HICPMメールマガジン第784号(2018.07.27)

みなさんこんにちは

 

わが国では「土地本位制」とも「土地担保国家」ともいわれ、国家経済も住宅・建築・都市は、例外なく地価に縛られてきた。わが国の地価は国家が納税と金融との関係で路線価方式等、評価方法を縛って高止まりさせ、市場の需給関係で決められた地価になっていない。国家や金融機関にとって地価が高止まりさせ、国家は巨額な税収を確保し、金融機関は信用を維持していると言ってもよい。

 

私自身1980年住宅都市整備公団の都市開発調査課長の時代、土地の需給関係では圧倒的に供給過多になっていると判断し、4大都市圏での宅地需給予測調査を公団として国土地理院のランドサットによる10m四方の調査結果と建設省の保有する宅地開発計画を用いて行なった。結果は予想どおり宅地は供給過剰状態で、地価には健全な市場経済が機能しておらず、東京圏では約1万ヘクタールの住宅地が空き地が過剰供給されているにも拘らず、地価は高止まりさせられていることが解かった。

 

しかし、高地価を前提に組み立てられたわが国の経済、財政、金融構造の下で、地価に市場経済を持ち込むことは国家経済を根底から覆すことになり、政治としても地価の自由化を実施することは不可能であった。敷地面積200㎡以下の宅地は、固定資産税は6分の一にされている。国民一般の所得との関係で考えてみた場合、地価自体は現在の課税標準の6分の一が適当であると政府が考えた施策であった。宅地の需給関係を見る限り、家計費支出の関係では、地価を現在の6分の一にしてもおかしくない。

 

わが国で欧米のような都市開発ができないかと考えたが、地価の異常高止まりと異常狭小宅地のため、殆ど手の打ちどころはない。高度経済成長時代、財政投融資を使って宅地開発を商業向け高金利で公団公社が宅地開発を実施した結果が「フローの住宅・宅地」政策として、現在の宅地価格になっている。「ストックの住宅・宅地」の視点で評価した場合、わが国の地価は6分の一が適当ではないか。税金を土地で物納できなくなっている理由は、政府が物納土地を納税額で市場売却できないためである。

 

今回は欧米の住宅・建築・都市の設計のための「基本コンセプト」、「ストーリー」「ヴィジョニング」をわが国の住宅・建築・都市の設計に当て嵌めようと検討したところ、実際上不可能であることに気付かされた。その理由はわが国の地価が異常に高いことと狭小宅地の実態が災いし、基本設計上、住宅地環境を考えることができない状況にあることが解かった。そこで今回の「注文住宅」の連載では、は住環境を重視している欧米の人文科学による住宅・建築・都市の設計方法を紹介することにした。

 

 

第20回 「基本コンセプト」と「ストーリー」と「ヴィジョニング」(MM第784号)

 

欧米の大学教育で行われている人文科学に基づく住宅設計の取り組みは、基本設計の取り組みにおいてわが国の住宅設計と本質的に違っている。わが国の基本設計は、建築主の求めている「住宅」を具体的にするための条件を基本設計条件としているのに対し、欧米では、土地とそこに予定された居住者を歴史文化的な環境条件に建築主も従わなければ、建築主は資産価値を持続的に向上する住宅を造れないと考えている。基本設計を縛る「基本コンセプト」を明確化することが、基本設計上、設計上重要である。

 

基本設計を取り組む前提条件の確認

注文住宅設計の場合も、「基本コンセプト」をできるだけ具体的にする必要がある。その後、「基本コンセプト」を基に、住宅を建てる土地とそこに居住する人びとが担ってきた歴史文化と、これからの社会の変化に対応する生活を展望し、居住者の住環境変化を構想する基本設計を行なう。過去から未来への生活を構想した住宅地の成長の「ストーリー」(物語)と、居住者が帰属意識を感じる「ヴィジョニング」(景観)を、基本設計(マスタープラン)の設計条件として明らかにし、それに建築主の考えを重ね、建築主の合意形成を進めるために、できる限り客観的かつ具体的に基本設計条件を作成する。

