、建築基準法上の確認申請で建築物の地盤面と平仄を合わせた「実際には造っていない架空」の申請書上の地盤面
(4)開発許可及び確認申請で完了検査(完了公告)及び確認(工事検査済み証)により実在したとされた地盤面、(3)と同じ

全ての住宅には日照が得られるように地盤を開発前の地盤を8.18m以上(最下階の下にさらに地下工作物が造られている)切り下げられて開発行為が行われた。この敷地には開発行為にもかかわらず変化しない「開発行為を行う以前の地盤面」(2)が開発行為以後も変化することなく存在していた。開発行為を行っても、開発前の地盤面は変化しないという「違法な前提」を置いて、建築物の高さの計測を行うことをしている。
その結果、「地階ではない床に地階表示」をしている。実際の開発地盤面から8.18mの高さの位置に共同駐車場の屋上面があり、その地盤面以下の部分は地階表示という扱いをしている。しかし、この地階表示はこの階が建築基準法の地階であるからではなく、建築基準法上では地上階で、実際の地盤を開発行為で造った平均地盤面は存在しないように欺罔するために行った図面表示の操作である。

裁判所の無智:集団規定の持つ公益性
東京地方裁判所のこの判決は、原告はもとより、社会的に合理的な説明責任を果たす判決ではない。司法がこの行政処分を適法なものと判断したことで、行政庁のなした違反処分を違反とを知っていて追認したことになる。その結果、危険な開発を容認し、行政法違反による不利益が現在の住民に対してだけではなく、大震火災に際しこの地域全体に及ぶ危険性は高まった。法定都市計画に適合しない開発は、都市災害の発生原因を容認したことになる。裁判長はその判決により、逆に、「犯罪の幇助者」として裁かれているのである。
「聖域なき構造改革」は法定都市計画自体が緩和されたことことに基本的問題があるが、ラ・トゥーア・代官山は、法定都市計画の制限をさらに2倍も逸脱することを容認した結果、大震火災時の災害危険性は拡大した。即ち、発生交通量に既存道路は的確に対応できない。そのため、現在、第2種低層住居専用地域の低密度の土地利用計画が幅員4m未満の道路が張り巡らされているこの地域では、改正前の法定都市計画として予想していない交通量が発生すると、交通事故を契機に道路は機能しなくなる。すでに、阪神大震災で経験した通り、救命救急活動が不能になる原因を発生し、澁谷区民にも首都直下大震災の2次災害、3次災害の被害が広く及ぶようになる。
「聖域なき構造改革」の中で最も経済的利益に貢献している法定都市計画違反の開発は、憲法第29条第3項による国家補償の問題が発生するだけではなく、ライフ・ラインの破壊などの危険が発生する可能性が高い。法律違反による危険性発生の事実を本事件の法廷でも訴えた。しかし、裁判長は「この開発したことで直接的不利益は生まれていない」と法定都市計画違反によって惹起される都市災害の意味を理解しないで、違反状態の開発の危険を一顧だにされなかった。その背景には小泉・竹中内閣による「聖域なき構造改革」を法的に正当化する政治が大前提として存在し、司法もその政治に従わされだ。
この事件は、ラ・トゥアー・代官山の隣接地にお住いの竹居晴彦さんご夫妻が「わが街」の歴史文化を守るため、本事件の被害者、行政事件訴訟原告として、10年以上にわたり献身的に本事件の調査研究を行い、不正を許さない街づくりを継続された。市民が自分の生活する街に愛情を感じその歴史文化を大切にする生き方を本書で顕彰した。

第2部 住宅取得により資産を失わせることになる住宅政策

第1章    住宅の資産価値と住宅価格:自由主義経済

「既存住宅」と「中古住宅」
地球上のどこでも国家の産業構造が変化し、都市が経済的に崩壊し衰退する状況下では、住宅の資産価値が下落する事例はある。しかし、住宅全体が一律に衰退するわけではない。通常の都市経営・住宅地経営がなされている限り、基本的に住宅の資産価値は物価上昇率以上に上昇している。その理由は住宅・建築・都市に対する社会的な見方が人文科学環境(ストック資産)として扱っているからである。全体が均一に衰退するのではなく、空き家が発生しても善良管理されている住宅は、高い需要に支持され価値が維持されている。決して日本で言われるように、一律に減価償却理論で衰退するわけではない。
英国のリバプール、米国のボルチモア、デトロイトのような重厚長大型産業都市の産業構造が根底から変化し、人口が激減した都市を調査して分かったことは、住宅地経営の重要さであった。リバプ-ル、ボルチモア、デトロイトの中の優れた住宅地として維持されているところには、住宅資産を守ろうとする人たちが集住し、住宅の価格は上昇し続けている。その半面、生活に魅力の持てない地区は急激に治安が悪化し、急速に衰退している。都市経営の良い地域と悪い地域が両極端に分化していく。都市の盛衰はその地域に住んでいる人たちが自分の資産を守ろうとするかどうかによって左右されている。
丁度、タイタニック号が沈没し始めたとき、乗客はより安全なところに逃げようとするのとよく似ている。その環境として守られる規模は、居住者の都市に対する帰属意識の強さ、都市の大きさ、衰退の速度等によって違う。リバプールで労働者が取り組んだ『ウエラーストリートのコーポラティブ』は、チャールズ皇太子が評価する労働者の主体性をもった賃貸住宅経営によるコーポラティブ住宅資産で、衰退都市リバプールの中の低所得労働者が協同し、成長する豊かな賃貸住宅地を造り上げた。その鍵は居住者が主体性を持って取り組む住宅地経営である。住宅、建築、都市は人間が豊かな生活を営む空間として維持管理・改善されなければならない。住宅・建築・都市空間は歴史、生活、文化が集積され、人々が意識的に経営管理する空間でなければならない。
欧米では住環境は人文(人間の歴史・文化・生活)を扱う学問領域で扱っている。勿論、住宅・建築・都市を建設するための技術にはさまざまな建設工学が使われている。しかし、人々の生活文化を扱う人文空間は、日本のように物造りを行う都市工学、建築工学、土木工学では扱えない。英国や米国の大学の学問分野として住宅、建築、都市は「人間の生活文化空間」として人文科学部(ヒューマニティ―ズ・デパートメント)で扱っている。日本のように物造りの問題と考え、人の生活と切り離した「物」として建設工学部(シビルエンジニアリング・デパートメント)で扱う問題との違いである。

「物」としての住宅、生活を営む「空間」
人々は同じ家族が同じ住宅で生活しても、家族は成長し住空間に対する要求は変化し、人びとの生活要求に合わせ住空間を改善する。欧米人は住宅を人々の生活に合わせ、高い満足を享受するよう改良させ続けるべきものと考えている。住宅に入居したときが人間と住宅の関係の始まりで、その後、人びとは生活要求に合わせ住宅・建築・都市空間を修繕し、維持管理し改良し続け、いつも居住者が満足できるようにしている。住宅地は生活要求に合わせ改善され管理されるべき空間だから、家族が成長にあわせ満足できるよう維持管理・改良する。住宅・建築・都市環境は人びとの生活とともに成長するように関係者の守るべき維持管理のハードとソフトのルールを定め、住民の自治経営により守られる。
住宅に使われる材料や設備は経年劣化するから修繕や維持管理を行う必要がある。住宅を構成する材料と設備が健全に維持されていれば、住生活を営む空間(住宅及び住宅地)自体の効用(デザイン、機能、性能)は、建設されたときの状態を維持し向上させて行ける。住宅地環境の構成要素として住宅がある。欧米の住宅にも流行り廃りのデザインもあるが、クラシックデザイン自体は社会的な経年劣化はしない。また、住宅及び住宅地のデザインと機能と性能は維持管理及び修繕を繰り返すだけではなく、生活要求は機能・性能は文明の進歩に合わせ向上し、文明の発展に合わせ改良され、住宅環境は人々の生活要求に応えて改善され続ける。欧米では居住している住宅を「中古住宅」(ユースト・ハウス)とは呼ばず、「既存住宅」(イグジスティング・ハウス)と呼んでいる。
住宅不動産鑑定評価額は、既存住宅を現在時点で建設したとき必要とされる土地、建材、労務費用を現在時点で調達し、建設したときに必要とされる「推定再建設費用」として評価される。既存住宅の現在価格は住宅の価値を表示し、現時点での住宅不動産の建設費として計算される。その結果、既存住宅は物価上昇を反映した物価上昇以上の価格で取引される。推定再建設費用は現時点での土地費、材料費、建設労務費に、販売価格の諸経費20%を加算した住宅建設費である。そのため、既存住宅の不動産鑑定評価価格は、住宅不動産の建設時点から現在までの物価上昇分に、住宅地の環境熟成分を加算した額になる。住宅地の熟成とは施設利便性の向上や人びとがつくる生活環境の向上に加え、居住者によって造られるコミュニティの熟成がある。欧米では住宅を保有することは、財産を物価変動に振り回されず、安定した資産を形成・保全の方法と考えている。
同じ住宅不動産でも地域地区のルールに従った生活をすることで、住宅地は確実に熟成し資産が形成され、将来に向かってより安心して生活ができる。また、セキュリティが高く住み易い住環境には人びとが生活したいと願い、皆が住みたいと願う住宅は需要と供給の関係を反映し、取引価格は上昇のスパイラルを辿り、居住者が生活環境の価値を高めている。ほとんどすべての住宅所有者にとって住宅は最大の財産であり、いざというときに頼れる個人資産である。そのため、ほとんどの人びとは住宅を保有し、それを維持管理するために資金を掛けることは、米国人にとって自己資産を守るだけではなく、アメリカドリーム実現の積極的投資と考えられてきた。
米国の住宅が2007年住宅バブル崩壊で、取引価格が、カリフォルニア、フロリダ、ネバダなどバブルの大きかったところでは、一挙に3分の1に下落した。しかし、それらの地域では、2015年までに住宅価格は着実に回復し、すでにバブル前の価格にまで回復しているところも多い。住宅価格はバブル崩壊後、毎年価格は5-10%上昇し、リモデリング(増改築修繕)やリプレイス(住み替え)などを行うことで、適正価格の住宅に生活するようにし、フォークロージャー(差し押さえ)で売りに出されていた既存住宅物件は払底した。そのため、既存住宅価格と新築住宅価格差はほとんど解消し、現在は新築住宅市場が大きく成長している。住宅単体で価値が上昇するわけではなく、住宅地としてセキュリティが高く、居住者がお互いに尊重し合う住宅地経営が評価されている。

資産価値が増大し続ける欧米の住宅市場
欧米人のすべては住宅の資産価値が上昇することに関心を持ち、住宅の修繕や維持管理に掛ける費用は資産形成への投資と考えられている。金融機関は住宅融資の担保価値が上昇するので、融資対象住宅の資産価値増を希望し、純資産(エクイティ)増が生まれれば、金融機関は担保価値増に合わせて純資産融資(エクイティ・ローン)を拡大することができる。住宅の資産価値増は、金融機関のリスクを減少させ融資を拡大できる。住宅所有者の購買力を拡大し、その地方での経済活動を活性化することになる。
住宅の所在している地方公共団体の主要な税収は住民税と固定資産税であるから、住宅の資産価値増は地方財政の安定のカギとなっている。地方財政が安定すれば、治安や公安、防災・救命救急対策に財政支出が計上されるために、市民の生命財産が大切にされる。安全な住宅地には、多くの人びとが移住を希望する。欧米では火災保険料率も都市の防災避難施設整備の程度によって違う。国民は税収増分を火災保険料率の引き下げる財政支出に向けさせる。財政支出は住宅の資産増をする方向で支出されている。
住環境は住宅単体で形成されるものではなく相隣関係を含んで近隣で環境管理することで優れた生活環境が維持向上されるため、多くの場合、住宅所有者が自治団体(HOA:ホーム・オーナーズ・アソシエイション)を形成し、住宅地の基本計画や建築設計指針(アーキテクチュラル・ガイド・ライン)と言ったハードなルールと、住宅地の生活は住宅地管理と言ったソフトなルールCC&RS(強制権を織り込んだ民事契約:カベナント・コンディションズ・アンド・リストリクションズ)により住宅地経営管理を行い、住宅地経営により、生活者にとって生活し易い住宅地を造っている。
住宅地の品質は住宅の立地する場所や生活の仕方により違いがあるが、住み易い住宅を造ろうとディベロッパー、ビルダー、居住者が努力し、社会全体で売り手市場を維持できる自治による住宅地経営をしている。その結果、欧米ではどこでも10年単位で考えれば住宅取得することで、確実にキャピタルゲイイン(資本価値増)が得られる。住宅を保有する人は資産を形成するために資産を保有する。欧米人は、賃貸住宅居住者は家賃(お金)を溝(ドブ)に捨て、住宅に住んでいても資産形成にならないと考えている。
その経験から米国政府は低所得者にも住宅を取得することで資産形成ができるよう、頭金を準備しなくても住宅を取得できるよう融資保険を利用し97%ローンが可能になった。しかし、低所得者に対するローン借入者の返済リスクが高くなるため、住宅ローン金利は高くなる。それがサブプライムローン(低所得者向けの割高金利金融)である。サブプライムローンを活用し低所得者は頭金の準備なしで住宅が購入でき住宅を取得して資産形成ができるようになった結果、住宅建設需要が約10%以上増大した。
住宅需給関係はバランスを失い2002年ころから住宅価格が高騰をはじめ、2007年までの5年間に年平均で10%以上の値上がりが続き、住宅価格はカリフォルニア州、フロリダ州、ネバダ州、マサチューセッツ州などにより8年間で3倍にも急騰した。既存住宅の純資産が急拡大したため、純資産を担保にする融資(エクイティローン)を利用し新たに住宅も購入された。しかし、借入金額が過大になり過ぎ高元利負担ができず、2007年にローン返済不能事故が急増し住宅バブルが崩壊した。住宅価格は最大3分の1に縮小した。2008年には、全米第4の金融機関リーマン・ブラザーズの破綻・リーマンショックが発生し、世界経済が大きく揺さぶられることになった。
この現象を見て米国の住宅産業が間違った経営をしていると勘違いした日本人は多い。米国の住宅バブルが崩壊し、8年経った2015年までに破産物件の処理が終わり、米国の既存住宅価格はバブル崩壊時に比較し資産価値は50%以上も上昇した。損失そのものが縮小し、損失を被った個人も減少し住宅産業も順調に回復した。損失回復の方法とは、物価上昇と都市熟成による住宅の経年的資産価値増、投資額の2倍の価値増をもたらすキッチン・バス等を中心としたリモデリングと、より小規模な住宅への住み替え等により、バブル崩壊によって失った損失は縮小し、失った経済力の回復が図られた。
割安に取引されていた破算処理物件(既存住宅の在庫)は底を衝き、新築住宅と既存住宅との価格差も消滅し新築市場が拡大した。住宅の資産価値が着実に改善することで金融機関の信用が回復し、新築住宅建設が再び米国経済を牽引する柱になってきた。米国では住宅が投機の対象にされたことが住宅市場を狂わせた。しかし、住宅産業自体は消費者の取得能力に合った健全な住宅経営を行う体質を維持し、住宅バブルはホームビルダーの経営や住宅地経営が原因ではなかった。

住宅の資産価値が下落し続ける日本の住宅市場
一方、日本では大手ハウスメーカーが日本を代表する最も経営内容の良い産業と考えられ、安倍内閣はその代表として大和ハウス工業の会長の旭日大綬章を贈った。本書では日本政府として最も高く評価している住宅経営を代表する大手ハウスメーカーの経営を取り上げる。大手ハウスメーカーは金融機関、自動車産業と並び国内で最大の利益を上げている優良産業である。大手ハウスメーカーが巨額な利潤を挙げている一方で、大手ハウスメーカーから住宅を購入した住宅購入者は例外なく住宅を購入して資産を失っている。
住宅を購入した消費者の多くは高額な住宅をその価格に見合った価値があると信じ込まされ住宅を購入してきた。しかし、それらの住宅を住宅市場で販売すれば、例外なく「中古住宅」として半額程度の価格でなければ販売できない。そのため、これらの住宅購入者は損失の発生を恐れて持ち家の売却はできない。日本の中古住宅市場が量と質の両面で貧弱である理由はそのためである。住宅の取引価格が新築価格の半額でしか取引できない理由は、住宅市場で中古住宅の価値は新築住宅価格の半分にしかならないからである。国民が住宅を購入して資産を失っている理由である。
それにもかかわらず、政府は中古住宅が値崩れする原因を住宅が償却資産で、住宅流通が未整備であるからと非科学的な言い訳を挙げて問題してきた。住宅価格崩落の原因は、政府も住宅産業界も新築住宅価格として住宅の価値の2.5倍の価格付けし、その価格に見合う住宅融資により高額販売してきた事実にある。政府はその事実を隠蔽して、代わって、「米国の既存住宅流通システムに倣って中古住宅流通の改善をすれば、取引価格も米国の既存住宅のように適正に改善される」と根拠のない誤った情報を流布した。
日本政府は中古住宅価格問題を住宅流通問題であると問題をすり替え、中古住宅の不動産流通を中古住宅のリフォームと併せて改善するという根拠のない希望的な政策を展開してきた。確かに日本の不動産販売は、宅地建物取引業者のフロー利益本位で、資産価値に関する消費者の利益に関する不動産流通情報は公開されてこなかった。取引の鍵となる不動産鑑定評価制度(アプレイザル)、並びに、取引関係者及び不動産物件の資格を吟味する制度(エスクロ―)も、制度の名称や使用されている用語だけは米国と同じであるが、実態は全く違い非科学的で透明性がなく信頼性がない。
米国では「リモデリング」とは、居住者の生活要求に応える住宅の購入後、生活要求に合わせたストックの改善の取り組みをいい、日本の「リフォーム」という中古住宅の高額販売を目的に住宅市場で中古住宅を安値で買い叩き、不特定多数の住宅購入者のために、構造体だけにし、それに外装や内装を新築と同じように化粧直しするフローの利益本位の工事自体は欧米ではあまり行われない。ストックの住宅を先に購入して居住者の生活要求に合うように建築構造を改変する改良は「リノベーション」といい、既存住宅の取引後行われるのが一般的で、リフォームとは言わない。
米国の住宅市場の約80%は既存住宅流通で、新築住宅は約20%である。米国で行われるリモデリング、「住宅改良」は、生活要求に合った既存住宅ストックを、既存住宅市場からそのロケーションを最重視して購入し、その後、既存住宅の一部を居住者の生活要求に合わせてモデル変更(リモデリング)をするものがほとんどである。米国のリモデリングを日本政府が中古住宅を安く買い叩いてリフォーム(化粧)を行い高額で販売すると紹介されていが、それは日本で想像されているリフォームモデルである。米国では常時住みたくなるように維持管理するため、そのままの歴史を感じる内外装の状態で住みたいとされ、目新しさ重視の化粧直しは一般的ではない。

住宅の資産価値の形成理論とその実践
米国は、国民の生活環境(人文空間)を、世代を超えた伝統として評価し使い続けてきた。一方、日本は、宅地造成地に償却資産である住宅を建設し販売し、そこで世代や世帯が変わるごとに「多世帯同居」にスクラップ・アンド・ビルドする住宅建て替え政策を進めてきた。このスクラップを支持する理論が減価償却論である。住み続ける環境計画の具体化策として、住宅資産を造り育てる欧米のような理解が日本にはない。高地価の土地を有効利用することを優先し、建物を建て替えることで新しい住要求に応える住宅政策が採られてきた。日本と欧米の住宅不動産鑑定評価制度の違いにその違いが明確に表れている。
住宅不動産取引は、欧米のように恒久的な住生活環境空間の売買であるか、日本のように既存住宅を取り壊す償却資産扱いをし、残存価値評価するかに基本的に違いがある。不動産流通を考える場合にもその基本的違いが理解できないと、米国のシステムを日本に置き換えることは至難である。住宅を生活環境の一部と考えるためには、生活環境の計画と維持管理を行う住宅地経営管理の問題が新たに登場する。欧米の住宅による資産形成を実現できているシステムは、その基本に住宅の資産を担保に住宅の等価交換金融(モーゲージローン)の制度があることが基本になっている。それが下請業者による工事部分の価値を担保(メカニックスリエン:先取特権)にする建設ローンになっている。住宅建設業者も住宅金融機関も等価交換販売と等価交換金融を行うことで、住宅購入者に販売価格に見あった価値の住宅を供給し、顧客の資産形成に寄与している。
19世紀末のエベネザー・ハワードが『明日へのガーデンシティ』の中で資産形成を可能にするリースホールドによる住宅地経営システムの発明者として登場し、その住宅地経営が欧米に広がった。フォレストヒルズ(ニューヨーク)やカントリークラブ(カンザスシティ)でのリースホールドによる住宅地経営であった。それが1928年、J・C・ニコルズとチャールズ・アッシャーのラドバーン開発(ニュージャージー)でのフリーホールド(持地、持家)による「三種の神器(ハードなルール:マスター・プランとアーキテクチュラル・ガイド・ライン、ソフトなルール:住宅所有者を強制権で縛ることができるCC&RS(カベナント)、住宅所有者全員の強制参加の自治住宅地経営:HOAという)」として確立し、資産増進のできる住宅地経営が軌道に乗った。
日本では戦後、千里ニュータウンで英国のハーローニュータウンに倣った開発が取り組まれたが、それは「物づくり」としての宅地開発を真似ただけであった。住宅地経営のための計画技術及び経営管理技術は基本的に取り入れられず、ニュータウン全体を一元的に経営する住宅地経営の基本は、日本のニュータウンや大規模住宅地経営に取り入れられず、住宅地のインフラは公共管理者に移管され、住宅と住宅地の維持管理・修繕だけが居住者により消極的に実施されただけで、住宅資産価値を高める動機付けは存在していなかった。

第2章 日本の住宅:住宅の価値と価格の関係(不等価交換販売)

住宅の資産価値維持向上に不可欠な住宅地経営
政府の説明を信じてきた住宅購入者の多くは、住宅自体には、購入価格相当の価値があり、ハウスメーカーの住宅価格は正当で、自己判断で住宅の価値を認めて購入したといい、自分自身の意思と評価に基づいて住宅を選択し、購入し、住宅会社に騙されたわけではないと言う。中古住宅価格の下落に対し、それをハウスメーカーに騙されたのではなく、顧客自身の自己責任を認めている。しかし、ハウスメーカーは「高価格」販売をする方法を「差別化」といい、他社と相違する材料、工法、意匠などの違いを住宅の優秀性であり高価値と説明し、高額な住宅価格をそれ相当の価値があると欺罔してきた。
ハウスメーカーから購入した高額な住宅は、中古市場で新築住宅の販売額での売却はできない。中古住宅価格が新築住宅の半額程度で低迷し、欧米のように購入価格以上に資産価値を高められない。ハウスメーカーの注文住宅は建設業法第19条に定める工事請負契約に基づいているが、請負金額は同法第20条で定めている見積額に違反している。建設業法でいう請負工事費とは、住宅を建設するための直接工事費(材料費と労務費)とそれに関係する諸経費から構成されると定めてある。大手ハウスメーカーは建設業法第20条に違反し、その販売価格に直接工事費の1.5倍相当の広告・宣伝、営業・販売経費を直接工事費に分からないように欺罔し混入し、住宅建設工事費として回収している。
それに便乗し日本の金融機関は、建設業法上の請負契約として、住宅の価値の2倍の住宅価格を基に住宅ローン契約を結び、住宅の価値の約2倍の住宅金融を行い、ハウスメーカーと金融機関のいずれもが、不正に利益を挙げる刑法上の「詐欺」を行ってきた。そのような欺罔に遭った人がそれを正当な販売価格と信じたことには責任があるが、「差別化」による欺罔は、憲法第14条に違反する売り手の犯罪行為である。住宅購入者が「差別化」を受け入れ、その購入価格に満足しても、建設業法に違反し価格が価値と乖離している不等価交換である以上、住宅購入者を差別しているわけで、その住宅販売は商行為として不正のある事実は変わらず、ハウスメーカーの不正販売の責任は免責されない。
この客観的事実を認めた場合、国土交通省は住宅行政として住宅販売価格に広告・宣伝、営業・販売経費を直接工事費であるかのように消費者を欺罔する請負契約を禁止し、住宅購入者を欺罔しない行政をする義務がある。また、国民の生活を守る立場の消費者庁や検察庁は、ハウスメーカーの住宅販売が建設業法に抵触している事実に立って、刑法による刑事罰を加え、国民を不正な「差別化」による収奪から守る義務がある。問題を紛らわしくしている原因は、住宅政策を担当する国土交通省が大手ハウスメーカーを建設サービス業と産業分類にはない分類を持ち込み、広告・宣伝、営業・販売に要した費用を販売価格で回収することを正当化していることである。それらの流通業務サービスに要した費用は、住宅の価値形成に寄与していないのに、新築住宅価格に算入することを認めている。その結果、新築住宅価格が実際の価値の2倍以上になっている。
政府は中古住宅の価格下落をあたかも新築住宅には販売価格相当の価値があったが、中古住宅での住宅価格下落は住宅が償却資産であるための「当然の結果」である、という説明を国土交通省は行っている。さらに、国土交通省は住宅不動産鑑定評価制度の中に、社会科学的根拠のない減価償却理論を持ち込んで残存価値を主張していることである。政府は中古住宅価格の下落は、中古住宅市場自体の問題のためといい、その改善策が不動産流通対策であると問題を不動産流通問題に転嫁している。この世界で類例を見ない非科学的な現象が日本で発生している理由は、日本の住宅産業政策を含む不動産行政が間違っているためである。なかでも、不動産鑑定評価制度(アプレイザル)の体裁は、欧米と似ているが、欧米とは全く違う非科学的なものであるために起きている問題で、減価償却理論は、大手ハウスメーカーの不当な住宅価格を正当化するために作り上げた弥縫策でしかない。

詐欺商売を容認している国土交通省
大手ハウスメーカーは価値の低い住宅を高額で販売する「差別化」と、住宅販売後、顧客の追及から逃げ切る「手離れのよい住宅販売」との2本柱に住宅販売を行い、販売後の住宅に対する購入者の責任追及からは逃げ果せてきた。この住宅販売方法そのものが詐欺商法の一般的手口である。既存住宅や他社の住宅と違うことは、単なる「違い」に過ぎない。「差別化」とはその意匠、機能、性能という性格(使用価値:効用)の「違い」を、住宅の優秀性(経済的な価値の高さ)と説明し、高価格で住宅販売することを正当化する方策である。「差別化による高額販売」を正当化することに社会科学的な根拠はない。
政府が行ってきた性能表示制度もその一環である。住宅の品質(意匠、機能、性能)は、いずれも住宅の具備する性格で、各品質はそれぞれごとの計測尺度を持っている。しかし、その性格は価格として計測できるわけではない。品質が優れているから高い経済価値があるとは限らない。住宅の品質だけが住宅から離脱して独り歩きするわけではない。住宅の価値は住宅の諸性格を示す品質ごとに分解されることはない。品質の優劣によって住宅の価格を高額に設定する「差別化」は、社会科学(経済学)的合理性はなく、憲法第14条に定める「法の上の平等」原則に違反し、購入者を差別することで取引相手に経済的損失を与える「住宅の価値を欺罔する手段」でしかない。
住宅の価値評価は全体の不動産鑑定評価方法で計測される。住宅の推定再建設費こそ不動産鑑定評価法の中の「原価法」と呼ばれる不動産価値の計測法で、相対的販売費価格比較法や不動産賃貸料収益資本還元法と並んで住宅不動産の価値を表示するものである。

住宅ローンによる欺罔
住宅のような高額な不動産は住宅ローンがつかなければ購入できない。大手ハウスメーカーは住宅ローン会社と協力し、その契約通りの販売価格の住宅ローンを行わせ、あたかも金融機関がその住宅に「融資額相当の価値を認めている」かのような欺罔策を採ってきた。住宅金融機関は大手ハウスメーカーの住宅の販売価格通りの融資を行ってきたが、住宅の販売価格が価格相当の価値があると認めているわけではない。日本の不動産鑑定評価制度では、大手ハウスメーカーは価格設定して住宅価値を表現したと主張しているが、住宅金融機関は住宅を差し押さえてもローン債務と相殺しないことでその価値を認めていない。日本の不動産鑑定評価制度では、新築と全く同じ「新築中古住宅」価格の値崩れを説明できない。つまり、日本の不動産鑑定評価制度は科学的合理性をもたない評価制度である。
金融機関は担保額限度までの融資を行う。金融機関は融資の担保として住宅の他に、住宅の敷地、住宅ローン借受人の死亡時保険金が住宅販売価格以上である3条件を担保に融資を行っている。金融機関は融資利息で利益を上げている業者であるから、担保額の範囲内であれば、融資額を大きくした方が利益は大きくなる。米国住宅金融との比較で言えば、日本の金融機関は建設サービス業として直接工事費の2.5倍(住宅の価値の2倍)に販売額を設定しローンを行い、欧米の住宅金融制度では認められない巨額な(2倍以上)の融資を行い、不当に過大な金融利益(金利)を稼いでいる。
ハウスメーカーはファイナンシャルプランナー(金融コンサルタント)を雇い、住宅購入者に高額な住宅を購入してもローン支払いが可能と勘違いさせ、住宅ローンを組ませ、住宅を購入させてきた。大手ハウスメーカーにしてみれば「手離れの良い商法」として、住宅販売後は、ローン会社に債務の徴収義務を転嫁させるだけで顧客と手離れができる。

手離れのよい事業:瑕疵担保
「売り逃げの駄目押し」は政府が用意した瑕疵担保履行法である。この法律は国民を瑕疵(契約の不履行)から守る制度と説明をしながら、民法に定める瑕疵担保の対象のほんの一部しか瑕疵担保の保険対象にしていない。ハウスメーカーは瑕疵担保履行法を口実に、保険会社が保証対象にしていない瑕疵は、顧客の瑕疵担保請求の保険対象から外している。そのため、瑕疵担保保険の対象にならない瑕疵は、本制度で扱う瑕疵問題ではないといい、ハウスメーカーとしての瑕疵保証自体を保険対象の瑕疵だけに打ち切ってしまう。
民法上の「瑕疵担保」とは、「契約の不履行」全体を生産者に担保させる法律用語である。法律に、「瑕疵担保」という名称を冠する限り、民法で定義する瑕疵を担保しなければ、その法律自体が「瑕疵のある法律」である。現在大手ハウスメーカーが行っている瑕疵担保の扱いは、「瑕疵担保保険の対象となる瑕疵」が、「保険会社が保険義務を負う瑕疵」の扱いとなっている。結果的に、住宅購入者のクレームの責任回避を国の制度が幇助している。「保険の対象となる瑕疵しか瑕疵担保履行法の対象としない」扱い自体が、瑕疵担保と矛盾し、不当な差別を持ち込んで被害者に損失を与える憲法第14条違反である。
「瑕疵」の用語の定義を、事実上、保険対象の瑕疵に限定し、保険対象とならない瑕疵を事実上、保険会社が保険金給付の対象にしない。「保険対象にならない瑕疵は建設業者が全面負担である」と言い訳をしても、瑕疵担保の大義名分として、瑕疵担保保険の掛け金を掛けている建設業者にとって保険目的が果たされなくてはならない。業者の「保険対象にならないものは、瑕疵ではない」言い訳には、法律の名称に対する瑕疵と認められる。
そのハードルを越えて瑕疵担保請求される消費者の要求に対し、これまで大手ハウスメーカーは基本的に保証しないと、顧客のクレームに対決する方針で臨んできた。大手ハウスメーカーは責任回避する専属の弁護士を多数雇用し訴訟に持ち込み責任を回避するだけではなく、開き直って消費者の落ち度を探し逆襲する悪質な事件処理に専念してきた。米国では、「価値相当な価格で再販できない住宅はそれ自体が瑕疵である」と法律の瑕疵(契約の不履行)どおり瑕疵を認定した判例を全米ホームビルダー協会は重視している。
司法は消費者の立場に立とうとはせず、殆ど大手ハウスメーカーの言うなりの結論に向けて示談・和解を勧めてきた。裁判官自体は判決に文書として手間のかかる仕事を減らすとともに、後に残る裁判所の判断を書くことを避けようと、裁判官の判断を書いて残さなくて済むよう当事者間の示談を勧め、裁判官の判決記録が残らないようにしてきた。

ハウスメーカーの住宅の特色
ハウスメーカーから住宅を購入した人は、例外なく資産を失っている。一般的には住宅を購入してから手放さざるを得ない状態が到来するまでには、売却損を発生させないよう住宅所有者は売却を逡巡し、売却をする場合は、通常、新築後10年以上は経過している。10年以上経過すると政府も業者も鬼の首を取ったように、木造住宅は耐用年数が20年の償却資産であるから中古住宅価格は半額で当然という。世界中に住宅に法定耐用年数がある国や、不動産鑑定評価に減価償却論が適用されている国は日本以外にない。日本でも木造住宅の耐用年数は20年とする科学的根拠は存在しない。
理論的にも学術的にも不動産鑑定評価方法に減価償却理論を適用することは不可能である。日本では1976年、建て替えを促進するため、既存住宅の取り壊しを未練なく行えるよう、減価償却を建て替え政策と一体的に持ち込んだ。政府(国土交通省)、不動産鑑定業界、住宅産業界、関係する御用学者や研究者が口裏を合わせたように、不動産鑑定評価制度に減価償却論を正当な評価法として利用してきた。その後、住宅購入者が購入住宅を売却したときに値崩れする理由の説明に償却理論は使われたが、やがて、ハウスメーカーが販売期間内に売却できなかった住宅を「新中古」と名付け、30%-50%割り引いて販売する理由に使われた。そこで、「新中古」とは何かと聞けば、所定の営業販売費を掛けて売却できなかった住宅か中古住宅市場に登場した場合、営業販売経費(処女性)を失った住宅だから販売価格が値崩れして当然という。日本の不動産鑑定評価理論である。
では、ハウスメーカーの住宅の営業販売経費総額は住宅販売価格のうちどの程度掛けたかといえば、ハウスメーカーは販売価格の60%程度である。この事実は住宅政策関係者で知らぬ人はいない。政府はハウスメーカーの販売価格の実態を知って是正させる行政上の責任がある。その不正を幇助・容認し、行政責任を果たしていないことの追及を免れるため、住宅価格の値崩れを「減価償却の結果」と虚偽の説明を繰り返し、政府とハウスメーカーが共謀し不動産鑑定評価理論を捏造し、その実態の隠蔽に努めてきた。
日本国憲法に照らして国民の私有財産を毀損する住宅産業を放置することは許されない。しかし、実際上、住宅を購入した国民に実損が及んでおり、住宅行政はその原因を究明して不正が発生しないような行政を行うべき義務を負っている。政府は住宅行政上、大手ハウスメーカーの不正な営業方法を禁止し、大手ハウスメーカーは住宅購入者に損害賠償をさせなければならない。しかし、政府は住宅所有者に損失を与える営業を容認し、さらに、不正な高額営業販売を放置し、その不正が露見したとき、業者が不正価格を正当化する言い訳を減価償却理論として考案し、不正販売を正当化してきた。

不動産鑑定評価と減価償却理論
減価償却という用語は、本来、会計法上または税法上資本財に関して使われるものである。その用語の目的は企業の資本蓄積を支援するために、資本財としての施設や設備に対して減価償却の扱いをしてきた。2倍償却や3倍償却という償却理論は企業の資本蓄積を早く高める減税の便法であって、資本財が実際に材料や住宅設備は物理的に劣化しても、材料や住宅設備の修繕地老い木管理が適正に行われ、所期の効用を果たしている場合、住宅そのものは、社会的に償却するわけではない。減価償却は会計帳簿上の処理で資産の物理的な償却ではない。社会的な需要で支持されている限り、償却期間内にその効用が失われるわけではないので、その経済的価値は推定再建築費で見積もられる。地価、材料費、労務費は、経済成長に合わせて価格が上昇するため住宅の推定再建築費は物価上昇率以上に上昇する。それが欧米で住宅を持つ者が資産価値を高めている理由である。
建築工学では自然科学の理論に反し、行政上決められた償却理論が建築物の物理的償却理論として適用できるような間違った扱いをし、政府が持ち出した償却年数を建築物の材料の劣化理論と同様に建築物が劣化すると頭から決めて懸かり、建築物自体に物理的耐用年数の考え方を正当化できる理屈を捏造してきた。建築工学教育自体が自然科学教育に違反し行政判断の決定に従属して、中古住宅の価値が下落する事実を説明するために、建築工学系学者・研究者が減価償却理論を自然科学に持ち込んだ。
日本では住宅に会計法や税法上の扱いではなく、不動産鑑定評価上及び建築工学上の学問領域に減価償却理論を持ち込み、住宅が物理的に償却する資産扱いをし、減価償却論の適用に正当性を与えてきた。その背景には住宅を土地と切り離した独立した不動産と扱い、減価償却理論と物理的耐用年数の理論と不動産鑑定評価の理論を混ぜ合わせ、償却期間を共通させることで、「物づくり」をする工学で扱う共通法則にしたためである。自然科学に基礎を置く物理的耐久性理論は、自然現象を基礎に置き、資本形成を促進する社会経済的な償却理論とは同じ土俵で扱えるはずがない。
会計学の償却理論と建築工学の耐久性理論という異質な理論を共通化させた「減価償却」理論には正当性はなく、それらの間には何ら共通する理論も法則もない。欧米の住宅不動産は土地の加工形態で土地と切り離されることはないため、住宅だけが消滅することはない。土地利用計画で決められたとおり、建築加工された土地は造成地の擁壁や都市施設を地下に埋設した道路同様、修繕を繰り返しながら半永久的に利用されるものなのである。この減価償却理論は、自然科学、社会化科学、人文科学のいずれの学問から見ても、税法や会計法とは同じ理屈にはならず、科学的な裏付けを持つことはできない。
特に、木造の減価償却理論は、政府が住宅統計上で量的過剰が生じた1963年と、ベトナム戦争が終わり、国民に建て替えによるプレハブ住宅の販売を強化する1976年、土地費負担をしないで住宅建設をするため、スクラップ・アンド・ビルドによる建て替え事業が個人住宅政策の中心に、既存木造の取り壊しを建て替え事業により促進させる理屈として取り入れられた。いずれの場合も取り壊す既存住宅を、「惜しげもなく取り壊させる」ために減価償却論が大活躍させられた。
それはまた、プレハブ(工業化)住宅を推進していた建設省住宅局が大学教授ら学識経験者らと協調してプレハブ住宅産業のために、既存木造住宅の取り壊しを促進するために、既存住宅の価値が残存価値しかないと説明のために展開した。木造住宅はプレハブ住宅へ惜し気もなく建て替えさせる対象とされ、木造住宅を自然科学的根拠もなく20年で木造住宅の価値がなくなり、20年で減価償却することした。日本政府が住宅産業の「フローの利益」拡大のため、国民の「ストックとしての資産」を破壊した。今回の「聖域なき構造改革」と基本的に同じ経済理論を持ち出し、同じ経済政策を執った。
建築物に減価償却理論が適用できる建築工学上の根拠は存在しない。住宅は効用が維持向上されるように維持・管理、修繕が繰り替えされている。そのため、材料や設備は劣化しても住宅自体は減価償却しない。それにも拘らず、減価償却論を建築工学の教育で扱う技術内容に取り入れ、官僚と御用学者たちが中古住宅の値崩れを正当化する言い訳に取り入れた。公営住宅の家賃計算上採り入れられた減価償却理論は、地方公共団体の負担分の費用回収するために採り入れられた償却理論である。以下、シュワーベの法則に基づき、公営住宅家賃負担理論に合せて採り入れられた減価償却論である。

