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HICPMメールマガジン第640号(2015.12.08.)

掲載日2015 年 12 月 7 日

HICPMメールマガジン第640号(2015.12.08)
皆さんこんにちは
国内研修報告

12月3日にGKK/HICPMの国内ツアーが実施され、英国のヴィクトリアン時代の代表的レンガ建築デザインを日本で創作建築として実践したハウス・オブ・アルバートと、明治のはじめ日本の外貨の80%以上を獲得していた生糸産業の中心的役割をしていたフランスのレンガ建築として造られた富岡製糸所を見学しました。世界遺産が決まって展示案内内容が世界遺産の理解を進めるよう充実したことを確かめて、富岡製糸所を私が今年の中ごろ見学しました。そのとき、その展示内容が近代日本の取り組みを学ぶ上で充実した内容を学べることが確認されて見学に出掛けました。
かねてより、バブル時代に優れた英国の建築プロジェクトが国内に3か所(千葉のシェクスピア・ヴィレッジ、福島のブリティッシュヒルズ、高崎の英国のレンガ建築)あり、その一つが高崎にあると英国の建築家から聞いていたので、それをハウス・オブ・アルバートと誤解して、今回一緒に見学しました。実は高崎の事業が好評でその発展形として10年前ごろに完成していたもので、雰囲気もよくできていました。今回の研修ツアーで誤解したままみなさんをご案内していました。両方のプロジェクトは予想を上回って整備されているのを見てこのツアーをGKKの小林さんに提案し、取り上げてもらったものでした。ご参加になられた方も期待を上回る内容と喜んでくださいました。

ブリック建築関係者のテキスト
ブリックプロダクツの黒瀬さんにもレンガの理解を普及させるうえで重要な取り組みと数か月前からこのツアーにブリックを使われる方の参加をお誘いするように提案したのですが、ブリックの関係者のご参加は黒瀬さんだけでした。12月に入って関係者の方は、多分いろいろお忙しかったと思います。しかし、「ブリックを使えば、顧客に心をつかめる」と安易に考えている人が多く、ブリック建築の担っている歴史文化にまで踏み込もうとしないでいる人が多すぎることを残念に思っています。私はブリックを使った建築をする人は、ブリックの圧縮力しか負担できない単純な材料を使って美しい建築を造るために多くの設計者、施工者、材料開発業者が努力してきたブリック国の経験を謙虚に学ぶことが無い限り、立派な消費者の心をつかむ建築を造ることはできないと思っています。日本のレンガ建築が現在の関係者のレンガ知識でこれからも建築されて行くとしたら、早晩飽きられ、消費者に大きな失望を与えることになるのではないかと危惧しています。現在はまだ目新しさが顧客の心を引き付けていますが、これからはブリック建築の担っている歴史文化の奥の深さを訴えて行くべきと思います。

自らの能力を高めようとしない人に良い建築は造れない
最近は経済環境も厳しくなったためか、国内外への住宅・建築研修ツアーの参加が少なくなったように思えます。HICPMで実施しているデザイン研修への参加者も少なくなっています。それでいて、優れた洋風建築は建てられているようには思えません。しかし、私が関係している猫パブリッシングの『輸入住宅』は編集の方々もよく頑張っているとは思いますが、既に発刊後13冊も発行し、本の購買者も増えていると言います。これは輸入住宅の関係者に洋風デザインに対する学びたいという関心が高まっているためと思います。しかし、日本の建築教育としては、単なる衣装としてデザインを扱い、まともな歴史文化として洋風建築デザイン教育が行われていない状態です。日本の住宅産業のデザイン建築レベルの低さを考えると、消費者にとって満足できる洋風デザイン住宅の設計施工の実体はお寒い限りではないかと思わされます。昔、HICPMの副理事長の成瀬さんがよく言っておられましたが、「よい仕事をしようと思ったら、自分の能力を高めるために、自分にお金を掛けないとだめだ。」と言って、私と一緒に欧米の住宅デザインを見学に行かれ、早朝から深夜まで、足を棒にして歩き回って、沢山の写真を撮っておられ、帰国すると、その写真を整理し、洋風住宅の設計をするに当たっては、実例を通して欧米のデザインの仕方を研究し、自らの設計に採用されていたことを思い出します。

