HICPMめーるまがじんだい748ごう(2017.11.04)

メールマガジン第749号(2017.11.04)

みなさんこんにちは

日本の民主主義:自治の機能

大相撲九州場所で日馬富士の暴力問題で白鵬がジャーナリズムでつるし上げられているのを皆さんはどのようにご覧になっていらっしゃいますか。先々週大磯の吉田邸を訪問したこともあって、吉田首相の東大総長に対する「曲学阿世の徒」の暴言や、マッカーサーが日本人を「8歳の子供」に例えた話を思い出しました。欧米人にとって戦後72年経った大相撲の騒動は、「民主主義が定着していない日本」の印象を深めたのではないか。

12月6日に実施するTND開発のセミナーで、資産価値を住民自身が自治によって守るとして、米国では制度化されているCID(コモン・インタレスト・ディベロップメント)は、「政府自体を否定することになるのではないか」と指摘されながらも成長し続けている。

住宅所有者自身が自らの責任で、その財産を守るためには、住民の合意で造った「3種の神器」を守るために、地方税はCIDに帰属させることが行われ、それが進むと自治体そのものの否定になるのではないかという議論である。その自治こそ主権在民の原点である。

 

日本の公益団体は政府与党の集金集票機関

日本相撲協会では貴乃花が自らの属する相撲協会の自治を第2義的に考え、中央政府(行政と検察)に駆け込み、お上の裁断を優先にするという姿勢を明らかにし、日本相撲協会も「司直の裁きに従う」という姿勢を明らかにした。貴乃花のような事大主義者が政府にたれ込んだ状況で、政府も貴乃花を「愛い奴」と政府に依存する役員を評価し、相撲協会は教会の問題を自分で何も解決できない状態になっている。もし相撲協会で自治の主張をすると、政府に睨まれるという不安が現在の相撲協会の問題を悪くしている。その結果、日本相撲協会は自治機能を果たすことができないでいる。日本の社団、財団の全てが御用団体で政府与党の外郭団体で資金と票集めをする組織になっている理由こそ、今回の日本相撲協会の問題であり、自民党の園田元大臣のNPO団体からの政治献金問題である。公益団体には政府からのお金が入り、それが政治資金規正法の手続きを経ていれば、汚職にはならないで政治家に献金される。政治資金規正法自体がマネーロンダリー機能を担っている。その機能を担う公益団体ほど、政府与党が集金集票機関不可欠にしている団体はない。白鵬の千秋楽の発言は40年の研鑽の結果で、権力が口出しすべきではないし、権力の尻馬にの言った発言はメディアも含め民主的ではない。

 

『注文住宅』についての続きを掲載する。

 

日本と欧米の「注文住宅設計」の違い

建築士にその業務実施能力が欠如していた背景には、学校教育に建築士に必要な人文科学の建築学教育をしていないことです。わが国の建築教育では、人文科学(ヒューマニティーズ)としての基本設計教育と、工学(シビルエンジニアリング)としての実施設計教育が行われず、代願設計を工学部建築科で行ってきた。日本の建築教育の「注文住宅」では、設計条件として住宅購入者の恣意的な希望に即物的に応える「物づくり」として建築基準法に適合することを説明する「代願設計」としてまとめ、それに、政府が住「差別化」をするための住宅政策として設定して様々な「住宅性能」を持たせ、「顧客満足」を図る住宅である。

日本の住宅は、住環境を直接扱わず、土地と切り離して存在する住宅で、その土地は接道条件を満足する孤立した敷地(土地)に、集団規定(都市計画で定めた土地利用)に適合する土地利用計画規制適合させるように計画にするものである。近隣と対立した被害防止に対応はするが、加害防止は考えない住宅計画方法であるため、住宅は孤立し、街並みや近隣環境という概念は、現実の設計には取り入れられない。欧米では防火規制に関しても加害防止の基準であるのに対し、日本では被害防止の規定である。

 

欧米の住宅設計

欧米の人文科学としての建築学としての建築設計は、その住宅建設地を含む近隣の敷地を含む住環境全体を、住環境形成という視点で、敷地の建築加工によって形成することを考える。その際、そこで計画する住環境は、過去・現在・未来と連続して成長する人々の生活を人文科学的に受け止めて計画することになる。その際、住宅が建設される土地とそこに居住する居住者の担ってきた歴史・文化・生活を理解し、未来に向けて居住者とともに成長する住環境を設計することになる。歴史・文化・生活の連続性をまず前提にして設計しない「注文住宅」は、社会・経済・政治に振り回され、時代の変遷に対応力を持たず、社会的な需要対象であることができず、やがて、スクラップ・アンド・ビルドの対象にされる。環境の構成要因となる住宅は、一旦建設したらそれは計画修繕と善良管理義務を果たして、いつまでも存続し続けるものとして扱われる。

 

