HICPMメールマガジン第786日号(2018.08.01)

みなさんこんにちは

「西郷(セゴ)どんの物語」は、新しい西郷隆盛像を明らかにした連続テレビ番組として話題となっている。歴史小説は、登場人物の英雄的な活躍が話題になるが、トルストイは全て神は描いたシナリオを人間が演じているにすぎず、すべて歴史的必然とする運命論で説明してしまう。レーニンは「歴史的必然と英雄の果たした役割」という論文の中で人間の主体性を明確にしている。セゴドンの物語は、歴史に登場する人間の品質が人の心を動かし、歴史を変えることを訴えている。結局、仕事をするのは人間であって、その人間の仕事に取り組む思い入れが良い仕事を実現するカギとなっている。そこで今回は、優れた住宅をつくるために建築設計者に求められている資質を考えることにする。

本日、井上書院から私が数年間取り組んできた課題『欧米の建築家、日本の建築士』が刊行され、書店に並んでいるはずです。そのんかで明治の日本の建築教育が欧米と似て非なる設計教育であったことを解説しています。ぜひ書店や図書館でご覧になってください。HICPMの会員の方には10%ディスカウントします。HICPMのメールでご注文していただければ、井上書院の方は会員割引をしていただけるようになっていますので、メール転送の時間はかかりますが、割引は行います。

 

 

第22回:建築士に求められている資質と学識・経験(第786号)

 

住宅は個人の所得に比べて非常に高額なものであるから、個人の資産として建設する人は、資産価値の形成をゆだねるにふさわしい建築設計者に設計を依頼し、設計図書どおりの工事管理ができるCM技術者と建設工事業者に工事を担わせてきた。住宅は国富の重要な部分を構成するため、国家は住宅の設計、施工に関係する技術者及び工事業者をその職能倫理に期待する一方、行政法に基づき監督をしてきた。

 

建築士法上の建築士の具備すべき資質と能力

現行の建築士法では、建築の設計と工事監理を行う建築士の業務資格を定めている。建築士法は米国の建築家法(アーキテクトロウ:コモンロー)をモデルに成文法にしたものである。米国の建築家(アーキテクト)は、大学の人文科学部建築学を4年間履修し、卒業後、2年間の設計・工事監理の実務経験を経て建築家試験に合格し、全米建築家協会(AIA)に登録し、定期の研修を受け技術力を維持するとともに、同協会が定める建築家の倫理規則に従って業務をすることを資格条件にしている。倫理規則に違反する職能は、医師、弁護士同様、所属団体AIAから除名され、その業務はできないことになる。わが国の職能業者団体は不正業者をかばうことを行ない、消費者の利益のための公正な判断をしない。

 

建築士法では、建築士資格を取得しようとする者は、米国の建築家法同様、大学での建築教育を卒業後、社会での設計・工事監理業務を2年以上経験し、建築士試験に合格し、建築士登録しなければならない。建築士受験資格は、わが国の建築教育が米国と同様に行なわれていると見なし建築士法がつくられた結果、わが国の大学で4年間の建築学教育を修了した者には、米国の建築学教育同様の知識能力の学業の教育がなされたと見なされた。その上で、建築・住宅産業関係の職歴があれば、建築士法上の設計・工事監理に関する2年間の実務経験と見なす扱いがされてきた。建築士の資質は、その教育と訓練を通して、建築家の歴史文化を学ぶことを通して、国民(消費者)の貢献する業務を通じて育まれる。

 

1950年の日本では、建築士法の前提とされた建築士の受験資格と日本の現実とが全く違っていた。大学の建築教育は人文科学ではなく工学部の建築教育であり、わが国は設計施工一貫で行なわれ、設計・工事監理中心の業務は、建築士法制定時の日本には存在していなかった。建築士の受験資格で定めた設計・工事監理の実務経験を積むこと自体が困難で、建築系大学の卒業者は建設業者に就職し、設計・工事監理業専門の業務自体が未整備の状態であった。建築士法で定める設計・工事監理の実務経験を積むことは技能におらづけられた職業倫理が求められなかったため、高い倫理観の要請は不可能であった。建設現場では間取り図さえあれば、大工や工事業者が職人を使い、伝統にしたがった熟練技能で他人任せの工事を行なったため、実施設計業務自体が例外的にしか存在しなかった。

