メールマガジン

HICPMメールマガジン第651号(2016.02.22)

掲載日2016 年 2 月 22 日

HICPMメールマガジン第651号(2016.02.22)

皆さんこんにちは

先週2月16-17日グローバル研修企画とNPO法人住宅生産性研究会(HICPM)による「阪神地区における住宅デザインとFLライト建築視察研修会(1泊2日)」が実施されました。この研修会は、HICPMとして20周年を終え、21年目に入っておりますので、この20年を総括した研修にしようと思いました。グローバル研修企画でも、国内ツアーとしてのこれまでの中で参加者に大きな影響を与えたものと新しいくデザイン問題を考えてもらおうとして企画をしてくださいました。

研修の目的

今日はその研修報告を今回から数回にわたって連載することで、ご参加できなかった人たちに情報供給することにしました。この研修は大きく以下の2つテーマで研修を行いました。

1.「プラザ合意」に始まる輸入住宅プロジェクトの総括
(前川春雄日銀総裁が提唱し中曽根内閣が指導し河野住宅金融公庫総裁が進めたプロジェクト)
・SVヴィレッジ神戸市住宅供給公社が住宅金融公庫の指導で実施したプロジェクト
・KIHFプロジェクト神戸市が実施したNAHBの支援を受けて行ったプロジェクト
・ワシントンヴィレッジプロジェクト兵庫県がワシントン州の支援を得て行ったプロジェクト
・サステイナブルハウスプロジェクト:ハイランドがHICPMの指導で取り組んだプロジェクト

2.フランク・ロイド・ライトとその弟子たちが実現した日本の優れたプロジェクト
・ヨドコウ迎賓館:山邑邸
・武庫川女子大大学甲子園会館『旧甲子園ホテル』
・宿泊ホテル:神戸ホテルフルーツ・フラワー(オランダ国立美術館を模したデザインの建築物)

研修内容
輸入住宅政策の意図とその成果の総括

1.「プラザ合意」に基づく政府・日銀が意図したこと

住宅金融公庫が推進した「並行輸入」
1ドルが240年という円高水準を1ドル130円に引き上げることにより、日米間の貿易、為替の均衡を図ることが意図され、為替水準を変更する政策と実施されました。当時の日本の住宅はやはり現在同様同じ設計図書を使った住宅の販売価格は、日本が米国の2倍以上していました。その理由として建材流通は商社が握っており、米国では水価格で購入できても、商社を立浮かうことで国内の建材価格が高いことが問題になり、住宅金融公庫が中心となって商社を通さない建材輸入を行うことが「並行輸入として取り組まれました。その結果、工務店は輸送費や20%程度の輸入業務手数料を支払っても、これまでの商社経由の価格の75%以下で仕入れることができ、「並行輸入」は全国的に展開されました。

パッケージ輸入
建材が米国で仕入れ日本に船積みするときの価格(FOB)と日本の建設現場まで輸送し必要流通経費と適正利潤を取っても、現場到着価格はFOB価格の1.5倍以下でした。それであるならば住宅丸ごと輸入した場合、同じ内容の住宅であれば、米国の75%で日本の現場に持ち込める計算になるということで住宅丸ごと輸入が始まりました。しかし、使用する建材の輸入関税は材料ごとに変るため、輸入業務は大変繁雑な業務でしたので、日米協議により簡素化するパッケージ住宅が取り組まれました。

SV(シアトル・バンクーバー)ヴィレッジ
日本政府はシアトル市(米国)とヴァンクーバー市(カナダ)の協力を得て神戸市住宅公社が受け皿になり米国およびカナダそれぞれの設計と建材を使った住宅建設を行うことになったプロジェクトがSVヴィレッジでした。その目指すところは当時日本で60万円/坪が北米では30万円/坪で建設できていたので、建材の並行輸入並みの価格として45万円/坪を目標に建設すると言う触れ込みでプロジェクトは始められ、その技術を現場で見学したいという人たちはプロジェクト会費から完了までの50万人以上に上りました。設計者は米国・カナダとも両国を代表する建築家とホームプランなお政策事務所で、それぞれに日本のカウンターパートの設計事務所が付きました。現場監督には日本の現場監督が2×4工法が分かっているということで空宅金融公庫の推薦で担当しました。その建材輸入は両プロジェクトともエー・ビー・シー開発㈱が取引内容の全公開とFOB価格と現場納入価格の比率が1.5倍以下という条件で担当しました。私はエー・ビー・シー開発の役員で生じ担当部長として迎えられ、この事業の最終段階から参加しました。

住宅価格75%に縮小する目標の設定
この事業は結果として45万円/坪という目標で実現できなかっただけではなく60万円/坪でも出来ませんでした。その責任追及が始まりましたが、住宅金融公庫、神戸市住宅供給公社、設計事務所、現場監督、建材取扱業者の全部が責任がないということでこのプロジェクトの総括報告書としてプロジェクト開始前に社会的に説明されていた井上書院からの報告書は計画段階で考えていた通り出来たという「筈」の報告書が、「実績報告書」として住宅金融公庫監修出版されました。しかし、60万円/坪を逸脱して後者に大きな損失を与えた役員は解任され、供給公社自体が2×4工法を放棄せざるを言えない状況に追い込まれました。このようなお金の面で失敗した場合、日本の業界の慣例では建設業者か材料業者が損失を被らされます。しかし、現場監督は金融公庫が推薦した技術者であり、施工者は空宅供給公社で住宅金融公庫の言いなりにプロジェクトの推進した者で、事業の内容は分からないまま進め、事業を占める段階で、大赤字になったということで総括はできませんでした。事業は金融公庫の担当者と設計事務所とが進めていたもので、建設業経営の知識なしに進められていました。