HICPMの意図
今年の10月にホームビルダー研修会が中心になって実施したヨーロッパに出掛けてブリックを見ることができました。この研修ツアーは非常に意欲的な研修でした。研修に出掛けたフランドル地方は、ブリックを構造材料として、と同時に、化粧材料としてブリックを最初に使い始めた北欧ルネッサンスの発祥地で、この研修では、ブリック建築をルネッサンス文化の発展した14-15世紀に西欧で最も経済的に栄えたフランドル地方のレンガ建築をとおして見ることができて非常に良い勉強になったと思います。しかし、このフランドル地方のブリック建築研修ツアー報告会は、先月、映像を交えて実施しましたが、なぜか、わずか4名しか参加者がありませんでした。今回の国内の英国とフランスのレンガ建築ツアーは、国内で本場英国とフランスのブリック実例を見ることができるので、ブリック建築に取組もうとする人や、取り組んでおられる方には、欧米の考え方を理解する上で非常に有効なツアーと思い、ご案内しました。ブリック建築をヒューマニティ―ズ(人文科学)として学んでいる欧米のブリック建築を学んでもらいたいという主催者の意図が十分伝わらなくて、参加者は13名でした。ご参加された方は、本場英国やフランスに出掛けると同じ研修をすることができたと思います。この建築はいつでもご覧になれますので、ぜひ足を運んでください。私には多くの方から、レンガを勉強したいという話を聞かされます。国内にはレンガの情報や洋風建築デザインを人文科学(ヒューマニティーズ)という視点から聞く機会はあまりなく、わが国にはそのような情報を発信しているところも少ないのに、なぜ、それを実施しているHICPMのセミナーに参加し学習しようとしないかがよくわかりません。

ヴィクトリアン時代の華
ハウス・オブ・アルバートは、英国における「ビクトリアン時代の華」ともいうべき赤レンガ建築が集中的に建てられたアルバート・スクエアーを象徴する建築です。見学したハウス・オブ・アルバートは建築主と設計者のアルバート公とヴィクトリアンデザインに対するこだわり、その設計のコンセプトにアルバート公のアルバートホールに対するこだわりを据えることで、非常に感動を与えることのできるブリック建築を実現していました。このレベルのブリック建築を日本で見られるということではあまり例はなく、日本で英国のレンガ建築をまとめて見られる良い事例と思いました。この建築物を理解するためには、英国のサー・クリストファー・レンによるルネサンス建築と英国が7つの海を支配するとともに、植民地に英国がマスターしたルネサンス建築の歴史を土台に、産業革命を経験して第1回世界万国博覧会(博覧会総裁、アルバート公)を実施したハイドパークの事業の大成功によって得た利益でアルバート公が隣接地を買い上げ、新春のオーケストラが行われるアルバートホール、アルバートミュージアム、自然博物館、王立音楽学校、アルバート・スクエアー・マンションなどビクトリアン時代の花形のレンガ建築群を建てました。私たちはロンドンに出掛けると、それを現在、見ることができます。

顧客の心をつかむ建築は建築の担う歴史文化
欧米の建築のデザインは日本のデザインのように、商業デザインのように流行を追ったり、奇を衒った目新しい建築を造るものではなく、住宅・建築を購入し、又は利用しようとする人たちの求めているアイデンティティとなるべき歴史、生活、文化を表すものでなければなりません。そのため、優れたデザインは常に多くの人々が「自分の好きなデザインと考え、自分の宝として手に入れようとするため、時代が経っても、高い支持を受けることになります。それが欧米の既存住宅が時代を超えて高い需要者に指示されて資産価値が上昇している理由です。
1934年米国が世界恐慌に合った後、米国政府は住宅ローンに対し政府(FHA:連邦住宅庁)が債務保証をしてMBS(モーゲージ・バックド・セキュリティ)を債券市場に流通させることで住宅資金を回収し、住宅金融2次市場を形成し、現在の住宅金融の活性化の原点を作ったと言われます。そのときFHAのモーゲージに対する政府の債務保証の条件は、「その住宅のデザインがクラシックであること」とされたことが、米国の住宅を安定した資産価値のあるものにしたという理由とも言われます。クラシックの住宅は多くの米国人が「わが宝」と感じることのできるデザインであるため、既存住宅市場で確実な需要を獲得することができると言われています。