 

矛盾だらけの法令順守「コンプライアンス」

法令には行政法と民事法、刑法等の法令が目的別の区分と併せて、成文法と慣習法とに加えて倫理規制とがある。これらの法律はすべて立法通り施工されることがなければ存在の意味がない。法律を立法する政治家、施行する行政官、司法を与る裁判官の全てが立法趣旨と立法されたとおり、法律を遵守することで法治国の秩序が守られる。しかし、現実の社会では、違法と脱法によって利益が得られることを承知のうえ、法律施行の中枢にいる政治家と官僚がその利益のため不正を行なってきた。安倍晋三総理大臣の絡んだ財務省の「掛・森事件」文化省官僚の私利私欲のための接待と不正入学を組織的に行っている法令違反は、「政治家と官僚が税金を不正取得する腐敗が極限に来ている」証拠である。

 

「コンプライアンス」と政府や弁護士等の法律関係者の発言は法令関係者の存在の営業が目的で、法令遵守は大義名分で、連中の本音はコンプライアンスの体裁をとって金儲けをすることである。本論では建築設計問題を扱ってきたが、ここで目指している建築設計のコンプライアンスは、建築主と社会が期待している建築設計をすることで、国土交通省が指導していことは結果論としての法令遵守や行政指導でしかない。指定確認検査機関が営業目的で定めた乱れた建築基準法令の脱法審査基準に従うことではない。建築設計に携わる建築士に、建築士法で規定している設計技術・技能があり、それを駆使することで建築主と社会が納得できる資産形成のできる建築設計ができなければいけない。

 

法令の立法趣旨目的に沿って、活用できる最高の技術を駆使して設計するためには、法例や行政指導の枝葉末節に従う行政指導に従うことではなく、立法趣旨・目的に沿った法令を理解をし、消費者と社会の利益を拡大することである。そのためには、建築士がその資格に見合った学識経験がなくてはならないが、わが国は建築行政が大学建築教育と一体となって法令に規定されていない行政指導を強行し、それが代願設計の設計になっているため、「コンプライアンス」とはかけ離れたものになっている。現行の建築基準法令とその施行には矛盾が山積しており、国土交通省自体が法令を整備をすべきである。

 

代願設計作成が建築教育の中心になった理由

建築基準法が1950年に制定され全国適用になり、確認制度により確認済証がなければ建築工事はできなくなった。そこでわが国の建築教育は確認済証の得られる建築設計教育に偏っていった。基本設計も実施設計もなく、確認申請書に添付する「代願設計」があればそれでよいとされた。そこで代願設計が設計図書とされ、工事請負契約書も「代願設計」を設計図書として利用され、建設工事は重層下請け構造に従い、「代願設計」が配布され、実施設計がなくても工事は下請けにより実施された。しかし、建築基準法自体が矛盾した技術基準と行政指導で混乱し、それがコンプライアンスを満足させた代願設計の全てであり、それが大学のコンプライアンスを満たした建築教育とされてきた。

 

私自身1964年に建築士試験を受験したが、大学で建築学科を卒業後、住宅官僚で標準設計の発注・検収業務も担当し、設計及び工事監理業業務経験はなかった。しかし、建築関係の職歴があれば、それを設計・工事監理業務歴と見なし、建築士試験を受験させていた。建築士試験は大学の建築教育と住宅・建築行政に関係した学科の試験問題と代願設計を作成する設計製図試験で構成されていた。設計製図試験の審査は、確認申請図書の審査に準ずるものであった。建築士試験に合格し登録した者に建築士資格が与えられた建築士の能力は「代願設計」を要領よく作成し、理解する能力であった。KIHF尾のような建築士に、欧米の建築家の倫理と同じ技術技能に裏付けられた倫理観が育つはずはない。

 

国は、建築士を設計者としてではなく、大学で建築教育を受けた建築技術者に与える国家資格と割り切っていた。建築士法に照らしてみる限り、建築士は建築士法の受験資格に違反した者に受験資格を与えてきたが、その状況は現在も改善されていない。わが国の大学の建築教育は欧米の建築とは全く違い、建築基準法の行政指導一辺倒の建築教育を行なってきた。その理由は確認を受けない建築物は工事できない制度のためであった。大学教育も確認申請ができる設計図書の作成教育に偏重した。一般には「代願設計」は計画内容が建築基準関係法令集に適合することを説明するだけのものである。