シュワーベの法則と償却理論と木造の耐久性
建設省住宅局が1951年公営住宅制度を創設するため、ドイツの統計学者で賃貸住宅の家賃負担の研究の権威・シュワーベの導き出した理論「シュワーベの法則」(国民の住居費負担は所得の大きさに比例し拡大する)を日本の公営住宅階層に当てはめて検討した。そのとき、公営住宅の家賃負担限度を、所得の15%が適正で、20%を超えると家計支出にひずみが生まれることが明らかになった。そこで公営住宅の家賃は対象階層の平均所得の20%を公営住宅家賃の負担限度目標とした。
公営住宅の家賃は、建設工事費からその2分の1又は3分の2の国庫補助金を差し引いた残りの地方自治体負担分を金利年6%で元利均等償還したときの減価償却費、維持管理費、修繕積立金、公租公課、火災保険金を合算して家賃とした。床面積9坪の木造住宅の家賃が公営住宅階層の家計支出の20%以下になるときの木造住宅の減価償却期間が20年になった。公営住宅の構造材料が、木造(平屋)、簡易耐火構造平屋建(簡平)、簡易耐火構造2階建(簡二)、鉄筋コンクリート造(RC)ごとに建設費は増大するが、家賃を木造住宅と同額にするため、元利均等償還による家賃で回収するための減価償還期間で調整した。
耐火構造とは団地開発で延焼の恐れをなくした防火戸不要の耐火建築物をいう。
元利均等償還の減価償却費を同額にすると、建築構造ごとに以下のように元利均等償還期間を変えることになった。それが公営住宅の家賃計算の根拠とされた償還期間である。その後、この借入金の償還期間を建築工学関係者から耐用年数とも呼ばれることによって、その後、減価償却理論の根拠にされる大きな誤解を生む原因になった。木造20年、簡平35年、簡二45年、RC70年という減価償却の耐用年数とされた。
当時、日本は連合軍の支配下にあり、英国のリースホールドによる公営住宅の考え方に合わせ、住宅建設費は土地住宅一体の住宅不動産で計算した。日本が独立して7年経った1959年、東京都の局長が安い家賃の公営住宅に入居していたことが週刊誌に暴露され、高額所得者が安い家賃で入居していることが社会問題化し、公営住宅の家賃を再検討することになった。建設省住宅局は英国の公営住宅に倣って「所得に見合った家賃(レントリベート)」制度の変更を考えた。しかし、内閣法制局の見解として、英国のように収入に見合った家賃制度の立法化はできないが、公営住宅で決められた所得限度を超えた世帯には、「罰則として割増賃料を科すのであれば、制度上可能」と判断し、家賃制度の変更が認められた。家賃制度見直しに当たり、大蔵省が民法第87条を持ち出し公営住宅の家賃計算を地代相当額と建物償却費分けて行う変更を指示してきた。建設省が英国に倣った立法の経緯を忘れ、大蔵省主計局事務官の指示に従い、「地方自治体の財産に対し補助金を交付する必要はなく、土地は償却しないから地代相当額でよい」との変更に従った。土地の扱いの反対解釈として、住宅部分は物理的に償却期間内に償却することになり、それ以降、住宅は償却資産となり、構造材料ごとの減価償却期間が独り歩きを始めた。
減価償却期限の根拠として大蔵省が採用した木造耐用年数の資料は、当時、戦後建設された応急仮設「越冬住宅」が物理的にどの程度の期間利用できるかの劣化調査で、建設省建築研究所新海悟郎の独自調査で、アスファルトルーフィング屋根、下見板張りの外壁材料の住宅は風化・劣化し、20年で住宅は物理的に利用不可能と推計した。この耐用年限は木造建築の耐用年数一般とは無関係で木造一般に応用する合理性はなかった。
当時の建築工学では木造住宅は腐食しなければ、半永久的に利用できることは分かっていた。法隆寺を例に挙げるまでもなく木造の社寺仏閣の例に見るとおり、木造の腐食は温度、湿度、酸素欠乏の三要素が揃うと嫌気性腐食菌の活動が活発になる。人が住む限り温度、湿度環境はほぼ一定で、温度と湿度は変えられず、調整できるのは酸素濃度であった。そこで隙間風を入れ、酸素調節が腐朽菌の活動を押さえ、木造建築物の恒久性能を高める技術(屋根裏、軒下、基礎の換気口や開口部の召し合せ方式「隙間風」理論)となっていた。
しかし、1962年取り組んだ政府の住宅生産近代化政策により、御用学者達はプレハブ住宅推進を正当化する理屈だけを考えた。住宅の気密性と施工精度の高さを住宅の優秀性であるといい、プレハブ住宅推進者は隙間風の入る既存木造を、気密・断熱性能、遮音性能の低い住宅と言い、火災に弱く、劣悪な老朽化した住宅のように誹謗中傷し、建て替え対象とすべき住宅と説明した。そこに減価償却理論を持ち込み、あたかも木造住宅は20年で物理的に償却し、不動産鑑定評価額も減価償却による残存価値しかなくなるとした。そして、建設省及び住宅金融公庫等、地方公共団体、政府の外郭団体、セメント業界に研究費の支援された大学、日本建築学会、銀行等が揃って木造の取り壊しを推進した。
ハウスメーカーの説明に疑問を持った住宅所有者が地方公共団体の住宅関係職員や住宅金融公庫や金融機関の融資担当説明者に尋ねたところ、口裏を合わせたように「住宅の価値は減価償却理論による残存価値しかない」と回答した。立派な木造住宅を所有している人が、「住宅を見て評価してくれ」と要求しても、「住宅の不動産価値は建築後の経過年数を見れば自動的に評価できるもので、それ以上の調査は実施しても意味がない」と回答した。そして「木造住宅居住者は価値のない住宅に住んでいる」と差別をした。
プレハブ住宅の振興策が建て替え住宅政策と一体的に進められた結果、木造住宅に住むことは「価値の低い住宅に住むこと」と勘違いさせられ、多くの立派な木造住宅が取り壊され、プレハブ住宅に建て替えられた。その結果、戦災を免れた貴重な伝統的な木造住宅が住宅政策により多数取り壊された。急速に進めた気密性の高いプレハブ住宅では練炭や炭火を使った炬燵が原因で一酸化中毒など頻発し人身事故も例外ではなかった。当時の景観に見るとおり、木造建具に代わってスチールサッシを使用したプレハブ住宅が無政府状態に建設され、それを文明であると考えた。E・H・カー著『鬼と犬』に記述のとおり、戦災を免れた貴重な歴史の街並みは政府の住宅政策により惜しげもなく破壊された。

「差別化」住宅の価格と「建て替え」を選択する理由
建て替え住宅政策は住宅と土地をそれぞれが独立した別の不動産として扱い、住宅を土地と切り離して目新しいものに建て替え事業として実施された。そのため、土地と住宅を一体の連続する人間環境として総合的に捉えられず、プレハブ住宅が営業販売本位に流行を追い、目新しい住宅が建てられた。人目に付く「差別化」デザインで消費者に売り抜けてしまえば、建設後の街並み景観には責任を持たず、売却した住宅は3年ごとにモデルチエンジされ、見飽きられても構わないと扱われた。住宅も5年のローンを組めば手に入り、住宅購入当初の数年はローンが家計支出を苦しめていたが、所得もインフレも年間10%以上で昂進したため、所得倍増とローンは相対的に目減りし、住居費負担はみるみる軽減された。土地さえあれば10年ごとに建て替えることも可能になっていた。
住宅は街並み景観ではなく建設時には目立つことが重視され、建設後は例外なく劣化すると扱われた。住環境の構成要素として居住者の生活文化環境の一部を構成する土地と一体とは考えられず、ハウスメーカーは工業化率の高さを誇り、住宅購入者に「差別化」意識を抱かせ、住宅購入者に優越感を持たせることで購入させる住宅になっていた。
「差別化」住宅は、目立つように既存の街並み景観を破壊し建て替えられ、景観の破壊が近代化といわれ、日常茶飯事に行われた。住宅所有者は近隣の街並みに対する帰属意識は失われ、居住者が相互に対立する住みづらい環境にしていった。ハウスメーカーが競って販売した住宅地は、居住者にとって「わが街」の帰属意識は育ち難く、その住宅は近隣相互に差別意識を抱き合う住みづらい街を形成していった。
本来、住宅が居住者に提供する効用は生活する家族のライフステージに対応したライフスタイルと嗜好に応え、住宅購入者の取得能力によって住宅地及び住宅のデザイン(意匠)、機能、性能の3要素に応えるよう、大枠が決められた。住宅取得能力が住宅金融制度によって日本だけが世界と違って歪められることになった。それは融資担保を融資対象の建築物の価値と切り離し、融資額の3倍近くも担保に押さえた不等価交換金融を個人信用金融で実施したことで、住宅の価値と無関係に住宅価格の設定できた。
融資期間を世界最長の35年間にしたことで、ローン痛を感じないで生涯に亘りローンに縛られる高額な住宅を買うことになった。その結果、日本では一旦住宅を購入し、その後、生活要求に適した住宅に買い替えようと購入した新築住宅を売却したくても、中古住宅には住宅ローンが付かず、住宅は購入時の新築住宅価格で売却することは絶対に不可能になっていった。新築住宅として販売できず、売れ残った「新築中古」と呼ばれる住宅は、半額以下の価値しかないから、価値に見合った価格を切り下げないと売却できない。住宅購入者は損をすることを嫌い、購入した住宅を中古住宅市場での売却を嫌い、中古住宅市場は事実上機能停止した。低い価値しかない住宅を高額で買わされたことを認めたくない上、住宅購入者は極力、売却を避け、建て替えか、そのまま住み続ける人が多数になった。日本の経済成長の間に土地を調達し持ち家を建築する人が増えて行った。
販売しなければ、損出しをする必要もないし、ハウスメーカーに騙された屈辱を経験しないで済む。1976年ベトナム戦争の終焉を迎え、軍需産業のための住宅供給に代わって個人住宅が住宅政策の表舞台に登場した。日本の住宅政策は土地負担なしで住宅を取得する建て替え促進策を政府の住宅政策の中心に掲げた。中古住宅市場に出せば必ず損をするかが、建て替えをし、多世帯居住をすれば、土地なしで住宅が供給できる。そこで個人住宅に軸足を置いた居住水準に向上政策が大手ハウスメーカーと政府の住宅政策どおり進められた。その政策で力を振ったのは「既存住宅に価値がない」とする住宅の償却資産扱いであった。スクラップする住宅に価値がないとすることが建て替え政策を推進させた。

第3章    住宅建設業と住宅サービス業

住宅建設業の産業分類
産業分類には、「製造業」と「サービス業」という大きな2分類がある。「製造業」とは材料を建設加工し、新たに商品を生産するものを生産する業をいう。一方、「サービス業」とは製造された商品を流通サービスする業務で価値の創造は行わず、同じ価値の住宅にサービス経費と利益を販売価格として回収する流通サービス業である。
建設業は世界中どこの国においても製造業であるが、なぜか、日本では国土交通省の建設行政により、業種分類にない建設サービス業として扱われてきた。建設業は建設業法で定める建設製造業という法律構成のもとで行政上の監督を受けている。建設業法第19条で請負契約の規定が定められ、建設業者は建築主との間で工事請負契約に基づき建築物を製造する業者である。建設工事請負契約は建設する成果物の内容を特定した「設計図書」(設計図と仕様書:品質)を使い、工事に必要な工事費用を見積もり(工事費:原価)、工事引き渡し期間(工期:時間)の3条件で締結し生産現場工事を管理する業務契約である。建設工事費は工事に必要な材料と労務を、設計図書に基づき、工事に必要十分な数量と単価の内訳を明らかにし、それに必要経費を加算して見積もることで定められる。ハウスメーカーによる住宅生産も製造する業務は同じである。建設工事は直接工事費(材料費と労務費)を支払い、建設業者が工事を行い、住宅を製造する製造業である。住宅(製品)の請負工事契約額と直接工事費(原価)の差額が、生産の過程で創造される価値(付加価値:粗利)である。製造業は新規に付加価値を創造する業務である。
一方、政府が言う建設サービス業は、以下のような2段階のサービスで構成されている。

第1段階の建設サービス業務
日本における建設サービス業務は、生産自体の過程が重層下請け構造に造られ、下請け業者が粗利を得て造った工事部分に元請が粗利を加算し、建築主に売却する建設サービスの営業構造である。重層下請け構造の建設業は重層下請けした分に対し、流通サービスの粗利が累積される。中間下請け業者は工事を行わなくても、工事を経由する工事代金の支払い保険を含む建設サービスの提供(流通)に対し粗利が加算される。
一般の工務店がプレカット木材やパネルを利用する場合、材木業者が木材や合板をプレカットし、又は、パネルを製作し、併せて工事現場で組み立てる。この場合、プレカットやパネル業者が材料加工作業と現場での組み立て工事にそれぞれ請請負契約を結び、工事費に粗利を加算し、建設業者に請求する。顧客と請負工事契約を締結している住宅会社は、現場の組み立て工事に立ち会っているだけで、工事をしなくても取引額に工事を行ったと同様の建設サービスの粗利を加算し建築主に請求をする。大手ハウスメーカーの場合、営業販売部門と工事部門との関係は同じである。
バスユニットを取り付ける場合も同様である。バスユニット供給業者が粗利を得て取り付けた工事に、元請業者(工務店)は実際の工事を全くしなくても、取引伝票が経由することで取引額をベースにした粗利が加算される。重層下請けにより工事が順次取り纏められるときは建設サービスによる粗利が累積される。工事を実施しなくても工事成果を経由するサービスを行ったことでサ―ビス経費が加算される。
大手ハウスメーカーの場合、設計、施工、材料供給、営業、販売など生産の部門ごとの作業を経由する都度、部門粗利が加算され、その合計にさらに住宅会社の粗利が加算され住宅の販売価格となる。建設材料流通の場合、一般に工務店の信用力は材料供給業者から倒産と隣り合わせにいるほど経営が脆弱であるとみなされている。そのため、建材取引では取引上の貸金(立て替え払い金)のリスクを保険するために、大手商社がメーカーから問屋、建材取扱業者と建材や住宅設備が流通する都度、その流通に大手商社が何度も介入し、取引信用を保険する与信管理が行われている。
実際の材料はメーカーから建設業者に直接送られても、伝票だけは6通以上経由する取引になり、各伝票に取扱手数料と保険料が加算される。これは輸入建材でも同じである。当然、手数料分だけ建材は高くなる。よく「半値8掛け、5割引き」、最末端の消費者に渡る価格(上代価格)とメーカーから工事業者に割引価格(下代価格)で販売する価格の関係の略算式{0.5×0.8(1-0.5)=0.2}などとを説明する。顧客への見積書に記載する価格が「上代価格」(1.0)で、工務店が実際に仕入れる価格が「下代価格」(0.2)で、その差額(0.8)がサービス業として建設業者の隠し利益となる。
欧米の場合は等価交換で、工事段階の各工事部分に見積額相当の価値が認められ、工事部分ごとに先取特権を設定し建設金融が行われ、日本のような与信サービスは介在しない。

第2段階の営業販売サービス業務
営業販売サービス業務は住宅を販売するための広告・宣伝、モデルホームを使った営業マンを使った人海戦術で、「集客から始まり、設計サービス、顧客の獲得と営業・販売にいたる全営業サービス」が住宅販売のために行われる。これらのサービスは顧客に「無償のサービス」と説明され、個別のサービスごとの経費の徴収はしないし、購入契約を行うまでになされた営業サービスは無償と説明されている。
大手ハウスメーカーが行うサービス業務は、すべて一般的に外部の専門の広告・宣伝業務として様々な流通サービス業務会社に下請けに出され、いずれも有償である。それらの営業に要したサービス業務経費のすべては重層下請けによる累積粗利と一緒にして請負工事契約により回収される。その場合、徴収する費用の内訳をまったく明確にしない請負工事契約である。住宅を購入した人の住宅販売価格として、材料費、労務費及び粗利の中に混ぜ込まれ、複合単価と呼ばれる材料と労務費の内訳は分からないようにして建設業法第20条に定める工事見積額として回収される。
大手ハウスメーカーの場合、直接工事費と説明されている費用の1.5倍程度、住宅販売価格の60%が流通販売経費で占められる。そのため請負工事費は直接工事費の2.5倍になる。国土交通省はこのような経営をする大手ハウスメーカーを建設サービス業と正式には存在しない産業分類している。建設流通サービス業では住宅販売価格に流通サービス経費を潜り込ませ、建設業法第20条の材料費か労務費の一部に算入することが認められる諸経費と説明し回収している。このような巨額な粗利は、直接工事費の関連諸経費ではない。サービス経費を単に直接工事の諸経費と欺罔しているだけである。

製造業とサービス業との基本的違い
建設製造業は材料と建設労務の数量と単価の合計額の価値(原価)を投入して、住宅の請負契約額との差額分の価値(付加価値:粗利)を建設現場で創造する製造業である。一方、建設サービス業は、下請け業者ごとの仕事は製造業として生産をしいるが、各下請け製造業で行った仕事の成果をサービスとして元請業者に提供するサービス業務も並行して行っている。建設業全体が重層下請けで構成されるサービス業で、すべての下請けが流通粗利を得る製造業者でもある。個々の下請業はそれぞれ製造業として価値を創造しているが、同時に、創造された成果を経由するサービスの過程で経費と利益が加算され累積される。
最終的に建築主には業務成果のサービスを提供する経費が累積して加算される。各下請けで行われた工事部分は、取り扱いサービスにより変化しないので、サービス業務自体によって新しい価値が創造されるわけではなく、単に、流通過程ごとに経費と利益が加算されるだけである。製造業もサービス業もそれぞれ粗利を「付加価値」と呼び、直接工事費に加算するため、製造業と同じようにサービス業により付加価値が生まれるように見えるが、製造業では価値が創造されているが、サービス業では価値は想像されていない。
欧米のホームビルダーは、原則「一層下請け」で、現場監督の指揮のもとで各専門工事業者が工事という生産活動を行い、サブコン(サブコントラクター:下請業者)は、そこで必要な材料と労務費の支払いを受けるもので、工事を切り取って請負うものではない。一部にはサブコンがその工事部分を請負うこともあるが、直轄工事との比較で安いときはサブコンに下請けさせることもビルダーの経営の選択としてはある。しかし、重層下請けはしない。日本のように仕事がなくても与信のため、伝票を通過させるだけで粗利の分配に与る商社機能を担う業務はない。
製造業の場合は、材料と労務という仕入れるものの価値に対し、販売する製品の価値が大きく、その差額は、実際の工事により創造される価値(労働価値)である。一方、サービス業はサービスを行う業者の利益と経費が加算されるが、流通サービスにより製品は変化せず、製品の価値は創造されない。流通製品の価格を引き下げるためには、流通経路の中間流通を省略すれば価格は下がるが、提供される製品は変わらない。流通サービスは流通関係業者の利益と経費が「関所の通行税」のように累積され加算される。
建設業法第19条に定める請負工事費の見積額に関しては、建設業法20条で材料と労務の数量と労務の実際の数量とその単価を明らかにすることを定めている。しかし、現状の建設工事請負契約の中では、工事費の内訳は明らかにされず、工事に必要な材料と労務の数量と単価の内訳は、いずれも識別できない見積が行われている。建設工事費見積もりには、工事に要する材料や労務の数量や工事単価は、工事請負契約書の前提になる見積書のどこにも顔を出さない。単位工事の計測表示単位は、対象工事床面積であり、または、「材工一式」の複合単価である。
「材工一式」の複合単価による見積とは、暗号のようなもので、実際の材料も労務の数量も単価もまったく分からないようにした概算工事費である。工事費見積内訳は大手ハウスメーカーの業務関係者のすべてが具体的に工事費の構成内訳を説明できない。「孫子の兵法」の通り、「顧客を欺くためには、社内関係者をも欺いて」いる。複合単価による見積は、建設業法第20条違反は明らかである。この見積もりでは、工事に必要な材料及び建設労務の数量も、買い上げる単価もわからない。そのため、見積書を見ても、現場に納入される材料及び労務の数量も単価も確かめられない。
ハウスメーカーの見積もりは、工事費見積もりの段階で、すべて設計、施工、営業、販売に係る流通サービス経費を分担率として決め、すべて直接工事費に分担させる方法で計算されている。工事費の内訳を隠すための「材工一式」複合単価に便乗して流通サービス経費を一括して回収する単価の決定方法が採用されている。
欧米の工事請負契約や、住宅金融や建設金融での工事費見積もりでは、このような見積書では工事内容を特定できないので、この見積書を前提にして請負契約も締結できないし、住宅金融(消費者向け住宅ローン)も建設金融(建設業者向け建設融資)も認められない。建設業法上で認めていない見積もりが日本国内で横行している理由は、日本政府が公共事業でこの重層下請け構造と「材工一式」の複合単価に依る見積もりを、建設業法違反を承知で実施しているからである。
重層下請けで組み込まれた業者の関心は、その会社に配分される粗利、即ち、サービス業としての流通の粗利だけである。工事の生産性には無関心である。公共事業に関係するすべての下請け業者も建設業協会会員であることが条件とされ、重層下請け構造が建設業協会の会費総額を増大させるカギでもある。そこで直接工事費の名目の裏に隠蔽されている粗利から建設業団体の会費が支出されている。公共事業費は基本的に公共機関が発注する国家財政からの予算で、予算獲得から配分まで国会議員と官僚が予算獲得作業と予算配分権の行使の結果として業者のもとに配分される。予算の獲得から配分までの運動は建設業協会が準備作業行うため、各業者にとっては受注のための営業は、建設業協会への活動とその会費負担である。建設業協会への会費支出は、建設業者の経理では営業経費(サービス業務費)に計上されている。
建設業団体の会計で会費として徴収されている費用は、公共事業費(税金)から捻出され、建設業適正化のための業界指導のための補助金等行政部費と混ぜ、公務員の天下り受け入れ人件費や団体の運営経費または政治献金やとして支出されている。公共事業の重層下請けにより累積される粗利は、公共事業予算(税金)の70%以上にのぼり、公共事業の全体が建設サービス業と扱われている。仮に5層下請けの場合であれば、各下請けの粗利は平均で14%でも累計は70%ある。日本の公共事業費が同じ事業内容であっても、欧米の「一層下請け」が原則の公共事業の事業費の2倍以上の政・官・産の護送船団の財源になっているのはそのためである。日本の住宅産業の経営モデルは日本の公共事業である。

建設業法上認められない工事請負金額と常識を逸脱した工事費単価
欧米でも業者間や、顧客との概算打ち合わせの段階では、概略の工事費を把握するため、「材工一式」の床面積・平方フィート単価で略算することも行われている。日本の住宅産業で複合単価を使うようになっている理由は、公共事業として行われている建設業の見積りが建設業法に違反して行われているからである。しかし、大手ハウスメーカーの複合単価は公共事業の複合単価と基本的に違い、その工事費単価には製造業の単価にサービス業の経費と利益を加算した販売価格用の「総合単価」である。大手ハウスメーカーの単価は住宅の販売価格を計算するための「総合単価」と呼ばれるべき単価である。
「総合単価」とは、住宅設計者、営業担当者、工事担当者のすべてが、住宅販売価格ベースで仕事ができるよう会社として掛った費用と利益を「経費率」として直接工事費と一体不可分の関係で確実に回収する前提で作られた単価である。このような単価は建設業法違反の単価であり、建設工事見積りの単価の概念を逸脱している。実際の建設業者の工事を担当する人にも、単価の内訳はもとより、その単価から直接工事費の額として支出されている額すら全く分からなくされている。要するに重層下請け構造の中間下請けは口銭(経由取引手数料)を手に入れることで、実際の工事費に対する工事内訳(材料と労務の数量と単価)や工事内容の、ムリ、ムダ、ムラを削減することには。現場全体としての関心すらない。
工事請負契約の当事者である建築主に、住宅を建設するために必要とされる材料と建設労務の数量も単価も説明しないで契約させることは、契約相手に「めくら判」を押させることと同じであり、建設業法第20条に違反していることは明らかである。しかし、建設業法を所管している国土交通省が建設業法違反を容認しているから違法状態は改善されることはない。日本の建設業経営では、3つの経営管理業務(原価管理、工程管理、品質管理)専門業務知識として学校教育や社会教育として学習されないだけではなく、建設業者の実務としても欧米のように合理的な業務として実施されていない。
国土交通省は大手ハウスメーカーに建設業法に従わせる経営ではなく、建設業法に違反してもよいことを容認する産業分類のすり替えを行い、建設業法違反により利益を上げる経営を正当化する理屈を考えてきた。建設業法上の工事請負契約額には、建設サービス業とした場合のサービス経費及び利益を計上することは建設業法上できない。欧米でも略算法として複合単価は認めてはいるが、請負代金や金融の根拠とすることは認めていない。日本では公共事業は「材工一式」と呼ばれる略算法で工事費を見積り、国土交通省、金融庁、会計検査院も、信じられないことではあるが、会計検査用の単価を作り上げ、その単価に適合していれば、建設業法に違反した見積りを適法な見積りとみなしている。
「材工一式」の複合単価による見積りは、欧米では見積方法だけではなく、工事請負額や融資額に算定する項目として、サービス業務による費用を建設工事違に算入し回収することは認めていない。直接工事費に諸経費を工事請負契約額の20%算入することは建設業法上認めているが、それは建設製造業としての諸経費であって、サービス業の経費及び利益ではない。サービス業粗利を請負工事費として回収することは、建設業法第19条及び第20条に違反している。日本の建設業法のモデルは、戦後の占領時代に進駐軍が持ち込んだ「アメリカの建設業法」(コモンロウ)である。
「アメリカの建設業法」では、住宅の価値は住宅の直接工事費と、直接工事費の支払いに関係する製造業の諸経費で、住宅の生産によって生まれる価値の創造分として販売価格に算入することは認めている。住宅市場での取引価格は需要と供給とにより決定される変動する市場価格である。その変動する市場価格の平均値が自然価格である。それは直接工事費に建設工事における請負工事費に平均利潤率を乗じた粗利を加算した額である。住宅の取引及び住宅金融は等価交換の原則に立って行わればならない。工事請負額の中に建設サービス業務の費用を入れてはいけないことは、そのサービス費用分の価値が住宅に付加されていないことが理論的に明らかであるからで、サービス業務費用を住宅建設工事価格に転嫁することは不正であり、建設業法違反であるからである。
日本においても同じで、建設業法第20条で定めている建設工事費として見積る費目以外は住宅の価値を形成していないから、建設サービス業の費用を住宅の価値形成の費用として計上することは建設業法上、違法である。同時に複合単価を用いた略算法の形式をとって、サービス業として行った費用を直接工事費の中に隠蔽し、契約額に紛れ込ます欺罔する方法は、詐欺と同じ不正行為である。
大手ハウスメーカーは住宅を販売するにあたって、住宅の販売価格又は建設工事契約額は建設業法第19条及び第20条に定める住宅の価値を表す住宅の価格と相違した説明をしている。「新中古」住宅のように住宅が建設されて以降、未入居の住宅の価格が新築住宅販売価格の50%程度でしか取引されないのは、本当の価値が市場で取引される価格の価値しかないことを証明している。その価値しかない新中古住宅と同じ新築住宅に新中古住宅の2倍相当の高い価格を付けて販売することは、法律上の「詐欺」に該当する。

建設業法と宅地建物取引業法
わが国には不動産流通を扱う宅地建物取引業法がある。そして、宅地建物取引業法では不動産流通サービスを行う際、徴取してよい手数料を定めている。大手ハウスメーカーが住宅価格に混ぜ込んでいる粗利は、通常の不動産取引手数料6%を適正とすることに対し、その10倍に相当する60%もの巨額な粗利益である。不動産取引業法上の過大な取引手数料での住宅営業販売経費ではない。さらに、宅地建物取引業法で定めている不動産取引手数料は住宅価格に含ませられる適正なものではない。

第4章 大手ハウスメーカーの住宅経営の構成要素と住宅原価

設計管理業、建設業、宅地建物取引業
大手ハウスメーカーは、建築士法上の設計監理業者、建設業法上の建設業者、宅地建物取引業法上の宅地建物取引業者を兼ねているとされながら、それぞれの業務区分を分からなくしている。それでいて建築士法、建設業法及び宅地建物取引業法の登録を取り業務を行っているのは、業法上の業務を実施している認識があるからである。その業務範囲は曖昧で、行政監督が無責任に行われ、官民癒着の温床となり、サービス業務費用と不正利益は取引する住宅価格に隠蔽されるようになっている。ハウスメーカーは建設業、設計監理業、不動産取引業の三つの業法に該当していると認識しながら、それらの関係業務法を蹂躙し、行政監督は法律の規定に従っていない。それだけではなく国土交通省がそれらの関係法に従わないで業務を行っている業者を放任し、それらの業者に大量の公務員OBを天下りさせて監督官庁として行うべき監督処分を行われないでいる。
施工業務に関しては、その業務は建設業法で定められ、請負契約の中の見積額が建設業法第20条に違反している。宅地建物取引業務に関しては、大手ハウスメーカーで働く営業マンは事実上、宅地建物取引主任の行うべき業務を行いながら、第15条に違反し、無資格者が圧倒的多数で不動産取引業務が行われ、歩率で定めた手数料の10倍もの手数料が住宅の価格の一部として詐取されている。

設計業務:建築士法
建築士法で最も重要な業務は、建築士法第18条に定める設計及び工事監理業務である。大手ハウスメーカーでは顧客と設計を担当する担当建築士とが顔を合わせることをしない。この設計業務の仕方自体が建築士法第18条の設計の誠実業務違反である。その理由は、設計業務の実態は次のようになっているからである。設計者は顧客と直接面接しその依頼内容を聴き、設計図書を纏める業務である。しかし、ハウスメーカーでは建築士法上の設計業務は行われていない。設計者に代わって営業マンが顧客と設計内容を決定する対応をし、設計業務を無償のサービス業務と顧客の要望に沿った設計を行うと欺罔し実施し、ハウスメーカーが定めた顧客を洗脳する業務をシステム的に行っている。
業務の実際は顧客をハウスメーカーの「差別化」のプログラムの中に囲い込み、洗脳する方策である。顧客の注文に応えてハウスメーカーが作成する設計図は、ハウスメーカーの「差別化」システムの中で、ハウスメーカーごとに作られた利潤最大化を考えた選ばれた材料と工法による設計が最良なものである。顧客は設計者と面会することはなく営業マンのみが顧客に面談し、顧客と設計者の意思伝達を仲介する。設計者は顧客とは全く面会せず、ハウスメーカーで用意したシステムの中からまとめられた設計が顧客の求めているものに対応するプログラムとして作られている。そこでハウスメーカーから提供される設計はハウスメーカーにとって利益のある設計に限定される。
顧客には営業マンが、大手ハウスメーカーが雇用している優秀な建築家が注文住宅を設計すると説明する。実際にハウスメーカーで設計された住宅は、大手ハウスメーカーの「差別化」設計システムの中で可能な物しか設計をしない。そのため、設計作業を何度やり返しても顧客の思い通りにはならず、結局、注文住宅といってもハウスメーカーの提供した範囲での選択でしかなく、顧客の自由な設計は不可能である。そして顧客にはハウスメーカーの設計システムで作成するもの以上の設計はできないと信じ込ませ、準備された「差別化」洗脳設計の中から顧客が選ぶことが最良の設計(選択)であると信じ込ませる。この方法は新興宗教の信者づくりのための洗脳と同じである。ハウスメーカーは営業マンを介して顧客が自分の自由意思で最良の選択をしたと信じさせることで、顧客は優越感をもった差別者に育て上げられ、不利益を与えられても不利益を与えられたと感じないように洗脳される。
ハウスメーカーは顧客の要望には何でも対応はするが、それはハウスメーカーで準備した設計システムの範囲の自由設計でそれを超えるものではない。そのため、顧客の要望に応えたとされる設計内容が「差別化」提案として回答される。しかし、顧客の要望に応えていないことの繰り返しからは、顧客の希望した設計が得られない。この繰り返しにより、逆に、多くの顧客は自分の要求自体が理に叶っていないのではないかと勘違いさせられる。やがて、ハウスメーカーが提供する設計以上に良い選択肢はないと信じ込まされ、ハウスメーカーの「差別化」提案の中から顧客が選んだ設計が最高の設計と信じ込むことになる。顧客は大手ハウスメーカーの優れた設計者が作成した設計の中から自分自身が選択した設計が顧客の希望する最高の注文住宅の設計と勘違いすることになる。
一方、顧客がその希望する設計はできない筈はないと考える場合には、設計作業は継続できなくなり中途で脱落する。大手ハウスメーカーは「差別化」洗脳設計に失敗した顧客を深追いすることは、「敵を作ることになる」ので深追いをしない。当然、それまでに行った設計業務費用の請求はしない。設計業務費用を請求すれば、訴訟になり、会社の不正なやり方が露見するから、会社の経営方針として深追いしない。設計図面を描いた後でも契約に至る者はその10%くらいである。いずれの設計業務費用も無償とされるが、結果的に請負契約をした者が契約しなかった人の分も支払う結果となる。設計業務費用は中途で設計業務を中止した業務に要した費用のすべてが工事請負契約額として回収される。つまり、無償で設計をしてもらった人の設計業務費用も、結果的には請負契約を締結した住宅購入者が支払うことになる。

大手ハウスメーカーの経営構造
バブル経済が崩壊した後の時点で、大手ハウスメーカーが住宅価格を検討したところ、バブル崩壊前まで供給していた住宅販売価格・坪単価は、60万円であった。しかし、バブル崩壊後その価格では販売が不可能と判断され、少なくとも20%以上の販売価格のカットが必要という結論になった。そこでハウスメーカーの経営構造を経営費用負担との関係で調査したところ、ほとんどすべてのハウスメーカーはそのシステムには違いがあるが、いずれも共通して、その構造は、以下4部門に大別され、それぞれの部門が、4分の1ずつの経営規模となっていて、均等の販売価格負担をしていた。

本社部門:会社経営と業務の統括、商品企画、広報、営業、広告、宣伝
営業部門:モデルホームを活用した営業マンを投入した支店、営業所経営
工場部門:構造材料等直接生産部門とOEM(自社製)による他社生産部門からの購入
施工部門:建設現場での直轄または、下請け及び関連業者による工事施工

上記4部門は、それぞれの部分ごとにその部門粗利は20%程度であった。各部門の粗利をゼロにして、やっと販売価格としては、坪48万円にまで下げることができたが、それでは事業を行う意味はない。そこで考えたことは、この4部門を別会社として編成し直す検討であった。4部門を経営上は切り離すが、4部門の関係を生かした業務を実施すると、各部門ではそれぞれ坪当たり15万円の支払いを確保できればよい。その結果は、以下のとおり、これまでの20%の粗利を確保して、販売価格は45万円以下にできる。

本社部門での経営:
顧客が本社の経営方針や広告宣伝に共鳴して住宅を購入しようと本社に押し掛けると、そのシステム全体や販売している住宅情報を分かり易く説明し、高い満足をすることになる。しかし、本社の説明だけ聞く契約では住宅は建設されない、そこで(3)の工場部門から材料を購入し、(4)の施工部門に工事を依頼する。すると(1)の本社部門と工場部門と施工部門が関係するから45万円で住宅は得られることになる。

営業部門での経営:
モデルホームを中心に営業している大手ハウスメーカーでは、(2)の営業部門での経営は部門分割しても行われる。モデルホームでは請負契約をすることまでは行えるが、それ以降の工事は行えない。そこで工事部門と施工部門に出掛け、そこでの業務を依頼することとなる。すると、3部門が関係するから、坪当たり45万円で住宅を造ることができる。

工場部門の経営:
大手ハウスメーカーの材料を取り扱う部門(3)にアプローチすれば、全ての構造材料や造作建材と建具や住宅設備はすべて調達されることになるので、後は(4)の施工部門で組み立てるだけである。すると、住宅生産は、工場部門と施工部門の2部門だけで可能であるから、住宅はその2部門の合計で、坪当たり30万円で住宅を造ることができる。

施工部門の経営:
(4)の施工部門では、そこに構造材料、造作材料、建具や設備材料など、材料さえ持ち込めば、そこで住宅に造り上げる。そこで施工部門が(3)の工場部門と連携できれば、2部門で住宅は供給できる。住宅はその2部門の合計で、坪当たり30万円で住宅供給が可能になる。そこには粗利が20%含まれているとするとネットコストは24万円となる。
実はバブル崩壊後、大手ハウスメーカーの一部では、(3)または(4)の方法を検討した会社がある。地場の工務店は(4)に相当するから、そこに住宅材料一式を坪当たり15万円で販売すれば、これまで同様の利益を確保して十分生き残れるという検討である。

住宅の原価:生産原価
ここで取り上げた大手ハウスメーカーの経営に関するコストアロケイション(配分割合)は、基本的に現在と変わっていない。このときの作業を実施してわかったことは、住宅建設業者として必要な業務は、(3)工場部門(材料の供給)と(4)施工部門(現場での住宅建設)の2部門であって、(1)本社部門および(2)営業部門(サービス業部門)は建設業経営として不可欠な部門ではない。第2章の検討のとおり大手ハウスメーカーは製造業部門とサービス業部門の2部門から構成されていて、それは一体不可分として経営されてきているが、消費者の購買力に応えるならば、この2部門は分離されるべきことが合理的な解決である。欧米のホームビルダーや戦前の日本の大工・工務店はサービス業務を必要としない経営、即ち、製造部門のみにより住宅製造業を構成している。
住宅の原価とは基本的に住宅を製造業と考えた場合の生産原価をいい、大手ハウスメーカーが住宅販売価格に計上している原価は、住宅の生産原価ではなく、営業販売を取り入れた流通販売経費を加算した販売価格である。理論的には、広告・宣伝、営業・販売経費を掛けても、大量販売・大量生産で販売価格を引き下げられる。しかし、現実には大手ハウスメーカーが実施していることは、大量生産、大量販売をしているにもかかわらず、巨額の利潤を得るために、同じ住宅を高額販売する仕組みを構築している。
大手ハウスメーカーと米国のホームビルダーの住宅生産価格とを比較してみると、意外なことに、その工事生産性はほぼ同じで、直接工事費はほぼ同じである。米国のホームビルダーは基本的に建設現場で住宅を生産するが、それより安い住宅を供給している工場で生産し、トレーラーで住宅を建設現場に運送・牽引し、設置するモーバイルホームやモジュールホームと比較して負けないほどの高い生産性を誇っている。
それは米国社会全体として建材、工法の標準化、規格化、単純化、共通化が進んでいるためである。そして、建設現場における建設業経営管理技術(CM:コンストラクションマネジメント、建設業経営管理技術)が進んでいて、ムリ、ムダ、ムラが徹底して高生産性の建設工事がCM(建設業経営管理技術)により実践されているためである。
それに比較して日本の大手ハウスメーカーの住宅は、すべてのメーカーごとに固有の高い生産性を誇るプラモデル組立モデルシステムであり、生産から販売までのすべてのプロセスに徹底され、他社との互換性は全くない。各社とも他社との違いが自社の優秀性であると説明し、高い販売価格の根拠としている。ハウスメーカー相互の比較は、それぞれが違っているため比較は困難であるが、各メーカーの価格比較を難しくしている。
生産のシステムはプラモデルと基本的に同じで、労賃の安い単能工を使った住宅部品を組み立てるものである。生産システムは単純化され、工事業者は休むことなく仕事をすることが要求され、賃金総額を確保するために低賃金の労働強化で高い生産性が挙げられる。生産性の高さはハウスメーカーごとに作成され、米国と比べ遜色がない。住宅の生産性自体には米国の生産性と同じであるから、住宅の生産原価はほぼ同じである。しかし、住宅の販売価格は日本の2倍以上になっている。その理由は住宅の生産原価と同額以上の営業販売サービス業の原価が加算されているためである。結果として、差別を受けた住宅購入者が、高額の住宅価格が住宅の価値を裏付けていると欺罔する住宅費のすべてを負担し、結果的に住宅購入者が経済的損失を被ることになる。
米国の場合には技能水準に合せて賃金が上昇し、単なる労働者(時給8ドル)から親方(フォアマン時給50ドル)まで7倍近い賃金差があり、労働者は高い賃金を得ようと技能を高める努力をするため、職人の仕事へのこだわりが大きい。日本の場合は単能工で賃金はほぼ一律である。使い捨ての労働者であるため、職能として生涯の仕事としようとはしない。そこに職人が育てられていない日本の工務店の産業基盤の脆弱さが現わしている。

住宅の生産原価と販売価格
ハウスメーカーが消費者と請負契約を締結するときの工事請負額は、住宅販売価格であり、住宅の生産原価に住宅サービス業原価を加算したものである。その工事内訳書は、流通サービス費を隠蔽した材工一式の複合単価で見積もられたように工事見積書がつけられている。その記載方法は工事の詳細内訳とし細分化した工事区分ごとに費用が計上され工事内訳が分かる体裁をとっている。しかし、その見積書からどの細分化工事部分を見ても、工事に使用される材料の量、労務量及びそれぞれの工事単価も全くわからない。
ハウスメーカーの現場監督さえ、その工事内訳を顧客に説明することができない。細分化された工事それぞれが「一式」として工事単位ごとに工事費をまとめて記載するか、住宅床面積単位ごとの単価として各細分化された工事ごとの価格が記載され、それに重層して下請けされる都度、粗利が累積され、それに対象床面積を乗じて工事総額を計算する見積方式である。一見、詳細に説明されているようで、その見積書からは使用される材料も労務者の品質も単価のいずれも見積書からは全く分からくされている。
実際の住宅建設をするためには、細分化された構成工事ごとに組み立てて行く訳であるから、工場または建材店から材料を出荷するときは、数量はすべて正確に計算され、建設現場に納品されるときも、数量は正確に確認されている。工業化住宅を建設現場で組み立てるとき、その作業に必要な材料と組立工事用の労働者が何人必要であるかは事前に検討し計画されている。工事を請負う下請業者は大手ハウスメーカーから計画された施工人数を教えられ施工訓練を受け下請け業者ごとの競争に晒され、請負契約内容よりもさらに高い生産性を挙げて工事を実施している。しかし、工事現場で分かっている工事の内訳は、顧客はもとより、営業マンにも、全く、分からなくされている。その理由こそ、建設業者にとって知られたくない不正が隠されているからである。営業マンが知っている情報は顧客にその情報を漏らす危険があり、営業マン自身が実態を知れば、その見積もりの不正に驚き、業務を放棄するかもしれない。
ハウスメーカーの住宅を1戸の住宅に組立てる下請け工事業者の工事の速さは、東日本大震災の仮設住宅と比較しても遜色のない速さである。集合住宅ではないので1戸当たりの組み立てには数日を要しているが、集合住宅では1日1戸程度の高い生産性を誇っている。それは賃貸マンションと呼ばれる集合住宅に現れている。そのように高い生産性で住宅を建設するためには、顧客の多様なニーズをハウスメーカーの準備したシステムに適合するようにまとめることは不可能である。顧客の要求を流れ作業の工事になるようにまとめる仕事が設計である。つまり、大手ハウスメーカーの準備した既成のシステムに合わせて個人のニーズを合わせる業務が設計である。顧客が設計内容を決定するとき、すべて顧客が希望するニーズに応える体裁を取り、ハウスメーカーの固有の設計システムによりハウスメーカーの設計部でまとめた作業成果を顧客が選択する方法が採られている。
グローバライゼイションの進行による先進工業国と発展途上国の賃金水準が平準化する方向に向かう結果、消費者の購買力(所得)自体が縮小し、ハウスメーカーの経営を継続することは困難になっていき、ハウスメーカー内部ではバブル崩壊時と同じ検討がなされざるを得ない。その結論は、製造部門とサービス部門の切り離しである。ハウスメーカーは工場部門に特化し、地方の施工部門とネットでつなぐことができれば生き残れるし、それができなければ、ハウスメーカーには、分解の途しか残されていない。

「差別化」というマインドコントロール
そこで登場する選択が「差別化」である。ハウスメーカーの提案は基本的には高生産性を上げる条件下で、過去のものや他社と違う提案で、その材料や工法を価格的に比較できない特殊な方法を「高級仕様」と顧客に提案し、高い価格でもその理由が分からないようにしている。顧客がハウスメーカーの提案と違う方法を行うように拘ると、注文設計であるから対応はできるが、それは特殊な方法であるから特別注文となり、部品はすべてOEM(オリジナル・イクイプトメント・マニュファクチャ)の特別製作となるので、価格は驚くほど高くなると説明する。その説明はあながち間違ってはおらず、ハウスメーカーの利益獲得の手法で製造すれば、説明通りの高価格になる。「差別化」戦略の目指すところは二つの条件であり、それを顧客に信じ込ませることである。

