第222回(2007年7月23日) みなさん、こんにちは。 裁判の経過についてご報告します。7月12日に、マンション建替え円滑化法と補助金適正化法に違反して国庫補助金を詐取し、不当に旭化成ホームズに交付した 多摩市 長を披控訴人とする控訴審の判決が、東京地方裁判所で下されました。結果は、危惧していたとおり「棄却」でした。 マンション建替え円滑化法とは、5分の4の建替え賛成者の議決で、残りの5分の1の権利を拘束して、建替えをできるようにするという法律です。裁判では、この法律自体の是非を争ったわけではありません。衆参両議院においては、憲法第29条で定めた財産権の侵害にならぬように、マンション建替え円滑化法の第4条で基本方針を定めることとして、建替えに取り組む意志決定をするためには、政府が定める建替えか修繕かを決めるマニュアルに従ってやることを付帯決議までして決めています。 現在の区分所有法では、団地の共有財産の処分を決定しようとするときには、全員の同意の署名捺印がなければできません。それは、憲法第29条があるからです。 マンションの建替えとは、更地にこれから住宅を建てる事ではありません。都市計画決定までして行った一団地の計画が守られると信じて入居した人は、そこで購入した財産の期待どおりの効用を享受することを願っているわけで、その権利を5分の4の賛成があれば奪うことができるというマンション建替え円滑化法自体、憲法違反の可能性のある法律なのです。 国会では、「それでもマンション建替えをしなければならないと考えるならば、法律で定めた手続きをとって実行せよ」としたのです。しかし、 多摩市 長は、旭化成ホームズと諏訪2丁目住宅管理組合の建替え推進者と共謀し、法律で定めたマニュアルによる建替えか、修繕かの検討作業を全くせず、単に国庫補助金の交付を受けるためには「建替え推進決議という名前の決議が必要である」と組合員を騙して決議をさせ、その文書を添付して国土交通省に対して、マンション建替え円滑化法による住民の建替えに絞った合意ができていると補助金交付申請書を作成し、補助金を騙し取ったのです。 このことに関して、東京地方裁判所、東京高等裁判所も、この 多摩市 長の補助金詐取に至った事実について、私達が、この建替え推進決議が法律によらぬ、手続きを全く無視したものである事を再三説明したにもかかわらず、その事実関係にはまったく踏み込まず、直接補助金交付の根拠になっている優良建築物整備補助金制度の附則にある、経過措置として、「明らかに建替えに反対するものが5分の1以上いないこと」という規定を根拠に、補助金交付は適法と判断したのです。 この附則でいっているのも、マンション建替え円滑化法第4条に定めるマニュアルで、建替えか、修繕かについての検討結果としての「5分の1」であることは、言うまでもありません。諏訪2丁目住宅管理組合では、このマニュアルで定めた検討は何もやっていないのですから、附則の規定を持ち出すこと自体がまったくの作り話なのです。 何故このような判決をしたかといえば、司法が完全に行政に隷属しているからです。それは、裁判を何度もやってわかったことですが、裁判官の法律知識が驚くほど貧しいということです。少なくとも、行政法についてはほとんど何も知らないだけでなく、行政法自体をこれまで真面目に勉強したことすらない判事ばかりなのです。多分、行政法の判断にはまったく自信がなく、行政の言いなりになっておけば安心だという自己保存の考えで、行政追従をしてきたと考えるべきです。 特に実際の法律運用は大変複雑になっていますので、それは今回の建築基準法改正の混乱でも明らかなように、行政自体が自ら監督する法律を理解しておらず、それぞれがわからないまま勝手気侭の運用をやってきていますから、司法の判事達は何もわからないといってもよいのです。 しかも、本来成文法国の日本では、法律の文理解釈を基本に法律解釈をしなければなりません。しかし、法律と矛盾した政令や省令、さらには条例が存在し、その運用はさらに混乱しているため、司法は実体を尊重してという立場を取っていますので、いっそう混乱してくるのです。 その上、行政事件訴訟の判事達は、ほとんどが民事事件を扱う判事ですので、その判決は法定刑罰主義に立たず、バナナの叩き売りのような当事者の力関係を判断の根拠にしようとしています。判事達は、なるべく大衆の力を削ぐ方法として、「原告的確」といって、原告として訴えることのできる権利者を絞りこもうとします。その範囲を、判事達はそれぞれ勝手な裁量で決めてきました。 例えば、サッカーをやっているとき、サッカーのルールに違反して、手を使って相手のボールを奪ったら、それを訴えることのできる原告は、サッカーをしている人、少なくともピッチにいる人であれば誰でもが原告になれます。 今、司法は、ボールを奪われた人以外は「訴えに利益がない」ので、原告になる権利がない、と判断しているのです。それは、国立マンション訴訟でも、町田の長谷工マンションの裁判でも、同じです。同じルールに従って都市環境を守ってきた同じ行政界内の人ならば、その環境を守る誰もが、それを守らない人によって不利益を受けるため、原告になることができるはずです。 このような行政事件のもつ基本性格自体をまったくわかっていない判事が、司法の権利を濫用して、不当判決を繰り返しているのです。そうなった責任は、実はこれらの判事を育ててきた日本の学校教育にあるのではないでしょうか。 東京大学法学部が、日本の法治国としての礎となっていることは否定できません。司法、行政、立法の重要なポジションは、圧倒的多数が東京大学卒業生か、その植民地的地方大学の卒業生によって占められています。多くの史学もそうです。もし、これらの大学教育で法律についての正しい知識を教育していたら、これほどひどいことにはならないと思います。 例えば、医療や薬事で、間違った医学や薬学を教育していたら、人を殺すことになるかもしれません。人命を守るために必要な知識の教育を受けた人が、その学問倫理に反して行動するのは、一般的には起こり得ないことです。全く同様の理屈で、国民の人権を守ること、尊重することを正しく学んできた人は、人権を侵害する判決や行政や立法はできないはずです。日本がモラルハザードに陥っている理由は、実は日本の教育の基本の東京大学の教育にあることをはっきり認識しなければなりません。
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