HICPMメールマガジン第788号(2018.08.06)

HICPMメールマガジン第788号(2018.08.06)

みなさんこんにちは

今日は1945年8月6日の広島への原子爆弾が投下された日です。この原子爆弾が投下され多数の人々が犠牲になっただけではなく、現在もその犠牲者が多くの苦痛を担わされています。広島で原爆に被災した朝鮮人で、戦後帰国し、現在韓国で原爆罹災者が集まって住んでいる「広島村」と呼ばれるところに住んでいる人に、今年になって調査が始まるというニュースがTVで報道されていました。私は半世紀ほど前広島でスラム改良の仕事に関係し、その犠牲者たちが惨めな生活に追いやられている状況をつぶさに調査し、原爆の残酷さを知りました。

NPO法人住宅生産性研究会は、欧米の住宅産業が追及してきた自由主義経済下での住宅の等価交換販売を行なってきたことは、わが国でも同じ資本主義・自由主義社会であるから倣うことができると考え技術移転に取り組んできたが、わが国で米国の住宅産業を倣うことができない目標であることに気付かされた。住宅の生産過程に介在する無理、無駄、斑を排除し、国民の支払い能力の範囲で住宅を供給する欧米の住宅政策は、政府の「差別化」を正当化する住宅政策に妨害されて実現できないことを、創設以来23年間の活動を通して思い知らされてきた。

 

HICPMが四半世紀取り組んできた欧米の住宅産業が取り組んできたCM(コンストラクション・マネジメント)は、住宅産業界が消費者の住居費負担を切り下げるため、無理、無駄、斑を削る取り組みである。わが国政府の進める国庫補助金を営業販売本位に使った住宅「差別化」政策にとって、大きな企業利益を拡大する住宅政策の邪魔になると判断された。「不等価交換販売」と「不等価交換金融」により建築士法・建設業法の施行が歪められ、企業利益の拡大と消費者の富の収奪が進み、資本主義的合理主義経営が否定され、CM技術は住宅産業界に根を張ることができなくされてしまった。

 

わが国政府の住宅政策は住宅産業界の利益の追求として行われ、政権政党の政治家、それに迎合して昇進を期待する官僚及び地方公共団体の幹部職員、国家の財政支出としての補助金や行政部費を政治家と官僚組織にキックバックする。護送船団構成員が不正利益を政治・行政組織を利用して横領着服しても「違法ではない」と言い訳できる「忖度」行政により、消費者である国民大衆を食い物にしてきた。住宅産業と住宅金融機関が巨額の利益を挙げている一方で、消費者は住宅を取得して貧困化している。

 

夏のボーナスの上昇がメディアを賑わし、建設業が経済成長とオリンピックなどの建設需要を背景に人手不足で労賃が上昇し、その中で最大のボーナス額の拡大と報道されている。住宅の生産性が向上しているわけではなく、「差別化」による不等価交換販売で住宅価格は上昇し、企業利益は拡大しているが建設業者の労賃は人手不足で上昇してだけに過ぎない。技能労働者の先行き不安は変わらない。住宅産業の体質強化のためには、施工生産性を向上させ優秀な技能者に高い賃金を支払わなくてはいけない。

 

住宅政策として政府は、様々な助成制度を設け、建設業者や業者団体を巻き込んで工務店等に補助金を配分し、住宅政策の指示を政権政党の集票のための組織固めが行われているが、わが国が国庫補助金をばら撒いているような住宅政策を産業向けの住宅政策として行なう官僚主導国は日本以外にはない。その政策は政治家と官僚や公務員OBのための雇用機会拡大のための政策で、消費者の利益と無関係である。財政とは国民の税金の使い方であって、政治家や官僚の利益の拡大が目的ではない。

 