 

「ストーリー」と「ヴィジョニング」を定めるに当たり、建築主は自らの住宅の中で充足させる環境と同時に、居住者の生活と関係する近隣の住環境とが相俟って豊かな生活を実現させられるよう、家族全員と近隣との生活を考え、居住者が利用する住環境を構想する必要がある。そこには建築主の家族の通勤・通学環境から、ショッピングや子供の遊び場やスポーツ・リクレーションの環境もすべて含まれる。欧米の不動産業者が、住宅選択の最重要条件は「ロケーション」と言っているのは、「立地環境」のことで、住宅地を選定するときの重点は、住生活で利用するコミュニティの学校教育、生活利便、医療福祉施設の利便・安全性である。それらを総称して欧米で「ロケーション」(住環境)と呼んでいる。

 

基本設計の設計条件の整理

住宅不動産は土地を住宅加工してつくるもので、土地利用計画で住居地域として決定された結果である。住宅地経営を行なう主体をHOA(ホーム・オーナーズ・アソシエイション)として形成することが望まれるが、HOAの構成員は土地所有者である。土地こそ住宅不動産や住宅地経営の基本である。その土地とは「ロケーション」の立地環境の「過去・現在・未来」を含むすべての生活環境条件を網羅している。米国ではセキュリティの悪い土地は資産価値が上昇し難いので、「ロケーション」の中で特にセキュリティ重視する。住宅不動産はHOAを構成する土地と人の社会的、経済的、文化的条件によって変化し、住宅地開発の「基本コンセプト」は、土地と居住者の条件に左右される。

 

住宅を開発するために、わが国でも「土地柄」を重視し、土地と居住者の条件を「基本コンセプト」としての計画に具体化することが多い。「基本コンセプト」を明確にすることは、地域の教育文化の性格を具体的に特定し、居住者の条件を絞り込むことで、計画をより具体化させることでもある。「基本コンセプト」を左右する「ロケーション」とその土地に適した生活が結び付くためには、居住者の教養とそれを生かしたライフスタイルと住宅購買力の関係が重要で、住環境の「ロケーション」とコミュニティの活動と適切に対応しなければ、住宅の購入も売却も適正に行われない。

 

「基本コンセプト」を明確にし、土地と居住者の担っている歴史・文化・生活を組み合わせ、過去・現在・未来に繋がる住宅環境形成の織りなす物語(ストーリー)を重視する。その住宅地の歴史・文化・生活と、そこに居住する人が「わが家」と帰属意識のもてる空間を形成する「空間の建築用語(アーキテクチュラル・ボキャブラリー)」を使って社会的に発信する環境空間イメージ(ヴィジョニング)を明確にすることが重要である。「基本コンセプト」に基づき、「ストーリー」と「ヴィジョニング」を具体的にし、建築主がそれらを確認して、基本設計(マスタープラン)が取り組まれる。

 

ケントランズの住宅設計

今回は、TND(伝統的近隣住区開発)の代表例「ケントランズ」(メリーランド)の事例をとおして「ストーリー」と「ヴィジョニング」を説明する。ケントランズには、政界、経済界、芸能界、財界リーダーたちが好んで居住するジョージタウン(ワシントンDC)の需要を引き受ける開発である。ジョージタウンが開発し尽くされ、さらなる需要に応えて開発された住宅地がケントランズである。世界の各業界のトップで仕事をする人たちはその事業の広がりに合った人間的なネットワークによって仕事ができるため、大きな仕事をする人たちはネットワーキングに熱心である。国会議事堂や大統領官邸などでの公式会議で顔を合わせた人同志が理解を深めるため、関係者を家庭に招き家族ぐるみで相互に理解し、人柄を知り、信頼関係を深め事業に拡大する関係を育てられる人的交流できる住宅地に居住する。

 

