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HICPMめーるまがじんだい663ごう(2016.05.16)

掲載日2016 年 5 月 16 日

HICPMメールマガジン第663号(2016.05。16)
皆さんこんにちは

ゴールデンウィーク後、私はシルクロードへのこだわりの第3回目としてコーカサスへ行ってきました。その後報告は来週致します。

熊本地震と地震対策
今週は、何と言っても熊本地震発生後1カ月の対応です。被災者の住民に自分を置き換えてみなさんもお考えのことと思いますが、地震国日本で応急仮設対策を原点から考えているような取り組みがどうしてありうるのだろうか。
私は古代ローマ時代の軍隊をその歴史から学ぶと、道路考案の建設はローマ軍の日常活動都市で道路建設や港湾建設軍隊の宿泊施設の建設は分のルーティンワークとして行われていました。そしてそこで使われた土木技術と言われた真野がアームエンジニアリング(軍事工学)と言われていたもので、近代になって、日本で土木工学、建築工学、都市工学といろいろ言い習わされているものは、欧米では建設工学(シビルエンジニアリング)と呼ばれているもので、明治の初めに首都計画がビスマルクの顧問建築家、エッケとベックマンに実施されたときそれを実現する工学技術者を養成する学部を東京大学に設立することになり、シビルエンジニアリングの和名として土木工学という名称が付けられました。

古代ローマの都市基盤整備学:軍需工学
国土交通省の居間の役割は古代ローマ時代にユリアス・シーザー時代の軍隊の行っていたことと基本的に同じ国土づくりです。自身は日本国内では常時発生しており、自沈余地は指針断層の研究が進むにつれ日常的な国土防衛行政として古代ローマのアームエンジニアリングは、現在日本の建設行政として行われていると考えるべきです。その様に考えたとき、ユリアすしーだーが日本を統治していたら、熊本地震発生後1カ月たって応急対策に足踏みをしていることは許されないと思います。東日本大震災のときは、高潮と地盤沈下という経験の少ないことで、日本政府は、短絡的に高台移転の地盤のかさ上げに走ってしまったのですが、それらの事業に巨額に費用を掛けた結果、そこへの移住者がないというおかしな結果が生まれました。しかし、国土交通省では高潮と自信に見合った必要な公共事業費は使って、建設業者は潤い、政治家はそれに見合った世紀献金を手に入れたので、それはそれで国の行う事業目的は完了した都市、後は国民の自己責任で考えろというやり方です。

「物づくり」の視点から生活文化環境形成
憲法第25条で健康で文化的な住生活は、国家が国民に対しそれを保証すると歌っていて、それに基づいて住宅政策が行われてきたはずです。政府は政府の定めた居住水神以上の住宅を被災者に供給すると言いますが、それは住宅産業に建設事業を与えるために「物づくり」として住宅を供給すると言いますが、その購入費用は個人の責任で行いなさい。その住宅購入費は政府が住宅金融として金融機関に行わせましょうという。実際の住宅ローンは住宅産業が建設した住宅購入費を丸ごと融資しますが、そのローン返済義務は住宅購入者の自己責任であると政府が言います。そのため地震や高潮でつぶされた住宅のローンは住宅購入者が支払い義務だけが残ってついて回ることになります。それを「2重ローン」と言い、それを受けた人はローン奴隷になる、最後は破産する以外に道はないことを国民はしています。

国民を騙してきた住宅ローン政策が金融機関の墓穴に
日本では支払い能力の2倍もの高い住宅を世界の2倍の長期ローン期間で、しかも癌ケイン編成後払いの「元利均等償還」方法で半裁させてきました。本日の朝のTVでは、住宅ローン返済が重すぎることから借り換えを含みより低金利で早期繰り上げ償還を行わないと、現在の元利均等償還方式を進めていると、結果的に金融機関がローンを元利とも回収できなくなる危険性がたなかったとする金融機関の不安を、あたかも消費者の破綻危険を救済する政策のように説明して進めることになったことを報じています。欧米では等価交換金融ですので、融資住宅を担保に押さえてその住宅不動産学を限度にしてしか住宅ローンはしませんし、その住宅が火災、高潮その他で失われたときには、モーゲージと言って住宅が消滅した段階でローン債務は消滅します。当然金融機関や融資の条件に火災や地震保険に加入することを義務付けていますが、金融自体は融資対象を担保にすることで、住宅がメッシュツした段階でローン債務は消滅します。

国民の負担能力を見極めた住宅ローン
国民が返済することができない淀の巨額の重視を実行すること自体、国民の生活を破壊することになるため、金融機関の金貸し利益のための金融は、建設業者の金儲け本位の高額住宅販売は禁止しなければなりません。そうすると住宅を取得できない人に対しては、どうするかという問題が住宅問題として政策上問題になります。ヨーロッパでは、個人はその家族構成に併せて健康で文化的な生活を営む権利を国家によって保証されるべきであるから、その様な品質の住宅を居住者の家計支出の範囲で(月収の30%の住居費負担で得られるようにすることが住宅政策として行われてきました。持ち家であっても借家であってもいずれでも構いません。

国民にとっての住宅投資にできる「持ち家」
一般にはトマ・ピケティの『21世紀の資本』の通り、物価上昇率よりも資本収益率の方が高いため、住宅を投資として購入し、又はリモデリングし続ける住宅投資をする人の方が、地帯住宅を借り上げて家賃を「どぶに捨てるように」払い続けるよりも、富を高め続けることになる。という社会的常識が、少なくても欧米にはあって、住宅投資した人がその投資で手に入れるキャピタルゲインが、一般の金融投資同然以上の利益を挙げていることから、持ち家階層は住宅を取得することで資産形成ができていると言われています。その例外が世界に資本主義国の中で日本で発生しています。その理由は新築住宅価格が独占販売価格で実際の以価値の2倍以上で販売され、既存住宅市場で販売しようとしたときにな購入価格より絶対安くしかならないためです。バブル経済崩壊後25年経って、35年の超長期融資の矛盾が貸金回収の危機という形で金融機関から提起されているところに問題の深刻さがあります。

「フローの住宅」から「ストックの住宅」へ
熊本地震でTVに登場する話も、「2重債務を負わない限り住宅を所有することはできない」し、現時点で借家供給の期待はできず、巨額借金を背負わせて持家購入に追い込もうというのが日本政府と住宅産業と住宅金融機関という供給(フロー)サイドの考え方です。現在の日本では熊本地震の被災者は気の毒であるという一般的な考え方は「枕詞のように」政府や識者の言葉として出されていますが、住宅を購入させられる人の債務負担が被災者の将来生活を破壊するものであることは帆富んで問題にされていません。その理由は、このような不当な住宅政策が当たり前のようになっている異常さとともに、政府も住宅産業も金融機関も、景気刺激や経済的利益という供給者サイドに立って経済主義一辺倒にはしていて、生活者の視点が失われ散るためです。

地震問題に取り組む学問姿勢
熊本地震対策は、臨時の災害対策ではなく、日常的な生活文化対策という視点で考えるためには、そこで扱う学問として、工学的な物づくりの避難施設対策ではなく、社会的な観点から見ると人びとの生活を個人生活や、社会福祉の観点から見る視点が失われています。学問分野からいえば、社会福祉学や家政学、人文科学としての建築学、都市計画学からのアプローチが必要になっているのです。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷英世)



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