財務省、金融庁は国民の税金、預金、年金、保険金など国民にとって厳しい積み立てを、国家規模で集めることで巨額な財政資金であるので、資金管理運用事務に関係する公務員は家計支出以上に神経を配って国家の政策に適合しは資金の管理運用を行なわなければならない。東大法学部等を卒業し、国家公務員試験に合格し財務省や金融庁に採用された成績優秀な官僚が、立身出世のため安倍首相の意向を忖度し、「森・加計問題」で官僚機構を挙げて犯罪に手を貸し、官僚としての昇進に夢中になり、首相・副首相に火の粉が及ばぬように躍起になっている。安倍内閣はは官僚を脅迫することで犯罪組織防衛を行なっている。わが国の国家秩序と規律の乱れは、恐怖政治で組織を支配してきた。人事権と資金による締め付けによる不正の横行は、政治家や官僚問題に止まらず、ボクシング(奈良)やラグビー(日大)にまで及んでいる。

「注文住宅」の連載を以下に行なう

 第24回 政治家と官僚本位の国家財政と国家行政(第788号)

 

森友学園をめぐる用地買収問題と加計学園グループが香川県に誘致した医学部設立をめぐる国家戦略特区認定問題を合わせて、安倍晋三首相個人の責任が森友・加計問題として数カ月も国会で審議されたが、不正の解明をできなくさせることで、その追及を断ち切ってきた。首相が官僚に絶対的な人事権行使を行ない、(闇の社会を取り仕切る官僚の恐怖の支配)の恣意的な人事権行使に脅かされて、官僚が出世に血迷って首相の意向を忖度した事件である。首相と官僚の利害が税金を私物化した事件と同じ汚染を、住宅・建設業界も受けている。

 

建設行政による「手抜き工事」正当化

わが国では、工事請負契約書の正式書類としては、工事請負額を定めた工事請負契約書と工事設計圖書と特記仕様書という3つの図書で構成されている。欧米では、工事内訳明細書や工事費見積もりに際し、施工者が建築主に工事内容を質問し、設計者がそれに答えた議事録も契約の正式文書に入れられている。わが国では、工事請負契約書では「材工一式」の概算工事費で計算した概算見積額を正確に見積もった工事費と見なし、その工事費見積を行なった根拠の実施設計図書と見なされた「代願設計」の2つの書類が、「変更のできない基本契約書」とされている。

 

その2つの契約書に加えて、契約当事者の契約に関する理解が対立した場合、それを調整し判断するために、「特記仕様書」が正式契約書に加えられた。「特記仕様書」は工事請負契約書で明確にされていない契約内容を、契約当事者から第3者になる工事監理者に判断させることで紛争を回避しようとする根拠である。民法に定める「契約自由の原則」に照らし、建設業法上工事監理者にそのような判断をする権限を認めてはいない。「特記仕様書」で工事監理者に契約内容の判断を認める制度は、公共事業で建設業者が工事監理者と共謀して背任行為を行なった歴史の結果が一般化し、施工者の背任行為を正当化するために、「特記仕様書」を契約の正式文書にするようになった。

 

重層下請け構造は、工事契約上の矛盾を下請業者に転嫁させるとともに、下請けの過程で請負金額は中間下請けが抜き取る粗利分だけ、矛盾を下請けに押しつけていく。この方法は、請負金額が潤沢であるときには可能であったが、重層下請けで中間下請けごとに10~15%ずつ工事費(請負い金額)はやせ細っていくと、建築主に追加更生予算を求めることはできなくなる。末端下請けに損失を強いることができなくなると「手抜き工事」を行なうようになる。公共事業の場合、政治家や官僚が請負工事の最初の段階で利益を先に奪い取ると、重層下請けのすべての下請けの過程で、建設業者からの政治献金と官僚の天下り人件費を粗利の分配で先取りすれば、下請け業者を含むすべての建設業者は期待した利益の確保ができなくなり、工事費予算の不足は「手抜き工事」に走ることになる。

 

建設業者による「隠し財源」の隠匿と会計検査院による「黙認の構造」

やがて、手抜き工事のできる予算を、請負契約当初から隠しておく方法が広く行なわれるようになった。実際の工事では使わない高額な材料や工法を、建築主には「高級な工事をする」と期待させ「仮押さえしておく」と説明し、設計仕様に取り入れ工事費見積もりを行なう。しかし、建設業者には「仮押さえ」と説明した材料を使う意図はない。材料資料を集め検討をするが、採用できない条件を調べ注文はしない。資金が必要になったときには、仕様変更をして不足する資金を捻出する。その不足費用を捻出する財源が、「隠し財産」と業界では口にする「仮押さえした高額な材料・施工仕様」である。

