HICPMメールマガジン第804号(2018.10.10.)

みなさんこんにちは

 

住宅はどこの国に行っても個人の家計収入と比較したら、比較にできないほどで高額なものである。そのため、住宅を購入しようとする消費者にとって、住宅をつくるための設計に当たって共通して考えることは、支払った費用に見合った価値がある住宅をつくることである。最も分かりやすく理解するためには、その住宅が購入価格以上の価格でいつでも市場で売却できることである。住宅の価値はその住宅を市場で売却したときの販売価格で決められる。その価値を消費者が知るために「不動産鑑定評価制度」がつくられている。わが国にも欧米に倣って不動産鑑定評価制度はあるが、その評価方法は欧米の不動産鑑定評価制度に類似しているが、相違し、市場価格を決める能力を持つものではない。

 

欧米の住宅設計技法の考え方(基本設計と実施設計)

欧米の住宅設計の基本的な考え方は、次の基本設計と実施設計の2点に示されている。

  • 基本設計:住宅が個人の資産形成になる不動産投資として、投資者の期待に応えることができなければならない。そのためには建設する住宅が計画修繕と善良な維持管理が行われている限り、その不動産価値は物価上昇以上に上昇することがなければならない。言い換えれば、住宅はその社会の歴史文化を反映し、常に人びとの憧れの対象となることができる品質(デザイン、機能、性能)を有す住環境を持ち、その住宅不動産は社会において常に売り手市場を継続できるようにつくられていなければならない。その設計は2つの基本コンセプト(土地と居住者)を明確にしてつくられる「ストーリー」と「ヴィジョニング」が人文科学的に適正であり、建築主の求める要求の「必要条件」をまとめた設計であること。

 

  • 実施設計:住宅は建築主がその支払い能力の範囲内で購入することができなければならない。そのため基本設計で作成された建築主(クライアント)の求める品質の住宅を、建築主の支払い能力の範囲で購入できるような材料と工法でつくることができなければならない。住宅の価格は、住宅を構成する材料と建設労働力で決められる。住宅の品質が建築主の要求を満足させることができるものであっても、建築主はその住宅を経済的に維持管理することができなければ、その住宅は建築主のものとなって使い続けることにはいかない。実施設計では住宅に使われる材料と工法(建設技能者)を特定することで建設工事費を明確に見積もることができる。基本設計に、使用する材料と工法を特定する建築主にとって「十分条件」の設計である。

 

わが国で言われている基本設計と実施設計は、欧米の基本設計(必要条件)と実施設計(十分条件)ではなく、建築主の抽象的要求をイメージとして具体化したものを基本設計と言い、それをより具体的にしたものを実施設計と呼んでいるが、わが国の実施設計は欧米のように工事内容をできるだけ具体化しようとしているが、工事内容を材料と工法で特定するものになっていない。もともと建設資金なしで建築工事はできない。設計内容は建築主の考え方によってその利用の仕方も違うわけであるから、固定的に空間利用を規定するのではなく、住宅の所有者の住宅利用法に適した柔軟性のある設計が求められる。

 

F・L・ライトの住宅設計論

フランク・ロイド・ライトの住宅設計論は「おたまじゃくし」の形と言われている。「おたまじゃくし」の住宅は、中心にレクリエーションルームをつくり、その周囲に夫婦や子供の私的生活空間をつくるものである。できるだけ大きなレクリエーションルームつくる一方、私的空間を狭く抑えれば抑えるほどよい。そうすれば、レクリエーションルームが家族の集まる空間として使われ、住宅はメリハリの利いた豊かな生活空間となる。子供たちは成人するまで扶養されるが、住宅での生活は期間限定である。子供たちにとって、住宅所有者の生活空間として主張できる空間ではない。子供には個室を用意する必要はなく、すべて当初予定した有り合わせの「子育て空間」に詰め込めばよい。子どもは安住する自分の空間を持つのではなく、やがて巣立ち、自らの空間を自分自身でつくろうと思わせないといけない。