第1の条件:ハウスメーカーの意匠と材料と工法の提案が最も合理的で優れた設計である
第2の条件:大手ハウスメーカーで開発した生産システムが優れた品質の住宅を実現する

以上の二つの条件は一体不可分の関係をもち、設計業務上の絶対条件である。
第1の条件は、顧客に目視や数値を使って差別を感じさせ、顧客を自宅に「差別化」で優越感を持つ差別者に育て上げることは、顧客を洗脳するための「設計の必要条件」である。
第2の条件は、大手ハウスメーカーの製造業者としての利潤の源泉が生産性にある。生産性を高めることは顧客を信じ込ませるため「設計システムの具備すべき十分条件」である。

以上の二つの条件は、すべての顧客に受け入れられるわけではない。大手ハウスメーカーはその条件を受け入れられる顧客を獲得することで、十分事業が成り立つ経営の枠組みで事業を実施している。かつて、カルロスゴーンが日産の再建策を実施したとき、「万人に求められる日産自動車ではなく、日産のデザインの好きな顧客の満足を高める自動車」として「日産Z]のデザインを開発した。それは自動車市場の中でのシェアーの拡大ではなく、日産デザインの基礎支持者依存の経営である。この合理的なカルロスゴーンの経営方法を、巨額な不正利益獲得のために実践しているのが大手ハウスメーカーである。
その経営の最大の動機付けが「差別化」である。「差別化」の目的は、憲法第14条に違反し、顧客に差別意識を育て、顧客を差別者につくりあげ、住宅を高額販売することである。洗脳された差別者を育成することが大手ハウスメーカーの信奉者をつくることになり、経営基盤を拡大する。顧客は、大手ハウスメーカーの設計システムを使った作業を顧客の要求実現のため、何度もやり直させて、結局、上記1の条件、「顧客自身の判断で、より良い選択をした」と感じさせ、上記2の条件に叶った設計作業が終わるように組み立てられる。その結果、「大手ハウスメーカーは顧客を差別者に洗脳し」、顧客を、「時間をかけて、自分が最良の選択をした」と優越感を抱くように育て上げて行く。
顧客に優越感による満足を抱かせることが設計業務の最大の目的である。設計の過程で顧客を完全にマインドコントロール(洗脳)してしまえば、「高い価格の住宅を、価値が高い優れた住宅」と信じ込ませることができる。外部から「住宅の価格が高過ぎる」と言われても、それは「価値が高いから当然」と、「批判ではなく、評価」と受け止められるようになる。このマインドコントロールに成功すれば、建設後10年程度、顧客はそのマインドコントロールから解放されることはなく、逆に自分の住宅に誇りを持ち、他人の住宅と比較して「差別」をし、優越感に耽ることになる。
ハウスメーカーにおける設計作業は住宅を高額で販売するためだけではなく、顧客が自ら進んで購入した住宅を購入者自身が「優れた住宅」と信じ、ハウスメーカーの営業販売の支援をするようになる。そして、顧客は実際に高額な住宅を購入して、その住宅を売却しなければならなくなったとき、購入価格の半額でしか売却できなくなっても、「価値の2倍の価格で買わされた」事実を認めようとしない。現実を認めざるを得なくなったとき、その傷を癒すため、減価償却理論を信じ、値下がり販売になっても自分が騙された事実を認めたがらない。結果的にこれらの住宅を売却しなければならない場合以外には、中古市場に登場することはなく、顧客とともに老朽するに任せられるか、相続され建て替えされることになる。そのため、顧客は自分の住宅の価値である中古住宅価格を知ることはなく、住宅は取り壊され、同じ大手ハウスメーカーの住宅に建て替えることで、自分の住宅選択の誇りを維持することなる。

第5章 住宅の販売価格と住宅ローン

米国の住宅ローン額
住宅ローンの担保に関し、日本以外の国はすべて米国と同じモーゲージローン(抵当金融:等価交換金融)である。日本だけがクレジットローン(信用金融:不等価交換金融)である。米国では住宅を購入するため日本と同様に住宅ローンを組むことになるが、住宅ローンは住宅の価値相当額で、かつ、住宅購入者の家計費支出で適正負担ができる月収の30%以内または年収の3倍以下を限度である最近では個人の年収が頭打ちになり、共働きが一般化し、より高額な住宅取得のため、住宅取得価格は世帯年収の30%以内になっている。住宅取得の目的は家族が幸せになるためであるにもかかわらず、住宅ローンが家計支出を圧迫し過ぎては返済不能事故の原因になっている。
住宅金融機関は融資対象とする住宅不動産を担保としてローンを行うため、金融機関は住宅不動産の価値を不動産鑑定評価制度に基づいて鑑定評価し、住宅の担保価値が住宅ローン額以上に上昇することを前提にローンを実施する。モーゲージに対するFHA(連邦住宅庁)の債務保証が始まった1934年の当時、経年しても顧客が付いてくる住宅としてクラシック様式が融資条件とされていた時代があった。住宅の資産価値が上昇することは金融機関に取って担保価値が高まることで資産価値評価には金融機関の関心は高い。住宅の価値が下落することは、金融機関にとって担保割れ融資を行うことになり、資産価値が下落する住宅に融資することはやってはならないことである。
住宅ローン借受人がローン返済できなくなったときは、金融機関は担保とされた住宅不動産を差し押さえることで住宅ローン債務は相殺される。このように担保以上に債務の追及を行わない債権担保をモーゲージと言う。モーゲージ金融を等価交換金融とも言い、ノンリコースローン(非追及融資)ともいう。モーゲージとはモルト(死ぬ)と担保(ゲージ)との合成語(モルトゲージ)で、住宅ローン返済不能になったとき、担保(住宅不動産)は債権者である金融機関に押さえられて、その段階で融資担保の性格は死ぬことで、債務も担保のモーゲージの執行により相殺される意味である。
金融機関が融資する額の上限は、担保額までの融資が行われる限り、金融機関にリスクはない。モーゲージの場合はローン返済不能事故が起きたときには、金融機関はモーゲージを実行することになる。モーゲージの実行は融資対象物件(住宅不動産)を差し押さえ、それを住宅市場で売却し債権の回収を行うことである。そのため、金融機関はモーゲージローンを行うに当っては、融資対象物件の不動産鑑定評価を行い、融資期間内の価格変動を考慮し融資対象住宅不動産を担保に押さえ、融資額を決定する。
モーゲージによる融資額は、直接工事費(土地費、材料費、建設労務費)に限定される。
建設業者が住宅を売却して手にする20%の粗利は融資対象にはされるが、融資額には含まれない。建設業者が手にする粗利分は金融機関が債権回収をするために、モーゲージを実行するときの不動産売却手数料として使われる。融資額として回収可能と考えられる純(ネット)回収額は、土地費、材料費及び建設労務費の直接工事費に限定される。
一般的には、モーゲージが金融機関に実行される以前に、債務者は住宅不動産を売却して債務を支払う。担保割れをしていない限り、自分で処分した方が債務者にとって利益が多く残るからである。通常の場合、住宅購入者はモーゲージを金融機関に与えて住宅ローンを受けるので、住宅の価値評価はモーゲージの際にその実行に先立って不動産鑑定評価をうけることになる。
金融機関が手に入れたモーゲージに対し、連邦住宅庁(FHA)がその対象物件を審査し、政府の債務保証を与える。FNMA(ファニーニーメイ)が金融機関から買い上げたモーゲージを最終的には政府保証証券(MBS:モーゲージ・バックド・セキュリティ)として金融2次市場で売却し、住宅ローンで金融機関が融資した資金を回収し、MBSは金融市場で金融商品に組み入れられ証券市場で取引されることになる。
日本でも米国に倣ってMBSが住宅金融支援機構から米国のMBSと同じものと説明されて発行されている。しかし、日本のMBSの信用は個人信用でMBS自身の保有する価値ではない。その元となっている住宅ローン自体に「自己破産」のような債権追及のできない事故が多発した場合には、日本のMBSは軸で制度を維持できず、政府の後ろ盾を期待することになる。その点で基本的に米国のMBSとは異質な金融商品である。

日本政府の容認する住宅ローン額
日本の住宅ローンは政府機関として旧住宅金融公庫が実施していた融資方法をそのまま踏襲している。この融資制度は住宅の資産価値を評価することができなかった時代に産業労働者住宅(社宅)を目的に必要な建設工事費を融資するために始まったものである。個人融資は、産業労働者企業向け融資を一般個人にまで拡大した金融で、住宅を建設する必要のある人に住宅建設資金を貸し出すことを目的にしたものであった。この制度は融資の対象とする住宅の不動産取引を前提に融資対象住宅の資産価値を担保にすると考えた制度ではなかった。そのため、あくまでも産業労働者用住宅(社宅)の建設費融資であったが、地震売買の被害に遭わないよう、融資条件として住宅の敷地には抵当権を設定し、さらに、事業主を連帯保証人することを条件にした。
しかし、個人住宅融資で、担保として親戚縁者を連帯保証人にした場合、担保は連帯保証人が支払えない場合、借受人の債務の無限責任が連帯保証人関係者に及んだ。そして社会問題に拡大したため、連帯保証人になり手がなくなり、連帯保証人に代えて融資額と同額以上の団体生命保険に加入することを融資条件にした。大都市のように地価が高いところでは住宅価格と土地費はほぼ同額以上の場合も稀ではなく、結果的に、住宅とその敷地に加えて生命保険まで担保に押さえられると、担保総額は住宅販売価格の約3倍の額になった。このような巨大な担保は明らかに不等価金融を国民に強いる『ベニスの商人』並みの過酷な融資で、憲法第14条違反し、融資対象住宅の販売価格の3倍(価値の6倍)に上る担保融資で、公正な住宅金融ではない。
住宅金融公庫は国の住宅政策として進める政策融資である。大手ハウスメーカーはその政策によって割増融資を受け事業を拡大してきた。住宅金融公庫が行った割増融資制度は居住水準の向上や工業化住宅の促進等の目的をもった政策融資であって、住宅の価値を根拠に行われたものではなかった。最初は標準建設費により融資上限が抑えられていたが、やがて標準建設費の縛りは緩められ、最終的には住宅建設業者が決定した請負契約額を対象に融資が行われるようになった。住宅を建設する人に対する金融支援の考え方で始まった融資で、住宅資産の形成の考え方に立つものではなかった。
住宅金融公庫は審査業務を住宅の見積や不動産価値評価基準ではなく、建設性能基準に照らして行っているだけで、「性能が高いから、価値が高い」と勘違いさせる「差別化」の原因をつくることになった。さらに、大手ハウスメーカーは「住宅金融公庫融資付き」を住宅の価値保証の安心証に使い、一般国民は住宅金融公庫が住宅の価値を審査し、その価値を担保して融資を行っていると勘違いさせられていた。割増融資に関し、住宅金融公庫は住宅品質確保促進法が制定されて以降は、高性能に対し高割増融資を行い、その政策に足並みを合わせ、御用学者は「政府が『品質』という価値を評価することになったので、高い価格付けの『差別化』ができる」と説明を行い、ハウスメーカーの「差別化」による高価格販売を正当化した。
住宅品質確保促進法は住宅のうちの一部の品質を評価したものであって、住宅の経済価値を計測したものではない。住宅の品質はそれぞれの品質ごとの計測尺度で評価できても、価格という経済的価値尺度で計測できるわけではない。品質が高いから高い価格付けをしてもよい理由はないが、品質が高ければ高い価格付けをしてよいことにしてしまった。

日本の住宅ローンの不当性
日本の住宅ローンは世界で最長期間の融資期間を認め、住宅購入者にローン痛を軽減する代わりに生涯に亘りローン痛から解放させない政策を採り高額な住宅販売を支援してきた。大手ハウスメーカーは金融機関が販売価格と同額のローンを行うようにさせることで高額の住宅を買えるようにしている。その結果、金融機関がハウスメーカーを支援し、また、住宅販売価格を全額融資対象とすることで、住宅購入者の購買力を支援しているように見える。しかし、融資の実態はそれとは逆で、ハウスメーカーの住宅価格を追認し、販売を容易にし、住宅の価値の2.5倍以上の融資を行う金融機関の利潤追求のために行われている。ハウスメーカーの住宅価格は住宅の価値ではなく、製造弁化に広告・宣伝、営業・販売サービス費用を加算して回収した販売価格である。ハウスメーカーの設定した販売額はモーゲージローンの場合の2.5倍以上となる。その額は住宅の直接工事費の2.5倍の価格を対象に融資がされている。
住宅販売価格は住宅の価値と乖離した額でありながら、住宅ローンが行われることで消費者の購買能力を高めさせ、高額な住宅を不等価交換により顧客に購買させることができた。金融機関は住宅の価値と乖離した価格の金融を行っても、金融機関は等価交換融資(モーゲージ)額の約2.5倍に融資を行っても、住宅の価値の約6倍の額の担保を押さえているため、金融機関には融資リスクはない。住宅のような高額な金融を住宅の不動産価値を鑑定評価しないで、巨額な担保を押さえ、ハウスメーカーの言いなりの融資をクレジットローン(個人信用)で実施している国は、世界中に日本以外に存在しない。
わが国のバブル経済が崩壊したとき、住宅ローン返済のために自殺を教唆され、自殺が多発したため、生命保険会社が数社倒産した。金融機関は債務者の所に出掛け、「ローン借主は失業し、所得を失い、ローン返済ができない。小さな借家に住み替えてもローン返済額は減らず、住宅を売却しても売却益はローン額の3割にもならない。いざというときのために加入した生命保険を使えば、妻子の住宅は確保され、失業者となったあなたの食い扶持も減らせられる」と自殺を教唆した話をいくつも聞かされた。そのとき、自殺の仕方まで教唆せず、自殺をすれば問題解決になると勘違いさせ、債務者が交通事故など第3者に損害が及ぶ事故を起こす自殺の場合、生命保険金は支払い優先順位の高い支払の弁済に回され、住宅ローン弁済には充当されない。
そこで、バブル経済崩壊時代に住宅金融公庫に出掛け「住宅金融公庫は政府の金融機関であるからローン返済不能者を自殺に追い込まないで自己破産を選ばせるべきではないか」と意見した。ところが、担当者は、「金融機関としては債務弁済を免除する方法(自己破産)は、口が裂けても勧められない」と断言した。しかし、最近は、「自殺するよりは、自己破産を選ぶ者が増えてきた。」といわれる。自己破産の場合には発生した損失は金融機関が損失を被ることになる。住宅金融公庫は、金融機関である前に、政府の住宅政策の執行機関である。国民のことをまず基本に考えていないところに日本の住宅政策の問題がある。

第6章 「企業の利益追求から居住者に豊かさを与える」住宅産業へ

大手ハウスメーカーによる住宅販売
ハウスメーカーの住宅経営の方法は、「差別化」による営業は憲法第14条に定める平等の原則に違反する住宅販売で、住宅購入者を欺罔して、実際の価値の約2倍の価格で住宅を販売するものである。住宅設計、施工及び販売の業務は、国土交通省が所管する建築士法、建設業法及び宅地建物取引業法に違反して住宅の価格を不等価交換による販売価格、住宅ローン契約額として行われているもので、憲法第14条の違反ある。
ハウスメーカーが行っている「差別化」で優れているとされることは、いずれも意匠、機能、性能の性質の違い、または、材料、工法、設備器具のような部分の違いを顧客に分かり易く説明していることである。効用の違いは計測する尺度に照らし、性能の優劣を計測できる。しかし、その効用(使用価値)の違いを住宅の価格で計測できない。しかし、ハウスメーカーが行う住宅販売は、巨額な広告宣伝費と営業販売費を使う市場を独占支配する営業販売で、適正な自由市場を形成する需給関係に立った営業とは言えない。
住宅不動産の価値を計測する方法を不動産鑑定評価制度と言い、不動産取引、金融担保、課税標準、相続等に利用されるものである。その評価は経済環境や取引条件によって変動するもの(市場価格)である。欧米では住宅不動産は、土地の建築的加工をした「土地と住宅は一体不可分の不動産」として社会科学的な合理的な価値評価の技法として扱われ、次の3つの方法で計測している。日本の不動産鑑定評価制度と同じ用語が使われているが、内容は全く違い、以下に示す3種類の欧米の不動産鑑定評価制度(アプレイザル)とは似て非なるものである。

1.原価方式(コストアプローチ)
2.相対的販売価格比較方式(レラティブセールスプライスコンパリソンアプローチ)
3.利益資本還元方式(インテレストキャピタライジングアプローチ)

日本の不動産鑑定評価制度は土地と建物を別の不動産とする非科学的であるだけではなく、建築物には減価償却理論を持ち込み、トレンドを延長した非科学的なものを鑑定評価者の経験主義で修正する恣意性の高いものである。それは、社会的に受け容れられる建設業法第20条で規定している工事見積額(土地費、材料費、労務費及び諸経費)とは違い、取引事例に大きく影響された業界の相場に左右されたものである。
一方、日本の大手ハウスメーカーの住宅販売価格は、建設業法上の工事請負契約額として表示せれてはいるが、建設業法第20条に定める見積額とは違っている。行われている建設工事費の計算においては、重層下請けを前提にした各重層段階の粗利を累積し、材料と労務費の合計額として計算したものに、住宅展示場を利用した広告・宣伝、営業・販売、集客、設計、成約に要した会社全体で掛けたサービス業務経費の合算である。
工事費見積りの内訳は、建設工事業関係の工事単価と住宅の販売流通サービス関係の単価とが不可分一体の総合単価としてまとめられている。このように建設工事と販売流通サービス関係の費用をもとにした工事請負契約額を、材料費と工事費をもとにした「材工一式」の複合単価であると称し、市場の相場観と経験主義に立って修正し見積書を作成するが、建設業法上の工事費とは「似て非なるもの」である。確かに大手ハウスメーカーをマクロ的経営視点から見れば、住宅の製造および販売に要した費用を住宅販売床面積単価に纏めた単価にすれば、見積書どおりの結果になる。しかし、それは流通販売に掛けた費用を販売価格で回収するという前提で作った単価であって、住宅の建設工事費ではない。住宅の建設工事費でもない費用を混ぜ込んで、住宅建設工事費として取り上げる行為は、建設業法で定めた工事見積費用を欺罔するものである。

中古住宅価格に現れた新築住宅価格の矛盾
大手ハウスメーカーの中古住宅価格が新築住宅価格の半額になる理由は、新築住宅価格が住宅の経済的価値を表しておらず、住宅サービス業として流通サービス業務に要した費用を全額販売価格で回収した結果、住宅販売価格が住宅の価値の約2.5倍になっているためである。政府は長期優良住宅制度等で、性能表示や瑕疵担保履行等のサービスによる「差別化」政策を推進し、住宅の価格操作を正当化してきた。「差別化」住宅販売政策は、他社との違いをもって、自社の住宅を優秀な住宅と信じ込ませ、高性能であれば価値は高いと説明し、高価格を正当化する民法および刑法で定義する詐欺商売にあたる。性能表示で高性能である評価は事実であっても、それは性能が評価されたとおりの水準であると説明するだけで、住宅の経済的価値が高いことを説明していない。
意匠、性能、機能という効用を、経済学では「使用価値」と定義している。その効用はそれぞれの効用を計測する指標で評価するが金額では評価できない。それを国の性能表示制度の説明に当たって、「性能と言う(使用)価値を国が認めたから、その住宅を高額で販売することができるようになった」と工業化住宅推進関係御用学者が説明した。使用価値(効用)と価値(経済価値)は全く異質の価値であるが、それを混同して使用価値が高いから、住宅販売価格を高くできるとする「差別化」は、価値の欺罔である。
政府が住宅産業に積極的に「差別化」戦略を推進することは、政府が犯罪に手を貸すことである。「差別化」の結果、住宅をその経済的価値と乖離した価格で購入した消費者は、購入価格で、その購入した住宅を売却できない。国民が詐欺商売に遭ったことが問題になったとき、政府は大手ハウスメーカーの「差別化」詐欺商売の不当性を是正するべきであった。しかし、政府は「差別化」経営を推奨し、逆に、新築住宅が詐欺価格であることを隠蔽する言い訳をするために減価償却理論を持ち出した。
日本の新築住宅価格は欧米で行われている不動産鑑定評価制度には全くなじまない経済的合理性をもたない価格設定である。そのために、中古住宅価格では需要と供給の市場原理に晒されるために、一挙に住宅の経済的価値が「中古住宅価格」として露出することになる。その矛盾を減価償却理論で説明をしようとした結果、逆に、事態が一層複雑化した。

供給目的を果たした政府施策住宅の問題
住宅販売にもう一つ大きな問題を投げかけたのが住宅金融政策である。現在の住宅金融は、住宅金融公庫による住宅金融を基本的に踏襲したものであった。住宅金融公庫による融資は、当初産業用労働者向け住宅(社宅)を建設する企業(法人)に住宅建設資金が必要であるから融資をするもので、住宅購入者個人の住宅資産形成を目的に融資をするものではなかった。住宅金融公庫は発足以来、軍需産業用社宅が供給の中心で、融資対象の住宅を差し押さえて、それを売却して貸金を回収する考えはなかった。このときの住宅金融制度は、社宅を供給した産業から貸したお金を確実に返してもらうことで、担保に取った住宅を売却して貸金を回収するものではなかった。その住宅ローンの出発点が融資対象とする個人住宅を担保に押さええる欧米の融資と違っていた。金融は担保と融資額とがバランスしなければ等価交換金融にはならない。
その社宅の融資制度は、土地と住宅一体の不動産担保融資ではなく、企業(法人)に対する社宅建設資金融資で、住宅の市場価値を問題にせず、社宅建設に掛った貸金の回収を目的にしていた。そのため、担保に住宅の建設されている土地とともに、社宅事業主を連帯保証人にした。そこでは住宅自体の資産価値は重視されず、融資の担保は融資借受人の信用が担保とされ、企業経営者はその連帯保証人として債務を担保した。住宅金融国庫は社宅以外に対しても、連帯保証人の制度を個人住宅融資制度に組み込んだ結果、負債の連鎖を生む事故が拡大し、連帯保証人制度自体が行き詰った。
そこで連帯保証人制度に代えて、融資額と同額以上の団体生命保険にされた。供給している住宅自体が社宅から個人住宅になり、個人の資産の視点で住宅を見るように変わってきた。しかし、既存の住宅金融公庫融資は公庫自身にとって、あまりにも利益が大きい融資制度であったため、住宅金融公庫の債権回収方法を債務者からの債務の取立てから融資対処物を債権として差し押さえる等価交換金融(モーゲージ)には変えなかった。
高度経済成長で地価の高騰も関係し、住宅ローンの担保として金融機関が押さえた土地担保は住宅と同額にのぼり、さらに、融資を受けた個人の住宅融資相当額以上の生命保険を押さえることになったため、住宅金融公庫は「どれだけ融資しても、融資リスクは生まれない」ことになった。担保資産を合算すると担保総額は融資額の3倍もの担保総額になった。そこで割増融資という政策金融を更に拡大し不等価金融によるハウスメーカーの差別化政策を支援することになった。
それは住宅購入者の利益を毀損して住宅金融公庫の「融資額の3倍以上の担保を取り、貸出金額を最大化する」利益を守る融資制度の維持にこだわったためである。そのため、住宅販売は住宅の経済価値を根拠にする融資ではなく、「差別化」を利用した憲法第14条に違反する「不等価交換販売・金融」になってしまった。金融機関は住宅ローンを行いながらも融資対象となる住宅の資産価値を評価しないで、融資額の3倍近い担保を押さえた歯止めのきかない貸金業融資となっていた。このような過大な担保融資でリスクがないため、大手ハウスメーカーの希望通りの価値の2倍の販売価格の過大融資を行ってきた。

使い捨て住宅の考え方からの脱皮
政府施策住宅の考え方は、基本的に戦後の朝鮮戦争と同時に始まった米軍の兵站基地としての役割を果たすために、産業労働者住宅の供給という応急住宅供給から始まり、その政策がそのまま日本の経済復興政策として実施された。現在、住宅は過剰となり、多数の空き家が生まれているが、国民はそれらの住宅には満足せず、戦後の経済成長のための応急的に供給された政府施策住宅をスクラップ・アンド・ビルドによって、国民は永住することのできる住宅環境の整備された住宅供給を求めている。住宅供給のされ方も応急復興住宅の量的供給に続いて住宅産業政策が産業にとって高い利益の得られる経済政策として展開された。その結果、国民の豊かな生活実現の視点は2義的に扱われ、大手ハウスメーカーと住宅金融機関との連携で住宅の不動産価値が低くても、「差別化」により住宅の高額販売を実施する取り組みが実施されてきた。
都市開発としては高額で豪華な施設や高額な住宅で形成された住宅地が供給されることになった。その中には欧米では普通になっている英国のニュータウンを基礎にした住宅地経営が行われている事例がいまだ生まれていない。どの住宅地も住宅産業が売却利益を挙げるための不動産事業として実施されてきたが、売却時点までで住宅産業と顧客との関係は切れてしまう。住民の自治による住宅地経営業務も、専門の住宅地経営業務を行うストックの資産価値を高める産業自体は存在していない。
日本の住宅政策と住宅産業政策は一貫してハウメーカーと住宅金融機関の利益本位での「フローとして住宅政策」である。ハウスメーカーや住宅金融機関の利潤追求中心の新築重視の住宅供給産業政策の視点である。一方、欧米の住宅政策は「住宅を持つことで個人の資産形成」を実現する既存住宅中心の住宅地環境(ストック中心)の考え方である。欧米の住宅の現状と比較して日本に欠落している見方は、住宅や住宅地を人びとの生活文化を歴史軸の中で捉え、住んでいる人がいつも高い満足を感じて生活する場として住宅地経営をする人文科学的の視点であり、住宅地の経営管理を行う視点である。

欧米社会の住宅による資産形成の考え方
欧米社会の考え方は、住宅・建築・都市は都市計画として将来の都市のあるべき姿をその土地の過去から未来に向けての市民の合意形成された連続性をもった空間づくりのマスター・プラン(基本計画)とアーキテクチュラル・ガイド・ライン(建築設計指針)に従って住宅・建築・都市を建設し、善良な管理と修繕・維持管理をすることで未来営業に利用する。それぞれの時代に生活する人が満足できる空間として利用する減価償却せず、推定再建築費として評価され、物価上昇以上に資産価値が上昇する資産である。リモデリングは重要な資産投資と考えられ、不動産鑑定評価制度は「ストック住宅の考え方」でもある。
これまで日本で進めてきた生産者、又は販売者の立場で利益を獲得するブローカー(不動産取引業者)の取引利益を最大にしようとする「フローの住宅の考え方」ではない。「フローの住宅」では、住宅購入者にその住宅の価値が高いと信じ込ませるための営業が重要であると考えられ、その手段として「差別化」が取り上げられてきた。「差別化」は結果的に不等価交換による不正利益を上げることになっている。不動産の価値を等価交換の原則で計測する方法が不動産鑑定評価法(アプレイザル)である。日本の「不動産鑑定評価」は、欧米のものとは「似て非なるものである。
欧米のストック中心の住宅政策の考え方は、そこに生活する人々の成長という歴史軸を入れ、住宅地を計画し維持管理する人文科学の考え方である。住宅・建築・都市空間に住んでいる人たちの生活要求は、時々刻々と変化し、それに対応して生活要求を高めている。国民が憧れる売り手市場を維持する住宅で生活することが既存住宅地の経営管理を行い、住宅不動産の資産価値を物価上昇以上に高めることになる資産増殖方法になっている。顧客が購入したい状態に不動産を維持管理しなければならない欧米の考え方が、修繕・維持管理をストック投資と位置付け、不動産鑑定評価制度にも反映されている。

第3部    マンション建て替え事業と日本国憲法

第1章 マンション建て替え事業の建築構造上の正当性

日本のマンション建て替え事業の異常さ
戦後日本は焼夷弾弾により日本の木造市街地が焼失した苦い経験に懲りて、戦災の経験に立ち、「不燃都市の建設」を国家の目標に掲げてきた。木造建築を排斥し、コンクリートブロックや鉄筋コンクリート造アパート建設を遮二無二に建設してきた。木造住宅の外壁に土塗り壁を造り、屋根に鉄板を葺き、延焼対策をした木造住宅を「非木造住宅」の範疇に区分し、軽量鉄骨構造や鉄板や石綿スレート板などの不燃材で外壁被覆した住宅を「不燃組み立て住宅」と呼んで都市不燃化に取り組んだ。その中で、融資額を高めて推奨した鉄筋コンクリート造住宅は、「高嶺の花」であった。
日本では防耐火性能の高い住宅を建設しようとした戦後から、1955年に日本住宅公団が設立され、基本的に鉄筋コンクリート造で住宅を造るようになって以降、公共賃貸住宅及び共同分譲住宅のほとんどすべては、鉄筋コンクリート造共同住宅(「マンション」とも呼ぶ)で造られてきた。その後、高層、超高層住宅には鉄骨造や鉄骨コンクリート造共同住宅も建設されたが、中高層マンションの大多数は鉄筋コンクリート造である。ここで扱う「マンション建て替え事業」の対象は、中層鉄筋コンクリート造共同住宅である。これ等の住宅は住宅政策上、建設当初、建て替えされることは、誰も考えていなかった。
日本では鉄筋コンクリート造共同住宅の物理的な寿命(耐久性)が、政府や御用学者の発言の中で根拠も示されないで70年とされたが、今では無責任にも科学的根拠も薄弱な説明で60年足らずとも言われている。しかし、古代ローマ時代に造られたAD2世紀に建てられたローマのパンテオン等に象徴されるように、無筋コンクリート造建築物の寿命は石造などの組積造と同様、骨材をセメントで一体の構造体に造ったものである。理論的、経験的にコンクリート造の寿命は骨材の寿命と同じで無限と考えられ、これらの建築物は現在でも理論どおり健在である。西欧で19世紀後半に一般化した鉄筋コンクリート造は適正に造ったコンクリートは耐水材料であるので、鉄筋が耐水材料のコンクリートで被覆され腐食されないことは建設が始まって以来、200年程度の耐久性の実績がある。組積造同様、これからの使われ続ける恒久的な建築物と技術的に扱われている。
日本のように鉄筋コンクリート造マンションを物理的に老朽するものと学問上、行政上取扱い、60年足らずで建築物の寿命が消滅し、また、減価償却するといって建て替えすべきとする取り組みを組織的に行っている国は日本以外に存在しない。減価償却の主張の根拠は高度成長時代に造られた鉄筋コンクリート造建築物の多くの手抜き工事であり、その間、地震事故や常習的な雨漏りや鉄筋の酸化膨張によりコンクリートの剥脱事故につながる危険性が生まれ、その設計・施工責任および行政監督に携わる建築行政責任の追及を反らすためであった。事故責任を個人や組織の責任とせず、適用した建築基準や、鉄筋コンクリートの建築構造自体の劣化や骨材とコンクリートの劣化・耐久性の問題に転嫁させたためである。その背後にはセメント業界のセメント大量使用の産業的要請があり、セメント業界の大量消費の要請に応え、学者・研究者が鉄筋コンクリート造建築物をスクラップ・アンド・ビルドする要求を正当化する技術基準を作ってきたことにあった。

住宅不動産は恒久資産
欧米では、建築不動産は都市計画として決められた土地利用計画を具体化した土地の建築加工したものと考えられており、土地と建築とは一体不可分でその寿命は恒久的とされている。土地の建築加工に使われた材料は、使用することで摩耗・劣化をする。そのため、材料や構造に計画的修繕と健全な維持管理を行うことで、未来永劫にその建築物は都市の空間利用として守られてきた。そのため、都市計画に従って実現した土地を建築加工した建築不動産は恒久的な利用に耐える構造・材料で造られてきた。そして空間を利用する者のニーズに応え、健全な維持管理と修繕と文明に対応した改良を繰り返し恒久的に利用されてきた。欧米では鉄筋コンクリート造はもとよりすべての恒久的利用を考えた建築物は、建て替えないと理論的、技術的、法律的にも扱われてきた。
建築不動産は建築構造理論上も、実際の建設および維持管理上も、科学的、経験的にも計画どおり使う材料と構造により造られ、恒久的な利用に耐えるものとして適切な維持管理と生活者のニーズに応えた改良が繰り返されてきた。建築物の社会的の寿命が来ても、鉄道駅舎を美術館に用途変更したパリのオルセーの美術館や、ロンドンの都心のテラスをB&Bやフラットに転用した事例が一般的にも見られる。このように、土地利用は時代の要請に応えた用途に変更され、恒久的に維持されている。建物を構成する材料は物理的に劣化するので、建築物の効用を維持するため、材料や設備で劣化部分は計画的修繕と改良が繰り返される。その結果、健全に維持管理された建物自体は老朽化しない。
鉄筋コンクリート造は引っ張り材料の鉄筋と圧縮材料のコンクリートを組み合わせて構造体を造っている。コンクリートは5種類以上の粒度の違った骨材(砂利と砂)組み合わせることで、構造的には隙間の無い自然石と同じ状態に組み立て、それをセメントで骨材相互の位置関係を固定しそのとおり固定されていれば、骨材の強度は恒久的に維持されコンクリートの強度は、骨材(岩石)同様に安全で耐水構造を造ることが出来る。セメントの強度は圧縮材料としてのコンクリートの構造強度を左右するものではなく、骨材の強度がコンクリートの強度を決定する。また、コンクリート構造自体は密実な石材と同様に密実に造られ、雨水や空気が浸透しなければ鉄筋は腐食しない。鉄筋は錆びず、又は、火災に遭うことがなければ、鉄筋の構造強度は永久に落ちることはない。
本書で問題にするマンションも、維持管理と修繕を計画的に行うことが行われてきており、理論的、実際上も、取り壊しする必要はない。しかし、日本ではセメント業界の利益のために、過剰にセメントを使用する調合が採用され、セメントの強度で圧縮材のコンクリートの強度が左右される調合になっている。それだけではなく、セメントを過剰に使い、コンクリートの化合に寄与させない遊離セメントにより、コンクリートをアルカリ性の状態に維持させ、そのアルカリ状態を維持させることで鉄筋の腐食を守る技術を一般化させた。セメントの化合に必要な量以上のセメントを使うため、セメントが経年して流出しコンクリートが中性化するから鉄筋が錆び、構造的に危険となるという理論は、日本固有の技術である。コンクリートが化合に関係しなかった遊離セメントの流出で中性化し、経年劣化することを証明する実験研究がセメント業界から研究費を受けたコンクリート業界の建築工学理論になっている。欧米のコンクリート理論は化合に完成しない余剰のセメントは使ってはならないとし、建設したコンクリートは中性であることを求め、遊離セメントがコンクリートに残ることを禁じている。コンクリート構造物を償却資産とみなし、スクラップ・アンド・ビルドすることがセメント材料界、建設業界の産業利益上必要で、それを擁護する利権関係の御用学者、官僚、政治家が産業界の調査研究費で多数養成されてきた。

危険マンションはすべて手抜き工事
日本ではマンションが減価償却資産として扱われ建物の寿命が有限の耐用年数とされ、コンクリートの劣化や耐震性能に不安があるとされた理由はほとんど、過去のマンションがセメントが流失し、空隙が生まれ、耐震的に危険になり構造的な劣化があった事件との繋がりを持っていた。構造体が危険となった必然的理由があったが、危険事例ごとに原因究明がされたわけではなかった。もし、事件の原因究明がされていたら、鉄筋コンクリートの構造をスクラップ・アンド・ビルドさせる構造・材料理論、設計者の構造計画の誤り、建設業者の手抜き工事、建築構造設計の欠陥、建築基準法上の確認や検査の杜撰な見落とし等、積極的な不正があったことが明らかになったはずである。そうなれば、その責任問題が浮上し、それらを黙認できなくなった筈である。その関連の行政責任追及をしないため、これまで一貫して「法律の不備」を理由に法律の強化が図られてきた。理論通り安全に造られた鉄筋コンクリート造建築物に共通する老朽化の問題は存在しない。
黒川紀章が設計した寒河江市役所の場合、四本の大きな鉄筋コンクリート造の柱は構造計画上のソリッド(中実)であったが、実際の柱は、中空でそこが階段室になっていた。構造柱は薄殻でできた鉄筋コンクリート造の中空の殻の柱でしかなかった。柱の外面から外側に10メートルも片持ち梁(カンチレバー)で造られた薄い厚さの床が突き出していた。片持梁の鉄筋が薄い中空の殻でできた柱にアンカー(定着)される構造施工計画になっていた。中空の殻の柱が薄過ぎ、片持ち梁の鉄筋は定着できず、狭い中空の殻に混み合い、所定の構造を支持できる薄い柱の殻に鉄筋が混雑しコンクリートも充填できなかった。
鉄筋とコンクリートはその厳しい条件で丁寧に施工されてはいたが、鉄筋相互間のコンクリート量が少なく、応力の伝達が不十分であった。結局、鉄筋コンクリートの片持梁は自重で、梁の先端では10cmも撓んでいた。設計者、黒川紀章は、鉄筋コンクリート造の建築物は動く人間(ホモモーベンス)に対応する生物同様に生々流転するように計画されるべきものとの主張し、耐久的につくることを軽視していた。
その同じころ、黒川紀章は東京港区の中銀カプセルマンションを造るなど、社会の常識を破壊することで話題を呼んでいた。この中銀カプセルマンションも確認申請が認可されていたが、「建築火災が発生した場合、安全な避難はできない」と私が指摘し、2棟の先端を避難用空中回路で繋ぐよう建築計画を修正するよう要請し修正させた。黒川は当初、日本の建築常識を破壊した設計が、「建築基準法の基準に適合して確認されたから安全である」といい、「確認が下りたから工事に取り掛かってよい」と主張した。建築基準法を前提にしないで計画した建築物が建築基準法に適合しているから安全であるという非常識な理屈はない。この建築物に確認をした東京都建築主事も間違っている。設計者は防火避難上安全である建築物を設計しなければいけない。確認済み証の交付で安全とされる建築物は建築基準法を前提にしている一般の建築物で、特殊な建築物を対象にしていない。私は、このように説明し、黒川紀章自身に防災避難計画を立てさせ、安全の証明できる設計変更をさせ、私が窓口になって建設大臣の認可を得させた後、施工させた。

経済的利益追求の前に揉み消される犯罪
鉄筋コンクリート造建築物の生産関係者は護送船団を形成し、馴れ合いで業界の利益優先の安全対策の結果、東京電力福島原子力発電所の例で象徴的に明らかになった護送船団同様、責任者を明確にする真相究明は全て途中で国家権力の手で中止させられてきた。福島原子力発電所の場合は責任者が真相を闇に葬ろうと闇の中に隠れている。仮に、真相究明ができても産学官の関係者の責任追及や処罰はしない。事件の真相究明は、関係者の責任追及が及ばないため、国民の納得を得られるものにはならない。そこで、責任追及を求める世論をかわし、政府は社会的な体面を繕うために、政府は事故の原因を「科学的に解明されていない未知の問題」とか、「建築基準法自体が予想していなかった問題」に原因をすり替えてきた。
その善後策は、新たに基準を新設し、基準を強化し社会的な批判を凌いできた。法律の規制強化の殆ど全てが、民間業者や行政関係者の責任追及をしない代わりの対応であった。そのため施行される基準が現実離れし、厳しくなり過ぎることが多い。そのため、行政実務は逆に、「目溢しをしてもよい」と手抜き工事容認の扱いが安全審査段階で歯止めなく始まる。「過剰基準であるから違反しても安全」の言い訳で建設業者に手抜き工事利益を許すようになった。それが民間確認検査機関による不正利益を容認し確認手数料を手に入れる獲得競争営業の始まりであった。
㈱日本ERIに象徴される指定確認検査機関が行った手抜き審査営業の実態である。指定確認検査機関の立法の経緯及び関与した官僚と㈱日本ERIが創設されたと関係者の学閥をつなげば、不正に利益を上げようとした護送船団の関係は明らかにできる。しかし、不正を行う組織犯罪は頭脳的な犯罪で、露見したときの逃げ道は用意され、最後は学閥や官僚機構、政治力を使い、刑罰を科する検察官に圧力をかけ、その追及を妨害することになる。耐震偽装事件はまさに不正利権維持のために官民がしのぎを削った争いであった。

バルコニー崩落事故
日本の高度経済成長時代の1970年代初め、鉄筋コンクリート造マンションは、施工時点にバルコニーの崩落事故が頻発した。その原因には配筋自体に構造基準に合致しないもの、基準に適合しないコンクリートの調合、コンコリートが適正に充填されていない建築物が多数存在していた。そのような状況下で非常に軟らかいコンクリートを高圧ポンプで圧送・施工するポンプクリートが導入された。ポンプクリートの打設圧力で上端鉄筋を支えていたスペーサーが飛ばされ、下端鉄筋と一体になり引っ張り材料として機能しなくなった。片持ち梁のバルコニーの場合は、構造躯体から飛び出したバルコニーが、壁面で支持できなくなり折れ曲がり落下した。落下事件は広く発生し、危険な工事はやり直されたが、割れ目に名刺が入るかどうかが、当時の公団現場の判定基準とされた。適当な補強工事でその場を取り繕い、そのまま放置されたものも多数あった。
事故発生当時、私は建設省住宅局建築指導課長補佐で建築士法を所管し、この状況を建築士の業務である工事監理業務の適正執行の観点で調査した。調査結果、事故は日本住宅公団の工事監理業務が適正に行われていなかった結論に達した。組織的には日本住宅公団のマンション工事監理を担当していた本社工事促進部長が建築士法上の工事監理業務を全く行っていなかった事実を解明し、中央建築士審査会に報告した。その原因をさらに追及したところ、施工業者には公団OBの天下り、公団理事と同じ学閥関係者の癒着があった。事件の原因が分かった以降も公団と業者の癒着により企業の利益を守ることが忙しく、公団本所に自省を求めても公団の工事監理を糾せないことが判明した。
公団自体での業務改善ができないならば、建築士法施行の職務上放置できないと判断し、日本住宅公団の本社工事促進部長に建築士法第18条に基づく不誠実業務で、建設大臣による「業務停止の行政処分」案を固め、中央建築士審査会の同意を求める手続きに入った。私が中央審査会に諮問する議案を整備した段階で、突然、人事異動辞令が出され、行政処分事務は中断させられ、「後任への事務引継ぎする必要はない」と直属の上司から事務引継ぎは妨害され、日本住宅公団に対する建築士法上の行政処分は行われなかった。