 

設計段階で高額な材料や施工方法を使うことで、建築主には高級な材料と工法を使う説明で、希望を叶える夢を膨らませ、高額な予算を準備しておき、実際の工事は安くて済む材料や工法に変更する。それは、明らかに建設業法違反であるが、実施設計自体が存在せず、「仕様変更」を正当であるように説明する方法として、工事請負契約書の正式文書に「特記仕様書」を加えてきた。「特記仕様書」には「建築主と施工者のいずれの利益にも与しない」工事監理者の判断という工事請負契約上の形式をとっている。施工業者と工事監理者とが裏で、技術指導料や賛助会費の名目で金銭授受を行ない、工事業者の求める「手抜き工事」を「特記仕様書」の手続きで行なえば許されるとした。

 

建設業法は、建築士による建築設計図書は不正確なものしか作成できないことを前提に、設計図書に建設業者の不正利益を隠してきた。「材工一式」の概算額で工事請負額を見積もり、施工業者は潤沢な予算を恣意的に使い大きな利潤を上げてきた。請負業者は「材工一式」の概算で正式な契約額にし、政治献金や行政機関の天下り人件費の支出の利益確保の旨味があった。つまり、概算額で工事費見積もりを行ない、重層下請け構造を利用して、利益を回収する建設業界として譲れない既得権益を形成していた。それは国家が公共事業予算の執行を思い通りに行なうために、会計検査院が検査に使う単価自体に、公共事業主体の発注単価を用い、実際に直接工事費として支払い段階の単価を対象にしなかった。

 

国家ぐるみの不正容認の行政

設計図書通りの工事を工事請負工事額でできなかった場合、施工業者が損失を被らないで不足する費用を捻出する設計変更を、犯罪にならない方法が、国土交通省(以前は建設、運輸、農水の公共事業実施3省)で検討された。工事請負契約書として確定した設計圖書でも、設計図書に定めた設計内容を変更し、材料費と労務費を削れば工事費は簡単に削減できる。それは工事品質を落とす「手抜き工事」になる。「手抜き工事」を隠蔽し、「手抜き工事ではない」と欺罔することしか解決の途がないことも明らかである。それを解かり難くする究極の途は、実施設計図書を作成しないことである。実施設計をする能力のある建築士を養成しないことが、結果的に手抜き工事を容易にしてきた。

 

公共工事では、「欺罔が見破られても言い逃れできること」が求められ、できれば「欺罔してもよい」という「お墨付け」を与える設計内容を確定しない「代願設計をもって実施設計と見なす」ことが行なわれてきた。この検討は建設業法を所管している建設省で公共事業の施行を通して、護送船団として政治献金や官僚の天下り経費を捻出するための取り組みとして長年かけて検討された。その結果、材料及び工事品質を引き下げて実施する方法が検討された。すなわち「手抜き工事」を、建設業法上の正しい工事請負契約の履行であると正当化する欺罔の方法である。代願設計を正式設計図書と見なすのもその便法である。

 

事実上、不足する工事費を、工事品質を引き下げて捻出するわけであるから、「手抜き工事」を「手抜きのない工事」と説明する必要がある。「手抜き工事」をしても、民法上および刑法上の建築主への背任にならなくするためには、「工事内容が請負契約通りであること」を建築主及び施工者のいずれの立場に立たない中立第三者に立場にある工事監理者に、「専ら技術的判断」として「同等品」と「承認させればよい」ことになる。代願設計は実施設計と違って工事内容を特定しないため、裁量の範囲が広い。

 