 

ニューアーバニズムの住宅設計論

家計収入が家計支出を決定する。家族が皆で働けば家族としての家計収入は大きくできる。さらに、一人の家族が仕事する場所を複数持ち、1カ所ごとの所得は少なくても家計所得が通算して大きくなれば、家計支出を大きくすることはできる。共働き、フレックスタイムを取り入れた複数職場で収入総額を拡大し、住宅内で趣味や技能で所得を得る手段にするホームオフイス(兼用住宅)は拡大する方向に向かう。地球規模で所得が平準化するグローバリズムの社会の生活様式に適した住宅とは、家族全員の能力を活用し、世帯所得を最大化するニューアーバニズムによる住宅(ミクスト・ハウジングとミクスト・ユース)である。

住生活をわが国の住宅政策(居住水準)のように住空間を固定化して考えるのではなく、多様な家族の生活要求を満足させる空間として計画するようになってきた。世帯収入自体の考え方も「世帯主による家族扶養」という考え方が、「家族の生活要求と、家族の関心と、その能力開発の関係で所得の増加を考えるように変化し、住生活が変化してきた。家族全員がそれぞれの個性を生かした住宅での生活の仕方により、世帯所得総額を増加させる「家族の生活要求に応える空間利用の生活要求に応える住宅設計」という逆転の発想が生まれる。わが国の住宅政策の基本に置かれてきた「居住水準」に立脚した住宅計画論は、消費生活のための住宅で、現代の所得を挙げる生活要求に対応できなくなっている。

 

第32回 わが国の住宅建築設計問題の問題点(MM第804号)

 

制度上の問題:建築士不在が問題か、建築士の技能力が問題か

「名義借り」をしても、しなくても設計される住宅の品質が同じ結果であるならば、建築士を雇用することは無駄になる。ハウスメーカーは、無駄な経費を節約するために設計力の低い建築士を雇わず、自社の設計システムで設計をし、適法な行政手続きの形式整えるため、「名義借り」をしている。注文住宅の設計及び工事監理として、確認申請書の設計者及び工事監理者は、建築士資格者が行なったことにしている。ハウスメーカーの注文住宅の場合、設計者となるべき建築士は存在しないから、建築主は確認申請書に記載されている建築士に面会することはない。

 

建築士制度が国家の行政法として存在している理由は、建築設計は、建築物は高額で、人々の生命財産に重大な関係を持つため、建築物の設計及び工事監理業務は、安全を実現するための技能を有する者を当たらせ、それ以外の者には建築物の設計及び工事監理業務をさせてはならない規定である。医師、弁護士、公認会計士、教師などと言う職能(プロフェッショナル)は、国民の生命財産に重要な関係を持つ業務を担っているため、その業務に必要な技能を行使することが求められている。しかし、建築士制度は欧米の建築家制度に倣い、有能な建築設計を行なうことのできる技術者制度としてつくられた。しかし、建築士は立法趣旨どおりの能力を持たないため、建築士法が遵守されなくなっている。

 

プレハブ建築技術者教育制度

わが国の建築士制度はプレハブ住宅においては、建築士法が基本的に蹂躙されているが、建築士行政は事実上プレハブ住宅業界に対して、建築士法に従わせることができない状態にあった。その責任は建築士法の立法趣旨どおり立立法も法施行もされなかったため、責任は建設省住宅局自体にあった。しかも、住宅局自体はプレハブ業界の無政府状態の経営を容認してきたため、建築士行政は立法の趣旨どおりの行政を何もできなかった。そこで住宅局は、次善の策として、プレハブ産業が国民の信頼を得るためには、自主規制の方法はないかと考え、法律によらないプレハブ技術者教育制度を設立した。

 