有名建築家に対する行政処分
この結末になった前段には、さらに大きな伏線があった。実は、それまでにも建築事故の多くは有名建築家の設計が原因で多発していた。そこで、当時、建築指導課長前川喜寛の下で「ネズミも虎も処分する」方針を建築士の行政処分の方針を決め、住宅局長澤田光英の了解を得、建築指導課長補佐の私が責任者としてその業務を担当した。
その手始めに、目に余る不正業務を行った神奈川県建築士会長ほか数人の一級建築士の業務停止の行政処分を行い、それに引き続き社会問題になっていた2人の有名建築士を処分することになった。前述の寒河江市役所の設計者黒川紀章と、都城市民会館(鉄骨コンクリート被覆の剥落事故)の設計者菊竹清訓であった。2人は設計業務不誠実による社会問題になった事故を起こし社会的に悪影響を及ぼしながら、反省がなかった。
当時、時代の寵児東京大学教授丹下健三が設計したオリンピック会場・代々木体育館が雨漏りで問題になった。そのとき、「雨漏りもしない建築など建築ではない。」と開き直り発言をし、ジャーナリズムを賑わし、社会的に話題になった。建築指導課では課内議論の結果、有名建築家の甘えの風潮は、建築士の倫理を乱し許せないと判断し、最終的に丹下健三を行政処分の対象にする考えをまとめ、その方針で建築士の処分を進めることにした。二人の建築士、黒川紀章、菊竹請訓も建築界の常識破りの設計で事故を起こし、当時、中国文化大革命の「造反有理」の風潮に乗り、違反に悪びれた様子もなく有名になっていた。
その段階で建築指導課長が救仁郷斉に交代した。
2人の有名建築士の処分は、すでに中央建築士審査会の同意を得ていたが、新任課長は既定方針とは反対に、業者の不正擁護の方針を採った。担当である私に隠れて中央建築士審査会長(日本建築家協会長市浦健)と謀議し、二人の建築士処分に対する中央建築士審査会の同意を白紙に戻すことを決め、審査会で同意済みの処分の撤回を画策した。事前にその謀議を知った私は、その他の中央建築士審査会委員にその不正を行わないように説得した。開催された中央建築士審査会で、審査会事務局(建築指導課長)が、中央建築士審査会が同意した案件のやり直しの動議を提起した。中央建築士審査会長は建築指導課長と謀議したとおり、「二人の建築士に対する処分に見直し」を議題にした。
しかし、中央建築士審査会委員で事前に私が謀議を知らせていた複数の委員が「2人の建築士の設計業務が建築士法上の不誠実業務である事実は審査会において既に確認し、同意を与えたことで、その見直しは中央建築士審査会の見識が問われる」と反対し、事務局からの緊急動議は却下された。その結果、2人の建築士に対する処分は、「建設大臣から諮問に対する審査会の同意」どおり、「2か月の業務停止」を行う処分の同意が確定した。私は中央審査会の同意の確認に従い、二人の建築士に対する行政処分を行う建設大臣命令を起案し、まず、直属の担当課長に決済を求めた。その段階で建築指導課長は、私の目の前でその決裁文書を机の引き出しの中にしまい、施錠し、私を睨みつけて「こうなるのだ」と言い、決裁文書を建設大臣はおろか、住宅局長にも稟議させなかった。

真相究明を闇に消す方法;人事異動
その35年後、私は退官し、住宅局長や建築指導課長は既に逝去していたが、私が国土交通省住宅局に出かけたとき、突然、住宅局審議官から「四谷怪談のような話だ」と聞かされた。その説明を聞くと、過去に私が起案した建設大臣の行う予定の決裁処分が「未決裁のまま、現在の国土交通省においても成仏できないで宙に舞っている」との話であった。
「業務停止2カ月」の行政処分手続きの建設大臣決裁が始められた2人の有名建築士は、田中角栄首相の列島改造委員会の委員に任命されていた。その2人の建築士は田中首相の側近の二階堂進幹事長に建築士法上の処分を取り下げるように陳情していた。救仁郷課長は二階堂幹事長と薩摩の同郷で、その情報をいち早く手に入れていた。2人の建築士を処分すれば、田中首相の政策に建設本省の課長がケチをつけることになるから、課長自らの出世の妨げになると判断し、処分は体を張って阻止しようとした。
その矢先、日本住宅公団の本社工事促進部長の処分は、田中首相の利権にも関係する日本住宅公団であるため、絶対に阻止しなければと課長は考えた。不誠実な建築士業務の行政処分は住宅局長も承認した方針で進めていたため、課長は「違法な業務命令はできない」と知り、別の方法をえらんだ。それが人事異動である。目の上のたん瘤であった私に、「君は良く業務に精励したので3等級の政令職に昇進させる」と私に人事異動を内示した。不当人事の訴えにも耐えられるよう配慮し、事件から私を隔離してしまった。
そのときの救仁郷課長は、その後、住宅局長、日本住宅公団の理事、住宅都市整備公団副総裁、財団法人日本建築センター理事長、東京都建築審査会会長を歴任した。一方、私は住宅局から国の人事支配が及ぶ衛星組織に派出され、2-3年間の契約任期満了ごとに建設本省に1日帰還して即日再派出を繰り替えした。インドネシア共和国(専門家)、建築研究所(調査課長)、愛媛県(建築住宅課長)、宅地開発公団(調査課長)、住宅都市整備公団(都市開発調査課長)、㈶国土開発技術研究センター(研究第一部長)、大阪府(部付き特命参事)等で、本省の立法・行政業務に戻さず、退官するように仕向けられた。
高度経済成長時代、国も企業も、利潤追求のため公害を垂れ流しに巨額の利益を上げ成長した時代である。利益優先の企業活動に社会的な批判だけではなく、社内の批判もあった。そのような企業利益本位の経営に批判は民間企業内にも多数あり、企業利益の追求の邪魔と考えられ、それらの人材をラインから外し、調査研究部門に潤沢な調査研究費予算を付けて口封じをして配属した。それらの人材は、調査研究部門で将来展望をつくる研究をし、現在の総合研究機関などシンクタンクを生み出す原動力になって来た。

住宅都市整備公団「ベルコリーヌ南大沢」マンションと「耐震偽装事件」
危険であるため取り壊された違反マンション事件は、その汚職を隠蔽するために、プロジェクト自体が存在しなかったように現在ではその記録までに抹殺された。脚光を浴びた表舞台から闇に消された代表的事件が、旧住宅都市整備公団が1989~93年に分譲した「ベルコリーヌ南大沢」(多摩ニュータウンの八王子南大沢団地)であった。この団地は京王線(相模原線)南大沢駅の北東街区に位置し、住宅都市整備公団が外部から雇用した建築家、内井昭蔵がマスターアーキテクトとなり、多数の建築家がその下で働き、計画全体をプロデュースした海外にも誇るバブル経済最盛期の大事業であった。過去の予算単価とは切り離した別格の予算を配分し、社団法人日本建築学会が国を代表するマンション事業として表彰した「公団の金字塔ともなる事業」として実施された。巨額な費用を投入され、その事業には業者が群がり、指名を巡り政治家や官僚OBの利権は大きく関係していた。
「ベルコリーヌ南大沢」プロジェクトは、46棟919戸に及び、建て替えや改修にかかる費用は600億円にのぼった。しかし、マンション完成後、非常識な雨漏りが続き、10年目の大規模修繕に着手したところ、鉄筋の本数不足やコンクリートの流し込み不足などの大がかりな手抜き工事が明らかになった。この事件は公団が破格の予算を掛け、政・官・産・学の護送船団がその利益に群がり、建設業者が巨額な利益を上げたことでも知られ、手抜き工事が工事段階でも問題になった。極端な雨漏り事故が頻発したため、公団は拙速的な修繕を繰り返した。その都度、背後の手抜き工事と政治の絡む官民癒着問題が発覚した。建設省は公団と共謀し証拠隠滅のためのマンションの取り壊しを計画し、担当副総裁救仁郷斉と同じ学閥の工事の直接責任者を海外逃亡させ口封じをしたとも噂された。真相は公団が組織ぐるみで情報の追及を妨害し、解明させなかった。住宅都市整備公団東京支社の事業であったが、本社が直接監督し発注内容を決定し施工した公共工事のスキャンダルであったのでメディアを賑わし、社会的にも国会でも問題になった。
しかし、住宅都市整備公団はマンション購入者とその売主公団との間の些細な民事(瑕疵)事件として処理させ、マンション購入者には潤沢な金銭補償で口を封じてしまった。建築行政機関は行政上責任追及をさせず、行政上監視監督機能は全く機能せず、建設省、会計検査院、警視庁および検察庁は違反を知りながら何もなかったように動かなかった。公団はこの事件が行政事件や刑事事件に発展することを未然に阻止し、メディアに社会問題と取り扱わないよう手回をし、情報管制を敷き、関係者をジャーナリズムの追及から隔離した。政府の広告抑制の圧力でメディアは沈黙した。住宅都市整備公団によるマンション建設事業が護送船団の利益を分け合う集団(利権政治家、建設省族議員、公団OB,建設官僚)の利権争奪の場になった戦後経済の行き着くところ(腐敗)を示していた。
この事故に類似した問題処理は、阪神大震災においても起きている。竹中工務店の建設した多くの建築物が地震により利用できなくなったが、その原因を究明することなく取り壊されてしまった。社会的には証拠隠滅ではないかと疑問も出されたが、これらの建築物の中には、もともと新耐震設計法は単なる設計方法で、新耐震設計法で造ったら安全というわけではない。しかし、NHKが政府の提灯報道を行い、新耐震設計法によって安全に造られたことを確かめもせず、問題に模されなかった。事故原因は全く究明されず、設計責任、建築基準法上の確認・工事検査の確認審査責任と特定行政庁による安全建築物建設の監督責任、建設業法上の建設業者監督責任を全く問題にされないまま幕引きになった。

指定確認検査機関による「違反確認営業」と耐震偽装(姉歯)事件
住宅都市整備公団の南大沢マンション「ベルコリーヌ南大沢」事件や、阪神大震災の竹中工務店の地震被災事故と同等以上に社会問題となったのが「耐震偽装事件」である。「耐震偽装事件」で大きな話題となったヒューザー社の小嶋社長は国土交通省の刑事告訴を受け刑事罰に服させられたが、その罪状は、建築基準法上の「耐震偽装」の刑事事件ではなく、「宅地建物取引業法上の詐欺事件」で立件された。私自身この問題を詳しく調査し、小嶋社長の責任追及は建築基準法上の違反業務を行ったと断定することはできないので刑事事件としての訴追は不可能であると考えていた。
問題発生の始まりは、㈱日本ERIによる不正確認事務を営業手段とする指定確認審査機関の利権争いの結果、顕在化した問題であった。建築行政が指定確認検査機関制度の発足時点から、立法に関係した住宅局官僚と同一学閥関係の利権絡みで㈱日本ERIが違反確認を営業手段にして急成長してきた。この癒着した関係は、建築基準法上の確認を容認することを営業内容とする反社会的なもので、その営業モラルには業界内でも目に余ると指摘されていた。耐震偽装事件はそこに利権の根があり、指定確認検査機関関係者の間でも、官僚が指導した指定確認検査機関制度の構造的不正事件であったと広く認識されていた。官僚が指定確認検査制度の創設に関係していたため、不正営業により不正利益を得ても、国土交通省は不正の摘発はできないと業界全体は考えていた。官僚の後ろ盾をよいことに不正な営業は業界を席巻して行った。官僚の利権を問題にしない闇の秩序を守って不正営業が半ば公然と行われていた。
当然、類似の不正が頻発し、不正な業務競争から排除された者の間から不正営業が問題化された。その問題追及が「芋ずる式」に、官僚癒着の指定確認検査機関制度の不正解明に広がる様相を呈していた。その不正究明を早期に阻止するため、「蜥蜴の尻尾切が」実施された。建築基準法及び建築士法上の業務上の責任のない下請けで構造計算を行っていた姉歯一級建築事務所に、姉歯が一級建築士事務所であることを理由に、その不正業務が「突出した悪質な例」として姉歯をスケープゴートにするシナリオを作成された。
そして、マスメディアを動員し「耐震偽装問題」を一挙に終息させようとした。メディアを使って姉歯一級建築士を極めて悪質な建築士であるとフレームアップした。しかし、社会的に問題にされた姉歯一級建築士の設計した建築物は、行政の横暴な圧力で取り壊された事例はあるが、行政が危険であると取り壊し命令を行ったケースはない。その後、震度5程度の地震を経験しているが、地震被害の報告されていない。
姉歯一級建築士が関連したマンション工事に法律上の欠陥があるとされたヒューザー小嶋社長は「行政庁が法令不適合を指摘すれば、ヒューザー社は行政上の指示には従う。」とメディアの前で明言していた。それにもかかわらず、行政はヒューザー社のマンション工事に、行政がなすべき指示も行政処分を行わなかった。それでいて「造られたマンションに違反があることを知っていて、適法なマンションと欺罔し売却したから宅地建物取引上の詐欺」のシナリオに作り変えられ、ヒューザー小嶋社長を刑事訴追した。
ヒューザー小嶋社長は、「行政上の措置に不適正があったことに問題がある」と行政に楯突き、耐震偽装事件は建築行政が果たすべき責任を問題にした。そして、「ヒューザーには法的責任がない」と小嶋社長は主張した。この対応から明らかなとおり、小嶋社長には建築基準法はもとより宅地建物取引業法上の詐欺事件の根拠のない。小嶋社長の主張は、「建築行政に責任があった」と正鵠を突いていた。そこで、建築行政は弱点を衝かれ、ヒューザー小嶋社長を憎み、併せて、問題が官僚と㈱日本ERIが指定確認検査制度の癒着たスキャンダルの暴露に問題を拡大することを恐れた。そして国土交通省は小嶋社長の口封じをするため、身柄を拘束するため、拘置所にぶち込むことを急いだ。
建築行政は耐震偽装事件を建築確認事務の問題として究明すれば、学閥の絡む指定確認検査機関の官民癒着が露呈せざるを得ない。国土交通省住宅局官僚はそのことを自覚し、行政の責任追及の急先鋒として、建築行政(権力)の不正を暴く「窮鼠猫を食む」行動に出たヒューザー小嶋社長を国家権力に楯突く「危険人物」と判断し、「社会から社会的に抹殺すべき敵」とみなした。行政は耐震偽装問題の解明ではなく不正究明を求めるヒューザーの小嶋社長を沈黙させため、手段を選ばないで現実の社会から葬り去る行為に移った。そのためには小嶋社長の身柄を拘束するために刑事罰を加えることが必要と判断した。官僚の理屈は、「国家権力に楯突くこと自体を許してはならない犯罪」とする考え方である。

耐震安全性と切離した耐震偽装事件の刑事処分
建築基準法上の違反建築で小嶋社長に刑事罰を加えることは、物理的な実害が発生していないため難しいと判断された。それを強行すれば、㈱日本ERIの手抜き確認営業を放置したことを世論が問題視し、㈱日本ERI自体が営業をできなくなると考えたに違いない。耐震偽装問題を建築基準法の問題にしなければ指定確認検査機関を追及することにはならない。そこで、ヒューザー社の小嶋社長の耐震偽装問題は、突然、建築基準法関連問題ではなくなり宅地建物取引業法の問題にすり替えられ、ヒューザー小嶋社長に刑事罰を科す刑法上のシナリオを刑事告訴人国土交通省と検察庁が協力して描き直した。
国土交通省と検察庁、警察庁、警視庁は、旧内務省から分かれた同族組織で現在でも人事・情報交流は一つの官僚組織のように行われている。小嶋社長関連の「耐震偽装事件」の建築基準法上の問題追及は中断され、宅地建物取引業法の問題に置き換えられた。指定確認検査機関の「違反確認による営業問題」は一切問題にされなくなったが、姉歯一級建築士事務所とヒューザー社は行政指導により取り潰された。耐震偽装問題はヒューザーに関する限り、指定確認検査機関による不正営業問題に拡大しないよう建築基準法の問題ではないように取り扱われた。ヒューザーの小嶋社長は詐欺を行ってはおらず、刑事罰の対象とされた詐欺により住宅購入者に実害を与えてはいない。国家権力による処罰は、冤罪というべきで、憲法第14条(法の上の平等)に反している。
耐震偽装事件の背景には学閥を巻き込んだ不当な事業のやり方が民間確認検査制度の不当な営業競争が顕在化したことが事件の実態で、私はその不正を追及することで建築確認検査機関と学閥関係の不正癒着の問題の原因が解明できると関係者は考えた。そこでヒューザー事件の真相究明のため、被告弁護士の要請を受け、「建築行政の経験を有する専門家として小嶋社長に関係する耐震偽装事件の意見書」の取りまとめることを私は了解した。当時ヒューザー社は急成長した建設業者であったが、まじめに建設業経営管理技術(CM:コンストラクションマネジメント)を学ぼうとNPO法人住宅生産性研究会の会員になり、私が講師になり3日間連続で会社の関係者に技術講習を実施した。
「小嶋社長に刑法上の責任追及することには正当な根拠はない」という建築基準法に基づく行政法上の意見書を私は建築基準法の立法及び施行経験に基づきまとめ、弁護団(団長、安田好弘)において吟味された後、弁護団の準備書面に添付され東京高等裁判所に提出された。しかし、その意見書では小嶋社長を救済できなかった。弁護団が提出した意見書はこの耐震偽装事件が宅地建物取引業の問題にすり変えられた結果、裁判所はこの意見書を判決に一切反映していない。東京高等裁判所は読まなかったことにしたに違いない。

建築基準法改正理由
建築基準法第5次改正(防火避難規定の大改正)事務に私が直接関係し、建築基準法を実際に施行した経験に照らして証言できることは、殆ど全ての法律の制定や改正は、事故の再発防止のためであるが、法律改正の前提となった事故の原因が解明され、それを受け法律改正がなされているわけではなかった。事故原因が本当に解明されれば行政関係者の責任問題が明らかになったはずである。そのため行政は責任追及を恐れて、個人や行政の責任が見えるところまで原因究明はされることはない。
一方、法律の制定や改正により事故の再発防止ができるかという疑問には、半信半疑という他ない。それは社会的に問題にされるような事故原因には法令自体の不備もあるが、法令を尊重しない企業や国民、法令の適切な施行をしなかった行政の責任もあり、すべての問題は法律改正により解決される訳ではないからである。行政は行政責任を徹底的に回避しようとし、行政に向けられる責任追及を行政は法令に事故責任を転嫁してきた。
その結果、厳しい法規制をすれば社会が安心できると勘違いし法規制は過剰になり、行政機関には法律施行の義務付けに疑問が生まれる。「新規基準に違反しても事故など起きる筈はないから、違反を容認して当然」という雰囲気が立法時点から行政内部には生まれてくる。その油断に行政の不正が生まれ、それが「耐震偽装事件」のように違反を確認申請営業にする指定確認検査機関の不正が歯止めなく進み、次の事故の原因となる。
事故原因が明らかに法令の不備であった場合も皆無ではない。しかし、事故原因を法令の不備にしてきたため、原因究明ができていないが、事故の重大さに見合った大改正をしないとそれまでの行政責任を問われる。そこで、建築行政の面子、政治責任を重視し、国会での言い訳や、説明のために法律改正が行われてきた。建築基準法は最低基準であるにもかかわらず、御関係した御用学者の中には、法令改正に学者が個人的な学説や理論を持ち込み、学界や業界に対する影響力を拡大し、利益を得ようとする「火事場泥棒」と同じ行動をする業者と結び付き、官僚にすり寄った御用学者も多数いた。
耐震・免震や構造耐力だけではなく、換気、火災、排煙、防耐火などすべての材料、構造、設備等の基準に関係している。その中で悪質な例の代表が鉄筋コンクリート造や木造建築物の構造、材料に関係する耐久性や劣化性能や構造・換気設備関係の基準や、総合設計制度や「一団地の住宅施設」や集団規定関係でディベロッパーの意向を待ち込むケースも多い。その適用で手心を加えることで利益を上げようとする指定建築確認検査機関や、試験研究機関が群がってきたのである。
健全な維持管理と修繕を実施している建築物は、理論的にも実際上も、構造耐力的に劣化は発生しない。それが日本では、「維持管理や適切な修繕が行われても建築物は減価償却する」という世界では例のない科学的合理性のない理屈がまかり通っている。その延長線上に「マンション建て替えを正当化する理論」が作られ、それを正当化する建築物の新耐震設計法、耐震診断法、構造の劣化判定基準等が作られてきた。鉄筋コンクリート造の建築物に耐用年数が政府の手で作られ、鉄筋コンクリート造が善良な維持管理や計画修繕が実施されている建築物にも、確実に経年劣化するという自然科学的には有り得ない日本にしか存在しない不思議な理論が横行している。

鉄筋コンクリートの劣化とマンション建て替え
どうして日本のマンションだけが老朽化が問題にされ、建て替えされなければならないのか。欧米の科学者と意見を交換してみると、日本の建築技術者は自然科学的な知識が欠如し、工学の議論の中に自然科学的にはあり得ない行政上の理屈を持ち出してくることによる。行政で決めた減価償却理論によって構造劣化基準を決めていると批判している。日本の建築工学者の多くは、行政の末端機関のように行政の意図に迎合した自然科学が存在するかのような行政基準に迎合する研究を行い、構造理論や劣化理論を作り上げ、行政目的を正当化する学問体系が作られ、学会が行政の末端機関に成り下がっている。
行政法に関係する構造理論、耐久性理論、防耐火理論、材料理論の全てが日本だけが異常である。火災、地震だけではなく建築物の劣化などの欧米の研究について日本では殆ど調べられていない。日本の学者・研究者は「日本だけが特殊で、欧米と違った火災現象、地震現象、劣化現象が起き、欧米の科学では説明できないと本気で口にする」と20世紀末に継続的に開催された日米構造(MOSS)協議に参加した米国の研究者が驚いていた。木造耐火建築物の実大実験として1958年にカナダで実施され、防火区画(ファイアーコンパートメント)理論を検証し、米国、カナダでの防火地域(フィアーゾーニング)を廃止させることになった建築法規の根拠とされた大火災実験・セント・ローレンス・バーンズは、私が関係した建築基準法第5次改正で取り入れた「防火区画」の理論である。私は立法業務の関係で一生懸命勉強したが、この火災理論についても日本の建築防耐火学者、行政官、産業関係者はほとんど知らないし、知ろうともしない。
元東京大学教授岸谷孝一はセメント業界の利権を守るため、北米では1960年から一般化されている2×4工法による木造耐火建築物の法律上の扱いの実現を、「木造建築は、都市に火災荷重を持ち込むものである」という屁理屈を付けて妨害した。鉄骨や鉄筋コンクリート造の耐火建築物が、「タワリング・イン・フェル」の事故を経験した世界の建築物火災の常識があったにもかかわらず、岸谷教授は2×4工法による木造耐火建築を鉄筋コンクリート構造の普及の邪魔になると妨害し、木造耐火構造の火災議論をする場合、同じ火災理論で学問的議論ができないと主張し続けた。
同様に、建築構造理論に関しても木造平面版の解析ができないため、日本では杉山英男が救仁郷斉と協力し、2×4工法を特定企業・団体の影響下に収めるため、耐力壁構造以上の構造理論の検討を妨害し、一部の2×4工法業界団体及び企業利権を保護するため、官僚OBの政治家も関係し、あくまでも壁構造の整理を行い、米国やカナダのダイアフラム(平版構造)技術が日本の2×4工法では採り入れられないように妨害してきた
地震などの自然災害や、火災などの人的災害がどのように起きるのかを日本の学者に尋ねると、「建築法規に書かれているように自然現象も人的災害も起きる」という。「だから、欧米の技術で説明されても、その技術は日本で受け入れる訳にはいかない」と官僚たちは平気でいう。混構造の構造計画理論や火災の被害防止の延焼理論が代表的例である。「本末転倒ではないか」と指摘しても、「そうではない。日本は特殊なのだ」という。
日本人は日本の特殊性を強調し、それを信じ、日本の「根拠のない特殊性」を誇りに思っている。エズラ・ヴォ―ゲル著「ジャパン・イズ・アズ・NO.1」が日本人に大歓迎されたように、理屈ではなく、日本の多くの学者たちや行政官たちは、「日本で起きる現象は、自然現象まで日本では特殊な条件下にあり、それに合わせて日本の特殊理論が構築され、安全が守られ、それは日本の技術基準でしか説明できない。」と主張して退かない。
そこでマンション建て替えに関し登場する理論の一つが、鉄筋コンクリート造の劣化理論である。鉄筋コンクリートの構造診断と鉄筋コンクリートの劣化診断が建て替えの大きな根拠とされてきた。どのような構造・材料でも風化させれば劣化する。そこで、「建築物を恒久的に利用するため劣化した材料は取り替えるなど、維持管理・修繕をする欧米と同じ前提で造られた鉄筋コンクリート造の建築物は、建築物としても減価償却理論に従って経年劣化する。そこが欧米の理屈では説明できない日本の特殊性である。」という議論を日本政府の建築行政関係者や建築工学技術者が平気で国際会議で口にする。
実は、その背後に建て替え事業で利益を得ようとする護送船団を構成する人たちが、学界、行政界、産業界にいて、建て替えを推進することを是とする流れ(閥)を形成し、それに反対する人物や理論を排斥してきた。そして、建て替えを肯定する事業に向けて、政府が直接間接に関係し、建築物の劣化診断、耐震診断を経験主義と業界の要請をまとめた「継ぎ接ぎだらけの指針」として作り、それに従わない人物を社会から疎外してきた。実際の鉄筋コンクリート造の破壊事例としては、構造計画の間違いや構造耐力不足、又は、使用骨材として泥岩やアルカリ膨張骨材等の使用、コンクリートの調合や施工上の欠陥等により、鉄筋コンクリート造の建築物で破壊または倒壊した事例がある。それを利用して鉄筋コンクリート造の構造劣化に共通する不当な一般的な説明に拡大していった。
事故調査の場合、徹底的な原因究明と自己責任の追及は行わないで、目視と知識経験で定性的に説明できると調査はその段階で終わり、定量的分析や関係者の責任追及する問題究明を反らしてきた。その理由は、事故の設計・施工に欠陥があったとき、安全審査に関係した建築行政は、確認事務の責任の一半を担っているので、建築主事や特定行政庁はその確認検査業務に置ける責任追及を嫌っている。事故の発生は行政事務にあるのではなく、技術基準自体に欠陥があるとした方が行政責任回避できる。そこに、設計・診断・改良技術基準を持ち出す学者、業者と行政の間に癒着が生まれる。法律改正は研究者に潤沢な調査研究費が与えられ、新しい技術は新しいコンサルタント業務を生み出す。
業者の事故責任の追及は回避され、行政は行政処分の欠陥責任を追及されず、安全性を重視する行政を行ってきたように自己正当性を主張できる。

第2章 マンション建て替え円滑化法上の公共性

私有財産の保障
鉄筋コンクリート造共同住宅(マンション)は、都市計画法上及び建設工学上の観点で見る限り、自然科学的にも社会科学的にも、欧米との比較の上でも、減価償却資産として扱う合理的な根拠はない。社会科学的にはマンションは土地と一体的な不動産で、法定都市計画で定められた土地利用計画を具体化したものである。計画通りに建設され造られた建築物は未来永劫に維持されなければならない。造られた空間は「計画高権」により国家が計画の実現を担保した公共性の高い都市空間利用である。
法定都市計画を国が定めた減価償却期間ごとに取り壊す本末転倒した理由はない。マンションは法定都市計画を実現するために土地を建築加工し、恒久的な構造(鉄筋コンクリート造)で造られ、自然科学(建設構造学)的には半永久的に劣化しない構造物である。それを減価償却理論に合わせて取り壊さなければならない理由は存在しない。構造体が部分的に損傷を受け、物理的に劣化する環境に置かれた場合には、損傷部分を修繕すれば足りる。それは道路や橋梁等の土木構造物と基本的に同じである。
マンション建て替え要求が登場した理由は、急激な都市化で地価が高騰し、建て替えれば土地の資本価値増が手に入れられたからである。建築不動産管理上、修繕と維持管理が適正になされ居住者が満足しているマンションを建て替えなければならない理由は存在しない。マンション(共同住宅)はそれを建て替えようとする場合、少なくとも、住棟単位に建て替えせざるを得ない。そのため、住棟ごとに全員合意で行うか、建て替えを希望者がそれ以外の者を強制的に行わせるかのいずれかによる他ない。
建て替えによる利益を期待する区分所有者側には、マンションの供給業者、政府、産業界および学界、並びに、地価高騰による資本価値増を手に入れることを希望する区分所有者がいる。その一方では、現状の生活を希望する大多数の都市居住者がいて、憲法第29条第1項の原則(私有財産制の保障)により現状継続を求めている。この対立する利害関係の中にあって、マンション居住者の誰か1人が建て替えに反対すれば、憲法第29条第1項によりマンション建て替えはできない。全員合意は難しいため、建て替えによる経済的利益を求める人たちは、反対者を強制して建て替える方法を長年に亘って検討してきた。

憲法第29条第2項の例外事業の原則
憲法第29条第1項の原則に対する例外は、憲法第29条第2項に定める公共性が認められる事業の場合である。その場合には私有財産の保障の例外として強制的に建て替え事業ができる。建て替え事業を強制的に実施する法律上の根拠が、最初に昭和58年建物区分所有法第62条により与えられた。この例外とされた事業は、「マンション自体が構造耐力的に危険で、放置して置けない」と判断される憲法第25条に抵触する状態(建築基準法第9条)の「緊急性が認められる場合」である。この場合には、修繕、または建て替えの2つの選択しかないとされ、居住者の5分の4以上が建て替え事業を希望する場合には、絶対多数者の利益のために少数者を強制して建て替え事業をすることに公共性が認められた。当然、マンション自体が建築基準法第9条で除却しなければならないほどの危険な場合であれば、建て替えを進めることに公共性が認められる。しかし、実際上はそのような危険な状態にある場合は、手抜き工事による場合以外にはほとんど存在しない。建築物自体に重大な欠陥がないが、建て替えの口実を得るために危険性の判定を求めてきたのが実情である。そのため、建て替え事業を推進するためのマンションの耐震診断やコンクリートの劣化判定などは、いずれも科学的に合理的根拠を持たない。政府は経済振興のため建て替えを煽り、建て替えをマンションが危険であるとして正当化してきた。
建て替え促進に使われてきた建築物診断は建て替えに口実を与えるための判定で、危険であることの決定的な判定を下せるものではない。マンションが善良管理され適正な修繕をされてきたものであれば、鉄筋コンクリート造の構造理論に照らし危険になることは無い。自然科学的に合理性のない危険可能性の嫌疑を懸けた診断結果を、マンションの危険性判定と断定し建て替えを実施させてきたのがマンション建て替え事業である。国土交通省はマンションの建て替えにより地価を顕在化させ、地価上昇の利益を建て替え事業主が手にするために建設業界や財務省や総務省の要求に応えて、形振り構わずマンション建て替えを実施できるように耐震危険性判定や構造劣化診断結果を利用してきた。当然、それらの判定結果の正当性を巡り正当性が民事訴訟で争われてきた。国土交通省が用意し建築物の安全性診断や判定基準は危険性の可能性の診断であって、危険であることの決定的判断をするものではない。建築後30年を経過した建築物であれば「危険性がある結論を求めて判定をすれば危険性がある」と診断できる。建築物の健康診断であって、診断基準も目視などなどでも危険症状がないものがほとんどである。
建て替え促進を政策に掲げる政府の方針もあり、鉄筋コンクリート造の建築物が「危険」と診断された結果、裁判では「危険の緊急性断定ができない」診断書であるにもかかわらず、「危険である緊急性の証拠」の提出を求めることなく、診断証拠でマンション自体が危険であると認定する判決を行ってきた。診断結果は、憲法25条に照らし、憲法第29条の私有財産の保障を覆す公共性の証拠にはならないと判決すべきであった。裁判所は建て替え推進の政府の方針に従い行政に従属した結果、建て替え事業を容認した結果となり、私有財産の保障を蹂躙することになった。
多くのマンション建て替え事業は裁判所が建て替え推進業者の主張を支持し、強制建て替え事業が行われた。司法と行政が非科学的、非論理的な判断を行ったため、危険の緊迫性がない建築物の危険判定訴訟は、行政方針に迎合した建物診断により、マンション自体を危険と断定する証拠がない状態で危険と判断した。その結果、診断を根拠とした裁判の判決は、科学的根拠のない非常に不明瞭な幕切れになっていた。少なくとも強制権を行使できる程度の危険性を問題にすれば、建築基準法第9条により危険性排除の是正命令を出せる程度の危険性がない限り、建て替えを実施するために必要な危険性があるとはいえない。

「聖域なき構造改革」による円滑化法
小泉・竹中内閣はバブル崩壊後の長期低迷するデフレ経済の不況を脱出するため、バブル崩壊でそれ以前の約4分の1に下落した地価を、下落する以前の4倍の地価で利用ができれば、経営を改善できる。その途が都市再生事業として規制緩和されることになった。バブル経済の崩壊は、URをはじめ公共賃貸マンションを保有している公団、地方公共団体の土地の資産価値をバブル時代の地価と同額以上に引き上げる方法として、法定都市計画を改定し、土地利用として容積率をそれまでの4倍程度に引き上げれば、地価下落分を回復することができる。それが竹中平蔵の都市再生の経済理論であった。
財務省と総務省の財政上の考え方は、法定都市計画の改正と合わせて、30年以上以前に購入した土地で潜在的に高騰している地価をマンション建て替え事業により顕在化できれば、URや地方公共団体の財政基盤を強化できる。国及び地方公共団体がマンション建て替え事業を実施し、資本価値増を顕在化することで財政基盤が強化できる。マンション建て替え事業を推進することは、巨額の資本価値を顕在化できるとともに、経済活動を活性化させる効果が期待された。
小泉・竹中内閣はそれまでのデフレ経済をインフレに転換させる経済政策自体として「聖域なき構造改革」による規制緩和を持ち込んだ。日本国憲法違反の法律を作ろうとする場合、その法律が違反にならないようにするためには、立法に先だって憲法改正をすれば憲法違反はうまれない。しかし、小泉・竹中内閣は憲法を改正しないで、経済環境の変化を理由に、これまでの憲法ではできなかった立法を、内閣法制局に憲法を拡大解釈させ聖域なき構造改革」として実施した。その改革とは都市再生事業の骨格となるもので、都市計画法、建築基準法の改正に基づく法定都市計画の改定であり、円滑化法と建物区分所有法の関連改正であった。いずれの都市再生事業もこれまでの憲法では実施できなかった強制事業である。それを「聖域なき構造改革」によって実施してきた。
昭和58年建物区分所有法がマンションの危険性を排除することに憲法第29条第2項の公共性の根拠を求めていたのに対し、円滑化法は同法第4条(基本方針)に、公共性の根拠を新設した。第4条は、区分所有者の合意形成を民主的な手続きで行い、2段階の絶対的多数による合意形成の決議ができれば、その合意形成は憲法第29条第2項に定める公共性があるとした。その憲法解釈は過去の憲法第29条第2項には存在しなかったものである。内閣法制局が憲法の拡大解釈を行い、小泉・竹中内閣の立法的判断として、円滑化法第4条を憲法第29条第2項に規定する公共性の要件として拡大し、国会に上程された。
少なくとも現在マンション建て替えの対象事業に上がっている事例は、開発時と比較して地価が何倍にも上昇したうえ、法定都市計画の見直し「改正」により、現在の建築物の4倍以上容積を増やすことができる。そのため、建て替えが希望されるだけで、このような経済的な利益が得られなければ、建て替えの議論そのものが生まれることが無かった。要するに地価上昇を前提にした経済的利益追求が建て替え事業の目的なのである。

円滑化法第4条とマニュアルと強制事業実施の手順
円滑化法の公共性の論理は、基本的に「経済的利益が得られることを公共性がある」とする経済政策判断を公共性付与の「十分条件」として、同法第4条「基本方針」の区分所有者の合意形成の仕組みを踏むべきことを「必要条件」として定めた。その「基本方針」は憲法第29条第2項に関する重要な内容であるから、同法を所管する国土交通省が円滑化法第4条の内容を合意形成に関するマニュアルとして具体的に定めた。マニュアルでは、区分所有者の合意形成の手順を14段階で行うことが具体的に定められ、その手順は、次の2つの大きな節目ごとに区分所有者の5分の4以上の絶対過半数の合意形成(決議)を経ることが定められた。その2つの節目の決議は以下の通りで、以下の2段階の決議は、5分の4以上の絶対過半数による合意形成を決議条件にした。

第1の決議は、区分所有者全員を建て替え事業の実施に絞って検討をすることを全員で合し、建て替え事業計画の作成に、強制参加させる段階の決議(建て替え推進決議)
第2の決議は、区分所有者全員が強制参加して作成した建て替え事業計画を、全員で合意し、それを条件に建て替え事業に強制参加させる段階の決議(建て替え決議)

(1)    強制建て替え事業に向けての準備作業
マニュアルでは、建て替え事業を実施しようとする者は、区分所有者であれば誰でもよく、まず、建て替え事業を希望する人が建て替え事業を発議し、その権利関係が事業によりどのように変更されるかの「事業計画と概算費用」を検討できる程度の検討計画を立案する。それをもとにして、住宅管理組合全体を全員強制して事業を実施する事業計画を立案する事業計画に進む。そのことに関し、組合員全員の5分の4以上の賛成が必要となる。しかし、通常の合意形成の作業には建て替え事業の専門家の参加は不可欠になるため、組合としての総会で建て替え事業に向けての予算を組んで準備作業をする。

(2)    「建て替え推進決議」(組合員全員強制加入による事業計画作成)
区分所有者の権利が転換される事業であるから、既存の権利と建て替え後の権利がどのように変わるのかを知らないと建て替え事業計画への賛否を区分所有者は決められない。そこまでの作業は組合員自身の費用負担で自助努力をし、その作業をもとに、区分所有者全員を強制して事業計画に進むことを総会で5分の4以上の絶対過半数で決議(「建て替え推進決議」)をする。決議をした住宅管理組合には関係権利者(区分所有者)の私有財産の保障が関係するため、建て替え事業による権利関係の変化を区分所有者に明確にし、合意形成をするための具体的事業計画を作成するため、国は、建て替え事業計画作成をするため、「建て替え推進決議」を「優良補助金」の交付申請条件とした。

(3)「建て替え決議」(組合全員強制参加による建て替え事業の実施)
「建て替え推進決議」を実施した住宅管理組合は、優良補助金を受けて再び専門の建て替え事業コンサルタントを雇用し事業計画の策定作業をすることになる。コンサルタントは組合員の要求に応える計画を作成し、事業計画が区分所有者の合意形成として作成されたときはその事業計画によって組合員全員を強制し、その計画通りの建て替え事業を実施する決定(建て替え決議)を組合員の5分に4以上の賛成で行う。まず建て替え事業計画として実施する内容に関する合意形成が求められ、それをもとに建て替え事業組合の認可申請が行われる。建て替え事業者の参加は、それ以降の事務手続きとなる。

(4)    建て替え組合の認可(強制建て替え事業主体の決定)
組合員の建て替え事業内容の合意形成が、「建て替え決議」により行われる。その決議を前提にして建て替え事業を強制事業として施行する建て替え組合が、都道府県知事(現在は「現在は多摩市長」に改正された)の認可を得て設立される。その建て替え組合の設立認可後は、円滑化法の手続きを踏んで強制事業として実施できる。この建て替え事業に必要な仮設工事や共同付帯施設事業には、優良補助金が交付される。
マニュアルで定めている「建て替え決議」は、円滑化法制定に伴って関連改正された平成14年建物区分所有法に記載されている第62条の「建て替え決議」では、円滑化法制定時に建物区分所有法は関連改正された。そのとき、建物区分所有法の「建て替え決議」の用語の定義は、マニュアルで定めた「建て替え決議」に変更された。