設計者・工事監理者が「手抜き工事」を指導してきた公共事業委の歴史

わが国では工事監理業務として第三者監理が徹底されておらず、これまで設計・施工一貫の業務が広く継続し、「工事監理」(モニタリング)と「工事管理」(マネジメント)が明確に区分されておらず、工事採算を優先した工事管理を追認する形で工事監理が行われてきた。又は、「手抜き工事」を工事監理の前提とする設計内容の変更承認を与え、それに合わせた工事管理を建設業者に行わせてきた。建設業界が求めてきた設計施工一環工事の要求は工事施工者が自由に工事内容を変更できるようにすることに理由があった。

 

それはわが国の建設業の風土として、「モノづくりの施工にはお金を支出しても、設計や工事監理という技術業務にはお金を出し惜しむ」風土があり、請負工事として支出した総額の一部を設計及び工事監理業務費として支出されてきた長い歴史がある。設計及び工事監理業務と施工業務とを一貫した業務として行なうことに建設業界がこだわってきた理由はそのためである。施工者は手抜き工事との関係で不正追及の矢面に立たされて、下手すると「凌ぎきれない」と指摘されていた。そこで考えられた方法は、行政事務の流れをぶつ切りにして、その流れの中で「ぶつ切りにされた工事ごとは適法である」と判断できるようにし、工事監理は「契約当事者から独立した技術的行為」としたことである。

 

米国の対応:設計業務の定義

わが国の建築士法、建設業法のモデルとされた米国で、上記のわが国で行われていると同様なことがどのように行なわれているかを調査したところ、以下のようになっていた。米国では、基本的に「一層下請け」で、建設業者は「材工分離」で材料と労務の数量を明らかにし、それぞれの材料の数量と労務の技能別数量と技能者の労務単価を乗じて直接工事費を見積もる。そこで見積もられた額は設計図書で決められた工事をするために必要で、それを重層下請けによる下請け粗利の累積によって痩せさせることはない。建設工事費は建設金融(コンストラクションローン)が公示対象建築物の先取特権(メカニックス・リエン)と等価交換で行われる。そこで重要なことは設計・工事監理業務と施工の関係で、等価交換金融により、工事資金に対し厳正な等価交換としての資金管理が行われ、資金に対応した工事監理が実施されている。

 

建築家は実施設計をするとき、そこで「採用した材料と工法」とを「設計内容として特定すること」が欧米では実施設計業務とされている。建築家は自ら作成した設計図書に、自らが、又は、優秀なドラフトマンを使って、設計で定めた材料と工法に対応する設計単価を入れ、数量を算出し設計見積を行なう。設計見積に利用する工事単価は、材料と工事ごとに実情の単価実績を基にしたデータベースを提供している資料供給会社があり、そのデータで設計見積もりが行なわれる。建築家が建築主に納品する設計図書は、その設計図書に基づく工事費見積もり(設計見積)が、建築主の求めている工事費で建築できる設計である証明と見なされ、適正に設計された設計業務と見なされる。

 

建築主はその設計図書で工事をする場合、「入札」、または、「見積もり合わせ」で下請け工事業者を選ぶことになるがが、その際、建築主は設計図書と設計見積とを施工業者に渡し、それを基に、建設業者として実施できる工事費見積を行なう。工事業者は実施設計図書を基に施工計画を立て、建築工事を構成する下請業者(サブコントラクター)に実施させる詳細な工事に分解する。その後、自ら詳細工事ごとの見積もりを見積もりのテキストどおり行なうとともに、下請業者に実情に合わせて見積もらせ、その見積結果を照合し、より安い工事費で実施する方法を工事請負契約で選択することになる。元請け業者は下請け業者の行った工事部分のメカニックスリエン(先取特権)と引き換えに下請け工事代金を支払い、元請け業者は下請けから受け取った先取り特権(メカニックスリエン)を金融機関に持ち込んで、建設金融(コンストラクションローン)を受ける。そのすべてが等価交換金融として行われている。

 

