第216回(2007年6月11日) 「噴飯もの」という以外の評価ができない東京高等裁判所控訴審判決の茶番 長谷工コーポレーション他7社による東京都町田東市玉川学園での敷地面積47 ,000u強、10棟10階建588戸の大マンション開発事業に対して、住民等はその計画段階から、「このマンション開発事業は都市計画法違反の開発行為であり、計画内容は建築基準法違反であるから、計画を廃止せよ」とマンション建設反対運動を進めてきました。 しかし、日本ERIという建築確認検査機関は、耐震偽装事件のときにも登場したとおり、違反建築を容認することで開発業者に不正利益を与えてきました。「法律上の違反」を「専門的法律解釈」、「脱法」を「節税」というようにして、社会を欺いてきました。不正利益供与により成長してきた日本ERIは、この開発でも大きな違反を容認してきました(『建築ジャーナル』誌に連載中の「永田町の密約」をお読み下さい)。 都市計画法によって、市街化区域内の東京都では「500u以上の開発の場合、開発許可が必要」とされています。それにもかかわらず、日本ERIは開発行為自体が存在しないと言って、「開発許可は不要、建築確認だけでよい」としたのです。 そのため、都市計画法第33条に定める開発許可の基準に抵触する事態(このための対策をすることが開発行為です)が、一切審査対象から外されました。その結果、この開発に伴う道路交通、公園、上下水、雨水排水の矛盾が住民におおいかかっています。その上、10階建10棟のマンションが一団に建築される開発であるため、建築基準法第86条による一団地の開発として行うべきもので、全体の「10棟が1棟である」から、「一敷地一建築物」であるという牽強付会な解釈をもちこんで、一団地の開発基準を一切守らないで建築してもよいとする確認済証の交付を行ったのです。 町田市 が都市計画行政か建築行政のいずれかでもまともにやっていたら、このような開発自体あり得ないことです。しかし 町田市 は、かつて東京都で都市計画行政や建築行政をやっていた行政役人OBが多数天下っている日本ERIに対して、まったくいいなりになってしまったのです。その裏側で、どのような密約があったかはわかりません。都市計画法の施行者( 町田市 長)は日本ERIのいいなりになって、法律違反であるにもかかわらず開発許可不要であると容認し、日本ERIは確認申請書を受付けました。 そして、建築確認についても同様ななれあいで、10棟の建築物を1棟と扱う違反を、すべて日本ERIのいいなりに容認してきました。そこで日本ERIは確認済証を交付し、工事は着工されました。住民は現場小屋まで建設して、工事阻止に取り組みました。 開発許可を不要とすることで、取付道路や周辺道路、公園緑地、雨水調節池の整備など、開発によって周囲に被害を与えることがないように、本来開発者の責任としてやるべき作業にかかるすべての費用が、不要になりました。それらの費用に含めて、これらの土地整備に必要な土地をすべて住宅建設に使うことにより、全体で150戸以上の戸数を、同じ敷地内に余分に詰め込むことができました。 つまり、150戸分の土地代が不要になったわけです。これらの費用のすべてを合算すると40〜100億円になり、日本ERIはそれほどの不正利益を長谷工コーポレーション他に与えたことになります。その不当利益は日本ERIに裏金としてキックバックされているに違いありません。日本ERIのこれまでのやり方から十分想定されることです。 住民は建築確認済証交付の無効を行政不服審査、行政事件訴訟として訴訟する一方、裁判所に対し工事差止め請求を求めてきました。しかし、それらの訴えはことごとく却下されてしまいました。そこで東京都高等裁判所に控訴しました。しかし、今回の控訴審判決は、「控訴人に訴えの利益がないので却下」という判決でした。 わかりやすく判決を解説しますと、大体次のとおりです。 (1)確認済証に違反があっても、建築工事は確認済証のとおり行うわけではないの で、確認済証を無効と判決しても控訴人には何の利益も与えない (2)確認済証の交付を取りやめても、検査済証の交付を拘束したり、違反建築物 の建築を阻止する効力を持つものではない。