メールマガジン

HICPMメールマガジン第646号(2016.01.20)

掲載日2016 年 1 月 20 日

HICPMメールマガジン第646号(2016.01.18)
皆さんこんにちは

今回はホームビルダー研究会の前回の2つのテーマの続きとして、レンガを優れた建築材料として使うこととはどういうことかについて考えてみることにしました。

第2回.レンガは、建築にとって優れた材料であり、技術であること

レンガという材料の評価
建築材料の種類は無数にあります。その中のレンガという材料を見ても無数の種類があって、一括りにレンガと括ってしまえません。最近はレンガ建築というだけで人気がありますが、その理由が何かということを考えないといけません。そこで重要な見方は、「差別化」(ディスクリミネイション)ではなくて「区別化」(ディスティングイッシュ)です。
レンガという建材は、「優れた建材である」という見方は、レンガをその他の材料と比較して優劣という視点で見ようとする「差別化」の見方です。一方、レンガは圧縮材で、焼成して造られる焼成レンガは、素材としての粘土の性格が色彩として現れ、経年しても褪色することのないメインテナンスフリーの建材ですというレンガの個性を正しく理解しそれ以外の材料と区別する評価が「区別化」です。区別する内容は材料の性格ですから、一般的には、デザイン、機能、性能、という材料の効用と、価格の経済的な価値(価格)という個性によって区別することになります。

レンガという材料を評価するときにどのような観点で評価するかということは、その特性を評価することで、その評価する視点を明確にしないで優れた材料であるとか劣等の材料であるということはできません。現在の日本の住宅産業では、住宅として造ったとき「よく売れる」、「多くの客を引き付ける」という視点でレンガ建築が評価されていますが、その評価の背景には、レンガ建築の目新しさ、欧米への旅行者が増え、本場のレンガ建築の魅力を理解し、レンガ住宅を欲しいと求める人が多くなっていることが指摘されます。しかし、多くの工務店の方は、レンガ住宅であれば多くの人の心を掴んで営業上有効であると「差別化」の手段としてレンガを捉えようとしています。その考え方は正しくありません。

レンガの魅力
かつて英国政府からレンガ建築を日本に正しく理解してほしいということで、HICPMにご招待があり、英国に出掛けたことがありました。そのとき英国のレンガ関係者からいろいろ面白い話を聞きました。英国では住宅地が開発されるとそこには、「大きな池」ができるという話です。英国にはフランドル地方からやって来た羊飼いたちや、その人たちの住宅を建築したメイソンリー(組積造)建築を立てる職人たちがやって来ました。フランドル地方は、一般にロウランド(低湿地)と言われている地方で、そこには建築のための石材は生産されず、木材の生産も多くありませんでした。そこで彼らが始めたことは最も安く手に入る建材造りからでした。それがレンガ住宅の始まりでした。
低湿地に堆積されている粘土を掘って、それをレンガの形に小さな直方体に成型し、乾燥させ、焼成させてレンガをつくりました。レンガという素材は、住宅地開発をする土地の粘土を使うということです。それが建材調達費を最低で賄う方法と考えられていました。そのため粘土を掘った所には、巨大な穴が造られますが、そこには雨水がたまり、結果的に雨水調節地の役割を担うとともに、親水公園が作られることになりました。そこでレンガをつくるとき重要視されたことは、レンガの成型、焼成、組み立て作業で取り扱いやすいことでした。はじめはレンガ成形する型枠もなく、すべて手作業で作ったと言われます。水分の含まれた粘土は重く、大きなものは作業に邪魔でした。粘土の焼成をできるだけ早い時間で壊れないように焼成するためには焼成に適した形が必要になります。焼成してでき上がったレンガは、粘土を固めたときの焼成前のレンガと比較すれば、かなり軽く造られましたが、片手にレンガをもって目地のモルタルを鏝で付けるためには、それでも決して軽い材料ではありませんでした。レンガの寸法は職人の作業性を考え、試行錯誤を繰り返しながら、現代のレンガに絞られてきたということでした。レンガの形は不ぞろいでしたので、その寸法調整する作業が目地でした。
レンガの寸法が不ぞろいでも美しく積み上げる技術が開発されました。それは「目地の縦と横の通り心を通す」技術で、垂直の下げ振り糸と水平の水糸を張るという技術でした。レンガ寸法のばらつきは目地幅で調整することになります。
美しい作業を能率よく行うためには、レンガは作業する職人の「ヒューマンサイスの建築材料」であるということで開発された材料です。しかし、レンガ職人の能力は個人差があります。職人の個人差を埋める作業が訓練でした。基礎体力の造り方から、レンガを握る握力強化や重量物の上げ下げ、材料の取り扱い、作業段取りの全てを職人組合が中心となって、標準材料で最も高い生産性が挙がるように組み立てられました。欧米では盛んに「トリック・オブ・トレード(職人の隠し技)」ということが言われ、同じ材料を使って高い生産を挙げる効率を高める技術が重要視されてきました。その能率の高さが職人に高い賃金を約束できるからです。欧米では「優れた住宅とは住宅購入者の購買能力で購入することの出来る住宅である」ことが第1に掲げられています。そのためには、職人が限られた時間で高い作業効率を上げることがなければならないと言われ、職人が一日で1000枚のレンガを積み上げることが一つの目標です。

