メールマガジン

HICPMメールマガジン第687号

掲載日2016 年 11 月 14 日

HICPMメールマガジン第687回(2016.11.14)
みなさんこんにちは

「爆笑時代」が笑う現代人の近視眼的思考
NHKは爆笑時代のような漫才コンビを持ち出して、問題を斜めから見ることでお茶を濁していたが、その批判は、ベラミーが19世紀中ごろ、今から150年前に『顧みれば』で記述している。ベラミーは産業革命によって拡大した巨大な生産が実現した社会が行っている無駄な競争と無駄な消費により、国民が必要としている商品の何倍も何10倍もの廃棄物が生み出され、その生産と物流と廃棄物処理のために無駄な費用を使い、国民が貧困にあえいでいることを明らかにしている。そのような無駄を生み出す社会構造の中で、無駄な生産と無駄の商品の流通と廃棄するために、多数の企業と関係する産業資本は肥え太っている。それらの産業は、計画的な生産が行われている社会であれば存在する必要のない産業で、無理、無駄、斑を企業利益にしている資産家や経営者ではないか。

私達に求められている合理的な構想力
先進工業国がISとの戦闘を口実に戦争・殺戮を行い、そこで戦争のために生産する武器弾薬や、戦艦、戦闘機、戦車、武器弾薬、兵器、軍需物資輸送車両、ミサイルなどの全ての物資が、無駄ということを指摘している。安倍内閣で最も重視している安保法制は産軍共同により利益を計画している安倍晋三の政治である。ベラミーが『顧みれば』で言及していることは、私たち自身が「無理、無駄、斑」と思っている常識的な社会的損失を、当事者は自分の利益のために止めることができないと思っている。彼が生きていた19世紀の産業革命で利益中心に社会が狂奔していた時代には、自分の利益のためには社会的損失が生まれても仕方がないという自己中心的な思考しかできないでいるが、20世紀になれば、人類はもっと知性的になって地球規模で人類の利益を考え㎡全体の利益を減らすことで豊かな生活を見つけるに違いないと考えて、20世紀は知性に満ちた合理的社会になると構想して、カラが構想した20世紀から19世紀の社会を顧みて、この本を執筆した。

2020年オリンピックを私利私欲の道具にした政治家
少し前の時代には石原慎太郎元東京都知事や森元首相が2020年に開催されるオリンピックで私的な金儲けのため権力を濫用し、その公共事業で無駄をしてきたことも同じである。国民が期待してきたことは、オリンピックが世界のスポーツの祭典であるから、それをいかに合理的に計画し、国民の経済的負担を最小限にして、実施するかを知性のある政府の関係者は考えていると信じてきた。しかし、政府や東京都の権力者は、この機会にいかに私利私欲を満たすかしか考えていないことを連日のメディアが報道している。
小池百合子都知事がその闇を公開できるか、途中で妥協してしまうか、それは小池知事の政治生命を左右することは、知事自体解っていることである。戦争やオリンピックということに政治的な大義名分が付けられているが、その本質はと言えば、戦争やオリンピックを行うことで金儲けをしている「死の商人」がいるということと、そこで不正な利益を上げている人がいるという事実を否定するものは見当たらない。利権に関係する政治家たちは、過去の歴史が説明しているとおり、「必要悪」と説明する。そこに正当性がないことを認めて、自分のそこでの利益の配分にあやかりたい人の言い訳である。

エベネザー・ハワードの「ガーデンシテイ」の発想
ベラミーは、「20世紀にもなれば、人間の人たちも19世紀の不道徳と経済的なムリ、ムダ、ムラを知れば、知性を働かした社会を造る」に違いないと人間の知性を信じて19世紀に「130年先の20世紀の社会」を構想した。住宅をもてる人たちが社会の10%程度しかいなかった19世紀の時代に、その資産家にとっても住宅の価格は高かった。その住宅を取得することで、購入者に「住宅投資」として、他の投資と同等以上の資本収益を上げるようにするためには、住宅地経営を計画的に行うことが必要だとエベネザーハワードは、ベラミーの『顧みれば』を読んで「ガーデンシテイ」を構想したと伝えられている。エヴァン・マッケンジー『プライベートピア』(世界思想社、2003年)の冒頭にその話が書いてある。わたくしは『プライベートピア』を4-5回精読して米国の現代の住宅地経営を理解することができ、ハワードのべラミーから学んだ基本的な考え方が理解でき、10年経過して『顧みれば』を2度読んで、その都度、大いに感動した。住宅地経営や都市計画に関係する人たちはハワードの『ガーデンシテイ』を口にするが、『顧みれば』をお読みになると、ハワードの心を動かした考えを理解することができる。