洋風デザインの原点:ルネサンス
明治の初めは、日本は近代国家を目指して欧米先進国に学ぼうとしました。建築のデザインとしてはルネサンスデザインが欧米の近代国家で共通して重視されたことから、欧米で最も建築デザインの優れた人として英国の建築家(人文科学者)ジョサイア・コンドルを推薦され、東京大学の教授に迎え、日本国内でルネサンス建築の設計ができる人材養成をしました。「なぜ、洋風建築デザインは、ルネサンスデザインだったのでしょうか」。明治の常識を今の時代に語れる人は、今の日本ではほとんど皆無になっています。基本が近代国家を作るためなぜルネッサンスに拘った歴史が、東京大学の建築教育において関東大震災後東京大学教授佐野利器が「意匠か、構造か」という論争を建築教育会に投げかけ、建築教育を人文科学教育から建設構造教育に転換したとき、明治時代の建築デザイン教育導入の歴史を一緒に捨て去ってしまったからです。その結果デザイン教育として欧米の建築教育で行われてきたものが現代に全く伝わっていないからです。
ルネサンスデザインとはどんなデザインですか。どこへ行ったら見えるのですか。先般ホームビルダー研究会の皆さんと北欧のルネッサンス時代に西欧で最も栄えた街ブルージュに出掛けました。そのルネッサンスの香りが現在のブルージュでも味わうことができましたが、そこには中世のギルドが豊かさを競ったギルドハウスが立ち並び、いわゆるルネサンス様式の建築様式は見られませんでした。
私達がルネサンス様式と呼んでいるものはアンドレア・パラディオが古代ローマ時代に「建築10書」を書いたビトルビュースの本に倣って実際に建築した事例を1570年代に『建築4書』としてまとめたものがその始まりになっています。そのため、ルネサンス建築様式と呼ばれるものは16世紀後半にならないと欧米社会には広く登場することはありませんでした。そのため、ルネサンス様式はそれまでの時代普及しませんでした。しかし、ルネサンスは7世紀に台頭したイスラム世界が一挙にキリスト教国を圧倒し、キリスト教国は死に物狂いの闘いを行いました。紀元11世紀ごろから実施された十字軍遠征の結果、イスラム世界の文明の高さに圧倒され、イスラムに追いつくためには古代ローマ文化の原点であるヘレニズム文化に回帰することがなければならないということが認識されました。古代ローマに戻る文芸復興運動として、古代ローマ文化の復興を「ルネサンス」と呼んで、ルネッサンスが始まったのです。欧米の建築デザインはヒューマニティ―ズ(人文科学)として、歴史文化、生活として確立した学問体系をなしており、日本の流行は完成としての好き嫌いの形態や意匠の問題ではないのです。

現代の欧米都市:歴史文化を大切にした豊かな都市
日本の大学や高等建築機関では全く建築デザインを人文科学として教育していません。そのため欧米の建築デザインが理解されていないのです。商業デザインと同じもののように理解する間違ったデザイン教育が日本の建築工学科(欧米では「シビルエンジニアリング」という。)で行われ、有名建築家が流行のデザインや前衛的なデザインをするのを見て、建築「装飾」や特色ある建築「意匠制作」を建築デザインと勘違いする人が大多数です。その結果、日本の建築デザインとして騒がれた建築物が、都市を経るごとにどのように扱われてているかは、日本の中古住宅を見れが明らかで、それは欧米の既存住宅の取引価格の差に現れていると思います。
HICPMがセミナーで解説しているデザイン教育は、欧米の人文科学として教育されている建築学科で教育しているデザイン教育の概論をお話ししているもので、欧米の建築教育では当たり前の教育内容でしかありません。私達が自分を大切にするために、その個性を生かすことが大切であることを理解しています。人びとはお互いに尊重されたいと思うわけですが、そのためには相手を尊重することが無ければ相手もこちらを尊重して呉れません。相互の関係は優劣の関係ではなく、お互いの違いを理解し、その違いを尊重し合うことです。その違い(個性)としてデザインが存在するのです。衣服同様に住宅は個人や家族の個性を表し、その個性は歴史・文化の集積として人々に担われているのです。デザインの違いは、優劣の違いではなく個性の違いです。クラシックデザインは、まさに歴史文化の中で生まれた人々が懐かしさを感じるデザインです。それらの長い歴史の中で形成された様式(スタイル)をしっかり学ぶこと無に顧客の望む建築デザインを作ることはできません。
今回もCM講座はお休みにしました。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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