政治家、J・F・ケネディー、芸能人、ロバート・テーラーなどが現役時代にジョージタウンに居を構えたのはそのためである。ジョージタウンは米国を代表する高級住宅地で、国会やホワイトハウスから20分以内にある。アレキザントリア(バージニア州)も地下鉄でワシントンDCの一部に組み込まれ、ジョージタウンと同じ社会的ニーズに応えて開発された。ケントランズ(メリーランド州)はワシントンDCの隣州で、優れた自然環境の土地でワシントンDCから車で45分の距離にある。ケントランズではジョージタウンのような豊かな居住環境と高い都市利便性を提供する街を再現する「ストーリー」の下に、植民地時代の首都ウイリアムズバーグの領事の邸宅(マンション)と、元領主ケントさんが自然豊かな環境を近隣の子供たちに開放した領地ケントランズの中心施設、ケントさんの農作業小屋(バーン)をケントランズの「ヴィジョニング」に設定して基本計画が取り組まれた。

 

ケントランズは計画通りに熟成したため、そこの商業業務施設を利用する開発が周辺地域に相次ぎ、ケントランズの中心施設はジョージタウンのダウンタウンに匹敵する賑わいとなり、この地域の商業中心になっている。ケントランズに住宅を供給したビルダーは、ディベロッパーから提示された「ストーリー」と「ヴィジョニング」に合ったホーム・プランを作成し、この地区に居住を希望する人たちのカスタムハウスを供給してきた。この住宅地はTNDのコンセプトに加え、「本物の材料・工法に拘った」住宅を供給し、高い競争率で売り切れた。その後を追って隣接地にはレイクタウンが開発され、基本としたコンセプトに倣った「ストーリー」と「ヴィジョニング」に基づき開発は連鎖的に進行した。

 

物づくりから生活環境づくり

ケントランズの開発は物づくりではなく環境づくりであった。住環境の中で重視されるのは居住者のコミュニティが生み出す人間関係の環境である。大きな住宅が立ち並んでいる中に単身で居住している女性の話は、その様子を象徴していた。彼女は大きな住宅の一部を借家して生活していたが、その人間性と趣味の豊かさから、彼女は地域の活動が住民から評価され、多くの人から地域のネットワークに必要な人になっていた。彼女はお菓子やお料理を作り、ガーデニング等に園芸の能力を生かし、実費で近隣の人々に技術を提供し収入を得、コミュニティの接着剤になりケントランズで豊かな生活をしていた。

 

高級住宅は維持管理費用も高く、大きな住宅を維持するためには住宅所有者が複数の収入源を持つことや、住宅でビジネスをすることも必要と考えられている。個人で利用しきれないほどの住宅空間を保有している人と、高所得者の社会でその能力を生かして生活する人を補完し合う関係が、「ミクストハウジング」である。持ち家住宅地にある賃貸住宅は、住宅の所有者の収入源となり、借り手にとって安い住宅供給で、相互に有効になっている。ホームオフイス付き住宅も生活要求に合わせて計画されていた。既存住宅により簡単な収入を得る方法は、利用しない住宅内の空間を「スタジオ」と呼ばれる1LDKの賃貸住宅とする方法である。しかし、単純に賃貸住宅が混入することは住環境を悪化させる危険性もあるが、居住者が住環境を理解し住環境機能を担う生活ができれば好ましい生き方となる。

 

ニューアーバニズムの2つのコンセプト

住宅地は「基本コンセプト」どおりの維持管理が行なわれることが必要で、必要経費を抑え生活し易くするための住宅地経営のカギは、住宅地軽への住民参加が握っている。環境管理に必要な能力のある人を積極的に居住させ、住民を支援して住民自身で環境を改善することが最も優れた対応策である。ケントランズにはそのような人を既存住宅の一部の1LDKの「スタジオ」入居者に受け入れる「ニューバニズム」で街の活性化を図っていた。ニューアーバニズムはつぎの2つのコンセプトで掲げている。いずれも関係者の経済的要求に適格に応えるため、町の経済活性化の基本になっている。

