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HICPMメールマガジン第728号(2017.07.10)

掲載日2017 年 7 月 10 日

HICPMメールマガジン第728号
みなさんこんにちは

世界20か国の首脳の一部の人が考えていることは、子供でも分かることが分からないように私には思えます。国連での核廃絶に関する日本の対応も、日本の基本は日本国憲法か、日米安全保障条約かという問題に1959年砂川事件で岸信介が東京地裁(伊達秋男裁判長)で日米安全保障条約は日本国憲法違反の判決を受け、翌年の60年安保改正に慌てて、東京高等裁判所を飛び越して最高裁判所に飛躍上告しました。最高裁判所(裁判長田中耕太郎)は、「日米安全保障条約は日本国憲法に違反しているかもわからないが、裁判所においてそれを裁く必要はない。」と判断し砂川事件の被告全員を有罪にしました。国家の統治にとって日米安全保障条約は必要不可欠なものであるから、国家の統治は日米安全保障条約を前提に行われる劇と判断し、以降日本国憲法の判断は日米安全保障条約に従って行われてきた。

「注文住宅」(第2回)
第1:住宅・建築・都市教育

「住宅を取得することで資産をつくる」教育
私の住宅産業、住宅・都市行政、都市開発事業、住宅産業調査研究・教育分野にまたがる住宅・建築・都市問題との取り組みの半世紀を振り返って見ると、その範囲は広大で、政治・経済・社会問題で国内外に深いつながりを持っていました。それは、世界の歴史・文化・生活とも関係し、それらの影響を受けて私の業務内容になってきました。カール・マルクスやフリードリッヒ・エンゲルスの産業革命下で構築した社会科学理論と同時代に取り組んだ住宅・都市問題と、私が60年日米安全保障条約改正反対の学生運動をきっかけに取り組んだ住宅・都市問題は重ね合わされ、私の住宅・建築・都市行政、都市開発事業、住宅都市研究につながっています。気が付いたら、私の人生は住宅問題と一体不可分になっていました。そこで半世紀を経過して「一体何が私を住宅問題に縛り付けてきたのか。そして、その現代の住宅問題は何か。」を振り返って考えてみました。

住環境は、国民に対し基本的人権として健康で文化的な生活をわが国では日本国憲法で保障しています。しかし、現実社会では、貧富の差が最も顕著にあらわされているのが住宅です。しかも、日本では世界の住宅のようにはなっておらず、住宅を取得することで国民は資産を失い、貧困にさせられています。それに引き換え、日本を除く世界では、住宅を取得することで、国民の生活が守られる基盤となり、または、住宅を取得する個人投資で、個人資産が増殖することで、人々の老後の生活を守っています。

住宅に関する歴史認識の問題
日本と欧米の住宅の違いは住宅に対する基本的理解の違い、即ち、住宅を「個人の最も重要な資産」と考えるか、「スクラップ・アンド・ビルドされる耐久消費財」と考えるかの違いとも言えますが、日本社会で住宅政策として、「住宅をどのように扱うべき」とされているかが重要です。人類史的に見ると、「住宅は、大多数の人たちは個人の収入と比較して高額で、人々の家庭にとって経済的支柱にするべきもの」と考えてきました。日本の家族制度や、「家」の考え方もそこにあります。
戦後から現在までの日本の住宅政策や住宅の考え方と、日本の住宅が貧しいことは、第2次世界大戦で米軍の爆撃で国土が焼失したあと、戦後の復興が米軍の兵站基地に組み込まれた経済復興に偏重したためです。国民の住宅が軽視されてきた事実は、非常に重要です。戦災復興、住宅建設計画法、バブル経済とその崩壊、平成の「徳政令」と住宅産業本位の住宅政策が連続し、日本人の住宅に対する考え方が大きく変化した時代が70年以上続きました。日本人が、「世界の工業先進国と同じように考えられなくなっている異常事態」にあります。しかし、なぜ、日本人は欧米と違った途を歩むことになったかを理解しない限り、欧米に近づく道も理解できず、迷路に入り込んだ状態から抜け出せなくなると思います。

私の住宅と取り組んだ半世紀
半世紀前、私の学生時代の認識では、その原因は戦後の政治・経済、行政政策にあると信じ、官僚が力を持つ日本でその改革に参加するべく住宅官僚の道を選びました。しかし、自らが住宅官僚になり、住宅政策を実施する立場に立ち、住宅行政の途を選択しましたが、官僚を経験し住宅問題を研究していくうちに、住宅産業を支えている政治・社会・経済・行政・産業だけではなく、その基礎となっている歴史・文化・生活・教育に関係した根の深い広がりのある問題であることが分かってきました。
半世紀の住宅問題との取り組みの中で分かった「日本と欧米の違い」は以下のようでした。
欧米では、住宅設計、住宅施工、住宅経営管理のすべての段階で住宅を投資資産と考え、住宅の資産価値が向上する取り組みが行われ、住宅購入者の立場で無駄な経費を削減して住宅を取得した(ストック)として、如何に、実質の価値を高めることを考えます。欧米では、住宅不動産の純資産価値が高くなれば、純資産価値金融(エクイティローン)を行ない、地方財政は固定資産税収の増大を住宅資産保有者の資産価値と連動する形で期待しています。
日本では、設計・施工・住宅及び住宅地の経営のすべての段階で住宅産業者が不正利益を得るための手段として住宅が取引され、「住宅の資産価値」という概念自体が住宅産業関係者の業務の対象になっていて、設計、施工、住宅金融、不動産取引業者がその取引(フロー)の過程で如何に利益を上げるかを考えます。金融機関は融資額の約3倍の担保を抑え、多額の融資により貸金利益を取り、また、地方自治体は不等価交換取引額を基礎の固定資産税を取ります。すべて住宅産業者の利益と連動しています。

