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HICPMメールマガジン第721号(2017.05.21)

掲載日2017 年 5 月 22 日

HICPMメールマガジン第721号(2017.05.22)
皆さんこんにちは

急に熱くなってきましたが、4月末から5月のカリフォルニアへのツアー(ヨセミテ公園)のときはもっと熱かったです。
今回の前回に引き続きカリフォルニアのツアーの報告をします。

「アワニーの原則」の後を追って、
ツアーの第一歩はスマートグロースの実践例である「ザ・クロッシング」から始めたことで、ツアー全体の目的を明らかにしました。そしてツアーのクライマックスはヨセミテ公園の「アワニーの原則」の合意がなされたアワニーホテル(現在は「マジェスティックホテル」に名称変更)を訪問し、アワニーの原則を振り返りました。「アワニーの原則」を実現させたLGC(ローカルガバメントチャンセラー)は訪問できませんでしたが、その後サクラメントにでかけ、JGCの置かれているビルを確認し、どのような都市環境の中でJGCの活動が行われているかを確認してから、200年以上の長い歴史を味わえるサクラメントのオールドタウンを見学し、その歴史を実感できる街並みをスマートグロースという思想と結びつけて考えてみました。ツアーの最終は、「アワニーの原則」の新しいコミュニティディベロップメントを1975年の米国が経済的に落ち込み石油危機に襲われていた時代にエコロジカルタウン建設に最初に取り組んだ。「ヴィレッジホーム」を訪問し、人びとの熟成した生活が行われている公園都市を見学しました。

2つの歴史ある有名大学のキャンパス建築様式見学ツアー
今回のツアーのもう一つの目的は、フレデリック・オルムステッド(ランドスケープアーキテクチュアー)とリチャードソン・モリス・ハントによる建築造形的な美しさを誇るスタンフォード大学と、豊かな森林と丘陵の地形的特色を生かし時代を代表する建築様式の校舎で構成され、自然と調和し、ジョン・バエズ、・ボブドュランが反戦運動を展開し、フリースピーチ運動が行われた自由な学園の気風を持ったカリフォルニア大学(バークレイ校)のキャンパスツアーをとおして、米国の建築デザイン様式とキャンパス・デザインを建築デザインの社会と歴史に対して発信するボキャブラリーを解読することでした。
日本では欧米のように人文科学としての建築教育は、一部の大学(芸術大学)以外では行われていません。そのため、販売を目的とした商業的なデザイン境域は行われていますが、人文科学的なデザイン教育は皆無で、そのモデルとなる様式建築を見ることもほとんど不可能に近い状態です。米国の大学における建築教育は人文科学として行われているだけではなく、そこに建てられている建築は人文科学的ボキャブラリーで歴史文化を語っています。米国西海岸で最も高い研究成果を誇っている歴史のある2つの大学がスタンフォード大学とカリフォルニア大学バークレイ校(本校)です。今回スタンフォード大学とカリフォルニア大学(バークレイ校)のキャンパスツアーを通して、校舎建築の表現する建築文化ボキャブラリーを調査研究することにしました。

(1)スタンフォード大学のデザイン
スタンフォード大学はスタンフォード自体の大陸横断鉄道経営で巨万の富を得、その富を使って優秀な建築家の設計により大学を建設し、優秀な学者研究者を集め研究開発と教育を行い、世界で最先端の技術を誇っています。数年前までは「西のハーバード」と呼ばれていましたが、今はハーバードを「東のスタンフォード」と言われるほど、優秀な人材と資金力と研究成果により、スタンフォードの研究開発と教育レベルは年々高まっているといわれています。経営学と医学やIT産業を含む自然科学系においては世界最高水準にあり、優秀な学者研究者を集めています。

