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HICPMメールマガジン第685号(2016.10.27)

掲載日2016 年 10 月 27 日

HICPMメールマガジン第685号(2016.10.27)
みなさんこんにちは
北欧「スウェーデンとフィンランド」研修ツアー

10月18日からグローバル研修企画とHICPMの共済事業で、スウェーデンとフィンランドに行ってまいりました。この研修ツアーの主要な目標はデザイン研修です。日本では物づくりの「形のバリエーション」として建築工学教育をしており、欧米のように社会を変革するものとしてデザインが扱われてきませんでした。デザインは洋の東西ともに人々の心を捉えるものとして、「思想」表現と不可分一体のものとして歴史・文化。生活を学ぶ人文科学として研究、教育の対象にされてきました。弛緩し日本では明治維新のルネサンス教育の時代から、「和魂洋才」と言って、欧米人から近代化に関するレベルを見せるためにジョサイア・コンドルを東京大学に招聘し、建築の形態、装飾、詳細の技術を学んできましたが、キリスト教が影響を与えたルネサンスデザインに関し、宗教とは縁を切らせて「物づくり」として建築教育を受け入れてきました。そのため関東大震災で洋風建築もが介したため、建築教育は「意匠から構造へ」と東京大学佐野利器教授の指揮で、日本の建築教育はデザイン設計教育はなくなり、建築構造が中心になりました。しかし、最近になって、建築デザインが建築の品質の3要素(デザイン、機能、性能)のうち住宅購入者の購入意思決定する最大の要素であることに気付く人が多くなり、デザインを口にする人が増えてきました。しかしそのデザインは欧米の建築教育(人文科学)でいう歴史・文化・生活という観点での教育が日本には存在していないため、「有名建築家同様「はやりの意匠」としてしか受け止められていません。そこでHICPMでは欧米の建築教育で行っている純分科学として勉強するデザイン教育を今回は北欧の住宅・建築・都市の研修で実施しました。このツアーで参加者に研修してもらった「デザイン」セミナーを以下に紹介する。

住宅及び建築のデザイン
現在のスウェーデンのデザインの特色を代表するストクホルム・シティホールは、ナショナル・ロマンチシズムといい、ナショナリズムとロマンチシズムが結合した建築です。それは19世紀末の建築デザイン様式の一種と考えることができる。19世紀末の産業革命を推し進めた思想は合理主義であり、そのデザインがルネサンスである。「ルネサンス」という言葉はフランス語で、その語源は、「古代ローマ(アレキザンダー大王が古代ローマやインドにまで広めたヘレニズム文化)に立ち帰る」意味である。その理由はイスラム世界が、7世紀に誕生して以来急速に拡大し、キリスト教世界を圧殺する力を蓄えた理由が、キリスト教国にヘレニズム文化の合理主義であったことが理解されたからである。イスラム教国はアラブ地方に誕生したが、その背景にヘレニズム文化がありアレキザンダーの東方遠征移来、その部下であったプトレマイオスやセレウコスが、プトレマイオス王国やセレウコス王国を設立し、アレクザンドロスロス大王の思想を発展させた。やがて、東ローマ帝国(ビザンチン)の下で、科学技術を発展させ軍事力を急成長させた。「ゼロの発見」は、応用化学を背景に邦訳や爆薬を開発し、国家の経済と軍事力を発展させたアラブ国家の科学技術の発展を証明するものである。