「フローの住宅」と「ストックの住宅」
住宅政策と住宅産業政策は、専ら産業政策及び経済政策として住宅問題を「フローの住宅」として扱います。住宅を購入後の住宅購入者の「ストックの住宅」問題は、国富や固定資産税や金融機関の信用の原点ですが、住宅政策や金融政策、住宅産業政策から完全に脱落しています。政府は住宅の取引価格の下落の原因を究明せず、住宅産業の行政法違反の不正経営責任を一切問題にせず、住宅不動産の価値評価は「減価償却」で行う、と虚偽の説明をし、値崩れ現象を一般的社会現象のように言い、すべては住宅を個人意思で購入決定をした「自己責任」の問題にし、社会的問題とは扱われていません。
日本では、資産家のみならず中産階級であっても、住宅を取得することで資産を失い、中産階級である誇りを持っていた人の住宅が価値を下落させ、「中産階級」と信じてきた人を「下級老人」に突き落とす事態が発生し、大きな社会問題になっています。
そのからくりは、「日本のMBS(住宅証券)」、に凝縮されています。政府は「日本のMBS」に、米国と同じMBS表示をし、金融市場で流通させていますが、「日本のMBS」はカジノのチップと同様、胴元(日本政府)の信用で新築住宅の融資額で「日本のMBS」を金融市場を流通させています。住宅不動産の価値(市場取引価格)が「日本のMBS」の本当の価値(直接工事費)で、額面価格の約半額です。「フローの住宅」政策とは住宅供給者本位の住宅政策です。新築住宅価格は独占価格(広告宣伝・営業販売経費を回収する販売価格)で、中古住宅は新築住宅価格の半額程度の価格に短期間で急落し、住宅購入者は中古住宅を売却することで損失を被ります。
欧米の「ストックとしての住宅不動産価値」は米国のMBS取引価格と同じで、購入後、物価上昇率以上に上昇し続けています。その価値と価格の関係が歪んでいる理由を知り、そこに国民の住宅資産を考える基本問題があります。日本と欧米の住宅を比較したところ、同じ建材や住宅設備を使い、同じ工法・技術を使いながら、日本では住宅を取得することで資産を失わされ、米国では資産が増大している事実と、日本は政府により住宅の価値と価格の関係を破壊させられている事実を理解することが必要です。

日本の工学部建築教育
中古住宅の価値が下落していることで明らかになったことは、住宅の設計及び工事監理を担当する建築士は、「住宅購入者の購買力に見合った住宅を設計及び工事監理のできる能力」を著しく欠如していることでした。その理由は大学での建築教育で、教職に立つ教師に設計教育をする学識と経験が欠如し、適切なテキストがなく、建築設計及び工事管理教育が基本的に行われていない事実です。
欧米の建築教育と日本の建築教育とは、人文科学教育と、工学教育と基本的に違っています。建築設計及び工事監理業務、並びに、建築施工業務に必要な学識と経験が日本の建築教育では、そのための未来に繋がる基本設計と工事詳細を明らかにする実施設計の教育が行われていません。
それでいて日本社会では政府が住宅政策を経済成長の政策手段に位置づけ、GDPが最大になるようにスクラップ・アンド・ビルドの行政が住宅産業の利益本位で進められてきました。その結果、主権者である国民の利益を粗末にするような実際の価値の半分しかない住宅を2倍の価格で販売され、その販売価格通りの住宅ローンが付けられ、消費者の購買力を高くして住宅を購入させています。日本で「差別化」として行なわれている欺罔は、欧米では詐欺といわれ禁止されていることばかりです。

日本の住宅政策
戦後のわが国では、住宅を耐久消費財と考え、スクラップ・アンド・ビルドすることでGDPを高める経済政策としての住宅政策が行なわれてきました。建築教育は目先の建築主の欲望を満たすための「物づくり」(建築工学)とされ、国民の歴史・文化・生活を考えた人文科学教育としての建築教育が行われていません。そのことに国民の住宅による資産形成がされない理由が見えてきました。
日本以外の国では、「住宅取得は、住宅単独の物づくりではなく、土地を建築加工した土地と一体の住宅不動産です。住宅不動産は適正な計画修繕と善良な維持管理を施していけば恒久的に利用される資産です。住宅を取得することは「住宅投資」と考えられ、住宅所有者に普通の投資同様の資産価値増という投資利益(キャピタルゲイン)が得られています。欧米の人文科学としての建築学教育では、国民が住宅を所得することで資産形成を実現するようにする住宅設計の方法を建築教育で行ってきました。その背景には欧米の住宅による資産形成の歴史があります。

住宅を資産と考える欧米の考え方
住宅により資産形成をするようになった歴史を調査研究していきますと、19世紀末にエドワード・ベラミーが『顧みれば』を著し、人文科学的に人類社会を理解し、計画的な社会計画の必要性を訴えました。その影響を強く受けたエベネザー・ハワードは、自らを「住宅の資産価値を高める都市経営の発明家」と称して、「ガーデンシティ理論」と「レッチワースガーデンシティの実践」を通して住宅都市経営による資産を形成する事業を行い、現代の都市経営に途を拓いてきました。
ハワードは、住宅地環境を人々の成長とともに、常に、憧れの対象となる住宅地環境として経営することで、「住宅は売り手市場」を形成・持続し、住宅の資産価値は向上し続けることを明らかにしました。ハワードの住宅地経営の理論と実践が欧米の住宅の資産価値を高める基礎となって現代のニューアーバニズムによる都市の健全な成長(スマート・グロース)へと続いていることを発見しました。
(以下次号、、「日米建築教育の違い」に続く)



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