 

大学の建築教育では、建築士法や建設業法で定めている法律も設計理論も、設計図書を作成する設計教育をしていない。法令はぶつ切りにされ、全体として消費者を守る法令と教育されていない。建築士法で設計・工事監理業務が建築士の排他独占業務にされている理由は、設計工事監理業務が国民の財産形成上、建築家法で重要とされているためで、わが国の建築関係者が設計と工事監理業務の重要性を建築士法の立法の趣旨どおり認識したためではなかった。建築教育が建築士法で定めている基本設計及び実施設計教育を教育せず、代願設計しか行なってこなかった。それは、建築教育不在の大学教育である。

 

欧米と同じ建築設計教育の実施 

わが国には、欧米の建築学(アーキテクチュアー)としての「人文科学としての建築設計教育」も、欧米の建設工学(シビルエンジニアリング)としての「実施設計と施工管理教育」も、大学教育として存在しない。さらに「設計・工事監理業務の実務経験を行なう職業経験」も基本的に存在しない。欧米の建築学教育(基本設計と実施設計)と設計・工事監理の実務経験を国内で行なうことは、現代でも殆ど不可能である。そもそも、建築士法で定めている建築学教育自体が欧米と違っている。建築士法で定めた米国の建築学教育が存在せず、設計・工事監理業務で扱う設計図書が違っている。わが国で建築士法が期待した設計・工事監理の学識・経験を積むことは、国内では、殆ど不可能である。

 

欧米における人文科学としての建築学で行なう設計教育は、建築加工する土地と建築の利用者の歴史・文化・生活を調査研究し、そこで高い必然性をもった建築設計を行なうために、設計の「基本コンセプト」をまとめることから始められる。その「基本コンセプト」を建築主の合意・了解の上に、そこで構想する住環境が未来に向けて辿ることになる住環境の歩む「ストーリー」と、その住環境の歴史文化を担う「ヴィジョニング」を建築家が明らかにし、それを建築主が受け入れることで基本設計が始まる。

 

「基本コンセプト」の検討成果に建築主の合意を得た後、建築主の設計要求を設計条件に整理し、基本設計が作成される。実施設計は工事費用の目標を明らかにし、建築主の合意を得てから基本設計に基づき始められる。その後、建設後、維持管理する連続線上に成熟する住環境を構想し、建築主の経済的負担の範囲で実施設計を始める。実施設計では建築工事の内容を構成する建築材料と工法と工事内容を予定された住宅価格の範囲内で工事ができるように定められる。基本設計と実施設計を縛っている「基本コンセプト」は入居者の経済的負担能力を考慮した建築工事費が譲れない内容である。

 

米国の実施設計:ドラフトマン

米国では「ドラフトマン」と呼ばれる実施設計を専門的に作成する専門職能がいる。ドラフトマンは、基本設計計画を、工事予算を考慮して最適な材料、工法、施工技術・技能を知り、それを設計図書にまとめる作業をする建築技術者である。そのため、ドラフトマンたちは施工に関する膨大なデータベースをもち、常に工事内容を特定するために工事費との関係を考えて設計する。ドラフトマンは実施設計を作成する職能であるが、国家資格ではない。ドラフトマンは建築家と共同作業で実施設計をまとめるので、設計業界での専門職としての評価(業務報酬)が出来ており、建築家より高い業務報酬を得ている人もたくさんいる。多くのドラフトマンには、建築家と共同して実施設計を専門に行なう人もいる。

 

一方、わが国では建築主の求めた設計条件を設計図書にまとめたものを「基本設計」と言い、基本設計をより詳細に記載したものを「実施設計」と呼んでいる。確認済み証の取得を目的とする設計が代願設計で、その作成が建築設計業界の最大の関心になっている。建築主の要求を最大限盛り込んで建築主の夢の実現を図るために材料仕様などが作成されるが、わが国の設計業務では工事費への関心が低い上、材料や労務費のデータベースが基本的に未整備で、「実施設計」の段階で建築工事費を考え工事内容を特定することはない。建築主には工事予算額を考慮しないで、材料及び工法を建築主の意向を反映して「仮押さえ」し、「夢の実現」と説明するが、仕様どおりの工事を実施する意図はない。