プレハブ住宅産業は販売重視の営業で急成長してきたが、建築士法が本来機能するべきことが抜けていたため、建築士行政が関与すべき技術力の欠如が消費者に不利益を与え、プレハブ業界に対する信用の失墜の原因になっていた。そこでプレハブ住宅産業の体質改善の要求に応えることを考えた。営業マンと現場監督に対して、その設計及び施工に必要な建築教育を行なえないかと考え、建築士の資格を取得しなくても、建築士に準じる教育制度をプレハブ建築業界に実施させた。それはプレハブ業界自身が関係技術者の技術力の安定しない状態では産業を成長させる上で困っていたことも有り、建築士法上違反状態に対し、行政処分を行なわないことを条件に官民合意でつくられた任意の制度であった。

 

このプレハブ産業界に対する任意の教育制度では、㈶日本建築センターをプレハブ企業をそれぞれ教育カリキュラムの作成管理する「文部(科学)省」、㈳日本プレハブ建築協会をプレハブ企業の教育内容を指導監督する「教育委員会」、そして、各プレハブ会社を教育を実施する学校に見立てた「プレハブ教育制度」を創設した。その取り組みはプレハブ会社の違法な業務を結果的に追認するものであった。プレハブ企業は企業ごとの技術教育を進めないと企業としての事業拡大ができない状況におかれていたので、建設省住宅局では、建築士法違反の現状を改善するために、可能なプレハブ産業界の体質改善が行われた。建設省からのプレハブ教育制度はプレハブ建築業界にとっては、「渡りに船」の対策として、現状の違法状態の追認の上の技術教育としてプレハブ産業全体に受け入れられた。

 

日本と欧米の「注文住宅設計」の違い

建築士にその業務実施能力が欠如していた背景には、学校教育に建築士に必要な人文科学と建設工学の建築学教育をいずれも実施していないことであった。わが国の建築教育では人文科学としての基本設計教育と建設工学としての実施設計教育が行われず、当面の建築業務を実施できるようにするため、代願設計を工学部建築家で行なってきた。日本の建築教育の「注文住宅」では、設計条件として住宅購入者の恣意的な希望に即物的に応える「物づくり」として代願設計としてまとめる設計教育である。

 

日本の住宅は、民法上、土地と切り離して存在する住宅で、その土地は接道条件を満足する土地に、集団規定に適合する土地利用にするものである。近隣と対立し、災害に対し被害防止に対応はするが、加害防止を考えない住宅計画であるため、住宅計画は孤立・対立し、街並みや近隣環境の概念は取り入れられていない。欧米の人文科学の基本設計と建設工学による実施設計は、建設地を含む近隣の敷地を含む住環境全体を建築加工によって形成する住環境形成であるが、その際、そこで計画する住環境は、過去・現在・未来と連続して成長する人々の生活を人文科学的に受け止めて計画する。

 

その際、住宅が建設される土地とそこに居住する居住者の担ってきた歴史・文化・生活を理解し、未来に向けて居住者とともに成長する住環境を設計することになる。それに対し、わが国の「物づくり」として、建築主の欲望だけを満足させる住宅供給は、住宅の売却と資金回収を目的としている。そこでは、住宅環境の歴史・文化・生活の連続性をまず前提にした設計をしない「注文住宅」であるため、社会・経済・政治に振り回され時代の変遷に対応力を持たず、社会的な需要対象であることができない。そのため、経年するに伴い資産価値は失われ、スクラップ・アンド・ビルドの対象にされる。

 

住宅不動産という住環境づくり

住環境として常に売り手市場を持続する住宅地であれば、建築主が住宅を手放さなくなったときでも、その住宅は購入時価格以上の資産価値を維持でき、住宅を手放しても売却益を得て退去できる。欧米では住宅は購入価格以上の売却益を手に入れ、生活再建に寄与している。売却された住宅も、人々の歴史・文化・生活を守り育てる住環境として社会が守り育てることになる。人文科学としての設計と建設工学としての工事監理業務とホームビルダーの建設業経営管理(CM)技術は、大学の建築学教育やNAHBの教育テキストで誰にでも利用できるものである。