「オリエンテイション」から「ルネサンス」へ
その事実は古代ローマ帝国の発展ですでに証明されており、イスラム教国を凌駕するためには、「古代ローマに立ち返ることしかない」と考えられた。その歴史的事実に気付かぬ時代には、アラブに追い付くことを目標に掲げ、「アラブ(イスラム)に倣う」政治の目標を、「オリエンテ-ション(「東方に学べ」:アラブはヨーロッパの東にあったことから「オリエント」と呼び、イスラムに倣うことを「オリエンテーション」といった。)」という標語から、その後、イスラムを目標にするのではなく、キリスト教文化国である古代ローマに学ぶことで、「ルネサンス(古代ローマに立ち返る)」に置き換えられた。ルネサンスは合理主義思想で、それが産業革命を推進したが、産業革命は貧富の格差を拡大し、そこで貧困な人たちは虐げられた。安い労働者は農村部から無限に供給され、都市の低賃金労働者に対する同情は、「弱肉強食」という「自由競争社会」にはなく、労働者は使い捨ててよいと考えていた。産業革命時代の社会は日本の「女工哀史」「太陽のない町」「蟹工船」にも取り上げられたとおりである。チャールズ・ディケンズの『二都物語』の世界が産業革命で急成長した英国やフランスの社会であった。資本主義社会は労働者にとって残酷であり、そこで虐げられた人には救いの手が必要と考えられていた。そこで中世の世界を支配していた「キリストによる救いを求める人々の気持」が、19世紀末文化を全世界的に花咲かせることになった。ロバート・オーエンやシャルル・フーリエなどの空想的社会主義者の登場はそのような時代であった。それは合理主義に対する「弱肉強食」の矛盾の緩和を求めるもので、建築のデザインではルネサンスに対し、中世キリスト教文化の回復であった。

19世紀末の建築・絵画・彫刻デザイン
ヨーロッパではアールデコ(フランス)、アールヌーボー(ベルギー)、アーツ・アンド・クラフツ(英国)、モダニスモ(スペイン)、ゼセション、ユーゲント・シュチール(ドイツ)など地方ごとに中世の文化を復興したデザインが取り組まれることになった。それらの文化運動は絵画、彫刻、音楽、建築などの文化運動の形をとったが、実は国民の行動の動機付けを指導・牽引するものであった。建築、絵画、彫刻、文学の前衛思想化が同時にヨーロッパの文化運動だけではなく政治の指導者として活動した。その運動は北欧においてはナショナリズムとロマンチシズムと結びついて建築と国家の政治に影響を与えることになった。建築的にはバナキュラ(土着)な中世の懐かしさに回帰する民族の帰属意識を感じるロマンチシズムという形で展開された。北欧4カ国のシティホールは、基本的にそのデザイン、「ナショナル・ロマンチシズム」を実現する取り組みとなった。

北欧諸国の住宅
産業革命により貧富の差が拡大し、その中でさらに男女差別が拡大した。家事労働と育児労働を賃金の支払われない賃金とすることが、「女性の労働を軽視視すること」になると考えた。そこで、女性が育児と家事労働をボイコットすることから家事大革命が欧米工業先進国で発生した。それは米国においては戸建て住宅のデザイン革命として、「バンガロウ形式のクラフツマン様式の住宅」が、家事を機会に置き換える運動と共に全米に拡大した。一方、ヨーロッパでは主婦が担っていた労働を社会的に取り組み方法として、「コレクティブホーム」(集団居住住宅:日本の山岸会やイスラエルの器物も同様の考えに立っている)として拡大した。
現在、欧米では共通して家事・育児を含め、「介護の問題」を含んで住宅地経営として育児・介護を社会的に住宅経営として取り組まれている。現代は先進工業国と発展途上国の賃金が平準化する中で、家族の労働力のすべてを賃労働にすることで総所得を挙げる方向が求められ、米国ではニューアーバニズムの住宅政策(ミクストハウジングとミクストユース)として取り組まれ、北欧ではクティブハウジング(コウハウジング、コオポラティブハウジング)の問題として取り組まれている。コウハウジングはデンマークが先進国で米国に大きな影響を与え、コーポラティブハウスはスウェーデンで盛んである。

建築設計のデザイン
住宅問題は社会的な人々の思い入れとして、デザインという形で国民の主張が社会的に行われてきた。住宅や建築のデザインは単なる建築形態、建築装飾、建築詳細の問題ではなく、関係者の思想や思い入れを盛り込んだ意図して、拘って取り組まれてきた。デザインを通して国民の主義・主張があり、住宅購入者はその思想を自分の主張として受け入れる形で住宅を購入して来た。住宅建設、住宅販売は、実は住宅購入者への生活思想の主張を発揮した空間の共感者への連帯・布教であり、設計思想の主張に対する共鳴として、「国民が購入したデザインの背景にある思想」を支持して住宅購入をしてきた。バンガロウスタイルの住宅は民主主義を支持する人たちによって購入されて拡大してきた事実がある。
北欧3国では、19世紀末には、民族主義(ナショナリズム)が近代国家の建設を意味し、民族の伝統としても木造デザインを採り入れることで民族の主体性を主張してきた。デザインは人々の主張を表すものであるといってもよい。国民に共感してもらえるデザインを開発し、採用することでそのデザインは多く人を巻き込むデザインとなる。そこには歴史文化の主張がある。