多様性の統一
美しいレンガ積みは、目地の「通り心」を通すことと並んで、レンガの色の構成が重要になります。レンガの焼成窯から取り出されたレンガの色は、同じ粘土を使いながら、窯の焼成位置により、酸化、還元作業の関係でその焼成された焼き色はすべて違います。それはグラデュエ―ションによって、焼き色は順次変化しますから、近くのレンガの焼き色には顕著ではありませんが、窯から取り出した最初のレンガと最後のレンガとは全く違った焼き色になります。取り出したとおりにレンガを使ったらその色彩はゆっくり変化することになります。そこで一般的には、窯から取り出したレンガは3つの山に積み分け、それを混ぜて3つの山をつくり、それを建設現場でもう一度3つの山に混ぜて積み上げという3度の混ぜ合わせをして使うようにすることになっています。
よくレンガを「多様性の統一」の建材と言いますが、個別のゆずことのない個性をもったレンガを3度シャッフルして混ぜ合わせて使うことによって、一つの窯から生産されたレンガの統一した色彩のレンガをつくることができると言います。実はその「多様性の統一」されてつくられたレンガの色彩に、建築物としての安定したレンガ建築の色が作られることになると言われています。レンガの色彩は、基本的に素材とされる粘土の材料組成によって決められると言いますが、実は粘土の組成と同じくらい大きな影響を与えるのが焼成温度と焼成を受ける窯の中の位置と言われ得ます。レンガ建築を設計するとき、一枚のレンガを持ってきてレンガの色を決めることはできないため、レンガの色決めをするときは、一定面積以上の広さに張った壁や床を見なくてはその色を決めることは不可能なのです。レンガには一定のばらつきがあることを知らないと、適正なカラースキームを立てることはできません。
勿論、同じ素材の粘土を使っても、その成形の仕方や、表面加工の仕方によりレンガ表面の平滑さ(光の反射)が違い、色彩感覚はレンガ材料ではなく、反射の影響を考えた見え方によっても変わってきます。また、色の感覚は、面積が大きいほど薄く感じ小さいほど濃く感じます。この効果はレンガを繋ぐ目地の幅や、目地の色彩、目地の形によってレンガの色の感じられる色調は変わってきます。このようにレンガと一口に言っても、その設計・施工の方法によって、極端な言い方をすれば、全く違ったレンガを使用しているような感じの違いを見る人に与えることになります。同じレンガを使いながらその設計施工の方法によって別の材料を使っているような印象を与えるレンガという材料は、「奥の深さ」がある材料です。言い換えるならば、同じレンガを使った同じ建築物であっても、レンガの使い方で、全く違った建築物にしてしまうことになる。それはレンガの魅力であると同時に、レンガの知識経験のない人にとっては大きな落とし穴になってしまう。

