メールマガジン

HICPMメールマガジン第725号(2017.06.19)

掲載日2017 年 6 月 19 日

HICPMメールマガジン第725号(2017.07.19)
みなさんこんにちは

今回がカリフォルニアツアーの最終回です。ヨセミテ公園にあるマジェスティック・ヨセミテ・ホテルで「アワニーの原則」の議論がされた歴史的事実に思いをはせ、自然環境を守るために、「ポットン便所」をヨセミテ公園の中に設置し、多数の人がそれを利用しているのを見て、米国という国は行動力のあるすごいことのできる国という印象を新たにしてヨセミテを後にすることにしました。

サクラメント(カリフォルニアの州都)
ホリディ・インに宿泊し、朝食はホテルで食べてから、昨日、通りから外観を見たスタンフォード・マンション(スタンフォード・ミュージアム)(LELAND/STANFORD/MUSEUM)をミュージアム・ガイド・ツアーでヴィクトリアン様式の大豪邸を見学しました。このマンションは、ヴィクトリアン様式の3階建て豪邸で、隣接して立派なタイル張りのヘリポーポートと思われる広場を囲んでバラ園がありました。マンションの内部は、スタンフォード元カリフォルニア州知事時代の自宅であり、迎賓館であった建築物です。天井の高さが3メートルを越える高い空間に、立派な家具を備えた応接室や執務室があり、3階にはスタンフォード夫人が恵まれない孤児の世話をした空間もありました。歴代の州知事が迎賓館にも使ったといわれるにふさわしい格式のある建築物でした。約1時間かけて、現在ミュージアムとされているこの建築物を見学しました。元州政府の管理部門に働いていた方の話で興味深い内容でしたが、英語の説明についていけず、マンションの説明はスタンフォード負債の州知事の生き方の説明で、その説明内容について不十分な理解しかできず残念でした。
その後、カリフォルニア州議事堂を通って娘のロンドン大学院時代のタイ人の友人と娘が20年ぶりに合い、私たちも一緒に昼食をしました。タイ人の友人は、かわいいお子さんと真面目なドイツ人の夫と1家3人で米国に派遣され、当地に住むようになって、今回会う機会ができたということでした。こんな形で消息を確かめ合う友達がいると言うことは、ロンドン大学時代よい生活を送れていたことと思いました。一緒に食事をしましたが、かれらもドイツからのご両親を迎えてヨセミテ公園に4日間の旅行をしたとのことでした。彼らも私たち同様、ヨセミテの景色には圧倒されたようでした。
ドイツ人の夫の方は若い技術者でドイツのジーメンス社の米国の事務所勤務ということでした。米国でも住宅を取得し、住宅という経済的基盤ができ、安心できているようでした。第2次世界大戦のときの日独伊防共協定はその背後の3国間のことを話題にしてみましたが、関心はほとんど持っていないようでしたのでその話しはそれ以上にはしませんでした。マルキシズムなど、かつて、ドイツ・イデオロギーと言われていた『資本論』の話も仕掛けてみましたが、社会科学関係の話には、ほとんど無関心でした。私の世代のドイツとは世代が変わっていることを感じました。
一緒に昼食を食べてから州議事堂を見学しました、大きなドームの建築物は高い天井の3階建ての威厳ある建築物で上院と下院会議室が議事堂に入っていました。2階部分から議事堂内の議場を俯瞰することができました。明るい議事堂で見学者も自由に入れるところでした。議事堂の周囲は芝生が敷き詰められていましたので、そこで寝転がって少し昼寝をしました。日本の国会も以前は鉄柵はなく、国会前広場で昼休みに寝転がって過ごしたことを思い出しました。