 

建築士法では設計圖書どおりに工事監理する能力を有する専門職能として建築士の資格が定められているが、建築士には工事監理の学識経験は備わっていない。わが国には欧米の設計及び工事監理業務は存在しない。建築士法が制定されても、建築士に必要な設計・工事監理に関する建築学の学問教育も、それを前提にした建築設計・工事監理の実務訓練する場が整備されていない。大学での建築教育として、建築士法どおりの建築学教育も行われず、建築士は実施設計が作成できない。実施設計が曖昧であるため、施工業者は工事施工経営管理(CM)ができず、工事監理業務(モニタリング)も行われない。

 

それにも拘らず、建築士法で定めた設計・工事監理の学識・経験を持たない建築士による設計・工事監理により、工事に必要な正確な設計図書が作成されず、概算見積りで工事請負契約が締結される結果、建設業者は正確な建設業経営管理ができず、施工計画どおりに工事が行われない。その結果、工事費が膨張し、「手抜き工事」で辻褄合わせがされ、最終的に、建築主に不利益が及んでいる。

 

建築士法で定めた技能を持たない建築士

建築士法では、「同法で定める設計・工事監理能力が備わっている建築士にしか設計・工事監理をさせてはいけない」(誠実業務実施規定)になっている。しかし、国民に健康で文化的な建築環境を設計及び工事監理する業務も、作成された設計図書では工事が適正にできず、建設現場では行き当たりばったりに工事詳細を決定して、工事が行われている。その結果、確認申請用の設計図書では、工事の詳細は設計・計画されておらず、工事現場の生産性は低くなる。工期が遅延し工事費が膨張し、予算内での工事ができなくなる。その結果、わが国の建築工事では「手抜き工事」が常習化している。

 

わが国のハウスメーカーの高額な注文住宅の設計・工事監理は、例外なく建築士の「名義借り」によっている。建築士が不在でも現在販売している品質の住宅は供給でき,社会的に実害を与えていないからである。ハウスメーカーにとって現在の建築士は建築士法に定められた学識経験を有しないことを前提にし、建築士法が施行されている「排他的独占業務」の扱いは「名義借り」を容認している。それを容認している国土交通省は、建築士法で定めた設計・工事監理業務を法律どおりに建築士に行なわせようとせず、住宅会社の営業のため,「差別化」設計を奨励し、不正な設計・施工を「接客サービス」業務として実施させ、不等価交換販売と不等価交換金融による損害を建築主に及ぼしてきた。

 

建築主が求めている住宅とは、建築主がその支払い能力の範囲で、生活要求に適合した品質の住宅を言い、その住宅が資産価値を増殖できる住環境として設計する業務が、建築士法上の「設計業務」である。基本設計を工事として実施するために実施設計業務を確実に行うための学識・経験を具備した建築士資格が定められ、その業務を保護するために就業制限が規定された。しかし、現在の建築士はこの2つの基本的要求に応える住宅設計能力を持っていない。建築士自身が作成した設計図書に関して、工事現場での工事詳細を確定できず、正確な建設工事費を見積もりもできず、工事監理業務もできない。「代願設計」を「設計図書」と言い、建築士法上の実施設計を作成することができない。

 

実施設計が存在しないため、建設業者は建築士がいても、施工経営管理(CM:工事費管理、品質管理、時間管理)を実施できない。建築士を雇用しても施工経営管理の前提の正確な工事費見積もりができない。建築請負工事契約における工事請負契約額は正確な工事を定めた実施設計図書に基づかず、概略設計と「材工一式」の略算単価を基にした計算した概算額である。施工管理ができなければ、建築工事の適正な工事管理ができず、請負工事費内で工事をまとめる「手抜き工事」を容認する不正が行なわれる。

 