合理的な材料と労務数量と単価による工事費見積もり

北米の建設業者の工事責任者(スーパーインテンダンツ)は、過去にその建設業者が行った工事を基にしたデータベースを作っており、それを基に工事費見積もりを行なうことになるが、同時に、実際に下請業者が請負ってくれるかを確認する。建設業者はその施工管理(コンストラクション・マネジメント)技術と下請業者の施工技術を生かして、設計見積額よりも安い価格で実施できる。通常、建設工事業者による見積もり額は材料や労務の仕入れ条件等建設業者の得意とする材料や工法により、設計見積額に比べ10~20%安くなる。

 

工事業者はその工事費見積もりを行なう際に、建築主に対し合理的な工事を行なえるよう、設計内容の説明を求めることが一般的である。建築主は設計者の建築家を工事契約に同席させ、設計図書の内容を説明させ、工事業者の質問に回答させる。その説明内容が建設業者の工事費見積もりの前提とされるため、建築主が主催する説明会での設計者と施工者との間で交わされた設計内容の「質疑応答」や「説明資料」は、その後の請負契約書に加えられ、正式の工事請負契約資料になる。その中には工事期間の天候の条件、資材置き場の条件、その他すべて工事費に影響することが取り上げられる。実施設計圖書はできているから、工事請負契約の席には、設計者でなくても工事監理者が立ち会ってもよい。

 

このとき、工事業者が作成した工事費の見積内訳は、工事請負契約書の内容とされる。実際の工事に当たって設計図書と工事内訳明細書との間に矛盾があった場合には、工事内訳明細書が優先するとされる。わが国では設計図書が優先し、工事内訳明細書は参考資料でしかない。設計業務とは、「目的とする建築物を確実に実現するためには、材料と工法とを特定することであり」、それが建築物の品質を材料と工法を特定することである。それは工事金額により工事実現を確実にすることである。米国のこの考え方は、1950年にGHQが持ち込んだわが国の建設業法第20条にも反映されているが、建設業法の施行は、わが国ではモデルにした米国の建設業法の規定に違反して施行されている。

 

「不正」容認する官僚機構

政府は建設業法の施行に当たり、工事監理者に「同等品」と欺罔することを承認させることを明記した「特記仕様書」を正式の工事請負契約書の書類にした。しかし、不正工事のより根源的な原因となっていることは、「わが国では実施設計圖書が存在しないで、工事請負契約を締結する」建設業界の慣行である。そして、工事内容を特定できない曖昧な設計図書(代願設計)を実施設計と称し、それに基づき「材工一式」の略算単価を使い概算見積りを行ない、そこで計算した概算工事費総額で、実施設計図書に基づき精算すべき正確な工事請負契約額と見なし、その概算工事費によって、工事請負契約額を確定した。

 

曖昧な実施設計を基にした概算工事額で収まるように工事請負契約書を変更しないで、材料と工法・工事を操作し、工事をまとめる方法が、わが国の行なってきた建設業行政である。その設計図書(代願設計)と概算見積額による工事請負契約額の矛盾解決には、正式工事請負契約書として特記仕様書が必要であるという論理である。工事請負契約書の内容とされる設計図書を工事請負契約額で確定する工事内訳明細書(工事見積書)を、わが国では工事請負契約書の正式書類から外し参考資料扱いにした。これはもともと代願設計を基に工事請け負う契約額を見積もること自体ができないことを承知し、建設業界での慣行に従って工事紛争を処理しようとしたことにある。。

 

請負工事費を変更せず、施工業者に損失を与えないで、設計図書で定めた材料で工事を行なおうとしても、工事請負契約書で締結した契約総額で工事を実施できない。そのような場合には建設業者の利益確保が優先され、工事請負契約額で施工可能となる範囲で、材料と工事に工事内容を変更する安易な不正が行なわれてきた。それを工事監理者に「同等品」の工事と承認で、手抜きを正当化させる欺罔の方法であった。その背後には請負工事費の決定が不確かな代願設計図書に基づいて作成された工事見積額ので契約が行われたことにあるが、その責任を工事請負業者に押し付けない公共事業における政・産・官癒着の「親方日の丸」の(国家予算に集る)建設業者本位の判断があった。

 