よって確認済証が無効になっても控 訴人には何の利益も与えない (3)違反建築物の対策は他にいくらでもやる方法があり、何も検査済証の取消しで 争わなくはならないと限られているわけではないので、無効にしても控訴人に利益 はない (4)いずれにしろ控訴人の訴えを認めても、控訴人が違反建築物という建築物を取 り壊すことにはならないので、控訴人は利益のない要求をしているとしか言えない。 つまり、その訴え自体が不適法であるから、却下以外の判決はできない 東京高等裁判所はその判決で、「日本ERIや行政庁が違反建築を容認して建てさせても、裁判所は一切取り合わない」と言っているのです。控訴人は、その建築物が違反建築物であるかどうかと事実確認を求めているのに、「控訴人が違反建築物であると言うのなら、違反建築物を是正するところへ行けばよいでしょう」、と木で鼻をくくった判決をしているのです。 日本ERIのような建築確認検査機関が行う確認済証や検査済証の交付は、しょせん「紙切れの交付」であって、それが出たからといって違反建築物が取り壊されるわけでもないのです、と正常な法治国の人間では考えられないことを判決で言っているのです。日本ERIという建築確認検査機関は、ただ単に紙切れを交付しただけで、それを処分しても違反建築が取り壊されるわけではないので、その交付は控訴人の利益にはまったく関係がないと判決しているのです。 裁判所が控訴人の訴えを認めれば直接的に控訴人に利益がもたらされる場合だけ、裁判所へ訴えることができると限られています。日本ERIの発行した確認済証や検査済証という紙切れの内容で、あなたの利益が左右されるわけではないことから、控訴すること自体無意味だったのです。裁判所としては、あなたのつまらぬ控訴を受けて迷惑しています。と言って却下したのです。つまり、控訴人に対し「お前はバカだ」と言っているのです。 都市計画法や建築基準法による違反について、住民が行政庁に対してガタガタ言っても司法は相手にしません。この世の中は、すべて行政中心で動いているのですから、住民は行政に出掛けてお願いしなさい。司法などに来ても私達には何の力もありません。 日本は三権分立であると言っていますが、司法は行政のいいなりになっていればよく、国政のすべてを進めるために行政を追認するのが司法のやるべき役割なのであると、司法が言っているのです。裁判官が立身出世するためには、効率よく判決を作っていくことが必要です。刑事事件では検査庁が必ず原告の立場にあり、行政事件では行政庁が必ず被告の立場にあるというように、裁判所にとって「なじみの客」です。 司法はなじみの客を大切にすることで仕事がはかどります。なじみの客のいいなりに判決を作っていけば、何も考えずに仕事を進められます。住民に不服があっても、三審(三振)でバッターアウトです。控訴、上告の裁判手数料は1.5倍、2倍になっており、判決はすべて却下とするだけです。儲けの大きい手数料稼ぎの商売と言ってもよいのです。 判決にはすべて行政がついていますから、その判決に批判があっても、誰も相手にしません。法律雑誌も裁判批判は扱ってくれません。ジャーナリズムはすべて行政の広報機関ですから、行政批判はしません。それをやったジャーナリズムは干されてしまいます。行政はそのネットワークで国民を監視し、営業を監視しています。ホリエモンや村上のように、行政は誰でもいつでも抹殺することができます。 日本の政治(立法)、行政の粗末さに何倍も輪をかけたのが、司法の粗末さであるということを、私はこの15年間、連戦連敗の中で嫌というほど見せつけられてきました。しかし、今回の町田マンション裁判は飛びぬけて狂っていると思えてなりません。実は司法が一番恐れているのが行政なのです。裁判官はいつまでも判事でいられるわけではありません。 連中は脅えているのです。 誰に?
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