オールド・サクラメント
議事堂からサクラメント川に向かって西に向かい、サクラメント河の川岸に沿って停泊しホテルになっている外輪船やレストランを見ながら鉄道博物館まで歩きました。巨大な鉄道博物館にはスタンフォードはセントラルパシフィック鉄道会社で大陸横断の交通機関として活動していた当時の列車が陳列してありました。食堂車や寝台車などが昔の状態を復刻して展示してあり、多くの見学者で賑わっていました。子供連れを含んで米国の現在には多くの若い人たちが歴史に関心を抱いているようで頼もしいことだと思いました。鉄道博物館の南には、数街区にわたって西にあるサクラメント川から東側を走るハイウエーI-5に挟まれた市街地を、オールド・サクラメントと言い、150年前に作られた木造のホテル、店舗や食堂、酒場、遊技場など木造市街地がそのままの形で残され、現在も昔のままの街並み景観を残しています。この地区の地盤面自体、実際の地盤面より3m程度盛土して造られたところだそうで、現在でも、昔の地盤面の土地に建築物が立っているところもありました。
日本は、目先の利益追求や、面白おかしいことに関心があっても、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返して、昔の都市の姿を探しても見つかりません。その結果日本人は、歴史への関心は薄い国民になってしまったように思えて、これで将来の日本を考えることができるだろうかと心配になりました。最近TVで「ブラタモリ」が人気番組になっているという話を聞きますが、それは当然のことで、現代の自分を知るためにも歴史との関係なしには、自分自身の正しい認識はできないと思います。
オールド・サクラメントを散策した後で、夕食は、昔は砂金が採取されたゴールドラッシュで賑わったというサクラメント川に停泊している外輪船のレストランでディナーを楽しみました、多くの人が食事にやってきていました。レストランから河川の眺望は向こう岸まで開けていて夕陽を見ることのできるところでした。ホテルに帰ったところでサクラメント側岸から打ち上げ花火の音がして窓から川の方向を見たところ、川岸で行われていた花火大会をホテルから楽しみました。

5月7日:オールド・サクラメント(続き)とスマート・グロース
サクラメントの最終日の朝は、ホリディ・インからサクラメント・オールドタウンに高速道路の下の通りを通って朝食を食べに行きました。サクラメント・オールドタウンは人気(ひとけ)のない静けさの中に、18-19世紀のアーケードでつながった街並み景観を維持して立っていました。しかし、このオールドタウンに生活し、働いている人たちや宿泊している人たちが朝食を提供するレストランにばらばらですが、この地の居住者や宿泊客がひっきりなしにやってきていました。大きなオムレツを食べましたが、ボリュームは大きく、シェアーしても有り余るほどでした。私にはゴールドラッシュで栄え、鉄道の始発店として栄え、2世紀以上続いたこのダウンタウンをサクラメントの人たちが大切にしている様子を見て、この国の底力というか、郷土に対する愛情の強さを感じました。
今回のツアーで、「ザ・クロッシングス」にはじまるスマート・グロースの都市を見ると、共にその原点でとなったアワニーの原則を生んだヨセミテ公園のアワニーホテルを訪問し、その運動を推進してきたLGC(ローカル・ガバメント・コミッション)の建物を見て、「アワニーの原則」に思いをはせました。その歴史への思いこそ、オールド・サクラメントを現在の人々に懐かしさと歴史のつながりを考えさせるスマート・グロースの都市つくりではないかと感じました。スマート・グロースによる都市づくりはスクラップ・アンド・ビルドによる都市つくりの対極にある考え方です。人々が大切に思う空間や活動を育てていく街づくりで、都市のアイデンティテイを重視した街づくりという意味でオールド・サクラメントは、サクラメントの過去・現在・未来を連続的に考えることのできるそのよい例でした。