 

わが国のほとんどの建築士は、住宅環境としての恒久的な資産として造り・維持されるために必要な住環境計画という基本設計を作成する設計教育を受けていないだけではなく、住宅を購入する消費者の支払い能力で購入できる住宅を建設するために必要な実施設計教育を受けていない。そのため、建築主の家計支出の範囲で支払える金額で住宅を設計・施工できない。建築士には資産価値が維持向上する設計圖書を作成する能力もなければ、建築士自身が作成した設計圖書は代願設計であって、実施設計ではないので、代願設計を使って正確な見積もりは不可能で、工事費見積書を作成することもできない。

 

米国の建築家が設計した設計図書を見て、それと同じように見えるデザインの設計をつくる建築士はいても、その設計圖書を使っても、米国の建築家が行っている実施設計図書をつくれない。建築士が設計した代願設計を施工業者に手渡され、施工業者は工事費の見積もりをするための設計内容の説明を求めても、設計者は工事費との関係で設計内容が説明できない。当然、実施設計ができていないから、工事監理をすることもできない。建築士には材料及び工法に関する知識、技術、理解能力が驚くほど欠如している理由は実施設計作成能力がないに等しいためである。

 

建築士の住宅設計能力

建築士の学識経験が、建築士法で定める能力を具備していないことの証明は、建築士に「欧米のような住宅を購入することで個人資産の形成ができる住宅」の設計・工事監理業務を依頼してみることである。ほとんどの建築士は、「できます」と答えるが実際はできない。米国の設計図書を使わせても、設計図書を読み切れないので設計も施工もできない。設計と施工とは一体不可分の技術システムであるので、米国の設計図書を使っても、米国のシステムを理解し建設業経営(CM)技術を使わないと米国のシステムが約束している利益を生み出すことは、不可能である。

 

そこには米国の住宅産業のように正確な実施設計を作成し、それを詳細な工事ごとに分解し、それぞれの工事を住宅建設業者が一層下請け業者にCPN,に従って施工管理する構造が採られる。下請け工事の工事代金の支払いは、先取特権を担保にする建設金融(コンストラクションローン)を行ない、その建設ローンの合計額が、建築主に金融機関が与えるモーゲージと同額になる等価交換が一貫して行われる。元請けと下請けとの間で等価交換販売が行なわれることで、住宅産業全体の合理主義が実現している。全体の技術を理解し、実施設計を正しくつくることで、米国のシステムを実施できる。

 

米国では建築主の購買能力の範囲で住宅をつくるために、建設工事費用が発生する材料と施工手間を最小にすることを教えている。2×4,4×8工法は、材料から建設廃棄物を出さず、加工作業手間を最小にして床版と壁版で構造空間をつくる工法であるが、無理、無駄、斑を最小にする設計・施工の考え方を理解して取り組むと、米国の住宅生産システムが理解でき、合理的な設計・施工を進めることができる。そのためには、まず、米国の構造システムを学ぶことが始まりである。

 

建築士が行なっている設計業務

ハウスメーカーも工務店も有名建築士も、異口同音に「優秀な建築士が建築主の希望通りの住宅を設計する」と宣伝し集客活動をする。それが住宅産業の営業宣伝である。彼らは過去に建設した住宅の実施設計を見せるのではなく、顧客を引き込むためのイメージや、図面や、写真を中心に営業を行なっている。過去に設計及び工事監理・施工した住宅を見学したいと希望しても、その住宅は「居住者が入居し生活が始まっているから見学は無理」と説明する。実際は建築士の設計に建築主が満足せず、建設業者は建築主に顔を合わせられないことが多いからである。有名建築家は個人の住宅を「建築士の造形作品」と言い、住宅建築雑誌に掲載する写真撮影をその住宅設計業務の終了時期と言ってはばからない。