建築士法で定める建築士の業務の重要性

建築士法では、「設計・工事監理業務」を建築士以外に行わせられないとした規定の理由は、この2つの業務が建築主(消費者)の利益に重大な関係を持っているからである。建築設計と工事監理が建築士法で定めたとおりに行なわれ、等価交換販売が行なわれていたら、現在のわが国のように、住宅を購入者が、その年収の5~8倍もの費用をかけてつくった住宅を取得することで、購入額の半額以上を50年以内に失うことはなかった。この事実と理由を要約しますと、おおよそ以下のとおりである。

 

設計業務において、建築主が求めて基本設計が存在せず、かつ、支払い能力に合った実施設計ができないで、建築基準法令に適合するように纏められた代願設計では、工事を正確に行うための実施設計でない。実施設計がなく代願設計では、工事請負契約により建築主の利益を守ることはできない。代願設計は、材料の正確な寸法も接合方法も分からない図面で、基準線に住宅設備や建材などのすべてが取り付けられる図面であるから、現場での工事の詳細が決められず正確な工事もその見積もりは不可能である。

 

代願設計では下請け工事業者任せの工事となるため、工事生産性は低く、時間と材料を浪費することになる。その結果、建設業者が工事請負契約額で工事を完成できず、建設業者が不足費用と利益を捻出するために、工事費に合わせて仕様を変更し「手抜き工事」を行なう。「手抜き工事」は請負契約額での工事ができなくなると、建設業者は元請け業者も下請け業者も工事損失を出してまで工事を行なわない。下請業者にしわ寄せができなければ、「手抜き工事」により建築主が損失を被ることで、工事を形式的に実施してきた。建設業者の利益を守るために、建築主に対する背任行為を建設行政が容認する仕組みが、手抜き工事を工事監理者に「契約上正当」と容認させる「特記仕様書」である。

 

政治家、官僚、公共事業主体のすべては、財政支出が国民の税負担という意識はなく、政・官・産の護送船団構成員は、国民の税負担であることを忘れ、公共事業予算は公共事業関係者で自由に扱える資金と勘違いして無駄使いをする。工期が伸びればそれだけ費用が掛かる。工事損失を建設業者に被らせないように特記仕様書の規定を利用して手抜き工事を容認し、不足額を捻出して当然と考えてきた。建設工事業者からの政治献金を受けている政治家や役人OBを雇用している建設業団体は、工事業者が損失を被らないようにすることに熱心で、公共事業の損失はやむを得ないとする風土ができている。

 

「特記仕様書」を工事請負契約の正式文書にした理由

国土交通省行政は建設省時代から公共事業において重層下請け構造に乗って公共事業を行なってきた。わが国では建設業経営管理(CM:コンストラクションマネジメント)教育を公共事業の実務でも実践せず、曖昧な設計図書と工事費概算見積りを行なってきた。代願設計図書と概算工事費見積を悪用し、政治家や官僚が必要とする費用を捻出させ、建設業協会を介して彼らにキックバックをさせてきた。その不正を政府は積極的に容認し、それを是正するのではなく、護送船団にとっての「金の成る木」と言い、経済的甘味として隠蔽する工作がされ,工事請負契約書の正式文書に「特記仕様書」を取り入れ、不正の救済規定を設けてきた。それが工事監理者による「同等品」の承認規定である。

 

それには次のような説明が暗黙裡に付け加えられた。「工事監理者の承認の判断は専ら技術判断であって、契約当事者から独立した第3者の立場であり、工事費用(手抜き工事)に関する判断をしたものではない」。特記仕様書では工事監理者の業務内容を技術的判断と限定的することで、工事監理者の同意は中立的第三者の判断であるから、背任行為ではないという説明である。問題は会計検査院がこの説明を容認してきたことにある。その結果、現在は民間工事にも特記仕様書が採用され、工事業者の利益を守るため、建築主に対する背任行為を建設業法上容認することが行われている。

 

参考までに米国の建設業法(慣習法)では、設計図書の差し替えは欺罔行為で、明確に「詐欺」行為で犯罪とされている。設計・工事監理業務を建築士法で建築士にしか行わせてはならない業務と定めた理由は、建築士法のモデルとなり、GHQが監督した米国の建築家法の規定が建築士法の根拠だからである。日本の建設業法上も禁止している行為であるが、政府が公共事業で不正を容認してきたのである。

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