HICPMメールマガジン第803号(2018.10.01)

みなさんこんにちは

 

前3回、タウンハウスによる「TNDを実現するための都市計画法と建築基準法の文理解釈」をお届けしました。MM第801号と第802号は送信順が逆となり、読み辛かったことをお詫びします。この問題はわが国と都市計画法と建築基準法の基本問題ですのでいつの機会にか、あらためて先頭成果を皆様にお知らせしたいと思っています。

9月28日、東京渋谷で「比較住宅問題研究会(海老塚さん主催)」が開催され、私の書いた『欧米の建築家、日本の建築士』(井上書院刊)の説明会が開催されました。19名の方が参加され、研究会は大いに盛り上がりました。米国やカナダで建築学を勉強したり、建築家のライセンスを得た方や、日本の建築士事務所業界でかつ託された方も参加され、意見交換できてよかったと思っています。

衣食住の全てが国民の全てが日常生活で関係し、すべての人が一寡言をもっています。しかし、衣食住に共通することはその土壌は人類の歴史文化であり、プロフェッショナルとして、人様からお金をもらって衣食住を提供することは生易しいことではありません。それが欧米の建築家がプロフェッショナルとして立脚している位置だと思います。

私が1970年代に建設省住宅局建築指導課建築士班長であったときから約半世紀間取り組んできた建築家と建築士の問題に対する一つの総括が、この本でした。それは、私が黒川紀章、菊竹清訓という2人の有名建築家に、建設大臣の行政処分を行なう事務の途中で、私の上司、救仁郷斉に「田中角栄の列島改造委員担った2人の建築家の処分は自己の昇進の妨害になると考えて、建設大臣による行政処分に執行決裁文書を自分の机に姉妹施錠し、その一方で、その事務を担当した私を建築士班長の職を解任し、住宅局から追い出してしまった。私は15年間住宅局に帰還し、建設本省の業務をすることなく、退職するように追いやられた。それがHICPMを創設する最大の理由であった。建設本省でできなかった仕事を自ら開発した分野で始めようとした理由で、HICPMを創設して以来欧米の住宅産業からの技術移転に取り組む過程で学んだことでもあったわけです。

建築士の問題は、私にとっては人生と深く関係しており、いい加減にするわけにはいかず、HICPMを創設してからも欧米の建築家の問題は、ライフワークのようにこだわって調査してきました。その中で重要な視点は消費者からお金をもらって設計業務を行なうプロフェッショナルも仕事とは何かという問題の究明でした。住宅不動産を取得することで消費者が資産形成ができなければいけないと欧米では考えられていて、そのような環境の中で業務を行なっているため、欧米では消費者が住宅を取得することで資産形成ができているのです、その建築家の社会的評価、ホームビルダーの業績が、プロフェッショナルの【レピュテイション(評判)」となって、営業をしなくても、顧客が紹介される経営環境をつくっているのです。

多分、建築家と建築士の問題は私の人生においていつも引っ提げて生きていくことになる問題だと思っています。私の上記著書に対するご意見、ご質問には何でもご意見をお寄せくださったら、私のできる対応は致します。

以下「注文住宅」の連載に戻ります。

 欧米と日本の「同じ住宅・建築・都市」に対する「考え方の違い」

欧米の都市計画法に倣って日本の都市計画法が造られた歴史がある。しかし、住宅、建築、都市という言葉(用語)の定義自体が欧米と日本とは違っている。その違いの基本は、住宅や建築物と土地を別の不動産と考える日本の考え方と、住宅や建築不動産はいずれも土地と一体になって住宅又は建築不動産と考える欧米の考え方である。この考え方は「土地と建築物が一体不可分の不動産」であるか、それとも、「土地と建築物とはそれぞれ独立した不動産」であると扱う日本の民法上の考え方だけではなく、理論的には同じでなければならない「自然科学上の考え方の違い」になっている。

 

そのため、欧米の住宅、建築、都市の知識や情報を聞いても、わが国の住宅、建築、都市とはその用語が違うだけではなく考え方が違っている。欧米の知識や学問で学んだことがそのままわが国に適用されないため、混乱や戸惑いが生まれる。欧米と日本の違いの中で注意すべきことは、自然科学的には地球上共通している筈のことが、わが国の学問や知識において特殊である。わが国では国際的に共通の理解とされていることを受け入れないで、日本の特殊性を主張することである。「住宅不動産は土地を住宅加工して造られるもので、一旦造られた住宅不動産は修繕と善良管理を繰り返すことで、未来永劫に利用されること」は世界共通の常識である。

 

しかし、わが国では、「土地は未来永劫まで不変の不動産」であると言い、住宅は焼却不動産で木造であれば20年で減価償却し、住宅の価値自体が消滅する」と言い、政府も学校教育でもそのように教育してきた。英国のシェクスピアの生誕地であるシュトラットフォード・アポン・エーボンでは、現実に500年間使われてきた木造住宅が現役で働き、物価上昇以上にその価値は上昇し、その建築を保有している人の資産形成を実現している。日本にも法隆寺だけではなく、計画的な修繕が施され、善良管理された建築不動産は経年しても老朽することのない木造建築がたくさんある。その逆に造成宅地に限らず、土地は自然災害や人工的な扱いで老朽化し、崩壊し、不変ではない。日本では欧米と同じ現象を同じに理解されず、政府は違った説明を学校教育で行なっている。

 