大学創設者は米国の鉄道王と言われたスタンフォードで、そのキャンパスの設計者はニューヨーク・セントラルパークの設計者フレデリック・オルムステッドです。ヤシの大木が並木道をつくるパーム通りという正面道路の突き当りに、大学の最初に間接された中心の建築群(クオッド)があります。この本館のデザインは、リチャードソン・ロマネスク様式の構造で造られ、その全体が芸術作品と言われています。リチャードソン・ロマネスク様式は、19世紀末にボストンの中心につくられたトリニティ・チャーチのデザインで、過去に存在しない新しいロマネスク様式として世界の注目を浴びました。ロマネスク様式の教会は、人里離れたところにひっそり立っていて、小さな窓から入ってくる光を神の栄光と感じていました。ボストンのトリに低教会はボストンの最も人通りの多いちゅう陳に、多くのステンドグラスで色彩豊かな光を教会に取り入れるとともに、その建築物自体の形態が社会に対しその存在を見せつけるゴシック建築と同様な感覚の存在感のある建築物としてつくられました。
スタンフォード大学の本館(クオッド)校舎全体がスタンフォード大学は、この中心建築物(本館)をリチャードソン・ロマネスク様式で建設し、大学の光を社会に訴えるダイナモの役割を果たし、その本館を囲んで、大学が新しい大学施設が次々と時代の最先端の建築技術を駆使して、きわめてその存在感を見る人に訴える建築物として、最先端技術を開発する大学に相応しいデザインで建築されてきました。
本館(クオッド)のリチャードソン・ロマネスク様式で造られた中央の教会の外観として「ドームの屋根がみられない」という疑問を感じました。ヘンリー・ホブソン・リチャードソン(1838年-1886年)は、1890年に建設されたスタンフォード大学の設計に直接携わっていないようですが、リチャードソン・ロマネスク様式はこの大学本館の建築様式の基本に使われています。今回その秘密を考えました。スパニッシュコロニーであったカリフォルニアにスパニッシュ・ミッション(宣教師団)がやってきて、最初はネイティブ・アメリカンに布教しました。その後、資源の豊かなこの地への中南米、中国、米国東部からの移民たちへの布教の土壌となりました。ススパニッシュ・コロニーであったリフォルニアは、米西戦争で米国が勝利した後、米国内の旧スペイン植民地(カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサス、フロリダ)は、アングロ・サクソンの支配下に入り、スペインは対立の相手ではなくなった。

カリフォルニアでは、サンフランシスコ地震で大きな被害が発生した。大地震後、全米からの調査や支援を経て、スパニッシュ・コロニアル文化が文化的に高いものがあることが認識され、全米でスパニッシュ・コロニアル様式が高く評価された。その後、パナマ運河の開通などカリフォルニアが注目されたときに、スパニッシュ・コロニアル様式が、全米でスパニッシュ・コロニアルがブームになった。つまり、スパニッシュ・ミッションのデザインに象徴されるスパニッシュ・コロニアル様式は、カリフォルニアのアイデンティティを形成するデザインとなって、カリフォルニアの歴史・文化・生活に大きな役割を果たしたことを思い出して、スタンフォード大学のクオッド(中央建築群)は、スパニッシュ・ミッションのモチーフがこの土地のヴィジョニングとして採用され、スタンフォード大学のクオッドのデザインに採択になったと推測しました。

スパニッシュコロニアル様式・サンフランシスコ・ミッション・ソラーノ
スタンフォーで大学キャンパスの建築調査の後、サンフランシスコの北にあるサンフランシスコ・ミッション・ソラーノの最後の建築(21番目)を訪問しました。ミッションの歴史資料の展示を見た結果、スタンフォード大学の本館建築物(クオッド)の建築のデザインモチーフとなった「ヴィジョニング」は、間違いなく「ミッション(修道院)のデザインであることを確認することができました。スパニッシュ・コロニアルのミッションのデザインと、ロマネスクデザインがボストンの中心のトリニティ・チャーチに採用されたとき、それ以前まではむしろ人里離れた地域に立つ協会のイメージと逆転し、そのリチャードソン・ロマネスクの全米を圧倒した存在感のあるデザインとして評価され、大都市の都心の中心にリチャードソン・ロマネスク様式で建てられた。ハーバード大学にもあり、スタンフォード大学のデザインも同じ感覚で、建築家リチャードソン自体の設計ではないが、リチャードソン・ロマネスク様式が採用されたものであることを確認できました。

(2)カリフォルニア大学バークレイ校のデザイン
一方、バークレイは人文科学やエコロジーに関する研究が進んでいる大学であるだけでなく、ベトナム戦争の終わりには反戦運動をジョーン・バエズや、ボブ・デュランが活動し、マリオ・サビオによるフリースピーチ運動の発祥の地はバークレイ校です。建築デザインは、欧米でルネサンスデザインがルネサンス思想を謳歌し・推進するために、建築教育され建築物に取り入れられたように、建築物の形態、意匠、建築詳細で構成され、建築のボキャブラリーを通して、国民の思想信条を鼓舞し、誘導するビルボード(広告塔)の役割を果たすものとして使われてきました。サステイナブル・コミュニテイを提唱したピーター・カルソープもバークレイです。娘はバークレイで歴史学の博士号を採り、その研究成果をハーバーでお大学のライシャワー研究所で書物にまとめ、ハーバード大学『東京裁判』(日本語版:みすず書房)で出版したところである。そのため、娘が大学関係歴史学部のベリー教授に私たちの訪問目的を伝えたところ、校舎のデザインやキャンパス内の樹木の説明を受けただけではなく、教授ご自身がキャンパス案内をしてくださいました。