(1)ミクストユース(兼用住宅化:ホームオフイス等、居住以外の居住者の活動空間利用)

(2)ミクストハウジング(賃貸・使用貸借等多種類住居の混在化)

 

この2つのコンセプトは住宅所有者の所得を高め、住民を積極的に環境管理に主体性をもって参加させ、住宅地を活性化させるカギを握っている。ケントランズの中にはアクティブ・リタイアメントコミュニティを上階に計画した商業施設併存住宅地区があり、そのー階部分のショッピングモールにはレストランや喫茶店など寛げる空間がある。資産家でリタイアメントして時間の余裕のある人たちが、ケントランドの自然豊かな起伏の多い街並み散策で健康増進を図りレストランやカフェーで楽しんでいる。ケントランズのダウンタウンはいつも人々で賑わい、新しい友達が生まれるコミュニティセンターである。

 

住宅設計の準備作業

住宅の基本設計を行なうためには、以上のような「基本コンセプト」から、「ストーリー」と「ヴィジョニング」を具体化する作業を踏まないと納得した基本設計(マスタープラン)をつくれない。そこで、建築家は住宅建築に必要な多くの情報を集め、情報の選択収集と検討分析し、設計条件を明らかにする。設計者は設計条件を整理した段階で建築主の承認を得て設計業務に取り組んでいる。この部分は開発を計画通り進めるための魅力的な設計業務のための環境づくりの建築設計業務である。

 

設計を担当する建築家は、「ストーリー」と「ヴィジョニング」をまとめることをとおして基本設計の設計条件をまとめ、それを建築主と共有することで基本設計の作業を始める。ケントランズに学ぶべきことは、宅地造成後の区画に同一世代の住宅を詰め込む「ベッドタウン」を止め、多様なライフステージの人びとが、多様なライフスタイルを享受できるように、豊かな住環境を居住者の家計支出で享受できるような環境づくりとすることである。戸建て住宅を設計するときも相隣関係だけではなく、街並み景観(ストリートスケープ)や住宅からの眺望は最も重要な設計内容である。

 

わが国は開発許可の段階で大きな地域や地区を「接道宅地や雛壇造成地」により、ばらばらに分解され、細分化した土地に住宅を建築してきた。わが国の都市開発は、只でさえ狭い敷地が、建築基準法の集団既定の制限で、屋根や外壁の形態まで決められ、相隣する住宅は相互に敵対する関係にさせられている。その結果、住宅地全体を有機的関係の空間として考えることを不可能にしている。そのため、わが国では与えられた敷地に日照の得られる住宅を計画する「南面住宅」をつくる住宅設計になっている。

 

米国は日本と比較にならないほど敷地条件にゆとりがあるが、その条件下でも相隣関係を計画し、より優れた住環境をつくる取り組みが行われてきた。その方法は「―敷地、―建築物」の制約はあっても、隣接宅地と一体に有機的な計画をすることで住宅地空間を有効に使え、敷地境界線―杯まで使うことを相隣宅地で認め合えば、隣棟間の死地を削除し、有効な庭空地を生み出せる。それを積極的に進めた開発がタウンハウスである。建築基準法も米国の建築法規や狭い敷地を開発するPUD(プランド・ユニット・ディベロップメントの方法が採られているが、わが国は制度の形骸しか残っていない。

 

住宅設計者の学識経験の重視

建築基準法施行令第1条第1号の「用途上不可分の一団地の敷地」の考え方は、住宅地に住宅を所有する建築主の利益のために、住宅地全体としての環境形成する方法である。優れた環境を狭小宅地で実現するためには、環境設計に対応した環境管理ルールを作成し、ルールどおりに環境管理すれば優れた環境も可能になる。その業務こそ建築の設計・施工関係者が取り組むべき仕事である。そのシステムを活用するため、わが国の建築基準法のモデルになった米国の建築・都市法規に関する知識とその使い方を知っておく必要である。カリフォルニア州で広く取り組まれているCID(コモン・インタレスト・ディベロップメント:地縁的自治団体)はその例である。地区を単位に地縁団体(HOA)を組織し経営をすることを前提に、住宅資産形成を図れば、優れた住宅地環境形成が可能になる。