第3章 諏訪2丁目マンション建て替え事業

国土交通省が牽引した違反建て替え事業
本書で取り上げるマンション建て替え事業は、多摩ニュータウン京王線「相模原線」及び小田急線の永山駅から徒歩5分の位置にある諏訪2丁目住宅団地である。この団地は旧日本住宅公団が1971年に建設・分譲した鉄筋コンクリート造5階建て、総戸数640戸の団地を、円滑化法に基づく建て替え事業で2011年9月から2993年10月までに、地上11~14階建て鉄筋コンクリートマンション、総戸数1,249戸に建て替えた。この事業は優良補助金を補助条件に違反して不正に補助申請し、不正交付を受けた事業である。また、この事業は、円滑化法に違反し、マニュアルに定める手続きなしに、名称だけの「建て替え推進決議」と名称だけの「建て替え決議」を、「マニュアルに適合している」と欺罔して実施された事業である。円滑化法によるマンション建て替え事業は、同法第4条に定める基本方針を満足することを条件に強制事業ができるが、本事業にはその条件が満たされていない。
国土交通省は円滑化法の制定に合わせ事業実績を作るため、積極的に事業候補地を探していた。そのために、立地条件が良く建て替え事業による利益を求める居住者の一部が、建て替え事業を実施の意思表示していた。国土交通省はこの諏訪2丁目で建て替え事業の実績を作る候補地として取り上げた。短期的に建て替え事業成果を上げるため、住宅局の優良補助金交付担当者井上室長は始めから、マニュアルに定めた手続きでは工事着手までに3年以上もかかるので、工期を短縮するため、手続きを蹂躙し、事業を促進する方法として国庫補助金を事業推進原資として不正に使うことが考えられた。
この住宅団地は立地条件が良いため、区分所有者の中にはかねてから外部業者からも建て替え事業の話は再三持ち掛けられ、建て替え事業で大きな資本利益を期待する人も少なからずいた。その一方でバブル経済の20年ほど前に建設されたこのマンションは、住宅面積は45㎡(2DK)と狭く購入価格も安かったが、マンションが建設後30年以上経過し、樹木が育ち全体が森林公園のような住宅地になり、子供たちが巣立って老人夫婦が中心にゆったりした老後の生活を楽しめる住宅地になっていた。そのため、住宅ローンを支払い終えた居住者は毎月住宅地の管理費等を含んで6万円程度の住居費で生活ができる住み易い住宅になり、「理想的な終の棲家」と考える人が多数住んでいた。
住宅団地にはマンション建て替えで潜在地価を顕在化させ、儲けようとする区分所有者と、現状の住宅地でこれまでの人間関係を大切に住み続けることを望む居住者に大きく2分されていた。この住宅から巣立った子供たちの多くは、マンションを相続するならば建て替えたマンションにして高く売れるよう、「建て替えて欲しい」と望む一方で、「そのまま住み続けたい」とする親と子どもとの利害は対立する場合が多くなっていった。ここでの対立そのものが、それまでこの住宅地で生活してきた地縁共同体の生活環境を基礎に生活を守り育てていく「ストックの住宅都市政策」を選ぶか、それとも経済的利益を手にするため、既存の住環境を破壊しても開発利益を追求する経済主義という「フローの住宅都市政策」を選ぶかの対立になった。ここが憲法第29条の「私有財産の保障」に関する憲法解釈の分かれ目でもあった。つまり、「金儲けのために他人を犠牲にしてもよい」考えと、「金儲けのために、他人を犠牲にできない」考えの対立であった。
小泉・竹中内閣は、前者の考え方を選択し円滑化法を立法した。国会議員たちは、経済的な成長のために小泉・竹中内閣が提案した「聖域なき構造改革」政策を支持し、円滑化法の制定に与野党全員がより多い支持者からの「得票が得られるよう胸算」をした結果、建て替え支持者の住民票が多いと判断し、憲憲法第29条違反の円滑化法制定にあたり、マンション居住者の大多数がマンション建て替えに賛成すると判断し、マンション居住者の支持を得ようと与野党が挙って円滑化法の制定に賛成票を投じた。

国土交通省による事業推進
国土交通省住宅局はマンション建て替え事業を推進するために円滑化法の立法と並行して優良補助金で区分所有者の同意形成を誘導した。円滑化法による強制事業として実施するため経済的支援体裁を取った。優良補助金は円滑化法第4条(基本方針)を根拠の法律内容を具体的にマニュアルで定めた「建て替え推進決議」が、補助金の申請条件として定められた。「建て替え推進決議」は住宅管理組合の区分所有者の5分の4以上の絶対過半数の賛成で決議をする手続きである。決議内容は、組合員自らの費用で専門のコンサルタントを雇用し、建て替え事業による権利関係の変化を明らかにし、区分所有者全員を強制的に建て替えに絞って事業計画を作成作業に踏み出す合意形成である。
私有財産の保障を定めた憲法29条に違反しないよう、詳細な建て替え事業計画を作成しそれをもとに建て替え事業を検討することが前提で行う決議である。しかし、井上室長は優良補助金の交付責任者で、円滑化法の施行をする担当責任者でない。それにも拘らず、円滑化法第4条を解説したマニュアルに対して、「マニュアルは指針であって、法律ではないので、厳密に従わなくてもよい」と最初から諏訪2丁目住宅管理組合(以下「諏訪組合」と略す。)に違法な事業を教唆した。
優良補助金制度が間接補助事業として作られ、国が3分の1、東京都と多摩市双方がそれぞれ6分の1ずつ負担し、全体で補助事業の3分の2が補助金となる間接補助金制度である。国庫補助金の交付は経由庁である東京都及び多摩市に補助金を受け入れる補助制度が新たに必要とされた。井上室長は東京都と多摩市に優良補助金の受け入れ補助制度を整備する指導と併せ、事業の迅速な具体化のため、「マニュアルどおりに事務を行わなくてもよい」と違法な指導を行った。さらに、具体的指示として「建て替え推進決議」名称の組合総会決議文書さえ添付されていれば優良補助金は交付する。」と東京都、多摩市長、諏訪組合に違法を示唆した。
諏訪組合では組合員の約半数が強制建て替え事業に賛成しておらず、諏訪組合自身の負担でコンサルタントを雇用して事前の準備調査をもとに「建て替え推進決議」を行うためには、事務手続きの全て順調に進んだとしても、3年以上の期間が必要であった。そこで、井上室長はマニュアルで定めた「建て替え推進決議」のために行うべき手続きのすべてを割愛して、マニュアルを蹂躙した名称だけの「建て替え推進決議」を違法に行うことを諏訪組合に指示し、事業を急がせた。

二重の贋(にせ)「建て替え推進決議」
井上室長は多摩市および東京都に、「「建て替え推進決議」名称の総会決議文書さえ添付されていれば、国は優良補助金を交付する」と確約し、その年の内に国庫補助金が諏訪組合で使えるよう補助制度の整備を要請した。井上室長の指示内容は以下のとおりであった。
「優良補助金の申請に添付する『建て替え推進決議』は、住宅管理組合総会における組合総会決議でなければならない。しかし、『建て替え推進決議』は、マニュアルどおりの手続きを経ていなくても、『建て替え推進決議』の名称の決議を補助金交付申請書に添付すること。国土交通省が補助金交付申請書を審査し、補助金交付を行うから、補助金申請の経由庁における事務は、形式審査に止め、『建て替え推進決議』が欺罔されたものであるか、どうかは審査の対象ではない。」という指示であった。
建物区分所有法上の重要事項の総会の議案は、事前の諏訪組合総会開催案内の議案として通知するべきことが定められている。井上室長は建て替え事業のコンサルタントとして旭化成ホームズ㈱を利用し、その指導を徹底するよう諏訪組合に指示した。諏訪組合は定期総会に緊急動議を行い、定期総会議題として通知していなかった「建て替え推進決議」をマニュアルと無関係の「国庫補助金の交付制度」に応じる補助金申請条件であるという説明で「建て替え決議」を行う緊急動議が行われた。しかし、その動議は、建物区分所有法上、総会開催の1週間前に告示された議案ではないため、議案は総会決議とみなせない。
マニュアルに定める「建て替え推進決議であれば、事前に諏訪組合独自の予算で建て替え事業計画を実施していなければならないため、組合理事者からの「マニュアルとは別の補助制度に対応する『建て替え推進決議』である」と説明された。総会では、以前から「建て替えか、修繕か」の議論があり、総会でも、「新しい補助金はその検討に使えるか」という質問が出された。諏訪組合理事会は、「建て替えに関する検討を行うのであれば、修繕との比較の検討にも使うことができる」と説明した。
しかし、優良補助金の補助条件は、組合として「建て替えに絞った建て替え事業計画作成」をする意思決定に対して行う「建て替え推進決議」である。「建て替えか、修繕か」を選択する段階の調査は各組合が独自の予算で行い、そこで建て替えに絞って全員を強制させる実施計画作成に国庫補助金が支給できる補助金であった。しかし、総会での組合理事者の説明は、優良補助金の補助条件と違う回答をし、総会ではマニュアルで定めた内容と違う「建て替え推進決議」で補助金の交付が受けられると説明され、マニュアルで定められた名称の決議で国庫補助金を詐取する欺罔の決議が行われた。
国土交通省住宅局は、景気回復のために規制緩和の立法が、憲法を蹂躙した円滑化法として制定されたのであるから、政府の規制緩和の目的を実現するためには、マニュアルを遵守する必要はないと判断したに相違ない。優良補助金交付担当責任者井上室長は、円滑化法を蹂躙しても、政治的に要請された条件下で、建て替え事業を迅速に行う選択を、住宅局の組織的な決定か、指示に基づいて、違法な行政処分を実施した。
当然、東京都や多摩市長に対する法律違反を行うようにさせる指示は、井上室長の上司の承認を受けて行った組織がらみの指示で、井上室長単独の大胆な判断で法律違反が行えるほど国土交通省の綱紀が乱れているとは考えられない。また、井上室長自身、自分の将来の官僚生活を犠牲にしてまで身を挺して違反を行う理由がない。小泉・竹中内閣の要請に応え、住宅局としての都市再生事業の成果を上げ、法律違反という建て替え事業の実績(火中の栗)を拾うことで、昇進が約束されたのではなかったか。

国庫補助金の虚偽申請
諏訪組合は総会でマニュアルに定める「建て替え推進決議」、即ち、「建て替えに絞って作業をする合意」をしてはおらず、その段階では優良補助金の申請は補助金申請条件に適合しておらず、総会決議をしない優良補助金申請を行うことには、諏訪組合理事会内部でも意見が分かれていた。建て替え事業を実施する結論に向けて、専制君主的な組合運営を行うため、諏訪組合は理事長を含む建て替えを進める組合員は「理事長の執行権」という架空の権限の存在を主張し、建て替え事業は、理事長以下複数の理事・組合員による稟議書の決済を背景に独裁的運営を実施できるとした。
稟議書の決議をもとに諏訪組合の行動決定の手続きとみなした理事長の執行権により、優良補助金の補助申請を理事長名で行った。経由庁である多摩市長も、あまりにも杜撰な諏訪組合からの申請に「優良補助金申請に対する総会決議」の添付を求めた。しかし、補助金申請に関する総会議決は存在せず、改めて総会決議をすれば組合内部に不正が露見する。そこで旭化成ホームズ㈱の助言を得て、諏訪組合は国土交通省井上室長の指導を口実に、稟議書の議決を経た「理事長の執行権」と、次のような経緯を多摩市に説明した。「現在の段階で総会決議を採ることは不可能であるし、井上室長は申請書の形式が整っていれば申請書を受理してくれる。」と説明し、総会決議のない国庫補助申請を東京都経由で国土交通省関東整備局に提出した。
この違法な国庫補助金申請を問題視して、諏訪組合の組合員と一緒に私は井上室長と面談し、違法な申請の受理を改めるよう申し入れた。面談の席で井上室長は次のように断言した。「国土交通省に申請された国庫補助金申請書は、多摩市、東京都を経由して国土交通省の関東整備局で審査の後、私の手元に届き、瑕疵はない申請文書であったので国庫補助金を交付した。皆さんが『建て替え推進決議』が違法であると指摘をするのはご自由であるが、申請文書には補助条件通りの『建て替え推進決議』を行った諏訪組合の総会決議が添付されており、国庫補助金申請書には多摩市及び東京都の副申が付いており、申請事務に瑕疵がなく、それを見直す必要はない。疑義があるから調査せよという皆さんからのご要望には、私の権限でその嫌疑を認めないので、一切行わない。また、本件に関するいかなる調査も、私の権限で、調査そのものが実施できないように妨害する。」
この件に関し、その後、補助金交付申請に添付された「建て替え推進決議」がマニュアルに定められた手続きを経ていないので国庫補助金等適正化法違反であるとして、行政不服審査請求を地方自治法に基づき多摩市会計監査委員会に行った。多摩市会計監査委員会は、「補助金申請の手続きにグレーな部分もあるが、国が指導する円滑化法に基づく事業を行う政策を実施するもので、国で受理された文書を違法とはできない」と不服審査請求は却下された。そこには国家の方針に逆らえない事大主義が横たわっていた。そこで、私達は東京地方裁判所に地方自治法に基づく行政事件訴訟を行った。しかし、東京地方裁判所は、井上室長が諏訪組合及び多摩市長を指導したとおりの理由で却下した。マニュアルは単なる行政指導であって法律ではないので、それには拘束されない。この訴訟は東京高等裁判所に控訴されたが、東京高等裁判所は地裁の判決でよいと判断し、控訴は却下された。その後、最高裁判所に上告されたが判決は覆らなかった。
円滑化法の立法当時、円滑化法を所管していた住宅局市街地建築課長は説明をしていた。マニュアルは円滑化法4条で定めた基本方針の内容が憲法第29条第2項で定める公共性の内容と齟齬しないように、円滑化法を施行する国土交通省に法律内容を解説させたもので、マニュアルの拘束力は、法律そのものである。
マニュアルで定める2つの重要な決議、「建て替え推進決議」はそれを根拠に優良補助金の交付が行われ、また、「建て替え決議」はそれを根拠に建物区分所有法第62条の建て替え決議とされ、円滑化法第9条の強制権を具備する建て替え組合の認可の基準になっている。「マニュアル」という用語は英語でその和訳には「指針」という訳もあるが、円滑化法に基づき制定されている「マニュアル」は、法律の内容を解説する法律そのものであり、井上室長の説明する「単なる指針で、法的拘束力はない」という説明は、円滑化法の立法および「マニュアル」の制定経緯及び円滑化法の法律の構成から有り得ない。また、国庫補助金は国民の血税である。その申請条件が単なる行政指針で行われるはずはない。

円滑化法上強制建て替えを実施できなくなったはずの事業
優良補助金を受ける手続きを担当したコンサルタントである旭化成ホームズ㈱は、井上室長の意向を受け、諏訪組合の事業指導者とし、また、諏訪組合から建て替え事業者として内定していた立場を受け、建て替え事業計画は全面的に旭化成ホームズ㈱の作成に委ねられた。しかし、そのコンサルタントとしての主たる業務は建て替え反対者の切り崩しに向けての人件費に向けられた。旭化成ホームズ㈱は戦前からの有名人が住んでいた江戸川アパートの建て替え事業を成功させたとNHK・TVが紹介したことを売り物に、井上室長の全面的信頼を得、江戸川アパートの例を円滑化法によるマンション建て替え事業のモデルのように説明し、諏訪組合事業の指導者の立場で臨んでいた。
しかし、優良補助金を受けてまとめられた事業計画は諏訪組合住民の意向を尊重しておらず、建て替え計画がまとまった段階での組合員の支持は建て替え決議に必要な80%には遥かに及ばない60%程度しかなかった。その後、旭化成ホームズ㈱は反対者の切り崩し作業を必死に行い、ある程度の切り崩しができた段階でアンケート調査を実施した。その結果は、依然、30%以上の組合員は旭化成ホームズ㈱がまとめた建て替え事業計画に反対であった。その状態で「建て替え決議」を行えば組合員の5分の4以上の絶対過半数の賛成が得られず、決議を行えば建て替え事業なできないことが確定される。そこで諏訪組合はそれまでに優良補助金5億円近く掛けた成果を、「存在しなかったもの」のように闇に捨て、全く別の方法で建て替えを実施する途を模索し始めた。
その段階で諏訪組合は国庫補助金適正化法に違反する補助金の不正使用を行ったことを理由に、渡辺幸子多摩市長、旭化成ホームズ㈱岡本利明社長、諏訪組合理事長加藤輝雄を東京検察庁立川支部に刑事告訴し、東京検察庁立川支部の捜査も始められた。多摩市長は身に危険を感じ、次の選挙には立候補しない意向を明らかにし、旭化成ホームズ㈱の諏訪2丁目替え事業から撤退する意向を明らかにしていた。
円滑化法による強制事業の大前提は、第4条の基本方針通りの組合員の合意形成で行うことである。その合意は建て替え事業計画に対する組合員の5分の4以上の絶対過半数の賛成による合意形成である。しかし、諏訪組合は円滑化法に定めた合意形成の前提である建て替え事業計画は5億円の優良補助金を受けながら組合員の意向を反映しないものを作成したため、合意形成のための事業計画としてまとまらず反故処分にしてしまった。その段階で円滑化法による事業は円滑化法上、中止されなければならなかった。
事業計画作成の目的外の建て替え事業反対者切り崩しのために浪費された優良補助金は、目的外支出で国庫へ返還さらなければならない資金であった。しかし、それらの円滑化法上の手続きや国庫補助金等適正化法に基づく手続きは蹂躙され、その実態は、井上室長の恣意的な国庫補助金の管理による旭化成ホームズ㈱に供与さられた公金横領である。

井上室長による知能犯罪の実行
諏訪組合は井上室長の指導を受け、東京建物㈱と共謀して円滑化法に従った強制建て替え事業を実施する建て替え組合認可のために、円滑化法に定める「建て替え決議」を締結することが必要となっていた。しかし、これまでの事業において作成した「建て替え決議」を行うために作成した旭化成ホームズ㈱による建て替え事業計画は反故にしてしまっていた。「覆水盆に返らず」どころか、「建て替え決議」に掛ける議案自体が存在しない状態になっていた。井上室長を中心に練られた陰謀は、円滑化法で強制事業組合の条件として必要な「建て替え決議」を、先に欺罔できた「建て替え推進決議」同様の円滑化法施行関係者を欺罔する方法で決議をすることであった。
建て替え事業には強制事業権を持った建て替え組合の東京都知事の認可が不可欠であった。井上住宅局住宅整備室長、阿部多摩市長、諏訪組合、東京建物(株)ら関係者にとり、建て替え事業を実現するためならば、手段は問わないことで一致していた。優良補助金の交付が行われて以降、諏訪組合は不正に騙し取った優良補助金を使って建て替え反対者を切り崩し、円滑化法に違反した建て替え事業をゴリ押ししてきた。諏訪組合は違法な既成事実の上に「建て替え決議」の準備を井上室長の指導を受けて進めていった。
円滑化法の制定に伴い建物区分所有法が改正されており、平成14年建物区分所有法では建て替え事業計画をもとにした「建て替え決議」を締結することに改正されていた。諏訪組合は井上室長の指導を得て、建物区分所有法第62条による「建て替え決議」の用語名が同じであったので、諏訪組合は同じの名称を悪用して、円滑化法第12条の建て替え組合の認可条件を満足したと平成14年建物区分所有法による「建て替え決議」を行ったかのように諏訪組合総会決議を欺罔し作成し、東京都知事による円滑化法第9条に基づく強制権を有する建て替え組合認可申請を行った。犯罪者は同じ手口を繰り返すが、この欺罔の申請は「国庫補助金を不正に交付申請」するときの「建て替え推進決議」の欺罔と同じ方法であった。
諏訪組合は、円滑化法第9条に定める強制建て替え事業の施行者となる建て替え組合の東京都知事に対する認可申請を多摩市長経由で行った。この認可申請は、先の優良補助金申請に当たり、その補助条件である「建て替え推進決議」を行ったことを証明する文書同様、マニュアルの手続きを踏まず、「建て替え決議」の名称を付けた諏訪組合総会決議文書である。その公文書を違法に作成する欺罔する手口は、すべて井上室長が常套的に使っている方法(官僚の形式主義の言い訳)をそのまま使ったものである。この「建て替え決議」がマニュアルに違反し、建物区分所有法に違反し、欺罔したものであることは、東京都及び多摩市長の円滑化法施行関係者は皆が知っていたし、当然知るべき立場にあり、欺罔を承知で違反幇助した。
それができた理由は、「関係者はすべて、騙されただけの善意の第3者であった」という言い訳を井上室長が用意し、教唆し、欺罔を幇助した「形式主義を欺罔の方法として使う」卑怯な方法であった。つまり、国を含んで行政庁の三者とも、「違反が発覚し追及をうけても、知らなかったと言えば逃げおおせる」という説明に納得し、違反を承知で事業を進めていった。公文書のチェックは、基本的に形式審査しか行われないことを承知し、形式審査では通ると説明され、文書を経由した公務員には、違反の実態を仮に知っていても、「自分の審査したものには、瑕疵がなかった」と責任回避する方法が教えられた。
証拠は残らないが露見したら犯罪の幇助になり、人生を破滅させることになる恐怖を与え、犯罪関係者を締め付ける方法で、大きな違反を大胆に実行した事業である。公文書の欺罔を前提に申請書を作ること自体、法治国の常識を逸脱した犯罪者として、単純で知能犯がよく使う方法である。しかも、この欺罔は国庫補助金の詐取に始まり強制事業を法律上資格のない者に行わせる許認可に関するもので、刑法上の刑罰も重いことを知る立場にあり、これほど大胆に実施できた背景には、「聖域なき構造改革」という国家として構造的・組織的に違反事業を行うことを決意して実施したものとしか考えられない。
官僚は基本的に学業成績が優秀である者を雇用するが、採用後は組織人間として優れた歯車として養成し、個人としては何もできない卑怯な人間に育てている。できるだけ現場の仕事とは切り離し、住民の要求に応える現場の立場で仕事をさせないようにする。官僚が現場と結びつくと組織から外れても現場に根を張って生き、権力に敵対する危険性が生まれるため、組織と離れては生きられないように養成する官僚の管理が行われてきた。警察人事を建設省人事に取り入れた河野一郎が建設大臣になり、官房長及び局長人事に技術官僚を排除し、警察事務官僚を登用した理由として汚職疑惑から身を守るためとうわさされてはいたが、公式には次のように説明された。

(説明されていた要旨):「官僚を現場に行かせるな。現場に行くと情が移り冷酷な判断能力を失い、国家の決定したことを実現できなくなる。特に、技術官僚は技術的合理主義に縛られ、現場に合った対応をしたがるので官僚には向かない。行政目的実現のためには、理屈でできなないことでも、権力を冷酷に行使し目的実現させることである。」

全体主義国や戦中に国民を恐怖で支配した秘密警察組織も、基本的に自立できない組織人しかできない人事操作法であり、それが現在も官僚機構の操作に生きている技術官僚から脱皮し栄達を求めた井上室長の行動指針でもある。

強制建て替え事業組合の設立と強制事業の実施
諏訪組合は法律上意味のない「建て替え決議」の総会決議を実施すると、即座に、マニュアルで規定された法律上有効な「建て替え決議」と欺罔し、円滑化法第9条に基づいて建て替え組合の認可権者である東京都知事に組合認可申請が東京都知事に行われた。井上室長の指導を受けたと言っても円滑化法およびマニュアルに違反した文書で申請を行っていたため、東京都知事の認可に不安があった。諏訪組合は認可されなかったときのことを考え、修繕積立金の徴収は、建て替え決議以降は円滑化法上行ってはならないにも拘らず、都知事認可の見通しが立つまで継続して徴収し続けた。
しかし、東京都知事認可が得られると、即座に建て替え事業を実施する具体的な強制事業手続きに着手した。その段階では、依然、約50名強の区分所有者が建て替え事業ができなくなる可能性もあると考え建て替え、事業への参加を留保していた。それが建て替え組合認可後一挙に建て替え事業反対者から脱落した理由は以下のような事情があった。
諏訪組合は以前、旭化成ホームズ㈱が建て替え事業をするときは、事業に参加しない世帯のマンションは1戸1500万円強で買い取ると言っていた。しかし、東京建物㈱に建て替え事業者を選考させるための建て替え事業者決定選考競技(コンペ)で、最初から選考予定していた東京建物㈱に「一世帯当たり500万円の移転補償金を交付する提案」にしたとき、諏訪2丁目団地の土地評価不動産鑑定機関に、「地形が不正形」を口実に23%低く減額評価させ、1戸当たり資産は1,200万円弱になり、そこからマンションの除却費1戸当たり80万円を控除すると、1戸当たりの区分所有者の資産額は1、117万円という額を東京建物㈱は公表した。
それは既存マンションを取り壊したときの更地価格で、更地化したときの市場価格でもなければ、既存マンションの資産価値を評価したものでもない。しかし、諏訪組合は、1,117万円は既存マンションの損失補償価格であると言い切った。この時点で、中古マンション市場で諏訪2丁目住宅団地の住宅は、1、200万円から1,500万円までの市場価格で流通されていた。しかし、建て替え事業を強行できる建て替え組合が認可されたことで諏訪組合・東京建物㈱の姿勢は一挙に強くなった。建て替え反対者は市場取引価格より1戸当たり300万円以上安い価格でしか補償されないことが団地全体に行き渡りマンション買い取り価格引き上げ可能性の絶望感が団地全域に広がった。建て替え事業に賛成できない人たちは、組合の強制買い上げ価格よりも少しでも高い価格で売却しようと任意売却を急ぎ、建て替え事業から転出した。
その過程で「法律上違反して行う事業は法治国ではできないはず」と最後まで日本国が法治国であることを信じ、この住宅地を「終の棲家」として維持しようと考えた2人の老人は、売却の機会を失い強制収用され、大きな被害を受けることになった。諏訪組合は東京地方裁判所立川支部に二人の区分所有者のマンションの強制明け渡しと所有権移転を要求し、民事保全法で訴訟を提起し裁判所ははじめから2人の区分所有者を不法にマンションの占拠する不法行為者とみなして、刑事事件の被告同然に扱った。2つの民事保全事件の裁判のいずれの裁判長も「諏訪組合の要求を受け入れること」を前提に法廷を指揮し、被告二人の主張を全く聞かず、諏訪組合の申し立ての通りの判決を行った。
当時、諏訪2丁目マンションには賃貸住宅として借家化していた住宅居住者が多数あり、それらの人々には二人の区分所有者を強制排除した以降、さらに約1ヵ月間、取り壊しされるマンションに継続居住していた。つまり、強制明け渡しをしなければならないほどの緊急性があったわけではなかった。裁判所はその判決後、1週間目に諏訪組合の求めに応じ執達吏を派遣し、二人の区分所有者に仮入居住宅も提供しないで自宅マンションから叩き出した。強制執行に関し事前に裁判所には裁判の決定に対し異議申し立ての手続きをとり、強制執行猶予の理由を記載し文書で実行日の変更を裁判所に要求していた。しかし、裁判所の執達吏は、文書による回答も持参せず、実力行使により2人の区分所有者を自宅マンションから叩き出した。
諏訪組合は東京地方裁判所立川支部の司法権を借りて、明け渡しの強制執行をするとき、メディアを集めて写真撮影を求め、建て替え事業反対者に対する見せしめという報復行為を行った。この強制立ち退きの実施は、事前に多摩市や東京都にも知らされていたが、円滑化法に定められた適正な手続きは取られなかった。強制立ち退きをさせられた2人の老人に対する円滑化法上の対応も、民生上の救済の手は何一つ差し向けられなかった。その結果、一人の区分所有者は近くのホテルに避難したが、もう一人の区分所有者は猛暑日が続く8月11日から10日間野宿を余儀なくされた。
強制執行の数日後、私が出張から帰宅したとき、マンションから叩き出された二人の所在も分からず、法務省人権擁護委員会、多摩警察署、多摩市など八方手を尽くした。いずれからも「裁判所の決定したことに干渉できない」と的外れな回答で対応された。やがて、一人の区分所有者は自家用車と公衆便所を利用した野宿をさせられていたことが分かり、その区分所有者を同行し、建て替え事業の監督官庁である多摩市に出掛け、人命救助の観点からの対応を求め、当面の応急仮居住をさせた。

「建て替え組合認可」の違法性
強制事業を実施できる建て替え組合は、建物区分所有法第62条の「建て替え決議」を行っていないから、円滑化法第12条に定める認可基準に違反し、同法第9条により東京都知事が認可することはできない。それにも拘らず、東京都知事が違法に建て替え組合認可をした。東京都知事は認可を行うに当たり、認可申請は法律に違反しているから認可をしないようにと、区分所有者は東京都知事に意見を提出した。しかし、行政不服審査請求に対し、東京都知事は理由を示さず却下し、建て替え組合の認可を行った。そこで、東京都知事の認可が円滑化法に違反してなされたから、その認可処分を取り消す権限のある上級機関、国土交通大臣に対し行政不服審査請求を行った円滑化法に関する行政不服審査請求に対しては特別の定めがある。それは、東京都知事の建て替え組合の認可処分は、認可処分に先立って不服審査請求ができる制度になっている。
そこで知事の組合認可処分に対しては、既に一度不服審査請求を受けているから認可後は、不服審査請求をすることはできない一事不再議の法律構成になっている。しかし、東京都知事の行った認可処分に対し、処分の前提になっている申請書自体が不存在であるから、法律が規定している一事不再議ではない。申請内容の不存在を争う不服審査請求を国土交通大臣におこなった。しかし、国土交通大臣からは「一事不再議」として違法な却下処分をした。いずれにしろ、国土交通大臣の裁決はこれまで住宅局が一貫して円滑化法違反で強行してきた建て替え事業では、円滑化法違反を承知で強行しているため、理を尽くして訴えてもその判断は覆ることはないと判断された。そこで、行政事件訴訟として国土交通大臣の裁決結果が違反処分であることを東京地方裁判所に訴えた。
その公判で「建て替え決議自体が不存在」であるにも拘らず、それが法的に存在していると欺罔して東京都知事の認可を受けた認可申請及びそれに基づく認可を容認することは間違っていると東京地方裁判所に抗議をした。ところが、裁判長定塚誠はその追及を鬱陶しがって「建て替え決議の不存在を問題にするならば、それに絞った訴えを提起しなければならない」と行政事件訴訟で提起された裁判で原告が訴える審理すべき問題を審理せず、定塚誠裁判長はその問題を裁判では扱えなくしてしまった。そこで裁判長の示唆通り、「建て替え決議の不存在」を争点にした行政事件訴訟を提起することにした。
偶然、新しい裁判も同じ定塚誠が裁判長になったので裁判長のかつての教唆通りの審理を期待した。定塚誠は裁判の審理に先立って、訴状内容のより詳細な説明を原告に求めてきた。そこで裁判長の要求通り説明した準備書面を作成し提出した。その後開かれた公判廷で、裁判長は被告に「意見がないか」と質問し、被告は「何もない」と答えたので、私は裁判所に提出していた原告の準備書面を被告が全面的に認めたと驚いた。裁判長はそれ以上審理せず、すぐ結審し、翌月判決の言い渡しとなった。後で判明したことは、原告が準備書面として提出した法廷文書は、定塚誠が個人的に握りつぶし、被告には渡っていなかった。そのため被告は裁判官の質問に答えて「意見がない」と答えたのであった。
裁判長定塚誠はその判決において、「審理前の既定の事実」として「建て替え決議の存在」と記載した。定塚誠は、「建て替え決議が不存在であることを争うならば、それを争点として争うように」と教唆しておいて、自ら裁判長として行った判決において、「本案審理前の確定している事実」の欄に、「建て替え決議」と記載されていて、「訴訟を提起した訴えは、審理するまでもない確定している事実である」と審理の対象にもしなかった。原告を騙した理不尽な裁判は想像もできないものであった。
この事件の場合、国土交通省が円滑化法第4条に違反して、国庫補助金の不正交付を行い、円滑化法第4条を説明したマニュアルを蹂躙した法施行を容認した。また、マニュアルで明記された「建て替え決議」が存在しないにも拘らず、すでに失効した昭和58年建物区分所有法の手続きで行った「建て替え決議」をマニュアル及び平成14年建物区分所有法に定める「建て替え決議」であると欺罔し、円滑化法第9条に定める強制権を有する建て替え組合の東京都知事認可を行った。定塚誠の書いた判決文通り、「建て替え決議」という文書は「存在」している。「存在」する「建て替え決議」は円滑化法上の「建て替え決議」ではないので提訴した。定塚誠が判決文で書いたことは何を書いたのか、「解っていてか、それとも、恍けてか」行政の違反幇助を行ったとしか考えられない。
「建て替え推進決議」も「建て替え決議」も円滑化法が公共性を付与された必要条件である。この必要条件を満足していない事業の公共性の根拠「建て替え決議の不存在」を争っている事件である。審理をしないで頭ごなしに違法な「建て替え決議」が合法的であるとする行政処分の違法を争っている裁判で、定塚誠は「建て替え決議」の「存在は、既定の事実である」と記述した。存在する「建て替え決議」が違法であることを審理事項からはぐらかすことで、適法な「建て替え決議」と認めた判決になっている。定塚誠裁判長が無能や恍けているのでなく、「聖域なき構造改革」関連裁判に司法は行政に従うべきことが内閣から最高裁判所に命令されていたのではないかと思わざるを得ない。

建て替えに賛成しなかった区分所有者への供託金の額
諏訪組合が強制権を背景に強制明け渡しを実施できた法律上の背景には、建て替え事業に賛成できない区分所有者に対する補償が供託金として供託されたためであった。その供託額はかねて諏訪組合・東京建物㈱が公表していた通りの1,117万円であった。この金額は建て替え事業を行うことに賛成した区分所有者に対する権利変換の基礎となる既存の土地の1世帯当たりの権利の額を示したものである。それは、建て替え事業に賛成できない人に対する補償金額でもなければ、建て替え事業に参加する区分所有者に対する権利変換額のいずれでもない。
権利変換を受ける者に対しては、諏訪組合の事業ではこれまで居住していたマンションと同一規模までの新築マンションを提供することになっている。そこで、提供される新築マンションは法律上、既存の区分所有者の権利から既存のマンションを取り壊した費用分を減額した額と同額になる。供託金の1、117万円で床面積45㎡の新築マンションが供給できるかというと、そうではない。ということは、新規建設の床面積45㎡のマンション価格から、1,117万円を差し引いた差額分は建て替えに応じなかった人の財産を東京建物㈱が強奪したことになる。
東京建物㈱は区分所有者の資産を著しく少額に評価するトリックで建て替えに参加した人には以前のマンションと同じ規模のマンションを許与することで、大きな利益を与えたと信じ込ませた。この建て替え事業の過程で、その後支払わないと取り上げた1戸当たり移転補償費500万円は、区分所有者の資産の一部であった。組合員を脅迫して取り上げておきながらその資産詐取の犯罪を、円滑化法を監督する行政庁は容認してきた。
諏訪組合と東京建物㈱の主張をすべて認めたとしても、諏訪組合の建て替え事業で権利者の得た権利は床面積45㎡の新築マンションで、その価格は高々2,500万円である。地区外に追い出される区分所有者に供託された1,117万円は、実は再開発前の素地価格で、その素地を東京建物㈱は、都市再生事業で、4倍に利用できることになるので、東京建物の視点に立てば、既存の区分所有者に1世帯に対しては、土地は279万円(1、117÷4)の原価と考えてよく、残りの838万円の土地が3倍の2,514万円に化け東京建物㈱が全て手に収めることになる。
よって、東京建物㈱にとっては、既存の区分所有者に対して通常なマンション価格として2、435万円(2,514-279万円)以下のマンションを無償で渡しても損失は発生しない。それ以外のマンションは販売価格から1戸当たり敷地面積が床面積1㎡当たり56万円(2、500÷45万円)で計算した額までは、マンション建築物に転換した部分で、それ以上の額は東京建物㈱が土地を高容積率利用したことで只取りした利益である。別の説明をすると、小泉・竹中内閣による「聖域なき構造改革」で生まれた贋金利益はこのような形で東京建物㈱の利益に帰属させ、建て替え事業に賛成した区分所有者もその開発利益の分配に与ってはいない。
まず、建て替え事業に参加できない区分所有者に対しては、この建て替え事業によって既存の居住環境を奪われるわけであるから、そこで奪われる権利を補償するものでなければならない。つまり、それまで区分所有者が諏訪2丁目で保有していた住宅不動産をこの近傍類似の条件下で手に入れることができる土地取得とマンションを取得するための推定再建築費として補償されなければならない。それが閣議決定された公共事業に伴う損失基準要綱に定められている適正な補償額である。

組合員不在のマンション建て替え業者のための事業
しかし、1,117万円は、既存マンションを市場価格より23%割引した価格からマンションを取り壊す費用を差し引いたもので、この補償額ではそれまでのマンションで享受していた環境を得ることは不可能で適正な補償額とは言えない。ましてや、本建て替え事業は、法定都市計画を変更して容積と建築物の高さ制限を撤廃して高密度開発できた容積率4倍に利用できた部分の利益は、すべて東京建物㈱に帰属させてしまった。
円滑化法による都市再生利益は表向き区分所有者が再開発利益を手にするように説明されてきたが、諏訪組合の事例で井上室長が違法に指導してきた事例で見る限り、円滑化法による事業は区分所有者の潜在地価を顕在化する利益程度に抑えられ、都市再生事業利益はすべて建て替え業者東京建物㈱が収奪した。このような事業計画は円滑化法の趣旨目的に違反している。
特に、建て替えの対象にされる土地は法定都市計画で容積率が著しく高められ、地価が高騰し、マンション建て替えに応じられない人は、法定都市計画の変更前の地価では、土地費の補償にはならない。建て替えを希望する人にとって取り壊すマンションは建設廃棄物で、取り壊し工事費の掛かるマイナスの費用であるが、既存マンションに住み続けたいと願う区分所有者にとってマンションは相応の効用のある住宅で、推定再建築費で評価されるべきものである。1、117万円の供託金は、正当な補償金になっていない。
一方、建て替え事業に参加する人の既存の権利に関しても、この事業はこの土地の法定都市計画の変更を前提に既存の容積率の4倍の床面積を造ることで事業が成立するものである。4倍の利用をすることで地価は4倍相当に上昇する。その価値増加分は区分所有者の資産価値の増加に帰属するもので、建て替え事業者、東京建物㈱が「濡れ手で粟」してよいものではない。このように建て替え事業者が高利潤を上げさせることに、政・産・官による護送船団利益を拡大するマンション建て替え事業推進の政府の目的がある。
しかし、この建て替え事業では東京建物㈱は法定都市計画変更前の土地価格で土地を仕入れたことにして、法定都市計画の変更後の実際に建て替えマンションを販売するときの原価である土地価格の上昇分、即ち、建て替え利益増加分は、すべて東京建物㈱が手に入れる不当な事業計画として実施された。このような建て替え事業者に巨額な利益を与える一方で建て替え事業が違法であるといって反対した区分所有者に、不当な不利益が及んでいる事業を認可した東京都知事は、一体何を審査したのか。
さらに、取り壊しとなるマンションと一体的に管理されていた修繕積立金(1世帯当たり111万円)は、マンションの取り壊しと同時に、建て替え決議時点での区分所有者に均等に返戻されるべきもので、マニュアルにはそのように記載してある。しかし、諏訪組合は建て替え事業に反対していた私の娘を含む3人の区分所有者には、懲罰的な措置として諏訪組合で着服し、返戻しなかった。3人の区分所有者は諏訪組合の返戻金の着服は詐欺であるとして諏訪組合を相手に民事訴訟を提起したが、東京地方裁判所立川支部は被告諏訪組合の修繕積立金の横領を正当であると認め、東京高等裁判所も最高裁判所もその判決でよいとした。
そこでその判決に抗議し、その措置を容認した多摩市長に行政事件訴訟を提起したが、既に民事事件で諏訪組合が区分所有者の修繕積立金を横領してもそれを容認した判決していたという理由で敗訴になった。諏訪組合の横領に関し刑事告訴をしたが、東京地検立川支部は、以前被告訴人を国庫補助金詐取事件で告訴したことがあり、それが却下された事件とを一体の事件と考え、「一事不再議」と勘違いして告訴を不受理としてきた。

第4章 マンション建て替え事業の公共性

マンション建て替え事業と憲法第29条
建築物の物理的又は社会的老朽という鉄筋コンクリート造のマンションを建て替える自然科学的及び社会科学的合理性はなく、老朽化を理由に建て替えを行うことを正当化する例は世界的にない。しかし、日本だけは土地と建築物は独立した不動産であると扱い、土地は永久に不変であとされるが、建築物は償却資産とすることで正当な理由がある虚構(フィクション)を国として作ってきた。実際は土地自体も地震や大雨や洪水で崩壊することもあるし、擁壁や道路や下排水も経年劣化し、修繕と維持管理を繰り返すことで、土地の効用も守られている。その点に関し、土地も建築物も同じで、それぞれに対応した修繕と維持管理によって恒久的な資産として維持されている。
阪神大震災で大手建設業者の建設した新耐震設計法による建築物が倒壊したが、その原因追及は行われず、「鉄筋コンクリート造の危険性」が建築物に共通する問題があるかのように問題がすり替えられた。また、「建築物の危険性」だけが非科学的に独り歩きし、構造の危険と材料の劣化を前提にした耐震診断や鉄筋コンクリート造の劣化診断に問題にすり替えられ、危険性に怯え耐震技術基準の強化が根拠も薄弱なまま推進された。構造が安全に計画されたとおりに建築されたものは安全で、危険な設計が危険であって、安全に設計された鉄筋コンクリート造の建築物が危険であるわけでない。
建築構造は無数の仮定条件の上に構築されているもので、荷重、設計、材料、施工など建築物実現過程で多くの想定条件ごとに安全性を考慮して構造設計が行われている。そのすべては過去の経験の上で構築され、厳密に言うと既存の建築物全てに関し、絶対安全と言えるものはない。NHKが宣伝するような新耐震設計法で設計したマンションは安全であるという事実はない。新耐震設計法は構造設計の一部に新耐震設計技術を取り入れたもので、建築物の耐震構造設計方法ではない。新耐震設計法を採用しても構造計画が正しい仮定条件の下で設計・施工されていなければ安全ではない。安全性を高めることは費用がかさみ建設業者の利益が薄くなる。
そのため、構造計算などのIT技術を使い材料の使用量を理論的に最小限度に削減してコストカットする施工実体と乖離した新手の手抜き技術が大手建設業者の下で開発されてきた。施工能力が対応できない限界安全設計は手抜き工事と同じである。日本の鉄筋コンクリート造は、世界的には恒久的に安全である構造とされているものを危険性があるとし、耐用年数があると説明し、劣化しないのに「劣化する」と言い、一律に償却資産として扱っている。安全に設計した建築物に構造劣化論や耐震危険論を適用し、減価償却論を適用することは、不正な利潤追求のための牽強付会な理屈で適当ではない。
欧米では土地とその上に建てられる建築物は不可分一体の関係であると社会科学的理屈に合せて維持管理の方法が法律上決められている。しかし、日本では土地と建築物とは別の不動産であるとして、開発行為に関しては都市計画法が、建築行為に関しては建築基準法がそれぞれ安全性を審査し、許可、又は確認することになっている。土地は恒久的に利用でき、建築物は有限にしか利用できないと頭からきめてかかっている。実際の開発行為に関し、わが国では現行の都市計画法と別の開発行為の定義の行政指導で行われ、建築行為は開発許可にはいらないという扱いがされている。その違法な行政指導が優先して扱われ、また、安全に関する技術基準も都市計画法と建築基準法と違っているが、土木と建築の相違は相互に無視し合い、それぞれごとに正当を主張しあっている。
各土地の所有権は地球の芯から宇宙の果てまでその所有権は及んでいるから、欧米では土地利用に関しては土地と建築とは不可分一体であると考えられている。しかし、日本では、土地と建築物とは独立した不動産と民法第87条で定め、憲法第29条第1項それぞれの私有財産権の保障としている。都市空間は社会的に利用されているから、公共の利益を増進するため、都市空間利用は社会的に決められなければならない。すると、土地と建築物の重なる部分の上空と地下の私有財産権の保障は矛盾することになる。建築物を土地と切り離して独立した不動産と扱うことが社会科学的に間違いなのである。
憲法第29条第2項で決められた公共性は、社会的に決めている土地利用計画で、都市計画法に基づく法定都市計画である。法定都市計画は都市の空間利用のマスター・プランとして、国家権力でもってその実現を担保し、その計画実現を担保する権限を「計画高権」という。このような都市の空間利用を国民の総意で決めた憲法で、「私有財産権の保障」として国家が国民に約束している。法定都市計画に従って立てられたマンションの空間利用権は、計画高権によって国家により保障されている訳であるから、その権利は誰によっても侵害されないことを国家が憲法で国民に約束している。そのため、マンションの利用自体に憲法で保障した公共性がある。マンション所有者が一旦所有し、そこを終の棲家として生活を始めた人は、その空間利用は国が認めた公共性がある利用であるから、憲法第29条第2項で保護され、誰からもそのマンションから追い出されることはない。