ベイリー教授によるキャンパスツアー

そこで分かったことはバークレイ大学全体が大植物園のような豊かな自然と、エポックメーキングな建築物が歴史を反映した建築様式で建てられていることでした。ルネサンス様式、グリーク・リバイバル様式、第2帝政様式、アメリカン・ボザール様式、バロック様式、シングル様式、など歴史・文化を伝える建築物が建てられていました。建築造形という観点で見るとスタンフォード大学ほどの視覚的に訴える存在感のある建築ではありませんが、見方を変えると、丘陵地に豊かな自然と調和するカリフォルニア大学バークレイ校と、だだっ広い平坦な敷地に存在感のある大学空間を設計する場合の基本条件の違いと見るべきです。豊かな自然環境に恵まれた大学の歴史を、時代の建築文化を積極的に取り入れて博物学的に建築デザインを見たときの多様性の面白さはバークレイ校の特色だと思いました。

アワニーの原則とマジェステックホテル(ヨセミテホテル)
今回のカリフォルニアへの旅行は、アワニーホテルの泊まって、そこに6人の建築家と100人余の自治体職員が協議し、「アワニーの原則」をまとめたそのホテルの環境を知ることでした。事前調査で、アワニーホテルはマジェスティックホテルに名称変更させられていたことは分かりましたが、それ以上の「アワニーの原則」に関する情報は、ホームページ情報からは全く得られませんでした。アワニーホテルに行けば、「アワニーの原則」関連の情報は分かると思っていましたが、到着したホテルのレセプションでは何もわかりませんでした。アワニーホテルはヨセミテ国立公園の中心に立っている高級ホテルで、英国のエリザベス女王、J・F・ケネディ、エリノアー・ルーズベルト、ウォルトディズニー、バラク・オバマなど世界のリーダーたちが宿泊し、大きな会議がいくつも開かれたホテルです。アワニーの原則をまとめた会議がホテルにとってどのような位置づけをされていたかはわかりませんが、ホテルの従業員教育の説明マニュアルに入っていなかったことは事実のようです。


ヨセミテ公園とヨセミテホテル

ヨセミテ公園内で、大きな岩山に4方を囲まれた広い湿地の中央にアワニーホテルは立っていていました。その周囲にはキャンプ場やロッジがたくさん立ち、ハイキングコースもつくられていました。全体のスケールの大きさは、自分自身が小さすぎると感じさせられるほどでした。ホテルの周囲には、高木の森林がホテルを囲んで形成されていました。ヨセミテ公園内に建設されているホテルは、ホテルマジェスティックのほか数軒で、多くの人はヨセミテ公園の外のホテルやロッジに泊まって毎日ヨセミテ公園に通園し、公園内でハイキングをするという形式を取っていました。公園の自動車の入園料は1週間有効で、1台30ドルで入場チケットはパスとしてつくられていました。私たちも、宿泊料金を節約するために、ヨセミテ公園に入口近くにある大きなホテルの宿泊したのち、翌日、マジェスティックホテルに泊まり、その翌日一杯マジェスティックホテル内の観光(ツアー)をすることにしました。ヨセミテ・アワニーホテルでの1泊2日の間は、徹底的にホテルの中を見て回り、100人程度以上の会議の可能な空間はすべて出かけ調べ、おおよそこの部屋ではないかなあと思われるところを見つけることができ、アワニーの原則の合意形成の様子を想像し、会議室の写真撮影をして楽しみました。
「アワニーの原則」は、19991年、6人時代の抱える問題に挑戦した6人の建築家が集まって、その実践したエポックメーキングな経験を基にして、まさに米国の住宅地開発と住宅地経営の基本の道筋をつくったところです。そこでこの会議の主催者を娘が調べてくれたところでは、ローカル・ガバメント・チャンセラー(GLC)というサクラメントにあるNGO法人がこの会議を実施し、その後スマートグロースの運動を展開していることが分かりました。

サクラメント:LGC所在地

このツアーではスタンフォード大学との関係で、鉄道王スタンフォードについて調べることもおおきな関心になっていたので娘がアレンジして、カリフォルニア州の州都サクラメントを訪問することになっていました。そこでのGLC訪問も考えましたが、GLCはその関係者がフロリダのロングビーチでのスマート・グロースの会議に出席するため出払っていることで出かけても調査ができないことが分かり、結局、訪問はしませんでした。そこでサクラメントに行き、サクラメント市内にある鉄道で巨万の富を得たスタンフォードの鉄道博物館とカリフォルニア州知事時代にスタンフォードが建設した現在のミュージアム「スタンフォードマンション」のほか、追加できる訪問先を検討することにしました。

