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HICPMメールマガジン第669号(2016.06.27)

掲載日2016 年 6 月 27 日

HICPMメールマガジン第669号(2016.06.27)
皆さんこんにちは

英国のEU離脱
まだ住民投票の結果が出た段階で、このような「EU離脱」の判断が出たときどのようになるかを、私自身ほとんど考えていなかったため、この住民の審判をどう受け止めるべきかいろいろ考えましたが、決定的なことは言えないことが分かりました。英国と英国以外の国の関係がどうなるかは、経済圏を別にすることで、経済活動の障害は英国、EUの双方に発生することをよく調べる必要があります。日本が今、TPPに参加するかしないかで国内外から言われていることと同じで、EUと英国とは戦争をするわけではなく、共存共栄を図ろうとすることは同じで、英国はEUのルールに縛られないで独自に行動したいということで、直接的にはルールに縛られない自由を得る代わりにルールを尊重することによる利益が得られなくなるということだと思います。

グローバル時代の国家の対応
ITの発達が象徴しているように、政治・経済・文化活動全体がグローバル化しているときに、その利益を受け取るために、グローバルな活動がしやすくすることは重要なことですが、しかしグローバル化することはよいことだけではなく、犯罪も含め政治・経済・文化のすべての面で『負』のグローバル化の問題があります。コンピューター・ヴィールスの問題など、それを象徴する問題です。すべてが経済活動に関係しているために、英国のEU離脱の問題も、経済的損得の問題として経済指標を大きく変動させています。
今回の英国内のEU離脱か残留かをめぐる問題の多くは、私が毎週読んでいる「ニューズウイーク日本版」と「NHK/BS1」のニュースから理解できたことは、移民問題の対応や英国の経済負担といった分かり易い・損得勘定で理解することがほとんどを占めていたように思えます。アングロサクソンも、所詮、デンマークから移住してきたバイキングの一族だったのではないか。ヨーロッパにおける移民問題はフン族の移動、ゲルマン民族の大移動などだけではなく、ユダヤ人、アルメニア人弾圧による大移動もあり、その経験をしながらグローバルの見方ができていない英国に驚きましたが、ヨーロッパ規模を視野に入れた移民や難民を考えることは、ヨーロッパに生活していても、その大きな時空間全体の減少を容易に実感できることではないと思います。。

私の「日本の住宅産業」理解とよく似た英国人の「EU」理解
私は、目下戦後70年の日本の住宅問題を住宅政策と住宅産業政策から検討しなおして、「戦後の日本は日本国憲法のもとで主権在民を掲げ、欧米の住宅政策をモデルに欧米と同じような福祉政策としての住宅政策を行ってきた。」と官僚時代の前半(60年代)は信じていました。しかし、その後日本の住宅政策と住宅産業をグローバルな視点で、高度経済成長時代から現代までを調べ、欧米と比較検討し、欧米の住宅政策とは全く違った道を歩まされてきたことを知りました。それはその後、欧米の住宅政策と住宅産業の実際を見聞して、文献で調査をし、日本が欧米と違った道を歩いてきた事実のその理由を知ることができました。
かつて、西ドイツのアデナウアーやフランスのドゴールがグローバルな経済発展を目指し、EECを始めたとき、ヨーロッパ連合は夢の夢と思っていましたが、経済・政治のグローバライゼイションが、ヨーロッパ統合の夢をEUにまで成長させ、世界の安定に大いに貢献していると思います。それを実現した理由は、当時の独仏の指導者にグローバル社会の展望を示し、ヨーロッパを指導することができたからと思います。
一方、世界の住宅政策は、国民が住宅を取得することで個人資産形成を実現してきたのに対し、日本だけが、世界の孤児として、「国民を例外なく貧困に追い込んでいる」。この異常事態を日本政府自身が認めている異常さと、それを容認する住宅政策が行われている理由は、日本国民が護送船団の利益に組み込まれ、政治によって無知にされているからです。
現在のEUの独立派の売りの多くは、損得勘定を訴えることでした。離脱はには、目先の損得勘定を検討する能力はあり、それを説明することができても、グローバルな夢が語れないのではないかと私には思われます。結局、英国問題は日本の住宅政策同様、目先の利益で分裂され、長い目で見て国民を破たんに追いやっている日本の住宅政策の欠陥と共通のものがあることに気付かされていないのです。