 

わが国の街並みを埋めている住宅のすべてが建築士の設計である。建設されたときは目立つことを重視する住宅設計であるから、建設された当座はいずれも目立つように設計されている。そのため、いずれも存在感を主張している。目新しく時代の流行りの住宅が立ち並ぶが、やがて見慣れてくると町並み景観は短期に容色は衰え、建築主に飽きられ建設廃棄物同様になっていく。住宅の周囲に植栽をすることを住宅景観と説明されるが、ハウスメーカーの住宅では建設時の植栽景観だけを重視するため、数年経つと、植栽が気ままに成長し暴れジャングルになり、醜い住宅を隠蔽し住宅地景観は守られる。

 

わが国では、一部の建築士の間では、「建築士が住宅設計をすること」が、「立派な注文住宅を設計する」誤解になっている。住宅設計の仕方も、設計者の学識経験は米国と日本とは基本的に違っている。米国では人文科学として建築学を学び、建築主の購買能力にあった費用でできる材料と工法を定める建設工学で実施設計が作成される。その後、実施設計を基に、建設業者は、CM(コンストラクション・マネジメント)を学ぶ米国の大学教育で学んだ知識を駆使して施工管理計画を立て、住宅を建設する。

 

わが国では、代願設計を作成することが建築教育とされ、建設工事費が最後まであいまいな住宅設計・施工である。その教育の成果は出来上がった住宅の価値の違いとなって表れている。設計図書によってつくられる住宅に違いが生まれるのは当然で、欧米では人文科学に基づく資産価値が上昇する「既存住宅」価格であるに対し、日本では著しい値崩れを起こす「中古住宅」価格になって表れている。そこでの違いは、「人文科学として建築設計教育」を行なっている欧米の建築設計と、「工学による日本の建築設計教育」の違いである。今回はここで再度、整理して総括の説明することにした。

 

欧米の人文科学による建築「基本設計」教育

米国では住宅は土地を加工して恒久的な住環境をつくるから、設計する土地の担ってきた過去の歴史・文化・生活と建設後の住宅が、現在から未来を結ぶ住環境の辿る道の検討から始める。設計作業は設計に入る以前の土地と居住者の世代を超えて担ってきた歴史・文化・生活の基本条件整理から始まる。その作業は住宅の建てられる土地の担ってきた歴史・文化・生活と、そこに生活する建築主の歴史・文化・生活を、その社会的属性、経済的条件を整理・検討し、設計の「基本コンセプト」を作成し、建築主に説明する。検討した「基本コンセプト」の合意を設計者と建築主とで形成させ、「ストーリー」と「ヴィジョニング」を作成する。欧米の住宅設計は土地を建築加工し恒久的な住環境を設計する。

 

個人が所有する「注文住宅」といえども、社会的な街並み景観の担い手の一部に組み込まれるもので、建築主も都市計画的合意に服すべき義務を負っている。居住者はコミュニティの構成員で、地縁社会の担い手で社会と切り離して存在するものではない。一旦造られた住宅不動産の居住者は、住み替わることもあるが、住宅は土地を都市計画に従って建築加工したものであるから、一旦造られた住宅は、都市計画上は基本的に取り壊さない。居住者が住み替わり、住宅を売却することは売買当事者や近隣住民にとっても重大な関心事である。既存の住宅が売り手市場を維持できていれば、住宅の価値は推定再建築費で計算され、キャピタルゲインを約束し、買主もキャピタルゲインが得られる住宅を提供する。

 

建築される土地とそこに居住する建築主の2つの基本要素が「基本コンセプト」として決定すれば、その両者の担ってきた人文科学的な条件により、将来に向けその土地と建築主により社会科学的環境がつくられる。このように新しく作られる住宅不動産は居住する人の歴史的・文化的生活の営みを通して住環境の発展を担い、「基本コンセプト」は住宅不動産の社会てき性格を建築主に理解させることになる。「基本コンセプト」と「ストーリー」と「ヴィジョニング」がまとまると、その全てを建築主に説明し納得をしてもらってから「基本設計」が作成される。