カリフォルニアの州都、大陸横断鉄道のターミナル
サクラメントは州都であるとともにカリフォルニアのゴールドラッシュの時栄えたところで大陸間横断鉄道の終着駅でもあります。そこには昔ゴールドラッシュでサクラメントが栄えた時代のオールドタウンが200年ほど前の姿をそのままの形で残しているということで観光地になっています。ゴールドラッシュで騒がれた河川には外輪船が停泊し、それがホテルとレストランとして多くの人を集めていました。港町として賑わっていた町が、その経済活動を廃止し、廃墟と言ってよいがさつのところが、繁栄の時代との落差を感じさせる歴史的な魅力(ノスタルジア)となって、多くの人を集めていることが分かります。私はこれまで何度もサクラメントのこの場所を訪問しました。そのときの印象では、日本だったらこの廃墟同然の古臭い街はスクラップ・アンド・ビルドの対象になるに違いないと思いましたが、それができない理由がよくわかりませんでした。

過去・現在・未来の歴史の中の視点

しかし、今回スマートグロースを進めている米国の「アワニーの原則」との関係で都市に対する米国社会の見方を考えると、過去、現在、未来と連続する人類の歴史の中で成長する人間環境としてオールドサクラメントが位置付けられていることが分かり、米国の社会は人文科学を大切にしていることが分かりました。私が訪問した米国の植民地時代の首都ウイリアムズバークを訪問し、そこには首都であった当時の都市が完全に復興され、当時の衣装をまとった住民たちが、そこで生きた経済活動を営む「テーマパーク」として再現されているのを見ることができます。この生きたテーマパークは世界恐慌後の経済復興のため、植民地時代の首都・ウィリアムズバーグの修復および再建はW・A・R・グッドウィン牧師や、歴史保存協会、南北戦争軍人の子孫、商工会議所などの地域のリーダー達の他、ロックフェラー家のジョン・ロックフェラー2世とその妻アビー・オルドリッチ・ロッ クフェラーの賛同によりアメリカ合衆国の歴史の初期を再現したものです。現代過去から現代までの人を理解することなしに、未来に向けての米国社会を構築することはできないという人文科学的な考え方がそこにあるのです。人文科学教育を重要視する欧米と、人文科学教育を廃止せよという安倍内閣の政治の違いを見る思いがします。米国人にとっての歴史の重要性の理解です。サクラメントの議事堂前にあるスタンフォード・ミュージアム(マンション)を見て、その豪華なヴィクトリアン輸式のマンションにはたまげましたが、サクラメント・オールド・タウンと良い対象になっていました。

ヴィレッジホーム(デービス市)
追加の訪問地として娘は、アワニーの原則の一つの柱となったヴィレッジホームを訪問することを提案してくれました。私は過去に3-4回訪問していますが、旅行者任せで連れていかれるだけでその位置を地図上では知りませんでした。州都サクラメント市とヴィレッジホームのあるデービス市とは近い位置にあったので、ヴィレッジホームを訪問することにしました。1975年にできたこの町を、私は20年後の1996年に訪問し、その後何度か訪問したところです。ここには『スモール・イズ・ビューティフル』(シューマッハ)の思想を実践に移したとも言われる開発です。この都市は、世界がエネルギー危機に襲われたとき、日本から多くの人が訪問したところです。当時、私がミネソタ大学のアンダー・グラウンド・センターから出版されていた『アース・シェルタード・ビルディング・デザイン』を丸善から共訳出版した本にあるアース・シェルタード・ビルディング(住宅の上を開口部以外は土で覆い尽くし、地中の恒温性環境を享受する住宅も健在でした。

日本の土地づくりのモデル
現在の季節が緑と花で町全体が花園のようになっていました。訪問した日は平日ではなく、日曜日で街のあちこちに人気(ひとけ)が感じられ、犬の散歩に散歩する人やサイクリングの人にも多く出くわしました。そのようなこともあり、生きている街という印象を強く受けました。農家育ちの妻の感想は、「こんな町は日本でも出来そうじゃないですか。」その街の中に畑があり、果樹があり、今はさくらんぼうがたくさん実っていました。このヴィレッジホームの住宅密度は米国の郊外にある普通の住宅地とほとんど変わっていません。私も確かに日本の都市近郊農村や郊外の衰退している住宅地をスマートグロースの考え方で造り変える可能性のある事例だと思いました。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)




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