法定都市計画法と憲法第29条第3項
円滑化法による建て替え事業が期待される理由は、建て替え事業により経済的利益が期待されるためであり、既存の法定都市計画のままで容積の増大ができない場合には建て替え事業は取り組まれない。小泉・竹中内閣によって実施された都市再生事業は、その前提条件として、既存の土地利用計画に比較して約4倍程度の容積率の利用を可能にすることが前提とされている。一旦決められた法定都市計画は、国家権力が介在した計画高権の裏付けの下に私有財産権の及ぶ範囲を確定し、その法定都市計画を前提に将来の土地利用が国家によって決められたわけである。
法定都市計画で定められた土地利用内容を変更することは,既得権に影響を与える。法定都市計画の変更により利益を受ける人があるとともに、損失を受ける人も生まれる。損失が発生する場合、憲法第29条第3項は国家による損失補償を定めている。「聖域なき構造改革」は、規制緩和による利益を受けることしか問題にしていない。実際には利益を受ける人と同じだけ不利益を受ける人が生まれることになる。憲法29条第3項に対応する実体規定が建築基準法第11条である。
小泉・竹中内閣は、都市計画法の改正と法定都市計画の改正をルーティン業務のように実施してきたが、決してそのように法定都市計画の変更を行ってよいものではない。国民の権利義務に大きな関係があるものとして説明することがなければならない。マンション建て替え事業の場合、建て替え前の土地の価値と建て替え後の土地の価値は法定都市計画の改正を条件にしているから、容積率を4倍に引き上げたとき、土地の資産価値は4倍になる。その4倍に拡大した利益がどのように分配されるか、その開発が都市の施設との関係で適正であるか、都市計画との間で合意されなければならない
しかし、諏訪組合の建て替え事業では井上室長が東京都及び多摩市を牽引して、小泉・竹中内閣の「聖域なき構造改革」として建て替え事業を進めたが、円滑化法による事業が事業採算を先行させて既存の法定都市計画を変更することが、都市計画理論的にみて可能なのか。少なくとも小泉・竹中内閣の下ではその検討は行われなかった。経済的利益のために規制緩和をする法定都市計画の改正を繰り返すと、法定都市計画は不要である。日本の都市計画が都市を計画通り築く指導力を持てなかった理由は、経済主義に都市計画が従わされてきたからである。

マンション建て替え事業の理論と実際
小泉・竹中内閣による「聖域なき構造改革」は専ら企業の経済的利益の追求と国家の経済政策を目的に実施された。少なくともこれまで都市計画的な計画理論としての豊かな生活を実現することを目的としてマンション建て替え議論が行われてきたわけではない。諏訪組合によるマンション建て替え事業を見る限り、その事業目的は建て替え事業者の利益が中心に考えられ、既存の区分所有者の利益は棚上げされ、国庫補助金も十分な利益を上げている建て替え事業者の経営費補助に行われているようにさえ見える。
円滑化法の主張する公共性の理論は、同法第4条で定められた基本方針に定められた区分所有者の合意形成の方法が民主手続きを踏んでいることで公共性を主張するものである。建て替え事業を進める目的は多数者の利潤追求であることには変わりない。多数者の利潤追求のために少数者の権利が犠牲にされてよい理屈は憲法第29条からは導き出すことはできない。諏訪組合の事業から憲法第29条の公共性の理屈は見られない。
円滑化法第4条はあくまでも多数決による合意形成を、マニュアルにおいて5分の4の絶対過半数で計画段階と工事段階のそれぞれの段階の2段階で合意形成の決議を行うことを定めたものである。それは憲法第29条第2項で規定されている公共性の理由になると断言できる論理性に欠けている。国土交通省が円滑化法第4条の公共性を実現するためのマニュアルを定めているが、マニュアルに定めた2つの決議を実際に行わないで、それが実在すると欺罔することで円滑化法による事業が実施された。二つの決議がなくても強制事業はできると住宅局は事業を強行したのである。
円滑化法による事業に公共性があるとしたことは、理論上も実際の行政上も、憲法の拡大解釈ではなく憲法を蹂躙することで可能にしたことである。少なくとも昭和58年建物区分所有法における建て替え決議に関し、鉄筋コンクリート造建築物の危険性を根拠に緊急対策をすることが、憲法第25条との関係で公共性があるとしたことには、危険性の捏造自体に疑問が残るが、それを除けば論理的な正当性が認められる。しかし、今回の円滑化法第4条にはそのような公共性となる根拠が認められない。
その上、今回諏訪2丁目の諏訪組合による建て替え事業を取り上げたことは、「聖域なき構造改革」と説明されている通り、円滑化法自体が憲法違反の立法である嫌疑が一層高まったことと同様に、円滑化法の最も重要な強制権を行使できる事業として、第4条で定めた基本方針が、住宅局自身によって無残に蹂躙されたことである。井上室長は優良補助金の交付担当室長であって、円滑化法の施行担当課長の職権にない。それにも拘らず、円滑化法施行担当課長の職権を侵犯し、円滑化法第4条を法律解説したマニュアルを単なる行政指針だから従わなくてもよいと国家行政組織法違反で行った。マニュアルに定めた「建て替え推進決議」を補助申請条件にしている円滑化法体系を破壊し、優良補助金をマニュアルに定めた「建て替え推進決議」及び「建て替え決議」でなくても、名称が同じであれば名称だけの「建て替え推進決議」及び「建て替え決議」で良いと言い、国庫補助金を交付する違反行為を行うよう、諏訪組合、東京都、多摩市に示唆した。
そして、自ら優良補助金の申請条件に違反を承知して補助金を交付した。優良補助金交付担当室長が国庫補助金適正化法違反を承知して、悪びれず補助金交付を行った行政処分は驚きという他ない。また、その事実を行政事件訴訟で訴えられながらも、東京地方裁判所立川支部、東京地方裁判所、東京高等裁判所及び最高裁判所は、いずれも国庫補助金の不正交付を容認する判決を出した。このことは、司法としての機能停止に陥っていると言わざるを得ない。
その理由は、司法は行政に対しては追従することしかできないのか、それとも、小泉・竹中内閣による「聖域なき構造改革」という「葵の御紋」に抵抗できなかった。「聖域なき構造改革」は、1000兆円超の国債を抱え、先行き改善に見込みが立たないデフレを阻止するための憲法違反をしても進めなければならない大きな政治判断として取り組まれた政策である。裁判の判決は悉く行政処分を追認するだけで、原告の訴えを法的に否定したものはない。法治国の三権分立の民主主義の構造が機能していないことが明らかになった。「聖域なき構造改革」として政府が実施した円滑化法関連事業は、立法、行政及び司法の三権が全て憲法を蹂躙し行政権が求めていることを優先して実行に移した。その結果、主権者である国民に大きな苦痛が及び、東京建物㈱という民間の再開発事業者に利益は集中した。それが憲法第29条第2項に違反した公共性の実態なのである。
すでに指摘してきた司法の対応への感想であるが、行政が「聖域なき構造改革」を率先して、政治目的実現のために法律を違反した立法による行政を通して、国家経済復興のために推進してきたことは、聖域(日本国憲法)を犯しても経済復興の実現という国家の統治行為として「砂川判決」を見て、有り得ると考えた。しかし、司法は法治国の手前、根拠条文があるものは行政に遵守させるに違いないと考えた。私自身20年間で約100事件近い行政事件訴訟を行ってきたが、「聖域なき構造改革」に関し、司法への期待は幻想に過ぎず、司法も国家に一部として「聖域なき構造改革」の担い手であり、立法や行政と同様、行政法違反を幇助する判決を書くことで、国家経済の再建復興のための役割を担ってきた。

第4部 ラ・トァー・代官山

第1章 土木・建築の行政利権優先の新都市計画法

都市局と住宅局による都市計画行政の縄張り
1968年都市計画法案は英国の都市計画法の計画許可制度を日本の開発許可制度に取り入れようとしたとき、住宅局は建築基準法の集団規定が新しい都市計画法の中に吸収されることが分かり、新都市計画法に反対の意思表明し、建設省内で成立が暗礁に乗り上げた。そのとき、都市局と住宅局が協議を重ねた結果、都市計画法の問題として土地と建築物が一体か、それとも独立したものか、の議論にまで遡って整理することはせず、建築不動産の法律理論上の土地と建築物は一体か、別かの基本問題の整理は棚上げにされた。そして、拙速的に新都市計画法は可及的速やかに成立させることに合意した。そのための妥協は、旧都市計画法と建築基準法のそれまでの行政権限の関係を基本的にそのまま踏襲することで調整が図られた。そして、これまでの土地と建築物の行政上の関係は、都市局と住宅局の行政事務の関係は変えないで新都市計画法を制定ことになった。その結果、まず、土地と建築物とはそれぞれ独立した不動産であるとする民法第87条の規定を踏襲し、その上で、土木工事業(土木工学・都市工学)と建築工事業(建築工学)の利権をそのまま容認することで調整された。
そこでの両局の基本的合意は、都市計画法では建築行為の規制は原則的に扱わず、都市計画法で扱う開発行為を扱う都市計画行政は建築行為として行われるものを開発行為から除外し、建築物を建築する土地の区画形質の整備に関する開発行為に限ることにした。そこで新都市計画法案に記載されていた「建築物」という用語は、すべて「予定建築物」に書き直された。そして、都市計画法による開発許可制度による都市計画行政では、予定建築物の土地の整備までの「開発行為」を「土地の区画形質の変更」と定義し、その「開発行為」を都市計画行政の許可の対象として行うことになった。言い換えると、新都市計画法における開発許可制度では、欧米で行われている計画許可により住宅・建築不動産を一つの不動産と扱う許可制度の導入は阻止された。そして、都市計画法による開発許可は、土木工事業者が実施する工事を対象にすることにした。そしてまた、建築行為は建築工事業者の利権を変えないように、建築基準法の対象とする部分とした。建築行為は開発行為の対象外とし、土木行政と建築行政とは既存制度の行政利権を尊重し合うことに回帰することを再確認した。
そのため、開発許可制度の導入によって、建築行為の都市環境への影響を考慮した都市施設整備を行う英国の計画許可制度を導入する都市計画法立法の趣旨はその段階で断たれた。そして、「建築行為」を「開発行為」に含めないことで、英国に倣ったはずの計画許可制度は骨抜きになり、都市計画法は成立することになった。新たに制度化された市街化区域と市街化調整区域の線引きを除けば、都市計画法は開発許可制度によりそれまでの宅地開発事業を開発許可として取組むことになったが、都市計画法立法前の建築基準法と都市計画法との関係と同じ関係(姉妹法)を、都市計画法において開発許可が完了して後、建築確認を行う関係を踏襲する法律として作られた。しかし、土木と建築との行政上の縄張りの境界は、都市計画法の条文には明記されず、建設省の立法当事者間における暗黙の了解事項とされた。そのため、建築行為として実施されている開発行為が都市計画法に照らして違法である事実は、法律上否定することはできないが、その後の行政も司法もそれを黙認してきた。結果的に、開発行為の範囲を直接的な宅地造成に限定し、できるだけ開発許可の範囲を狭め、その後の建築工事の中で開発行為に相当する工事を行うことを容認する歪んだ開発許可制度にしてしまった。
都市計画法が都市局と住宅局との妥協に当たって拘ったことは、行政の範囲を行政事務の時系列の流れの中で明確に区切ることで、開発許可を完了してからでなければ建築行為は行わせない手続きを持ち込むことであった。そこで土木工事と建築工事の領域は問題を複雑にしないように、それも両法の行政の慣行に倣う条文(都市計画法29条、建築基準法6条)が置かれたが、「姉妹法の関係」として深く詰められることはなかった。
そのため、建築工事は開発行為が完了してからでないと行ってはならないと条文化した手続(都市計画法第29条、第37条、建築基準法第6条)は、時間的に開発行為から建築行為への移行の待ち時間が生まれるため、経済的に損失が生まれると指摘された。やがて、都市計画法第37条は、条文は変更されていないにもかかわらず、制定条文とは全く逆の「予定建築物の建築は、開発許可段階で都市計画法施行者の許可を受ければ建築することができる」とする「同条の文理」とは、「真逆の牽強付会な珍解釈」、「制限解除」が導入された。
その結果、立法当初から業界から批判されてきた開発許可と建築確認の間に在った時間差の空白の無駄を省く行政合理化が、予定建築物を開発許可による工事の完了前に事前着工を行える「制限解除」として、「公定力」により制度化され、都市計画法に違反する法運用が空白な時間を省く便法として法律改正なしで解釈を逆転して実施されることになった。都市計画法施行者である東京都知事が法律違反の許可をすることで、開発許可と一体に建築工事ができる違反工事を適法工事として行う途が東京都の制度として開始され、国土交通省がその違法は許可を追認する形で全国的にも規制緩和として使われることになった。

都市計画(マスタープラン)と建築規制(アーキテクチュラル・ガイドライン)
日本では民法第87条の規定により、建築物はその土地と独立した不動産として扱われたため、かつて「地震売買」といって建物の土地だけが建物の権利と独立しているとして取引され、その結果、土地の利用権を持たない建築物は、法律的に土地を安定的に利用できなくなった。そこで日本では建物保護法を成立させ、不動産登記された建築物はその土地取引が行われても、土地を利用する権利(借地権)は、既得権として保護・継承されることになった。日本の競売物件で多数発生している土地・建物の不法占用事件の多くは、民法第87条の矛盾が原因となって発生している。
英国に倣った都市計画法が制定され、日本では開発許可制度が新設されて以降も、開発行為は敷地の区画形質の変更と定義されながらも、開発行為を都市計画法に違反して、宅地造成工事に矮小化し、開発許可後の建築行為として行われる開発行為は、開発行為から除外された。その結果、都市計画法による開発道路に違反した開発行為が行われても、予定建築物が立地する土地部分を接道規定の道路整備で足りるとし、開発許可に際して開発許可基準で定めた整備を行わせず、それに対応した建築物の地盤面部分の築造に限定した。即ち、開発行為の対象部分を土木工事業者が行う宅地開発による土地造成部分に矮小化した。そして、開発行為を敷地の範囲に限定し、開発許可基準を開発区域に限定する脱法行為の取り組みが官民協力で進められた。
東京都町田市玉川学園の日本IBM運動場跡地で、長谷工コーポレーション㈱が建設した高層マンション(ユニベルシオール学園の丘)では、都市計画法上の開発許可の対象面積基準1000㎡に抵触する48,000㎡規模の敷地に、10棟の高層マンション588戸の規模の開発が行われた。都市計画法上の開発行為に該当する規模の開発であるにもかかわらず、また、深さ1mを超える雨水調節地を建設しながら、地盤の高低差1m以上の切り・盛りがないと説明し、実際は高さ1m以上の掘削があったにも拘らず、「開発行為自体が存在しない」といい、確認だけで開発が認められた。そのため、開発道路の建設を含む開発許可基準に合わせた開発はしなくてもよいとされた。
しかも、10棟のマンションを階段と廊下でつなぎ、全体が1棟の建築物として接道条件を無視した違法な確認がなされた。都市計画法上は全体を事業主の希望する1敷地として経営をするのであれば、都市計画法第11条第1項第八号の「1団地の住宅施設」(PUD)としての都市計画決定をするか、それとも建築基準法第3章規定での「1敷地1建築物」(サブディビジョン)として10のマンションごとの敷地の開発をするのであれは、都市計画法第8条の規定に合うように開発許可を置けなければならない。いずれの場合においても都市計画法第29条の開発許可は都市施設の関係で不可避の手続きである。
しかし、開発許可をうける場合には開発道路として最低幅員9mの開発道路を築造しなければならないが、この開発では「開発行為不存在」とされたことで、開発許可なしで確認申請し、開発ができることになった。この開発地に接道している取り付け道路は幅員6m未満の道路でしかない。そのため、この開発は開発道路を築造しなければ行ってはならないが、東京都の都市計画法違反の「開発行為の手引き」で開発行為はない町田市長が判断し開発許可不要とされ、「1棟の建築物の確認申請」により開発が行われた。
町田市長による開発許可、東京都建築主事(府中)による確認、東京都建築審査会による行政不服審査という東京都の都市計画法及び建築基準法行政は全く機能しなかった。その違法な行政処分に対し、住民は行政事件訴訟を東京地方裁判所に提訴し、敗訴し、東京高等裁判所に控訴し、その後、最高裁判所に上訴したが、いずれも住民の要求を認めることなく却下し、都市計画法及び建築基準法違反の開発を追認した。その結果、開発許可基準違反で開発が行われていることを知っていた開発事業者・長谷工コーポレーション㈱は、居住者及び周辺住民からの反発を恐れて、発生交通量の問題を隠蔽するため通勤バスを走らせ、発生交通量の問題の顕在化を押さえた。しかし、開発許可基準違反の問題を隠蔽できるわけはない。現実の道路渋滞問題は頻発し、災害時の不安は大きい。

開発行為と建築確認
小泉・竹中内閣による都市再生事業は、長谷工コーポレーション㈱のベルシオール学園の丘及び住友不動産㈱ラ・トゥアー代官山のいずれの開発でも、都市再生事業として都市計画法と建築基準法の姉妹法の関係を破壊して、それぞれを切り離した規制緩和が行われた。小泉・竹中内閣の規制緩和は、企業利益を拡大することだけに偏っていて、都市計画法と建築基準法の規制緩和を行いながら、都市をどのように造るかと言った視点はなく、経済的利益の拡大のためには、規制緩和を口実に手段を問わない法律違反を容認した開発となったことにより法施行の混乱と無秩序な開発を引き起こすことになった。
都市計画法は都市環境の計画の作成とそれを実現する法律であるとされた。都市は多数の土地所有者が憲法第29条第1項で定める私有財産の保障をされているので、第29条第2項を根拠に都市計画法で定めた法定都市計画(マスター・プランド・コミュニティ)の公共性を有する土地利用計画を定め、それを都市計画決定された「計画高権」で土地利用計画の実現を担保することになった。その方法は個々の土地ごとに法定都市計画で定められた土地利用に従うこと、つまり、「一敷地、一建築物」(サブでディビジョン・コントロール)の原則、又は、「1団地の住宅施設」(PUD:プランド・ユニット・ディベロップメント)に従って土地利用規制をする欧米の法律構成に倣った制度である。
欧米では都市環境を適正なものにするために土地利用計画(マスタープラン)を法定都市計画として定め、敷地ごとの土地利用計画を都市計画法で保障する「計画高権」により恒久的に土地利用計画を国家権力が実現を担保することになっている。その土地利用計画(マスタープラン)を実現するために、個々の敷地を単位に、敷地に対応する建築設計指針(アーキテクチュラル・ガイド・ライン)を作成し、サブディビジョン・コントロール(「一敷地、一建築物」)により、建築設計指針に従った建築規制を行い、都市環境を4次元(3次元空間に歴史軸を入れた4次元)の人文的な都市空間として計画通りの土地利用に合うように都市を造り上げてきた。
そこで「開発行為の定義」としては、「土地の区画形質の変更」と用語を定義することが行われた。その用語の定義は都市計画法を宅地造成という物づくりで捉えた土木行政では、「区画形質の変更」のうち、「区画の変更」という「敷地の形状変更」が都市計画と建築基準法を繋ぐ最大の鍵を握っている立法趣旨を無視(蹂躙)し、開発行為自体を、「宅地造成」と間違って理解し,「区画変更」は開発許可を要しないことにしてしまった。
開発行為が理解できていなかったことは、都市計画法制定作業に携わっていた日本の官僚たちの都市計画の理論と法制度の知識が欠如していたためである。敷地単位ごとに建築基準法が適用されるわけであるから、都市計画法と建築基準法の繋ぎは、都市計画では開発行為により、建築基準法が施行する「敷地」単位に開発行為で区画し、その区画単位に建築行為をすることが「姉妹法の関係」の都市計画法上の基本事項として、最も重要視されなければならないことであった。
しかし、日本の都市計画は土木技術者が担当し、宅地造成という「物造りの開発事務」と勘違いをし、建築技術者もまた、住環境の視点で見るべきことを忘れ、物造りと勘違いしてしまった。米国のサブディビジョン・コントロール(「一敷地、一建築物」)が環境づくりとして行われていることを、日本の都市関係技術者は正確に理解できなかった。その結果、都市計画法が「一敷地、一建築物」の原則の下でマスタープランド・コミュニティを実現する都市空間づくりの考え方が破壊され、専ら宅地造成事業法になってしまった。

10棟の建築物、1棟の建築物
しかも、ベルシオール学園の丘は、10棟のマンションであるから、法律上「10棟の敷地、10棟の建築物」(都市計画法第8条、建築基準法第3章)とするか、10棟の建築物の「1団地の住宅施設」(都市計画法第11条第1項第8号、建築基準法第86条)とするかのいずれかにするべきであった。しかし、長谷工コーポレーション㈱は、この10棟の建築物を廊下階段で繋いだから、「1建築物、1敷地」として開発するとして、接道規定をすり抜けることにした。東京都の「開発許可の手引き」から、「1m以上の土地の切り・盛りをしないから、開発行為は存在しない」と主張し、町田市長がその間違った主張を認め、敷地全体の中でどこに幅員4m以上の道路に2m以上接するだけの条件を満たして、588戸の住宅を1棟の建築物の確認申請だけで開発を実施した。その接道部分に限り、建築基準法第42条第2項道路に準じ、幅員6mの(開発)道路用地を用意することで、「開発行為を要しない建築行為による開発」を行った。(東京都都市計画行政の実態)
その裏には都市計画法で言う開発行為の定義「区画形質の変更」に関し、「10の敷地」に「区画」する概念そのものが消滅させられていた。この奇想天外な法律上の扱いを東京都の都市計画及び建築行政だけではなく裁判所が容認してしまった。開発行為の単位と建築行為の単位として都市計画法及び建築基準法で定めたものを、適正な法施行の番人を自負する裁判所が全く問題にもしなかった。建築物の法施行に当りその原点となる敷地の扱いが、10棟であっても1棟であっても、1敷地でよいはずはない。
また、開発許可後に巨大な地下建築工事を行う地盤面の掘削と埋戻しの工事は、建築工事業者が行う工事であるので、土木工事で行えば開発行為であっても、建築工事として行えば開発工事ではなく、建築行為として行われた。本来、開発許可で対象にする開発行為は、予定建築物を建築するために必要な土地の区画形質の変更であるから、建築工事として行われる土地の区画形質を変更する工事であれば、建築工事業者が行っても、土地を整備するための土工事は都市計画法上の開発行為であることには変わりない。つまり、開発許可完了後に始められる建築工事であっても、そこで行われる開発行為は建築工事業者が行っても開発行為である。英国の都市計画法による計画許可同様、開発許可を受けるべきことは都市計画法上の文理解釈として当然である。しかし、行政利権の処理の仕方で行政関係者の間で手打ちが行われると、そこで決まったことは法律以上に重要な行政行為とされてきた。つまり、建築行為として行われる開発行為は開発行為ではないとされ、開発許可の基準に抵触しても都市計画法の開発許可の違反とはされない扱いを受けた。

総合設計制度と「一敷地一建築物」
小泉・竹中内閣が「聖域なき構造改革」として実施した都市再生事業に関し、建築基準法上の規制緩和として最も多用され、最も行政事件訴訟法の対象にされた条文は建築基準法第59条の2を根拠とする総合設計制度である。そこで規制緩和され最も利用された緩和内容は容積率と建築物の高さの緩和で、それは国土交通省が定めた総合設計制度(準則)の規定である。即ち、「一敷地、一建築物」(サブディビジョン・コントロール)の規定で、この準則によるとその敷地に定められた土地利用計画制限をはるかに逸脱するもので、第59条の2が第3章規定に属する文理と完全に矛盾している。サブディビジョン・コントロールの規定は、都市全体の土地利用が有機的つながりを持って管理経営される法定都市計画を実現するために、その都市計画区域に含まれるすべての土地所有者が、「計画高権で裏付けられた土地利用計画」を確実に守るための法適用の原則である。都市計画区域に含まれる土地利用は、法定都市計画を実現するために、「一敷地に一建築物」の原則の下で建築される。その敷地と建築物の関係は、建築基準法第3章に定めた集団規定(建築設計指針)に従うべきと定めている。
本事件の場合、1敷地に建築されている1の建築物である。しかし、10の敷地に10の建築物が建築される申請である。それに対し、総合設計制度を適用する場合には、10の総合設計制度を受けなければならない。しかし、本開発では10棟の建築物を都市計画法第11条第1項第8号の規定に基づく「1団地の住宅施設」の都市計画決定をしないで、建築基準法第86条の規定を適用させ、違法に、「1団地」とみなし、建築基準法第3章の規定を適用除外にした上で、その第86条で「1団地」とみなした土地を「一敷地」とみなして総合設計制度を適用させた。手品のようなことを行っている。
一敷地に複数の建築物を建築することを計画することも、土地の利用計画上「用途上不可分の関係の下で、建築物が有機的な関係をもって経営管理される」場合には、複数の建築物を一団地に建築する方法もある。その場合は、以下に説明する通り、学校建築、病院建築、コッテジ形式のホテルのような「同一経営管理下にある建築物」、「一団地の住宅施設」や「一団地の官公庁施設」という扱いが法律上規定されている。土地利用規制の目的は都市としての開発が都市施設と対応していることである。
本来、敷地面積や土地利用の仕方によって隣接する敷地と合算して一敷地と見なして扱っても、全体として開発密度がアンバランスしている場合には、隣接する敷地と「一の敷地」と見なし、優れた環境を実現することができる。そのような設計が行われる場合、それを「総合設計制度」として認めたのが本制度の考え方である。それとは全く違っている。
「総合設計制度」とは、、狭い敷地で低層の建築物が敷地一杯の土地利用がされていても、全体の容積率が低いため環境が良くない土地利用がある。その土地の隣に広い土地があり、高層低密度利用のため広いオープンスペースが作られ、隣地がその空間を利用でき、その隣り合う両方の土地が一つの土地と見なすことができる場合の特例である。隣接する敷地を一体的に建築設計し、低層過密の敷地の高層の未利用部分の上空空間を利用する権利を、高層低密度利用の土地に、さらに、高層空間として利用させる代わりに、低層過密空間の利用している土地に、高層高密度利用の空地を利用させるものである。
全体として「一敷地一建築物」の土地利用規制に適合していれば、都市計画のバランスある開発と矛盾しない。その場合においても、建築基準法第59条の2は、第3章規定の適用であるから、マクロでみた場合「一体の法律適用を行う敷地」に対して「一敷地、一建築物」の原則が適用できる条件が満足される必要がある。「一敷地とみなすことのできる範囲」の規制限度内で、第3章規定の高さや容積率の開発を実際の敷地の境界を超えてやり取りする考え方である。この規定が第59条の2で、以下のとおり、説明的できる。

一の敷地と見なすことのできる範囲の区域内の敷地での総合設計は、一敷地と見なすことができる範囲の敷地の区域を一敷地と見なせば、マクロな土地利用計画に適合し、近隣の敷地への影響を押さえ、土地利用計画の範囲で計画をできるようにするものである。

総合設計制度を適用した結果は、実際の敷地ごとの建築規制には抵触するが、隣接敷地を「一敷地」と見なした場合は、「一敷地、一建築物」の原則に適合し、全体としてはマスター・プランド・コミュニティの趣旨に適合し、規制緩和の限界に適用される範囲での土地利用と認める規定である。その扱いにより総合設計制度を利用した土地利用は、巨視的に見た場合の法定都市計画に適合した開発となる。
しかし、小泉・竹中内閣が行った総合設計制度(準則)は、法定都市計画で定めた土地利用の枠組みから大幅に逸脱し、法定都市計画全体の容積を法定基準以上に、何倍にも増大させる歯止めのきかない規制緩和になっている。規制緩和するための口実を集めただけのもので、「一敷地、一建築物」の原則を蹂躙するものとなっている。法定都市計画と「一敷地、一建築物」が地区的に連携してマクロで法定都市計画の土地利用規制を満足させるものでなければ、総合設計制度とは言えない。
小泉・竹中内閣による都市再生は、都市計画法と建築基準法が「姉妹法の関係」を、切り離し、建築基準法だけで単独でつくり上げた規制緩和の基準であるため、規制緩和を実施した結果、実際に実現される建築物は、建築基準法で定めた法定限度をはるかに逸脱した建築物を造る緩和になっていた。この規制緩和は、行政権が法律の暗黙裡の了解の下に守ってきた枠組みに違反して行った規制緩和である。

「一団地の住宅施設」と建築基準法第86条
一般的なマスター・プランド・コミュニテイの方法に、PUD(プランド・ユニット・ディベロップメント:「一団地の住宅施設」)という都市施設として複数の建築物を有機的な関係を持って一団地を経営する場合の建設方法を設けている。この方法は1950年に、占領下の日本に連合軍が建築基準法の制定時に米国の法律を導入し、その関連改正で都市計画法に取り入れられた米国の都市計画の技法である。
都市計画法第11条第1項第八号の「一団地の住宅施設」である。「一団地の住宅施設」は都市施設で、全体が有機的に経営管理されることを前提にし、その土地利用計画と同時に建築設計指針(ハードなルール)と合わせて「一団地(ユニット)の経営」ルールを定めた。そして、「一団地の住宅施設:PUD(プランド・ユニット・ディベロップメント)」という土地利用計画と一体的に建築設計指針を都市施設として都市計画決定をした場合には、建築基準法第3章(集団規定)の適用を免除し、それに代わり、その都市計画決定をした建築設計指針で建築規制を行う根拠を、建築基準法第86条に置いた。
しかし、その姉妹法の関係が、1971年住宅局市街地建築課と都市局都市計画課の担当者との協議で、違法に破壊された。住宅局では都市計画が計画を決定し、そこで決定された計画を建築行政で実施することは、開発を実施する企業に対する指導権を発揮できないと勘違いしていた。そこで都市計画決定そのものを外し、特定行政庁の許可権限で「一団地の住宅施設」を実施したいと考え、住宅局は都市行政の隙を狙っていた。
都市計画法が制定され建設大臣の権限が都道府県知事に移譲されることになった機会を狙って、住宅局は「一団地の住宅施設」の都市計画決定を外し、代わって住宅局が定めた認可基準に基づき特定行政庁の認可で「一団地の住宅計画」を進めることを仕掛けた。その方策として都市計画法第11条第1項第八号で定める「1団地の住宅施設」の都市計画決定を省略し、それに代わるものとして住宅局が単独に取り纏めた建築基準法第86条の基準に基づき定めた「一団地の住宅設計指針」を使い、特定行政庁が認可に代える法律違反の取り扱いにすることを要請した。
都市局担当官も法律に根拠をもたない違法な同意を住宅局に与え、「一団地の住宅施設」は都市計画決定を行わなくても、特定行政庁の認可で集団規定の適用を免除できるようにしてしまった。都市計画決定をしない「一団地の住宅施設」に対し、建築基準法第3章の規定を適用除外することは法律上できないし、行政官が法律違反の談合で手続変更を行っても無効である。しかし、この取り扱いが「公定力」をもったと司法も行政も認めている。このような官僚による法律軽視が国民の法律への信頼感を失わせている。
この法律違反の行政を行政官が実施したことから、ラ・トゥアー代官山でも問題を混乱させている。住宅局の担当官が都市計画法制度の知識・経験がなく、建築行政利権の拡大行使に固執し、都市計画法と建築基準法の姉妹法の関係を破壊したのである。そして、住宅局が違法に定めた建築基準法第86条の取扱い基準が、特定行政庁の承認で法的効力を発揮するよう行政自身が法律違反の法律施行を長年続けてきたのである。
この改正を行った行政官僚自体の住宅・建築・都市の学問知識、行政法知識、学習経験自体が浅く、それを容認した都市局及び住宅局もそれを容認した訳であるから、行政実務を支える住宅・建築・都市行政学会自体が極めて未熟でしかない。行政事務の中心を担う法律事務官は法律事務手続きの知識に長じているが、住宅・建築・都市行政学の知識は全く貧しいうえ、その学問体系自体を「物造りの工学」としてしか理解していない。そのうえ、行政全体を歴史・生活・文化を扱う人文科学として歴史軸で理解する行政は行われていない。そこが本書で扱う「聖域なき構造改革」の拙速的受け入れ体質になっている。

建築物の高さと地盤面の操作
この事件では、第二種低層住居専用地域の最高高さ12m制限が、この土地の開発容積率利用を制限している。その制限を突破するために地盤面のトリック操作が以下の通り行われた。実際に建築された建築物のために開発行為で築造した地盤面(1)である。しかしこの事業では法律上の敷地とその地盤面を法律上の地盤面として扱わず、代わりに(2)から(4)までの3様の地盤面を持ち出し、それぞれごとの規制緩和を取り入れた説明を行い、規制緩和を受け入れた開発理由の正当化の説明を行っている。地盤面とは開発行為、建築行為のベース である。この事業では地盤面自体にトリックが持ち込まれている。
(1)「一敷地一建築物」の原則で、開発前の地盤面より8.18m以上地盤を切り下げて開発行為を行い造った低い位置に造られた地盤面の一敷地。ただし、この法律上の正しい地盤面は、開発許可申請及び建築確認申請上の地盤面とされていない。
(2)「10棟の建築物と10棟の建築物の敷地」(第3章)開発行為を行っても変わらないという開発行為により築造された地盤面より、8.18m高くに存在するとされた架空の地盤面で、開発行為及び確認申請上の10建築物の架空の敷地。
(3)「1団地に建つ用途上不可分の関係にある10棟の建築物」(第6章第86条)、(2)の10の建築物が「1団地を形成する」架空の団地を、法律上「一敷地に建てられた10棟の建築物」の地盤面で、第86条で「一団地」の扱いをした敷地の地盤面。
(4)「1の敷地に立つ10の建築物」(第3章第59条の2)を、「一団地」を「一敷地」と読み替えて、「一敷地に対して適用できる第59条の2の規定(総合設計制度準則)を適用した「10の敷地と開発道路による1団地」を「1敷地」と欺罔した敷地。

「予定建築物」に介入しない・介入できない開発許可
都市計画法は都市局が法律制定のため住宅局と立法の趣旨を忘れた妥協をした結果、土地と独立して登記できる「建築不動産」を建築行政権限と建築工事業者の利権を一体にし、また、開発許可を受けないで実施できる「建築行為」は「開発行為」ではないとみなし建築基準法のみの監督下で行った。建築工事業者が行う「建築行為」は、都市計画法上の「開発許可」として都市計画法の中で揺籃し、その行政権では制御できなくなった。
「開発行為」の定義を、都市計画法で定めた定義と違った「用語の定義」を行政指導の「開発行為の手引き」で定め、そこで定めたことを法律に優先させてきた。手引きに定めた「開発行為」が不存在であるから開発許可を不要とした。本事業では、開発行為自体の存在を否定できなかったため、開発許可申請を行ってはいるが、その申請において、事業主住友不動産㈱は、開発許可の基準に適合する開発計画を立案していない。そこで行われたことは、開発許可を行ったことで都市計画法上正しい事業を行ったと示威するためであった。本事業では建築行為を実施するための「通過儀礼」として開発許可を行い、後は建築確認で開発許可基準に縛られない開発行為を行おうというものであった。
「建築行為」として必要な開発行為を行っても、都市計画法で定義した「開発行為」に該当した土地の区画形質の変更を、「建築行為」として実施でき、「開発行為」は不存在と扱った。その計画で開発事業費の負担を最も大きく引き下げたことは、特定行政庁(渋谷区長)による第86条で、「1団地の住宅計画」の認可であった。
その扱いにより開発道路を築造していても、その道路は敷地扱いをにし、容積計算の基礎敷地面積とし、建築行為では建築基準法のみなし「1団地」の規定を違法に「1敷地」読み替えて適用した。開発地部分の道路分の敷地利用は、開発道路として造るべき道の幅だけセットバックすることで、開発要件としての道路条件を満足したとした。そのような第86条の適用により開発道路敷を「敷地」と読み替えを許す規定はどこにもない。
東京都都市計画行政は、東京都知事の開発許可権限(第29条)が違法に渋谷区長に移管され、澁谷区長が都市計画法違反を実力行使した。さらに「聖域なき構造改革」は、都市計画法と建築基準法の「姉妹法の関係」をそれぞれの法律ごとに切り離し、規制緩和を事務当局に提案させた。そのため、都市計画法及び建築基準法をそれぞれの所管行政機関の実務レベルで姉妹法の関係を切り離してしまった。その中で最も大きな役割を担った行政指針が、東京都が定めた都市計画法で用語の定義を行っている「開発行為」の違法な書き換えを行った「開発許可の手引き」である。
現状では宅地開発までの土木工事を土木工事業者が実施し、それを都市計画法では開発許可対象工事と呼び、その後に行なわれる建築工事として行われる工事は巨大な地下工作物や地下建築物をつくる工事でも、すべて建築行為に仕分けされる。開発行為ではなく、建築行為と仕訳された工事は、開発許可の対象にされない。日本では土木工事として行う行為が「開発許可」の対象となり、建築工事で行うことになれば「建築行為」になり、「開発行為」にはならない。その結果、都市計画法上の開発許可の対象は、土木工事部分であって、建築工事部分は建築工事では土工事として行われても「開発許可」の対象にはされない。「開発行為がない」とされ、開発許可を受けなくてもよいとされてしまえば、開発道路の設置義務が解除される信じられない工事が東京都では日常茶飯事に行われている。
つまり、建築工事には土工事を含め都市計画法は都市計画行政実務では不適用になっている。建築工事か、又は、土木工事かの違いが、開発許可の法適用を変化させ、建築工事として行われる工事は「開発行為ではない」と扱われる。開発許可が始まった段階で建築行為が都市計画法第37条を根拠に「制限解除」として許可され、建築工事完了後に敷地の仕上げが開発行為の仕上げとして行われ、完了公告がなされた。
都市計画法立法時の都市局と住宅局との行政領域の整理の段階で、建築物の法適用を土木工事(都市計画法)と建築工事(建築基準法)に分裂させてきたところに原因がある。なお、建物保護法のような法律は土地と建物とを独立した不動産として扱う日本にしか存在しない法律である。その逆に、欧米では土地に対する抵当権を行使すると、建物も土地と一緒に奪われるが、日本では建物保護法で土地の抵当権行使を妨害することが可能になった。通常であれば不法占用扱いとされる行為に、日本では法的正当性を与えている。

姉妹法の関係を無視した規制緩和
小泉・竹中内閣の「聖域なき構造改革」の対象の主たるものは、基本的にこれまでの都市計画法によっては実現できなかった土地利用、中でも開発密度の緩和と建築物の高さの制限の撤廃および緩和である。その具体的な方法として都市計画法と建築基準法の「姉妹法」の関係を分断して、開発許可を受けないで建築確認を受けられるようにした。小泉・竹中内閣は国土交通省の都市局と住宅局それぞれに対し、それぞれの所管する都市計画法および建築基準法で可能とされる規制緩和の提案を、姉妹法の関係を分断して国土交通省の土木、建築、事務官僚に歴史・文化的背景を無視し、法律上可能な限りの口実を作って、緩和を行わせた。また、総合設計制度による規制緩和理由となるところを利用して法定都市計画で定められた土地利用規制以上の規制緩和を実施させた。「姉妹法」の関係、「一敷地、一建築物」の関係、敷地、団地等の用語の定義等住宅・建築・都市として案見送りの了解となっていることが規制緩和で蹂躙されても、全く問題にされなかった。
法律事務官僚の関心は現行法制度上の手続きの整合性を取り繕うことで、そこで行われる法律行為のマスター・プランド・コミュニティの持つ公共性、即ち、社会科学的合理性の実現を問題にするものではなかった。その結果、法定都市計画は計画高権によって都市環境を担保する憲法第29条第2項の公共の福祉に裏付けられた国民の権利が、開発許可を守らないで良いとされたことで、無造作に踏みにじられた。
法定都市計画は国民の私有財産を計画高権によって拘束するものである。小泉・竹中内閣による都市計画法の改正は、法定都市計画を変更することを前提に、その土地の上での建築物の規制緩和により、経済的利益を回復するための建築活動の無政府的な拡大を容認するものであり、都市計画区域内の不動産の財産価値を大きく変化させるものである。法定都市計画の持つ公共性を理解しないで、既存の法定都市計画で決められた都市環境の既得権を無視した集団規定が緩和された。
これは、建築基準法第11条で既得権保護として問題にしているとおり、一旦法定都市計画とされた土地利用は、憲法第29条第2項に規定されている国家権力が介入して決定した国民の私有財産権の保障内容を変更することに関係する問題である。国家が法定都市計画として決定した国民の私有財産権の内容を、再び法定都市計画の改正として変更することは、国家が国民の土地に関する権利を一旦決定し、その土地利用を計画高権で担保した内容の変更である。
国民の既得権の侵害になるので、憲法第29条第3項に従って法定都市計画の変更により私有財産権の及ぼされる損失を明らかにし、その損失補償を前提に改正法定都市計画案の住民説明及び縦覧等の改正手続きが行われなければならない。しかし、国民の既得権への影響に対する説明と損失補償の議論は全く行われないで法定都市計画が変更された。