米国と日本との対応の違い

工事請負制度の設計・施工の主要な違いを米国と日本の比較で簡単にまとめると以下のとおりである。

  • 米国では、設計業務として施工詳細まで明確にした実施設計図書が設計業務として作成される。

一方、日本では確認申請書に添付する「代願設計」が正式な設計図書と見なされている。

  • 米国では、建築詳細まで明確にした実施設計を基に材料と労務の数量と単価それぞれについて明らかにして工事費を見積もる。一方、日本では、「材工一式」の概算単価で概算工事費を見積もり、それを正式な工事請負契約額にする。
  • 米国では、正確な実施設計図書の存在が前提になり、建設業者は建設業経営管理技術(CM)が駆使され、工事請負契約額を尊重し工事管理が行われる。設計図書どおりの工事が工事監理業務と並行して、工事生産性を高めて実施されている。一方、日本では、工事監理者に「同等品」承認をさせ、不足する工事費と利益を不正に捻出し、建設工事業者は責任を被らない。

 

契約をもとにした工事内容の確認は、工事請負契約書の基本とする実施設計図書を正確に作成するところに戻らなければならない。しかし、わが国の建築設計業務が、正確な実施設計を作成できる技術者教育がされていないことと合理的な工事費見積ができないため、生産性向上による合理的な手段で利益を追求するのではなく、工事監理者による「同等品」の承認で利益を捻出している。正確な実施設計を可能にするためには、学校教育として実施設計図書作成教育を正しく行うことである。

 

併せて国家として、工事の標準化、規格化、単純化、共通化を進め、米国で見られるように工事共通仕様書の全国統一を行ない、下請け工事として行なう工事詳細設計の標準化とその技能訓練が全国的に統一し共通化を進め、建設業経営管理技術を施工技術の基本として、業界全体で履修して工事の生産性を高める。住宅産業の請負工事において公共事業の建設業法違反を打ち切り、欧米に倣うことが必要である。米国の建設業者は学校教育でCM(コンストラクション・マネジメント)を学び、工事生産性を高めることで工事費を引き下げてきた。しかし、わが国では建設業を製造業と認識せず、生産性向上が必要な建設業経営技術とされず、学校教育、建設業業務としても取り組まれていない。

 

「手抜き工事の不正」を正当化する異常な「特記仕様書」の廃止

工事監理者による「同等品」承認として建設業行政が公然と容認している「手抜き工事」の不正は、国土交通行政として容認され修正は不可能になっている。しかし、建設業経営の実態は、民法上および刑法上の背任行為であると国土交通省が認識し、建設業界が建設業の利益のために消費者を欺罔してはならないと自覚すれば改革できる問題である。その方法は、建築士法・業法の立法時の趣旨に立ち戻り、建築学に対する設計教育の内容を欧米の人文科学としての設計建築教育に改正し、正しい基本設計と実施設計を作成する設計者及び工事監理者を建築士として育てる建築教育改革である。

 

その上で、建築士に行わせる設計・工事監理業務を、欧米の建築家や建築技術者の行なっている設計・工事監理業務に変更・改良することである。しかし、わが国では、建築士法の立法趣旨どおりの法律施行が行われていると政府も建築設計業界も勘違いしていることを承知で、「違法状態」を、建築士法上、適法の状態と見なしてきた。国土交通所の責任は重大である。建築士法の立法趣旨と条文に違反した既存の建築士制度による建築士の既得権益が守られているため、誤った設計・工事監理業務の不正を欺罔する法律解釈の矛盾が現れている。

 

また、建築士法で定める建築士資格要件となっている建築教育および実務経験が実社会で行なわれておらず、建築教育を実施している大学から、批判意見が全く出されていない。大学の建築教育の再検討を求める意見が大学当局から出されていないことは、大学教育自体の危機である。それは単に建築士のための建築教育だけの問題だけではなく、わが国の建築教育に疑問を投げかけるものである。建築技術者教育が間違っていることにより、国民に甚大な被害が及んでいる。政府はこの事実を知る立場にあり、その弊害を認識しているにもかかわらず、政府も大学も社会もそれを放置してきた。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

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