長期展望を国民の合意にできるか、できないか
べラミーの指摘は、地球規模での生産を先進工業国が一方的に奪い、先進工業国の中では資本家が圧倒的に大きな量を奪ってきた結果、世界の富が増えても、それが貧富の格差の拡大になっていることの批判でもある。世界の殆どのジャーナリズムが、富の分配の異常さが、貧負の格差の拡大の原因と言って指摘し、『21世紀の資本』も資本主義社会の富の分配のおかしさを指摘している。ISを巡る世界各地での戦闘を口実に世界的に軍需産業を拡大することが正当化され、そこで軍需産業関係者が肥え太っている。
日本の平和産業と説明している車両や船舶は全て生い立ちから現状での大きな仕事は軍需産業と表裏一体の産業によって行われている。NHKというジャーナリズムは安倍内閣の政治を正当化する政治を批判せず、その提灯情報を流し続けている。住宅産業で「国民が住宅を取得することで例外なく貧困になるという事実」を国土交通省が認めているとおり、政治は、日本国憲法に違反してその政治を追認し、NHKはそのお先棒担ぎである。
べラミーの『顧みれば』を見ると、現代の多くの紛争の原因を、第3者の目で冷静に見ることができ、その視点で政治を行えば、経済的にはるかに少ない負担で豊かな福祉国家をつくることができると感じるに違いない。

NHKは安倍首相のマイクロフォン(拡声器)
中国の言葉に「巧言令色少なし仁」という言葉がある、安倍首相の口にする言葉は、結構世論の口にしていることを取り上げ、「それに取り組む」とか、「取り組んでいる」と口先だけで、どの公約も言いっぱなしで、全く実施した事実はない。東日本大震災復興がその代表的な事例で、口にした巨額予算を使いことは行ったが、税金を自分に関係する護送船団に配分したようではあるが、被災者には口先だけになって、多数が仮設生活である。まさに中国の言葉はそのためにできたのではないかと思わせるほどである。
国民は安倍内閣の政策では取り組むと首相自身が明言しているから、生活の苦しくなっている国民は「藁でも掴む」気持で政策に期待を掛け、それが政府支持率の上昇に繋がって行く。その応援団がNHKや5大紙ではないか。メディアは批判精神を失って提灯記事を書き、鉦や太鼓で囃子、政府の言うことを実現できるかのように幻想をばら撒いている。メディアは、国民贋負の政治宣伝の幻想をばら撒くだけで、真実の政策を伝える本来のジャーナリズムではない。日本の学校教育でも政策の宣伝をし、政府批判をしようとしない。それは御用学者が政府に鼻薬を嗅がされ、政府の言いなりに込まれ、有名大学で地方大学の教育者を養成し、学生を事大主義者に育て、そこの成績優秀者がメディアで働いている。メディア自体に政府批判をする能力もなければ、それをしようともしない。

住宅所有者は例外なく赤字資産保有者
HICPMが創設以来22年取り組んできたことは、国民を住宅を通して幸せにするために、欧米からの住宅産業技術を移転してきた。政府の行ってきた政策を最も分かり易く言えば、HICPMの取り組みとは真逆で、現在の住宅産業を牽引しているハウスメーカーが直接工事費は販売価格の40%あることを知りながら、それを正当な建設業法上の業務と認め、民法上、刑法上の詐欺に該当する「不等価交換販売」と「不等価交換金融」をすべて正当と認め、住宅産業と金融機関の利益を増大させ、国民を貧困にしてきた。
政府の住宅政策は、多摩ニュータウンという政府が陣頭に経って開発してきた公共開発団地はもとより、バブル経済時代にその後を追った民間開発団地に現れ、居住者は住宅ローン返済に苦しみ、ローン残高と中古住宅の資産価値とを、「政府の住宅不動産を鑑定評価制度」で評価すれば、清算すれば赤字となる世帯が殆どである。
言い換えれば住宅を所有したことで、国民総赤字の社会になっている。冷静になって考えれば、現在起きていることは、当初から政府が住宅政策で予想できたことである。しかし、現在になってみれば必然的結果とほとんどの人が口にする間違いを、政府が住宅政策として牽引してきた事実のせいふせきにんをついきゅうする必要がある。そこで起こっていることはハウスメーカーに代表される住宅産業が不等価交換販売を実施し、その不等価交換販売を幇助するよう住宅金融公庫時代から、不等価交換金融を行って大きな利益を挙げてきた結果として国民が貧困になったという事実である。

わが国の財政を一層破たんに追い込む危険性が高いMBS
住宅金融公庫は経営破たんになった消滅したが、新たに民間金融機関による住宅金融を、住宅金融支援機構を創設して、金融機関が行った住宅ローン債権(クレジット)を、MBS(モーゲージ担保証券)と名付け、米国のMBSと同じ金融商品であると騙し、国民の預貯金や保険金でMBSを購入し、住宅金融2次市場を作ってきた。日本のMBSその額面通りの価値はない。ローン返済不能事故が起きたとき、日本のMBSはそのベースとなっている住宅ローン債権の価値、すなわち、額面価格の3分の1程度の価値しかないため、その損失分は国民の財政(税金)を投入することをしなくてはならなくなる。日本の財政は1,200兆円の国債が増殖しており、MBSの赤字を補填する余裕はなく、国債増発要因にしかならない。小泉・竹中内閣のときは、税収が縮小し、国債が380兆円から700兆円に急膨張した。そのため緊急避難の「聖域なく構造改革」を「徳政令」として行い、憲法違反の都市再生事業で不良債権に苦しむ企業救済を苦し紛れに行った。べラミーが日本の財政を見たら、「19世紀と同じだ」というに違いない。
住宅産業関係者には日本のおぞましいMBSについて是非考えてもらいたい。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)



コメント投稿




powerd by デジコム