行政法の専門知識があると限らない弁護士
総合設計制度による規制緩和処分を行った特定行政庁は、いずれも都市計画法の改正や法定都市計画の改正は法律に従った手続きを経て実施したから適法な処分であると答弁してきた。姉妹法の関係、みなし敷地の扱い、法定都市計画の改正のような法律に明文規定がない将来の法定都市計画が実現しようとしている暗黙裡の了解事項を蹂躙して行われた。これらの「聖域なき構造改革」は、いずれも法律の条文上の根拠規定がないといい、景気刺激や経済活動の復興を実現する目先の利益を獲得するために規制緩和されてきた。規制緩和が都市施設に対する重大な負荷となっていることの検討なしに行われていることは、未来の土地利用に対する重大な負担を後世の社会に負わせたことである。
本来、内閣法制局が立法審査すべきであるが、その内閣法制局長官が「聖域なき構造改革」のため交代させられ、内閣法制局長官による憲法適合審査機能が働かなくされていた。これらの規制緩和をしてはいけないとする法律上の根拠は、司法官、行政官、行政法学者が姉妹法の歴史を通り一辺に探しても、根拠条文を見つけることはできない。そのいずれの「姉妹法の関係」も、姉妹法の都市・建築行政史研究は貧弱で、わが国の住宅・建築・都市行政の鏡になれるものは、残念ながら存在しない
都市再生事業の中で最も濫用された「総合設計制度」の濫用の下になった国土交通省がまとめた「総合設計制度(準則)」は、その根拠となっている第59条の2の条文から論理的に説明できない。「聖域なき構造改革」は立法事務を担当する行政官も、行政事件訴訟で判決を下す裁判官も、小泉・竹中内閣の改革要求がおかしいと感じても、反対すべき法律上の根拠が分からず、単純に規制緩和をするために首相の指示に従うことになる。その結果、規制緩和を誰からも邪魔されずに進められることになった。
小泉・竹中内閣による「聖域なき構造改革」が目的とした「バブル崩壊による放漫経営の企業損失の回復・救済のメカニズム」は、規制緩和により国家が介入して、既に法定都市計画で決定した土地利用計画を変更することで不正に利益を供与することであった。景気が回復した結果だけで規制緩和をすべて是認することがあってはいけないし、また、規制緩和によって不正に利益が供与される仕組みの結果の分析と、その将来的な都市経営への影響に議論が集中されなければならないが、それは行政上全く対応されていない。
国民の私有財産権に関し、規制緩和に基づく行政処分が、関係者の財産に大きな利益を及ぼした分だけ、不利益を国民に与えることになった訳である。それを規制していた建築基準法第11条(憲法第29条第3項)の補償も行わず法定都市計画を改正した訳であるから、それらの国民の利益を守ってきた根拠条文の違反が「聖域なき構造改革」の名の下に行われてきたことになる。しかし、立法関係者は「姉妹法の関係」を基礎にした暗黙裡の法施行に関し、その根拠とする違反を証明する条文(羈束行為としての禁止条文)が存在しないため、「法定刑罰主義の原則に立って」と尤もらしい法律原則を持ち出して、「姉妹法の原則」違反を犯していても、違反に手を貸したと意識をしていない。
一方、弁護士の多くは法律手続きの専門家であっても、都市計画や建築基準法の行政法知識は非常に貧しい。しかし、多くの弁護士は彼らの依頼人に対し、行政法の専門知識が欠如していることを説明せず、関係法条文を探すことで根拠が見つかると勘違いし、政府が、「暗黙裡の了解という法律の構成を蹂躙したことに問題が生まれていること」に気付くことが無い。そのため、行政事件訴訟が正鵠を衝かない争いになり、敗訴することになる。

開発行為が行われながら、開発許可を受けないでよいとする行政
開発許可制度の導入の立法趣旨は、予定建築物を建築しようとするとき、開発許可により、まず、その敷地の都市インフラストラクチャーが予定建築物の利用に耐えるように「開発許可基準」に適合して整備されていることを審査するものである。開発許可(都市計画法第29条)の審査は、開発事業主が行おうとしている「開発行為」(都市計画法第4条第12項)が、都市計画法に定める開発許可の基準(都市計画法第33条)に適合していることの審査である。しかし、東京都が「開発許可の手引き」で定めている「開発行為」は、都市計画法第4条の用語の定義とは違い、「高さ1m未満の切土または盛土である」と定義されているから、その条件に該当しなければ、開発許可不要の扱いを受ける。開発許可が不要とされれば確認申請を行うことができる。東京都がいかなる意図で「開発許可の手引き」を作成したかは分からないが、この手引きは開発事業者の要求に応えて、開発許可を受けなくても「建築行為に進んでよい」とするための「脱法の手引き」である。
建築計画において地下10mを超える切土工事が行われても、それは建築工事として行われるものであれば、開発許可違反にならないという説明である。そのため、開発行為自体の目的から外れ、地盤面の変更を1m未満にして開発許可申請を受けないか、または、完成敷地の地盤面が上下に1m以上なるとして開発許可申請を行うことが開発許可制度の主要問題になっている。実際の工事では巨大な地下部分を有し、地下10mも掘削する都市施設に対する負荷の大きな開発工事に関しても、開発許可を受けないで直接建築行為を始める脱法行為が、「建築行為として行われる開発行為は、開発行為ではない」という詭弁が、当然のように行われている。青葉台4丁目(目黒区)で住友不動産㈱が実施した事業は、開発許可をすり抜け大きな開発行為を行った典型的な巨大違反建築である。
しかし、開発許可制度で求めている内容は、都市の開発環境が未整備な所での開発で、都市施設の後追い的整備を必要とすることになるので、開発許可の基準に適合した敷地条件が整備されていない敷地での建築行為は禁止しようとするものである。しかし、予定建築物の完成後の地盤面と開発前の地盤面の高さの差が1m以下であれば開発行為とみなさないとする開発行政には、都市計画法に照らして何の合理性もない。このような行政運用は、開発許可制度そのものを抹殺するもので、それを政治家と行政関係者が業界の意向を汲んで違法な都市計画事務を蹂躙しているのである。
長谷工コーポレイション㈱が行ってきた玉川学園前でのベルシオール学園の丘マンション開発では、その違反を最高裁判所まで争って住民が敗訴してから、長谷工コーポレーション㈱はさらに勢いづいてマンション開発を「一敷地一建築物」と称した違反建築物を、常習的に、千葉県習志野やその他の地区で同じ手口を使って開発許可をうけないで繰り返し建設してきた。そのからくりを弁護士(五十嵐敬喜、小山昭雄)が雑誌「世界」(2007年4,5月号)で「『数の偽装』が始まった」と特集をした。都市問題の専門家を自称する弁護士たちは、「姉妹法」の論理が分からないため的外れの批判となっている。この問題は住宅環境の問題で、都市計画決定すべき「1団地の住宅施設」として扱うべき問題を「一の建築物」の問題に矮小化したことによって起こっている。それほど住宅・建築・都市問題の日本の行政・司法、法曹界の水準は低いのである。
行政処分に対し行政不服審査請求を行っても、過去の事例で行政処分が覆った事例は皆無に等しい。そこで司法に的確な判断を求めるしか違法行為による被害からの救済の途はない。しかし、これまでの行政事件訴訟の判決に示された司法判断は、悉く行政処分を追認するものばかりである。玉川学園前の長谷工コーポレーション㈱の事例は、東京都の「開発の手引き」による都市計画法と建築時基準法の「姉妹法」の関係を蹂躙した典型例である。裁判所の判断は法律を根拠にするのではなく、東京都が作成し国土交通省が容認している都市計画法違反の「開発許可の手引き」を適法と司法が追認し、行政による違法の基準を裁判所の法律判断の基準としてきたためである。

第2章 「聖域なき構造改革」の代表事例:「ラ・トゥアー代官山」

虚偽の計画内容で申請のなされた「ラ・トゥアー代官山」
「ラ・トゥアー代官山」は、第2種低層住居専用地域、建蔽率60%、容積率200%、建築物の最高高さ12メートルが法定都市計画で定められた地区で、現存する建築物は、建蔽率100%(1.7倍)、容積率440%(2.2倍)、建築物の高さ24m(2倍)を逸脱して建築された危険建築物である。このような違反を行った理由は、渋谷駅まで徒歩10分以内に行ける立地の良さを生かして、法律限度の2倍以上の延べ面積のマンションを建築して不正な利益を上げることを目的にして建てられた。
建築主、住友不動産㈱は、都市計画法および建築基準法に照らして違法な開発計画及び建築計画を㈱日建設計と協力して社会を欺罔する目的でトリック使い、それをもとに開発許可申請及び確認申請を行った。開発許可申請及び建築確認申請を受けて、澁谷区長は東京都知事のなすべき開発許可を申請内容が違法であることを知っていて許可し、特定行政庁澁谷区長が違法な建築計画に認可を与え、指定確認検査機関、都市居住センターが違法な建築設計計画を知っていて、建築確認処分を行い建築計画に確認がなされた。
この開発許可処分及び建築確認処分のいずれもが、都市計画法および建築基準法違反として許認可を受け、不利益を受ける周辺住民が行政不服審査請求を開発審査会および建築審査会に行った。それに対し開発審査会及び建築審査会は、事実関係を確かめることなく却下の裁決がなされた。そこで開発許可及び建築確認の両処分に対し、東京地方裁判所に行政事件訴訟が提訴され争われた。
しかし、いずれも被告・処分庁の答弁が全面的に受け入れられ、原告であるこの地の歴史文化を守り育ててきた住民の提訴は却下された。そこで両裁判ともその結果を受けて東京高等裁判所に控訴されたが、東京高等裁判所は東京地方裁判所同様に、被控訴人である開発許可及び建築確認の処分庁の主張を全面的に認め、控訴は却下された。そこで最高裁判所に上告されたが、審査もされずに最高裁判所の扱う問題ではないとして却下された。裁判は(提訴、控訴、上告)の三審のいずれも、原告の訴えに対し、法律を根拠にその訴えを違法な訴えとすることはなく、単に行政庁の処分を追認するだけで、原告の訴えが却下され、「目視でも明白な違反建築物」が、裁判官によって「適法な建築物」とされた。
これは国民の裁判を受ける権利を蹂躙するものである。しかし、現実に存在する建築物が建築基準法第3章規定に違反し、都市空間利用として猶予できない危険建築物であるため、建築基準法第9条に基づき建築物の取り壊しを要求する行政事件訴訟が提起され、目下、東京地方裁判所で係争中である。法律で定める規模の2倍もの違反建築が建築され、それによって交通渋滞が引き起こされている現実を適法と是認している裁判をしている法治国・日本国とはどんな国なのか。

わが国を代表する設計・施工業者と行政庁による違反事業
「聖域なき構造改革」として実施された多くの都市再生事業の中でこの「ラ・トゥアー代官山」を取り上げた理由は、以下のような違反開発、違反建築が、建築主が一級建築士事務所と特定建設業者の登録業者により計画され、設計業務が日本を代表する日建設計一級建築士事務所で行われたことにある。さらに、建築士法及び建設業法で適法な建築設計と建設工事をする義務を負っている日本を代表する建築士事務所と建設業者が適法な開発・施工を行い、適法な建築行為と開発行為を都市計画法及び建築基準法で監督する立場にある東京都知事の行政対象の開発行為及び建築行為が、特定行政庁渋谷区長と建築確認検査機関都市居住センターとの謀議により、都市計画法違反の開発行為及び建築基準法上違反の建築行為が「聖域なき構造改革」でなされた都市再生事業により適法とされた。
さらに、その違法な行政処分の取り消しを求めた行政事件訴訟における原告の訴えに対し、裁判所が外観からも違反建築物であることを見落とすことのない建築物に行われた開発許可と建築確認の行政処分を「適法である」と認めた。しかし、実際に建築された建築物が建築基準法に照らし、建蔽率、容積率、建築物の高さの基準に、いずれも2倍程度以上に逸脱した違反建築物である。法治国の建前では、都市計画法及び建築基準法は国民の安全と衛生を国家が担保するための法律で、都市計画行政および建築基準法行政により、開発許可と建築確認により安全な建築物を造るよう行政機関がチェックしている。
しかし、このような違反建築物が造られた事実を子細に検討すると、建築主が設計事務所の専門的知識を駆使し、都市計画行政、建築行政の行政監督部局と共謀しない限り実現不可能な計画として実行されたことが判明した。建築行政及び都市計画行政の手を煩わせない限り、違反建築物が建設する過程に行政のチェックが必ず入るため、違反を適法であるとする開発許可申請及び建築確認申請は、建築主単独では実現できない。このような違反建築を実現させるためには、開発事業主は計画段階から開発許可及び建築確認の処分庁とも十分な打ち合わせをし、処分庁の対応も組み込んで練り上げられた脱法計画があって、初めて実現できることになる。
このような違反建築物は、「聖域なき構造改革」により実現できた。即ち、日本経済の景気低迷をストップさせるために行われた規制緩和として、都市計画法や建築基準法の改正や、それをもとにして法定都市計画の改正を行うことで立法上の対応を行った。しかし、政府は立法上の対応だけでは不十分と考えたためか、行政として法律違反を断行した。その行政処分の違反を阻止しようと行政事件訴訟が取り組まれたが、司法もまた、「聖域なき構造改革」の下で法律に違反した司法判断を繰り返した。このような前例が相次いで生まれ、違反建築物で利益が得られることが横行すれば、都市は既存の都市施設では対応できなくなる。現在、警戒情報が出されている首都直下型の大地震が発生すると、ライフラインのような都市機能が麻痺し、2次、3次災害を引き起こす危険が危惧される。

トリック建築(1棟の建築物、10棟の建築物)
この事業は、業者と行政庁が国民からの違反建築の追及を受けても逃げおおせられるように、工作された「違反を弁明するトリック」を計画段階から持ち込み、住民からの情報開示請求を受けても言い訳ができるように複雑に仕組まれている。官民癒着の狡猾なトリックを持ち込んだことで、犯罪の意思が明確な事業であると断定できる。しかも、裁判所がこれほど悪質な都市計画法及び建築基準法違反を犯した事業に、原告住民から違反事実を示されながらも、裁判長は事実の確認調査を行わず、主権者である国民に背を向け、企業利益のために違反に対し寛容である理由はなぜか。司法全体として、小泉・竹中内閣の「聖域なき構造改革」に全面的に従うべきことが、先に決められていたのではないか
開発許可申請と確認申請に対し、処分庁が与えた2つの行政処分に関し、違反の証拠を示して提訴した第1審、第2審、第3審の合計6種類の裁判所で、この違反建築を悉く被告の弁明通り適法であると認めた。いずれの裁判所においても、原告住民の提訴した違反の証明を否定することはできなかった。それでいて違反建築計画を適法な開発許可及び建築確認した処分であるから許認可処分を取り消せという住民側の訴えの内容に、裁判所は法律違反の根拠を否定できないまま、審理を尽くさず、そして、被告・行政庁の違法な処分に対する原告の訴えの内容とその追及を無視し、逆に、法的な根拠のない被告の弁明を容認し、弁明通り違法な許認可処分を、いずれも正しい処分であるとして住民の訴えを却下した。
この事件は、いずれも行政事件訴訟であるから裁判は、提訴された行政処分が行政法の条文に照らして、「白か・黒か」を明らかに判決する義務がある。その理由は、この事件が小泉・竹中内閣が推進した「聖域なき構造改革」として行われた都市再生事業で、司法は政府の政策に迎合せざるを得なかったためと考えられる。都市再生事業関連で、多くの行政事件訴訟が全国で提訴された。そのほとんどの行政事件訴訟で、裁判所は住民が訴える内容に関し事実確認をしないで、さらに裁判長は法廷の指揮において、処分庁のなした行政処分に対する法律上の解釈および被告行政庁(処分庁)の法律解釈の根拠を示さず、正当なもととして受け入れた。
その裁判は、裁判長の下そうとする行政迎合の結論に向けて必要な証拠の採択をするものでしかない。原告住民の要求する事実確認をせず、行政法に照らした事実関係を明らかにしないで、処分庁の答弁を「行政処分は容認できるもの」とする仲裁裁定のような判決を書いてきた。それらの貧弱な判決の繰り返しを見て、当初は、裁判官の行政法知識は、驚くほど貧弱で、行政庁の主張に反駁して恥をかきたくない気持ちが先行し、行政に従属すれば裁判官は安全という気持ちで裁判が指揮され、事実確認をしなければ事実に立脚した判決を書く必要はなくなるという卑怯さも働いたと考えた。
しかし、その裁判上犯した誤りは、あまりにも稚拙で、素朴なものでしかなかった。その裁判官の能力、知識が貧弱であったため、このような判決になった認識をしたが、その認識は誤りで、司法もまた「聖域なく構造改革」に国家の組織の一部として、内閣の掲げた政策の実現のため、犯罪の共犯者とならなければならなかったと考えるべきことが分かった。長期に亘って低迷した日本経済を改革する政治目標の実現は、日本の最高法規である憲法にも優先する内容と考えられ、行政裁判において、司法は内閣が国民の支持を得て進める「聖域なき構造改革」において、「統治行為論」の考え方に立てば、その政治の目標を司法判断の前提にすることがなければ、法治国の国家の統治にとって自殺行為になると考えられた。言い換えれば、「聖域なき構造改革」は、司法判断にとっても、すべての裁判上の判断に当って、優先する判断基準とされなければならないということであった。

「1の建築物」と「10の建築物」
「ラ・トゥアー・代官山」の事件の中でも悪質の法律違反は、「開発行為」において、実際建築される建築物は共同駐車場の上にマンションが10棟載せられた用途上、構造上、機能上一体の「一棟の併存共同住宅」であるにも拘らず、それを「10棟の建築物」であると架空の開発許可申請と建築確認申請を行った。しかも、その虚偽申請では開発許可申請と建築確認申請とで平仄を合わせ、実在することのない地盤面を架空に設定し、「その架空の地盤面を開発許可で造り」、その後、「その架空の地盤の上に10棟のマンションが建てられる確認申請」が行われた。
そして、架空の地盤が造られたとする開発許可工事の完了届が提出され、澁谷区長の完了検査に合格し完了公告がなされている。さらに、架空の地盤の上に10棟のマンション計画に対し、架空地盤の確認を前提にした確認済み証が指定確認検査機関都市居住センターから交付され、その工事完了届に基づいて検査済み証が交付され、澁谷区長がそれを受理している。その開発許可と確認処分を東京地方裁判所、東京高等裁判所、最高裁判所が適法であると認めた理由こそ、司法がこの犯罪に積極的に手を貸した証明である。
住友不動産㈱が「ラ・トゥアー・代官山」で建設しようとしていたマンションは、渋谷駅に徒歩5分で行くことのできる立地条件の良さを生かして、現在、完成されたとおりのこの建築物は建築物の用途として、高層高級賃貸ゲーティッド(入門規制)マンションを建設した。そこで高額な賃貸料収入を上げるという計画であった。開発許可基準に違反する幅員9m弱の地区の幹線道路から取り付け道路で導入し、車は地下駐車場に導入するとともに、居住者及び訪問客は大きな玄関から共同フロントオフイスに導かれる。そこのセキュリティのチェックを経てから、10棟のタワーマンション棟に導かれる計画になっている。居住者以外の来客は、すべてそこでセキュリティチェックを受け、許可があるまでフロントデスクの前に設けられた広い待合空間で待たされる。地階への駐車場も自動的な入門チェックをクリアーしないと駐車場に侵入することはできない。
この建築物は一般的には共同駐車場を下階の併存施設として造り、その上空に10棟(塔)のタワーマンションを鉄筋コンクリート構造として一体の構造として造られた共同住宅である。その概要を整理すると、建築物の用途上、機能上、構造上、地下1階、地上8階建て高さ24mの一棟の鉄筋コンクリート造高層高級賃貸ゲーティッドマンション(総戸数139戸で、建蔽率100%、容積率440%)の超高層高密度の開発である。
しかし、確認申請上は10棟のマンションは、それぞれ独立した10敷地10建築物として計画され、その間にある開発道路も10棟のマンションで囲まれた屋上広場も、すべて総合設計制度に定められた近隣住民が利用できる「公開空地」として計画されている。隣接地に公開空地の利用を行う理由で容積率と建築物高さの規制緩和を受けているが、空地は入門規制されたゲートを潜り抜けないと入ることができない屋内空間で公開されていない。隣地に対して公開利用できると説明されている公開空地に設けられた通路は、ガラスで囲われたエアコンの効く屋内廊下である。
このマンションの建設地に定められている法定都市計画は、この地が日本を代表する高燥な住居地域として旧石器時代、弥生時代からの住居遺跡があるように、自然地形として安全、高燥で優れた住宅地の条件を具備している。そのため、近代以降も富裕階層が居住する住宅地として開発された低層低密度な住宅地で、都市計画としては、建築物の最高高さを12mに制限がされた第2種低層住居専用地域(建蔽率60%、容積率200%)である。開発前は木造2階建て戸建て住宅25戸が建設されていた。問題はこのような土地利用の決められた土地に、違法な巨大なマンションの建設が建てられたことである。
日本の土地利用計画は建築法規制自体が間違っていて、このような低層戸建て住居地域(欧米ではシングル・ファミリー・ハウス)の地域に建築用途が異質なマンションも建てられることである。それ自体、欧米の都市計画では、異種用途の混合として専用土地利用計画としては信じられないおかしなことであるが、日本では第2種低層住居地域にラ・トゥアー代官山のような巨大マンションの半分程度のマンションであれば建てられる。しかし、本事件の基本問題は、用途違反ではなく、法律限度の2倍以上の巨大な違反マンションが建設できたことに、行政および司法権が挙って適法であるとしたことである。

姉妹法の関係の蹂躙(1の建築物が10の建築物に)
共同駐車場の屋上部分に地盤面があるとすると、その下にある空間は、地盤面以下となり建築面積に算入しなくてもよい建築基準法上の規定を活用し、10棟の塔状マンションの駐車場の屋上位置の建築面積を10棟のマンションの建築面積として開発許可をうけた。それに対応する架空の敷地を「一団地の住宅施設」として開発道路もその道路の反対側にある敷地も一体の建築物の敷地として設定し、それぞれが法定都市計画の建蔽率および容積率の基準に適合するとした。そのうえで、「10の建築物」を都市計画法第11条第1項第8号に定める「一団地の住宅施設」であるとする都市計画法の都市計画決定をしないで、建築基準法第3章規定の適用除外という「一団地の住宅施設」の扱いを、渋谷区長が「都市計画法と建築基準法の姉妹法の関係」に違反して認めた。実際上も、10棟のマンション棟を共同駐車場の屋上部分に乗せた形をしているが、10棟のタワーマンションはそれぞれ独立した構造のマンションではなく、その全体が用途上、構造上、機能上1棟の建築物として造られ、10棟のマンションが一団地に独立して立っているわけではない。構造耐力上鉄筋コンクリート造の一体構造として剛構造で造られた構造耐力上の関係の「一の建築物」である。
「一団地の住宅施設」でないこの計画では、「一団地の住宅施設」としての都市計画決定をしていないにも拘らず、建築基準法第86条の規定の適用を受けると説明した瞬間から、法律違反の規制緩和が働いて、建築基準法第3章の規定の適用は除外された。そして、さらにエスカレートして、全体を一敷地であるといい、「一団地の都市施設」という都市計画法第11条(都市施設)に対応する第6章第86条の規定が適用されると申請しながら、総合設計制度による緩和の利益を受けるために、都市計画法第8条に対応する第3章(「一敷地、一建築物」)に対応する第59条の2の「総合設計制度(準則)」の適用を受け、容積率と高さの緩和を受けている。そして二律背反の原則に違反している。
開発地全体を一敷地の扱いを受けるために、違法に開発道路及び開発道路を隔てた土地まで敷地の一部にして「一団地の住宅施設」の扱いを違法に行い、それ以降は「一団地」が「一敷地」と見なされ、容積率、建蔽率、建築物の高さ制限を受けるために「総合設計制度」の活用が必要と緩和措置を受けられる理由づけを駆使して法定限度の二倍の高さ(24m)と容積率(440%)をもったマンションを構築した。
この一棟の建築物の外周に幅員6mの開発道路が作られ、開発道路で囲まれた街区に敷地一杯に建築物が立っている。建築物を囲む開発道路から都市計画法施行令第25条第4項の幅員9mの道路への取り付け道路が造られている。これらの外周道路と取り付け道路は開発許可を受けて造られた開発道路で、都市計画道路と見なされる道路である。これらの道路を含む街区外の土地を、建築基準法第86条の扱いにより、総ての道路を敷地扱いとする申請を行い、指定確認検査機関都市居住センターはその違法な申請が適法と確認した。
その扱いをした目的は、「1団地の住宅」の開発道路も街区外の取り付け道路もすべて敷地扱いをし、容積率計算の母数の敷地を大きくするためであった。
この規制緩和の扱いはすべて法律に違反したものである。都市計画法及び建築基準法では、都市施設として築造された開発道路は、建築敷地と明確に区別され、相互に不可侵の関係にある。「一団地の住宅施設」として都市計画決定しても、道路は敷地に変ることはない。そのため、この事件のように開発道路を特定行政庁による第86条の「1団地」の認可で敷地編入できることはあり得ない。第86条の扱いを受けられる場合は、都市計画法第11条第1項第8号により「一団地の住宅施設」として都市計画決定を受けた場合に「姉妹法の関係」が機能した場合に限られる。「一団地の住宅施設」の都市計画決定をしないで、建築基準法第86条を適用することは、姉妹法の構成上あり得ない。その場合にも開発道路を敷地と見なすことはあり得ない。
しかし、このような計画と相違するトリックを取り入れた説明をでっち上げ、それを理由に開発許可と建築確認をするためには申請者、設計監理者、確認検査機関及び特定行政庁(渋谷区長)が、予め、違反建築の確認をする規制緩和を与える合意の謀議をしたに違いない。謀議をしていなければ、連続する許認可手続きが、包括的に認可されることは不可能である。問題は「法律の番人とされる裁判所が、無数に存在する違反を、悉く事実上追認した」事実である。裁判官に節穴同然の審査能力しかなければ、裁判官はすべて罷免させるべきであるが、実情は、裁判官もまた「聖域なき構造改革」の片棒を担いでいたと考えることが穏当な理解である。即ち、行政処分の違反を知っていて追認したのである。

トリック建築(建築面積と地階の操作)
その後、開発許可及び建築確認上、架空の地盤面を、開発許可を受けて築造することにし、その架空の地盤面上に10棟のマンションを建設する架空の建築確認申請を行った。これは開発許可申請と建築確認申請の辻褄合わせのためのトリックで、地盤面事態は架空で、実在しない。開発許可で築造する地盤面を確認申請書上の地盤面と平仄を合わせる必要があったためである。また、地盤面以下の建築部分を地階部分と表示させ、その地階部分は建築基準法上、建築面積には参入しなくてよいとする扱いをするために共同駐車場の屋上を地盤面とした。そのようにすることで、10棟のマンションの共同駐車場に接する部分以外は空地面積と扱い、建蔽率及び容積率計算で法定基準を満足させるように違法な計画を適法と認可する説明を作った。しかし、共同駐車場部分自体が建築基準法上では、地上階で建築面積に算入される。
しかし、共同駐車場の屋上部分の位置を地盤面にしても、建築物高さの最高高さ制限12mを超えることになるので、そして、建築物の高さは開発許可と無関係に再開発前からの平均地盤面であるとし、そこから建築物の最高高さの計測をしている。実際の建築物は自然光が採り入れられ、自然通風が得られるように、それより8.18m切り込んで新しい地盤面を造成し、そこに共同駐車場を建設し、その共同駐車場の上に10棟のマンションを建設した。つまり、建築物の高さを決定する平均地盤面は、この土地を開発する以前の平均地盤面が再開発後も変化しない同じ平均地盤面であり続ける考え方を、唐突に「木に竹を接いだ」ように持ち込んで、建物高さを約8m低く計算できるようにさせた。そのうえ、総合設計制度による規制緩和により約4mの高さ規制の緩和を受けようとした。開発行為によって共同住宅の居室を地階に造ることは都市計画法上認められず、すべての共同住宅部分に自然採光を得るように地盤を切り下げ、開発行為を行った訳であるから、その部分は地階ではなく、地盤面上の空間(地上階)となる。マンション計画として自然採光を採れるようにすることは、住宅計画の大前提である。地盤面を地下に切り下げて開発行為を行い、建築物の高さ制限に合せるために「階」の表示を「地階」にして欺罔しただけで、建築基準法上の地階ではない。
地階部分の扱いは、単に高さ制限を回避するため、「平均地盤面を開発によっても変化しない」トリックとした結果、表示では、「地階表示」をした。そのために、自然採光が得られるように地盤面を切り下げて造った地上階を、建築高さに算入しない方便として、法律でさだめる呼称方法に違反し、確認検査を欺罔する手段として、「地階」呼称にしたものである。このような子供だましのような理屈を法律の番人を自負する司法が、本気で認めたとは、常識的に考えようがないが、規制緩和の結論に向け、裁判所は行政庁の処分どおりの承認を裁判所の判決として与えた。

トリック建築(地盤面と建築物高さの操作)
この計画のトリックは建築物の絶対高さ制限が第2種低層住居専用地域で12mの絶対制限があるため、平均地盤面からの高さを低くするために、計測上、平均地盤面を引き上げる必要があった。そこで実際上は建築物の建設される地盤面を切り下げた開発行為を行ったにもかかわらず、開発前の地盤面は開発後も変わらないと申請した。実際に切り下げて造った建築基準法上の地盤面は、開発前の平均地盤面より8.18m分低い位置にある。平均地盤面が開発行為を行っても変わらないことにすると、2階分の階は地階扱いをしなければならなくなった。実際の建築されたマンションは8階建て高さ24mであるので、その不足分4mを総合設計制度(準則)の緩和規定により高さの緩和を受けるとしている。しかし、平均地盤面のトリックが認められないので実際の建築物の高さは、法定限度額の高さ(12m)より、さらに12mも超過した高さ24mであったからである。
総合設計制度は「一団地の住宅施設」の都市計画決定がされていても、10敷地を1敷地とみなす規定ではないので、総合設計制度自体はこの開発計画には適用できず、緩和規定の適用はうけられない。また、10棟のマンションという架空の話としても、10棟の個々のマンションごとには、総合設計制度を適用できる第59条の2の条件は存在しない。よって、総合設計制度を用いた高さ4mの緩和それ自体が、建築基準法上の緩和規定の適用を受ける正当性を持っていない。
それ以前に、総合設計制度自体がこの建築物に適用できる根拠がない。ラ・トゥアー代官山の規制緩和の根拠はすべて屁理屈であり、まともな理由は存在しない。ここに持ち込まれた地盤面と建築物の高さのトリックを持ち込んだ理由は、規制緩和の適用は受けられないから、違反建築物である指摘を受けたときの弁明のための理論武装を行ったものである。
この事業で実施された地盤面下の建築物の建築面積不算入の緩和措置は、最終的には同じ敷地面積内に開発する延べ面積を違法に拡大し確保する方法である。特定行政庁であり、開発許可権の行使行政庁である渋谷区長が開発業者及び建築士事務所と謀議し、確認済み証を交付した指定建築確認検査機関・都市居住センターが違反追及をかわすために捏造した違反を適法と欺罔する架空の話である。

エクスパンションジョイントの説明とトリック
この共同駐車場の地盤面こそ、実際のこの工事における一棟の共同住宅の共同駐車場付き住宅の開発行為として築造した地盤面である。開発事業主の説明では、地下2階部分まで一体のマンションとして10棟を造り、それを敷地境界線部分で各棟相互をエクスパンションジョイント(伸縮継手)で結合した説明になっている。10棟のマンション建築物は、それぞれの敷地とされた部分ごとに共同駐車場部分からその上階のマンション部分まで敷地境界線部分で縦に分断され、説明では、各棟間をエクスパンションジョイント(伸縮継ぎ手)で垂直に繋げている。全体が一の建築物ではないのに、10棟の建築物をなぜエクスパンションジョイントで繋がなければならない理屈が存在しない。
説明では、地盤面から地上まで一体の建築構造で造られた「10の建築物」をエクスパンションジョイントで縦に繋いだ構造である。「1敷地、1建築物」と矛盾しないで敷地ごとに1建築物を建築すると、建築構造耐力が切り離されているという説明が別棟の扱いの必要条件であるので、最もしやすい。しかし、説明通りの構造であるとすると、建築構造計画上、建築施工上は不合理な計画で、施工自体が不可能に近いものになり、経済的合理性も技術的合理性も認められない方法となる。わざわざ不合理な方法を採って、かつ、部材への応力が最大になるようなエクスパンションジョイントで繋がなければならない理由の説明ができていない。別棟ならば、何も繋がなくてもよい。
エクスパンションジョイントは、その部分で応力を伝達しないようにする構造であるから、構造耐力上の矛盾を内部構造で解消することになる。つまり、エクスパンションジョイントにすると、その構造部材が担う最大応力度が最大になるため、最大応力度に対応する材料を使用せざるを得ない。また、エクスパンションジョイントは材料及び施工費用が高く、かつ、防水対策や耐火構造などを造るうえに費用を多額に要する。利益を最高にするために法律違反を繰り返してきた住友不動産㈱が、設計計画上、工事施工上経済的に費用の多額に掛る方法を敢えて採用した理由はわからない。この建築物は、エクスパンションジョイントを使っても機能上、性能上、一般構造上、一体の建築物としなければならない建築物である。建築主はこの実際はエクスパンションジョイントを採用する意図はなく、全体が一体の1の違反建築物を作りながら、それを違反建築物ではないと欺瞞するために、法廷での説明では、苦し紛れに、実際には造っていないエクスパンションジョイントをあたかも造ったかのようなでっち上げ(虚偽)の説明で、別棟と欺罔しようとした。

渋谷区鶯谷「ラ・トゥアー代官山」の違反の内容の分析
住友不動産が渋谷区と共謀して進めた「ラ・トゥアー代官山」は、開発許可と確認申請を行うことで適法な開発であるように社会を欺いているがその手法を以下のとおり紹介する。
(1)1棟の建築物を10棟の建築物として申請
開発許可申請及び建築確認申請において、事実上「一敷地、一建築物」の計画を、「10の敷地、10の予定建築物」の計画のような虚偽な申請を行った。その目的は、実際に建築したとおりの申請をすると、建蔽率、容積率及び高さの規定に違反するからである。申請段階で意図したことは、地盤面を駐車場の屋上位置に定めることで建築面積を最小に。空地面積を最大にしたことである。
この10の敷地に関しては、都市計画法第11条第1項第8号の「一団地の住宅施設」の都市計画決定がないにもかかわらず、建築基準法第86条による「一団地」の取り扱いを特定行政庁(渋谷区長)が認可を行い、建築基準法上の「道路」を「通路」(敷地)にした。その違法な扱いにより、知らぬ間に10の敷地に対する都市計画法第29条の「開発道路」、それは、建築基準法第43条の接道条件に必要な幅員6mの道路は、開発許可申請図面及び確認申請図面上の道路という土地利用から消滅し、道路はすべて敷地扱いとされた。
さらに、開発道路を挟んで反対側にあるこの住宅地へ幅員9mの取り付け開発道路と、その道路の両側の敷地のすべてがこの開発敷地と一体に扱われることになった。開発道路を敷地に算入することはできない。10棟のマンションとした場合、10棟のマンションを囲む区画道路(開発道路)で囲われた街区の中は、第86条を適用した場合の一体の敷地とみなされるが、その敷地には開発道路を敷地に一体化することはできない。この開発事業はそれを囲む開発道路の敷地境界線まで利用するため、建蔽率100%の開発とされる。

(2)    架空の地盤面の築造と架空の地盤面上の建築と本当の地盤面
開発許可においては、10棟の塔状のマンションを予定建築物とし、それら10棟に対する10の敷地を整備する計画であった。この開発計画には以下の3種類の地盤面が登場する。第2から第4までの地盤面は、都市計画法及び建築基準法違反の地盤面である。

第1の地盤面(法律上正しい地盤面)
この事業で実際の開発行為で築造した地盤面である。開発許可及び確認申請で使われている申請上の第2の地盤面は第1の地盤面より8.18m高い位置にある。実際にこの一棟の共同駐車場の屋上部分に10棟のマンション棟が建設された併存共同住宅(複合建築物)の築造をするために開発行為で実際に整備された平均地盤面である。共同駐車場部分の床面までを1階分埋め戻して造った平均地盤面(地階2と表示されている)である。都市計画法上も、建築基準法上もこの地盤面が正しい地盤面となる。この位置は第2の地盤面より8.18m低い位置になるが、開発許可及び確認申請上の地盤面として登場しない。

第2の地盤面(開発行為以前の地盤面:この敷地固有の変化しない地盤面)
この地盤面は、建築物の高さ制限を欺罔する目的で、かつて、実在した開発行為を行う以前のこの敷地全体の平均地盤面である。この敷地には「固有の変化しない平均地盤面」が存在するとする「仮想(トリック)の地盤面」である。建築確認申請時の表示の地盤面である。それは専らマンションの床面積算定および建築物の高さに制限に関係する階数表示をする建築基準法上の法文欺罔のために用いられる地盤面である。確認申請上の建築物の各部分の高さを計測するための地盤面は、平均地盤面であると法律上定められていることを先取りして採用したもので、建築基準法上の定めに基づいて計測した地盤面ではない。都市計画法及び建築基準法の両法を根拠に行った開発許可と確認申請に関する行政事件訴訟法の問題点は、両行政事件訴訟で最も重視し審理されるべきところである。
6裁判所は住友不動産の欺罔を審査した訳である。6裁判所のすべてが「欺罔と知って」それを裁判において容認した犯罪の共犯者なのである。

第3の地盤面(架空の開発行為、架空の建築行為による地盤面:第2の地盤面と同じ)
開発許可申請上で築造した敷地地盤面は、法律上の地盤面として扱われず、開発許可申請により築造する計画になっている地盤面である。この開発が行われる以前の25戸の戸建て住宅団地の平均地盤面が、開発行為が行われて新たにつくられたという仮説の上に組み立てられている。この平均地盤面は開発に当って、最初に既存の地盤面を破壊し、以後存在しない地盤面であるが、開発許可申請上では、その既存地盤を8.18mきり崩して、改めて既存地盤をと同じ高さに開発行為により築造されたという説明である。開発行為により築造された第3の地盤面が、10棟のマンション棟の第3の地盤部分(申請図面上の地下1階平面)の床面の位置する「架空(トリック)の地盤面」である。この部分は地下2階に造られた共同駐車場の屋上部分のスラブの上面に当る。
開発許可で架空に築造したことになっている地盤面は、専ら建築確認申請上の地盤面に使う「架空(トリック)の地盤面」である。建築物の高さを計測するための基準とする平均地盤面である。開発許可申請及び確認申請上での建築面積の算定を行うために使われている地盤面でもある。この地盤面は開発許可申請と確認申請との平仄を合わせた架空に存在する地盤面である。すなわち、10棟のマンションの確認申請における地盤面は、開発許可によって築造される地盤面とされ、その位置は10棟のマンションの地下1階の床面の直下で、地下2階部分の共同駐車場の屋上スラブの上面である。
建築主、設計者、開発業者、特定行政庁、渋谷区、指定確認検査機関は、共謀して違反開発と違反建築物を計画した共犯者であるから、都市計画法及び建築基準法違反をこのような説明で社会を欺罔できると考えた。裁判所は、開発許可及び建築確認に関する行政事件で、東京地方裁判所、東京高等裁判所、最高裁判所の6裁判所がこの違反でよいとした理由は、予め行政庁の処分どおりを追認する了解ができていたからであった。

第4の地盤面(開発許可及び建築確認における完了検査された地盤面)
共同駐車場の屋上部分のスラブ表面位置である。この地盤面は開発許可申請上および確認申請上は存在する地盤面ではあるので、開発許可が終了した段階でこの地盤面が完成した報告が事業主・住友動産㈱から、開発許可権者・渋谷区長に出され、その完了を確認して渋谷区長からの完了公告が公示される。また、確認審査の際、この地盤面を確認しないと指定確認検査機関都市居住センターからの確認済み証を交付することはできないし、建築物が完了したときもこの地盤面の完成を確認しない限り検査済み証の交付はできない。しかし、開発許可及び建築確認のいずれの手続きも計画通りの工事ができたと開発許可権者も指定確認検査機関も完了公告と検査済み証を交付している。しかし、現実の地盤面自体が存在したことはないため、開発許可及び確認の行政事務としてなされた検査確認はいずれも存在しない。検査済み証と確認済み証とは法的に適正に開発許可と確認申請が行われたことを欺罔した公文書偽造を証明する証拠でしかない。問題は、6裁判所が存在しない地盤検査ほど明白な違反を、法律上正しく行われたと認めたことである。

(3)現存する「一の建築物」から見た場合の建築物の取り扱い
実際に造られた建築物は「一の建築物」である。その構成としては、「10棟」の塔状住棟を共同駐車場の屋上スラブ上に用途上、構造上、機能上一体に作られた共同駐車場併存共同住宅である。10棟の塔状のマンションで取り囲まれた8階まで吹き抜けの空間は、屋根を有しないアトリウム(中庭)である。この中庭部分は確認申請では空地とされているが、法律上は建築床面積に算入されるべき床面積参入部分である。
この建築物の周囲に都市計画法第29条及び第33条に基づく開発道路であり、建築基準法第43条に定める接道規定を満足する道路が築造されている。確認申請後、建築基準法第86条に基づく特定行政庁(渋谷区長)の認可を適用して、この敷地全体を1団地と扱い、道路を「通路という敷地」扱いをした。開発許可を受けて造った建築物の外周道路及び外周道路から幅員9mの道路を結ぶ「取り付け道路」は、開発許可で造った開発道路で、都市計画上の都市計画道路と見なされる。開発道路は都市施設であり、その道路を「通路」と呼び、敷地の扱いをすることは法律上できない。建築物の外周道路は建築基準法上の道路であり、この建築物は敷地一杯に建築物が立つ建ぺい率、100%の敷地になる。この開発敷地には開発規模に見合った提供公園や、幅員9m弱の地区外道路との取り付け道路公園が計画され、それらを敷地面積に算入され、法定建蔽率および法定容積率に適合していると説明されている。開発道路は道路でしかなく、これらの土地は道路で囲まれた1棟の建築物の街区外の土地は、街区内の敷地と合算して同一敷地面積として計算はできない。