ヴィレッジホーム(デービス市)
朝食後ホリディ・インをチェックアウトしてから、サクラメントから0.5時間ほど離れたデービスにある「ザ・ヴィレッジ」を訪問しました。1975年にマイケル・コルベットが開発した「ザ・ヴィレッジ」は既に43年経過し、ヴィレッジの中にはいっぱい多種多様な草木の花が咲き、果樹が実り、ヴィレッジ全体が豊かな緑で覆われ、多くの住民は本当に楽園の様相を呈していました。住戸と住戸の間にはびっしり樹木が生い茂り、さくらんぼや桃などの果樹が実り、多種多様の樹木が大きな森を造っていました。住戸の南の家庭の庭には、赤、黄、白の大輪のバラの花壇が作られ、「楽園」という言葉にふさわしいところになっていました。そこにはアース・シェルタード・ビルディング(住宅の屋根や構造全体を土で覆い、地下にあると同じ状態)の住宅が建っていました。5年以上前に来たときも、現在と全く同じ状態で屋根というか土で覆われた建築部分には、今回も野菜が植えられていることを確かめることができました。太陽熱温水器のほか太陽光発電と思われる住宅も見られました。
休日ということもあってか、各住宅に車が駐車している景色を見ることになりましたが、街全体に人気を感じ、こんなところを見れば誰でも住みたいと思うに違いありません。以前訪問したとき、「ヴィレッジホームの設計者でありディベロッパーであるマイケル・コルベットに、「この開発によって資産価値が何十倍にもなっていること」を指摘し、「このような開発を続けて行う予定があるか」と質問しました。すると、「ヴィレッジホームは経済的に成功した事業であるが、これほど手間の掛かる仕事に、これほどまでの労力をかけてまでする人はほかに現れないだろう」という返事が返ってきました。しかし、今回このヴィレッジホームに隣接して、ヴィレッジホームと同じコンセプトと推察されるタウンハウスの開発が行われていて、見てみたいと思いましたが、時間がなくあきらめました。
私はこの開発を日本でもう一度、「都市近郊農村のスマート・グロースによる再開発として取り組める可能性はあるのではないか」と考えました。「ヴィレッジホーム」はその「基本コンセプト」を尊重する人の合意形成ができ、その「ストーリー」と「ヴィジョニング」をしっかり取り組めば、日本においても決してできない計画ではないと思わされました。日本人でもできるように思えながら、実際できない理由は、住宅都市づくりを人々の歴史・文化・生活人文科学的視点で捉えることができないことが最大の原因だと思いました。今回のツアー全体にも通じることですが、米国では教育がこの高い環境水準を支えていることを確認することができました。
「ヴィレッジホーム」を見学してから、今回の旅行で最初に宿泊したスタンフォード大学キャンパスに隣接している「スタンフォード・テラス・イン」に直行しました。ホテルの部屋は最初に泊まった部屋と少し違っていましたが、やはり熱帯植物園のような雰囲気で、外観では想像できない面白い空間でした。ホテルで仮眠の休息の後、三日前にディナーをとったレストラン「タウン・アンド・カントリー・ヴィレッジ」の「メイフィールド・ベーカリー・アンド・カフェ」で夕食をとりました。期待通りおいしいディナーを楽しめました。明日は帰国ですので、食後ホテルに帰り、出発のための荷物のパッキンをし、休むことにしました。

5月8日:住宅による資産形成が常識の国:米国
帰国の日です。娘がホテルに来てサンフランシスコ空港まで送ってくれ、チェックインの手伝いまでやってくれました。その土地の地元新聞で、さもない住宅が2億5千万円でしたか、その住宅への申し込みに7人の購入希望者が現れ、高い競争で売れたという記事が載っていました。米国では、購入後20年も経てば購入時の何倍かの販売価格になって当然です。購入時の取引価格で固定資産税がかかるため、長く持っていても税負担は変わらず、相対的に低下し住宅を持つことで資産形成ができることが米国の常識になっているようです。主権在民の国家とは、住宅所有者の利益を優先する「ストックの住宅」政策を行う米国のような国だと思いました。
今回のツアーは、娘がすべての旅行日程を管理してくれて、私たちの健康状態まで考えて睡眠時間を採ってくれたおかげで、快適な旅行ができました。帰国してから娘からのメールで、「第2次世界大戦で連合軍を勝利に導いたウインストン・チャーチルはよく寝ることで判断を間違えなかった」という話を伝えてくれました。今回旅行報告をまとめてみて、よく午睡をとることで、充実したツアーが実施できました。その結果、やはり米国の住宅政策と住宅産業は優れていると再認識しました。
私が一昨年『フローの住宅、ストックの住宅』という本を書きましたが、そのときまとめたとおり、住宅を購入した人を大切にする欧米と住宅産業の利益を中心に置く日本との違いを再確認した思いです。カリフォルニアで私たちが見た住宅は、例外なく住みたくなる住宅で住宅購入者を大切にする住宅政策が行われていることが分かりました。

終わりに
「ザ・クロッシング」にはじまり「ヴィレッジホーム」で終わった「アワニーの原則」の合意をニューアーバニズムとして進めている米国の「スマートグロース」政策は、人々の成長に沿ってその生活環境を育て、常に居住者の満足が実現できる政策になっています。「主権在民」の政治です。帰国後のNHKTVでは、安倍内閣の政治行政を私物化した行政事件と米国のトランプ大統領のロシアゲートがTVで話題になっていました。私にはトランプと米国を同じに見なすことには抵抗感があり、トランプの問題は彼個人の問題と思っています。
TV情報による限り、米国の経済は住宅産業とともに好調で、その背景に住宅資産価値の上昇がエクイティローンを拡大し、消費者の購買力を高め、地方自治体の税収の拡大に貢献しているという最近の米国社会の住宅関係情報の報道がありました。日本と米国の住宅政策の比較の上ではっきり言えることは「不等価交換販売と不等価交換金融」を「政府が推奨している日本」と、「それを犯罪として禁止している米国」との違いは如何ともしがたいと思いました。



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