レンガ建築と光、水、空気
サマルカンドなどシルクロードに位置する都市のレンガ建築は、空気が乾燥し豊かな日差しを浴びるところに建築されているのに対し、アーツアンドクラフツ運動の創始者であるウイリアム・モリスのデッドハウスの場合、建築物は太陽光は弱く湿潤な空気の中に立っているため,「ケルムスコット・マナー」も、「レッド・ハウス」もシルクロートに立つレンガ建築とは全く趣を異にしています。全く別の建材による建築物と言って模様違いがあります。それはレンガ建築が、よいとか悪いとかという「差別化」の問題ではなく、「区別」して評価しなければならない問題です。
特に英国では一般的なレンガ建築の設計技法になっていますが、それは英国人に言わせると、「ヒー・イズ・ア・コンプリート・ブリック」(彼は完全なレンガだ)という言葉になります。レンガ建築は同じような設計図書を使い、同じ時代に建築されても、その立地上の環境や建築物の利用のされ方によって、それぞれ独自の気候と風土の経験をして、暫くして比較してみると、同じように建築された建築物が全く違った風合いを持つことになります。レンガ建築は人間の人生のように、生まれが同じでも、生まれてからの生活経験の違いによって、それぞれが個性ある性格をもつことになる。その立地された環境に合せてレンガ建築は味わいを持つことになります。
欧米の建築物に対する考え方は、物づくりの建設工学(シビルエンジニアリング)ではなく、その経験した歴史詩文化を反映して、適正な修繕と維持管理を行って、その建築物を利用する人にとって、いつも高い満足を与えることができることがなければならないと考えられています。建築空間は人文科学(ヒュ-マニティーズ)です。適正に維持管理され、必要な修繕を繰り返されてきたレンガ建築は、モリスの「ケルムスコット・マナー」や「レッド・ハウス」のような現代においても現代人に魅力のある個性豊かな住宅環境を提供しています。レッドハウスというレンガ建築が経年して人目に美しい年の取り方をしている理由は、レンガという材料それ自体が建築物に加工され、風雪に耐え、利用のされ方により汚れたりしても、醜い感じを与えない材料特性を持っています。
よく石造建築と比較して、英国では「石造建築は汚れを落とすよう清掃をしなければいけないが、レンガ建築はその汚れが歴史を感じさせる味わいを出しているので、むしろ、清掃はしないで放置すべきである。」と言われています。これは石造とレンガ造の違いを説明した言葉であって、優劣を表した言葉ではありません。よく「レンガ建築はメインテナンス・フリー」という言葉で表される特性です。それは「維持管理費用がかからない」という点で優れている価値評価となっています。その価値評価は、「実際に維持管理費用が不要となる」経済的利点を指しているもので、経済的特性の評価の「区別」であり、、「差別」ではありません。
確かに現在見ることができるレッドハウスの北側の外観は、レンガに苔が生え、陰鬱な感じを与えるものになっています。そのため、この外観は清掃をしてもよいが、しない方が良いと考えられています。その訳は、レッドハウスにはモリスとその妻ジェーンとの不幸な関係があり、アーツ・アンド・クラフツを考えるとき、そのエピソードの歴史を連想する上からも、その外観を清掃しないままの方がよいと考えられてきました。「この家の歴史を連想できる方が良いのではないか」と、この住宅を持っている人が考えて、現在のように管理されているのです。この住宅は現在は歴史博物館的な機能を果たしていて、アーツ・アンド・クラフツの歴史を体感できる歴史を連想できるレンガ建築になっています。
私達がレッドハウスを訪問し見学するとき、レッドハウスがフィリップと協力して「モリス憧れのゴシック建築」のあるフランスのゴシック建築を2年かけて調査して、そこで集めた設計の建築デザインモチーフをレッドハウスという一つの住宅に纏められて設計されたと言われています。そこで造られたレッドハウスは、伝統的なゴシック建築とは違う新しいアーツ・アンド・クラフツのデザインの住宅です。現在レッドハウスを囲んで、モリスの壁紙のデザインの基礎モチーフとなっている多種多様な草花の花畑が作られ、その中にレッドハウスというレンガ建築と光、水、空気の関係が作られています。