 

当然、住宅設計は個々の住宅ごとに固有の敷地を加工して、前例のない条件の下で創造的業務として住宅設計を行なうから、設計業務にはその作業に見合った設計技能力が必要である。設計者は自分の力では不十分と判断したときには、その業務に必要な能力を外部から雇うこと(アウト・ソーシング)が必要になる。欧米では建築家の過去の実績を見て、現在の業務に必要が技術者を最優先事項として雇用する。仕事をするのは、仕事の要求に見合った能力を有する人間であるからである。

 

その場合は、優秀な技術者の選考は、過去の実績をもとに選考される。建築主に協力者の必要なことを説明し、協力を求めることの了解を求め共同作業を行なう。そこでの共同作業に見合った業務報酬を外部からの協力者にも支払うが、その業務報酬は設計者の能力に見合った業報酬単価に作業時間を乗じた業務報酬に設計事務所経費を加算した額である。一般的には設計業務報酬実費と同額の建築士事務所経費を加算した額が設計業務報酬額とされ、米国の建築家の設計業務報酬を前提につくられている。

 

設計者の能力と設計者の選考方法

わが国の場合、設計業務を工事のー部と考える設計・施工一貫の考えに大きく影響され、大きな建設業者を選べば優れ開発ができると勘違いし、実際に設計を担当する技術者の実績の調査が疎かになっている。住宅都市産業界は、個人を企業の中に埋没させてきた。わが国のこれまでの設計料の額は設計内容に対応して算出されたものではなく、建設工事費の一部としての決める方法に依ってきた。創造的業務は存在しない前提では、わが国の実情に照らして一定の合理性があった。明治の近代建築デザインは、わが国では最初から標準化された西洋建築ルネサンスデザイン様式であった。そのデザインを建築意匠として取り付ける請負設計要請として指定され、入札により製図作業が決められた。

 

現在ではそれと別に、土地の高度利用を図るための創造的な設計が求められている。わが国で明治時代の建築設計以来は、建築主がつくろうとする「物づくり」が先に決められ、その施工図面をつくる業務を設計業務と考えてきた。欧米の建築家のように「基本コンセプト」を具体化する創造的業務と考えておらず、意匠の模写とされ、大手建築士事務所や建設業者御設計部位依頼すればできるという常識が形成されてきた。欧米の建築家が行なっている設計業務をわが国で行なうためには、欧米の建築家と肩を並べる能力と経験を持つ設計者を、業務実績を見て評価し動員することを置いて解決策はない。

 

街並み設計と建築設計

住宅をどのような建築様式のデザインにするかを立地の環境設計と考え、建築の「基本コンセプト」に、「ストーリー」と「ヴィジョニング」を作成する。それに基づいて基本設計として建築様式の選択も含んでデザイン設計をする場合には、歴史文化的環境や建築主の要求や敷地条件を検討し、様式も参考に試行錯誤を繰り返すことになる。その場合には設計業務量は膨らんで行く。住宅設計で重要な設計業務は、建築主にとり「わが家」の帰属意識のもてる住宅デザインとする設計業務と同時に、街並みが「わが街」と意識できる帰属意識のもてるデザインとすることが求められる。そのような基本設計では、相隣と相乗効果を上げる相隣関係を考慮した工夫が、創造的な業務として建築家に求められる。

 

個々の住宅のファサードのデザインは住宅所有者に「わが家」(アワーハウス)を感じる上で重要な関心事であるが、実は街並み景観は住宅所有者が「わが街」(アワーストリート)を感じる上で重要で、欧米の住宅地開発では個別の住宅のデザインを作成する前に街並み景観づくりを優先し、そのもとで個別の住宅のデザインが決定される。多くの住宅が集合して「わが街」(アワーヴィレッジ)が造られる。そのときは、基本コンセプトで定めた「わが街」や「わが家」のデザインを定める個性を持たせることが、資産価値を高める住宅地づくりではより強く要求される。