宗教と建築のデザイン
建築のデザインは建築家の思想の表現である。建築設計思想を表現するためには、言葉(ボキャブラリー)が必要である。建築で思想を表現するデザインの言葉(ボキャブラリー)が、建築の形態(フォルム)、建築の装飾(オーナメント)、建築の詳細(ディテール)の3要素で、それぞれがそれぞれの形成されたときの歴史と文化と生活を伝えている言葉(ボキャブラリー)である。「神が人間を作った」という信仰はすべての宗教に共通している。古代エジプト、古代ギリシャ、古代ローマに登場する宗教である「アミニズム」や「太陽神」という自然神崇拝宗教に立つ「ヘレニズム文化」(自然科学的合理主義思想)においても、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教という4大宗教における人類を救済する「人格神」の力を持つ「ヘブライズム文化」「ブッディズム」(人間を救済する宗教)においても共通している。そのような宗教では、最初に、「人間が神の存在」と考えて「神」を生み出したものである。そこで「神がどのような姿をしていたか」に関し、さまざまな考えがあり、人間と違った形をした神もあるが、基本的には「人間は自分を正当化するため」に、「神の姿は人間の姿と同じ」という考え方が圧倒的多数になっている。エジプトでは、神の頭を、鳥や獣にしても5体は人間同様にするなど、基本は人間がベースになっている。この考え方は、基本的に地球上で共通している。

2つの文化思想と宗教思想
2つの宗教の思想自然神・太陽神(ヘレニズムの思想の「自然の摂理」を「神」と考える宗教や天照大御神)と人格神(エホバやアーラ神のように人類を救済する人格神とするヘブライズムの思想や仏教の仏)という自然神(自然の摂理)とは全く違う人格「神」がいる。前者は自然科学の合理性といういわば「弱肉強食、適者生存」の理論に立つのに対し、公社や「神の救い」により弱者の生存を守りまたは救済するというヘブライズムの思想(キリスト教や仏教)という真っ向から反対の考え方に立っている。この対立する2つの宗教観の相克によって人類の宗教発展が造られてきた。
社会的は運動を進める「社会運動の基本」となる運動の動機づけを規定するものとして、「2項対立」という考え方や、弁証法における「正・反・合の主要矛盾の関係」とも「バロックの2焦点で描かれる楕円形の思想」とも説明されてきた。「ヘレニズム文化」(合理主義)と「へブラウズム」(救いた慰め)の対立による運動展開は、まさに「2項対立」や弁証法的な矛盾の論理である。

建築デザインを表現するボキャブラリー
「建築形態」及び「建築装飾」や「建築詳細」も基本的に「神の形」や「神のいる空間」を造形化するという考えに立っている。そこの共通するデザインで、20世紀はじめドイツの「バウハウス」の建築教育で大きく取り上げられた。バウハウスの「審美性」は、「構造的に安全であることはデザイン的に美しい」というテーゼ(考え方)である。米国人建築家ルイス・サリバンの「形態は機能に従う」といった機能主義の考え方も基本的に共通している設計思想で、その後、F・L・ライトの設計思想にもつながっていくものである。その考え方の背後には「神の意図が働いている」という思想がある。視全身の神の意図は地球上の摂理であり、それは合理主義である。
「神が建築構造を支える」という考え方がオーダーの考え方で、「神殿の柱は、神々が支える」というデザインが実際に多数存在する。その考え方を建築物全体に拡大し、「屋根の形状が建築物の美しさを決定する」という考え方は、洋風建築の考え方であるが、和風建築にも共通している。美しい街並みは美しい屋根形状で作られるとされ、「わが家」(アワーハウス)、「わが街」(アワーストリート)、「わが町」(アワーヴィレッジ)という人々が誇りを持って受け止める景観(スカイライン)は、屋根の勾配・形状、材料、色彩が決定する要素であるといわれてきた。建築のオーダーは縦方向のプロポーションを言い、柱だけではなく建築物全体にもオーダーの考え方が援用されている。屋根の集団で作られる街並みのスカイラインは町の顔であるとも言われる。日本では「甍の波」という表現で「美しい街並み」を表現してきた。ル・コルビジュエが提唱したモジュロールの考え方も人体を基本にしたもので西欧の「神が人間をつくった」という考え方に立つものである。