 

所有者が帰属意識を持てる住宅と住環境

基本設計は設計者の創意工夫とその建築思想を具体化する創作作業である。その中で設計者が最も神経を使うことは、住宅や住宅地を建築主が、「わが家(アワーハウス)」、「わが街(アワーストリート)」、「わが町(アワーヴィレッジ)」と文化的帰属性を感じられることでともに、建築主の購買力で購入できる価格で提供できることである。基本設計は住宅の品質(デザイン、機能、性能)と住宅建設上の資金配分計画(コストアロケーション)の基本を決めることで、基本設計が完成すると、設計内容に関し建築主の了解を得てから、実施設計が着手される。

 

基本設計どおりの実施設計を作成するために、工事される設計内容として材料と工法と技能を特定することである。実施設計図書が正しくできていれば、建築現場では設計図書どおりの工事を施工者が行なわれる。その施工は工事請負契約書で定めた設計図書(実施設計)が不可欠である。住宅建設業者は実施設計を基に施工経営管理(CM)計画を立案し、最も合理的な方法で設計見積もりのされた請負工事費より低い価格で、同じ設計図書で定められた品質の住宅を建設する。

 

請負契約当事者である建築主と工事施工者の双方から独立した工事監理者が、設計図書と現場工事を照合し、工事請負契約書どおりの品質の実現を工事監理し、設計者、施工者、工事監理者のすべてが、職能(プロフェッショナル)として学識経験を発揮し、建築主の利益を最大にする努力をする。住宅産業関係者は請負契約の前提である設計図書どおりの工事の実施をすることで、施工業者は高い評判(レピュテイション)を築くことで信用力を高め、それぞれの経営を拡大する。しかし、工事請負契約の基本になっている実施設計が確定しないで工事を行なっているわが国の住宅産業では、工事業者が工事の全ての段階で材料と工法を変更し利益の拡大を行なう誘惑にさいなまれ続けている。 

 

わが国の工学教育による建築設計

わが国の建築設計では、「建築主の現在の夢の実現」の「物づくり」として行なわれる「注文住宅」であるから、建築主の求める家族全員の要求を書き上げ、それらの「要求の実現」の「物づくり」を実現する検討から始まる。家族の抱える多数の要求を「注文住宅だから叶える」目先の「総花式」の要求を実現する設計である。設計は目先の要求の実現の「物づくり」で、家族の歴史文化を築くものではない。建築主が完成した住宅を見て満足し、工事代金を支払うことがその事業の目的である。

 

そこでは住宅以外の相隣関係、街並み景観づくり、将来の環境変化に対応することは、設計上の検討事項とはされない。近隣の土地と孤立した敷地上で「一国1城」の建築であるから、周辺の土地との関係を考えず建築主の要求を敷地内に詰め込む「設計」が行われてきた。「太陽光発電」パネルやエアコンの屋外機が街並み景観を壊し周辺に日影や排気ガスを放出しても、法令に抵触しなければ正当な権利の主張と容認してきた。その設計を弁護士たちは「コンプライアンスを実現した設計」と擁護してきた。

しかし、建築主の要求は固定されているわけではなく、入居後も常に変化し続ける。

 

住宅・建築・都市の設計は、建築主の要求を「設計条件」としてまとめ、設計条件に応える直接的な設計になる。わが国では、設計条件に応えることを確認した段階の概略設計を、「基本設計」と言ってきた。建築主の要求又は設計条件と言って示されたものを概略計としてまとめるまでの段階の骨格としての設計を、「基本設計」と言い、それ以降の肉付け作業として設計を「実施設計」と言ってきた。わが国では、「基本設計」と「実施設計」は連続し、設計詳細の程度の違いと考えられている。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

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