レンガという材料が優れた材料と評価される条件
レンガが消費者によって高く評価された理由は、決してレンガという材料を評価したわけではなく、レンガによって造られた建築物の評価で高かったか、又は、その建築物との関係でレンガが期待された役割を担っていたと考えるべきです。私はよく洋服と服地の関係とか、食材と料理の関係を例示として説明してきましたが、建築物にしろ、料理にしろ、食材や服地単独の評価と建築物や料理の評価は全く別です。消費者が購入するものが住宅であれば、住宅としての評価が重要であり、建材が優れているからその評価が建築の評価になるわけではありません。
レンガという材料を使用しながら、レンガをタイルと同様に使った建築には、どこか「ちぐはぐな感じ」が漂っていて、そこに生活している人を見ると気の毒になります。レンガという材料は歴史的には構造材料として誕生し、構造材料として使われてきました。しかし、やがて構造材料としては、レンガより安くて優れた材料が登場しましたが、レンガ建築が造りだしてきた「形や色と言ったデザイン」の個性ある魅力が捨てがたく、レンガという材料が構造材料という性格と化粧という材料の性格に分解されました。その結果、レンガという材料はレンガに担わされてきた構造性能は発揮しなくてよくなり、ブリックべニア(化粧積みレンガ)や、本当に表面だけを「スライスレンガ」で覆うというような専ら化粧材料として使われるようになりました。
レンガという材料は、引っ張り力、曲げ力、せん断力などの応力に対してはそれが担えないため、圧縮材料として利用するほか、利用できる方法はありませんでしたが、構造応力はレンガ以外の材料で担ってくれるようになったため、レンガを過去には利用できないような方法で利用しようとする設計が生まれています。そのようなデザインの住宅・建築は、レンガ建築を拘束してきたデザインでないため、そこで作られた建築は過去のレンガが担ってきたレンガ建築の制約条件を放棄することにしたため、「レンガ建築にはあるまじきデザイン」になっています。
そのような過去のレンガ建築デザインを縛ってきたレンガという材料特性(個性)を失ったデザインを新しいレンガ住宅と言われても、デザインは過去のレンガ建築と違い、たとえレンガが沢山使われてとしても、レンガ住宅のもつ拘束条件を反映していないため、レンガ住宅として市民権を獲得できなくなっています。『レンガもどき住宅』という名称で呼んでみたら、その文化的な感じはよくあらわされることになります。レンガ住宅が消費者に評価されてきた理由は、レンガという材料のもっている個性を存分に発揮してきたレンガの特性に対する評価と考えるべきです。レンガ自体が構造耐力を担わなくてもよくなって、それに合ったレンガの積み方(ブリックっべニア)やスライスレンガの登場することになりました。しかし、そのレンガ建築がデザインとして消費者に支持されるためには、ここのレンガとして消費者に目に付くところでの使い方が、本物のレンガを積んだときの構造デザインでなければ、レンガ建築としての感動を呼び起こすことはできません。「レンガが優れた材料である」と評価される条件とは、本物のレンガ建築の顔(デザイン)をつくり出すことです。それがレンガ建築としての評価を受けることであり、レンガという材料の評価を受けることにもなるのです。
ブリックべニア(化粧積みレンガ)と言われる構造材に指示されるレンガ積みは、構造材料に依存して壁が作られている訳ですから、あたかも圧縮材のように見せることも出来ます。そこで見せている内容は構造耐力上の虚構ではなく、実際のレンガ造は圧縮材としてこのように建てられているとことを示すことにより、ブリック・べニアという役割を果たすことになります。レンガが構造として担ってきた役割を実際上、構造耐力を担わないでいて、フィクションとして担っているように演技をすることとは、構造と化粧とを一体の役割が分解された結果、当然担うべき役回りです。
もっと単純に言ってしまえば、構造材が一体的に担ってきた化粧材の役割を、化粧材の役割に限定して担えないかという社会的要請に直面しているということです。つまり、過去の構造材料の役割を果たしてきたレンガに対し、構造材料の振りをして現在の化粧材としての役割が担えないかということでもあるのです。そこに現在のレンガは挑戦しているのです。

『ヴィジョン・オブ・ブリティン』の著者のデザイン論
『ヴィジョン・オブ・ブリティン』の著者、英国のプリンスチャールズが進めているアーバンヴィレッジの事例であるパウンドベリーを訪問すると、そこにはすべての住宅に煙突が付けられ、昔からコーンウヲール地方に合った懐かしい街並みの景観が作られています。しかし、沢山立ち並んでいる煙突の中に、昔からの煙突の機能性能をもっている煙突は一本もありません。英国の建築家の中で「フェーク(偽物)の煙突を付けたテーマパークの住宅造り」と批判する意見もあります。しかし、私は現地を見学して、プリンスチャールズのこのパウンドベリーで実践したデザインを決して間違っていると思いません。それどころか、むしろ、デザインは歴史文化を伝承する人文科学(ヒューマニティーズ)であるという考え方を街並みデザインの中心に置くべきとする考え方を積極的に支持したいと思います。人びとが「わが家」(アワーハウス)、「わが街」(アワーストリート)、「わが町」(アワービレッジ)を帰属意識を感じることの出来る感じるレンガの住宅、レンガに建築、レンガの街は、昔に街づくりを行った人たちも、それを育てた人たちも、皆が愛情も持って育てたため、現代の人たちに魅力ある「住みたい」と願う住環境をつくってきたのです。。そういう意味でレンガは素晴らしい住環境の担い手でありつづけているのです。私達は過去に人たちが守り育ててきた伝統ある住宅、建築、都市を、人類の歴史を伝えて行く者として、未来の人たちに手渡していく義務があるのです。私達には過去の文化を粗末にすることも出来る立場にありますが、それをすることは人間の文化を育ててきた過去の人たちを侮辱することになり、人類史という視点から見て許されません。私達がレンガ建築の拘らなければならない最大の理由は、私達が歴史の担い手であるからという理由からです。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷英世)



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