批判精神の欠如

住宅・建築・都市に関する現代日本の政府が広めている考え方、例えば、建築不動産は土地と建築物という別の不動産の集合体とする考え方で、欧米と違ったわが国だけの特殊な説明は、その説明自体が学問的に間違っており、その間違った考え方でわが国の民法や都市計画法や建築基準法が作られているため、その説明により国民は大きな損失を被っている。しかし、その事実を学識経験者と言われる人たちは明らかにせず、政府の間違った説明を正しいと信じ込み、法令や制度にその間違った考え方を持ち込んできた。その考え方を「間違っているのではないか」と批判ができないでいる。

 

日本の防耐火理論も建築構造理論も学問研究が前提になるのではなく、建築基準法が絶対的真理を説明するように国家の手で作られ、大学教育することが自然科学教育として行われている。かつて日米貿易協議(MOSS)で、日米の建築法規が相違する問題が議論になり、日本の官僚は日本の技術基準を主張し譲らなかった。そこで、火災現象や地震現象の違いの認識が建築法規の違いとなっていることが解かり、米国の行政官が自然科学に立ち返って安全性の議論をした。そのとき、米国の技術者が火災性状や地震の振動性状に関し、わが国の認識を質問したところ、わが国の行政官も建築工学者たちも、「建築基準法で考えられたとおりの火災性状や振動性状を示す」と「日本の自然現象は建築基準法どおり」と回答し、米国の関係者の開いた口が閉じられなかった。

 

日本国内で日常茶飯事になっている国家が技術基準を決め、それを金科玉条の基準とし、学校教育で教育し、行政指導を通して国家全域に行政に徹底し、産業界と行政が一体となった産学共同国家運営の事実が、知らぬ間に産業界と癒着した「国家の真実」を作ってきていた。日米安全保障条約が戦後の日本を最初から軍事産業を育成する政策が実施され、それが、戦後70年経って気が付いてみると、住宅産業本位の利益をもたらす政策であることが、日本の政治、行政、教育の真実になってきているのである。

 

住宅建築設計

学校教育、職業教育としての建築教育を受けなくても、住宅建築設計はできると多くの日本人は考えている。衣食住はすべての人にとって不可欠なもので、毎日、衣食住と関係した生活が行なわれているため、全ての人が衣食住に関し意見を持っている。子どものころから自宅の間取り図を描くことは学校教育にも取り入れ、殆どの人は自宅の間取り図を描き、それを住宅設計の一部であると教えられてきた。わが国では米国の建築家制度を建築士制度に取り入れ、建築設計は建築士でないとできない業務とされてきた。建築士の技能が貧弱すぎ、建築設計業務は誰でもできるため、建築士を立法通りの有能な技術者にする以外には、建築士制度を廃止しない限り建築士法の立法趣旨どおりの行政はできない。

 

安全及び衛生に関する建築基準法があるため、建築基準法に適合する住宅設計をするため、建築士法で、建築士でないと設計してはならないと定め、住宅設計は建築基準法に適合していないと建築は認められない。そのため、大学や高等専門学校の建築学科では、建築学の教育として建築基準法に定められた確認申請書に添付する設計図書(代願設計)を作成する設計教育を建築設計教育と言って行なわれてきた。代願設計は建築学で言う設計図書ではない。わが国の大学や高等建築教育機関では、建築士法に定めている建築設計教育も欧米の建築学教育も行なっていない。建築学教育の不在が問題である。

 

住宅建築設計はハウスメーカーの営業マンが顧客獲得のために「顧客勧誘」の設計をすることと教えられ、顧客の言いなりの設計をすることが受注を実現する上で最も効率性の高い設計と教育されてきた。「住宅設計の目的は何か」に対し、「住宅会社は受注するための成約」と言い、学校教育では「住宅会社の要求に応えた住宅設計教育をする」ことを大学に求めている。そのためハウスメーカーの住宅企画に携わった設計者が大学の建築教育を担当するケースも多く、建築教育は住宅営業の一部になっている。欧米の建築教育は、居住者が経年するとともに豊かな生活を育む住環境を形成することで、住生活は、住宅を購入したときから始まり、その住宅から退去するまで継続する住空間の設計である。

 

学問的裏付けのないわが国の建築学教育

政府の住宅政策は高品質、長期優良住宅など住宅産業の営業を支援するメニューに合わせて補助金を交付する住宅産業の営業支援をする住宅政策が実施されている。外郭団体を使った産業支援政策が 裾野の広い住宅産業指導の構造になっていて、補助金を受けるための知識が住宅産業に必要な技術になっている。このような住宅設計を学んだ設計技術者は、その目的が住宅の受注が住宅設計の目的になっているため、受注後の住宅には関心がなく、居住者の生活要求の変化に対しては、リフォームと言って、スクラップ・アンド・ビルドか建て替え事業をすすめることにしかならない。

 

日本の政府が進めている補助金と連携させることで政府の決めた枠内での住宅設計を進めている国は自由主義国の中に見ることはできない。わが国の建築教育では建築学を教育しないで、政府が住宅産業との関係で持ち込んだ住宅産業誘導政策として持ち出された建築設計技術、工法を、まともな建築技術であるかのように技術指針が作られてきた。それらの技術誘導指針には、もっともらしい解説が加えられて住宅産業界に説明されてきた。多くの行政指針には、理論的におかしな技術が導入され、末端の工務店が確認と絡めた合理性のない行政指導にがんじがらめに縛られている。
(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

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