HICPMメールマガジン第222号(2019.02.25)

みなさんこんにちは

 

「住宅建設を個人資産形成の投資」と意識付ける政策は、欧米では当然のことと国民が考えています。しかし、わが国には欧米の住宅常識はひとかけらもありません。これはわが国ではバブル経済を経験し、その後金融引き締めで企業倒産が相次ぎ、まともな経済が日本に存在しなかったため、健全な経済常識が全く存在していないことに大きな問題があります。不動産教育に携わる人に欧米の住宅不動産常識がなく、欧米の常識はわが国には通用せず、「不思議な国」であり続けることは仕方ないのかもしれない。

 

住宅設計技術と施工技術(建設業政策)

住宅はどこにでも建設できるし、どこに住宅を持っていても自家用自動車を持てばどこへでも出かけられる。そのため、自動車による移動性(モビリティ)によって、住宅立地へのこだわりを軽視する傾向がわが国には強いと言われる。米国の動産としてのモーバイルホームに対する米国人の認識と、わが国の住宅所有の意識に似たものがある。しかし、バブル経済の崩壊後、都心の空洞化現象が拡大し、日本では年再生事業により、住環境を無視して住宅を詰め込むことが行われた。都市計画は経済主義の下での都市再生事業で容積率が約4倍になり、高層、超高層住宅が、土地と切り離して不動産と扱う民法規定とも矛盾を感じさせなくしている。その結果、土地と切り離して高層住宅単体をつくることで、住宅問題は解決できるとする誤解がつくられてきた。欧米では住宅からの眺望や住宅地(マンション)の景観や住宅地環境と言うロケーションの環境評価視点は、わが国では不動産評価から捨象され、交通の利便性と住戸の占有空間としてしか評価の対象にされなくなっている。

 

そのため、わが国では住むべき土地の環境形成が決められないで、住宅設計だけが先行して行なわれ、その後、計画した住宅を建てる土地探しをするといった欧米では信じられない住宅づくりが、当然のように行われている。その住宅設計は、「建築士を使った無償のサービスで行なう」と説明されるため、建築主には、建築士は「霞を食って生きる仙人」でもないのに、設計業務が無償でできることが当然のようになってきている。本当のことは、施工業者から設計業務費をキックバックされている。しかし、建築士の設計業務成果自体が、正確な社会的な評価を受けていない。その理由は、建築士資格も持った設計者は、基本設計も実施設計もできず、工事費見積もりもできなければ、工事納まりも決めておらず、建築士が設計した住宅は実代願設計で、実施計ではないので使える住宅にならない。設計業務を顧客に対しては、「只でもよい」と言って、販売業者から販売価格からキックバックを求めている。設計者は、その設計業務に「価値がないこと」が自分では分かっていて、建築主に設計業務報酬を請求できないだけに見える。住宅販売業者の下での住宅販売のための設計になっている。

 

住宅不動産の価値:共同分譲住宅制度で作られた間違った評価方法

実際のわが国の住宅会社の中には土地を持たない住宅需要者を囲い込んで、架空の土地に住宅設計を始めさせることを行なわれ、住宅設計を完成させてから土地探しを始めさせている。わが国では民法第87条で、「土地と住宅とは、独立した不動産」と扱われ、法律上、土地と住宅は、それぞれ別の不動産とされているが、住宅不動産の社会科学上の性格は一体不可分の不動産である。土地不動産の住宅加工に仕方によって住宅不動産の効用は違う。その結果、住宅不動産の価値が土地価格と建築物価格との合計にはならない。理論的にも実際上も住宅不動産価格は宅地造成費と住宅建築費の合算にならないにもかかわらず、わが国では住宅都市整備公団が始めた「共同分譲住宅」で住宅の価値は、「土地の価値」と「住宅の価値」の合計とされ、当時、建設省が共同分譲制度を評価して推進し、正当化してきた。そこには住宅地環境の創造という「住宅地設計の概念」が無視されている。

 

ハウスメーカーが建築士法で定めた建築士を全く使わないで、確認申請上の設計者の「名義借り」として建築士を使うことで、実際上は建築士が介在せずにハウスメーカーの注文住宅の設計が、建築士法に適合する住宅として取引されている。この事実は、ハウスメーカーが、現在の建築士は、価値を創造する設計業務をする能力がなく、設計業務に建築士を事実上、必要としていないからである。わが国の住宅敷地が狭小過ぎて配置設計をする余地はなく、栃には住宅に車庫が造られればいいと考えられているためである。敷地は住宅を建てられれば良く、配置計画をする余地がなければ、配置設計と言う概念は消滅する。現在は隣地斜線等の集団規定により住宅の形態規制が行なわれているが、敷地の絶対面積が少ないため、住環境形成のためではなく、建築基準法に従わせるための制限でしかない。

この事実を、建築士法を所管していく国土交通省が、以下のいずれの認識をしているかが問題です。

  • 住宅の配置設計は必要とせず、隣地との関係の形態規制でコンピューターの作業で済むから、建築士制度で、設計及び工事監理業務を建築士の排他独占業務とすることは必要でない。
  • 建築資格保有者に建築士法どおりの設計・工事監理能力業務を担わせるためには、建築士法どおり、学校教育を改善し実務経験を厳密にし、建築士法どおりの法施行をすべきである。

 