「コストカットの失敗原因は、誰か」の犯人捜し
結局その責任はこの事業で大きな利益を挙げたエー・ビー・シー開発が悪いということになっていきました。私は自社のSVビレッジプロジェクトを調べて見ますと、大きな利益を挙げていましたが、その建材納入に関しFOB価格の1.5倍で現場納入している契約の原則を間違いなく実施していて責任はないことが解かりました。しかし、大きな利益を挙げられた理由は、当初計画していた取扱量より遥かに大きな物流になっていました。その理由は建設現場でCMが行われておらず、材料が非常に粗末に扱われ、驚くほどたくさんの建設は維持物が発生し、その処理代が驚くほど高くなっていました。住宅生産が目的か、建設廃棄物をつくることが目的か分からないような状況になっていました。たくさんの見学者があり、現場監督も職人も舞い上がっていたようでした。また神戸市住宅供給公社や住宅金融公庫の職員は、「おれがやった」プロジェクトとして、出来栄えが目立つように、ドアーやウインドウ、住宅設備に高額な材料を全体の計画と無関係に高額な材料を採用していました。

輸入住宅事業の総括がされなかった事情
このプロジェクトが終わるころは、バブル経済が急拡大しリゾート開発が取り組まれ、そこに輸入住宅が高額販売できるデザインとして採り入れられていました。その結果、SVビレッジがコストカットするプロジェクトということは忘れられ、高額販売しても売れる住宅としてすべて完売され、市場価格に比べて高い価格であったにもかかわらず、神戸市住宅供給公社は、プロジェクトを始める前に日本の市場価格60万円/坪と説明してきたため、販売価格は60万円を上限としたため、販売価格は実際の架かった費用以下に抑えたため、割安とも言われ、想像できない競争倍率に支えられ完売しました。

KIHFプロジェクト
神戸市住宅供給公社は大きな損失を被りましたが、SVビレッジ自体が社会的に大きな成果を上げたという結果を受けて、神戸市は全閉ホームビルダー協会の協力を得てNAHBのIBS(インターナショナル・ビルダーズ・ショウ)を実施できないかという相談があり、三菱商事、大旺商事、エー・ビー・シー開発、コンサルタント(グローバル)の5社が共同で全米ホームビルダー協会の協力を取り付け、SVビレッジの経験を踏まえて全米ホームビルダー協会(NAHB)の行っている建材と住宅設備の展示、IBSのような時代の先端を行く展示会後は販売するモデルホーム(8棟11戸)、住宅産業に対する教育研修プロジェクトを欧米の設計者、建材業者を取組んで4日間の開催期間で実施しました。

NAHB/IBSに倣った日本で最初で、最後のホームビルダーズショウ

そのプロジェクトで、現在日本の住宅産業で大きな話題になろうとしている「資産価値の増殖できる住宅」のデザインとして、クラシックデザインのモデルホームに取り組みました。米国とカナダの優秀な建築家に欧米の社会において100年以上に亘って人気を維持している住宅デザインを基に現代の技術と材料を使って提案してもらいました。その提案に当たってはモデルンある歴史的デザインの実物と、新しいデザイン提案の比較という形で行ってもらいました。その中にはモントゴメリーのクラフツマン様式の「赤毛のアン」の住宅やニューイングランド様式の住宅やカリフォルニアのスパニッシュコロニアル様式も入っていました。このプロジェクトの内容は私が井上書院から刊行した「日本の家、アメリカの家」に紹介されています。この本は10,000冊以上売れましたが、その読者の一人であった中曽根内閣の経済企画庁長官近藤鉄雄氏が私のこの本の解説を求めてこられ、個人教授を6回ぐらい行い、それがきっかけになり一緒の住宅生産性研究会の設立を行い、初代の理事長に就任していただき、NAHBとの相互協力協定を締結することになりました。

NAHBの技術移転の受け皿としてのHICPM
KIHFプロジェクトがHICPMの創設とNAHBからの技術移転を受けるきっかけになりました。
SVビレッジのコストカットに失敗して理由が、生産現場におけるCM(コンストラクションマネジメント)全く理解されていなかったことが、当時なそれほど明確に分かっていませんでした。しかし、日本の自動車産業が米国のOMを積極的に受け入れ、世界の自動車市場に乗り出したことを見ていましたから、HICPMはその中心とする技術移転はCM(コンストラクションマネジメント)でなければならないと考え住宅生産性研究会という名前にしました。NAHBのビルダー向けCMテキスト4冊を日本語訳と解説を取り入れて刊行しました。そして、その後20年に亘って国内で研修してきました。

以下、来週以降2回に分割掲載する。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷英世)



コメント投稿




powerd by デジコム