平和憲法と経済成長
確かに日本の住宅政策は英国の公営住宅政策をモデルにし、日本のニュータウンも英国のハーローニュータウンをモデルに、近隣住区論を取り入れた住宅団地開発を行ってきました。それは多くの住宅政策関係者に「目晦ましの役割」を果たしてきました。
日本の住宅政策の始まりは占領政策課の日本のエネルギーとして炭鉱が不可欠であったため、その生産のため炭住12万戸(新築5万戸、改良7万戸)の供給から始まりました。その後、炭住に倣い、1951年朝鮮戦争がはじまり、日本は米軍の兵站基地とさせられ、軍需産業の復興が始まりました。
そのため、日本国憲法の制定と同時に決定された軍需産業資本(財閥)の解体は廃止され、日本に無尽蔵にいた旧軍需産業労働者を結び付け軍需産業の復興が取り組まれました。
財閥(軍需産業資本)と旧軍需産業労働者を結び付ける鍵が軍需産業労働者用社宅で、その資金供給する組織として住宅金融公庫が創設されました。その社宅に対する住宅金融は産業用金利で行われました。しかし、軍需産業は「裾野の広い下請け構造」に支えられ、これらの下請け、孫請け、関連産業労働者には社宅の供給はありませんでした。

公営住宅を使った住宅政策の政治宣伝
占領軍は金融公庫が軍需産業用労働者住宅を行うことが、国民一般の住宅問題が厳しい時代に、社会的に突出しないようにする必要があると考えました。占領軍は日本政府内部で技術官僚が準備していた公営住宅法を立法し、それを社宅に入居できない下請け労働者や関連企業や国民一般に供給することで、欧米の住宅政策と同様の社会住宅政策を行っている体裁をとったのです。
日本の経済復興は米軍の軍需産業を担うことで失業者は救済され、行われ、経済は復興されたのですが、いずれも日本国憲法第9条(戦争の放棄)に違反することで実現できたのです。日本が米国の軍隊の兵站基地となり、その軍需産業需要を日本の産業成長の基本とすることで、日本の経済成長が行われ、餓死や貧困から救済されたのです。
もし日本国憲法通りの政治が行われていたら、日本の経済はどうなっていたかわかりません。その中で整備された日本の住宅政策は、表向き社会政策としての住宅政策と説明されてきましたが、所詮、日本人のすべてが米軍の兵站基地内の労働者で、社宅に入居できない低所得の人に対する住宅は社会住宅で対応するほかなく、欧米の住宅政策の中での社会住宅とは違います。

再びEU問題
移民の問題はグローバル社会の中でISの登場は、独裁的国家崩壊の間を縫って台頭したテロ国家集団で、国連参加国が協力しても、その鎮圧も容易ではなく、そこで発生する移民、難民問題は、英国離脱派の主張によってグローバルに解決する問題ではないことは明らかです。
英国離脱派がグローバルな社会の中で、英国の主体的選択権を口実に、「良いとこ取り」することを主張しているように私には思えます。
本来、EUとしてグローバルな問題である移民、難民の問題をしっかり議論することと、その展望をつくることがなければなりません。かつてEECがヨーロッパ統合をしようとしたときには、「夢」と「理想」があったような気がします。英国のEU離脱派の主張にも、残留派の主張にもグローバルな視点での夢も見えなければ、理想も見えません。
英国の若い人たちは世界に出かけたいと考え、EU離脱派の反対を支持していますが、信条としてきわめて当然です。通貨を含めヨーロッパの経済統合にまで進めることも選択肢に入って議論されるべきだと思います。

逆「他山の石」
日本の住宅政策で行われている長期優良住宅、性能表示、CO2削減いづれも、「字面では国民の利益」を言っているようですが、これらの制度は、「議員の住宅団体を介した集票」と「官僚の天下り植民地の形成」と「官僚の産業界統制のための政策」で、国民の利益とは全く無関係なものです。
目先の利益で国民や住宅産業界を惑わし、それを政治政党の勢力や行政勢力に組み込もうとするもので、今回の英国のEU離脱化の運動とよく似ているように思えます。
私たち人間のすることはあるところでよく似ているように思えます。英国問題を日本に置き換えて考えると参議院選挙への対応が見えてくるのかもしれないと思います。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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