資産価値を増進する住宅設計

住環境として常に売り手市場を持続する住宅地であれば、仮に住宅を購入した建築主が、その住宅を手放さなくなったとしても、その住宅は購入時価格以上の資産価値を維持できれば、住宅を手放しても売却益を得て退去することができる。欧米では、住宅は購入価格以上の売却益を手に入れ、生活再建に寄与する。その売却された住宅もまた、人々の歴史・文化生活を守り育てる住環境として、社会が守り育てることになる。人文科学としての設計・工事監理業務とホームビルダーの建設業経営管理(CM)技術は、米国の大学の建築学教育やNAHBの教育テキストを住宅生産性研究会の会員への技術指導をとおして普及できた。それらの学識を教育対象にしていない日本の大学の建築学科を卒業し、又は、建築士資格を取得して身につくものではない。人文科学としての建築学を学び実践することを繰り返す試行錯誤を経て、建築士法に規定された能力を実践できる。

 

日本の建築教育で得られる知識

わが国のほとんどの建築士たちは、建築主の家計支出の範囲で支払える金額で住宅を設計・施工することはできない。建築士には、資産価値が維持向上する設計圖書を作成する能力もなければ、建築士自身が作成した設計圖書を使って、その工事費見積書を作成することもできない。米国の建築家が設計した設計図書を見て、それと同じように見える設計をつくる建築士は少なからずいる。しかし、その設計圖書を使っても、米国の建築家が行っている実施設計図書をつくれない。施工業者に設計図書が渡され、施工業者は工事費の見積もりをするための設計内容の説明を求めても、設計者は工事費との関係で設計内容が説明できない。当然、実施設計ができていないわけですから、工事監理をすることもできない。

 

建築士の住宅設計能力

現在の建築士の学識経験が、建築士法で定める能力を具備していないことの最もわかりやすい証明は、建築士に「欧米のような住宅を購入することで個人資産の形成ができる住宅」の設計・工事監理業務を依頼してみることである。ほとんどの建築士は、「できます」と答えるが、実際はできない。米国の設計図書を使わせても、設計図書を読み切れないので設計も施工もできないお。設計と施工とは一体不可分の技術システムで、米国の設計図書を使っても、米国のシステムを理解し、建設業経営(CM)技術を使わないと不可能である。そこには一層下請け構造や、先取特権を担保にする建設金融とモーゲージが関係し、住宅産業全体に広がっていく。全体の技術を理解し、実施設計を正しくつくり、その基本を大切にすることで、米国のシステムを実施することができる。

 

米国の建築設計で重視されるZD(ゼロディーフェクト)

米国では建築主の購買能力の範囲で住宅をつくるために、建設工事費用が発生する材料と施工手間を最小にすることを教えている。2×4,4×8工法は、材料から建設廃棄物を出さず、加工作業手間を最小にして、床版と壁版で構造空間をつくる工法であるが、無理、無駄、斑を最小にする設計・施工の考え方を理解して取り組むと、米国の住宅生産システムが理解でき、合理的な設計・施工を進めることができる。そのためには、まず、米国の構造システムを学ぶことがなくてはできない。日本では建築士資格が先にあり、建築士に任せておけば希望は叶えられるという間違った行政が行われてきた。建築士にできることはと言えば代願設計をまとめることだけで、設計された建築の工事を見積もりも、施工詳細も作れない。NAHBはゴミの出ない建築設計を進めるため、建設現場で8歳下ごみを分析してその原因究明を行ない、「ごみの出ない設計」に取り組んでいる。

 

優れた住宅設計

ハウスメーカーも工務店も有名建築士も、異口同音に「優秀な建築士が建築主の希望通りの住宅を設計する」と宣伝する。この集客活動は住宅産業の営業宣伝である。彼らは過去に建設した住宅の実施設計を見せるのではなく、顧客を引き込むためのイメージや、図面や、写真を中心に営業が行われる。過去に設計及び工事監理・施工した住宅を、入居し生活が始まっているから無理だと説明し、見せません。実際は、建築主が満足せず、建築主に顔を合わせられないほどになっていることが多いからである。どの街並みを見ても、その住宅のすべてが建築士の設計である。建設されたときは目立つことを重視するから、存在感はあるが、短期に容色は衰えて、建築主に飽きられ建設廃棄物同様になっていく。住宅の周囲に植栽をすることを住宅景観と説明されるが、ハウスメーカーの住宅では数年経つと植栽が暴れジャングルになり、醜い住宅を隠蔽し住宅地景観が守られるが、ジャングルとなった植栽を伐採するとそこには建設廃棄物が現れる。

 

建築設計教育を受けていない「建築士」資格保有者

わが国では、建築士が住宅設計をすることが、立派な注文住宅を設計する誤解となっている。住宅設計の仕方も、設計者の学識経験は米国と日本とは基本的に違っている。それは人文科学として建築学を学び、CMを学ぶ米国の大学教育と、代願設計を作成することを建築教育とされた日本の違いである。その教育の成果は、出来上がった住宅の価値の違いとなって表れ、欧米では「既存住宅」価格、日本では「中古住宅」価格になって表れている。そこで次回は、人文科学として建築設計教育を行っている欧米の建築設計と、工学による日本の建築設計の違いを、整理して総括の説明することにした。

(NPO法人住宅生産性研究会 理事長 戸谷 英世)

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