ここで問題にしなければならないことは、「国民が求めている住宅設計とは、一体どのような設計であるか」である。ハウスメーカーでは金儲けができる設計であればよいが、現行の建築士では、必要な教育を受けていないため、建築学的に優れた人文科学的設計もできなければ、商業的に金儲けができる実施設計もできない。現在の建築士は無用の長物で、建築士法があるため、建築基準法上「名義借り」をして適法な手続きの体裁を整えているだけで、建築士法によって建築士以外は、利益を得ていない。わが国の住宅産業界は建築士制度がなくても、現在の状態で十分な利益を上げている。ハウスメーカーが利益を上げることができる理由は、不等価交換販売が常態化しているため、わが国の住宅産業界が、「差別化」により不正利益を上げる設計が行われ、そこには建築士を必要していないからである。しかし、建築士制度が機能していないため、建築士を使わせられている国民に損害が及んでいる。

 

政府と住宅産業が求めている「差別化」政策

政府が住宅建設業を住宅サービス業と自嘲的に産業分類し、不等価販売を行うことで利益を上げている。このように「差別化」で不正利益を上げてよいとされている住宅政策の下では、「差別化」設計のできる設計者が求められ、合理的な保有する設計能力を「区別化」された設計者は求められていない。「差別化」とは、異質の設計を、経済的価値の優劣として説明し、それを住宅設計に取り入れ、不正に利益を得る経営で、憲法第14条で禁止している行為である。「区別化」は住宅の品質の違いを、消費者に明確にするための区別するために個性を明らかにするために必要な作業で、「区別化」は不正な利益を求めるものではない。

 

土地と切り離された住宅空間を居住者の希望に沿ったデザインをし、その住宅を「差別化」設計を行ない、その住宅を「差別化」販売するために、流通販売サービスに過剰に費用をかけて、その費用を販売価格として回収する産業になっている。その住宅販売価格を建設業法に定めた直接工事費であると消費者を欺罔し、住宅販売価格を定めている。その価格は自由主義資本主義国の市場価格ではない。住宅販売業者が独占的に決定している独占価格である。その販売価格全額に対し、政府は住宅政策で、住宅金融機関に融資をさせることで、すべての住宅購入者に購買する住宅の購買能力があると勘違いさせてきた。そのような住宅設計は、建築士法の立法趣旨に沿って業務を行なう建築士には、その職業倫理上行えない筈である。わが国の住宅産業は「差別化」した住宅をつくり、それを建築主にできるだけ高額で売却する販売サービスを行ない、住宅産業界の利益を最大化し、経済成長を最大化する「フローの住宅」供給を、経済成長中心のわが国の経済政策の課題を満足させる政策と考えてきた。

 

欧米では「ストックの住宅」政策を行ってきた。それは、歴史・文化・生活を担ってきた「土地」(場)の性格に沿って住環境を設計する業務を実施するもので、その設計成果は住宅購入者が家計費支出に見合った価格で住宅を購入でき、家族が成長とともにその生活要求に対応して住み続ける住宅を供給し、維持管理する住宅不動産である。その既存住宅の取引価格は物価以上に上昇し、その純資産増を担保に純資産担保金融(エクイテイローン)が行われてきた。その結果、住宅購入者は住宅を保有することで購買力を高め、その購買力が地域経済を活性化させ、所得及び固定資産価値の上昇が地方自治体の税収を増加させる。住宅の資産価値増は地域経済の良循環を支える。住宅所有者の事情により住宅を手放さざるを得なくなったときには、その住宅を購入したとき以上の既存住宅価格で売却できるため、住宅所有者に住宅の資産価値増(キャピタルゲイン)が自動的に与えられることになる。

 

本来、住宅の設計及び施工のいずれに関しても、設計・施工の専門的知識が、同時に職能(プロフェッショナル)としての誇りとなり、建築士は高い職能倫理に基づいてその業務を行なうことが建築士法上、必要とされる。設計者には建築士の資格と施工者には施工管理者の資格を建築士法、建設業法、建築基準法の建設3法で定めている。そのために必要な学識経験を学校教育や職業教育で建築の専門知識教育が、職能の倫理規定と一体に行われている。しかし、現実にはこれらの教育機関で建築の設計・施工に関し、設計図書の作成や施工管理経営技術や工事請負契約に必要な建設工事費見積もり、工事監理業務教育は行われていない。建築士法第18条に根拠を置く職能倫理は、全く問題にされていない。

 

国土交通省の進めている住宅政策は、国民に「不等価交換販売と不等価交換金融」によって巨額な損失を与える結果、住宅を購入する消費者に不当な損失を与えてきたが、政府の住宅政策はそれを是正しようとせず、逆に、「差別化」を推奨してきた。建築士資格取得試験は合格を難しくしているが、建築士合格者の設計及び工事監理能力並びに建設業経営管理(CM)能力を高めることには全く役立ってはいない。それは建築士試験だけが難しいだけで、設計・工事監理・施工の業務知識を試験していないので、試験合格者には期待通りの能力はない。その原因は、建築士の受験資格で条件となっている建築に関する専門業務教育も人文科学による建築学教育が行われていない上、設計及び工事監理業務の実務経験なしで、単に住宅建築産業に雇用されたことで、設計及び工事監理業務経験なしで建築士受験資格要件を満足したと見なされ、建築士受験資格を与えてきたからである。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

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