第3章 開発許可を蹂躙した悪質な違反計画「ラ・トゥアー代官山」

官民共謀の違反建築事業
1968年に制定された都市計画法は、道路、公園、下水道といった公共施設と並んで学校や福祉施設などの社会的インフラの整備を先行しない限り、都市開発はさせない目的で立法された。しかし、東京都が定めた「開発許可の手引き」による開発では、都市計画法と相違した違法な「用語の定義」で「開発行為」が定義され、法律で定めた開発許可の基準を遵守しない許可が行われた。また、開発する部分を建築行為とすることで、開発許可そのものを不要とする行政事務が行われた。開発許可は予定建築物を建築するために必要な都市基盤整備を定めているものである。開発許可の手続きを経ないで予定建築物の工事に取り掛かることは、都市計画法と建築基準法の「姉妹法の関係」を蹂躙するものである。
つまり、都市計画法が求めている都市基盤整備ができていない土地に、建築物を建築した違法行為を容認することである。開発許可の基準に適合していない敷地で予定建築物を、開発許可を受けないで建築確認を受けることはできない。しかし、東京都の「開発許可の手引き」で開発許可が必要でないとされたところで、建築確認を受けて建築すれば、建築基準法上は適法建築物ではあるが、都市施設が対応できない開発行為が行われる。開発許可基準違反の開発は、都市計画法上は違反開発である。そこに建設された建築物は建築基準法上の敷地の規定(第6条)に違反しているから、建築基準法上も違反建築物である。
「ラ・トゥアー代官山」の事例は、都市計画法による開発許可及び建築基準法による確認申請を行っているが、開発許可基準に適合していないだけではなく、トリックを使い実際の建築物と相違する内容に許認可を与えたものである。それは「この開発は適法に行われている」と欺罔し、社会的な批判を逸らすものにすぎない。なぜならば、都市計画法及び建築基準法による手続きは行っているが、その申請内容は事実に反して架空の計画条件を積み重ね、第3者に真実を隠蔽し、不正を発見できないように法律上の欺罔のテクニックを駆使した極めて悪質な違反開発許可及び確認申請である。

違反建築を無神経に建築していく理由
この法律違反の原因を法律施行の根源に遡ってみると、この事業は、「土地という不動産」を整備する都市計画法と、「建築物という不動産」を建築する建築基準法の「姉妹法の関係」を遵守したように欺罔した「トリックの申請書」を作り、実際には「姉妹法の関係」を破壊した違反建築物になっている。ラ・トュアー・代官山の計画は、「聖域なき構造改革」に便乗し、過去からの土木と建築の利権対立に迎合する「一団地の開発」の建築規制逃れにより、法律で定める容積の2.2倍の不正利益追求のために計画された。
実際に両法律が施行している行政の縄張りも、都市計画法が予定建築物に対する土地得整備の内容を審査せず、土地を区画し造成する土木工事を開発行為(宅地造成工事)として監督している。建築工事業者が行っている開発行為は、開発許可の審査の対象にされていないので、本事業で行われたすべての開発行為を都市計画行政は介在していない。予定建築物の地盤の開発についても、工事の検査確認は行われているが、検査の対処になっている検査すべき地盤はトリックの地盤であるため、それ自体が存在しない。
しかし、建築行政では開発行政は審査の対象にしてはいないが、建築行為はすべての建築物をその行政の審査対象にしている。しかし、都市計画行政と建築基準法行政との間が連続的に繋がっていない。都市計画法や建築基準法の行政担当者も都市工学や建築工学に関係する学者・研究者も相互不干渉でよいと考えている。この間違った考え方は建築工事業の区分について、都市計画法の規制が及んでいないことを容認する風土を作っている。その結果、現行の都市計画法に定められた「開発許可の基準」に違反した都市基盤の上に、建築物が建てられることになった。
都市計画行政および建築行政のいずれもが、これらの違反建築が建てられることを知っていて、開発行為及び建築行為が完了し無いことを知っていて工事の完了検査を行っている。都市計画法及び建築基準法の集団規定関係の違反の建築物が造られても建築物が直接的な原因となって事故を引き起こすものではないとされ、行政関係者は無責任に開発行為や建築行為の違反を容認してきた。国民の安全が脅かされていることを憂い、その排除のために行政が動くことは、現在の日本では想像もつかない。行政機関は安全が脅かされたときではなく、行政機関の利権に国民が楯突き、行政権の逆鱗に触れたときだけである。
しかし、都市計画法と建築基準法第3章規定の違反は、都市の環境基準として遵守すべき最低基準を定めているわけであるから、違反建築が都市内に集積されていくと、都市の大震火災時に安全避難ができなくなり、大きな2次災害の原因となる。「ラ・トゥアー代官山」のような高層高密度建築物が幅員4m未満の細街路で形成された住宅地に建設されると、日常的に発生交通量が増大し道路は渋滞する。大震火災が発生して交通網が機能しなくなると消防車や救急車輛の侵入ができなくなって大きな災害に拡大する。すでに阪神淡路大震災の際、神戸長田町では狭い道路で交通が渋滞し、都市災害が拡大したことを経験しながら、災害形成の環境原因が都市計画法違反にあったことが明らかにされず、専ら地震による直接的な被害と考えられてきた。その結果、ここで計画された建築物が建築されると、このようにして造られた都市では、将来的に大きな都市災害が発生したときには、都市機能に問題を引き起こす恐れは大きい。
首都直下型大地震が警告され住民が危機を感じ、今回の違法開発には危険性を問題にし、行政事件訴訟を提訴した。その住民に対し、裁判所がその同じ地区に生活する原告に対し「原告適格を持たない」と法律上の根拠を示さず、間違った判断を繰り返してきた。このように、都市計画法違反による被害がどのようなものであるかに関し、都市計画行政関係者だけではなく、原告からの訴えを聞いた裁判官には理解されていない。

トリックを取り入れた違反開発・建築を可能にする背景
それに輪をかけた建築基準法第59条の2を根拠にした総合設計制度による緩和が行われた結果、法定都市計画に違反した開発が急増した。総合設計制度を使って建築物の高さと容積率が緩和されているが、その内容は都市計画法第33条に定める開発許可の基準を逸脱した緩和がほとんどである。法律上、総合設計制度は相隣の土地との関係を考慮して建築物の容積と高さと緩和するものである。「一敷地、一建築物」の原則の適用は、都市計画法第8条地域地区の定められたところに適用される建築基準法第3章規定である。第59条の2を根拠に定められた総合設計制度は、相隣する敷地を含めた一連の土地全体を「一つの敷地」とみなしたときに、法定都市計画で、第3章規定で実現できる限度までの開発であれば、その「みなし敷地」の中のいずれかの敷地に対して建築条件を緩和してもよいという「姉妹法」の関係を前提にした法施行の暗黙裡の了解を前提にした考え方に基づく規定である。
かつて、隣地に対する容積移転の規定(旧第56条の2)の規定を法律改正により59条の2としたもので、「みなし敷地」の扱いは姉妹法の関係を前提にした建築基準法第3章規定「一敷地、一建築物」の暗黙裡の了解の上に成り立っている規定である。それは開発許可の基準に違反した法定都市計画に違反した緩和に拡張されている。総合設計制度の規定は建築基準法第3章が適用される「一敷地、一建築物」の理屈が適用される範囲に限定されなければならない「姉妹法の関係」に基づく暗黙裡の了解が、「聖域なき構造改革」の中で、表に出されない規制緩和として「姉妹法」の関係の暗黙裡の了解が蹂躙されてきた。
建築基準法第86条の適用は、都市計画法第11条第1項第8号による「1団地の住宅施設」として都市計画決定を受けた場合にしか適用できない。しかも、その場合は建築基準法第3章規定の適用は除外される。つまり、総合設計制度の根拠である第59条の2は、都市計画法第8条に対応する建築基準法第3章規定であるから、都市計画法第11条第1項第8号に対応する建築基準法第6章第86条の規定を適用した敷地に、第3章規定である総合設計制度の適用はできない。姉妹法の関係は条文には記載されていない。
本開発の確認申請は10の建築物であるが、その原点に戻って10の建築物に対し、第59条の2の規定を適用しようとしても、10の建築物の全てが同条適用の条件を有していない。「姉妹法の関係」を前提にした容積率緩和の暗黙裡の了解のもとで許容されている法律を文理解釈することで導き出される上限は、相隣の土地を一の敷地と見なした場合の上限である。しかし、姉妹法の関係を蹂躙し、建築基準法の規定単独での規制緩和を行い、又は、開発許可基準に適合しない開発を行うと、その結果は、マスター・プランド・コミュニティで考えられた諸施設の整備基準に適合しない事態が生まれる。
開発許可の基準に適合しない開発は、教育施設の不足、道路等公共施設の不足、又は、基準に抵触した公共施設の拡大、交通の渋滞、出水、河川の氾濫、電気、ガス、水道等のライフラインに対する過大な負荷等により災害時の危険性が増大することになる。小泉・竹中内閣による都市再生事業に合わせて国土交通省が作成した総合設計制度(準則)による規制緩和では、法定都市計画の内容を全く蹂躙して、特定行政庁の許可があれば、開発業者の望みどおりの規制緩和を許す「言い訳の理屈付け」が盛り込まれたものになっている。そのため、当然、その矛盾は大都市災害が発生するときには顕在化する恐れは大きい。

都市計画法に定める土地利用規制の目的
都市計画法および建築基準法では都市の土地利用計画を、地域地区ごとに建築物の用途、形態計画を用途地域、道路幅員、隣地との関係。建蔽率、容積率、建築物の各部分の高さ等で定めることにより、多様な国民のニーズに対応した健康で文化的な環境をつくることになっている。これらの建築物の形態規制は上記の多くの要素が複合的に規制された結果、調和のとれた都市が造られることになっている。私有財産制を基本とする自由主義国・日本では、その基本的な考え方は土地に関する所有権の絶対性を国家が憲法第29条で保障する一方、都市空間は自然現象や森羅万象のすべてを、社会の共通の財産として憲法第29条第2項で定める公共の福祉を実現するための方法が定められた。
都市空間の社会的利用方法を、社会的な視点での私有財産を保障するために、憲法第25条を根拠に、都市計画法による計画高権を背景に、私有財産権の保障に制限を加え、強制力行使して行われてきた。土地の私的所有と都市空間の社会的利用との矛盾を解決するため、所得や資産の大きさの違ったすべての土地所有者の都市空間の「排他的独占利用の範囲」を法定都市計画として建築物の用途および形態規制として決定することとなった。
前述の建築規制は敷地の利用に関し、敷地所有者の排他的独占的な利用の3次元空間の利用範囲を定めるものである。都市計画は都市の環境を計画しそれを人々が長い年月をかけて造り守っていくもので、都市計画区域に生活する人の合意によって実現されるものである。そのため法定都市計画として決定された計画を、国家が強力な国家権力を背景に法定都市計画の実現を担保することになる。法定都市計画を守らない人が生まれると、法定都市計画は計画通り完成しない。法定都市計画に違反してつくられた「ラ・トゥアー代官山」は、この都市全体の計画実現に傷をつけるものである。

第4章 ラ・ツアー代官山の基本問題

2者択一の住宅地の整備方法を混合利用した「聖域なき構造改革」

現行の都市計画法には、「一敷地一建築物」(サブディビジョン・コントロール)に依るか、「一団地の住宅施設」(プランド・ユニット・ディベロップメント)の2つの住宅地造りの方法がある。この2つの住宅地開発は2者択一の方法である。開発業者はいずれの方法を利用してもよいが、2つの開発方法を混ぜて使うことはできない。しかし、小泉・竹中内閣は「聖域なき構造改革」により、この2つの制度の境界を事実上撤廃し、規制緩和だけが都市計画法および建築基準法に縛られることなく、「良いところ取りができる方法」をつくりあげ、それを総合的に行えるようにした制度が、「一団地の住宅設計制度」(第86条)と総合設計制度(準則)(第59条の2)の混合利用である。法律論理上混合できないこの二つの方法を融通無碍に行うようにしているのが都市再生事業である。

第1の方法:「一敷地、一建築物」の原則に立つ建築規制の方法
「一敷地、一建築物」(サブディビジョンコントロール)の方法は、各住宅が接道規定を満足する固有の敷地を持ち、その敷地全体を対象に地域地区制度(都市計画法第8条)により定められた法定都市計画(マスタープラン)を定め、その後、マスタープランに従って、敷地と建築物との関係をさだめた建築設計指針(アーキテクチュラル・ガイド・ライン)である建築規制(建築基準法第3章)に従い建築し、秩序ある都市をつくる。

第2の方法:「一団地の住宅施設」という都市施設として環境整備の方法
「一団地の住宅施設」(プランド・ユニット・デベロップメント)の方法は、一団地の住宅が50戸以上の場合、都市計画法第11条第1項第八号で、住宅地全体を「都市施設」として都市計画決定する。その際、「一団地の住宅施設」に建てられる建築物に対する「建築設計指針(アーキテクチュラルガイドライン)」を都市計画決定の内容として定める。それを建築確認の基準として、計画とおりの建築をする方法(建築基準法第6章第86条)である。50戸未満の住宅地開発の都市経営管理を一元的に行うときは、建築基準法施行令第2条第1号「敷地」の定義に定められた「用途上不可分の一段の敷地の経営される住宅の規定)方法である。
「1団地の住宅施設」の問題が「聖域なき構造改革」で扱う「ラ・トゥアー代官山」の内容である。開発許可と建築確認の矛盾を両立させるため、それぞれ独立して完結した行政事務として行い、その矛盾を、多様な「架空の地盤」を持ち出して開発許可申請書と建築確認申請書とを作成し、計画のトリックを前提に許可が行われている欺罔申請の事例である。開発許可ではトリックの地盤を造り、建築確認ではトリックの地盤の上にマンションを建設する。実在しないものを検査確認し、実在しない地盤の上に建築物を建て、いずれに対しても開発行政及び建築行政上の工事検査済み証が発行されている。
このトリックは申請者の欲望と悪知恵だけで出来るものではなく、都市計画法及び建基準法の施行者(許認可権者)が共同謀議してでっち上げられたトリックを行政処分で正当化して実現できるものである。都市計画行政と建築行政とがトリックに対して適法であるとする検査済み証を交付して、法律上正しい開発行為と建築行為がなされたことになる。処分庁が共犯者となった本件の場合、住民は司法に法の適正施行を求めたが、裁判所は「帰り狼」であって、結局、犯罪者の共犯者でしかなかった。

「ラ・トゥアー代官山」の基本問題(第2種低層住居専用地域)
ラ・トゥアー・代官山は、渋谷区鶯谷で渋谷駅に隣接した高燥な住宅地で、北に国道246号西に旧山手通り、東にJR山手線、南に東急東横線で囲まれた緩やかな起伏のある1、000m四方の100ヘクタール程度の住宅地のほぼ中心にある1,6ヘクタールの敷地である。桜ヶ丘、南平台、鶯谷、鉢山、猿楽、代官山という名の住宅地で構成され、昔から高級住宅地で知られ、開発前は外人向け賃貸戸建て住宅25戸で構成されていた。法定都市計画の用途地域は、建築物高さが12mの第2種低層住居専用地域である。
高級住宅地であるこの住宅地には幅員4メートル未満の狭幅員の道路が無秩序に蜘蛛の巣状に走り、車が入って来ても、交差自体ができないような所が沢山ある。その理由は、この土地は旧石器時代や弥生時代の複合遺跡が発見されたように、東京の中でも最も早くから集落が形成され、極めて優れた住宅地であっただけではなく、江戸時代やその後の近代から現代に掛け、自動車が登場する以前から優れた住宅地として交通利便性が高く、商業業務地が近くに形成され、学校教育文化施設、医療福祉施設等が充実し、生活利便性の資産家達に住みつがれてきた。そのため、中高所得者の住宅地としての人口密度・住戸密度は低く、徒歩生活権として熟成した街を形成しており、自動車交通量の発生も少ないため、狭い道路網でも困ることはなかった。
それが近年、立地条件の優れたことを評価した高密度なミニ開発や中層高密度なマンションが建設され、商業・業務活動が盛んになり、外部からの自動車交通が侵入してきた。そのため、土地利用は混合し、住宅地全体が大きく変化してきた。そのような立地条件の優れたところであることを評価して住友不動産㈱が高級マンションを計画したのは、この住宅地の開発の背景である歴史文化が積み重なっている環境を高級な賃貸マンション地として高額な賃料を手に入れるためであった。
昔からの低密度な住宅地環境として享受したいと考える富裕階層もいれば、その限られた家計費支出の中で都心の利便な所で生活したいと考える富裕層もいる事情を反映して、欧米のシングルファミリーハウス(戸建住宅、連続住宅等土地の専用利用住宅地)相当の第2種低層住居専用地域として、法定都市計画が決められている。憲法に定められた国民の居住の自由に対応して、土地利用計画が定められている。欧米の都市計画ではこのような性格の低層の住居地域にはアパートや共同住宅は不可能である(禁止されている)。
全ての住民が憲法で定められた居住の自由を享受するために、都市計画ではさまざまな要求を持った人たちが共存できるように法定都市計画で定められた土地利用計画を守ってきた。外部の人から見れば迷路のような狭小幅員の蜘蛛の巣状の街路で形成された街を、通り抜け交通の少ない部外者の侵入の少ない安全な住宅地としてそれぞれの生活にあった住まい方が行われてきた。居住密度が低いため地価はマンション地のように高騰せず、高所得者でも生活できる都心住宅地を維持してきた。
「ラ・トゥアー代官山」計画は、マンション地と比較すれば地価の安いこの第二種低層住居専用地域に、中高層住居専用地域以上の高層高密度住宅を建設されることにより、都心の低層住居専用地域において、これまで有り得なかったマンション経営で、「聖域なき構造改革」の規制緩和に便乗し法律違反を犯し、過去に存在しなかった開発手法を導入して大きな創業者利得を得ようとした。その開発によりこの地域の地価は高騰させ、税負担は増大させ、既存の地域環境と対立する都市にとっての癌細胞を増殖させることになった。

憲法の考え方を生かした都市計画
低層住居専用地域は中高層住居専用地域と比較すれば、単位面積当たりの地価は半額程度であるが、一戸当たりの敷地面積が大きいために、一戸当たりの土地取引価格は高くなり、資産家以外は購入することはできない。都市には一般勤労者が生活することの自由が保障されることと同様に、資産家や高所得に人が庭付きの低層住宅地に居住することのできる自由も保障されなければならない。都市計画法は居住の自由を保障する社会契約の保障手段である。しかし、一部には「所得の高い人が地価の高い都心にゆったりと住むことは怪しからん」と考える人も官僚や裁判官の中には少なくない。彼らの思考形態は、高い権力や学閥や閨閥に属していない者たちが、自分より豊かな生活を享受していることは社会的にあってはならないことと考えるとともに、大企業や権力者側の立場に立つことで大企業の利益拡大に寄与することで自らが為政者の立場にあると勘違いし、政府とともに社会を牽引している意識になっている。
大阪市では、大阪市法定都市計画を作成するときに、「市域が狭く、地価が高い所だから、都市の住宅的土地利用は、資産がある人が低密度に住ませるのではなく、勤労者を中心に土地利用を全て中高層住居専用地域以上に高密度開発をすべきである」という議論が勝って、大阪市内の住宅地は中高層住居専用地域以上の高密度開発をする土地利用に決められた。それから暫らく大阪市を見て見ると、中高層住宅が高密度に建設され、大阪市の固定資産税や住民税が高まったかと思ったが、そのようになってはいなかった。資産家や高所得者は大阪市から周辺地に転出し、大阪市は空洞化現象が発生していた。
高密度開発をすると多くに人が同じ土地面積のなかに生活することになるため、大阪市から総額としての地代負担能力は高まるため地価は上昇する。高地価になれば、それまでの土地所有者は固定資産税が負担しきれなくなり相続税の支払いは不可能になり、その地から転出を余儀なくされる悪循環が生まれていた。都心に高層高密度のワンルームマンションが建ち、家庭生活という雰囲気をもたない「雨露を凌ぐ」起居するだけの単身者や低所得階層がワンルームマンションに集住する。そのような住宅地開発で高密度に居住しながらバラバラにさせられた人たちが集住する殺伐とした都心環境を形成し、社会的に犯罪の生み出す温床に悪化した。「覆水盆に返らず」で、一旦高容積率を定めたところは、ダウンゾーニングをしても、環境は壊れたため高所得者は戻ってこないことが分かった。
皇后陛下の生家(品川区東五反田池田山)の土地は、正田家として相続税の支払いも困難になって物納した。同様の話は田中真紀子元大臣が父親の元首相田中角栄から相続した目白御殿の相続税支払いが困難になった例など多数ある。大阪市では、資産家の多くは大阪市での生活を諦めて池田、箕面、豊中等高燥な大阪市の周辺都市に転出して行った。そのことが大阪市の住民税減少の大きな原因となった。都市には所得の高い人も低い人も生活できるような均整の取れた環境をつくることが憲法に照らして正しい都市計画である。歴史的に低層な住宅地が造られたことは、所得の高い人たちで都心の庭付きの邸宅生活したい人たちが長い歴史を経て作り育てた住環境であり、また、これから育てて行こうとする人たちのために用意するべき都市計画として必要な住宅地である。
利便性が高く地価が高い土地であっても、所得の低い人のためには高層マンションにして、高密度に優れた居住環境を造り住宅地経営をすることで、小さな宅地に良い環境で所得に見合った住居費負担で生活ができる。所得の低い人が低層の庭付き住宅を取得することはできない。しかし、ある程度の住宅費負担ができる人に庭付き住宅を購入できる住宅供給が行われることは、都市計画的な視点で見た場合積極的に準備すべき対応策である。その場合でも健康で文化的な都市空間にするためには、高密度に生活できるために、人々が「わが街」と帰属意識を持てる街のデザインがあり、都市施設、教育・文化施設、商業・業務等の生活インフラの整備が、所得に見合った多種多様な住宅と対応させて開発し、住民(住宅所有者)が自治団体を結成し、住宅地経営を実施すればよい街は造られる。

憲法違反の法定都市計画の変更
「聖域なき構造改革」は憲法違反の規制緩和を行って、同じ土地を高い価格で売り抜け、土地所有者が大きな利益を上げようとする企業の手助けをするものであった。既存の周辺市街地は地価が高騰し税負担が高くなった。特別区は人口が増え税収が増えたと言って特別区は喜んだが、その地に住み続けている人たちは税負担が大きくなって都市の環境が悪くなり、大震火災時の危険性が大きくなった。規制緩和は、単に都市に過剰な土地利用を詰め込むだけで、高層高密度開発の受け皿としての都市の基幹施設や生活文化施設整備をしなかった。都市における法定都市計画を守るのではなく、規制緩和をしてマンションを詰め込んだら義務教育施設が不足した。当面の事業が成り立つ開発を考え、土地の売却を促す政策は、100年の計を持って法定都市計画を守る都市経営ではない。
既存の法定都市計画で定められた第2種低層住居専用地域は、道路をはじめ都市のインフラ自体がこの地域の歴史文化に合った低層低密度住宅地を前提に、健康で文化的な環境を守る計画になっていた。その法定都市計画を破壊して土地利用密度だけを拡大して詰め込めば、発生交通量が急増し、耐震火災が発生した場合には、人命の安全な避難や消防や救命救急活動が機能不全に陥る不安は膨らむことになる。
日本では住宅・都市をそこに住む人たちが豊かな生活を営み、そこで取得した住宅の資産価値が上昇するという「ストックとしての都市資産経営」という観点では捉えなくて、都市を開発や再開発をすることで、大きなお金が動き、経済が活性化し、関係する産業界が潤うという「フローとしての住宅・都市経営」を住宅都市政策として推進してきた。小泉・竹中内閣による法定都市計画の変更は都市資産ストックの価値を高めるものではなく、不動産の取引フローの利益を最大にしようとするものである。

第一段階の規制緩和:立法および立法的段階
外形は何も変化させていないように見せかけて、同じ土地利用規制であっても、規制の内容を緩和した規制緩和策がある。その中には次の二種類の緩和がある。
第一は、都市計画法と建築基準法をばらばらに改正して、地域地区ごとに決められた土地利用、建蔽率、容積率、建築物の高さの規定をそれぞれ緩和して、既存の法定都市計画のままのように見せながら、事実上その規制内容を緩和するものである。
第二は、都市計画法と建築基準法の「姉妹法の関係」を崩すことによる規制緩和である。その中にはこれまで東京都に事実上行わせていた「開発行為」の扱い、「総合設計制度」の規制緩和、都市計画決定をしない「1団地の住宅施設」に対する建築基準法第3章規定に適用除外などの「違法な都市計画法と建築基準法上の行政指導」を国家がオーソライズし、正当化したことで行う規制緩和である。

第二の段階の規制緩和:行政処分の段階。
既存の法定都市計画そのものを変更させ、土地利用計画、建築物の建蔽率、容積率、建築物の各部分の高さをことごとく緩和させたことである。法定都市計画の変更に関しては、都市計画法上に手続きが定められているから、その手続きは法律を遵守して行われているが、それは手続き・形式だけのことである。
建築物の絶対高さの撤廃など、土地の私的利用と都市空間の社会的利用の調和という都市計画法の基本的役割を自己否定するような誤りである。法定都市計画を変更することが建築基準法第11条に定められている通り、憲法第29条の侵害になる認識がない。
法定都市計画の変更により関係権利者の権利が変更され、損失補償の発生を関係権利者に周知徹底させ、それに基づき法定都市計画を変更していない。法定都市計画は計画高権に守られた憲法第29条第2項に定める公共の福祉を実現するために国民に保障されている権利で、計画高権は私有財産権を拘束できるが、同時に私有財産を保護する権利でもある。
法定都市計画の変更が一方的に実施されると、変更により既得権を奪われることにもなる。その場合、国家は法第29条第3項及び建築基準法第11条の補償義務を負うことになる。法定都市計画の変更によって利益を受けることを小泉・竹中内閣は宣伝してきたが、確かにバブル崩壊で損失を受けた企業に利益を与えるが、その見返りに国民に犠牲を負わせることに関し小泉・竹中内閣は全く説明してこなかった。そこが「聖域なき構造改革」と呼ばれる憲法違反の疑いの大きな部分である。

第三段階の規制緩和:規制緩和の結果の正当性が争われる段階
都市計画法および建築基準法の行政処分において、個別事業ごとに規制緩和措置が採られ、又は、政府の行政施策としての都市計画事業や優良建築物等整備事業として、行政的な位置付けを行い、それに対し事業ごとに緩和措置と国庫補助金の交付を行う方法である。
この段階は、民間企業と行政機関が一体となって都市再生事業を推進する段階である。行政的には官民が規制緩和や財政支援の方法を官民で協力して考え、実施する段階であるが、法律違反の行政処分によって不正を容認し、違反を幇助することになる。そして不正な行政処分で、不利益を受けた住民が行政処分の是正を行政事件訴訟で訴えたとき、司法は行政に追従・迎合して、悉く行政処分を正当化してきた。
「ラ・トゥアー代官山」の事件では、このすべての3段階で規制緩和が行われ、その3段階のすべてにおいて、バブル崩壊後の日本経済不況を解決するという政治主導の「聖域なき構造改革」の大義名分(統治行政論)を傘に、日本国憲法を無視して行政目的に実現に向けて規制緩和が行われているため、その規制緩和の法的な是非は全く無視されて来た。

「法定都市計画」の実現に向けて
都市計画は過去から現代を経て未来に続く連続した環境形成のロードマップである。市民が同じロードマップを理解して都市生活をすることによって、それぞれの考え方に違いがあっても共通の未来空間を造ることができる。1958年にわが国の都市計画をより国民の共通理解の上に育てることをしようとドイツの都市計画法(バオゲゼッツ)から地区詳細計画(ベバオウングスプラン)を地区計画として導入した。
市民のコンセンサスの地区詳細計画が明らかになることで、市民は空間に対し主体的に考えることができ、市民の行動が地区詳細計画で決められた方向に向けて動くことになる。法定都市計画が具体的に決められ、実現に向けて国家がその詳細に責任を持つことで、計画に対する国民の信頼ができる。全ての国民は都市空間の利用に共通の理解を作ることが、長い時間を掛けて造る都市に重要なことである。建物は土地の加工で、そこで造られた建築物は、修繕と健全な維持管理によって未来永劫に守られていく。人々のライフステージの遷移とともに変化するライフスタイルに合う都市空間とするよう住み替え、リモデリングを繰り返し、自分の生活を豊かにし,皆が羨ましがる空間に生活する。
その空間はすべて、現在その空間を造ったらいくらという推定再建築費として鑑定評価される。市民の自由な建築活動が適正に実施されるためには法定都市計画が重要となる。都市再生を自由に行う場合にも法定都市計画を尊重する基本は尊重されなければならない。

おわりに

「聖域なき構造改革」の本質とは
小泉・竹中内閣の下で「聖域なき構造改革」が取り組まれ、デフレというブラックホールに吸い込まれる不安からの離脱が日本経済の課題であった。規制緩和政策を拡大する形でアベノミクスによる円高、株高誘導によるインフレ経済に引き継がれ、経済的な明るさが社会に広がってきた。小泉・竹中の規制緩和政策により、長期低迷・衰退傾向にあった日本経済が都市再生と外資流入で、不良債権拡大にブレーキがかかり、政治に対する経済回復の期待も抱ける意見も聞かれるようになった。「聖域なき構造改革」の社会的な評価は、規制緩和政策の約束通り、不良債権に経営を縛られていた企業から前向きの評価がだされ、それが民主党政権を挟んだ自民党政権の支持につながった。バブル崩壊後の国債に頼った財政政策が、気が付いてみれば世界でも断トツの1000兆円超の財政状況を生み出し、その国債が膨張し続ける国家の財政構造を変革する対策が「聖域なき構造改革」であった。
今回本書を纏めるに当たって、関係の法律改正や行政及び司法の処分、判決を実際に調べると、「聖域なく構造改革」は、立法、行政、司法の3権はその屋台骨が揺らいでしまったと思われるほど、形振り構わぬ経済再建策が取り組まれた。立法、行政、司法の3権分立機能を全面的に停止して経済再建が取り組まれた。立法は、民間企業の損失を解消し、企業の活動基盤をつくり上げるためには、それを可能にする立法をし、憲法の規定が障害になれば、その障害を取り除いて規制緩和を行う立法が行われた。
立法に輪を掛けて緩和されたのが行政である。規制緩和立法と一体となって、事業法による財政援助と金融上の支援を行い、規制緩和の行政目的が、実際の経済活動を通して利益を上げるようにするという官民一体で進められた。当然、憲法で定められた貧富の間の利害対立を基本法として調整してきた憲法である。「富の分配の構造」を変更したから、経済的活動を支援して経済的力の強い階級(社会的強者)に利益のある規制緩和を行えば、社会的弱者には、環境の悪化やさまざまな公害という形でしわ寄せが生まれることになる。そのよう構造改革は事前の予告なしに突然規制緩和の事業を実施することになって青天の霹靂として社会的弱者を襲うことになった。被害を受けた社会的弱者が行政に対し救済を求めることが全国各地で発生し、それは行政不服申請や行政事件訴訟として争われた。実際に行政事件への協力を求められ、私は100件近い事件に関係し、規制緩和による緩和のルールに驚かされた。それだけではなく、法律の規制緩和をはるかに上回る緩和の行き過ぎが行われているだけではなく、立法、行政、司法がお互いのチェック機能を果たすことなく、3権が一丸になって規制緩和の政策を進めていることを発見した。そこで個別の規制緩和に対する取り組みは、日本全体がバブル崩壊後に発生した不良債権によって経済活動を妨害されてきた環境から企業を救済し、経済復興を果たすという大きな流れの中で、無政府状態で国を挙げて大戦争を仕掛けているように動いていたのである。

「行政統治論」としての「聖域なき構造改革」の実践
「聖域なき構造改革」は日本の経済復興政策として挙国一致で取り組まれていた。そこで小泉竹中内閣の経済政策の原点に遡って調べて見ると、1000兆円超の国債との関係にまで遡らないと説明することはできない。バブル経済崩壊後、日本政府は何とかして経済環境を改善しようと急落した税収の中で国債依存を高めて国家の経済復興に努めてきた。その累積が1000兆円超の累積国債である。国の借金である国債は、最終的に国家が税収によって返済しなければならない。国や日銀などの機関が保有し、管理する財産の処分や特別会計の利益や国やまたは行政・金融政策で活用できる金融財政資金で、日本の国債を「資金運用という名前で購入すれば、資金的に行き詰まってしまう状況ではない。しかし、日本が国民生産で中国にやすやすと先を越されてしまったように、日本の産業自体がバブル経済崩壊の後遺症に悩まされ、それが経済成長の出来ない体質になっているだけではなく、国債に象徴される債務を抱え、返済能力を失っている日本経済全体に赤信号他灯ったと考えるべきである。小泉竹中内閣は日本経済全体の衰退を回復できる構造改革を政界、財界、産業界全体から求められていた。財政力がなくて経済力をつける方法として小泉・竹中内閣が江戸時代の経験に倣って、贋金づくりに走ったのは、考えてみれば可能な残された選択肢であった。どの政策は単純で分かり易いものでなければ実行を上げられないことは歴史が証明している所である。竹中平蔵の経済理論は単純で分かり易く、分かっていても反対しにくい誘惑の大きい政策であった。結果から見れば、小泉竹中内閣は大きな意味で社会の期待に応えた政策を実施し、期待通りの経済成果を上げたのである。1000兆円超の国債を一挙に書滅することはできなかったし、それは期待すること自体無理なことであった。国債を拡大しなくてもよい税収が残像し、長い目で国債を軽減させることができる構造体質に日本経済を変えたという意味で、初期の期待に応えた。しかし、日本国憲法を蹂躙して行った経済製作は、日本が占領下に朝鮮戦争勃発に合わせて米国の要求で日本が米軍の兵站基地となり、憲法第9条と矛盾する政策を取ることになった。その問題はその後日本国憲法と日米安全保障条約との抱える矛盾として、戦後の日本を縛ってきた問題である。経済的には朝鮮戦争が勃発して日本が米軍の兵站基地となって、仙山の軍需産業を復興する途を選択せざるを得なかったことが、財閥解体を筆頭に日本の戦後経済復興を可能にし、国家も国民も産業も経済的繁栄の実現できた理由である。バブル経済崩壊後の経済復興は朝鮮戦争とは全くその位置付けは違っているが、現在の日本が置かれた経済的に追い詰められた環境の中で、経済復興の展望が持てず、その中で小泉・竹中内閣が選択した「聖域なき構造改革」の大きさが、1000兆円超の財政問題であるということは理解しないといけない。そしてその中での規制緩和は3権が合同で憲法違反を行っても経済的利益を拡大しなければならないような大きさの問題であることを国民として理解しないといけないと考えさせられた。日本は平和憲法を掲げ、戦争を放棄するという憲法を掲げているから経済が平和裏の発展してと考えている人もいるが、そのような事実はなく、住宅産業自体が準綬産業労働者向け住宅を日米同盟の中で担うことによって、米国との協力で日本の戦後経済の復興ができたことをしっかり理解しないといけない。

自由主義社会における国民合意の街造り
本書で扱った3事件は自由主義社会における「聖域なき構造改革」の下での3事件である・
(1)    大手ハウスメーカーと住宅金融機関による住「差別化」による住宅売価格不正設定により高利益を上げる一方、国民の財産の詐取された事件、
(2)    )国土交通省の官僚が陣頭指揮してマンション建て替え業者の巨額の利益をもたらした円滑化法を悪用した国民の財産収奪事件、
(3)    規制緩和の口実が法的につけられれば、その全てを口実に規制緩和利益を取り入れる再開発が渋谷区長の指揮で行われた事件
著者は、1962年旧建設省住宅局に入省して以来、半世紀に亘って、官僚、自治体職員、住宅都市公団職員、民間企業、研究会役員として住宅・建築・都市問題に関係し、最近の10年間は国民が不利益を受けた行政不服審査請求事件や行政事件訴訟に関係し、通算100件以上の問題に取り組んできた。本書では、その中から住宅、マンション、都市再生3つの典型的な具体的事件を例に、その氷山の一角から日本の住宅・マンション・都市再開発の闇を明らかにしようとした結果である。住宅・建築・都市開発事業の官僚として立法、行政、事業を経験し、その後、技術移転事業とともに、欧米の住宅・建築・都市の歴史、法律制度、経営の実態など海外からの技術移転の取り組みを比較し調査研究してきた。
戦後70年目を迎え、日本の住宅・建築・都市問題との歴史的関係を通して、日本は法治国でありながら憲法を中心にした法律が全く粗末に扱われ、国民に大きなしわ寄せが及んでいることを、御意性事件訴訟を通して確認してきた。民間業界の不正、行政機関の不正、政治家の不正への関与等と並んで「犯罪を幇助しているのが、司法ではないか」という確信がどんどん頭をもたげてきた。
本書は私自身が直接関係したことを中心に、その内容に関しては行政事件訴訟を通し経験したことばかりである。本書に登場する企業や個人の名誉は尊重するように配慮したが、国民の税金で禄を食んでいる公務員や民間企業であっても公法で保護されている限り、公共性の違反に関しそれを秘匿しなければならないプライバシーはないと私は考えている。
住宅を購入してささやかな生活をし、その住宅が個人の資産形成を実現している欧米の普通の国と比較して、住宅を購入することで資産を失い、都市計画が安定しないため、その環境破壊に怯えなければならない日本の違いは、行政法が機能していない違いである。
日本で起きていることにも欧米でなされていることに必然性がある。本書では日本と欧米との違いとその必然的理由の理解をすることにまず重点を置き、その理解の上に欧米に何を倣うべきかを明らかにした。それは国民の中心の住宅、建築、都市である。欧米との比較で明らかになったことは、住宅・建築・都市空間は、人文科学的空間として国民の生活・歴史・文化を担い、併せて国民の資産を守り増殖し、国民の資産を形成することによって、国民生活を豊かにすると主に経済的に安定させるようにする手段でもある。
経済復興のために「聖域なき構造改革」を取り扱った理由
小泉・竹中内閣による「聖域なき構造改革」が断行された、その期間に東日本大震災が発生したにもかかわらず、日本経済はプラス成長を続け、その規制緩和による経済復興政策は所期の目的を果たしたと社会経済的には評価された。しかし、この経済復興をつぶさに検討し、私は終戦直後の長戦争勃発後の日本経済の復興と重ね合わせて見てしまうことになった。戦後70年を迎え、「集団的自衛権の行使」とともに安倍内閣による「戦後70年目を迎えた総理大臣談話」が連日メディアを賑わしているが、私はここ数年間継続して取り組んだ「日本の戦後の住宅政策と現代の日本の住宅事情の欧米比較」の視点で現代を考えてします。その調査研究の中で日本の住宅政策は、日本が朝鮮戦争からベトナム戦争までの米軍の極東戦略の中での兵站基地となることで、軍需産業労働者住宅の建設に始まり、政府施策住宅は兵站基地の支援体制として政府施策住宅供給が行われたことを再確認した。平和憲法によって日本の経済復興が実現したのではなく、米国の極東戦略の一環として日本が軍需産業による後方支援したことが日本の経済復興の原動力になったことを改めて確認した。現在イラクのISによる戦闘でトヨタの小型自動車が活躍する映像をよく見かける。1940年代末から、日本の自動車産業は米国政府の肝いりで、デトロイト(米国)の自動車産業を自由に見学できる特権を与えられ、そのノウハウを自由に取り入れることを許されていた。自動車生産技術は、米軍の兵站基地となって無償で技術移転を受け、それが現代の日本の自動車産業の礎になっていることを、多くの日本人は知らされていない。日本は平和憲法によって産業が復興した訳ではなかった。戦前の軍需産業を復興することで、財閥解体を免れ、産業資本が守られただけではなく、戦前に軍需産業でしか働けなかった労働者は軍需産業の復興でその技能を生かし、生活の糧を手にすることができた。憲法第9条違反の日米安全保障条約を締結したことで、日本の経済成長があった。
しかし、日本が第2次世界大戦で犯した戦争、植民地支配、殺戮、残虐な支配など、日本の周辺国で行った多くの戦争犯罪や、国内における非民主的な軍国主義への反省をしなくて容易という話ではない。戦争犯罪に対する反省と平和と民主主義の実現とは、戦争に対する真摯な反省なしにはあり得ないことで、それを基礎に現在の日本国憲法と日米安全保障条約との矛盾を冷静に分析し、日本国民は、第2次世界大戦の正しい歴史認識の下にこれからの日本の進む道を日本国憲法と日米安全保障条約による67年の矛盾に満ちた歴史を総括して考え、国民の合意できる歴史認識を作ることが重要な時期に来ている。
住宅・建築・都市政策に関しても、日本は米軍の兵站基地として軍需産業用労働者住宅や全国総合開発政策で経済成長をしたわけで、国民の生活中心の住宅・建築・都市政策は基本的に行われてきていなかった。住宅を購入することで国民が個人資産を形成できる世にするためには、住宅・建築・都市政策が国民中心に行われていなければいけない。しかし、本書で扱った「聖域なき構造改革」の例に見る通り、日本では企業経営のために憲法違反の規制緩和が行われている。その時代錯誤の日本の政治・行政・司法の現状を考えてもらうことが本書の住宅・建築都市政策を関係者に考えてもらうための出版の目的である。



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