 

住宅の資産価値を高めるためには、「わが家」という選択の前に、「わが街」と感じさせることが重要と考えられる。住宅の街並み景観に惹かれ「わが街」と感じることができれば、「わが街」に住みたいと願い、その後で「わが街」を構成している「わが家」と意識できる住宅を購入したい意識が働く。「わが街」「わが家」のデザインは固定的なものではなく、相隣の住宅との関係で相対的に決められるものである。そのため欧米では、住宅地としてのマスタープラン(基本設計)と合わせてアーキテクチュラル・ガイド・ライン(建築設計指針)をつくり、そこで決められたガイド・ライン(指針)に従って既存、既存のデザインを近隣の住宅との関係を考慮してカスタマイズさせることが一般的になっている。

 

街並みデザインを全体主義的な個性を失ったデザインのお仕着せのように誤解する人がいる。ヒトラー(ドイツ)、スターリン(ソ連)、チャウセスク(ルーマニア)、ムッソリーニ(イタリー)らが造った「偉大な国家」としての主張のある街は、全体のデザインの主張のため、ここの建築物は全体のために個性を抹殺している。アーキテクチュラル・ガイド・ラインを使った町は、個性を尊重し調和するデザインである。このような枠組みを尊重してつくられた住宅は、個々の住宅が自由な設計を行なっても、アーキテクチュラル・ガイド・ラインを遵守する限り、街並みの調和が実現するようになっている。

 

宅地造成と住宅建設

わが国にも、欧米の都市計画に倣ったマスタープラン(法定都市計画)があり、米国の「サブディビジョン・コントロール」に倣って集団規定による単体規制が行なわれている。しかし、わが国で建築法規が適用された結果は、米国の法律で作られた米国の住宅地とは「似て非なるもの」になっている。その理由は、米国の「サブディビジョン・コントロール」に相当する役割を担うはずのわが国の「開発許可」と建築基準法の「確認」は、開発許可で造成された宅地が狭すぎ、雛壇造成で敷地を擁壁によって切り離したからである。集団規定が狭い敷地の空間利用を制限するため、法定規制が設計条件になり、個別の敷地ごとの建築物の外郭を規定してしまうため、街並み景観は逆に大きく崩されてきた。

 

政府が公団・公社の行った宅地開発に、高度経済成長時代、商業金利(高金利)の財政投融資資金を使わせ、雛壇造成など鉄筋コンクリート造擁壁で土木建設業者の利益本位の造成工事費が異常に高額になる造成工事を一般化したため、宅地造成費が高騰し、消費者の取得能力に合わせて宅地面積を小さ過ぎるほどに再分化し過ぎた結果、異常な狭小宅地が生み出された。そのため、狭小敷地に理論上建てられない「戸建て住宅」を詰め込んだため住環境が破壊された。土木行政と建築行政とが競って安全性を口実の土木工事業と建築工事業の事業拡大のため鉄筋コンクリート造を濫用し、住宅地景観を醜い鉄筋コンクリート造の擁壁で築かれた砦にしたことも、わが国の都市開発事業の重大な失敗であった。

 

建築教育は、民法第87条の規定により、「土地と住宅とが別の不動産とされた」うえ、わが国では狭小宅地でスクラップ・アンド・ビルドを進める工学としての建築が行なわれ、人文科学的な未来の生活にも応えることのできる人間環境づくりを行なっていないためである。そのため、わが国の建築士に欧米の建築家のような設計を期待しても、その学識経験を持たない建築士には不可能である。わが国で、欧米のような資産形成を可能にする設計を建築士に依頼する場合、その基本を明確にして業務を依頼すべきである。建築士の中には、例外的に欧米の建築学を学んだ人もいるが、欧米で建築学を学んでも、わが国の設計施工業務では受け入れられず、欧米での学識経験が国内で生かされることは例外である。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

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