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HICPMメールマガジン第656号(2016.03.22)

掲載日2016 年 3 月 22 日

HICPMメールマガジン第656号(2016.03.22)
皆さんこんにちは
桜の開花が始まり何かわくわくした感じが伝わって来るようです

ボッテチェリ―の絵画展
早速、上野の東京都美術館にルネサンスの代表的画家ボテチェリーの絵画展に出掛けました。
会場は春に置かれてぃとたちが黒山の人だかりの様相を全ての前に造っていて、干渉している人の前に割り込んで入ったり、何とも絵画鑑賞というより場所取りのような絵画鑑賞で疲れてしまいました。
それにしてもルネサンス時代のフィレンツェの最大の巨匠の絵画をオーディオの説明を、鑑賞者の列が進まないため、同じ絵の前で何度も繰り返して聴くことで、何となく聴き馴らされ、絵画のバックグラウンドが分かり勉強になりました。絵画鑑賞後、ショップでハードカバーの図集を購入してきましたので、暇をつくって見てみようと思っています。それは大体いつものことで、図集は書架に並べられていることで安心し、解説が分かった気持ちになってしっかり読み返すことをしていませんが、、今回は読み通そうと思っています。

ルネサンスとルネサンス絵画を見る視点
ここ数年ルネサンス絵画を見る機会が多く、日本の美術館でも世界的なルネサンス絵画を見ることができたほか、ヨーロッパに出掛け、特にイタリア、ベルギー、オランダのルネサンスの栄えた国の美術館では、「所狭し」と並べられたルネサンス絵画を見て、その環境の中で人々がルネサンスの時代に引き込まれていった雰囲気を味わう経験することができました。今回もそのような絵画鑑賞をとおして、改めてルネサンスと、ルネサンスデザインとは何かということを検証することができたように思います。

中世文化の弁証法的な否定
ルネサンスは、「古代ローマに戻る」、言い換えればヘレニズム文化への回帰という、イスラムのヨーロッパ支配に対抗するキリスト教世界の勢力回復の運動ですから、そこには中世キリスト教の弁証法的な否定を基に、合理主義思想によるキリスト教の原点に戻った再構築が起きていました。ルネサンスは、十字軍や、キリスト教の聖地回復運動などやレコンキスタといった政治的運動と一体となって進められたことで広く知られていますが、それが絵画の上には合理主義思想に立って人間性の回復という思想の表現になって表れています。

ルネサンス絵画は時代の前衛を指導
一般に日本の教育では、「ルネサンス」を「人間性の回復」という言葉で簡単に総括してしまっていますが、確かにそのような解説は、「簡」にして「要」を得た解説で、ルネサンスを理解できたことになっています。しかし、私は当時の絵画は時代精神を牽引した力で、絵画により国民を鼓舞し、この時代の前衛思想として国民を牽引した樋ことを理解しないとルネサンスを理解したことにならないと思います。ミケランジョロ、ルーベンス,ボッテチェリなど当時の前衛的な政治指導者であったことを知ることが重要だと思います。彼等は何となくルネサンス絵画を描いたのではなく、中世を否定する思想運動としてルネサンス絵画を描いたのです。そのため、ルネサンス絵画には非常に強い訴える力があるのです。個人主義を基本にした思想革命運動です。

中世という時代から近世という時代へ
中世の暗黒時代と言われたローマカトリックが「王権神授説」を背景に聖書の解釈を私物化し、宗教による政治、行政、司法の支配に及んだことが中世の暗黒時代をもたらした原因で、それが科学技術の発達を始め合理主義を閉塞させ、結果的に合理主義を取り入れたイスラム教国の急拡大を許したことへの反省として、ヘレニズム文化への回帰がキリスト教世界の大きな課題になったのです。ルネサンス絵画は、絵画の世界で留まるものではなく、時代精神を社会全体に広め、時代の価値観を個人主義思想に立って合理主義に導くというように社会の価値観を根底からひっくり返したのです。

ルネサンス絵画の観賞
ルネサンス絵画では、中世のキリスト教絵画と基本的に同じ聖書に登場するキリスト教の物語をテーマに描かれていますが、そこにはローマカトリックが考えた神の権威を占める絵画とは違って、人格をもった神、キリスト、使徒が合理的な考え(近代合理主義)の下に聖書を解釈し直して、人格をもった人間が納得のできる聖書の物語として絵画を作成しているとことに中世絵画との違いがあると思います。個人主義思想が当然のようになっている現代感覚から見ると、ルネサンス絵画は非常に分かり易く、驚きを感じることは少なく、むしろ、取り上げられている人物の表情や表現に説得力のある絵画が作られている。しかしルネサンスは経済活動も盛んにしましたが、富はいつの時代でも大敗や不正を生み出す大きな社内の汚れた風潮をつくることになりました。その浄化運動がルネサンスにより権力を失った古い教会から台頭することになりました。

ルネサンスに対する反動サボナローラ
フィレンツェのルネサンスに対し、経済の発展とともに腐敗が社会を覆い、その腐敗を戒めるため、ドミニコ会の聖職者で、ロレンツォ=ディ=メディチがフィレンツェに招き、その支援でサン=マルコ修道院で活動していたサヴォナローラが登場し、腐敗した社会の責任をルネサンス文化にぶつけることを行いました。サボラローラは行き過ぎた不正を戒める活動を宗教的権力を濫用し拡大する中で、次第にメディチ家の独裁政治やローマ教皇の腐敗、ルネサンスの華美で軽薄な風潮に反発しました。やがて、サボナローラは自らの文化の粛清運動に向かい、中世の宗教による社会の粛清と同じ方法を採り、芸術を燃やす暴挙に及びました。ボッチェリーもサボナローラの反動運動の影響を受け、その犠牲者となり、芸術活動ができなくなり、惨めな晩年を送ることになった。芸術は時代の牽引車となる一方、その弾圧は人びとに生きる希望を失わせる。

デザインを考える視点
住宅を販売する場合、消費者は住宅の効用(デザイン、機能、性能)を手に入れることで、住宅を購入する。その効用の一つであり、3効用の中で最も重要な要素がデザインである。そのデザインが果たしている役割を知るために、絵画のデザインと建築のデザインも多くの点で共通点を持っている。ルネサンスのデザインは、当時の人を動かし、国家の政治や国民の行動の指針ともなった。米国においては、アメリカンボザール、アメリカンルネサンスが、近代から現代のアメリカの住宅を指導するデザインとなりました。

建築デザインと「アメリカンハウススタイル」
住宅生産性研究会では、HICPM会員が顧客の住宅デザインニーズをただしく住宅設計に生かすことで住宅を求める人たちの要求を満足させることができる。言い換えれば、住宅需要者に希望と玉井満足を与えることによって、その様な住宅を供給する工務店は反映することになる。住宅需要者が満足するデザインとは、住宅購入者がそのデザインに帰属性を感じ、「わが家」と感じることの出来るデザインでもある。全ての人はそれぞれの個性をもった歴史文化を担って生きており、衣食住の全てにおいてそれぞれの人が担うアイデンティティを、自分のデザインとして生活の中に取り入れることで、高い満足を感じる生活をすることができる。その様に住宅のデザインに監視も、それを歴史・文化という人文学的観点で学ぶことが必要である。そのテキストとして、HICPMは、ジョン・ミルンズ・ベーカー著『アメリカン・ハウス・スタイル』(井上書院刊)を刊行して、デザイン学習の基本テキストとし、今年のHICPMの教育講座に活用することにした。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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