建築材料と建築の形態とルネサンスデザイン教育
神殿は世界中のどこでも最初は、木材か、土(レンガ)、石材を使って建てられていたようで、木造建築や石造建築の安全構造のディテールが神の意思を表す建築の言葉と考えられ、ギリシャ石造建築の建築ディテールは、すべて木造建築で,その証明はギリシャ建築が説明している。(『ゴールデンスレッド』に記述されている)その次に建築の形態に関し、「人間の体のプロポーション」は、「神の体のプロポーション」であるから、それにならい、「建築の形態」と「建築の部分」とが作られたという考え方である。その代表的なものが、「オーダー」(柱のプロポーション)である。「男性」と「女性」と、「富」で世界は成り立っていて、そこに「豊かさのシンボル」とが加わって、ドーリック(ドーリア式:男性)、アイオニック(イオニア式:女性)、コリント(コリント式:アーカンサスの葉の鳥篭、タバコの葉、メイズの実など)のオーダーができたといわれる。
また、古代ギリシャが民主義を国民の統治の基本においていたことから、古代ギリシャの建築様式はヘレニズム様式であり、近代社会ではフランス革命と米国の独立の旗印として、民主主義のデザインとも考えられ、近代国家のデザインの基本とされた。そのルネサンス建築デザインを教育した中心がフランスの「エコール・デ・ボザール」で、アンドレア・パラディオの『建築4書』を米国の優秀なハント、リチャードソン、サリバン、マッキムなどの建築家たちは、ライト以外のほとんどの建築家は「ルネサンス建築デザインの基本」をエコール・デ・ボザールで学び、ここで学んだ人たちが米国の近代国家作りをルネサンス様式で行った。そこは新しい建築デザインのメッカとなり、日本にも「アメリカン・ルネサンス」や「アメリカン・ボザール」といってルネサンス様式を広めることになった。

民主近代国家のデザイン:グリーク・リバイバル様式
米国ではドイツ人探検家シュリーマンが「トロイの遺跡」の発掘に成功し、トロイが実在したことを証明してから、古代ギリシャのデザインを近代米国の国家作りに採り入れる勢いが芽生え、改めてギリシャのデザインと復興した「グリーク・リバイバル」が盛んに採り入れられた。サンフランシスコのべイ・エアリアを飾る豪華絢爛なヴィクトリアン様式の「ペインティッド・レイディー」(豪華色彩の貴婦人)は、ゴールドラッシュのカリフォルニアでグリークリバイバルが花盛りとなった事例である。それ以前には、フィラデルフィア、チャールストンなどの都市づくりの建築デザインに、グリークリバイバル様式が採用され、ギリシャの都市国家が民主主義国家であったことにあやかって米国の年は民主主義国家の年としてつくる意思表明をグリークリバイバルを採用することで行った。現代のウォールとディズニーの開発した20世紀末を飾る「ハワードの実現できなかった夢の実現」といわれたプロジェクト「セレブレイション」{フロリダ}にまで、グリークリバイバルは国民に支持されて採用されてきた。

研修ツアーの重要性

HICPMはこれまでの日本の建築教育が「物づくり」の工学教育として、「仏作って魂入れず」を行ってきた問題を重視し、その教育を洋風デザインで欧米の現場で教育してきた。日本の神社仏閣は、前者が太陽神「天照大神」宗教(ヘレニズム)を前提にした建築様式であり、仏閣や寝殿造が仏の慈悲(ブッディズム)で、その宗教的拘りが、神社仏閣デザインを国民の行動形態と結びつけ、日本文化から、明治の洋風文化のように消え去ってしまうことがない。欧米での様式建築にはヘレニズムとヘブライ二ズムという「洋魂」が息づいている。建築デザインに関する欧米の人文科学教育は、日本中では枯れ果てている。HICPMは欧米の建築教育の原点に立ち返って研修を行っている。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



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